東京地方裁判所 平成元年(ワ)2992号 判決 1992年5月26日
原告
五十嵐物産株式会社
ほか四名
被告
富国生命保険相互会社
ほか二名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 被告富国生命保険相互会社は、
1 原告五十嵐物産株式会社に対し、一億〇五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、
2 原告五十嵐満に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を
それぞれ支払え。
二 被告日本生命保険相互会社は、
1 原告五十嵐物産株式会社に対し、一五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、
2 原告五十嵐満に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、
3 原告五十嵐信吾及び同五十嵐康雄に対し、それぞれ一四一六万六六六七円及びこれらに対する昭和六三年一二月二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を、
4 原告五十嵐千恵に対し、一四一六万六六六六円及びこれに対する昭和六三年一二月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を
それぞれ支払え。
三 被告共栄火災海上保険相互会社は、
1 原告五十嵐満に対し、一二〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、
2 原告五十嵐信吾、同五十嵐康雄及び同五十嵐千恵に対し、それぞれ四〇〇万円及びこれらに対する昭和六三年一〇月一七日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を
それぞれ支払え。
第二事案の概要(争いのない事実を含む。)
一 保険契約の締結
1 原告五十嵐物産株式会社(以下、「原告会社」という。)は、
(一) 被告富国生命保険相互会社(以下、「被告富国生命」という。)との間に、別紙保険目録(一)(1)記載の保険契約(養老保険普通保険約款に付された死亡等の場合の災害割増特約)を、
(二) 被告日本生命保険相互会社(以下、「被告日本生命」という。)との間に、別紙保険目録(二)の(1)及び(2)記載の保険契約(利益配当付養老生命保険普通保険約款に付された死亡等の場合の災害割増特約)を
それぞれ締結した。
右各保険金の支払いは、いずれも、被保険者である訴外亡五十嵐一男(昭和一六年二月二二日生まれ、以下、「亡一男」という。)が不慮の事故による傷害を直接の原因として死亡した場合に支払われるものである。
また、原告会社は、
(三) 被告共栄火災海上保険相互会社(以下、「被告共栄火災」という。)との間に、別紙保険目録(三)の(1)及び(2)記載の保険契約(自家用自動車総合保険契約、被保険自動車は自家用小型自動車、業務用、ニツサンE―Y三一、以下、「本件自動車」という。)を締結した。そこで、被保険自動車である本件自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に被つた傷害によつて被保険者に生じた損害について(自損事故条項)、また、本件自動車に搭乗中の者に右と同様に生じた損害について(搭乗者傷害条項)、それぞれ保険金が支払われる。
2 亡一男は、被告富国生命との間に、別紙保険目録(一)(2)記載の保険契約(養老保険普通保険約款に付された傷害特約)を、被告日本生命との間に、別紙保険目録(二)の(3)及び(4)記載の保険契約(前同様の災害割増特約)をそれぞれ締結した。
二 亡一男の死亡
亡一男は、昭和六三年八月二一日午前七時〇五分ころ、埼玉県三郷市番匠免二丁目一〇八番地付近の、首都高速道路六号三郷線下の一般道路路面上に倒れているところを発見され、八潮中央病院で救急治療を受けたが、同日午前九時三九分、脳内出血(くも膜下出血)、脳幹傷害により死亡した。
