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東京地方裁判所 平成元年(ワ)5831号 判決 1990年11月27日

原告

中村男也

右訴訟代理人弁護士

小沢俊夫

被告

社団法人日本モーターボート選手会

右代表者理事

安岐義晴

被告

安岐義晴

右被告両名訴訟代理人弁護士

三浦雅生

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して金七億六三二一万二六九〇円及びこれに対する昭和六〇年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、モーターボート選手であった原告が、モーターボートレースにおいて不正(オイルシールに傷を付けた整備不良ボートによる競走)をしたという理由で、被告社団法人日本モーターボート選手会(以下「被告選手会」という。)から除名処分を受けたことにつき、その処分が真実に基づかず、十分な調査をしないままなされた不当な処分であるとして、右処分をした被告選手会及びその会長であった被告安岐義晴(以下「被告安岐」という。)に対し、右除名処分がなければモーターボート選手として得べかりし収入につき、不法行為を理由として損害賠償を請求している事案である。

一当事者間に争いのない事実

1  原告は昭和四二年四月六日にモーターボート競走法に定める登録をしたモーターボート選手であり、被告選手会は右登録選手を会員とし、会員の技能、競技技術の向上並びに競走出場に関する適正な条件の確保及び福祉厚生を図り、モーターボート競走の健全な発展に寄与することを目的とする社団法人であり、被告安岐はその理事であり会長であった。

2  原告は、昭和六〇年二月七日から戸田競艇組合及びその事務委託を受けた社団法人埼玉県モーターボート競走会が戸田競艇場で開催していたボートレース関東地区選手権に出場していたが、同レース二日目である同月八日に原告の使用していたモーターボート「モーター山城号」のオイルシール(プロペラシャフトがギアケース本体から外に出る部分の本体内側に取り付けられたリング状の硬質ゴムのシールであり、ギアケース内のオイルが外部に漏れないようにするとともに、外から水や浮遊物がギアケース内に入らないようにする役目をしているもの)に切り傷(以下「本件オイルシールの傷」という。)が発見された。そのため戸田モーターボート制裁審議会(以下「制裁審議会」という。)は原告に対し、戸田競艇組合モーターボート競走施行細則(<証拠>)六五条一項により整備規程違反を理由として、昭和六〇年二月九日から一年間戸田モーターボート競走場におけるレースへの出場停止処分をした。これに対して原告は、異議の申立をし、再審理の結果、制裁審議会は、原告に対し、改めて前記施行細則六五条一項により、使用モーター管理上不注意を処分理由として、昭和六〇年二月九日から戸田モーターボート競走場におけるレースへの一年間の出場停止処分をした。

3  これに続いて全国モーターボート競走会連合会(以下「連合会」という。)は、昭和六〇年三月一八日、連合会会長の諮問機関である褒賞懲戒審議会の答申に基づき、原告に対し、連合会が行う選手等の褒賞及び懲戒について定めた褒賞懲戒規程(<証拠>。以下「褒賞懲戒規程」という。)によって、連合会がモーターボートレース出場選手のモーター整備に関する事項につき定めた整備規程(<証拠>。以下「整備規程」という。)違反を理由として五か月間のモーターボートレースへの出場停止処分をした。

4  被告選手会は昭和六〇年七月九日、原告が連合会により右処分を受けた結果出場停止期間の通算が六か月以上となり、同会の会員数適正化に関する規程(<証拠>。以下「適正化規程」という。)二条一項(1)号に該当する者として退職勧告対象者となったため、理事会の承認を得て原告に対し退職勧告をしたが、原告がこれに応じなかったため、さらに、同年九月一八日、臨時総会の承認議決を得て被告選手会の定款(<証拠>)三〇条二号に該当することを理由として、原告を除名処分にした(被告選手会のした右退職勧告処分及び除名処分を併せて、以下「本件処分」ともいう。)。

二争点

原告に右整備規程違反の事実がないのに、これがあるものとして被告選手会がした本件処分は違法であり、この点について被告選手会及び被告安岐が調査義務を尽くさなかった過失があった旨の原告の主張の当否が争点である。

第三争点に対する判断

一前記当事者間に争いのない事実と以下の各該当箇所に摘示する各証拠とを総合すると、本件処分がなされた経過につき、次の各事実が認められる。

1  原告は、昭和五七年五月二二日に連合会から整備規程違反を理由に五か月間の出場停止処分を受けていたので(<証拠>)、昭和六〇年三月一八日、連合会から整備規程違反を理由にさらに五か月間の出場停止処分を受けたことにより(<証拠>)、整備規程違反による出場停止処分の期間が合算して六か月以上になったため、適正化規程二条一項(1)号に該当する者として、被告選手会から退職勧告を受ける対象者となった。

2  そこで被告選手会は、昭和六〇年四月一〇日に理事会を開催してこの問題を協議しようとしたが(<証拠>)、原告が連合会を被告として出場停止処分の取消訴訟を提起したため、右裁判の結果を待つことにし、一時この問題の審議を保留することとした(<証拠>)。

