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東京地方裁判所 平成元年(ワ)2236号 判決 1990年11月14日

原告

斯波政夫

被告

赤木屋証券株式会社

右代表者代表取締役

赤木康成

右訴訟代理人弁護士

來山守

江尻隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二二五〇万円及びこれに対する昭和五八年八月二七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

一当事者間の取引

1  被告は、東京証券取引所の正会員である。

2  原告は、昭和五〇年一一月四日、被告との間で有価証券信用口座設定契約(以下「本件信用取引契約」という。)を締結し、以後被告との間で株の信用取引を行ってきた。

3  右契約は、昭和五八年八月三一日合意解約された。

(以上の各事実は、当事者間に争いがない。)

二本件取引に至るまでの経緯

1  昭和五七年頃、大日本製薬株式会社の株式(以下「大日本製薬株」という。)は極めて値動きが激しく、投機対象となっていたところ、原告は、同株の株価が先安になると判断し、同年六月二二日同株四万五〇〇〇株の信用売建注文をし、同月二二日一株一一二〇円で一万四〇〇〇株、同月二三日一株一一三〇円で三万一〇〇〇株の信用売建をした。

2  ところが、その後大日本製薬株が著しく高騰し、原告は、右信用売建の決済の機会を逸したまま、その決済期限である六月後の昭和五七年一二月を迎えた。当時、東京証券取引所では大日本製薬株の値動きの過熱から同株の信用取引が停止されていたため、決済の必要から、原告は、未だ取引の停止されていない大阪証券取引所において現物買いして、右取引で取得した株を東京証券取引所に現渡しをして、右1の信用売建を決済した(右決済により、原告は、四一二六万三二三九円の損失を被ったが、これについては、所定の期限までに原告において支払った。)。この大阪での現物買いは、原告名義での大日本製薬株四万五〇〇〇株の信用売建(一株一八〇〇円ないし一八六〇円)とクロス取引がされ、その結果、右信用売建が残った。

3  その後も大日本製薬株の株価は上昇を続け、昭和五八年五月に入ると更に高騰し、原告の提供している担保の維持率が二〇パーセントを下回ることとなったため、被告は、原告に対し、再三にわたり追加担保の差し入れを要求したが、原告は、これに応じなかった。

4  そこで処理について原、被告間で話合いをしたところ、原告は、右大阪証券取引所における信用売建のうち四万株について被告の担当者であった福島弘己(以下「福島」という。)が原告に無断で原告名義での取引を行ったものであると主張して被告の譲歩を求め、被告は、これまでの原告との永年にわたる取引関係から円満解決を望み、その結果、昭和五八年六月二〇日、両者間に和解契約(以下「本件和解契約」という。)が成立した。

その契約に係る「念書」には、次の趣旨の記載がある。

「五八年六月二一日と同月二三日の大日本製薬株の信用取引清算につき、次のとおり約束する。

① 右信用取引清算については必ず期日に支払う。

② 調布市つつじケ丘所在の土地六〇坪について、念のため、権利証、抵当権設定の同意書及び委任状を差し入れる。

③ なお、新規契約分については、三ケ月以内に清算する。」

5  原告は、昭和五八年六月二〇日及び二一日に東京証券取引所で大日本製薬株を一株二四五〇円ないし二五〇〇円で現物買いし、それを大阪証券取引所に現渡しして、右大阪証券取引所の信用売建の決済をした。

6  原告は、更に同年六月二一日大日本製薬株二万七〇〇〇株を一株二五一〇円で信用買建をし、同月二七日に右決済のため一株三一三〇円で信用売埋して右信用買建を決済した(右決済により、原告は、一五〇九万七七九二円の利得を得た。)。

7  ところが原告は、右売埋注文とは別に、右二七日、大日本製薬株二万一〇〇〇株の新規信用売建の注文をしたが、被告は、これを受諾せず、更に、原告が同月二八日にも大日本製薬株二万七〇〇〇株の信用売建を注文したが、被告は、これも拒絶した。

原告は、この拒絶に対し、大阪証券取引所における大日本製薬株の信用売建が原告によるものでないとの主張を再度繰り返したり、右六月二七日の信用売埋がより株価の上昇した同月二八日であったと主張するに至った。

