東京地方裁判所 平成元年(ワ)4033号 判決 1990年11月28日
原告
福場博
右訴訟代理人弁護士
小坂志磨夫
同
小池豊
被告
株式会社サンギ
右代表者代表取締役
佐久間周治
被告
サンエバー株式会社
右代表者代表取締役
松田啓一
同
吉田弘
被告
東京アパタイト株式会社
右代表者代表取締役
福田章
右被告三名訴訟代理人弁護士
布井要太郎
同輔佐人弁理士
桑原英明
被告
日本アパタイト株式会社
右代表者代表取締役
佐藤宏
右訴訟代理人弁護士
佐野榮三郎
主文
一 被告サンエバー株式会社は、別紙目録(一)、(二)記載の各歯ブラシを製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
二 被告株式会社サンギ、同日本アパタイト株式会社及び同東京アパタイト株式会社は、別紙目録(一)、(二)記載の各歯ブラシを販売し、又は販売のために展示してはならない。
三 被告らは、その所有する別紙目録(一)、(二)記載の各歯ブラシを廃棄せよ。
四 訴訟費用は、被告らの負担とする。
五 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
一当事者間に争いのない事実
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第一四五四九〇三号
発明の名称 イオン歯ブラシ
出願日 昭和五九年八月一四日
公告日 同六三年一月一四日
登録日 同年八月二五日
2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の特許請求の範囲の項に記載したとおりである。
3 被告サンエバーは、昭和六一年六月頃から別紙目録(一)、(二)記載の各歯ブラシ(以下これらを総称して「被告製品」という。)を製造販売し、同サンギは、その頃から被告製品を同サンエバーから仕入れて販売し、同東京アパタイト及び同日本アパタイトは、その頃から被告製品を同サンギから仕入れて販売している。
4 本件発明の構成要件は、次のとおりである。
A ブラシ毛が植毛されたブラシヘッド部と、把持用柄部と、電源と、を備えるイオン歯ブラシにおいて、
B 把持用柄部に対してブラシヘッド部を脱着可能に構成し、
C 把持用柄部には、
ア 導電性材料からなる支軸を突設するとともに、
イ 該支軸を電源の一方の電極に接続し、
ウ かつ把持用柄部の少なくとも一部外表面に電源の他方の電極に接続された導電性材料からなる端体を装着し、
D ブラシヘッド部には、
ア 該ブラシヘッド部の長手方向に延在し、前記柄部に突設された前記支軸を受領する支軸挿入部と、
イ 前記ブラシ毛と支軸挿入部との間を連絡し、液体を媒体として前記ブラシ毛と前記支軸を電気的に導通可能とする液路
を形成してある。
E イオン歯ブラシ
5 本件発明の作用効果は、次のとおりである。
従来から、弗素イオンの使用効果をあげるため、歯ブラシ柄の中に電池を入れ、その先端植毛部の植毛間に導電材による端子を設置し、該端子を電池のマイナス極に接続し、金属製の柄部を電池のプラス極に接続した構成を有するイオン歯ブラシは、知られていたが、その構造が複雑であったり、製造コストが高かったりする欠点があったところ、本件発明は、前項記載の構成をとることにより、これらの欠点を解決した。すなわち、本件発明においては、導電性材料の支軸や端体等の比較的高価な部材はすべて把持用柄部側に設けられており、把持用柄部に対して脱着可能なブラシヘッド部は、ブラシ毛を植毛するとともに支軸挿入部や液路を一体成形すれば足り、例えば、合成樹脂等を使用すれば極めて安価に製造することができるから、このような構成をとることにより、構造の簡素化を達成するとともに、ブラシヘッド部を必要に応じて廃棄、交換してもそのコストは低く抑えられる。そして、使用に当たっては、使用者が把持用柄部を把持して歯をブラシ毛でブラッシングすると、液体、例えば、唾液等がブラシ毛を濡らすとともに液路を浸し、これにより電源→把持用柄部の端体→手→身体→歯→ブラシ毛→液路→支軸→電源という電気回路が形成され、電子の流れが発生して歯垢等を歯面から除去し易くし、ブラシ毛によるブラッシングの刷掃効果を更に向上させる。
6 被告製品は、本件発明の構成要件のうち、Dイ以外の要件を、次のとおり充足する。
(一) 被告製品は、ブラシ毛10(番号は、別紙目録(一)、(二)記載のものを指す。被告製品につき以下同じ。)が植毛されたブラシヘッド部2と、使用者が把持するための柄部1と、電源たる電池6を備えているから、本件発明の構成要件Aを充足する。
(二) 柄部1とブラシヘッド部2とが着脱可能であるから、構成要件Bを充足する。
(三) 柄部1においては、
(1) 導電性の支軸7が、先端外方へ突設し、
(2) 支軸7が電池6のマイナス極に接続され、
(3) 柄部1の後部外表面には、導電性の端体3が装着され、端体3のリベット状端部4が、バネ5を介して電池6のプラス極に接続されている
から、構成要件Cア、イ、ウを充足する。
(四) ブラシヘッド部2には、ブラシヘッド部2の長手方向に延在し、柄部1から突出している支軸7が挿入されるための挿入孔13が設けられているから、構成要件Dアを充足する。
(五) 被告製品はイオン歯ブラシであるから、構成要件Eを充足する。
二争点についての当事者の主張
1 原告の主張
(一)(1) 被告製品は、本件発明の構成要件のうち、Dイについても、次のとおりこれを充足する。
