東京地方裁判所 平成元年(ワ)6944号 判決 1994年1月31日
原告
CE
右訴訟代理人弁護士
西尾孝幸
同
松田英一郎
被告
株式会社新潮社
右代表者代表取締役
佐藤亮一
右訴訟代理人弁護士
多賀健次郎
同
島谷武志
右多賀健次郎
訴訟復代理人弁護士
鳥飼重和
被告
株式会社毎日新聞社
右代表者代表取締役
渡邊襄
右訴訟代理人弁護士
河村貢
同
豊泉貫太郎
同
岡野谷知広
被告
株式会社小学館
右代表者代表取締役
相賀徹夫
右訴訟代理人弁護士
原秀男
同
竹下正己
被告
株式会社朝日新聞社
右代表者代表取締役
中江利忠
右訴訟代理人弁護士
久保恭孝
被告
株式会社扶桑社
右代表者代表取締役
片岡政則
右訴訟代理人弁護士
高田昌男
同
鈴木俊美
同
桜井健夫
被告
株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役
田中健五
右訴訟代理人弁護士
古賀正義
同
中川明
同
吉川精一
同
鈴木五十三
同
山川洋一郎
同
林陽子
同
喜田村洋一
主文
一1被告株式会社新潮社は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成元年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社毎日新聞社は、原告に対し、金七〇万円及びこれに対する平成元年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告株式会社小学館は、原告に対し、金四〇万円及びこれに対する平成元年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告株式会社朝日新聞社は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する平成元年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被告株式会社扶桑社は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成元年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 被告株式会社文藝春秋は、原告に対し、金六〇万円及びこれに対する平成元年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇〇分し、その二を被告株式会社新潮社の、その一を被告株式会社毎日新聞社の、その一を被告株式会社小学館の、その一を被告株式会社朝日新聞社の、その一を被告株式会社扶桑社の、その一を被告株式会社文藝春秋の各負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は第一項1ないし6に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
一1 被告株式会社新潮社は、原告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2被告株式会社新潮社は、別紙謝罪広告文案一及び二記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に八ポイント活字をもって各一回掲載せよ。
二1 被告株式会社毎日新聞社は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社毎日新聞社は、別紙謝罪広告文案三記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に八ポイント活字をもって各一回掲載せよ。
三1 被告株式会社小学館は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社小学館は、別紙謝罪広告文案四記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に八ポイント活字をもって各一回掲載せよ。
四1 被告株式会社朝日新聞社は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社朝日新聞社は、別紙謝罪広告文案五記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に八ポイント活字をもって各一回掲載せよ。
五1 被告株式会社扶桑社は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社扶桑社は、別紙謝罪広告文案六記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に八ポイント活字をもって各一回掲載せよ。
六1 被告株式会社文藝春秋は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社文藝春秋は、別紙謝罪広告文案七記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に八ポイント活字をもって各一回掲載せよ。
第二事案の概要
(以下、西暦をもって示された年月日はアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスにおけるものである。)
一争いのない事実等
1 原告の家族及びいわゆる伊藤忠元ロサンゼルス支店長CB殺害事件
(一) 原告は、伊藤忠商事株式会社に勤めていたCB(以下「B」という。)と昭和三九年二月二六日に婚姻の届出をして結婚し、昭和四一年一月一六日に長男H(以下「H」という。)をもうけた(甲一)。
(二) 原告及びBは、Hとともに永くアメリカ合衆国に在住し、Bは昭和五一年から伊藤忠商事株式会社ロサンゼルス支店の支店長をつとめ、昭和五八年からは現地法人伊藤忠アメリカの副社長をも兼務していたが、昭和六〇年三月に退職し、以後は、ロサンゼルスで投資顧問会社パシフィックパートナーズを設立して経営していた。
(三) 原告とBは、いつのころからか不仲となり、昭和六〇年四月ころ別居し、原告は、Hと一緒にロサンゼルス郊外の自宅に引き続いて居住し、不動産投資コンサルタント等の仕事をしていたが、Bは家を出て、ロサンゼルスに居住していた。
(四) Bは、一九八五年(昭和六〇年)一一月、原告に対する離婚訴訟をロサンゼルス郡上級裁判所に提起した。争点は、専ら、蓄積された財産の分配にあった。
(五) ところが、右離婚訴訟が係属中の一九八七年(昭和六二年)四月二〇日、Bが行方不明となり(以下「B殺害事件」という。)、ロサンゼルス市警察(以下「ロス市警」という。)はその捜査を開始した。
(六) そして、一九八七年一二月三日、ロス市警は、原告とHとをB殺害の容疑で逮捕した。しかし、原告は、その容疑を否認し、数時間後に釈放され、Hもまた数日後に釈放された。
(七) しかし、ロス市警は、翌一九八八年(昭和六三年)一月二八日、Hの男友達であったGをB殺害の容疑者として逮捕し、同人にいわゆる刑事免責を与えて、Hと共同してBを殺害した旨の自供を引き出し、右Gの供述に基づいて、同年二月九日ころ、マリブ峡谷道路付近で地中に埋められたBの遺体を発見した(乙A一、乙D一)。
(八) そして、ロス市警は、一九八八年二月二五日朝、原告をB殺害の容疑で再逮捕するとともに、既に行方をくらましていたHを全米に指名手配した(乙D一)。
(九) しかし、一九八八年二月二九日、ロサンゼルス郡検事局(以下「ロス郡検事局」という。)は原告に対する訴追容疑を「殺人」から「事後従犯」(Accessory After The Fact)に変更し(乙A七)、この訴因について予備審問が開始されることとなった。なお、右「事後従犯」とは、我が国における「証憑湮滅」ないしは「犯人隠避」に相当するもののようであり、また、予備審問とは、被逮捕者を正式の刑事裁判に付する前に正式の刑事裁判に付するに足りる証拠があるか否かを事前に審理する公開の法廷における下級裁判所の裁判官による手続であり、証人尋問も行なわれる。
(一〇) 原告は、一九八八年三月一日、ロサンゼルス市裁判所における罪状認否で「事後従犯」の容疑を否認した(乙A三の6)。同日、原告は、保釈保証金七万五〇〇〇ドルで保釈された(甲一二)。
