東京地方裁判所 平成元年(ワ)3738号 判決 1991年1月30日
原告 有限会社 フイガロ
右代表者代表取締役 塩野谷邦彦
右訴訟代理人弁護士 宮下文夫
被告 有限会社磯ビル
右代表者代表取締役 磯快委
右訴訟代理人弁護士 飯田幸光
主文
一 被告は原告に対し、金一〇一二万円の支払と引換に、別紙物件目録1の建物を明渡し、同建物について所有権移転登記手続をせよ。
二 被告は原告に対し、右金員の支払の提供を受けてから右建物明渡済に至るまで一カ月金九万一三〇〇円の割合による金員を支払え。
三 被告は原告に対し、金一〇三六万円の支払と引換に、別紙物件目録2の建物を明渡し、同建物について所有権移転登記手続をせよ。
四 被告は原告に対し、右金員の支払の提供を受けてから右建物明渡済に至るまで一カ月金六万七九〇〇円の割合による金員を支払え。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用はこれを三分して、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
七 この判決の第一、第三項の建物明渡を命じた部分及び第二、第四項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、一四四万円の支払と引換に、別紙物件目録1の建物(以下「本件1の建物」という。)を明渡し、同建物について所有権移転登記手続をせよ。
2 被告は原告に対し、三六七万円の支払と引換に、同目録2の建物(以下「本件2の建物」という。)を明渡し、同建物について所有権移転登記手続をせよ。
3 被告は原告に対し、元成元年二月一日から右両建物の明渡済に至るまで一カ月二〇万円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 第1、2項の建物明渡部分及び第3項につき仮執行宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事案の概要
本件は、土地の共有持分権者である原告が、その土地上の一棟の区分所有建物の一部の区分建物(専有部分)を所有する被告に対して、右専有部分所有のための敷地利用権を有しないとして、建物の区分所有等に関する法律(以下「建物区分所有法」という。)一〇条による区分所有権売渡請求権を行使し、右専有部分についての明渡及び所有権移転登記並びに右専有部分の使有に伴う賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 別紙物件目録1及び2に表示された一棟の建物(以下「本件一棟建物」という。)の敷地である同目録3の土地(以下「本件土地」という。)は、池田良治の所有にかかるものであった。
2 池田は、昭和四七年一二月五日、港信用金庫のため本件土地について極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権を設定し、同月九日根抵当権設定登記を経由した上で、本件土地上に本件一棟建物を建築した。そして、昭和四八年一一月二六日同建物につき所有権保存登記を経た後(この時点では、同建物は未だ区分所有建物とはなっていない。)、同日港信用金庫のため同建物につき本件土地についてと共同の極度額を三一〇〇万円とする根抵当権を追加設定し、また本件土地についての前記根抵当権の極度額を三一〇〇万円と変更して、同年一二月八日それらの登記を行った。
3 本件一棟建物については、昭和四九年一月二五日、六戸の区分建物とする区分登記がなされた。そして、区分後の本件一棟建物の一階専有部分(以下「一階部分」という。)及び本件土地の共有持分七分の一は、同年二月一日、前記根抵当権設定登記が解除により抹消された上で、池田より篠崎忠司へ売渡されて所有権移転登記がなされ、更に、同年一一月二二日篠崎から武田かず子にに売渡されて所有権移転登記がなされた。
なお、区分後の本件一棟建物の一階部分以外の専有部分(以下「一階以外の部分」という。)については、昭和四九年六月四日、池田から保科三智雄への所有権移転登記がなされている。
4 一階以外の部分のみについて、昭和五〇年八月一日港信用金庫により任意競売の申立がなされて、同月四日その旨の登記がなされ、本件1、2の建物については、有限会社セントラルエステートが昭和五四年四月三日競落により所有権を取得して、同年七月一〇日所有権移転登記を経由した。また、競売されたその余の区分建物も第三者により競落された。しかし、本件土地については、合わせて競売、競落がなされることはなかった。
5 被告は、昭和五四年九月六日セントラルエステートから本件1、2の建物を買受けて、昭和五五年六月一四日所有権移転登記を得た。