8  原告名義での大阪証券取引所での大日本製薬株四万五〇〇〇株の信用売建を昭和五八年六月二一日及び同月二三日に決済したことによる損金は四一五八万三〇一八円であったが、原告は、右損金の支払期日である同月二七日に至るもその支払をしなかった。被告は、再三にわたる催告によるも支払をしないので、同年七月二日付け書面で、当時の損金残額(右損金から6の利得金等を控除した残額)二六四六万七六七六円を書面到達後七日以内に支払うよう催告するとともに、もしその支払がない場合には、担保預かり中の株式等を売却する旨の通告をし(ただし、その書面が原告に届いたのは同月一一日である。)、同月一八日に預かっていた宝幸水産株式会社の株式一二万四〇〇〇株等を売却してその代金を右損金に充当した。

(以上の各事実は、<証拠略>並びに弁論の全趣旨により認められ、右認定に反する原告の供述部分は信用することができない。)

三本件取引に関する通知関係

1  原告は、被告に対し、昭和五八年七月七日大日本製薬株三万株について同月五日に信用売建をした旨及び同年八月二七日右株について同月二六日に信用買戻しをした旨の各通知をした。

2  被告は、大日本製薬株三万株について、原告名義での昭和五八年七月五日の信用売建及び同年八月二六日信用買戻しをしていない。

(以上の各事実は、当事者間に争いがない。)

第三争点

一原告の主張

1(一)  原告は、昭和五八年七月五日、被告に対し、大日本製薬株三万株を一株四〇五〇円で信用売建注文をし、次いで同年八月二六日、右信用売建の決済のため寄り値(当日の最安値は一株三三〇〇円であった。)で信用買戻しの注文をした。

(二)  ところが、被告は、正当の理由なく原告の注文を拒否し、その注文に応じた執行をしなかったため、原告は、得べかりし利益二二五〇万円を失い、右同額の損害を被った。

よって、原告は、被告に対し、右損害及びこれに対する支払期日である昭和五八年八月二七日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2(一)  当時、原告は、信用取引を継続することができる十分な担保を提供していた。

(二)  信用取引契約を締結している以上、何時でも原告の意思のまま信用取引の注文ができると期待していたものであり、被告が契約解除をすることができるのにしなかった以上、受託拒否は、証券取引法一条、民法一条三項に違反する。

(三)  本件和解契約の内容は、原告主張のようなものではない。信用売建を一回に限定するような合意がなかったことは、本件和解契約に関する念書にそのような内容の記載がないことから明らかである。

仮にそのような合意があったとしても、昭和五八年六月二一日の大日本製薬株二万七〇〇〇株の建玉は買付であって、被告主張の売建ではない。

二被告の主張

1  被告は、原告から昭和五八年七月五日の信用売建注文及び同年八月二六日の信用買戻注文を受けたことはない。

2  仮に原告主張の信用売建注文があったとしても、以下に述べる理由により、被告が注文に応じず、その執行を受諾しなかったことに何ら違法性はない。

(一) 原告は、右注文当時、その注文に相当する担保を提供しておらず、担保を欠く状況にあったから、その執行をしなかったことに正当な理由がある。また、仮に、原告主張の信用買戻注文があったとしても、その前提となる信用売建が存在せず、または信用売建の注文拒絶が正当である以上、信用買戻注文の執行をしなかったとしても、何ら違法はない。

(二) 本件契約においては、被告は、原告の注文全てをその注文どおりに処理すべき義務を負っているものではなく、注文の執行をするかどうかは被告の自由判断に委ねられている。証券会社が顧客からの信用取引の注文を受諾して執行した場合には、証券会社も、注文者と共に信用取引の決済に責任を負うこととなるので、証券会社としても、その注文を受諾するか、拒否するかの自由があると言うべきである。

更に、当時、原告は、原告がした信用取引を福島が無断でしたものと主張したり、既に約定が成立した取引についても否認するなど、被告に対して著しく背信行為を繰り返しており、係る状況下にあっては、被告が原告の注文を拒絶したとしても、右拒絶には、正当性があると言うべきである。

(三) 本件和解契約の内容は、次のようなものであった。

(1) 原告は、前記大阪証券取引所における信用売建を原告が全てしたものであることを認める。

(2) 原告は、右信用売建を原告の責任において全て早急に処理する。

(3) 原告は、被告に対し、右信用売建を決済して発生した損金については、本件契約に定める期限までに支払う。

(4) 原告は、右損金の支払を担保するため、原告所有の不動産につき、被告のために抵当権設定登記をする。

(5) 被告は、原告に対し、前記大阪証券取引所の信用売建の乗り換え継続を、原告が被告に差し入れた担保の範囲内で一度だけ認める。

(6) 原告は、右の乗り換え継続後の新規の信用取引については、三ケ月以内に決済する。

そして、原告は、右一回の信用取引との合意に基づき、六月二一日に大日本製薬株二万七〇〇〇株につき信用買建をし、同月二七日に売埋決済をしたので、同月二一日以降本件契約に基づく新規の信用取引をすることはできず、被告が原告の注文を受諾せず、その執行を拒絶したとしても、何ら違法はない。