(一一) ロス市警の主任捜査官ロナルド・ルイス警部は、一九八八年三月七日、「ロス市警は原告をB殺害の主犯として捜査している。」旨の宣誓供述をした(乙A七)。
(一二) 一九八八年四月一九日、ロサンゼルス市裁判所において、原告に対する「事後従犯」についての予備審問期日が開かれ、次いで同年五月二三日にも同期日が開かれ、更に同年八月に同期日が開かれることとなっていたが、その直前の同年八月一九日、ロス郡検事局は、原告に対する「事後従犯」容疑による刑事訴追を取り下げた。そして、その後において、原告は現在までいかなる刑事訴追も受けていない。
2 被告ら及び本件各記事の掲載
(一) 被告株式会社新潮社(以下「被告新潮社」という。)は、写真週刊誌「フォーカス」及び週刊誌「週刊新潮」を発行、販売しているものであるが、
(1) 昭和六三年三月に発売された「フォーカス」(同年三月一一日号)の誌上に、原告の写真二枚を掲げた上、「ご乱心!「旧華族お姫様」の夫殺し」との見出しのもとに別紙(一)(1)の記事(以下「本件記事(一)(1)」という。)を掲載し、
(2) 昭和六三年三月三日に発売された「週刊新潮」(同年三月一〇日号)の誌上に、原告の写真を掲げたうえ、「殺された元伊藤忠支店長の妻は名門「N家令嬢」」との見出しのもとに別紙(一)(2)の記事(以下「本件記事(一)(2)」という。)を掲載し、
(3) 「週刊新潮」(昭和六三年八月一一日・一八日合併号)の誌上に、原告の写真を掲げたうえ、「「元ロス支店長殺害」で妻に「疑惑」の追打ち」との見出しのもとに別紙(一)(3)の記事(以下本件記事(一)(3)」という。)を掲載し、
(4) 「週刊新潮」(昭和六三年九月一日号)の誌上に、原告の写真を掲げたうえ、「釈放された「元ロス支店長殺し」の妻」との見出しのもとに別紙(一)(4)の記事(以下「本件記事(一)(4)」という。)を掲載し、
それぞれ、そのころ、右各雑誌を全国の読者に向けて販売頒布した。
(二) 被告株式会社毎日新聞社(以下「被告毎日新聞社」という。)は、週刊誌「サンデー毎日」を発行、販売しているものであるが、昭和六三年三月六日発売の「サンデー毎日」(同年三月二〇日号)の誌上に、原告の写真を掲げたうえ、「「夫殺し」でロス法廷に立つ元N家令嬢“金への妄執”」との見出しのもとに別紙(二)の記事(以下「本件記事(二)」という。)を掲載し、そのころ、右雑誌を全国の読者に向けて販売頒布した。
(三) 被告株式会社小学館(以下「被告小学館」という。)は、写真週刊誌「タッチ」(平成元年四月四日・一一日合併号で廃刊)を発行、販売していたものであるが、昭和六三年三月一日発売の「タッチ」(同年三月一五日号)の誌上に、原告の写真を掲げたうえ、「「ミス平凡」と「皇太子妃候補」―夫・伊藤忠元ロス支店長「殺害容疑」で再逮捕された妻の“肩書”」との見出しのもとに別紙(三)の記事(以下「本件記事(三)」という。)を掲載し、そのころ、右雑誌を全国の読者に向けて販売頒布した。
(四) 被告株式会社朝日新聞社(以下「被告朝日新聞社」という。)は、週刊誌「週刊朝日」を発行、販売しているものであるが、昭和六三年三月一日発売の「週刊朝日」(同年三月一一日号)の誌上に、「C家で何が起こったのか」との見出しのもとに別紙(四)の記事(以下「本件記事(四)」という。)を掲載し、そのころ、右雑誌を全国の読者に向けて販売頒布した。
(五) 被告株式会社扶桑社(以下「被告扶桑社」という。)は、週刊誌「週刊サンケイ」(昭和六三年六月に誌名を「スパ」に変更)を発行、販売しているものであるが、昭和六三年三月一〇日に発売された「週刊サンケイ」(同年三月一七日号)の誌上に、「メッタ刺し袋詰めの遺体発見!!伊藤忠元ロス支店長はやっぱり母親とマザコン息子に殺された」との見出しのもとに別紙(五)の記事(以下「本件記事(五)」という。)を掲載し、そのころ、右雑誌を全国の読者に向けて販売頒布した。
(六) 被告株式会社文藝春秋(以下「被告文藝春秋」という。)は、週刊誌「週刊文春」を発行、販売しているものであるが、昭和六三年三月三日発売の「週刊文春」(同年三月一〇日号)の誌上に、原告の写真を掲げたうえ、「「手錠の父」をナイフで十四回刺した息子と妻の憎悪」との見出しのもとに別紙(六)の記事(以下「本件記事(六)」という。)を掲載し、そのころ、右雑誌を全国の読者に向けて販売頒布した。
二原告の主張
1 被告新潮社に対して
(一) 本件記事(一)(1)(「フォーカス」昭和六三年三月一一日号)について
(1) 右記事中には、次のような記述があり、これは、読者をして原告がB殺害の犯人であると認識させるものであって、原告の社会的評価は著しく損なわれた。
①「ご乱心!「旧華族お姫様」の夫殺し」(大見出し)
②「結局、犯人は、ロス市警がかねてからマークしていた別居中のCさんの妻、E(51)と、長男のH(21)だった」
③「それにしても、20年以上も連れ添った亭主を、Eはなぜ、こうも憎んだのか。」
④「「全財産をよこさないと殺してやる」といった、Eが別居中のCさん宛に送った“脅迫状”」
⑤「マフィアも真っ青の殺し方をしたEとHだが」
(2) 右記事中には、次のような記述があり、これは、読者をして、原告とBとが結婚当初より夫婦仲が悪く、原告が強欲な人物であると認識させるものであって、原告の社会的評価は著しく損なわれた。
①「Cさんの親戚の一人は、「夫婦仲は最初から悪かったんですよ。(中略)、結婚して2年目くらいから離婚したい、と言っていましたからね」という」
②「前出のCさんの親戚によれば、「Bさんは、別れるに当っては財産の3分の2を譲る、といったんですが、Eは“全部私のもの”と言い張って譲らなかった」のだそうで」
(3) 更に、右記事は、原告とBとの間の離婚の争いに関して記述しているが、これは公開を欲しない事柄であり、プライバシーの侵害にあたる。
(4) 右記事には、原告の了解を得ずに、原告の写真二枚が無断で掲載されているが、これは原告の肖像権を侵害するものである。
(二) 本件記事(一)(2)(「週刊新潮」昭和六三年三月一〇日号)について<省略>
(三) 本件記事(一)(3)(「週刊新潮」昭和六三年八月一一日・一八日合併号)について<省略>
(四) 本件記事(一)(4)(「週刊新潮」昭和六三年九月一日号)について<省略>
(五) 以上(一)ないし(四)の行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、右各記事により原告は多大な精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、四〇〇〇万円の慰謝料が相当である。よって、原告は、「原告の請求」一1の金員の支払いを求めるとともに、名誉回復のための処分として同一2の謝罪広告の掲載を求める。
2 被告毎日新聞社に対して
(一) 本件記事(二)(「サンデー毎日」昭和六三年三月二〇日号)について
(1) 右記事中には、次のような記述があり、これは、読者をして原告がB殺害の犯人であると認識させるものであって、原告の社会的評価は著しく損なわれた。
①「「夫殺し」でロス法廷に立つ元N家令嬢“金への妄執”」(大見出し)
②「米国・ロサンゼルスで起きた元伊藤忠商事ロス支店長殺人事件の主犯とみられ逮捕された元華族の妻。その素顔は、やんごとない出自と往年の美貌からはおよそかけ離れたシロモノだったようだ。」
③「息子の育て方など、ずっと二人はけんかばかりしてきたんですが、三年余前に会ったとき、Cが私に“家では、毒が入っているかもしれんので何も食べられない”というんです。びっくりしましてね。それで私が、あぶないから、と別居するように勧めたんです」
④「失踪二日後、母子が高級車ポルシェで帰宅、笑顔で邸内に消えた姿を、(中略)。親せきの人は、「あれを見て、これは殺られたな、と思いましたね」」
⑤「捜査筋は、動機は金だ、とはっきり言っている。息子はおとなしい性格で母の言いなりのようだ。今回の事件は、母親に吹き込まれ、言われるままに、息子が実行した、というのが真相のようだ」
⑥「最大の誤算は“身内の敵の素顔”を見誤ったということなのか。」
(2) 右記事中には、次のような記述があり、これは、読者をして、原告が鬼のように異常に金銭欲が強い人物であると認識させるものであって、原告の社会的評価は著しく損なわれた。
