東京地方裁判所 平成元年(ワ)2477号 判決 1993年12月22日
東京都世田谷区南烏山三丁目二一番一二号 メゾン南烏山二〇四号室
第一事件原告、第二事件被告、第三事件原告
加藤都
(以下「原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
岩田洋明
同
佐藤治隆
神奈川県小田原市鴨の宮一五九番の一
第一事件被告、第二事件原告、第三事件被告
芳賀弘和
(以下「被告」という。)
東京都杉並区高円寺北二丁目一番二四号
第三事件被告(以下「被告」という。)
ニューソフト・サービス株式会社
右代表者代表取締役
清水信義
右両名訴訟代理人弁護士
千原曜
同
野中信敬
主文
一 被告芳賀弘和は原告に対し金一五〇万円及びこれに対する平成元年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告は、被告芳賀弘和に対し、金二四〇万円及びこれに対する平成元年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の第一事件の請求及び第三事件のその余の請求並びに被告芳賀弘和の第二事件のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の一と、被告芳賀弘和に生じた費用の五分の一を被告芳賀弘和の負担とし、原告及び被告芳賀弘和に生じたその余の費用並びに被告ニューソフト・サービス株式会社に生じた費用を原告の負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
(第一事件について)
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告芳賀弘和(以下、「被告芳賀」という。)は、別紙目録記載の、原告を被写体とした録画済みビデオテープを複製、販売してはならない。
2 被告芳賀は、第1項記載のビデオテープを廃棄せよ。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告芳賀の答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 主位的請求原因
1 当事者
(一) 原告は、かとうみゆきという芸名のビデオ女優、モデルである。
(二) 被告芳賀は、録画済みビデオテープを被制作することを業とするものである。
2 被告芳賀の複製行為
被告芳賀は、被告芳賀が後記三(抗弁)で主張する撮影によって入手した原告の実演を録画したビデオテープを編集して別紙目録記載のビデオテープ(以下、「本件ビデオテープ」という。)を制作、複製し、被告ニューソフト・サービス株式会社(以下、「被告ニューソフト・サービス」という。)から、「マキシム」というレーベルのもと、「ガラスの日記」というタイトルで販売した。
3 よって、原告は被告芳賀に対し、著作隣接権を根拠として、本件ビデオテープの複製、販売の差止め及びその廃棄を求める。
二 主位的請求原因に対する被告芳賀の認否及び同被告の主張
1 請求原因1は認める。
2 請求原因2は認める。
3 請求原因3は争う。
三 抗弁
1 出演契約
被告芳賀は、原告との間で、昭和六三年九月初めころ、原告が、被告芳賀の行うビデオテープの撮影に出演する旨の契約をし(以下、「本件出演契約」という。)、原告の実演を映画の著作物に録画することについて許諾を得た。右契約の内容は、次のとおりである。
(一) 原告の出演料は一本当り手取り一五〇万円とし、当面三本を撮影する(なお一作品を二本に編集したときは、更に同額を支払う)。
(二) 支払時期は昭和六三年一〇月一三日に三〇〇万円、同月末に、一五〇万円を支払う。
(三) 撮影期間は、昭和六三年九月から、同年一〇月九日までとする。
2 被告芳賀は、本件出演契約に基づき、原告の演技を撮影し、本件ビデオテープである作品「ガラスの日記」を完成させたものである。確かに当初予定のシナリオの九割程度しか完成しなかったが、同一の機会に撮影したこのほかのビデオテープも加えて編集することは、被告芳賀の権限に属し、被告芳賀はこの権限に基づいて本件ビデオテープを編集、制作したものであるから、本件ビデオテープに撮影された原告の演技は、原告の許諾を得て映画の著作物において録画されたものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は認める。ただし、原告が再抗弁1(一)で主張する事項も契約内容となっていた。
2 抗弁2は、被告芳賀が本件出演契約に基づいて原告の演技を撮影したことは認め、その余は否認する。撮影作品は完成しておらず、被告芳賀は入手したビデオテープを編集する権限を持っていなかった。
五 再抗弁
1 合意解約
本件出演契約は、昭和六三年一〇月一日、被告芳賀が撮影を継続しない旨の意思を表示し、原告がこれに同意したことにより、合意解約されている。
右合意解約については、以下の事情がある。
(一) 本件出演契約に際しては、以下の事項も契約内容となっていた。
(1) ビデオテープは被告芳賀が提示したシナリオを原告が検討し承認したものにもとづき作成する。
なお、右シナリオについては、昭和六三年九月二八日、原告や被告芳賀や撮影スタッフらがパリに向け出発した時までに、撮影予定の作品として被告芳賀から原告に提示された。その内訳はすでにこのとき撮影が国内で開始されていた「ガラスの日記」のほか、「シャレード」と「恋はペテン師」という題名の作品であった。原告はその頃これに同意した。
(2) ビデオテープの販売は、すべて大陸書房の一般書店売りとし、他の店では販売しない。
前述のように、フランスに向けて出発するまでに作品の予定として、「シャレード」と「恋はペテン師」が提示されたが、その際被告芳賀はその内一本を訴外コロナ社の「レジェンド」というレーベルで販売したいといっていた。
このようなビデオテープの発売元の選択は、原告のモデル、女優としての評価にもかかわる重要なことである。
(3) 共演する男優は、十分演技のできるプロの役者とする。
(4) フランスにおけるロケについては、原告にバス、トイレ付きの個室を用意し、撮影場所と個室とを分けるなど、原告の体調を維持し、適切な撮影のできるよう良好な撮影準備、撮影環境を整える。
この点について、被告芳賀は、宿泊場所兼撮影場所は七つの部屋のある家で各部屋に専用のバス、トイレがあるとの説明をしていた。
(5) フランスでの予定滞在期間が短いので、事前にロケハン、コーディネーターの選任等の準備を十分に行い、余裕のある撮影のできるようにする。
この点について、被告芳賀は、すでにロケハンはしてあり準備は万全だと述べていた。
(6) 作品の編集に当たっては、原告のナレーションを入れるほか原告を関与させ、原告の意見を取り入れてその承認を得る。
(二) これら出演契約の内容については、被告芳賀が特に原告に出演を依頼したことを発端として、相当期間をかけ、細部にわたって条件を話し合ったものである。本件ビデオテープのような、自己の身体をさらけ出す内容のビデオへの出演は、時に法的問題や自己の名誉、信用を毀損し、将来にわたって問題を残すおそれのあるものであるから、原告も相当期間をかけて撮影条件等を確認したし、被告芳賀も熱心に原告に撮影条件等を説明し、十分な撮影の準備ができていて、良い条件の下、良い作品ができるものと原告を納得させたものである。
これらの条件すべては、契約の本質的内容であった。
(三) 右契約の履行について、被告芳賀に次のような契約違反があり、これについて話し合われる経過の中で合意解約に至った。
(1) 昭和六三年九月半ばころ、ガラスの日記の国内での撮影が開始されたが、男優はカラオケビデオに出演したことがあるという程度の素人同然の者であった。(前記(一)(3)違反)
(2) 昭和六三年九月二八日に原告らはフランスに向けて出発し、翌二九日パリのホテルに到着し、三〇日にホテルの近くで若干の撮影をしたが、この撮影初日から事前準備がなされていなかった。そのため撮影後にレンタカーを借りることができずタクシーで移動することになるといった不手際が続き、撮影後タクシーに乗るまでの間、原告は戸外で何時間も待たされ、昼食は取れず、宿への到着は夕方となった。(前記(一)(5)違反)
(3) この日の宿(宿泊場所兼撮影場所)は、被告芳賀が述べていた七つの部屋のある家とは異なり、バス、トイレも一つだけで、原告は、他のスタッフに遠慮して、休息のための入浴もゆっくりできなかった。
また原告には他の女性スタッフ一名と相部屋で一室が与えられたが、ダブルベッド一つの部屋であったし、スタッフの一名(女性コーディネーター)は、泊まることができないというありさまだった。
このように宿泊環境は劣悪で、原告の体調を維持し、適切な撮影のできるよう良好な撮影準備、撮影環境は整えられていなかった(前記(一)(4)違反)
(4) また、俳優も全く決まっておらず、結局当夜は助監督が男優の真似ごとをすることで一部を撮影した。(前記(一)(3)違反)
(5) 同日深夜、あまりにも撮影条件が約束と違うため話し合いがもたれた。その際、被告芳賀は原告と直接誠意をもって話すことがなく、スタッフを通じて話をするというありさまだったが、原告が他のへアーメイクのスタッフらとともに改善を求め、このままでは仕事が継続できないと述べたところ、被告芳賀は、二四時間以内に事態を改善する旨の約束をした。