ブラシヘッド部2には、ブラシ毛10と挿入孔13との間を連絡する連通溝17が形成され、当該連通溝17によって、歯ブラシの使用時において、液体を媒介としてブラシ毛10と支軸7を電気的に導通可能とする液路が形成されているから、構成要件Dイを充足する。
(2) 被告製品の作用効果は、本件発明のそれと同一である。
(3) 右のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件をすべて充足し、その作用効果も本件発明のそれと同一であるから、本件発明の技術的範囲に属する。
(二) 被告らの主張(二)に対する反論
特許侵害訴訟において、特許が無効である旨の抗弁が許されないことは、あえていうまでもないことであるが、被告らが公知文献として挙げるものには本件発明と同一の技術は開示されておらず、いずれも、本件発明の構成とは全く異なり、本件明細書において従来技術として掲記してあるものに過ぎない。本件発明がかかる先行の公知技術の存在を前提として付与されたものであることに照らせば、被告らのこの点に関する主張に理由がないことは、明らかである。
(三) 被告らの主張(三)に対する反論
被告らの主張(三)は、講学上いわゆる「自由技術の抗弁」と呼称されるものである。かかる理論自体の当否は別として、仮にかかる理論を肯定する立場に立ったとしても、被告らが公知技術として挙げるもの(<証拠>)は本件発明又は被告製品のいずれとも異なるものであるから、いずれにしても、被告らの右主張が理由のないことは明らかである。
2 被告らの主張
(一) 原告の主張(一)に対する反論
被告製品は、本件発明の構成要件のうち、Dイを充足しない。
本件明細書の詳細な説明の項には、「連通溝10に隣接する数ケのブラシ毛7」(本件公報三頁5欄三四行ないし三五行)、「支軸2に隣接するブラシ毛7……7以外のブラシ毛9……9にも」(本件公報三頁6欄二六行ないし二七行)の各記載があり、右各記載及び明細書中の図面の記載を斟酌すれば、本件発明の構成要件Dイにおける「ブラシ毛」は「支軸を支軸挿入部に挿入した場合に、支軸と直接に連絡又は少なくとも隣接する構造のもの」を意味するものと解される。
これに対して、被告製品においては、挿入口の先端とブラシ毛との間には孔状の連通溝が形成され、支軸を支軸挿入孔に挿入した場合にも、右孔状連通溝を貫通することなく、依然として右孔状連通溝が存在し、ブラシ毛は、支軸挿入口又は支軸と直接連絡していないことはもちろん隣接もしていないから、被告製品の構造は、本件発明の構成要件Dイを充足しない。
さらに、本件明細書の詳細な説明の項には、「前記溝6からブリッジ18を介して連通溝10まで至る有底孔の形態をとる」(本件公報三頁5欄一八行ないし一九行)との記載があり、右記載に照らせば、本件発明の構成要件Dイにおける「支軸挿入部」は「上部が開口し下部が閉口されている細長い有底孔」を意味するものと解すべきであるところ、被告製品の支軸挿入孔は筒状の形態を有し、その先端のみが開口しているに過ぎないから、本件発明の構成要件Dイを充足しない。
後記(二)記載のとおり、先行公知技術の存在に照らせば、本件発明は無効であり、本件発明の権利範囲を確定するに当たっては、厳格に本件明細書の特許請求の範囲の項に記載された文言に制限されることになるから、右のような相違点を有する被告製品は、本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(二) 本件発明は発明性を有さないから、本件特許は無効であり、原告の本件特許権に基づく差止請求権の行使は、特許能力を有さない特許権に基づく権利行使に該当し、権利濫用として許されない。
(1) 本件発明の特許出願前の公知技術としては、本件明細書中に従来技術として記載されているもの(本件公報一頁2欄七行ないし一一行、同欄二二行ないし二四行、二頁3欄三行ないし六行、同欄九行ないし一〇行、同欄一四行ないし一六行)のほか、次のものがあった。
ア 昭和五四年発行の「松本歯学」一九一頁ないし一九九頁(<証拠>)には、イオン歯ブラシの技術的原理に関する説明がその電気回路図と共に掲載されている。
イ 昭和七年一一月一五日特許付与に係る特許登録番号第一八八七九一三号米国特許明細書(<証拠>)には、ブラシヘッド部と把持用柄部との二部品からなり、簡単に組立分解を可能とする歯ブラシの構造に関する記載がある。
ウ 昭和五三年六月二三日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭五三―二四四二六)(<証拠>)には、歯ブラシ柄と把握体とをそれぞれ別体に形成して両者を着脱自在に取付け得る電気歯ブラシが開示されている。
エ 昭和五八年六月一日発行の「DRUG・magazine」誌の広告欄(<証拠>)に「サニー・パワー」なる商標を付した特殊半導体を利用した光エネルギー転換歯ブラシの構造が掲載されており、また、右製品(<証拠>)は、右時点において既に製造販売されていた。
オ 昭和四一年五月一四日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭四一―一〇〇九七)(<証拠>)には、ブラシヘッド部に該当する合成樹脂製柄と把持用柄部に該当する筒状電池ケースを別体として構成する電極付歯ブラシが開示されている。