①「Cは、あの女に“ハダカで追い出してやる”と言われていた。とにかく、彼女も息子も、お金への執着が異常なほど強かった。あの女は離婚後の生活不安もあって、全財産を奪おうとしたんだと思います。鬼としか思えない」
②「知人らが語るEの“物欲”を示すエピソード。「安い洋服などを買い込んで高いラベルをつけてCの親せきや会社の部下に売りつけ、Cはこの件で社長に呼ばれた」「Cの退職金の半分を勝手に会社まで取りに行った」」
③「気位は高いが、それに見合うほどに恵まれなかった幼児期の生活。Eの“金への執着”の淵源は、こうした境遇に影響されているのでは」
(3) 更に、右記事は、原告がN家の出身であること、原告とBとの結婚の経過、離婚の争いに関して記述しているが、これらは公開を欲しない事柄であり、プライバシーの侵害にあたる。
(4) 右記事には、原告の了解を得ずに、原告の写真が無断で掲載されているが、これは原告の肖像権を侵害するものである。
(二) 右行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、右記事により原告は多大な精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、二〇〇〇万円の慰謝料が相当である。よって、原告は、「原告の請求」二1の金員の支払いを求めるとともに、名誉回復のための処分として同二2の謝罪広告の掲載を求める。
3 被告小学館に対して
(一) 本件記事(三)(「タッチ」昭和六三年三月一五日号)について<省略>
(二) 右行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、右記事により原告は多大な精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、二〇〇〇万円の慰謝料が相当である。よって、原告は、「原告の請求」三1の金員の支払いを求めるとともに、名誉回復のための処分として同三2の謝罪広告の掲載を求める。
4 被告朝日新聞社に対して
(一) 本件記事(四)(「週刊朝日」昭和六三年三月一一日号)について
(1) 右記事中には、次のような記述があり、これは、読者をして原告がB殺害の犯人であると認識させるものであって、原告の社会的評価は著しく損なわれた。
①「メッタ刺しで殺されていた伊藤忠元ロス支店長」(見出し)
②「憎しみを隠さなかった夫婦」(中見出し)
③「警察は妻のEを夫殺しの容疑で逮捕し、」
④「法廷では、(中略)と、憎しみを投げあっていた。」
⑤「このころから、Cさんは、「Eらに脅されている。何かあるかもしれない」とS子さんにもらしていたという。」
⑥「離婚しないまま、夫が行方不明で一定期間が過ぎると、財産は妻らのものになる。Eは、それを狙ったのか。妻は夫を殺した後、」
(2) 右記事中には、次のような記述があり、これは、読者をして、原告が金銭欲が強く、しかも人をあごで使う傲慢な人物であると認識させるものであって、原告の社会的評価は著しく損なわれた。
①「Eのほうは元華族の出という気位の高い女性で、気性も激しかったらしい。伊藤忠支店長夫人時代、部下や友人の奥さん連中のなかには、アゴであしらわれた、という人もいる。」
②「夫婦仲はもう何年も前から冷え切っていた。Eは、その欲求不満もあってか、一人息子のHを溺愛し、二人でCさんに共同戦線をはっていたらしい。」
③「心が冷え切ったEから、財産分与をしつこく迫られて、Cさんがへきえきしていたのも事実らしい。」
④「Eはカネに細かかった、という評判もある。(中略)サンマリノの不動産売却をめぐって、(中略)、実損と損害賠償の計六十五万ドル払えと要求し、(中略)、Cさんをあきれさせている。」
⑤「Eはわたしの元の会社の社員に物を押し売りしている。」
(3) 更に、右記事は、原告が華族の出身であること、原告とBとの離婚の争いに関して記述しているが、これらは公開を欲しない事柄であり、プライバシーの侵害にあたる。
(二) 右行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、右記事により原告は多大な精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、二〇〇〇万円の慰謝料が相当である。よって、原告は、「原告の請求」四1の金員の支払いを求めるとともに、名誉回復のための処分として同四2の謝罪広告の掲載を求める。
5 被告扶桑社に対して
(一) 本件記事(五)(「週刊サンケイ」昭和六三年三月一七日号)について<省略>
右行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、右記事により原告は多大な精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、二〇〇〇万円の慰謝料が相当である、よって、原告は、「原告の請求」五1の金員の支払いを求めるとともに、名誉回復のための処分として同五2の謝罪広告の掲載を求める。
6 被告文藝春秋に対して
(一) 本件記事(六)(「週刊文春」昭和六三年三月一〇日号)について<省略>
(二) 右行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、右記事により原告は多大の精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、二〇〇〇万円の慰謝料が相当である。よって、原告は、「原告の請求」六1の金員の支払いを求めるとともに、名誉回復のための処分として同六2の謝罪広告の掲載を求める。
7 原告の損害について
本件各記事は、事実を歪曲して原告をB殺害の犯人と断定し、また、原告を金銭欲の強い悪妻に仕立て上げ、原告の私生活に関する事項を低俗な表現で暴露したものであって、被告らの本件各記事は、「集団リンチ」まがいの暴挙である。
ロサンゼルスの現地日本人社会においては、日本からの情報は重大な意味を持ち、本件各記事が原告へ及ぼした影響はまことに大なるものがあった。
原告は、本件記事が掲載された当時、不動産を取得し幼稚園を経営する事業を進めていたが、右事業は、被告らの本件各記事により失敗に帰し、原告は、得べかりし利益を含めて二億円余りの損害を被り、かつ、多大な精神的苦痛を受けた。これらを慰謝するには少なくとも数千万円が必要である。
なお、本件各記事のために、日本に在住している原告の弟や甥姪は、会社への進退伺を出したり、登校拒否に追い込まれたりして、悲惨な目にあった。犯罪報道の名のもとにこのようなことが許されてよいわけがない。
三被告新潮社の主張
1(一) 「原告の主張」1の(一)(1)、(二)(1)、(三)(1)、(四)(1)の各記述について
右各記述は、原告の名誉を毀損するものではない。
原告に対する起訴が取り下げられた後に掲載された本件記事(一)(4)(「週刊新潮」昭和六三年九月一日号)は、単に原告の容疑が晴れたわけではないということを伝えているだけである。
(二) 「原告の主張」1の(一)(2)、(二)(2)、(三)(2)、(四)(2)の各記述について
右各記述も、原告の名誉を毀損するものではない。
2(一) 仮に本件各記事が原告の名誉を毀損するとしても、右各記事は、B殺害事件と原告がその容疑者として逮捕されたこと並びにそれらの背景となった事情について報道したものであるから、公共の利害に関する事実についての報道とみなされ、その目的も公益を図ることにあった。
(二) 右各記述は真実である。
(三) 仮に真実でなかったとしても、右各記事の作成者において真実であると信じるにつき相当の理由があった。すなわち、
(1) 右各記事は、ロサンゼルス在住のジャーナリスト、同カメラマン、某社ロサンゼルス支局員、Bの親族、原告の親族等に対する取材結果と、原告とBとの離婚訴訟の記録、ロス市警やロス郡検事局の発表等に基づいて作成されたものである。
(2) ロス市警強盗殺人課主任ロナルド・ルイス警部は、一九八八年三月七日付の宣誓供述書の中で、B殺害の主犯は原告であると述べている。
ロス郡検事局は、一九八八年八月一九日、原告に対する起訴を取り下げたが、同日、ロス郡検事局のフェルカー検事は、「新しい証拠が出てきたので、これを更に捜査して突き詰めていけば、原告を事後従犯以上の容疑で起訴できるようになる。これから何ヶ月かかるか分からないが、必ずまた起訴するつもりだ。原告は安心しているかもしれないが、原告の立場はそんなに甘いものではない。」との発言をしている。