(6) 同年一〇月一日も、午前から撮影が行われたが、被告芳賀の段取りが悪く、夕方の五時まで昼食も取れないまま撮影が継続され、原告は気分が悪くなった。しかも費用が不足しているとして、スタッフが食費のカンパを求めるありさまであった。(前記(一)(5)違反)
(7) 右一〇月一日の夜も、原告は被告芳賀に対し抗議をしたが、被告芳賀は誠意ある態度を見せなかったし、男優の手配も完全に終わっていなかった。(前記(一)(3)違反)。
そのため原告は、当初の約束に違反していることを根拠に、撮影を継続できないと主張したところ、被告芳賀は、この進行では三本はとれないので二本のテープを完成したい、出演料等の支払条件について相談したいと申し出たので、原告は二本分の出演料全額の撮影終了後の支払、被告芳賀の準備不足のため必要になったフランス人のコーディネーター助手、ヘアメイク等に対するギャラの支払を提案したが、被告芳賀はこれを拒否し話し合いにならず、結局原告が話し合いのうえ撮影を継続するよう働きかけたのに、被告芳賀は、撮影が順調に進行しないことに苛立って、もうできないと言い出して、撮影を継続しない旨の意思表示をし、原告はこれに同意した。
(8) このようにして本件出演契約は合意解約され、右契約に基づくビザオ映画は一本も完成しなかった。
(四) なお、本件出演契約が合意解約されたことについては、以下の間接事実からも明らかである。
(1) この合意解約の翌一〇月二日、スタッフ全員で昼間からワインを飲んでの反省会になったが、被告芳賀はこれに加わらず、何も言わなかった。
(2) 原告は、同日夕方まで被告芳賀の態度の変更もありうると考えて宿泊場所兼撮影場所にいたが変化はなく、その後原告は、滞在場所をホテルに変え、同月一〇日ヘアーメイクの一人と帰国したものであるが、この間、被告芳賀は原告と毎日のように顔を合わせる機会があったが、撮影再開については何も言わず、一〇月八日にはさっさと帰国してしまった。
2 黙示の合意解約
仮に右合意解約が認められないとしても、前記一〇月二日以降制作責任者の被告芳賀から具体的な撮影の指示(原告に対しては出演の指示)がなされなかったものであり、これは被告芳賀の本件出演契約の中途解約の黙示の申出と解すべきである。原告は、これに結果としてしたがったもので、原告のこの行為は被告芳賀の解約申出に対する黙示の承諾に当たる。
六 再抗弁に対する被告芳賀の認否
1 再抗弁1冒頭の事実は否認する。
2 再抗弁1(一)(1)中、シナリオが昭和六三年九月二八日までに原告に提示され、「ガラスの日記」、「シャレード」、「恋はペテン師」という題名の作品であったこと、同(2)中、契約当初、被告芳賀が原告に対し、ビデオテープの販売先として、「恋はペテン師」は大陸書房に販売する予定だと話していたことは認める。「ガラスの日記」は、ムッシュ企画に販売する予定であると話していた。同(一)のその余の点及び同(二)は否認する。
3 再抗弁1(三)中、昭和六三年九月半ば頃、「ガラスの日記」の撮影を開始したこと、同年九月二八日にフランスに向けて出発し、翌二九日パリのホテルに到着し、三〇日にホテルの近くで若干の撮影をしたこと、撮影後にレンタカーを借りることができずタクシーで移動したこと、同日の宿泊場所兼撮影場所が、バス、トイレが一つだけで、原告と他の女性スタッフ一名が相部屋でダブルベッド一つの部屋一室を与えられたこと、当夜撮影が行われ、その後話合いがもたれたこと、一〇月一日の午前から撮影が行われたこと、同日夜原告から抗議があったこと、被告芳賀がフランス人のスタッフらに対するギャラの支払いについての話合いを拒否したことを認め、その余の事実は否認する。
4 再抗弁1(四)(1)は否認する。実態な、一〇月二日の夕方になって原告がワインを持ってスタッフのもとを訪れ単なる飲み会を行ったものにすぎない。これに被告芳賀は加わらなかった。
同(2)については、原告が同日夕方まで宿泊場所兼撮影場所にいたこと、その後原告と被告芳賀が顔を合わせる機会があったこと、被告芳賀が一〇月八日に帰国したことは認め、原告が滞在場所をホテルに変え、同月一〇日ヘアーメイクの一人と帰国したことは知らない、その余の事実は否認する。
真実は逆で、被告芳賀が原告に対し撮影協力を何度も要請したにもかかわらず、原告はこれに応じなかったものである。
5 再抗弁2は否認する。
七 予備的請求原因
1 主位的請求原因1(当事者)のとおり。
2 原告と被告芳賀との間で前記三の主位的請求原因に対する抗弁1のとおり本件出演契約を結んだ。
本件出演契約については、前記五の主位的請求原因についての再抗弁1(一)の各事項も契約の内容となっていた。
3 原告は、右出演契約に基づいて、昭和六三年九月中旬からは国内撮影に、同月三〇日からはフランスでの撮影に出演したが、結局同年一〇月一〇日までの予定であった撮影は一〇月二日で打ち切られ、どの作品の撮影も未完成で終わった。
4 (被告芳賀の契約違反)
(一) 原告は、被告芳賀が提示した三つのタイトルのシナリオに基づいて撮影することに同意したもので、これらの作品を適宜編集して、別の作品を作り出すことについては同意していない。
そして原告が出演に同意したシナリオのビデオは完成していない。
(二) また原告と被告芳賀との間には、ビデオテープの複製物を大陸書房において書店売りにするとの合意があったし、撮影途中で一本をコロナ社にするとの申出が被告芳賀からあったが、この場合でも「レジェンド」というレベルの高いシリーズとして発売するとのことであった。
しかし、被告芳賀はこれらとは異なる被告ニューソフト・サービスから販売しようとしている。
(三) 原告と被告芳賀との間では、原告がナレーションを入れて最終的にチェックし了解していない作品については、これを公表しないことが出演契約の一部として合意されていたもので、そうでないとしても、慣行によりその旨の合意が出演契約の内容となっていた。
(四) 被告芳賀はシナリオについての原告の同意が契約条件ではないと主張するが、いかなる作品に出演するかは出演契約の要素であり本件では後日双方の合意によりその内容が確定することとなっていた。被告芳賀の主張は、その提示したシナリオを原告が拒否できないとするもので不当である。
(五) 被告芳賀は大筋でシナリオにしたがって作成されていれば、他は被告芳賀の編集権の問題であると主張するが、本件では登場人物の欠落等、重要部分でシナリオと相違している。更に原告は従前から出演作品については一貫して自分の声でナレーションを入れ、自己の内面的なものを表現した作品とするようにしてきたものであり、このことは被告芳賀もこれを前提として出演依頼してきた。そして本件でも、同様に各作品にナレーションを入れることを原告と被告芳賀は契約内容として合意していたものであり、仮に被告芳賀に編集権があるとしても、原告の承諾なくナレーションを省略することはできない。
(六) 被告芳賀は本件ビデオテープが所詮はアダルトビデオであると主張しているが、原告と被告芳賀との間ではそのような作品とせず、アダルトショップ店での販売ではなく一般書店で販売することを前提とした優れた作品にするという合意の下に出演契約がなされたのである。アダルトビデオであるから五〇歩一〇〇歩であるとする被告芳賀の主張は、被告芳賀が原告に出演を承諾させるため熱心に説明した趣旨と全く相違する。
5 よって、右契約に基き、被告芳賀が原告の同意なく勝手に編集し、公表について原告の了解を得ないままに、かつ原告と被告芳賀との合意に定められた販売先と異なる相手に販売しようとしている、本件ビデオテープの複製、販売の禁止を求める。
また、作品の完成が不可能となったことから、契約の信義則上の効果として、本件ビデオテープの廃棄をあわせて求める。
第八 予備的請求原因に対する被告芳賀の認否及び同被告の主張
1 予備的請求原因1は、認める。
2 予備的請求原因2中、原告と被告芳賀との間で、主位的請求原因に対する抗弁1のとおりの内容の本件出演契約を結んだことは認める。その余の内容については主位的請求原因についての再抗弁に対する被告芳賀の認否のとおりである。
3 予備的請求原因3は作品の撮影が未完成で終わったことを否認し、その余は認める。
4 予備的請求原因4(一)は、否認し、同(二)は被告芳賀が、原告出演の作品「ガラスの日記」の複製物を被告ニューソフト・サービスから販売したことは認め、その余は否認する。同(三)ないし(六)は否認する。
被告芳賀は、「ガラスの日記」については、フランスロケにいく前に、国内(伊豆)で九〇パーセント以上撮影を終えており、昭和六三年一二月頃、これにフランスロケの撮影分のテープを加えて編集して一本分の本件ビデオテープを作り、これを当初原告に話していたとおり、ムッシュ企画に対し売却しようとしたところ、原告の抗議により同社が買取りを拒否したため、被告芳賀はやむなく予定を変更して、被告芳賀の関係会社である被告ニューソフト・サービスに右作品を売却し、同社が本件ビデオテープの複製物を販売するに至ったものである。