6 原告は、昭和六三年五月一四日本件土地の池田名義の持分七分の六を買受けて取得し、平成元年一月三一日、被告に対し、建物区分所有法一〇条に基づき、本件1、2の建物の所有権の時価による売渡を請求した。
二 争点
以上の事実経過のもとで、被告が本件1、2の建物所有のため本件土地について法定地上権ないし約上地上権を有するか否か、及びこれを有しないとしたとき、建物区分所有法一〇条の売渡のための時価とは如何なるものかというのが争点である。
三 争点についての当事者の主張
1 原告
(一) 前記一2の事実関係によれば、港信用金庫は、本件一棟建物が建築される以前の更地としての本件土地に根抵当権を設定したのである。従って、その後本件土地上に本件一棟建物が建築されこれに根抵当権が設定されたとしても、本件土地に設定された前記根抵当権が更地に設定されたものであることに変わりはないので、建物のみについて根抵当権が実行され競落されても、法定地上権が成立する余地はない。
(二) 前記一3のとおり、本件一棟建物の一階部分及び本件土地の共有持分七分の一については根抵当権設定登記が解除抹消され、第三者に譲渡されて、以後根抵当権は、池田名義で残った本件一棟建物の一部(一階以外の部分)及び本件土地の共有部分七分の六のみについて存することになったのである。従って、このように本件一棟建物の一部について設定された根抵当権が実行されたからといって、右建物部分所有の目的で本件土地に法定地上権が成立する余地はない。
(三) 被告の約定地上権成立の主張は否認する。
(四) 被告の売渡請求権の消滅時効の主張は争う。建物区分所有法一〇条による売渡請求権は、所有権に基づく妨害排除請求権(物権的請求権)の変形したものに過ぎないから、消滅時効にかかることはない。
(五) 建物区分所有法一〇条に規定する時価とは、区分建物の再調達価格のみを内容とし、場所的利益や収去されない利益等を含まないというべきである。この点、借地法による建物買取請求権が行使された場合には、買取価格に場所的利益等をも含ませるべきであるとする考え方が一般的であるが、これは、合法的に成立した借地契約の解消に伴うものであるからである。しかし、本件においては、被告は当初より本件1、2の建物所有のための本件土地の使用権原を有しなかったのであるから、本件売渡請求権行使の際の時価と借地法上の建物買取請求権行使の際の時価とを同一に論ずることはできない。
2 被告
(一) 港信用金庫が本件土地について根抵当権を設定した約一年後、本件土地上に本件一棟建物が建てられた時点で、同建物に本件土地についてと共同の根抵当権が追加設定され、また同時に極度額も一〇〇〇万円から三一〇〇万円に変更されたのである。従って、この時点で本件土地及び一棟建物に共同の根抵当権が設定されたのと同一に解されるから、建物についてのみ根抵当権が実行され競落されると、本件土地につき法定地上権が成立する。
(二) 本件土地及び一棟建物に共同根抵当権が設定された時点で、潜在的に本件一棟建物のため本件土地上に法定地上権が成立していたと考えられる。その状態で本件一棟建物が六戸に区分されたから、各区分建物は、潜在的に本件土地についての法定地上権の準共有持分付きであった。区分建物のうちの一戸(一階部分)及び土地の一部の共有持分についての根抵当権が抹消されたからといって、右のように潜在的に成立していた法定地上権に消長を来たすことはない。従って、一階以外の部分の根抵当権が実行され競落されたときは、各競落人は、各区分建物所有のため本件土地についての法定地上権を準共有するに至ると考えられる。
(三) 一階以外の部分が競落された後約一〇年間本件土地の共有者であった池田(共有持分七分の六)及び武田かづ子(共有持分七分の一。同女は本件一棟建物の三階専有部分の競落人でもあった。)と競落された各区分建物の所有者との間に何ら紛争はなかった。従って、右競落後、各競落人らと本件土地の共有者らとの間で、本件土地につき、建物所有のため地上権を設定する旨の合意が黙示的に成立したものである。
(四) 被告及び本件1、2の建物についての被告の前所有者らはいずれも会社であったから、本件売渡請求権は商事債権となり、本件1、2の建物が競落された昭和五四年四月三日から五年を経過した時点で時効消滅した。
(五) 原告の主張(五)は争う。
第三争点に対する判断
一 前記第二の1、2の事実経過に徴すると、本件一棟建物に港信用金庫のため根抵当権が設定された際には、本件土地及び一棟建物はいずれも池田の所有に属していたのであるから、右根抵当権が実行された場合には、当然本件土地の承継取得者である原告との関係では競落人のため本件土地について法定地上権が成立すると考えられる。従って、この点に関する原告の主張(一)は失当である。