本件発明は、いわゆる結合発明であって、その構成要件は、すべて、本件明細書に記載された右従来技術及び右アないしオの各公知技術に含まれているものであるから、本件発明は公知技術の結合から成り立っており、しかも、右公知技術の結合により特段の効果も生じないものであって、当該技術分野における通常の知識を有する者は、発明的所与を要さずに直ちに右公知技術の結合を想到し得るから、本件発明は、発明性を有さず無効である。
(2) 本件明細書の詳細な説明の項の、「ブラシヘッド部自体は、必ずしも導電性材料を含む必要はないが、その材質は使用態様、用途に応じて適宜選択すれば良い。」(本件公報三頁5欄二三行ないし二五行)、「導電性材料の支軸や端体等の比較的高価な部材は全て把持用柄部側に設けられており」(本件公報二頁4欄一〇行ないし一二行)の各記載を斟酌すれば、本件発明における「ブラシヘッド部」には、通常の態様として導電性材料を含むことを前提とするも、使用態様、用途に応じ導電性材料を含まない場合もあり得ると解され、また、本件発明の構成要件Dイの「液路」は口中の液体が電気的導通の媒体となることを表現したものに過ぎない。したがって、本件発明の各構成要件は、前記の昭和五三年六月二三日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭五三―二四四二六)(<証拠>)において開示されている電気歯ブラシ(イオン歯ブラシ)の構成と、用語上の差異は存するも実質上の構成が完全に一致するものであって、本件発明は、発明の新規性を有さず無効である。
(3) 昭和五五年九月二九日公開に係る公開特許公報(特許出願公開昭五五―一二五八〇八)(<証拠>)には「電子歯ブラシ柄部の製造方法」が開示されているところ、本件発明の各構成要件は、右公開特許公報に開示されている構成と、用語上の差異は存するも実質上の構成が完全に一致するものであって、本件発明は、発明の新規性を有さず無効である。
(三) 被告製品は、<証拠>に開示されている先行公知技術を実施するものであり、先行公知技術の実施は、万人が自由に実施し得る万人共有の財産であるから、本件特許権に基づく差止請求権の行使によりその実施を妨げられることはない。
これは、講学上いわゆる「自由技術の抗弁」として承認されているところであり、被告製品と公知技術との対比を問題とし、被告製品が公知技術の技術水準又は潜在的技術水準に属するときには、特許発明の技術的範囲と被告製品との対比を待つまでもなく(被告製品が特許発明の技術的範囲に属する場合であったとしても)、特許権に基づく差止請求は認められないことになる。
すなわち、前記のとおり、昭和四一年五月一四日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭四一―一〇〇九七)(<証拠>)には、ブラシヘッド部に該当する合成樹脂製柄と把持用柄部に該当する筒状電池ケースを別体として構成する電極付歯ブラシが開示されているが、被告製品の構成と右開示に係る電極付歯ブラシの構成とを対比すれば、被告製品を構成する各構成要素と右先行公知技術を構成する構成要素は、右先行公知技術が「ブラシ植設面に配した極板を金属棒にリベット止めにしている」点を除き一致し、かような構成を採用しなくても、必要最小限の電気回路が形成され得ることは、前記の昭和五八年六月一日発行の「DRUG・magazine」誌の広告欄(<証拠>)に「サニー・パワー」なる商標を付した特殊半導体を利用した光エネルギー転換歯ブラシの構造が掲載されていることに照らせば、当該技術分野における通常の知識を有する者の知見であるということができる。
第三争点に対する判断
一原告の主張(一)(被告製品が本件発明の構成要件Dイを充足するか等)について
1 <証拠>によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例の説明として、「符号3はブラシヘッド部で、主としてブラシ毛7が植毛されたヘッド20とヘッド20より柄部1寄りのシャンク25とからなる。シャンク25は溝6およびブリッジ18を有する。ブリッジ18から溝6をはさんでアーム19、19が伸び、その先端部には凹状端部4が形成される。ブリッジ18とヘッド20の間には溝6と同軸的に連通する連通溝10が形成される。すなわち、ブラシヘッド部3のシャンク25には、柄部1への装着時の支軸2を受領するための受け構造が形成され、この受け構造が、この実施例では、ブラシヘッド部3の長手方向に、前記溝6からブリッジ18内を介して連通溝10まで至る有底孔の形態をとる支軸挿入部であり、連通溝10は唾液等の液体で浸されて装着時の支軸2とブラシ毛7、9とを電気的に接続させる液路の一部として機能する。従って、ブラシヘッド部3自体は必ずしも導電性材料を含む必要はないが、その材質は使用態様、用途に応じて適宜選択すれば良い。好ましくは、ブラシヘッド部3は合成樹脂で一体成形、コストを極力低減させるのが良い。なお、第2、4図では連通溝10がブラシヘッド部3の表裏を貫通するように示されているが、必ずしもそうする必要はなく、実質的に溝6と連通して支軸挿入部を形成するとともにブラシヘッド部3の表面に開口するように形成すればよい。また、この実施例では、第3図に示すように、連通溝10のブラシ側端部に数ケの小溝8が連通溝10に隣接する数ケのブラシ毛7の根元部に向って存在する。この小溝8は、唾液などを介して支軸2とブラシ毛7、9を電気的に接続させるという連通溝10の機能をさらに促進させるものである。」(本件公報三頁5欄七行ないし三九行)、「柄部1を持ち、口中にブラシヘッド部3を入れて、ブラッシングすると、ブラシ毛は唾液水分で濡れ、ブラシ毛7、7間にも水分が入りこむ。連通溝10にも水分が入りこむ。従って、この水分はブラシ毛7、7の根元部からブラシヘッド部3の表面を経て直接、あるいは前記小溝8がある場合にはこの小溝8を介して支軸2に繋がり、支軸2に接する連通溝10の水と、ブラシ毛7、7間の水とが連結される。支軸2に隣接するブラシ毛7……7以外のブラシ毛9……9にも、ブラシ毛7から9へと水分が連結して存在する。従って、振らしブラシ毛7……7、9……9の毛先が歯に接触すれば、支軸2と該歯とは充分な水分によって効率よく連結されることとなる。」(本件公報三頁6欄一八行ないし三一行)との記載がある。