被告芳賀は原告に対し、三作品のシナリオを渡しているが、これは契約締結後作品の撮影に間に合うように随時渡していったものであり、原告からは内容について何も注文がなかった。このことからしても、原告と被告芳賀との間でシナリオの内容が契約内容になっていなかったことは明らかである。作品をどのように仕上げるかは、もともとプロデューサー兼ディレクターである被告芳賀の専権に属することである。すなわち、本件ビデオテープについては、プロデューサーを被告芳賀とすることが、当初から原告との間で合意されているが、映画やビデオ作成に当たっては、作品の編集権は、プロデューサーあるいは監督の専権に属することは定着した慣習であり、公知の事実である。そして編集権の内容としては、一度出した作品を再編集して別作品としないことと、作品の内容を公序良俗に反するものにしないことを除けば撮影された素材を用いて自由に編集できるのが業界の慣習であり、原告と被告芳賀との間の契約もこれに反する特約はなく、右慣習に基づいて締結されたものである。
販売された本件ビデオテープと「ガラスの日記」のシナリオを比べると、大半はシナリオどおりであり、ほんの一部シナリオと異なる部分はあるが、映画やビデオを作成する場合、撮影状況に応じてある程度内容が変わるのは当然であり、それをとらえて契約違反だというのは言い掛かりにすぎない。右の程度の変更であれば、被告芳賀の編集権の範囲内で制作されたものである。
完成したビデオテープを販売会社が買うかどうかは、完成した作品を販売会社が見て判断することであり、撮影が開始する前に原告と被告芳賀との間の契約で確約するはずがない。被告芳賀が言ったことは、販売先についての予定にすぎない。また原告は大陸書房での販売が原告のモデル、女優としての評価にもかかわる重要なことだと主張しているが、これは原告の主観にすぎない。どこで売るにせよ、作品の内容は、所詮は出演者の裸体及び性行為の観賞がその主要な目的であるアダルトビデオであり、一般人の感覚からすれば、五〇歩一〇〇歩である。
本来ビデオテープの編集はプロデューサー兼ディレクターである被告芳賀の専権に属することであり、ビデオ女優が作品の編集にまで立会うことはありえない。
5 予備的請求原因5は争う。
(第三事件について)
第三 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告ニューソフト・サービスは、別紙目録記載の、原告を被写体とした録画済みビデオテープを複製、販売してはならない。
2 被告ニューソフト・サービスは、第1項記載の録画済みビデオテープを廃棄せよ。
3 被告らは、各自原告に対し金九五〇万円及びこれに対する平成元年一一月二四日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第四 当事者の主張
一 請求原因
1 被告ニューソフト・サービスは、映画スライド、ビデオの企画、制作、配給、輸出入及び販売等を目的とする株式会社である。
(被告ニューソフト・サービスに対する差止請求)
2 被告ニューソフト・サービスは、被告芳賀から本件ビデオテープ及びその著作権を譲り受けたと称し、複製、販売しようとしている。
しかし、被告芳賀に本件ビデオテープを複製、販売する権利がないことは、第一事件において述べたとおりである。
3 よって、原告は、被告ニューソフト・サービスに対し本件ビデオテープの複製、販売の差止め及びその廃棄を求める。
(被告芳賀に対する金銭請求)
4 (合意解約についての不法行為)
(一) 原告は、被告芳賀との間で、第一事件の抗弁1のとおり本件出演契約を結んだ。
(二) 本件出演契約は、第一事件の主位的請求原因についての再抗弁のとおり、被告芳賀が種々の条件に反したため合意解約となった。
これは、被告芳賀の故意の契約違反により、原告が出演の続行を不可能にされ、撮影中止に同意せざるをえなくなったものであるから、原告はこれを不法行為として、損害賠償を請求する。
(三) 原告は、被告芳賀の右不法行為により次の損害を被った。
得べかりし利益 金四五〇万円
本件出演契約において、原告は出演料として金四五〇万円の報酬を受けることになっていたが、合意解約せざるを得なくなったことにより、右出演料相当額の得べかりし利益を得ることができなかった。
5 (無断複製販売行為についての不法行為)
(一) 被告らは、原告の著作隣接権を侵害して、原告を被写体とした本件ビデオテープを「ガラスの日記」という題名で大量に複製、販売し、原告の女優、モデルとしての信用を低下させた。被告らの右の行為は原告に対する不法行為となる。
(二) 原告は、被告芳賀の右不法行為により次の損害を被った。
慰謝料 金五〇〇万円
原告の精神的損害の慰謝料として金五〇〇万円が相当である。
6 よって、原告は、被告芳賀に対し、主位的に、民法七〇九条に基づき、右損害の賠償金合計九五〇万円及びこれに対する第三事件の訴状送達の日の翌日である平成元年一一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
7 仮に本件出演契約が解約されていないとしても、
(一) 原告は、昭和六三年九月二八日から同年一〇月一一日まで、本件出演契約の内容通り、いつでも役務を提供できるよう待機していた。
よって、原告は被告芳賀に対し、本件出演契約に基づき、報酬四五〇万円の支払いを求める請求権を有する。
(二) また、被告芳賀は、本件出演契約について、第一事件の再抗弁1の(一)記載の各条項に反し、原告が合意したシナリオと異なる内容の作品である本件ビデオテープを作り上げ、原告の意思に反して本件ビデオテープの複製物を多数販売し、原告に精神的損害を与えた。
右の精神的損害に対する慰謝料としては金五〇〇万円が相当である。
8 よって、原告は、被告芳賀に対し、予備的に、本件出演契約による報酬四五〇万円と右不法行為による損害賠償金五〇〇万円の合計九五〇万円及びこれに対する第三事件の訴状送達の日の翌日である平成元年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告ニューソフト・サービスに対する金銭請求)
9 被告芳賀の右4、5及び7(二)の各不法行為は、被告ニューソフト・サービスの従業員として、被告ニューソフト・サービスの事業の執行について行われたものである。
また、被告芳賀と被告ニューソフト・サービスは時には独立した営業主体のごとく振る舞い、時には被告芳賀が被告の営業部長として振る舞い、立場を使い分けているが、実質的には両者はその当時不即不離の一体の関係にあったものである。
10 よって、原告は、被告ニューソフト・サービスに対し、主位的に、民法七〇九条、七一五条に基づき、右請求原因6の損害金九五〇万円及びこれに対する第三事件の訴状送達の後の日である平成元年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的に本件出演契約に基づき報酬金四五〇万円と民法七〇九条、七一五条に基づき右請求原因7(二)の損害金五〇〇万円との合計九五〇万円及び右同様の遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 請求原因2中、被告ニューソフト・サービスが本件ビデオテープの複製物を販売したことを認め、その余の事実は否認する。
被告ニューソフト・サービスは、被告芳賀から本件ビデオテープについて、適法に著作権を取得したものである。
3 請求原因3は争う。
4 請求原因4(一)は認め、同(二)は否認する。同(三)は知らない。
5 請求原因5(一)中、被告ニューソフト・サービスが本件ビデオテープを「ガラスの日記」の題名で複製、販売したことを認め、その余は否認する。同(二)は知らない。
6 請求原因6は争う。
7 請求原因7は否認する。
「ガラスの日記」については、作品が完成しているが、本件出演契約の内容は三本分の撮影を完了した場合に、被告芳賀が原告に対し、一本あたり金一五〇万円、合計金四五〇万円の出演料を支払うというものであり、三本分に出演しない場合には、一本分の対価を請求できるものではない。原告は、右出演契約を中途で放棄し、履行を完了していないから、報酬請求権は全くない。
8 請求原因8は争う。
9 請求原因9は、否認する。被告芳賀は、被告ニューソフト・サービスの従業員ではないし、一体的な関係にあるものでもない。
10 請求原因10は争う。
(第二事件について)
第五 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告は、被告芳賀に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成元年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告芳賀の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告芳賀の負担とする。
第六 当事者の主張
一 請求原因
1 原告と被告芳賀との間で、第一事件の抗弁1のとおり本件出演契約を結んだ。
2 被告芳賀ほかのスタッフ及び原告は、昭和六三年九月二八日、右撮影のためフランスに赴いたが、原告は、現地において撮影がまだほとんどされていなかった昭和六三年一〇月二日から帰国に至るまで、撮影に応じることを拒否し、結局撮影はほとんど行なうことができなかった。
3 原告の右債務不履行による被告芳賀の積極損害は次のとおりである。
(一)(1) 旅費 二五一万七〇〇〇円
内訳
東京パリ間の往復旅費 二四七万円
新宿から成田までの運賃 二万七〇〇〇円
旅客施設使用料 二万円
(2) 人件費等 一四七万〇一八八円
内訳
カメラマンの日当及びレンタル機材使用料