右場所の高速道路上(以下、「本件現場」という。)には、亡一男が運転していた本件自動車が、高速道路路側壁に車体の左側を接触破損させる状態で放置されていた。
三 原告五十嵐満、同五十嵐信吾、同五十嵐康雄及び同五十嵐千恵(以下、それぞれ「原告満」、「原告信吾」、「原告康雄」、「原告千恵」という。)は亡一男の相続人であり、相続持分は、原告満が二分の一、他の原告らが各六分の一である。
四 原告らは、亡一男の死亡は前記保険契約における保険事故であるとして、被告富国生命及び同日本生命に対し、災害割増特約ないし傷害特約に基づく保険金及びこれらに対する各遅延損害金を、被告共栄火災に対し、自家用自動車総合保険約款中の自損事故条項、搭乗者傷害条項に基づく保険金及びこれに対する遅延損害金をそれぞれ求めている。
五 被告富国生命及び同日本生命は、原告らに対し、普通死亡保険金は支払つたものの、災害割増特約、傷害特約に基づく保険金の支払については、亡一男の死亡が自殺による疑いがあり右各要件を満たさないとしてこれを拒絶している。また、被告共栄火災も、同様の理由から、自損事故条項、搭乗者傷害条項に基づく保険金の支払を拒絶している。
六 争点
被告富国生命及び同日本生命との関係では、亡一男の死亡が不慮の事故によるものかどうか、被告共栄火災との関係では、亡一男が、本件自動車の運行に起因した急激、偶然、外来の事故、あるいは搭乗中の同様の事故により死亡したものかどうかである。
第三争点に対する判断
一 亡一男の死亡状況
関係各証拠(甲三ないし六)によれば、以下の事実が認められる。
1 本件自動車の事故状況
本件自動車は、高速道路にその車体左側を接触させ、左側前後輪は路側壁内側の高さ約二五センチメートルの縁石に乗り上げる形で停止しており、前バンパー左端が半ばちぎれ、左前輪がパンクし、そのホイルカバーが割れ、ボンネツトや左前輪泥よけ部分が凹損状態にあつた。他方、車体の右側にはなんら損傷はなかつた。
更に、本件自動車の後方一〇数メートルの路側壁にも、本件自動車が接触したと思われる痕跡があり、同所から更に後方二七・九メートル付近の路側壁にも同様の痕跡があり、その付近路面上にスリツプ痕も認められた。
2 本件自動車の停車状況
本件自動車は、左折の方向指示器及び後退燈(ギアはオートマチツク車のRの位置にあつた。)をそれぞれ点燈させ、運転席ドア以外は全てロツクされており、運転席ドア(車両右前席)はロツクされていないものの、ドアは閉つていた。エンジンキーはオンの位置にあつたがエンジンは停止しており、サイドブレーキはかかつた状態であつた。車内に血痕は認められず、他にも異常は見受けられなかつた。
3 本件自動車停車付近の路側壁等の状況
本件自動車停車付近の路側壁の高さは車道路面から約九〇センチメートル、縁石から約六五センチメートルであり、車体後部左側と、車体後部から約八〇センチメートルの路側壁最上部にそれぞれ人の手の跡が付着しており、路側壁最上部の手の痕跡はほこりがなく真新しいものであつた。また、同所から約二二センチメートル後方及び更に二二センチメートル後方の路側壁外側にそれぞれ足跡が認められた。
4 亡一男が倒れていた地点
亡一男が倒れていた地点は高速道路上から約八・七五メートル下にあたり、高速道路の路側壁から水平面での距離は約四・四メートル強である。
5 以上によれば、亡一男は本件自動車を運転中、なんらかの理由で高速道路上で路側壁縁石に左側車輪を乗り上げ、路側壁に左側車体を衝突させて停車したこと、その後、運転席ドアから車外に出て、本件自動車の後部に回り、同所の路側壁に乗つた上、高速道路下に墜落したこと、亡一男の死因は墜落による頭部強打によつて生じたものであることが認められる。
二 亡一男の墜落の原因
1 亡一男が本件自動車運転席から車外に出て、後方に回つてから路側壁縁石から高さが六五センチメートルある路側壁に足を乗せて墜落したという状況からは、亡一男が、みずからの意思で飛び降りたことを強く推認させるものである。
2 加えて、亡一男には以下のとおりの病歴が認められる(乙イ五ないし二〇の二)。