本件明細書の詳細な説明の項における右各記載に照らせば、本件発明の構成要件Dイの「前記ブラシ毛と支軸挿入部との間を連絡し、液体を媒体として前記ブラシ毛と前記支軸を電気的に導通可能とする液路」とは、唾液等の液体で浸されて装着時の支軸とブラシ毛とを右液体を媒介として電気的に接続させる機能を有するものであり、その構成としては、支軸挿入部の一部を形成するとともにブラシヘッド部の表面(ブラシ毛植毛面)のブラシ毛に隣接した位置に開口する孔ないし溝を意味するものと解するのが相当である。
そこで、被告製品が本件発明の構成要件Dイを充足するかどうかを検討するに、別紙目録(一)、(二)の記載(被告製品の構成が右各目録記載のとおりであることは、当事者間に争いがない)によれば、被告製品におけるブラシヘッド部2の構成については、「(一)ブラシヘッド部2は、ブラシ毛10が植毛されたヘッド部11と後部のシャンク12から成る。(二)シャンク12には、これを軸方向に貫通して挿入孔13が設けられ、ブラシ毛10近傍で終端し、またシャンク12の後端は、溝14をはさんでアーム15が伸び、アーム15の内側中央には小窪み16が穿設されている。(三)挿入孔13の先端とブラシ毛10との間には液路を構成するための連通溝17が形成されている。」(別紙目録(一)、(二)の各構成の説明の項3)というものであって、連通溝17は、ブラシヘッド部2において支軸7を受領するための支軸挿入部の一部を形成する(柄部1がブラシヘッド部2と一体化した場合には、支軸7はブラシヘッド部2のシャンク12に形成された挿入孔13内を延びて、その先端は連通溝17に達する)とともに、ブラシヘッド部2の表面に植毛されたブラシ毛10の後部(シャンク12に近い側)に隣接した位置に開口部を有するものであり、歯ブラシ使用時においては、ブラシ毛10は唾液水分で濡れ、ブラシ毛10間及び連通溝17にも水分が入りこんで、装着時の支軸7とブラシ毛10とは右液体を媒介として電気的に接続されることが認められる(別紙目録(一)、(二)の各構成の説明の項4及び各第1ないし第3図)。したがって、被告製品は本件発明の構成要件Dイを充足するものと認められる。
被告らは、この点につき、本件発明の構成要件Dイにおける「ブラシ毛」は、支軸を支軸挿入部に挿入した場合に、支軸と直接に連絡又は少なくとも隣接する構造のものに限定される旨を主張し、被告製品におけるブラシ毛は、支軸挿入口又は支軸と直接連絡していないことはもちろん隣接もしていないから、被告製品の構造は、本件発明の構成要件Dイを充足しないと主張する。しかし、構成要件Dイの意味するところは、前記のとおりであって、ブラシ毛と支軸との位置関係についてこれを一定のものに限定して解すべき理由はないから、被告らの右主張は失当である。すなわち、本件明細書の特許請求の範囲の項には、ブラシ毛と支軸の位置関係については何ら言及されていないものであり、発明の詳細な説明の項には、なるほど、被告らの指摘するような記載(「連通溝10に隣接する数ケのブラシ毛7」(本件公報三頁5欄三四行ないし三五行)、「支軸2に隣接するブラシ毛7……7以外のブラシ毛9……9にも」(本件公報三頁6欄二六行ないし二七行))は存在するものの、これらの記載はいずれも特定の実施例についてその具体的な構成を説明するものに過ぎず、特許請求の範囲の項の記載及び本件発明の作用効果に照らせば、右各記載を根拠として本件発明におけるブラシ毛と支軸の位置関係について被告ら主張のように限定的に解することはできないし、これ以外に被告らの右主張を根拠付けるような記載も存在しない。
また、被告らは、本件発明の構成要件Dイにおける「支軸挿入部」は上部が開口し下部が閉口されている細長い有底孔の構造のものに限定される旨を主張し、被告製品における支軸挿入部は筒状の形状を有し、その先端のみが開口しているに過ぎないから、本件発明の構成要件Dイを充足しないと主張する。しかし、構成要件Dイの意味するところは、前記のとおりであって、支軸挿入部の形態についてこれを一定のものに限定して解すべき理由はない。本件明細書の特許請求の範囲の項には、支軸挿入部の形態については何ら言及されていないものであり、発明の詳細な説明の項には、なるほど、被告らの指摘するような記載(「前記溝6からブリッジ18を介して連通溝10まで至る有底孔の形態をとる」(本件公報三頁5欄一八行ないし一九行))は存在するものの、右記載は、特定の実施例についてその具体的な構成を説明するものに過ぎず、特許請求の範囲の項の記載及び本件発明の作用効果に照らせば、右記載を根拠として本件発明における支軸挿入部の形態について被告ら主張のように限定的に解することはできないし、これ以外に被告らの右主張を根拠付けるような記載も存在しないから、被告らの右主張もまた失当である。