(3) 原告とBの結婚生活の経過、とりわけ財産関係に関するものや離婚をめぐる争いについては、Bの親族から繰り返し事情を聞くとともに、離婚訴訟における両者の言い分についても取材し、また、登記簿謄本等を取り寄せるなどしている。
3 「原告の主張」1の(一)(3)、(二)(3)、(三)(3)、(四)(3)(プライバシーの侵害)について
(一) 右各記事中、原告がN家の出身であることや短大を中退してアメリカに渡ったことなどの経歴については、一般人の感受性を基準とすれば、公開を欲しない事柄とは認められない。
また、原告が華族の出身であることやBとの離婚の争いに関する部分は、右各記事掲載以前にも既に新聞やテレビ等で多数報道されていて一般に広く知られた事柄であったから、これらの記述ももはや原告のプライバシーを侵害するものではない。
(二) また、右各記事中、原告とBの結婚の経過や離婚の争いに関する記述は、前記のとおり、B殺害事件の背景となった事情であって、公共の利害に関する事実であり、その公開は許されるものである。
4 「原告の主張」1の(一)(4)、(二)(4)、(三)(4)、(四)(4)(肖像権の侵害)について
(一) 右各記事に掲載された写真(美人コンテストの写真を除く。)も犯罪報道と一体をなすものであり、アメリカの裁判所も公開法廷における写真撮影を許可したのであるから、肖像権侵害の問題はおきない。
(二) 原告の美人コンテストの写真は、もともと雑誌「平凡」に掲載されていたものであって、これについては、原告自らがその写真の公表を承諾していたものである。
四被告毎日新聞社の主張
1(一) 「原告の主張」2の(一)(1)の記述について
右記述は、読者をして原告がB殺害の犯人であるとの印象を抱かせるものではない。
本件記事(二)(「サンデー毎日」昭和六三年三月二〇日号)は、B殺害事件と原告がB殺害の容疑でロス市警に逮捕され殺人ほう助罪で起訴されたことのみを伝えるものである。右記事中には「無罪を主張するCE」という記述もあるのである。
なお、右記事には「夫殺し」という表現があるが、原告が夫B殺害事件に関連した犯罪で起訴されたことから「夫殺し」と表現したものであり、そもそも「夫殺し」という表現は、原告が前年の昭和六二年一二月に夫B殺害の容疑で一度逮捕されて以来、B殺害事件につき付せられた事件特定のための一般的な名称であり、それ以上の意味をもつものではなく、また、原告自身が殺害していないと考えられたからこそ、「夫殺し」とかぎ括弧でくくられているのである。
なお、また、右記事においては「殺人ほう助罪」という文言が使われているが、「殺人ほう助罪」と報道することと「事後従犯」と報道することとの間には本質的な差異はなく、この言葉によって原告に対する社会的評価が特段下がるものでもない。被告毎日新聞社は、世界一流の配信社である共同通信の配信記事に基づいて「殺人ほう助罪」と表現したものである。
(二) 「原告の主張」2の(一)(2)の記述について
右記述も、原告の名誉を毀損するものではない。
2(一) 仮に本件記事(二)が原告の名誉を毀損するとしても、右記事は、B殺害事件と原告がその容疑者として逮捕されたこと並びにそれらの背景となった事情について報道したものであるから、公共の利害に関する事実についての報道とみなされ、その目的も公益を図ることにあった。「原告の主張」2の(一)(2)の記述は、B殺害事件と原告が逮捕されたことの背景をなす事情であり、公共の利害に関する事実である。
(二) 「原告の主張」2の(一)(2)の記述を含め、右記述はいずれも真実である。
(三) 仮に真実でなかったとしても、右記事の作成者において真実であると信じるにつき相当の理由があった。すなわち、
(1) ロス市警は原告をB殺害の容疑で逮捕し、ロス郡検事局は原告を事後従犯で起訴し、ロス市警は原告をB殺害の容疑で逮捕したことを公表した。
(2) 被告毎日新聞社は、Bと極く親しい関係にあり十分に信用できる者に取材をし、また、十分な経験を有する現地のジャーナリスト等にも取材をした。
3 「原告の主張」2の(一)(3)(プライバシーの侵害)について
(一) 右記事中、原告がN家の出身であることや、原告とBとの結婚の経緯、離婚の争いは、既に公刊された各種紙面で公表されていた事柄である。
(二) また、右記事中、原告の出自、原告とBの結婚の経緯や離婚の争いに関する記述は、B殺害事件の背景事情であり、必要合理的な範囲内のものであるから、公共の利害に関する事実としてその公開は許されるものである。
4 「原告の主張」2の(一)(4)(肖像権の侵害)について
(一) 右記事に掲載された写真は、公開の法廷において裁判所の許可を得て撮影されたものであるから、肖像権侵害の問題はおきない。
(二) 犯罪報道をなすにあたり必要合理的な範囲内で被逮捕者の写真を掲載することは当然許されるものである。
(三) また、右記事が掲載された当時既に他の報道機関によって広く原告の法廷内での顔写真が報道されていたのであるから、本件写真によって原告の肖像権が侵害されることはもはやない。
五被告小学館の主張<省略>
六被告朝日新聞社の主張
1(一) 「原告の主張」4の(一)(1)の記述について
右記述は、読者をして原告がB殺害の犯人であるとの印象を抱かせるものではない。
本件記事(四)(「週刊朝日」昭和六三年三月一一日号)は、B殺害事件とロス市警が原告をB殺害の容疑で逮捕し長男Hをその実行犯とみて指名手配したこと並びにそれに関連付随し背景となった事情について報道したものであって、それは、原告がB殺害の容疑を受けて逮捕されたこと等をそのまま報道するにとどまり、読者をして、原告がB殺害の犯人であるとの認識を抱かせるものではない。
たしかに、本件記事(四)中には「妻は夫を殺した後、」という記述があるが、しかし、これも、前後の脈絡の中で素直に読めば、右に述べた趣旨であることは容易に読み取ることができるのであって、右記述は、単にその前に「容疑が事実であれば」という趣旨の文言が欠けているに過ぎないのである。
(二) 「原告の主張」4の(一)(2)の記述について
右記述も、原告の名誉を毀損するものではない。
2(一) 仮に本件記事(四)が原告の名誉を毀損するとしても、右記事は、B殺害事件と原告がその容疑者として逮捕されたこと並びにそれに関連付随し背景となった事情について報道したものであり、それは、公共の利害に関する事実についての記述である。また、右記事は公益を図る目的で報道されたものである。
公訴提起前の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実とみなされる。そして、犯罪行為に関連し付随し背景となった事情も、それが犯罪行為の報道に必要かつ相当な内容を持つ限り、公共の利害に関する事実となる。「原告の主張」4の(一)(2)の記述はこれにあたるものである。
(二) 右記述はいずれも真実である。
(三) 仮に真実でなかったとしても、右記事の作成者において真実であると信じるにつき相当の理由があった。すなわち、
(1) 被告朝日新聞社の遠藤記者は、ロス市警による一九八八年二月二六日付のプレスリリース、ロサンゼルス郡上級裁判所に係属中の原告とBとの離婚訴訟記録、ロス郡検事局が押収したBから原告に宛てた手紙及び原告からBに宛てた手紙を閲覧し、ロス市警のレフロイ、ラッシュの両刑事及び主任のルイス警部、ロス郡検事局のロニー・フェルカーとルイス・伊藤の両検事に直接取材し、更に、Bの親族、友人、原告の親族、ロサンゼルス在住のジャーナリストなどに直接取材した。右取材は、信頼性の高い取材源に対して一年近くにわたってなされたもので、かつ、あらゆる面から確認しながら詰められていったものである。
(2) なお、本件記事(四)の原稿締切りは、昭和六三年二月二九日の午後一時であったが(遅くとも翌三月一日の午前二時ころから印刷に入っている。)、その時点での原告の訴追容疑はまだ「殺人」であった。
3 「原告の主張」4の(一)(3)(プライバシーの侵害)について
(一) 右記事中、原告が華族の出身であることは、一般人の感受性からして公開を欲しない事柄とは認められない。
また、原告とBとの離婚の争いに関する事実は、本件記事(四)が報道された当時既に一般の人に広く知られており、もはやプライバシー侵害の問題は生じないのである。
