東京地方裁判所 平成元年(ワ)4514号 判決 1991年4月22日
原告
辻商事株式会社
右代表者代表取締役
辻絹子
右訴訟代理人弁護士
小川信明
同
友野喜一
同
鯉沼聡
同
名村泰三
原告補助参加人
株式会社亀井総業
右代表者代表取締役
亀井立也
右訴訟代理人弁護士
山口邦明
被告
千代田トレーディング株式会社
右代表者代表取締役
髙橋良忠
右訴訟代理人弁護士
本田俊雄
同
小山田辰男
同
松田英一郎
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一億七五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年八月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、貸室業等を目的とする会社、被告は、不動産の売買、媒介及び管理等を目的とする会社、原告補助参加人(参加人)は、不動産の売買、仲介及び管理等を目的とする会社である。
2 被告は、昭和五七年三月一八日、東都信用組合(信用組合)から、二億円を借り受けた(本件債務(一))。原告は、被告から、物上保証の委任を受け、同組合との間で、同日、右債務を含む被告の信用組合取引等による債務を担保するため、その所有する別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物(本件土地建物)につき極度額二億五〇〇〇万円(のちに二億円に変更)の根抵当権設定契約(本件根抵当権(一))を締結し、その旨の根抵当権設定登記(本件登記(一))をした。
3 被告は、昭和五七年四月二八日、株式会社第一相互銀行(銀行)から、一億円を借り受けた(本件債務(二))。原告は、被告から、物上保証の委任を受け、同銀行との間で、同日、右債務を含む被告の相互銀行取引等による債務を担保するため、本件土地建物につき極度額一億円の根抵当権設定契約(本件根抵当権(二))を締結し、その旨の根抵当権設定登記(本件登記(二))をした。
4(一) 参加人は、昭和五八年八月九日、本件各債務の物上保証人である原告を代理して、信用組合に対し、本件債務(一)の弁済として二億円を、銀行に対し、本件債務(二)の弁済として一億円をそれぞれ支払った。
(二) 原告は、平成元年二月二三日、参加人に対し、参加人の信用組合及び銀行に対する前記各弁済を追認する旨の意思表示をした。
(三) 仮に、原告が右(一)、(二)の弁済により被告に対して物上保証人の求償権を取得するものと認められないとしても、右出捐により、原告は損失を受け、他方被告は、何らの法律上の原因なくして信用組合及び銀行に対する本件各債務を免れて利得を得た。
5(一) 原告は、被告から、昭和五七年三月一〇日、一〇〇〇万円、同月一九日、六五〇〇万円、同年五月七日、五〇〇〇万円を借り受けた。
(二) 原告は、被告に対し、平成元年五月一一日の本件口頭弁論期日において、原告の本訴請求債権により、右借受金債務をその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
6 よって、原告は、被告に対し、(1)主位的に民法三七二条、三五一条による委託を受けた物上保証人の求償権(2)予備的に民法七〇四条による不当利得返還請求権に基づき、信用組合及び銀行に対して弁済した金三億円の残金一億七五〇〇万円並びにこれに対する右各出捐の日の翌日である昭和五八年八月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による法定利息の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4のうち、(一)の事実は否認、(二)の事実は不知、(三)は争う。
被告は、原告主張のころ、参加人から借り受けて、二億円を信用組合に、一億円を銀行に、それぞれ支払った。
3 同5(一)の事実は認める。
三 抗弁(商事消滅時効)
1 参加人が原告を代理して信用組合及び銀行に対して弁済したと認められるとしても、弁済の日の翌日である昭和五八年八月一〇日から起算して五年が経過した。
2 被告は、原告に対し、平成三年二月四日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する原告の反論
本訴請求債権の消滅時効の起算日は、原告が参加人に対し、追認する旨の意思表示をした平成元年二月二三日である。
すなわち、
1 原告は、昭和五八年七月一九日、参加人に対し、本件土地建物を代金一三億円で売却した。
2 その後、参加人が、株式会社ライブ(ライブ)に対し、原告との約定に反し、本件土地建物の所有権移転登記を経由したので、原告は、同年一一月二八日、ライブに対し、右所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起した(別件訴訟)。
3 右訴訟において、原告は、参加人の本件土地建物売買残代金三億円の未払を主張しており、被告に対して本訴請求債権を行使することは右主張と矛盾するもので、右訴訟における原告の立場を不利にするおそれがあり、右係属中は右債権を行使することができなかった。