一〇〇万円
旅行コーディネーターへの報酬 一三万〇三八八円
ヘアメイクへの報酬 六万円
撮影助監督への報酬 二〇万円
現地コーディネーターへの報酬 七万九八〇〇円
(3) 中継地タイにおける諸経費(一バーツ五円)
二万四四〇〇円
内訳
電話代 二六四バーツ
スタッフ食事代
六一四・五バーツ
ホテル代 四〇〇一・五バーツ
(4) フランス滞在中の諸経費(一フラン二〇円)
二五万七五〇二円
内訳
タクシー代 八九〇フラン
食費等 七八四六・八四フラン
空港からホテルまでのトラック代
一〇三二・四一フラン
ロケ用のレンタカー代 三一〇五・八五フラン
(5) ロケ用に購入した衣装小道具代 三二万七八二〇円
(6) 国際電話代 二万八五二八円
(7) 右(1)ないし(6)の合計 四六二万五四三八円
(二) 右フランスロケに要した費用合計四六二万五四三八円のうち、約一割程度は、本件ビデオテープ、「ガラスの日記」に使用したもので右ビデオ作品の販売により費用を回収している。原告の債務不履行により被告芳賀が被った積極損害は、右部分を控除しても四〇〇万円を下回るものではない。
4 よって、被告芳賀は、原告に対し、債務不履行による損害賠償として右損害金四〇〇万円及びこれに対する本件支払命令送達の日の後の日である平成元年二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。ただし、第一事件の再抗弁(一)で主張するとおり、これ以外の詳細な事項も契約内容となっていた。
2 請求原因2は否認する。
3 請求原因3は知らない。
(一) 仮に被告芳賀が原告に対して損害賠償請求できるとしても、本件撮影は当初から赤字が予想されていたものであるから、被告芳賀の得る金額よりも撮影にかかる経費の方が多いのであり、撮影にかかった費用全額を原告に対する損害として賠償することを許すと、予定通り撮影が終了した場合より被告芳賀の取得する金額が多くなり相当でない。被告芳賀の損害は、最大でもビデオテープ売却予定代金から撮影中止により支払いを免れた金額を差し引いた金額になるべきである。そうするとその額は、「ガラスの日記」以外の二本分の作品の撮影により被告芳賀が得られたと考えられる収入七一〇万円から、原告への出演報酬三〇〇万円を差し引いた四一〇万円から、更に撮影中止に伴ない支出を免れた金額を差し引いた金額の範囲内である。
そして被告芳賀が撮影中止により支出を免れた金額は、四一〇万円を越えるものと考えられるから、被告芳賀の請求は失当である。
また、被告芳賀が本件撮影を断念した昭和六三年一〇月二日当時の撮影進行状況においては、作品「ガラスの日記」以外には、作品「シャレード」しか撮影を完成させうる状況になかった。
(二) また被告芳賀が撮影を中止したとき、山地昇と藤峰典子の二名は未だ日本にいたのであるから、右両名はパリにくる必要はなかったものであり、これをやめさせなかった被告芳賀は、原告に対し、右両名の交通費、宿泊費について損害賠償請求権を有するものではない。
4 請求原因4は争う。
三 抗弁
原告が参加した昭和六三年九月末からのフランスにおける撮影は、途中から行われなくなったが、それは被告芳賀が、同年一〇月一日撮影を続行する意思を放棄したためであり、その状況は、第一事件の再抗弁として述べたとおりである。そして右再抗弁1(四)のとおり、被告芳賀が撮影を放棄した後も、原告は、当日タ方まで撮影予定の滞在場所に待機し、またその後もフランス国内のホテル内に宿泊し、被告芳賀からの申出があればいつでも撮影に参加できる状態で、撮影終了予定日の同年一〇月一〇日まで滞在していた。撮影が継続不能となったのは、被告芳賀の撮影放棄によるものであり、原告は、被告芳賀が撮影を放棄した後も、いつでも撮影の再開に応じられるよう待機していた。
四 抗弁に対する認否及び被告芳賀の主張
抗弁は否認する。実際は全く逆で、原告が昭和六三年一〇月二日以降、撮影を拒否したものであり、その後も被告芳賀は撮影再開を原告に懇願したが、原告がこれに応じなかったものである。
第七 証拠関係(第一事件ないし第三事件)
証拠の関係は、記録中の証拠に関する目録記載のとおりである。
理由
第一 第一事件について
一 第一事件の主位的請求原因1、2、抗弁1並びに抗弁2中被告芳賀が本件出演契約に基づいて原告の演技を撮影したことは当事者間に争いがない。
二1 被告芳賀は、本件出演契約の対象作品であった「ガラスの日記」は当初予定のシナリオの九割程度しか完成しなかったが、同一の機会に撮影した他の作品用のビデオテープを加えて編集することは、被告芳賀の権限に属し、被告芳賀はこの権限に基づいて本件ビデオテープを編集、制作したものであるから、本件ビデオテープに撮影された原告の演技は、原告の許諾を得て映画の著作物において録画されたものであると主張するので検討する。
前記争いのない事実と成立に争いのない甲第三号証ないし甲第五号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二八号証の一、二、証人岡本正仁の証言、原告及び被告芳賀各本人尋問の結果、本件ビデオテープであることに争いのない検乙第一号証によれば、次の事実が認められ、これに反する甲第二号証中の部分は、前記乙第一号証及び検乙第一号証に照らして信用できない。
(一) 原告は、「かとうみゆき」という芸名で昭和五九年頃からテレビ女優として芸能活動を始め、昭和六一年五月頃からは、性行為の描写のある成人向きのビデオ作品、いわゆるアダルトビデオにも出演するようになり、昭和六三年八月頃までに、三本程のアダルトビデオの作品に出演したほか、週刊誌のグラビアのモデル、テレビドラマ、映画関係等の仕事もしていた。
被告芳賀は、スリーアッププラニングプロデュースの商号で、昭和六一年頃からアダルトビデオを含むビデオ作品を製作することを業としているものであり、被告ニューソフト・サービスは、映画スライド、ビデオの企画制作配給輸出入及び販売等を目的とする株式会社である。
(二) 原告は、昭和六三年八月頃、知人から被告芳賀を紹介され、被告芳賀から、同人が製作する予定のアダルトビデオ作品に出演するよう求められ、被告芳賀と七、八回位打ち合わせを重ねて、昭和六三年九月初め頃、被告芳賀との間で、被告芳賀の製作するアダルトビデオ作品三本に原告が出演することについて、次のような内容の本件出演契約を締結した。
(1) 原告の出演料は一本当り手取り一五〇万円とし、当面三本を撮影するが、もしこの内の一作品を二本に編集したときは、更に同額を追加して支払う。
(2) 右出演料の支払時期、支払方法は、昭和六三年一〇月一五日に三〇〇万円、同月末に一五〇万円とする。
(3) 撮影期間は、昭和六三年九月から、同年一〇月九日頃までとする。
(4) 撮影場所は国内及びパリとする。
(5) 原告のヘアメイクの担当者として、それまでにも原告のヘアメイクの仕事をしたことのある新野啓子を被告芳賀がスタッフとして雇い、撮影場所へ同行する。
(三) 原告が出演する作品は、いずれも被告芳賀が製作するものであるが、まず被告芳賀が監督をする「ガラスの日記」という題名の作品のシナリオが被告芳賀から原告に示されて、これへの出演を原告が承諾し、次いで橋本直樹が監督する「シャレード」という題名の作品、山地昇が監督する「恋はペテン師」という題名の作品のシナリオが順次原告に示され、原告と各監督の顔合わせ、打ち合わせを経て、原告らがフランスへ出発する前までには、それらへの出演が合意された。
なお、本件出演契約については、昭和六三年九月二四日付けで、芳賀が、原告に対し右(二)(2)のとおりの出演料の支払約束を記載した書面、新野に対し、報酬として同年一〇月一五日に二二万五〇〇〇円、一一月三〇日に二二万五〇〇〇円の合計四五万円の支払いを約束する書面が個別に作成されたのみで、その他の事項については口約束であった。
(四) 本件出演契約に基づく撮影は「ガラスの日記」から始められ、九月一八日、一九日の二日間にわたって伊豆でロケが行われ、全体の九割方の撮影を終えた。
後記認定のとおり、フランスでの撮影予定では、「ガラスの日記」の撮影は、一〇月三日の一日だけがあてられていた。
(五) 乙第一号証の「ガラスの日記」のシナリオは三八のシーンに分れるが、そのうち二八、二九、三三、三四、三七の五シーンがフランスにおいて撮影予定のもので、その他の三三シーンは全て国内で撮影されるものである。
右のシナリオとしての「ガラスの日記」の荒筋は、無意識のうちに別個の人格として行動をしている主人公の女性が、なぜ別個の人格を自分は有するのかという謎を探るため、手掛かりとなる資料を元にフランスを訪れ、外科医グリュッケンハウスと会ってその謎が解明されるというものであるが、右のフランスにおける撮影予定の部分であるシーン二八はフランスの街並みを主人公がグリュッケンハウスを探す場面であり、シーン二九はグリュッケンハウスと主人公に付き添っているガイドがフランス語で会話をする場面、シーン三三はホテルの部屋にいる主人公、シーン三四はフランスの街並みを歩くもう一つの人格の持主の主人公、シーン三七はグリュッケンハウスと主人公の恋人高橋の会話で、それまでのシーンでほぼ明らかになった主人公の二つの人格の謎の解明に心理学的な説明が加えられるという場面である。