(二) また、右各記事中、原告とBとの離婚の争いに関する記述は、前記のとおり、B殺害事件の関連付随背景となった事情であって公共の利害に関する事実であり、その公開は許されるものである。
七被告扶桑社の主張<省略>
八被告文藝春秋の主張<省略>
第三当裁判所の判断
(以下、西暦をもって示された年月日はアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスにおけるものである。)
一本件記事(一)(1)(「フォーカス」昭和六三年三月一一日号)について
1 名誉毀損行為の有無について
(一) 本件記事(一)(1)中、左記の見出し及び記述は、他の記述と併せ読んでも、一般読者をして原告がB殺害の犯人であるとの事実を認識させるものと認められる。原告主張の記述中、その余の記述は、未だ一般読者をして原告がB殺害の犯人であるとの事実を認識させるものとは認められない。
(なお、左記①、②等の番号は「原告の主張」欄の番号に対応するものである。以下同じ。)
①「ご乱心!「旧華族お姫様」の夫殺し」(見出し)
②「結局、犯人は、ロス市警がかねてからマークしていた別居中のCさんの妻、E(51)と、長男のH(21)だったわけだが、(後略)。」
⑤「いずれにせよ、マフィアも真っ青の殺し方をしたEとHだが、(後略)。」
(二) また、本件記事(一)(1)中、左記の記述は、取材を受けたBの親戚の発言という形をとってはいるが、その氏名の記載はなく、他の記述と併せ読むとあるいは併せ読んでも、一般読者をして、親戚がそのような発言をしたという事実を超えて、原告とBとが結婚当初より夫婦仲が悪く、原告が金銭欲の異常に強い人物であるとの事実を認識させるものと認められる。
①「Cさんの親戚の一人は、「夫婦仲は最初から悪かったんですよ。(中略)、結婚して2年目くらいから離婚したい、と言っていましたからね」というのだが、(後略)。」
②「その金銭トラブルは、前出のCさんの親戚によれば、「Bさんは、別れるに当っては財産の3分の2を譲る、といったんですが、Eは“全部私のもの”と言い張って譲らなかった」のだそうで、(後略)。」
2 違法性の阻却について
(一)(1) 右1(一)の①②⑤の記述にかかる事実すなわち「原告がB殺害の犯人であること」は、刑法二三〇条ノ二の二項にいう「人ノ犯罪行為ニ関スル事実」であり、したがって、同一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」とみなされる。
(2) また、右1(二)の①②の記述にかかる事実、すなわち、①「原告とBとの夫婦仲が最初から悪く、Bが結婚して二年目位から離婚したいと言っていたこと」、②「原告とBとが離婚するにあたって、原告は「財産は全部自分のもの。」と言い張って譲らなかったこと」は、B殺害事件の背景をなす事実ないしは被逮捕者たる原告に関する事実としてB殺害事件に関連するものであり、かつ、その報道の必要性及び相当性がないとはいえないから、なお「公共ノ利害ニ関スル事実」ということができる。
(二) 更に、右記事は、専ら公益を図る目的で掲載されたものと認められる。
(三)(1) ところで、被告新潮社は、右1(一)の①②⑤の記述にかかる事実すなわち「原告がB殺害の犯人であること」は真実であると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
(2) また、右1(二)の①②の記述にかかる事実、すなわち、①「原告とBとの夫婦仲が最初から悪く、Bが結婚して二年目位から離婚したいと言っていたこと」、②「原告とBとが離婚するにあたって、原告は「財産は全部自分のもの。」と言い張って譲らなかったこと」についても、これらを真実であると認めるに足る証拠はない。
Bの異母姉である証人Iは、Bから生前「原告が財産は全部自分のものだと言っている。」旨を聞いたことがある旨証言するが、これも原告の発言の伝聞にほかならず、これをもって、「原告が「財産は全部自分のもの。」と言い張って譲らなかったこと」を真実と認めることはできない。乙A九号証、乙D三号証にもその旨の記載はない。
(四) そこで、被告新潮社が右各事実を真実であると信じるにつき相当の理由があったか否かについて検討する。
(1) 証人山本伊吾の証言によれば、次の事実が認められる。
被告新潮社「フォーカス」編集部の山本伊吾次長は、Bが行方不明となった昭和六二年四月二〇日過ぎから取材を開始し、ロス在住の専属カメラマン社英夫に取材を依頼し、また、既に独自の取材をしていたロス在住の日本人ジャーナリスト等数人にも部下編集部員をして電話で取材をさせた。社は、ロス市警やアメリカ人ジャーナリスト、Bのかつての部下等に取材をし、その結果を山本次長に報告し、また、B殺害事件の記事が掲載された現地の新聞をファックスで送ってきた。
「フォーカス」編集部の高沢編集部員は、昭和六二年一二月に原告が逮捕された後、日本にいたBの親戚(女性)に取材をし、更に、一九八八年二月二五日に原告が再逮捕された後にも重ねて同女に取材をした。また、大場編集部員は、昭和六二年一二月に原告が逮捕された後、伊藤忠商事のBのかつての同僚に面接取材をした。
山本次長は、原告が再逮捕されたことを知った昭和六三年二月二六日にこれを記事にすることを決め、以上の取材結果をもとに、同年三月二日午後二時ないし三時ころまでの間に本件記事(一)(1)を執筆したものである。山本次長は、当時、Bが原告に宛てた手紙(乙A八)及び原告がBに宛てた手紙(乙A九)は見ておらず、他方、原告の訴追容疑が「殺人」から「事後従犯」に変更されたことは知っていた。
(2) 右事実によれば、山本次長が「原告をB殺害の犯人である」と信じた根拠は、結局のところ、ロス市警の原告に対する殺人容疑による再逮捕、ロス市警の発表ないしはロス市警に対する取材結果、日米の新聞記事、ロス在住の日本人ジャーナリストに対する取材結果、Bの親族やかっての同僚等に対する取材結果等にあるものと認められるが、しかし、山本次長は右記事の校了前に原告の訴追容疑が「殺人」から「事後従犯」に変更されたことを知っていたのであるから、もはや原告をB殺害の犯人であると信じたことについては相当の理由はなかったものというべく、仮にこの点をおくとしても、右取材の結果等から原告をB殺害の犯人であると信じたことについてはなお相当の理由はなかったものというべきである。この点の被告新潮社の主張は採用できない。
また、山本次長が前記(三)(2)の①②の事実を真実と信じた根拠は、専ら前記Bの親戚への取材結果にあるものと認められるが、同人が右取材において果たして前記1(二)の①②のような発言をしたか否か、証人山本伊吾がその親戚の氏名を証言することを拒んでいる以上確かめることができず、さりとて、右証人山本伊吾の証言や証人Iの証言によって直ちに右親戚がそのような発言をしたとの事実を認定することも相当でない。そうとすると、結局、被告新潮社は、本訴において、Bの親戚が右のような発言をしたとの事実を立証することができず、ひいては、その発言の信用性について吟味するまでもなく、信じたことに相当の理由があったことを立証することができなかったものといわざるを得ない。被告新潮社のこの点の主張も採用することができない。
3 プライバシーの侵害について
(一) 本件記事(一)(1)中、原告とBとの離婚の争いに関する記述は、原告主張のとおり、一般人の感受性を基準とすれば秘匿を欲する事柄であり、原告のプライバシーを侵害するものと認められる。
被告新潮社は、「原告とBとの離婚の争いに関する記述内容は、本件記事(一)(1)掲載以前に既に新聞やテレビ等で報道されていて、一般に広く知られた事柄であったから、もはや右記述によって原告のプライバシーが侵害されることはない。」旨主張するが、たとえ原告とBとの離婚の争いに関する記事がそれ以前からマスコミ等で報道されていたとしても、その内容が公知の事実あるいは一般的に知れわたった事実となっていたとまでは認められないから、被告新潮社の右主張は採用することができない。
(二) しかし、原告とBとの離婚の争いに関する記述は、公共の利害に関する事実たるB殺害事件の背景をなす事実ないしは被逮捕者たる原告に関する事実であってその報道の必要性相当性がないとはいえないから、「公共ノ利害ニ関スル事実」としてその違法性が阻却されるものというべきである。
4 肖像権の侵害について