4 したがって、原告は、右訴訟において参加人を含めた和解が成立するまでの間は、本訴請求債権を行使することができなかったというべきであるから、右訴訟における和解において前記追認の意思表示をした日をもって、本訴請求債権の消滅時効の起算日とするべきである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二原告は、主位的に、物上保証人として代位弁済したことによる求償権、予備的に不当利得返還請求権に基づいて本訴請求をするところ、まず、本訴請求債権の法的性質について検討する。
原告の主張によれば、被告の原告に対する物上保証の委託は、根抵当権設定についての委任であって、債務負担の委任に当たるとは解されず、原告による被告の債務の弁済をもって被告の委任事務の処理に当たると解することはできない。したがって、原告主張の弁済は、義務なくして被告のためにされた事務管理であり、これにより原告が被告に対して取得する求償権の法的性質は、事務管理費用償還請求権と解すべきである。
原告は、右求償権のほかに不当利得返還請求権を取得すると主張するが、原告の主張する被告の債務の弁済は、物上保証人として債務者の債務を弁済するにほかならず、債務者のためにする意思に基づくものである限り、事務管理にあたると解すべきところ、この点に関し、民法は三七二条・三五一条・四六二条において費用償還請求権の範囲を特に定めているのであるから、右弁済による原告の求償権の存否及びその範囲については、事務管理の特則規定たる右各規定が適用され、民法七〇二条の事務管理に関する規定はもちろん、これに対して一般法の関係に立つ民法七〇三条・七〇四条の一般不当利得の規定が適用される余地はない。
したがって、原告の本訴請求については、物上保証人として被告の債務を弁済したことに基づく求償権の存否及びその範囲のみが問題となり、不当利得の有無を論ずる余地はない。
三そこで、進んで、原告による被告の債務の弁済の主張について見ることとする。
1 <書証番号略>、証人亀井立也の証言及び弁論の全趣旨によると、参加人が、昭和五八年八月九日、信用組合に対して本件債務(一)の弁済として二億円を、銀行に対して本件債務(二)の弁済として一億円をそれぞれ支払ったこと、その際、参加人は、信用組合及び銀行に対し、原告から依頼を受けて原告に代わって弁済する趣旨を明らかにしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、参加人は、原告を代理して、信用組合及び銀行に対し、本件各債務を弁済したものと認められる。
2 前記認定事実に、<書証番号略>、証人亀井立也の証言及び弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和五八年七月一九日、参加人に対し、本件土地建物を代金一三億円で売却し、同年八月九日、参加人から代金の一部として一〇億円の支払を受けた。
(二) その後、参加人は、原告の代理人として、本件各債務を弁済したうえ、本件各登記の抹消登記手続を経るとともに、ライブに対し、本件土地建物の所有権移転登記を経由した。これに対し、原告は、参加人との約定に反するとして、ライブに対し、同年一一月二八日、右所有権移転登記抹消登記手続を求め、別件訴訟を提起した。
なお、参加人は、ライブの補助参加人として、右訴訟に参加した。
(三) 平成元年二月二三日、原告とライブ、参加人間において、①原告と参加人は、参加人が、原告のための事務管理として、信用組合及び銀行に対し、本件各債務を弁済したことを確認する、②原告と参加人は、右事務管理費用償還請求権と本件土地建物売買残代金債権とを相殺する旨合意する、こと等を内容とする訴訟上の和解が成立した。
右認定事実によると、原告は、平成元年二月二三日成立した和解において、参加人に対し、参加人の信用組合及び銀行に対する本件各債務の弁済行為を追認したと認めるのが相当である。
3 しかして、信用組合及び銀行に対して追認の効果を主張するには、信用組合及び銀行において右追認の事実を了知したことを要すると解すべきところ(民法一一三条二項参照)、この点をしばらく措き、被告主張の消滅時効の抗弁について次項に判断する。
四1 原告は、前示のとおり会社で商人であるから、右弁済は、営業のためになされたものと推定され、付属的商行為に当たるから、事務管理費用償還請求権たる本訴請求債権は、商行為によって生じた債権として、その消滅時効期間は、五年である。
2 そして、本訴請求債権の消滅時効は、参加人が信用組合及び銀行に対し、本件各債務の弁済をした日である昭和五八年八月九日から進行し、その翌日から起算して五年後の昭和六三年八月九日の経過をもって完成し、被告が原告に対し、平成三年二月四日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから、原告の本訴請求債権は、時効により消滅したものというべきである。
3 ところで、原告は、別件訴訟において、和解が成立し、原告において、本件各債務の弁済行為を追認するまでの間は、消滅時効は進行しない旨主張する。
しかしながら、たとえ原告主張のとおり本訴請求債権を行使することが別件訴訟における原告の立場を不利にすることがあるとしても、このような事情は、権利を行使するについての単なる主観的な事実上の障害にすぎず、何ら法律上の障害となるわけではない。原告の主張は、採用することができない。
五よって、原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官江見弘武 裁判官貝阿彌誠 裁判官福井章代)
別紙物件目録<省略>