なお、被告らは、先行公知技術の存在に照らし本件発明は無効であり、本件発明の権利範囲を確定するに当たって厳格に本件明細書の特許請求の範囲の項に記載された文言に制限されることになるから、右制限的に解釈された本件発明の特許請求の範囲と相違点を有する被告製品は、本件発明の技術的範囲に属さないと主張する。しかし、後記判示のとおり、本件発明に無効事由がある旨の被告らの主張は到底認められないから、被告らの主張は、その前提を欠き失当である。
2 <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、被告製品の作用効果は、本件発明のそれと同一であると認められる。
3 右のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件をすべて充足し、その作用効果も本件発明のそれと同一であるから、本件発明の技術的範囲に属する。
二被告らの主張(二)(本件特許の無効と原告の権利濫用)について
1 被告らが権利濫用事由として主張するところは、要するに、本件発明は新規性ないし進歩性に欠けるから、本件特許は無効とされる蓋然性が極めて高いというにある。
しかし、特許権の効力は、特許庁における無効審判手続によって争うべきものであって、仮に発明が新規性ないし進歩性に欠け、当該特許が無効とされるべきものであったとしても、当該特許につき無効審判請求がなされて、当該特許を無効とすべき旨の審決がなされ、右審決が確定しない限り、裁判所は当該特許権を有効なものとして取り扱わなければならず、単に、その必要がある場合に審決が確定するまで訴訟手続を中止することができる(特許法一六八条二項)に過ぎない。右のとおり、特許権に基づく差止請求訴訟の審理においては、特許の有効無効については、これを考慮すべきものではなく、本件特許の無効をいう被告らの主張は、既にこの点において抗弁として理由がないというべきである。
なお、付言するに、仮にこの点をさておくとしても、本件においては、次のとおり、本件特許について被告ら主張の無効事由は到底認められないから、いずれにしても、被告らのこの点に関する主張に理由がないことは明らかである。
2 被告らが公知技術として挙げるものについては、次の各事実が認められる。
(一) <証拠>によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「従来から、弗素イオンの使用効果をあげるため、歯ブラシ柄の中に1.5V位の電池を入れ、その先端植毛部の植毛間に導電材による端子を設置し、該端子を電池の(−)電極に接続し、柄部を金属性とし、この部を(+)電極としたイオン歯ブラシ(電気歯ブラシ、通電歯ブラシ或は電子歯ブラシ)が数多く提案されている(例えば特公昭四八―二七三九〇号、実公昭四三―五〇九二号参照)。」(本件公報一頁2欄六行ないし一三行)、「従来、発表されてきたイオン歯ブラシは構造が複雑、従ってコスト高、取扱い不便等で一般の普及に難があった。即ち、ブラシ植毛間に(−)端子が設置され、この端子はブラシ台の内部から柄の内部を通って電池に接続される構造で高価なものになっている。」(本件公報一頁2欄二〇行ないし二五行)、「従来のイオン歯ブラシは、柄とブラシ部が一体のもの、或は柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの等であり、いづれも頻繁に廃棄して新品にとり替え使用するには余りにも高価であり、普及上大変な障害となっている。」(本件公報二頁3欄三行ないし八行)、「また、従来のブラシ柄は金属性筒状体で、内部全体が電池を収容するため複雑な構造となっているものが多く、柄の太さも大きめとなり、とり扱いも不便、コストも高いものとなっている。」(本件公報二頁3欄九行ないし一二行)、「そこで構造が複雑でコスト高となるのであれば、柄部を長期間使用できるように、ブラシ部と柄部を分離し、電池もとり替え使用することが考えられ、そのような構成ものも従来多い。」(本件公報二頁3欄一二行ないし一六行)の各記載があるが、これらは、いずれも、従来技術の内容を説明したものである。なるほど、これらの技術の中に、本件発明の構成要件の一部を充足するものがあることは、被告ら主張のとおりであるが、本件明細書の記載内容自体からも、本件発明は、これらの従来技術の存在を前提として、これらの有する難点を解消する目的でなされたものであるから、これらの従来技術の存在が本件特許の無効事由となり得ないことは明らかである。
(二) <証拠>によれば、昭和五四年発行の「松本歯学」一九一頁ないし一九九頁に、イオン歯ブラシの技術的原理に関する説明がその電気回路図と共に掲載されているが、その内容は、単にイオン歯ブラシの技術的原理を説明したものであるに過ぎず、右原理が従来から公知であったことは、本件明細書自体にも記載されており(本件公報一頁2欄六行ないし一八行)、本件発明はこれを前提としてなされたものである。
(三) <証拠>によれば、昭和七年一一月一五日特許付与に係る特許登録番号第一八八七九一三号米国特許明細書に、ブラシヘッド部と把持用柄部との二部品からなり、簡単に組立分解を可能とする歯ブラシの構造に関する記載があるが、これは、イオン歯ブラシではなく、通常の歯ブラシのブラシ部と把持部とを着脱自在に構成したものに過ぎない。