(一) 本件記事(一)(1)中に掲載された原告の写真は、その一枚が、一九八七年一二月三日に原告が一度目の逮捕後釈放された際の自宅前における歩行中の写真であり、他の一枚が、原告が昭和三一年に「ミス平凡」に選ばれたときに雑誌「平凡」昭和三一年一二月号に掲載された水着姿の写真である。
(二) 右二枚の写真の内、水着姿の写真は原告の肖像権を侵害するものと認められる。けだし、たとえ原告がB殺害の容疑で逮捕されたことが公共の利害に関する事実でありその報道にあたって被逮捕者たる原告の写真を掲載することが許されるとしても、原告の昭和三一年当時の水着姿の写真まで掲載する必要性ないしは相当性は認められないからである。
被告新潮社は、「右水着姿の写真は、もともと雑誌「平凡」に掲載されていたものであって、原告自らがその写真の公表を承諾していたものである。」旨主張するが、たとえ原告が当時自己の水着姿の写真について雑誌「平凡」への掲載を承諾していたとしても、それはミス「平凡」に選ばれたことを平凡社が報ずる限りにおいてであって、本件のようにそれから約三〇年がたち自己が夫殺害の容疑で逮捕されたことを報ずる記事においてまで右水着姿の写真を掲載することを承諾していたものとは到底認められないから、被告新潮社の右主張は採用することができない。
(三) 他方、原告は、前記自宅前における歩行中の写真も肖像権を侵害するものであると主張する。
しかし、原告がB殺害の容疑で逮捕されたことは公共の利害に関する事実であり、その報道にあたり被逮捕者たる原告の写真を掲載することは許されるものであって、しかも、本件においては、右写真は、原告に無断で撮影されたものであるとはいえ、その内容は格別原告に羞恥、困惑等の不快感を与えるものではなく、撮影の方法も自宅前を歩行中の原告を屋外から撮影したものと認められるから、被逮捕者たる原告においてもこの程度の写真撮影は受忍すべきであり、したがって、右写真の掲載が違法であるということはできない。
5 損害
本件記事(一)(1)中右1の(一)(二)記載の各記述及び4の写真の掲載並びに本件(一)(2)、(一)(3)、(一)(4)の各記事によって原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料二〇〇万円をもってするのが相当と思料される。
6 なお、原告は、右慰謝料の支払いのほかに謝罪広告の掲載をも求めているが、原告がともあれロス市警にB殺害の容疑で二回にわたって逮捕されたことは事実であって、原告に生じた損害の回復方法としては、右慰謝料の支払いをもって足りるものと解される。したがって、原告の右請求は認容することができない。
二本件記事(一)(2)(「週刊新潮」昭和六三年三月一〇日号)について<省略>
三本件記事(一)(3)(「週刊新潮」昭和六三年八月一一日・一八日合併号)について<省略>
四本件記事(一)(4)(「週刊新潮」昭和六三年九月一日号)について<省略>
五本件記事(二)(「サンデー毎日」昭和六三年三月二〇日号)について
1 名誉毀損行為の有無について
(一) 本件記事(二)中、左記の見出し及び記述は、取材を受けたBの親戚の発言やジャーナリストの発言という形をとっているものもあるが、その親戚の氏名の記載はなく、他の記述と併せ読んでも、一般読者をして原告がB殺害の犯人であるとの事実を認識させるものと認められる。原告主張の記述中、その余の記述は、未だ一般読者をして原告がB殺害の犯人であるとの事実を認識させるものとは認められない。
①「「夫殺し」でロス法廷に立つ元N家令嬢“金への妄執”」(見出し)
②「米国・ロサンゼルスで起きた元伊藤忠商事ロス支店長殺人事件の主犯とみられ逮捕された元華族の妻。その素顔は、やんごとない出自と往年の美貌からはおよそかけ離れたシロモノだったようだ。」
④「失踪二日後、母子が高級車ポルシェで帰宅、笑顔で邸内に消えた姿を、Cさんの知人が依頼した私立探偵がカメラに納めていた。親せきの人は、「あれを見て、これは殺られたな、と思いましたね」」
⑤「捜査筋は、動機は金だ、とはっきり言っている。息子はおとなしい性格で母の言いなりのようだ。今回の事件は、母親に吹き込まれ、言われるままに、息子が実行した、というのが真相のようだ」
(二) また、本件記事(二)中、左記の記述は、取材を受けたBの親戚の発言という形をとってはいるが、その氏名の記載はなく、他の記述と併せ読むとあるいは併せ読んでも、一般読者をして、親戚がそのような発言をしたという事実を超えて、原告は気位が高く、金銭欲が異常に強いとの事実を認識させるものと認められる。
①「「Cは、あの女に“ハダカで追い出してやる”と言われていた。とにかく、彼女も息子も、お金への執着が異常なほど強かった。あの女は離婚後の生活不安もあって、全財産を奪おうとしたんだと思います。鬼としか思えない」と、この親せきの人はいう。」
②「知人らが語るEの“物欲”を示すエピソード。「安い洋服などを買い込んで高いラベルをつけてCの親せきや会社の部下に売りつけ、Cはこの件で社長に呼ばれた」「Cの退職金の半分を勝手に会社まで取りに行った」」
③「気位は高いが、それに見合うほどに恵まれなかった幼児期の生活。Eの“金への執着”の淵源は、こうした境遇に影響されているのでは、とこの親せきの人はいうのだ。」
2 違法性の阻却について
(一)(1) 右(一)の①②④⑤の記述にかかる事実すなわち「原告がB殺害の犯人であること」は、「人ノ犯罪行為ニ関スル事実」であり、したがって、「公共ノ利害ニ関スル事実」とみなされる。
(2) また、右1(二)の①ないし③の記述にかかる事実ないしは評価論評、すなわち、①「原告がBに対し「はだかで追い出してやる」と言ったこと」、「原告を「金銭への執着が異常に強い」と評すること」、「原告を「鬼」と評すること」、②「原告が安い洋服などを買い込んで高いラベルをつけ、Bの親戚や会社の部下に売りつけたため、Bが社長に呼ばれたこと」、「原告がBの退職金の半分を勝手に会社に取りに行ったこと」、③「原告は気位が高いこと」、「原告の幼児期の生活はそれほど恵まれてはいなかったこと」、「「原告の金銭への執着心はこのような境遇に影響されている」と論じること」は、B殺害事件の背景をなす事実ないしは被逮捕者たる原告に関する事実としてB殺害事件に関連するものであり、かつ、その報道の必要性及び相当性がないとはいえないから、なお「公共ノ利害ニ関スル事実」ということができる。
(二) 更に、右記事は、専ら公益を図る目的で掲載されたものと認められる。
(三)(1) ところで、被告毎日新聞社は、右1(一)の①②④⑤の記述にかかる事実すなわち「原告がB殺害の犯人であること」は真実であると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
(2) また、右1(二)の①ないし③の記述にかかる事実ないしは評価論評の基礎となる事実の内、次の事実、すなわち、①「原告がBに対し「はだかで追い出してやる。」と言ったこと」、「原告を「金銭への執着が異常に強い」と評するに足る基礎事実」、「原告を「鬼」と評するに足る基礎事実」、②「原告が安い洋服などを買い込んで高いラベルをつけ、Bの親戚や会社の部下に売りつけたため、Bが社長に呼ばれたこと」、「原告がBの退職金の半分を勝手に会社に取りに行ったこと」、③「原告の幼児期の生活はそれほど恵まれてはいなかったこと」、「「原告の金銭への執着心はこのような境遇に影響されている」と論ずるに足る基礎事実」についても、乙A八号証、乙D四号証、証人Iの証言によるも、なおこれらを真実であると認めるのは困難である。
たしかに、証人Iは、Bから生前「原告が財産は全部自分のものだと言っている。」旨、「原告はがめつく、お金、お金とうるさい。お金に執着が強い。」旨、「原告が外国から安物の服やハンドバッグを買い込んできて家中に並べ、ラベルを貼り替えてブランド品に見せかけ、部下等に売るので、困ってしまう。」旨を聞いたことがあると証言し、また、名前を証言できないあるアメリカ人から「原告が「Bの退職金の半分を自分の方によこしてくれ。」と伊藤忠にかけあった。」との趣旨のことを聞いた旨証言しているが、それによって、右1(二)の①ないし③の記述にかかる事実ないしは評価論評の基礎となる事実の内の左記「原告が気位が高い」との部分を除くその余の部分についてこれを真実であると認めることはできない。