他方、本件ビデオテープである「ガラスの日記」では、後記三4に認定のとおり、フランスでの「ガラスの日記」の撮影が原告の履行拒絶により行われなかったため、右のシーン二八とシーン三三、三四は、作品「シャレード」用に撮影されたと思われる部分が代用され、またグリュッケンハウスは既に死亡していたとしてシーン二九及び三七は省略されているが、大筋としてみると、国内において撮影された部分のみによっても主人公の二つの人格の謎が提示され、それが解明されていく筋道、謎の答、その間に主人公の性行為の描写があるという筋立ては、シナリオとしての「ガラスの日記」とビデオ作品としての「ガラスの日記」とは一致している。
(六) いわゆるアダルトビデオといわれる映画の製作については、低予算で作品を完成させるために撮影期間は二、三日程度で、右期間内に作品を完成させることが最優先とされ、撮影上の支障が生じた場合には、適宜シナリオの内容(セリフ、ナレーションを含む)を変更して作品を完成させることが日常的に行われるのが実情である。現に「ガラスの日記」の伊豆ロケでもシナリオが変更された。
2 右認定の事実によれば、シナリオとしての「ガラスの日記」中撮影が行われなかったシーンは、シナリオ全体との割合からすると、その一割程度で、変更の程度は話しの大筋に影響するものではなく、その変更の程度は僅かであると認められること、アダルトビデオの製作においては日程等の都合によって、シナリオの内容等が適宜変更されることが日常的に行われており、そのことは本件出演契約前に三本程この種ビデオに出演したことのあった原告も知っていたと窺われること、被告芳賀は「ガラスの日記」の制作者であり監督であること、そもそも「ガラスの日記」のフランスでの撮影が行われなかったのは、原告の履行拒絶によることからすれば、ビデオ作品としてのガラスの日記、すなわち本件ビデオテープは、制作者であり監督である被告芳賀が、原告との間の本件出演契約の内容の範囲内で、国内で撮影済みのビデオテープに「シャレード」用に撮影したビデオテープを一部加えて編集、制作したものと認められる。したがって本件ビデオテープに撮影された原告の演技は、原告の許諾を得て映画の著作物に録画されたものと認められ、被告芳賀の抗弁を認めることができる。
三 原告は、再抗弁として、本件出演契約が、明示又は黙示に合意解約された旨主張するのでこの点について判断する。
1 再抗弁1(一)中シナリオが昭和六三年九月二八日までに原告に提示され、「ガラスの日記」、「シャレード」、「恋はペテン師」という題名の作品であったこと、契約当初、被告芳賀が原告に対し、ビデオテープの販売先として、「恋はペテン師」は大陸書房に販売する予定だと話していたこと、同1(三)中、昭和六三年九月半ば頃、「ガラスの日記」の撮影を開始したこと、同年九月二八日にフランスに向けて出発し、翌二九日パリのホテルに到着し、三〇日にホテルの近くで若干の撮影をし、その後レンタカーを借りることができずタクシーで移転したこと、同日の宿泊場所兼撮影場所が、バス、トイレが一つだけで、原告と他の女性スタッフ一名とが相部屋でダブルベッド一つの部屋一室を与えられたこと、当夜撮影が行われ、その後話合いがもたれたこと、一〇月一日の午前から撮影が行われたこと、同日夜原告から抗議があったこと、被告芳賀がフランス人のスタッフに対するギャラの支払いについての話合いを拒否したこと、同1(四)中、原告が一〇月二日タ方まで撮影場所にいたこと、その後原告と被告芳賀が顔を合わせる機会があったこと、被告芳賀が一〇月八日に帰国したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
2 右各事実と、前記甲第三号証ないし甲第五号証、乙第二八号証の一、成立に争いのない甲第六号証及び甲第七号証の各一、二、乙第一号証、乙第二号証の一、二、乙第三号証、乙第四号証の一、二、乙第五号証ないし乙第七号証、乙第八号証の一、二、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一号証、被告芳賀本人尋問の結果により成立を認める乙第二六号証、乙第二七号証、原告及び被告芳賀各本人尋問の結果、証人岡本正仁の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次のような事実が認められ、甲第一号証及び原告本人尋問の結果中のこれに反する部分は、右認定事実に照らし信用できない。
(一) 本件出演契約による撮影はフランスでの撮影が多かったため、被告芳賀はフランスに住んでいたことがあるという毬和恵こと吉江和恵をフランスでの撮影準備を行うコーディネーターとして雇い、同女にフランスにおける撮影場所、宿泊場所の確保、現地における原告の相手役の役者の手配を依頼していた。そして同女から昭和六三年九月二〇日頃に、宿泊場所兼撮影場所として一軒屋で部屋も七つありシャワールームも数多くある場所が確保でき、役者の手配もできたと聞いたため、原告にも打合わせの際にそのことを伝えた。
また被告芳賀は原告に対し、撮影する三本のビデオ映画の販売先について、「ガラスの日記」はムッシュ企画、「シャレード」はコロナ社、「恋はペテン師」は大陸書房の予定であるとも話した。
(二) 「ガラスの日記」の撮影が、伊豆で、同年九月一八、一九日に行われたことは前記認定のとおりであるが、被告芳賀は、原告に対し、「ガラスの日記」で原告と共演する男優は、専門の俳優であると説明していたものの、伊豆の撮影の際、原告の相手役は撮影前日まで決まらず、結局助監督の岡本が、俳優専業ではない友人に頼んで相手役として出演してもらい、撮影を行ない、撮影自体は予定通り終了した。
(三) フランスでの撮影の予定表は、九月二六日助監督の岡本から原告に渡されたが、その内容は概略次のとおりであった。
九月二八日午前一一時 成田発。
九月二九日午前七時四〇分 パリ着。
九月二九日 終日ロケハン。
九月三〇日から一〇月二日までの三日間に「シャレード」を撮影。
一〇月三日 「ガラスの日記」を撮影。
一〇月四日 移動及びロケハン。なお山地昇ともう一人のスタッフが当日午前七時一五分にパリに到着。
一〇月五日、六日に「恋はペテン師」を撮影。
一〇月六日午後から一〇月九日にかけて、現場スチール、パッケージ用写真、グラビア用写真を撮影。
一〇月一〇日 予備日。
一〇月一一日正午にパリを出発、翌一〇月一二日午後六時二五分に成田に到着。
(四) 被告芳賀、原告、監督の橋本、助監督の岡本、ヘアメイクの新野、コーディネーターの吉江ら総勢八名は、九月二八日、右の予定表のとおり出発したが、途中、中継地のタイでの飛行機の故障のため、翌二九日パリのホテルへの到着時刻は予定していた午前七時四〇分ではなく夜となった。
このため、当初二九日に予定していたロケハンを行うことができず、翌三〇日には、二九日に宿泊したホテルの近辺でロケハンをしながら、「シャレード」の撮影を若干した。
この頃、吉江が被告芳賀の了解を得ないでフランス人のスタッフを雇う話をしていたことがわかり、被告芳賀は吉江に、了解を得ないでスタッフを雇っても、その報酬の支払には応じないと言い渡した。
(五) 右のホテル近辺の撮影終了後、一行は、器材の運搬と予定していた宿泊場所兼撮影場所に移動するためレンタカーを借りようとしたが、被告芳賀らがクレジットカードを携帯していなかったため、借りることができず、タクシーで移動することになった。この間全員が、戸外で一時間ほど待たされた。
(六) 宿泊場所兼撮影場所については、吉江からは前記のように七つ部屋がある一軒屋という話がされていたが、実際には、ダブルベッド一つを備えたベッドルームが一つと、人数分のソファーベッドがある大部屋のリビングに、バス、トイレが一つだけついたマンションの地階部分であった。そのため監督の橋本は、撮影場所としてイメージしていたところと違うなどといい、この建物を宿泊場所兼撮影場所とするかどうかについて、橋本、被告芳賀及び助監督の岡本の三名で、一時間程議論を重ね、ようやくこの建物に入ることにしたが、この間原告ら一行は外で待たされていた。
また、右宿泊先に着いた頃には、原告の相手役についても吉江の言葉とは違い、手配がついていないことがわかった。
(七) 右の宿泊場所では、原告と新野がダブルベッド一つが置いてある部屋に相部屋で割り当てられ、吉江は予定通り知人宅に泊り、被告芳賀ら男性スタッフは大部屋に泊ることになった。
当夜、右室内で「シャレード」の撮影が行われたが、この撮影終了後、新野から被告芳賀に対し、皆と同じバスルームを使わなければならないので、原告はゆっくり風呂にも入れず、十分休むことができない、ちゃんとした宿泊先を用意して欲しい、こんなことでは自分は撮影に協力できないなどと申し入れがなされ、また、原告からも、予定していたフランス人の役者が決まっていないことに対し苦情が述べられた。しかし、他のスタッフの取りなしもあって、被告芳賀が二四時間以内に事態を改善するよう約束したことでその場は一応収まった。
(八) 翌一〇月一日、被告芳賀はパリ市内で原告と新野の宿泊場所を探し、パリ市内のホテル「ニッコー・ド・パリ」の予約を取った。
他方、原告らは監督の橋本他のスタッフとともに市内で、「シャレード」の撮影を続けたがはかどらず、予定の半分に満たない程度の撮影しかできないまま宿泊場所兼撮影場所に戻り、室内で、撮影を継続したが、依然現地の俳優の手配ができていなかったため、結局助監督の岡本が原告の相手役となって、撮影をした。