亡一男は、一九歳のころから糖尿病等を患つていたが、昭和五九年初めころから、不眠、食欲減退などの症状を訴え、同年五月二一日に自殺を思い立つたこと(家族の説得で思い止まつている。)、同年九月三日には発作的に割腹自殺を図り、重傷を負つて日本医科大学病院救命センターに収容されたこと、その後は、同病院でうつ病の診断のもと治療を受けたが、原告会社の経営に思い悩み、また自宅で自殺を企図するようになつたため、昭和六一年一〇月から昭和六二年三月まで入院治療を受け、その後昭和六三年一月一八日までは通院治療を受けていたこと、この間、医師の診断では、「不安焦燥感が前景に出ており、自殺念慮が強い。」とされていたことが認められる。この点に関し、本件事故は通院しなくなつて半年余り経過しているうえ、亡一男は本件事故当時、千葉の清水孝祐方へ商談のため赴く途中であつたこと、うつ状態は軽快していたこと(清水証言、満本人尋問の結果)から、原告らは、亡一男には自殺の動機がない旨主張する。しかしながら、それまでの通院期間・状況からみて直ちに治癒したとも思われないのであつて、うつ病が自殺の原因となつた余地も十分に考えられる。
3 以上によれば、亡一男の墜落による死亡は自殺による可能性が高い。
三 被告富国生命に対する保険金請求について
1 同被告による、養老保険普通保険約款に付加されている被保険者死亡の場合の災害割増特約ないし傷害特約に基づく保険金は、被保険者が不慮の事故による傷害を直接の原因として死亡したとき(災害割増特約第六条(1)、傷害特約第八条(1))に支払われるところ、不慮の事故とは、偶発的な外来の事故で、かつ昭和四二年一二月一八日行政管理庁告示第一五二号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については「厚生省大臣官房統計調査部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和四三年版」によるものとするとある。そして、右該当分類には、「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」は含まれていない(乙イ三の一ないし四、乙イ四の一ないし四)。したがつて、保険金を請求する側、即ち、原告らの側に、不慮の事故であることの立証責任があるというべきである。
ところで、前記認定のとおりの亡一男の墜落状況や自殺の原因となりうる病状が存在したことからは、亡一男が高速道路路側壁から自らの意思で墜落した可能性が極めて高いから、少なくとも、「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」により死亡したといわざるを得ず、結局、不慮の事故により死亡したと認めることはできない。
2 なお、原告らは、亡一男が、自動車事故により精神的衝撃を受け、その影響下に路側壁から墜落した可能性があるとして、自動車事故自体を不慮の事故ととらえ、それによる傷害を直接の原因として墜落、死亡したと主張し、右に沿う意見もある(甲一七)。しかし、亡一男が本件自動車を降りて、後方に回り、路側壁を乗越えて墜落したという状況からは右主張の事態は到底考えにくく、採用の限りでない。
よつて、同被告に対する右特約に基づく保険金請求は認められない。
四 被告日本生命に対する保険金請求について
同被告による、利益配当付養老生命保険普通保険約款に付加されている災害割増特約に基づく災害死亡保険金(災害割増特約第一条(1))は、不慮の事故を直接の原因として被保険者が死亡したときに支払われるものであり、不慮の事故の意義については、被告富国生命の場合と同様の定めがされている(乙ロ一ないし三)。したがつて、亡一男が自らの意思で墜落した可能性が高い本件事故は右約款にいう不慮の事故にはあたらない。
五 被告共栄火災に対する保険金請求について
亡一男の墜落自体が自損事故条項ないし搭乗者傷害条項の各要件に該当しないことはいうまでもない。また、亡一男が本件自動車を運転中、高速道路路側壁に衝突したものの、自ら自動車を降り、路側壁に乗つたうえ墜落して死亡した状況からすると、前記三2に判示したとおり、自動車事故による身体傷害と亡一男の死亡との間に因果関係を認めることはできないから、亡一男の死亡を理由とする自損事故条項に基づく保険金請求は認められない。
同様に、搭乗中の自動車事故と亡一男の死亡との間にも因果関係が認められないから、死亡を理由とする搭乗者傷害条項に基づく保険金請求も認められない。