3  しかし、被告らの予想に反し右取消訴訟の判決が右出場停止処分の満了時である昭和六〇年八月一八日までには出されない見通しとなったため、被告選手会は、昭和六〇年七月九日の理事会で、原告が適正化規程二条一項(1)号に該当することを理由として、同規程三条に基づき原告に対し、同年八月一〇日までに退職するよう勧告を行うことを協議し、これを承認した(<証拠>)。

これを受けて被告選手会は、同年七月一〇日付けの勧告書で原告に対し退職の勧告をした(<証拠>)。

4  しかし、原告が右勧告に従わなかったため、被告安岐は被告選手会会長として、原告を被告選手会の定款三〇条二号の規定に該当するものと認め、同条の規定に基づき同年八月一二日、被告選手会の設置する事故防止対策委員会に原告の処分について諮問し、同委員会から除名処分が妥当であるとの答申を得た(<証拠>)。

5  これを受けて昭和六〇年八月二〇日に開催された被告選手会の理事会は、同年九月一八日に臨時総会を招集し、原告を除名処分にする旨の議案を上程することを承認した(<証拠>)。

6  昭和六〇年九月一八日、被告選手会の臨時総会が招集され、原告を除名する旨の議案について会員による投票が行われた結果、同選手会の定款三一条二項、三項及び一一条四項の規定に基づき出席会員の三分の二以上の同意により原告を除名処分にすることが承認された(<証拠>)。

二1  以上の事実と<証拠>(原告が連合会等を被告として提起した別件の損害賠償請求訴訟(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第九二二〇号、昭和六一年(ワ)第三四六四号)の判決)によれば、連合会が本件オイルシールの傷は原告が人為的につけたものであり、原告に整備規程違反の事実があったとして、前記のとおり原告に対し、出場停止の処分をしたことには合理的な根拠があったと認められる。これに対して原告は、本件オイルシールの傷には何ら関与しておらず、整備規程違反の事実はなかったと主張し、その主張に副う証拠として<証拠>が存在するが、これらの証拠は<証拠>に照らしていずれも採用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

2  そして、適正化規程二条一項(1)号、三条及び四条によると、整備規程に違反し、褒賞懲戒規程に基づく褒賞懲戒審議会の答申に基づき連合会において出場停止処分を受けた者で、その停止期間が合算して六か月以上になった者につき、被告選手会の会長は理事会の承認を得て退職の勧告を行い、退職勧告に従わない者に対しては、会長は総会の議決を得て除名すると規定されているところ(<証拠>)、前記のとおり原告は褒賞懲戒審議会の答申に基づき連合会において出場停止処分を受け、その停止期間が合算して六か月以上になった者であり、被告選手会の会長が理事会の承認を得て原告に対し退職の勧告を行い、原告がこれに従わなかったので、会長が総会の議決を得て本件の除名処分を行ったのであるから、本件処分に違法があったということはできないといわなければならない。

なお、原告は、適正化規程二条、三条によると、被告選手会が選手に対し退職勧告及び除名処分をするについては原告に整備規程違反があることが前提となっているから、被告らにも独自に原告の整備規程違反の事実につき調査を尽くすべき義務があると主張する。しかし、右規程の各条文の体裁や形式からみると、褒賞懲戒審議会の答申に基づいてなされた連合会による出場停止処分を前提として、退職勧告及び除名処分の対象者を規定しているだけであり、被告選手会において整備規程に違反したかどうかの実質審査をすることまで予定しているとは解されないうえ、実質的にみても、褒賞懲戒審議会がモーターボート競走の公正を確保するために、連合会会長の諮問機関として、一〇名以内の学識経験者によって構成され(被告選手会の会長も昭和六〇年三月当時委員であった。)、選手、検査員、審判の褒賞懲戒についての決定をするために設けられた専門機関であることに照らせば(<証拠>)、右機関における処分は公正で信頼性が高いものとして尊重されるべきことが予定されているものと解されるから、適正化規程に基づく選手会の処分は、褒賞懲戒に関する専門機関である褒賞懲戒審議会の答申に基づく連合会の処分を当然の前提として行えば足り、したがって、被告選手会としては、原告に整備規程違反の事実があるか否かにつき、再度実質的な調査をすべき義務はなく、褒賞懲戒審議会の答申に基づく連合会による出場停止処分の合算が六か月以上になった者については、右処分が一見して明白に誤っていると認められるような特別の事情が認められる場合は別として、当然にその対象者の退職勧告、除名処分ができるものと解するのが相当である。そうすると、被告選手会には整備規程違反の事実があるか否かについて独自に調査を尽くすべき義務があるとする原告の主張は採用することができない。

また、被告安岐についても、同被告が被告選手会の会長として本件処分に関与したことは、以上の事実及び<証拠>によって明らかであるが(<証拠>の適正化規程第三条、四条には、会長が前記退職勧告、除名を行う旨の規定があるが、右は執行機関としての被告選手会会長の職務権限を定めたものと解する。)、特に同被告において右のような調査義務を負っていると認めるに足りる証拠はない。

(裁判長裁判官小川英明 裁判官小林崇 裁判官松田俊哉)

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