同日の夕方、被告芳賀が、原告と新野に二人の宿泊場所としてホテルの予約ができたと告げてホテルのルームキーを渡したところ、原告や新野は、自分達二人だけがそういう所へ行くのではなく、スタッフ全員がきちんと仕事をできるようにしてほしいとかえって苦情を申し入れ、新野はルームキーを投げつけるなどして、右のホテルに宿泊することを拒絶した。
(九) 一〇月一日の撮影が終わった深夜から翌二日未明にかけ、原告及び新野と被告芳賀との間で話し合いが持たれ、これに助監督の岡本や、監督の橋本直樹も加わった。
この際、原告や新野は、被告芳賀に対し、宿泊場所が適切でない、原告の相手役の男優が決まっていない、いままでの撮影手筈が不十分であることなど、撮影についての準備が不十分であることに対し苦情を申し入れ、どのように改善するのか詰問した。また、監督の橋本らからはこの進行では三本はとれないので二本の作品を完成するようにしようという話が出たが、被告芳賀は三本の完成を主張し、更に橋本から、今の状況では日程的に苦しいので、東京において追加の撮影をしようという提案がされたものの、原告がそれなら出演料を増やすよう求め、これを被告芳賀が拒絶するなどして交渉は延々と続いた。
このような交渉の途中、新野からは、もう被告芳賀の下では仕事ができないから私は帰るなどという発言がなされ、原告もヘアメイクの新野がいなければ仕事にならないから、自分も帰るなどと言い出した。また、被告芳賀が、原告に対して、自分を信用しないなら報酬の支払いはしかねるなどと発言したため、この被告芳賀の発言をきっかけに原告は立腹して部屋に引きこもり、以後直接被告芳賀と交渉しなくなり、岡本が両名の間を行き来して、交渉を継続するような状態になった。
結局、原告と新野は、一〇月二日午前三時半頃までの間に、(1)原告の報酬四五〇万円全額を一〇月一五日に支払うこと、(2)一〇月二日はタ方までにロケハンを行い、食事後、フランス人が出演予定だったシャレードのシーンを取ること、(3)吉江が被告芳賀の了解を得ないで現地で雇ったフランス人のスタッフの報酬を払うこと、(4)新野の報酬と吉江の報酬を一〇月一五日に全額支払うこと、が撮影を継続する条件である旨順次被告芳賀に伝え、被告芳賀は右(1)、(2)は了承し、(3)、(4)については翌朝回答すると応じて即答を避けた。
(一〇) 一〇月二日午前九時頃、現地の原告の相手役の男優の手配がついた。
被告芳賀は、一〇月二日午前一一時頃、原告に対し前記(九)の(3)、(4)については原告が条件として提示できることではないと拒否し、従来の報酬と日程で三本を撮影するという当初の契約内容を履行することを求める旨回答した。これに対し、原告は自らの提示した条件が満たされないかぎり撮影には応じられないとして、撮影に応じることを拒絶した。
そのため被告芳賀は、右の原告の態度から、撮影を継続することは困難であると判断して、撮影を「バラシ」にする(「撮影を中止する」との意味)とスタッフに告げ、撮影を継続できないことを明らかにした。
(一一) しかし、一〇月二日、被告芳賀は日中パリの風景の撮影を行い、またこの頃、日本にいる山地に対し国際電話をかけ、被告芳賀の方の撮影は不可能になったが、山地の方の撮影だけでも遂行してもらいたいので、予定通り来仏して原告を説得してほしい旨伝えた。また当日夕方には原告を含むスタッフ全員が飲み会をしたが、被告芳賀はこの飲み会に加わらず何も言わなかった。原告と新野は、同日夕方まで右の宿泊場所兼撮影場所にいたが、その後滞在場所を自分たちで捜したホテルに変えた。
(一二) 一〇月四日、予定通り「恋はペテン師」の監督の山地昇が日本から到着した。山地は、被告芳賀との間では「恋はペテン師」の制作者となる合意があり、かつ、前記のとおり国際電話で芳賀から状況について報告を受けていたので、原告に対し撮影再開を呼びかけたが、原告は、山地の制作ということは聞いていないしとても精神的に撮影に応じられる状態ではないとして、「恋はペテン師」についても撮影に応じることを拒絶した。
その後、原告は被告芳賀及びスタッフの滞在場所を何度か訪れ、被告芳賀と原告は何度か顔を合わせる機会があったが、撮影再開について互いに何も言わなかった。
被告芳賀はスタッフとともに一〇月八日に帰国し、原告は別に同月一〇日頃、新野と帰国した。
(一三) 帰国後、被告芳賀から第三者を通じて、あるいは山地から、原告に対して、東京で撮影しようとの申し入れがあったが、原告は、被告芳賀に対しては延びてしまった以降のことについては応じられないことなどを理由として、山地に対しては制作者が当初の話では山地ではなく被告芳賀と聞いていたことを理由として、いずれも拒絶した。
3 原告は、再抗弁1(一)の(1)ないし(6)の事項も本件出演契約の内容になっていたと主張する。前記二1(三)認定のとおり、原告が出演する作品としては、原告においてそれぞれのシナリオを示された上で被告芳賀が監督する「ガラスの日記」、橋本直樹が監督する「シャレード」、山地昇が監督する「恋はペテン師」という三本の作品とすることが合意されたものであるが、アダルトビデオの製作においては、日程等の都合でシナリオの内容が適宜変更されることが日常的に行われており、原告もそのことを知っていたものと窺われることは前記二1(六)及び二2に認定したとおりであり、シナリオを変更せずに撮影すること、シナリオの変更は原告の承認を要することまでが本件出演契約にあたって合意されていたものとは認められない。また右1に認定したように、被告芳賀は、打合わせの中で、原告に対し、宿泊場所兼撮影場所の状況や、相手役の手配、ロケハンなどの事前準備状況やビデオテープの販売先についての予定を告げていたものであるが、これらが単なる予定の説明を越えて、契約の内容になっていたものとは直ちに認めがたく、またビデオテープの販売先の決定は製作者の、作品の編集、チェックは制作者、監督の重要な権限に属することからも、右主張に沿う原告本人尋問の結果はその他の前掲証拠に照らしたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
4 右2に認定した事実によれば、原告は昭和六三年一〇月一日深夜から翌二日午前中にかけての話合いの中で、被告芳賀に対し、自らの出演料の支払期日の変更や撮影日程の変更を求めて被告芳賀がこれを受け入れたのに、フランス人のコーディネーターの報酬の支払いや新野の報酬や吉江の報酬の支払日を変更することなどをも撮影に応じるための条件であるとし、被告芳賀がこれを了承しない限り撮影には応じないとの意思を表示したものである。そして、これに対し被告芳賀は原告の出した条件を拒否し、契約の履行を求めたのに、原告が応じなかったので、原告の態度から撮影の継続は困難であると判断して、撮影を「バラシ」にするとスタッフに告げたものであり、これを原告と被告芳賀との合意解約とみることはできない。
本件出演契約によって出演の義務を負担している原告が、撮影を開始した後ロケ地であるフランスで、自己の権利義務に何ら関係のないフランス人コーディネーターへの報酬の支払いや、すでに当事者間の契約で定まっている新野や吉江の報酬の支払日の変更を、被告芳賀が受け入れなければ撮影に応じないとすることは、本件出演契約による原告の債務の正当な理由のない履行拒絶の意思表示であり、原告はこのような態度をパリ滞在中変えていない。一方、被告芳賀は、一〇月二日もパリの風景の撮影に出かけたほか、日本にいる山地に国際電話をかけ、自分の方の撮影は不可能になったが、山地の方の撮影だけでも遂行してもらいたいので、来仏して原告を説得してほしい旨伝えたことが認められ、これらの事実に、被告芳賀は伊豆ロケやフランスロケに相当の経費を費やしていたものと認められることを合わせ考えると、被告芳賀が撮影を「バラシ」にするとスタッフに告げたのは、原告が被告芳賀と他人との契約に関する条件を提示して、それを被告芳賀が受け入れない限り撮影を拒否するという姿勢を示したため、被告芳賀としてはそのような条件は受け入れられず、原告が撮影を拒否する以上撮影を継続できないという認識を表明したものと認めるべきであり、右のような発言をもって被告芳賀の合意解約の申入れ又は合意解約の承認の意思表示と認めることはできない。
原告は、合意解約の間接事実として、一〇月二日にスタッフ全員で飲み会をしたのに被告芳賀がこれに参加せず、また何も言わなかったことや、被告芳賀が一〇月八日に帰国するまで、何回か原告と顔を合わせる機会があったのにもかかわらず、撮影再開については何も言わなかったことなどをあげ、また、仮に合意解約が認められないとしても、右事実は被告芳賀からの黙示の解除の申込みにあたると主張する。しかし、原告は、被告芳賀と他人との契約に関する条件を提示して、それが満たされない限り撮影に応じないことを明言し、しかも、山地から「恋はペテン師」の撮影を呼びかけられても断るなど、これを改めるような姿勢は何ら示していなかったのであるから、原告主張の事実をもって合意解約が推認できるものではなく、また被告芳賀か らの合意解約の黙示の申込みに当たるとすることもできない。
5 以上によれば、再抗弁はいずれも認められず、第一事件における原告の主位的請求原因に基づく請求は理由がない。
四 そこで第一事件の予備的請求について検討する。