六 以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小西義博)
保険目録 (一)
(1) 保険者 被告(1)富国生命保険相互会社
保険契約者 原告(1)五十嵐物産株式会社
契約日 昭和五八年二月二五日
証券の記号番号 一二〇第二六二四〇一号
保険の種類 ニューライフ保険ワイド二〇型(三〇年払込三〇年満期)
被保険者 五十嵐一男(昭和六三年八月二一日死亡)
保険期間 契約日から昭和八八年二月二四日まで。
保険金額 災害による死亡・高度障害のときに金二億〇五〇〇万円、災害以外の事由による死亡・高度障害のときに金一億円、満期のときに金五〇〇万円
保険金受取人 保険契約者
(2) 保険者 右(1)に同じ。
保険契約者 五十嵐一男
契約日 昭和五五年一一月二八日
証券の記号番号 八四第五六六七二七号
保険の種類 ニューライフ保険ワイド二〇型(二〇年払込二〇年満期)
被保険者 右(1)に同じ。
保険期間 契約日から昭和七五年一一月二七日まで。
保険金額 災害による死亡・廃疾のときに金六五〇〇万円(ただし、昭和五八年三月二八日から金三五〇〇万円に変更した。)、災害以外の事由による死亡・廃疾のときに金三〇〇〇万円、満期のときに金一五〇万円
保険金受取人 満期の場合は保険契約者、死亡の場合は原告(2)五十嵐満
保険目録 (二)
(1) 保険者 被告(2)日本生命保険相互会社
保険契約者 原告(1)五十嵐物産株式会社
契約日 昭和五一年七月二日
証券の記号番号 〔八六〇〕第一八〇二一号
保険の種類 定期保険(一五年払込一五年満期)
被保険者 五十嵐一男(昭和六三年八月二一日死亡)
保険期間 契約日から昭和六六年の契約応当日の前日まで。
保険金額 災害死亡のときに金二八〇〇万円、非災害死亡のときに金一四〇〇万円
保険金受取人 死亡・廃疾時保険契約者
(2) 保険者 右(1)に同じ。
保険契約者 右(1)に同じ。
契約日 右(1)に同じ。
証券の記号番号 〔二二〇〕第九二九二一号
保険の種類 養老保険(三〇年払込三〇年満期)
被保険者 右(1)に同じ。
保険期間 契約日から昭和八一年の契約応当日の前日まで。
保険金額 災害死亡のときに金二〇〇万円、非災害死亡のとき又は満期に金一〇〇万円
保険金受取人 原告(1)五十嵐物産株式会社
(3) 保険者 右(1)に同じ。
保険契約者 五十嵐一男
契約日 昭和五〇年三月三日
証券の記号番号 〔〇四六〕第九五六八一九号
保険の種類 ニツセイ暮しの保険――希望保障型(三〇年払込三〇年満期)
被保険者 右(1)に同じ。
保険期間 契約日から昭和八〇年の契約応当日の前日まで。
保険金額 災害死亡のときに金一億円(契約日から二〇年の特約期間中の場合)又は金一〇〇〇万円(上掲特約期間終了後の場合)、非災害死亡のときに金五〇〇〇万円(上掲特約期間中の場合)又は金五〇〇万円(上掲特約期間終了後の場合)、満期に金五〇〇万円
保険金受取人 満期の場合は保険契約者、死亡の場合は原告(2)五十嵐満
(4) 保険者 右(1)に同じ。
保険契約者 五十嵐一男
契約日 昭和五二年一一月二五日
証券の記号番号 〔〇六〇〕第一五四三〇〇五号
保険の種類 ニツセイ暮しの保険――希望保障型(三〇年払込三〇年満期)
被保険者 右(1)に同じ。
保険期間 契約日から昭和八二年一一月二四日まで。
保険金額 不慮の事故による死亡・廃疾又は法定・指定伝染病による死亡・廃疾のとき金九五〇〇万円(契約日から昭和六七年一一月二四日までの特約期間中の場合)又は金八七五万円(上掲特約期間終了後の場合)、それ以外の死亡・廃疾のとき金五二五〇万円(上掲特約期間中の場合)又は金三五〇万円(上掲特約期間終了後の場合)、満期に金三五〇万円
保険金受取人 満期の場合は保険契約者、死亡の場合は原告(3)五十嵐信吾、原告(4)五十嵐康雄及び原告(5)五十嵐千恵(ただし、三人で均等割)
保険目録 (三)
(1) 保険者 被告共栄火災海上保険相互会社
保険契約者 原告 五十嵐物産株式会社
契約日 昭和六二年一二月四日
証券番号 五七〇―五四二―一八一―二九
保険の種類 自家用自動車総合保険 自損事故条項
被保険者 被保険自動車の保有者、運転者及び搭乗中