しかし、右1(二)の③の記述にかかる事実の内、「原告が気位が高いこと」は、原告がBに宛てた手紙(乙A九)の中で「土地をただ寝せておくのは馬鹿な貧乏人がすることです。」、「ですから家柄もなにもな(い)育ちの悪るい貧乏人は嫌いです。」と記載していることによって、これを真実と認めることができるものというべきである。被告毎日新聞社のこの点の主張は採用することができる。
(四) そこで、その余の点について、被告毎日新聞社がその事実を真実であると信じるにつき相当の理由があったか否かについて検討する。
(1) 証人恩田重男の証言によれば、次の事実が認められる。
本件記事(二)は、恩田重男記者が執筆し、担当のデスクが見出しをつけたものである。
被告毎日新聞社において原告がB殺害事件の容疑者として逮捕されたことを記事にすることが決められたのは昭和六三年二月二九日であり、恩田記者がその担当者となった。
恩田記者は、B殺害事件が掲載された新聞記事等を集め、また、ロス在住の日本人ジャーナリスト北岡和義に電話取材をした。右北岡和義は、Bとも面識があるもので、かねてからB殺害事件についてロス市警等に取材をするなどしていた。
更に、恩田記者は、日本にいるBの親戚に電話で取材をし、Bを知っている作家本田靖春に面接取材をし、伊藤忠商事の社員等にも電話で取材をした。恩田記者は、原告の実弟にも取材を申し込んだが、断わられた。
恩田記者は、以上の取材結果をもとに、昭和六三年三月四日までに本件記事(二)を作成したものであるが、恩田記者は、ロス市警発表の一九八八年二月二六日付のプレスリリースは見ておらず、他方、原告とBとの間に離婚訴訟が係属していることは知っており、原告の訴追容疑が「殺人」から「事後従犯」に変更されたことも新聞報道で知っていた(しかし、恩田記者は、共同通信の配信記事が「殺人ほう助罪」という言葉を使っていたため、「事後従犯」ではなくて「殺人ほう助罪」であると認識していた。)。
(2) 右事実によれば、恩田記者が「原告をB殺害の犯人である」と信じた証拠は、結局のところ、ロス市警の原告に対する殺人容疑による再逮捕、ロス市警の発表ないしはロス市警に対する取材結果、新聞記事、ロス在住のジャーナリスト北岡和義に対する取材結果、Bの親戚等に対する取材結果等にあるものと認められるが、恩田記者は右記事の作成前に原告の訴追容疑が「殺人」から「事後従犯」に変更されたことを新聞記事で読んでおり、あるいは少なくとも原告の訴追容疑が「殺人」から「殺人ほう助罪」に変更されたとの認識を有していたのであるから、そうとすると、もはや原告をB殺害の犯人であると信じたことについては相当の理由はなかったものというべく、仮にこの点をおくとしても、右取材の結果等から原告をB殺害の犯人であると信じたことについてはなお相当の理由はなかったものというべきである。この点の被告毎日新聞社の主張は採用できない。
また、恩田記者が前記(三)(2)の①ないし③の事実(但し「原告が気位が高いこと」を除く。)を真実と信じた証拠は、専ら前記Bの親戚への取材結果にあるものと認められるが、同人が右取材において果たして前記1(二)の①ないし③のような発言をしたか否か、証人恩田重男がその親戚の氏名を証言しない以上確かめることができず、さりとて、同証人の証言のみによって直ちに右親戚がそのような発言をしたとの事実を認定することも相当でない。そうとすると、結局、被告毎日新聞社は、本訴において、Bの親戚が右のような発言をしたとの事実を立証することができず、ひいては、その発言の信用性について吟味するまでもなく、信じたことに相当の理由があったことを立証することができなかったものといわざるを得ない。被告毎日新聞社のこの点の主張も採用することができない。
3 プライバシーの侵害について
(一) 本件記事(二)中、原告がN家の出身であるとの記述は、一般人の感受性からみて特に秘匿を欲する事柄とは認められないというべきである。たとえそれが夫殺害の容疑で逮捕されたことを報ずる記事中で公表されたとしても、右結論は変わらない。
(二) しかし、原告とBとの結婚の経過に関する記述及び離婚の争いに関する記述は、いずれも、原告主張のとおり、一般人の感受性を基準とすれば秘匿を欲する事柄であり、原告のプライバシーを侵害するものと認められる。
被告毎日新聞社は、「原告とBとの結婚の経過に関する記述内容及び離婚の争いに関する記述内容は、既に公刊された各種紙面で公表されており、一般に広く知られた事柄であった。」旨主張するが、たとえ原告とBとの結婚の経過及び離婚の争いに関する記事がそれ以前からマスコミ等で報道されていたとしても、その内容が公知の事実あるいは一般的に知れわたっていた事実となっていたとまでは認められないから、被告毎日新聞社の右主張は採用することができない。
(三)しかしながら、原告とBとの結婚の経過に関する記述及び離婚の争いに関する記述は、公共の利害に関する事実たるB殺害事件の背景をなす事実ないしは被逮捕者たる原告に関する事実であってその報道の必要性相当性がないとはいえないから、「公共ノ利害ニ関スル事実」としてその違法性が阻却されるものというべきである。
4 肖像権の侵害について
本件記事(二)中に掲載された原告の写真は、原告がアメリカの裁判所に出頭した際の裁判所内における写真である。
しかし、原告がB殺害の容疑で逮捕され刑事訴追を受けるに至っていたことは公共の利害に関する事実であり、その報道にあたり被逮捕者たる原告の写真を掲載することは許されるものであって、本件において、右写真は、原告に無断で撮影されたものであるとはいえ、その内容は格別原告に羞恥、困惑等の不快感を与えるものではなく、撮影の方法も裁判所の許可を得て撮影したものと認められるから(弁論の全趣旨)、被逮捕者被訴追者たる原告においてもこの程度の撮影は受忍すべきであり、右写真の掲載は違法性を欠くものというべきである。
5 損害
本件記事(二)中、右1の(一)(二)記載の各記述(但し、1(二)③の記述中「気位は高いが、」との部分を除く。)によって原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料七〇万円をもってするのが相当と思料される。
6 なお、原告は、右慰謝料の支払いのほかに謝罪広告の掲載をも求めているが、原告がともあれロス市警にB殺害の容疑で二回にわたって逮捕されたことは事実であって、原告に生じた損害の回復方法としては、右慰謝料の支払いをもって足りるものと解される。したがって、原告の右請求は認容することができない。
六本件記事(三)(「タッチ」昭和六三年三月一五日号)について<省略>
七本件記事(四)(「週刊朝日」昭和六三年三月一一日号)について
1 名誉毀損行為の有無について
(一) 本件記事(四)中、左記の記述は、他の記述と併せ読んでも、一般読者をして原告がB殺害の犯人であるとの事実を認識させるものといわざるを得ない。原告主張の記述中、その余の記述は、未だ一般読者をして原告がB殺害の犯人であるとの事実を認識させるものとは認められない。
⑥「離婚しないまま、夫が行方不明で一定期間が過ぎると、財産は妻らのものになる。Eは、それを狙ったのか。妻は夫を殺した後、裁判所に訴えて、Cさんの銀行口座から月々の生活費一千五百ドルを引き出していた。」
(二) また、本件記事(四)中、左記の記述は、取材を受けたBの親戚の発言という形をとってはいるが、その氏名の記載はなく、他の記述と併せ読むとあるいは併せ読んでも、一般読者をして、原告は気位が高く、気性も激しく、傲慢な女性で、息子Hを溺愛し、金銭欲が異常に強い人物であるとの事実を認識させるものと認められる。しかし、原告主張の記述中、その余の記述は、未だ原告の社会的評価を毀損するものとは認められない。
①「Eのほうは元華族の出という気位の高い女性で、気性も激しかったらしい。伊藤忠支店長夫人時代、部下や友人の奥さん連中のなかには、アゴであしらわれた、という人もいる。」
②「夫婦仲はもう何年も前から冷え切っていた。Eは、その欲求不満もあってか、一人息子のHを溺愛し、二人でCさんに共同戦線をはっていたらしい。」
④「Eはカネに細かかった、という評判もある。」
⑤「(前略)とEがいえば、Cさんは、「Eはわたしの元の会社の社員に物を押し売りしている。(後略)」と、憎しみを投げあっていた。」
2 違法性の阻却について
(一)(1) 右1(一)の⑥の記述にかかる事実すなわち「原告がB殺害の犯人であること」は、「人ノ犯罪行為ニ関スル事実」であり、したがって、「公共ノ利害ニ関スル事実」とみなされる。