予備的請求原因1及び同2中、原告と被告芳賀との間で主位的請求原因に対する抗弁1のとおり本件出演契約を結んだこと、同3中、原告が本件出演契約に基づいて、昭和六三年九月中旬からは国内撮影に、同月三〇日からはフランスでの撮影に出演したが、撮影は一〇月二日で打ち切られたことは当事者間に争いがない。原告が予備的請求原因4において、本件出演契約の内容に含まれると主張する事項についての判断は、前記第一、三3のとおりであり、また、被告芳賀が販売した本件ビデオテープが、当初のシナリオから一部変更はあるものの、原告が本件出演契約で、録画を許諾した映画の著作物に当たることは、前記第一、二に認定判断したとおりであり、原告は当然その公表を承諾していたものと認められる。
予備的請求原因4中、被告芳賀が本件ビデオテープを被告ニューソフト・サービスから販売したことは当事者間に争いがないが、被告芳賀の本件ビデオテープの販売先が本件出演契約の契約内容になっていたと認められないことは前記のとおりであり、その他原告主張の本件出演契約違反も認められないから、その余の点について検討するまでもなく、本予備的請求原因に基づく請求も理由がない。
五 以上のとおり、原告の第一事件における請求はすべて理由がない。
第二 第三事件について
一 被告ニューソフト・サービスに対する差止請求について
第三事件の請求原因1及び同2中被告ニューソフト・サービスが本件ビデオテープの複製物を販売したことは当事者間に争いがない。
前記のとおり第一事件について認定、判断したところによれば、本件ビデオテープに録画された原告の実演は、原告の許諾を得て映画の著作物に録画されたものであるから、著作権法九一条二項により原告は本件ビデオテープについて録画権を有しないもので、しかも被告芳賀は映画の製作者として、本件ビデオテープの著作権を有し、複製、販売の権限があったものであるところ、被告芳賀本人尋問の結果によれば、被告芳賀は本件ビデオテープの著作権を被告ニューソフト・サービスに譲渡したものであることが認められる。したがって、原告の被告ニューソフト・サービスに対する本件ビデオテープの複製、販売の差止め、廃棄を求める請求は理由がない。
二 被告芳賀に対する金銭請求中、主位的請求について
1 本件出演契約に基づく撮影が一〇月二日以降行われなかったのが、既に認定したとおり原告の本件出演契約に基づく債務の履行の拒絶によるもので、合意解約とは認められないことは第一事件について判断したとおりである。
また、第一事件に認定、判断したところによれば、被告芳賀の故意の契約違反によって原告の出演が履行不能になったということはできない。
よって、原告主張の合意解約についての不法行為は認められない。
2 ビデオテープに録画された原告の実演は、原告の許諾を得て映画の著作物に録画されたものであること及び本件ビデオテープは、被告芳賀の正当な権限に基づいて編集、制作されたものであることは、いずれも第一事件について認定、判断したとおりであり、被告芳賀による原告の著作隣接権の侵害の事実は認められないから、原告主張の無断複製販売行為についての不法行為も認められない。
三 被告芳賀に対する金銭請求中、予備的請求について
1 被告芳賀に対する右予備的請求のうち報酬の支払いを求める部分について判断する。
(一) 原告が本件出演契約に基づき、伊豆ロケで「ガラスの日記」の約九割方の撮影に出演した後、フランスロケで、昭和六三年九月三〇日と一〇月一日の両日「シャレード」の撮影に出演したが、「シャレード」の撮影が完了しないままに、一〇月二日以降撮影に応じることを拒絶したこと、「ガラスの日記」については、制作者であり監督である被告芳賀が、シナリオを一部変更して撮影後ビデオテープに「シャレード」用に撮影したビデオテープを一部加えて編集し、本件出演契約の範囲内で作品として完成したビデオテープとなったが、「シャレード」は撮影が中断したまま、「恋はペテン師」は撮影に入らないままに予定されたフランスロケの期間が終了したことは、第一事件について認定、判断したとおりである。したがって、「シャレード」と「恋はペテン師」についての原告の出演義務は、原告が日程の途中で撮影を拒絶してフランスでの撮影の予定期間を経過したことによって、確定的に履行不能となったものであり、右は原告の責に帰すべき事由によって履行不能になったものというべきであるから、右二作品分についての原告の報酬請求は理由がない。
しかし、「ガラスの日記」については、原告は当初のシナリオの約九割方の撮影に出演し、制作者であり監督である被告芳賀がシナリオを一部変更し「シャレード」用に撮影したビデオテープを一部加えて編集することにより完成したと評価されるものであるから、原告は、「ガラスの日記」についての出演報酬に相当する一五〇万円を被告芳賀に請求することができる。
したがって、原告の本請求中、右一五〇万円及びこれに対する第三事件の訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成元年一一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由がある。
(二) 原告は、昭和六三年九月二八日から一〇月一〇日まで、本件出演契約の内容どおりいつでも役務を提供できるよう待機していた旨主張するが、一〇月二日以降原告が撮影に応じることを拒絶したことは、前記第一、三4認定のとおりである。
(三) 被告芳賀は、本件出演契約の内容は、三本分の撮影を完了した場合に被告芳賀が原告に合計四五〇万円の出演料を支払うというものであり、三本分に出演しない場合には全く対価を請求できるものではないところ、原告は本件出演契約を中途で放棄し履行を完了していないから、原告は報酬請求権は全くない旨主張する。
しかしながら本件出演契約の報酬の定めは、もともと一本当たり手取り一五〇万円で、当面三本撮影するが、この内の一作品を二本に編集した場合には報酬を右同額の一五〇万円ずつ追加するとの内容であったことは、第一事件について認定、判断したとおりであり、本件出演契約では、作品数を基準に報酬が定められているものである。右事実と、金銭債権の性質上本件出演契約に基づく報酬請求権も可分のものであることを考慮すると、本件出演契約においては、原告は、特段の合意のない限り、完成した作品数に応じて一作品当り金一五〇万円の報酬請求権を有するものというべきところ、報酬請求権を不可分のものであるとする特段の合意があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告芳賀の前記主張は採用できない。
2 次に、予備的請求のうち、被告芳賀が本件出演契約の約定に反した本件ビデオテープを作り上げ、これを複製、販売したとして、精神損害を根拠に損害賠償を求める原告の請求部分について判断するに、本件ビデオテープの編集、完成が制作者、監督者である被告芳賀の権限によって行われた本件出演契約の範囲内のもので適法であると認められることは、既に第一事件について認定、判断したとおりであるから、右請求は理由がない。
四 被告ニューソフト・サービスに対する金銭請求について
原告は、被告芳賀の行為が不法行為であることを前提として、民法七一五条を根拠に被告ニューソフト・サービスに対し、金銭請求をしている。
しかし、被告芳賀の行為が不法行為と認められないことは、右に判断したとおりであるから、被告芳賀の不法行為を理由とする被告ニューソフト・サービスに対する請求も理由がないことは明らかである。
また本件出演契約に基づく報酬請求についても、右契約は原告と被告芳賀との間で締結されたものであって、右契約の法的効果が当然に被告ニューソフト・サービスにも及ぶものではない。原告は、被告芳賀と被告ニューソフト・サービスとは不即不離の一体の関係にあったと主張するが、両被告の法的人格の別を否定して、被告ニューソフト・サービスに本件出演契約による被告芳賀の債務の責任を問うことを正当とするに足りる事実を認める証拠はない。
よって、原告の被告ニューソフト・サービスに対する金銭請求は理由がない。
第三 第二事件について
一 原告と被告芳賀との間で本件出演契約を結んだことは当事者間に争いがなく、本件出演契約の内容は第一、二1(二)及び(三)に認定したとおりであり、第一事件再抗弁1(一)の(1)ないし(6)の事項は本件出演契約の内容となっていたとは認められないことは第一、三3に判断したとおりである。
原告が被告芳賀ほかのスタッフとフランスへ行ったものの、昭和六三年一〇月二日以降は撮影に応じることを拒絶したため、その後の撮影は行われず、「シャレード」の撮影は未完のままであり、「恋はペテン師」の撮影は全く行われなかったことは、第一事件及び第二事件について認定したとおりである。右のような撮影の拒否は、本件出演契約における原告の債務の履行拒絶であり、原告は、履行拒絶の態度を撤回しないままにフランスでの撮影の予定期間を経過したことによって、本件出演契約の完全な履行は不能になったものであるから、原告は、右の債務不履行(以下「本件債務不履行」という。)によって被告芳賀に生じた損害を賠償する責任がある。
原告は、フランスにおける撮影が途中から行われなくなったのは、被告芳賀が撮影を続行する意思を放棄したためであると主張するが、撮影中止の原因が原告の履行拒絶にあることは前記認定のとおりであり、原告の主張は認められない。
二 そこで、被告芳賀に生じた損害について検討する。