(四) <証拠>によれば、昭和五三年六月二三日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭五三―二四四二六)に、歯ブラシ柄と把持体とをそれぞれ別体に形成して両者を着脱自在に取付け得る電気歯ブラシが開示されているが、その構成は、歯ブラシ柄1(本件発明におけるブラシヘッド部に対応する。)(番号は、<証拠>記載のものを指す。この項において以下同じ。)が把握体2(本件発明における把持用柄部に対応する。)と着脱自在となっているが、歯ブラシ柄1の先端部正面に植設された刷毛部4上面に表面を露出してモールド成形した電子伝導体の表面を有する電極3や、ブラシ柄1の内部において電極3の後端部と接続する細状栓7といった導電材が歯ブラシ柄1に設けられており、刷毛が摩耗したときには、歯ブラシ柄1をその内部に備えられた電極3や細状栓7と共に廃棄するものである。すなわち、<証拠>に開示された電気歯ブラシには、本件発明の構成要件Dイにおける液路に対応する構成が存在しないほか、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「しかし、従来のイオン歯ブラシは、柄とブラシ部が一体のもの、或は柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの等であり、いづれも頻繁に廃棄して新品にとり替え使用するには余りにも高価であり、普及上大変な障害となっている。」(本件公報二頁3欄二行ないし八行)との記載があることに照らせば、まさに、このうちの「柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの」に該当する。
(五) <証拠>によれば、昭和五八年六月一日発行の「DRUG・magazine」誌の広告欄に「サニー・パワー」なる商標を付した特殊半導体を利用した光エネルギー転換歯ブラシの写真入りの広告が掲載されているが、右写真からわかるのは当該歯ブラシの外観のみであって、内部構造は一切明らかでなく、右広告には、そのほかにも本件発明における把持用柄部の導電性材料よりなる端体及び支軸やブラシヘッド部の支軸挿入部、液路に対応する構成を示唆する記載は存在しない。そして、<証拠>(<証拠>に記載された「サニー・パワー」なる光エネルギー転換歯ブラシであることにつき、争いがない。)によれば、右歯ブラシは、中央のビスを外すことによって、ブラシヘッド部が把持用柄部から着脱可能に構成されているが、比較的高価な導電材というべき「特殊半導体」はブラシヘッド部分の側に設けられており、また、把持用柄部の外表面に導電性材料よりなる端体が設けられておらず、ブラシヘッド部に支軸挿入部、液路に対応する構造も存在しない。
(六) <証拠>によれば、昭和四一年五月一四日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭四一―一〇〇九七)に、電極付歯ブラシが開示されているが、その構成については、合成樹脂製柄7(番号は、<証拠>記載のものを指す。この項において以下同じ。)はブラシヘッド部と柄部とが一体に構成されていてブラシヘッド部のみの交換はできず、また、ブラシヘッド部に液路を設けるのではなくて、ブラシ植設面1に極板9を設け、この極板9をリベット13を介して金属棒12の先端と連結することにより、ブラシ毛と金属棒とを電気的に導通可能としている。前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「従来、発表されてきたイオン歯ブラシは構造が複雑、従ってコスト高、取扱い不便等で一般の普及に難があった。即ち、ブラシ植毛間に(−)端子が設置され、この端子はブラシ台の内部から柄の内部を通って電池に接続される構造で高価なものになっている。」(本件公報一頁2欄二〇行ないし二五行)、「従来のイオン歯ブラシは、柄とブラシ部が一体のもの」(本件公報二頁3欄三行ないし四行)との記載があり、<証拠>に開示された電極付歯ブラシは、まさに、これに該当する。
(七) <証拠>によれば、昭和五五年九月二九日公開に係る公開特許公報(特許出願公開昭五五―一二五八〇八)には「電子歯ブラシ柄部の製造方法」が開示されているが、その構成は、ブラシ柄3(本件発明におけるブラシヘッド部に対応する。)(番号は、<証拠>記載のものを指す。この項において以下同じ。)が把持柄14(本件発明における把持用柄部に対応する。)と着脱自在となっているが、電子歯ブラシの植毛部1に密接して配置された植毛部電極2や、植毛部電極2よりブラシ柄端部4に至る導電体9といった導電材がブラシ柄3に設けられており、刷毛が摩耗したときには、ブラシ柄3をそこに備えられた植毛部電極2や導電体9と共に廃棄するものである。すなわち、<証拠>に開示された電気歯ブラシには、本件発明の構成要件Dイにおける液路に対応する構成が存在しないほか、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「しかし、従来のイオン歯ブラシは、柄とブラシ部が一体のもの、或は柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの等であり、いづれも頻繁に廃棄して新品にとり替え使用するには余りにも高価であり、普及上大変な障害となっている。」(本件公報二頁3欄二行ないし八行)との記載があることに照らせば、まさに、このうちの「柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの」に該当する。