(2) また、右1(二)の①②④⑤の記述にかかる事実、すなわち、①「原告は気位が高く、気性も激しく、伊藤忠支店長夫人当時、部下や友人の妻をあごであしらったこと」、②「原告とBとの夫婦仲は久しく悪く、原告はHを溺愛し、二人でBに共同戦線をはっていたこと」、④「原告は金銭に細かかったこと」、⑤「Bは、法廷で「原告がBの元の会社の社員に物を押し売りしている。」と主張したこと」は、B殺害事件の背景をなす事実ないしは被逮捕者たる原告に関する事実としてB殺害事件に関連するものであり、かつ、その報道の必要性及び相当性がないとはいえないから、なお「公共ノ利害ニ関スル事実」ということができる。
(二) 更に、右記事は、専ら公益を図る目的で掲載されたものと認められる。
(三)(1) ところで、被告朝日新聞社は、右1(一)の⑥の記述にかかる事実すなわち「原告がB殺害の犯人であること」は真実であると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
(2) また、右1(二)の①②④の記述にかかる事実の内、次の事実、すなわち、①「原告は気性が激しく、伊藤忠支店長夫人当時、部下や友人の妻をあごであしらったこと」、②「原告とBとの夫婦仲は久しく悪く、原告はHを溺愛し、二人でBに共同戦線をはっていたこと」、④「原告は金銭に細かかったこと」についても、Bから原告宛ての手紙(乙A八)及び原告からB宛ての手紙(乙A九)によるも、これらを真実であると認めることはできない。
しかし、右1(二)の①の記述にかかる事実の内、「原告は気位が高いこと」は、原告がBに宛てた手紙の中で「土地をただ寝せておくのは馬鹿な貧乏人がすることです。」、「ですから家柄もなにもな(い)育ちの悪るい貧乏人は嫌いです。」と記載していることによって、これを真実と認めることができる。また、右1(二)の⑤の記述にかかる事実すなわち「Bが法廷で「原告はBの元の会社の社員に物を押し売りした。」と主張したこと」は、原告とBとの離婚訴訟の記録(乙D四の12項)によりこれを真実と認めることができるものというべきである(なお、右について、真実の証明の対象となるのは、「原告がBの元の会社の社員に物を押し売りしたこと」ではなく、本件記事(四)の書き方、それが読者に与える印象からみて、「Bが法廷で「原告はBの元の会社の社員に物を押し売りした。」と主張したこと」であると解すべきである。)。被告朝日新聞社のこの点の主張は採用することができる。
(四) そこで、その余の点につき、被告朝日新聞社がその事実を真実であると信じるにつき相当の理由があったか否かについて検討する。
(1) 証人遠藤正武の証言によれば、次の事実が認められる。
右記事は、当時被告朝日新聞社のロサンゼルス支局員であった遠藤正武記者が一九八八年二月二八日午後八時(昭和六三年二月二九日午後一時)の締切りまでに執筆して送稿したものである。
遠藤記者は、Bが行方不明となった昭和六二年四月から取材を開始しており、ロス市警やロス郡検事局に取材し、ロス在住のジャーナリストからも取材し、同人からは同人がBの愛人等に会って取材した結果を聞き、また、原告とBの友人、知人からも取材した。更に、遠藤記者は、ロサンゼルス郡上級裁判所に係属中の原告とBとの離婚訴訟の裁判記録(乙D二ないし五)、原告が共同出資の不動産の売却利益をめぐってBと山口夫妻とを訴えた訴訟の裁判記録を閲覧し、ロス郡検事局が押収したBの原告宛ての手紙(乙A八)及び原告からB宛ての手紙(乙A九)を閲覧した。
遠藤記者は、原告がB殺害の容疑で逮捕された日の翌日の一九八八年二月二六日にロス市警のプレスリリース(乙D一)を入手し、また、捜査にあたっていたロス市警のレフロイ、ラッシュの両刑事、主任のルイス警部、ロス郡検事局のロニー・フェルカー検事とルイス・伊藤検事に直接会って、同人らから取材した。
遠藤記者は、以上の取材結果をもとに本件記事(四)を作成したものであるが、本件記事(四)の送稿時、原告の訴追容疑は未だ「殺人」であって「事後従犯」には変更されていなかった。
(2) 右事実によれば、遠藤記者が「原告をB殺害の犯人である」と信じた根拠は、結局のところ、ロス市警の原告に対する殺人容疑による再逮捕、ロス市警の発表ないしはロス市警に対する取材結果、ロス在住のジャーナリストに対する取材結果等にあるものと認められるが、右取材の結果等から原告をB殺害の犯人であると信じたことについては、たとえ本件記事(四)の執筆当時原告の訴追容疑が未だ「殺人」であったとしても、なお相当の理由があったものとはいえないというべきである。この点の被告朝日新聞社の主張は採用できない。
しかしながら、遠藤記者が前記(三)(2)の①②④の事実(但し「原告が気位が高いこと」を除く。)を真実と信じた点については、相当の理由があったものというべきである。けだし、遠藤記者がそのように信じた根拠は、前記ロス在住のジャーナリスト、原告とBの友人知人等に対する取材結果のほかに、原告とBとの前記離婚訴訟記録、原告とB及び山口夫妻との前記訴訟記録、原告からB宛ての前記手紙及びBから原告宛ての前記手紙にあるものと認められるところ、証人遠藤正武は右原告とBの友人知人の氏名を証言することを拒否してはいるものの、同人が閲覧したBが原告に宛てた右手紙(乙A八)の中には、「自分の思う様に事が運ぶと考えHをも悪の中に入れ込み不幸に押し込んでいく自分の性格を反省した事があるか」等の記載があり、また、原告がBに宛てた右手紙(乙A九)の中には、「Eが売却できないのならB自身で売却するといった事もH本人も聞いているし純然たる既成事実です。」、「土地をただ寝せておくのは馬鹿な貧乏人がすることです。」、「ですから家柄もなにもな(い)育ちの悪るい貧乏人は嫌いです。」、「Bが貴殿がこれほど馬鹿なおたんちんとは知りませんでした とうとう頭にエイズがまわったようですね。」等の記載があって、これらに徴すると、遠藤記者が右①②④の事実(但し「原告が気位が高いこと」を除く。)を真実であると信じたことには無理からぬものがあったといえるからである。被告朝日新聞社のこの点の主張は採用することができる。
3 プライバシーの侵害について
(一) 本件記事(四)中、原告が華族の出身であるとの記述は、一般人の感受性からみて特に秘匿を欲する事柄とは認められないというべきである。たとえそれが夫殺害の容疑で逮捕されたことを報ずる記事中で公表されたとしても、右結論は変わらない。
(二) しかし、原告とBとの離婚の争いに関する記述は、原告主張のとおり、一般人の感受性を基準とすれば秘匿を欲する事柄であり、原告のプライバシーを侵害するものと認められる。
被告朝日新聞社は、「原告とBとの離婚の争いに関する記述内容は、本件記事(四)が報道された当時既に一般の人に広く知られており、もはやプライバシー侵害の問題は生じない。」旨主張するが、たとえ原告とBとの離婚の争いに関する記事がそれ以前からマスコミ等で報道されていたとしても、その内容が公知の事実あるいは一般的に知れわたっていた事実となっていたとまでは認められないから、被告朝日新聞社の右主張は採用することができない。
(三) しかしながら、原告とBとの離婚の争いに関する記述は、公共の利害に関する事実たるB殺害事件の背景をなす事実ないしは被逮捕者たる原告に関する事実であってその報道の必要性相当性がないとはいえないから、「公共ノ利害ニ関スル事実」としてその違法性が阻却されるものというべきである。
4 損害
本件記事(四)中、右1の(一)記載の記述によって原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料三〇万円をもってするのが相当と思料される。
5 なお、原告は、右慰謝料の支払いのほかに謝罪広告の掲載をも求めているが、原告がともあれロス市警にB殺害の容疑で二回にわたって逮捕されたことは事実であって、原告に生じた損害の回復方法としては、右慰謝料の支払いをもって足りるものと解される。したがって、原告の右請求は認容することができない。
八本件記事(五)(「週刊サンケイ」昭和六三年三月一七日号)について<省略>
九本件記事(六)(「週刊文春」昭和六三年三月一〇日号)について<省略>
一〇結論
よって、原告の本訴請求は、主文の限度で理由があるからこれをその限度で認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官原田敏章 裁判官内田計一 裁判官林俊之)
別紙<省略>