1 成立について争いのない乙第一〇号証の一ないし五、乙第一一号証、乙第二二号証の一ないし三四、乙第二三号証の一ないし三、乙第二四号証、被告芳賀本人尋問の結果により成立を認める乙第九号証、乙第一二号証、乙第一三号証、乙第一四号証及び乙第一五号証の各一、二、乙第一六号証及び乙第一七号証の各一ないし三、乙第一八号証の一ないし一三、乙第一九号証の一ないし三一、乙第二〇号証、乙第二一号証、乙第二五号証、被告芳賀本人尋問の結果によれば、被告芳賀が本件出演契約による原告を含む一行一〇名のフランスロケの費用として次のとおり合計四五三万四九五〇円の支出をしたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 旅費 二五一万七〇〇〇円
(1) 成田・東京パリ間の往復旅費 二四七万円
(2) 新宿から成田までの運賃 二万七〇〇〇円
(3) 新東京国際空港旅客施設使用料 二万円
(二) 人件費等 一四七万〇一八八円
(1) ヵメラマンらに対する日当及びレンタル機材使用料 一〇〇万円
(2) コーディネーターへの報酬、宿泊代 一〇万円
(3) 撮影助監督への報酬 二〇万円
(4) 現地コーディネーターへの報酬 七万九八〇〇円
(三) 中継地タイにおける諸経費(一バーツ五円) 二万四四〇〇円
(1) 電話代 二六四バーツ
(2) スタッフ食事代 六一四・五バーツ
(3) ホテル代 四〇〇一・五バーツ
(四) フランス滞在中の諸経費(一フラン二〇円) 二五万七五〇二円
(1) タクシー代 少なくとも八九〇フラン
(2) 食費その他の経費 七八四六・八四フラン
(3) 空港からホテルまでのトラック代 一〇三二・四一フラン
(4) ロケ用のレンタカー代 三一〇五・八五フラン
(五) ロケ用に購入した衣装、小道具代 三二万七七二〇円
(六) 国際電話代 二万八五二八円
2 右フランスロケに要した費用は、原告の債務不履行がなく、予定通り三本の作品が完成されれば、この作品の販売代金から回収できるはずのものであるところ、原告の債務不履行(履行拒絶)によって、「ガラスの日記」のみが完成し、「シャレード」と「恋はペデン師」は完成しなかったのであるから、「シャレード」と「恋はペテン師」の費用部分は回収できないままになっており、原告の債務不履行による損害と認められる。
ところで、以上のフランスロケに要した費用のうち約一割程度は「ガラスの日記」の費用に相当するもので本件ビデオテープの販売により費用を回収したことは被告芳賀の自認するところであり、前記認定のとおり「ガラスの日記」は日本国内で九割方完成しており、フランスロケの録画は二シーンが使用されているのみであることを考慮すれば、前記1認定のフランスロケ費用の内、「シャレード」及び「恋はペテン師」の費用として原告の前記債務不履行による損害と認められるのは、被告芳賀主張のとおり、少なくとも金四〇〇万円であるものと認められる。
3(一) 原告は、仮に被告芳賀が原告に対し損害賠償を請求できるとしても、その額は被告芳賀が支出した費用相当額ではなく、撮影が不能となった作品二本の売却予定代金合計七一〇万円から、原告への出演料三〇〇万円を差し引き、更に撮影中止により被告芳賀が支出を免れた金額を差し引いた範囲内であるところ、被告芳賀が撮影中止により支出を免れた金額は、四一〇万円を越えるものと考えられるから、被告芳賀の請求は失当であると主張する。
前記乙第二六号証及び被告芳賀本人尋問の結果によれば、作品「シャレード」については被告芳賀から有限会社コロナ社へ代金三八〇万円で、作品「恋はペテン師」については大陸書房へ代金三三〇万円で売渡す見込であったことが認められ、右二作品の売却予定代金合計七一〇万円から、被告芳賀が支出を免れた右二作品分の原告の報酬三〇〇万円と被告芳賀が右二作品の撮影中止により支出を免れた経費との合計額を差し引いた金額が被告芳賀の損害であるとの原告の主張は一応筋のとおったものということができる。しかし、右二作品の撮影中止によって支出を免れた経費が原告の報酬分のほかに四一〇万円を越えるとの主張にそう証拠はなく、かえって前記のとおり撮影中止に終わった二作品の経費として、被告芳賀は、既に少なくとも四〇〇万円を支出しているもので、この中には撮影スタッフのフランス滞在中の経費が含まれるから撮影が予定通り行われてもその分の経費は増えないはずであり、その上に四一〇万円の経費の支出が必要だったとは到底認められず、原告主張の経費の一部についてもこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
そして、被告芳賀は確実に右1、2に認定、判断したとおり、前記二作品の経費を支出しているのであり、これが原告の債務不履行により回収することができなくなったのであるから、これを原告の債務不履行による損害と認定することは相当であり、原告の前記主張は理由がない。
なお原告は、被告芳賀が本件撮影を断念した昭和六三年一〇月二日当時においては、作品「ガラスの日記」以外には、作品「シャレード」しか撮影を完成させうる状況になかったとも主張する。
なるほど前記三2(九)に認定したように、当日夜、橋本らから日程的にあと二本(「シャレード」と「恋はペテン師」)の撮影は苦しい旨の話がでていたものであるが、同(10)に認定したように、被告芳賀は当時「ガラスの日記」を含めた合計三本を予定通り撮影する旨原告に提案しており、また同(三)認定のように、日程的に同年一〇月一〇日が予備日として確保されていたことからすれば、原告の右主張も採用しがたい。
(二) 更に原告は山地昇及び藤峰典子の渡航費用ないし宿泊費用は、原告の債務不履行と因果関係がないと主張する。しかし、山地らは原告が撮影を拒絶した一〇月二日の翌日一〇月三日に日本を出発したものであり、また同人らが渡仏したのは、撮影を拒絶する原告に対し、撮影再開を求めて、撮影をするためであり、これらの事情を考慮すれば、同人らの経費等も原告の債務不履行と因果関係があると認められる。
4 ところで、既に第一事件及び第二事件について認定、判断した事実関係に基づいてみると、原告が本件において撮影を拒絶し、債務不履行をするに至ったことについては、被告芳賀側にも損害賠償額を算定するに当たって斟酌すべき事由が認められる。
すなわち、宿泊場所兼撮影場所の状況は、本件出演契約の内容でこそなかったものの、被告芳賀が原告に、七つの部屋がありシャワールームも数多くある一軒屋が確保できたと説明していたのに、ベッドルームが一つと大部屋のリビングが一つにバス、トイレが一つついたマンションの一室で、しかも、そのため同所へ入るかどうかの検討の間原告やスタッフが戸外で相当時間待たされたこと、また、レンタカーを借りようとしたが、クレジットカードを携帯していなかったため借りることができず、原告やスタッフが戸外で待たされたこと、予定していたフランス人の男優もすぐに調達できる状態になかったため、助監督の岡本が急遽代役をつとめるなど、海外ロケにしては事前の調査も準備も不十分であるのに、原告に良い状況での演技ができることを期待させるような発言をしていたため、アダルトビデオであっても女優としての誇りを持っていた原告に不満を抱かせ、苛立たせる大きな原因を作ったこと、更に被告芳賀がそのような原告の心情についてはそれなりに認識できていたと推認できるのに、交渉途中において、原告に対し、自分を信用してもらえないなら報酬の支払いはしかねるなどというような、原告にとっては最も重要な報酬の支払いを履行しないことがあるかもしれないという不用意な言動を示し、そのことがきっかけとなって原告が立腹し、その後原告が被告芳賀と直接交渉することを拒否する原因となったことは前記認定のとおりである。
これらの事情は、原告が撮影を拒否しまたその姿勢を継続したことの一因と認められ、これらの内には被告芳賀自身の行為によるものもあり、被告芳賀が使用したコーディネーターやスタッフらの不手際に起因するものもあるが、それらのことについても被告芳賀のコーディネーターやスタッフへの指示、結果の確認が不十分であったことによるものであることは明白であり、原告との関係では、被告芳賀の過失と認めるべきものである。
右に認定した被告芳賀の過失と認めるべき事情によれば、原告の負担すべき損害賠償額としては、その四割を過失相殺した二四〇万円と認めるのが相当である。
5 以上によれば、被告芳賀の第二事件の請求は、損害賠償金二四〇万円及びこれに対する支払命令送達の日の翌日以後であることが記録上明らかな平成元年二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。
第四 よって、第三事件における原告の請求のうち、被告芳賀に対し金一五〇万円及びこれに対する平成元年一一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分並びに被告芳賀の第二事件における請求のうち金二四〇万円及びこれに対する平成元年二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分はいずれも理由があるから認容し、原告の第一事件における請求及び第三事件におけるその余の請求並びに被告芳賀の第二事件におけるその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大須賀滋 裁判官 櫻林正己 裁判長裁判官西田美昭は、差し支えのため署名押印することができない。 裁判官 大須賀滋)
別紙目録
左記録画済みビデオテレプ
1 題名 「ガラスの日記」
2 製品番号 maxim MA-6801
3 製作者 被告芳賀
4 作品時間 四五分