第四争点についての判断

一原告の七月五日の注文の有無

前記第二、三2掲記の事実、<証拠略>を総合すれば、原告は、昭和五八年七月五日、被告の担当者である岡田一男に電話で、大日本製薬株三万株を一株四〇五〇円で信用売建注文をしたこと、また、同年八月二六日、右岡田に電話で、右信用売建の決済のため大日本製薬株三万株につき、寄値で信用買戻しの注文をしたことが認められ、右認定に反する<証拠略>は信用することができない。

二受諾拒否の正当性

証券会社と信用取引契約を締結した者が、所定の手続により、予め予定されている範囲内の信用取引の注文をした場合には、その注文を受けた証券会社は、その注文に応じた相当の処置を執るべき債務があり、したがって、特段の事情が存在しないのに恣意に所要の処理をしなかった場合には、債務不履行責任ないし不法行為責任を負わなければならないことは当然であり、被告の主張するところが、注文に応ずるか否かを被告の自由裁量に委ねられている趣旨とするものであれば、そのような主張は相当でない。

しかし、本件においては、次のような特別の事情があるので、被告が注文を受諾しなかったからと言って、被告に債務不履行責任ないし不法行為責任を問うことはできず、したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

1  原、被告間には、昭和五七年一二月の大阪証券取引所の大日本製薬株の信用売建が原告自身の指示によるものか、それとも福島が原告の名義を使用してした取引であるかについて争いがあったところ、本件和解により、右信用売建全部について原告の責任において処理することを原告も約束した(このことは、右取引を原告が行ったことを認めることを前提とする。)ことが認められる。前記した念書の記載どおりに解釈すると、当事者間の合意の趣旨は、右認定のように解するのが記載されている表現にも合致するし、和解に至る経緯からもそのように推認される(原告は、その本人尋問の際には、大阪の取引のうち一部の五〇〇〇株分についての約束である旨供述していたが、そのような趣旨であったとすれば、限定される旨が念書に表記されているはずであるところ、そのような表現は用いられておらず、念書の記載を前提とする限り、原告のその供述部分は信用することができない。話合いの経緯からも、原告の供述どおりの合意であれば、その趣旨が念書に記載されているはずであり、それがない以上、原告の供述する趣旨での合意があったと認めることはできないところである。)。

そのように過去の取引の処理について合意が成立したのに、原告は、昭和五八年六月二七、二八日被告から信用売建の注文を拒否された時以降、再度、過去の信用売埋決済の終了した取引について責任を否定したり、取引日を争ったりしており、本件七月五日の信用売建の注文が行われたのは、そのような紛争が係属している最中であった。

このような契約当事者間の互いの信頼関係継続を阻害するような状況があったのであるから、被告が原告の注文を受諾しなかったからと言って、被告に責任を問うことはできない。

2 本件和解契約によれば、原告は、大阪証券取引所の信用売建株の清算金については支払を約束していながら、その約定にしたがった場合の支払期日である六月二七日を経過しても、その支払をせず、そのため、被告も、再三にわたり支払を催促し、本件信用売建の注文があった五日には、既に担保物の強制売却の予告をしていた段階にあった(右予告書面の到達は遅れて同月一一日になっていたが、被告が同月二日には書面を郵便局に持ち込んでいたことは<証拠略>により認められる。)。このように直前の信用取引の決済処理が順調に行われておらず、しかも紛糾が予測された状況下にされた新規の信用取引の注文を被告が受諾しなかったからとしても、その拒否について被告の責任を問うことはできない。

3  なお、<証拠略>によれば、当時、原告は、被告の他に数社の証券会社と信用取引契約を締結していたことが認められるので、原告としても、信用取引の意思と、その必要性があるのであれば、決済をめぐって紛糾している被告に注文しなくても、他社に注文が可能であったと推認されるところ、当時までに既に二度の注文を拒否されているから、原告は、拒否されることを見越した上で本件注文したものと推認されるので、注文が取引真意に基づくものではなく、他の意図に基づくものではないかとの疑いも否定できない。

三結論

以上のとおり、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官田中康久)

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