3 右各認定事実を前提として検討するに、前記2(一)ないし(七)に記載の各先行技術は、いずれも本件発明の構成要件の一部を充足するものに過ぎず、また、本件明細書の発明の詳細な説明の項において、従来技術として記載されているものに該当する。
被告らの主張(二)(1)において、被告らは、本件発明の構成要件はすべて先行の公知技術に含まれているもので、本件発明は公知技術の結合から成り立っており、しかも、右公知技術の結合により特段の効果も生じないものであることを理由に、本件特許の無効を主張する。
しかし、本件発明は、物品の構造に係る技術的思想であって、複数の構成要件から成り立っているものであるところ、これは各構成要件の単なる集合ではなく、各構成要件を一定の技術的思想の下に不可分有機的に結び付けたもので、一体性ある技術的思想として、各構成要件の結合関係もまた無視することのできないところである。このような点を考慮すると、特許請求の範囲に記載された発明の技術的思想がその出願前にそのまま公知であった、いわゆる全部公知のような例外的な場合はともかく、発明を構成する個々の構成要件について出願前にそれぞれ公知技術が存在していたとしても、これをもって特許の無効事由とはなし得ないものと解するのが相当である。
そして、右認定のとおり、被告らの挙げる先行の公知技術の内容は、いずれも本件発明の構成要件の一部を充足するものに過ぎず、また、本件明細書に従来技術として記載されているものに該当するものであって、本件発明は、まさにこれら先行技術の存在を前提として新たな作用効果を生ずるものとして特許を付与されたものというべきであるから、被告らの主張する理由による本件特許の無効は到底認められない(なお、前記認定の各先行技術には、本件発明の構成要件Dを備えるものは存在しないから、この点においても、被告らの主張は理由がない。)。
4 被告らは、また、本件発明の各構成要件は、前記の昭和五三年六月二三日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭五三―二四四二六)(<証拠>)において開示されている電気歯ブラシ(イオン歯ブラシ)の構成、又は昭和五五年九月二九日公開に係る公開特許公報(特許出願公開昭五五―一二五八〇八)(<証拠>)に「電子歯ブラシ柄部の製造方法」として開示されている構成と、用語上の差異は存するも実質上の構成が完全に一致するから、本件発明は発明の新規性を有さず無効である旨主張する。
しかしながら、前認定のとおり、<証拠>において開示されている電気歯ブラシにおいては、電極3や細状栓7といった導電材が歯ブラシ柄1に設けられており(番号は、<証拠>記載のものを指す。)、<証拠>において開示されている電子歯ブラシにおいては、植毛部電極2や導電体9といった導電材がブラシ柄3に設けられている(番号は、<証拠>記載のものを指す。)もので、いずれも、本件発明の構成要件Dイにおける液路に対応する構成が存在しないほか、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「しかし、従来のイオン歯ブラシは、柄とブラシ部が一体のもの、或は柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの等であり、いづれも頻繁に廃棄して新品にとり替え使用するには余りにも高価であり、普及上大変な障害となっている。」(本件公報二頁3欄二行ないし八行)との記載があることに照らせば、まさに、このうちの「柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの」に該当し、本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載された「ブラシ毛の部分を必要に応じて廃棄交換可能とし、かつこのブラシ毛の部分の廃棄交換に伴うコストの増大を極力抑制してイオン歯ブラシの普及を可能ならしめる」(本件公報二頁3欄二三行ないし二八行)という作用効果を有さないから、本件発明の各構成要件がこれらの先行技術の構成と完全に一致するとは、到底認められず、被告らの主張には理由がない。
なお、被告らは、右主張の前提として、本件発明の構成要件Dイの「液路」は口中の液体が電気的導通の媒体となることを表現したものに過ぎないと主張するが、本件明細書の特許請求の範囲の項における「ブラシヘッド部には……前記ブラシ毛と支軸挿入部との間を連絡し、液体を媒介として前記ブラシ毛と前記支軸を電気的に導通可能とする液路」(本件公報一頁1欄九行ないし一五行)なる記載は、日本語の文章としての通常の意味からすれば、「液路」の構成を説明した表現というほかはなく、また、このことは、発明の詳細な説明の項において「連通溝10は唾液等の液体で浸されて装着時の支軸2とブラシ毛7、9とを電気的に接続させる液路の一部として機能する。」(本件公報三頁5欄二〇行ないし二三行)なる記載に照らしても明らかというべきであって、被告らの主張は失当である。