二 しかしながら第二の3記載のとおり、本件一棟建物についてはその後六戸の区分建物とする区分登記がなされ、一階部分及び本件土地の共有持分七分の一は、根抵当権設定登記が解除抹消されて第三者に譲渡されたのである。従って、この時点で池田は、本件一棟建物の一階以外の部分及び本件土地の共有持分七分の六のみを所有することとなり、港信用金庫の根抵当権は右池田の所有部分のみに設定されたに過ぎない状態となったのである。
このような状態で、建物の一階以外の部分のみについて右根抵当権が実行された本件の場合、競落された各区分建物所有のため本件土地全体について法定地上権が成立すると考えることはできない。なぜならば、そのような法定地上権が成立するとすると、根抵当権の設定とは関係のない本件土地の池田以外の共有権者の共有持分権を不当に害することになるからである。
また、本件土地のうち池田の共有持分七分の六のみについて法定地上権が成立すると解することもできない。地上権は用役権であって、現実の物理的な土地使用を目的とするものである以上、土地の共有持分権という観念的なものとは相容れず、そのようなものの上に成立すると考えることはできないし、また、土地の一部の持分の上の地上権をもって、区分建物を所有するため敷地全体を利用する敷地利用権の根拠とすることはとうていできず、そのような地上権の成立を考えることは無意味であるからである。
従って、本件1、2の建物の競落に際して法定地上権が成立したとする余地は全くなく、この点に関する被告の主張(二)は理由がない。
三 本件1、2の建物の競落人ないしその承継人と本件土地の共有者との間で、本件土地について建物所有のための地上権設定約定がなされたと認めるに足る証拠はない。
四 本件建物区分所有法一〇条の売渡請求権は、土地の所有権より派生したもので、物権的請求権の一種であって、商事債権でないことは明らかであるから、本件売渡請求権が時効消滅したとする被告の主張(四)は失当である。
五 従って、原告の建物区分所有法一〇条に基づく本件売渡請求権の行使は理由があるから、同条の時価(売渡請求権が行使された平成元年一月三一日時点のもの)について検討する。
右時価に関し、鑑定人飯島実の鑑定結果では、本件一棟建物の再調達原価を一平方メートル当たり一八万一〇〇〇円とし、これに経年減価及び観察減価を加えた後、本件1、2の建物のそれぞれの床面積(ただし、各々二階及び地下一階の共用部分をも含めた面積。)を乗じて、本件1の建物の積算価額を四三二万円、本件2の建物のそれを四五〇万円としているが、右鑑定結果は、その手法内容に特段不合理な点はなく、相当なものとして是認される。
また、同鑑定結果では、本件土地の更地価額を一億七〇八二万円(一平方メートル当たり二〇七万円)とした上で、本件1及び2の建物の建物全体に対する価値率を階層別効果比率を用いてそれぞれ一五・三八パーセント及び一一・四四パーセントと算出し、これらを本件土地価額の本件1、2の建物に対する地価配分率として、更地価額に右各割合を乗じたものが本件1、2の建物の建付地価額であると考え、その更に三〇パーセント(七八八万円及び五八六万円)が、本件1及び2の建物が一棟の堅固建物の一部の区分建物であってその収去がほとんど不可能であることからくる収去されない場所的利益であり、時価の算定に当たってはこれらがそれぞれ加算されるべきであるとしているが、右鑑定結果も正当なものとして是認される。
更に、同鑑定結果によると、本件1の建物は住居として、賃借期間昭和六三年一一月一日より二年間、賃料月額八万三〇〇〇円、敷金一六万六〇〇〇円の約定で第三者に賃貸されているところ、右借家権価額は、借家権割合方式により、前記の本件1の建物の積算価額四三二万円の三割と場所的利益七八八万円の一割を加えた二〇八万円であるとしているが、右鑑定結果も正当である。
以上の結果によると、本件1の建物の時価は、一〇一二万円(432万+788万-208万=1012万)、本件2の建物の時価は一〇三六万円(450万+586万=1036万)となる。
六 本件1の建物の賃料相当額は、鑑定の結果により現在の現実の賃貸借の賃料であると認められる月額九万一三〇〇円を上回ることを認めるに足る証拠はないから、九万一三〇〇円とするのが相当である。また、本件2の建物の賃料相当額は、鑑定の結果によれば本件1の建物と本件2の建物の効用比率が一五・三八対一一・四四であるから、次の式により六万七九〇〇円とするのが相当である。
9万1300×11.44/15.38≒67900
七 以上によれば、原告の本件売渡請求権の行使は適法であり、被告に対する本訴請求は、一〇一二万円の支払と引換に本件1の建物、一〇三六万円の支払と引換に本件2の建物についての各明渡及び所有権移転登記を求め、主文第二項及び四項の限度で右各金員支払の提供時から各建物明渡済みに至るまでの賃料相当損害金の支払を求める部分のみ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山垣清正)
<以下省略>