被告らは、また、本件明細書の詳細な説明の項の「ブラシヘッド部自体は、必ずしも導電性材料を含む必要はないが、その材質は使用態様、用途に応じて適宜選択すれば良い。」(本件公報三頁5欄二三行ないし二五行)、「導電性材料の支軸や端体等の比較的高価な部材は全て把持用柄部側に設けられており」(本件公報二頁4欄一〇行ないし一二行)の各記載を根拠として、本件発明における「ブラシヘッド部」には、通常の態様として導電性材料を含むことを前提とするも、使用態様、用途に応じ導電性材料を含まない場合もあり得ると主張するが、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「しかし、従来のイオン歯ブラシは、柄とブラシ部が一体のもの、或は柄とブラシ部が分離されているがブラシ部にも比較的高価な導電材が設けられているもの等であり、いづれも頻繁に廃棄して新品にとり替え使用するには余りにも高価であり、普及上大変な障害となっている。」(本件公報二頁3欄二行ないし八行)、「この発明は、……ブラシ毛の部分を必要に応じて廃棄交換可能とし、かつこのブラシ毛の部分の廃棄交換に伴うコストの増大を極力抑制してイオン歯ブラシの普及を可能ならしめることにある。」(本件公報二頁3欄二三行ないし二八行)なる記載があることに照らせば、むしろ、ブラシヘッド部には原則として導電性材料を含まないというべきであり、すくなくとも、<証拠>に開示された構成におけるような比較的高価な導電材に該当するようなものを備えることは除外しているというべきであるから、被告らのこの点に関する主張も失当である。
三被告らの主張(三)(自由技術の抗弁)について
被告らの主張(三)において、被告らは、被告製品は、<証拠>に開示されている先行公知技術を実施するものであり、先行公知技術の実施は、万人が自由に実施し得る万人共有の財産であるから、本件特許権に基づく差止請求権の行使によりその実施を妨げられることはないと主張する。
被告らが右抗弁として主張するところは、講学上いわゆる「自由技術の抗弁」と呼称されるものであるが、仮に、被告製品が本件発明の特許の出願前における公知技術と同一であるとしても、そのことから直ちに本件特許権に基づく差止請求権の対象とならないという結論を導くことができるものではなく、被告らの右主張は、既にこの点において抗弁として理由がないというべきである。すなわち、被告ら主張のようないわゆる「自由技術の抗弁」を肯定するときは、仮に被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとしても、被告製品が本件特許の出願前の公知技術の実施である限り、その自由な実施を拒むことはできず、本件特許権に基づく差止請求も認められないことになるが、このような結果を容認することは、本件特許権についてその本質的内容である差止請求権の行使を認めないこととなり、結局、特許庁における無効審判手続を経ずして特許権を無効なものとして取り扱うことに帰着するが、このような取扱いについては何らの実定法上の根拠もなく、かえって、特許法の予定する制度の趣旨に反するものであって、到底認められないものといわなければならない。
なお、付言するに、仮にこの点をさておくとしても、本件においては、次のとおり、被告らの右主張は、その前提を欠き、到底認められないから、いずれにしても、被告らのこの点に関する主張に理由がないことは明らかである。
すなわち、被告らは、被告製品の構成と前記の昭和四一年五月一四日出願公告に係る実用新案公報(実用新案出願公告昭四一―一〇〇九七)(<証拠>)に開示されている電極付歯ブラシの構成とを対比すれば、被告製品を構成する各構成要素と右先行公知技術を構成する構成要素は、右先行公知技術が「ブラシ植設面に配した極板を金属棒にリベット止めにしている」点を除き一致し、かような構成を採用しなくても、必要最小限の電気回路が形成され得ることは、前記の昭和五八年六月一日発行の「DRUG・magazine」誌の広告欄(<証拠>)の「サニー・パワー」なる商標の光エネルギー転換歯ブラシの構造の記載に照らせば、当該技術分野における通常の知識を有する者の知見であるということができると主張するが、前記認定のとおり、<証拠>において開示されている電極付歯ブラシの構成は、合成樹脂製柄7(番号は、<証拠>記載のものを指す。この項において以下同じ。)はブラシヘッド部と柄部とが一体に構成されていてブラシヘッド部のみの交換はできず、また、ブラシヘッド部に液路を設けるのではなくて、ブラシ植設面1に極板9を設け、この極板9をリベット13を介して金属棒12の先端と連結することにより、ブラシ毛と金属棒とを電気的に導通可能としているもので、これらの点で、被告製品の構成とは異なる。また、前記認定のとおり、<証拠>の「サニー・パワー」なる商標の光エネルギー転換歯ブラシの写真からわかるのは、当該歯ブラシの外観のみであって、内部構造は一切明らかでなく、右広告には、そのほかにも本件発明における把持用柄部の導電性材料よりなる端体及び支軸やブラシヘッド部の支軸挿入部、液路に対応する構成を示唆する記載は存在しない。そして、<証拠>(<証拠>に記載された「サニー・パワー」なる光エネルギー転換歯ブラシであることにつき、争いがない。)によれば、右歯ブラシは、中央のビスを外すことによって、ブラシヘッド部が把持用柄部から脱着可能に構成されているが、比較的高価な導電材というべき「特殊半導体」はブラシヘッド部分の側に設けられており、また、把持用柄部の外表面に導電性材料よりなる端体が設けられておらず、ブラシヘッド部に支軸挿入部、液路に対応する構造も存在しない。右のとおり、これらの公知技術は、いずれも被告製品とは技術的内容を異にするものであるから、被告らの右主張は、その前提を欠き、失当である。
(裁判官若林辰繁 裁判長裁判官房村精一は転官のため、裁判官三村量一は海外出張のため署名捺印することができない。裁判官若林辰繁)