東京地方裁判所 平成元年(ワ)7743号 判決 1991年4月23日
原告
中村浩之
法定代理人親権者父
中村成志
同母
中村眞里子
訴訟代理人弁護士
友部富司
被告
東京都
代表者知事
鈴木俊一
指定代理人
半田良樹
外二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
(公の営造物の設置管理の瑕疵を理由とする損害賠償請求として)
被告は、原告に対し、三一八一万八二三一円及びこれに対する昭和六三年四月二一日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
第二事案の概要
一本件は、都立公園に設置された遊具であるターザンロープで遊んでいた原告が、その出発台から転落して左側頭部を地面に強打し、左眼を失明した事故につき、右事故が被告による右ターザンロープの設置または管理の瑕疵によるものであるとして、原告が被告に対し、国家賠償法二条一項により損害賠償を求めた事案である。
二争いのない事実等
1 (当事者)
原告は、事故当時、小学校四年生で、九歳の児童であった。被告は、小金井市、武蔵野市及び田無市にかけて所在する都立小金井公園(本件公園)の設置管理者である。
2 (本件ターザンロープについて)
本件公園内には、ターザンロープ(高所から低所にかけて張られたロープに、滑車つきの紐を吊り下げ、この紐にぶら下がりながら高所から低所へ滑空する遊具)が存在する(本件ターザンロープ)。本件ターザンロープの出発台の高さは94.5センチメートル、出発台の後方には柵があり、側方には柵がなく、出発台周囲の敷地は、ダスト舗装(砕石の基礎地盤の上に、最大粒径五ミリメートル以下の砕石ダストと塩化カルシウム粉の混合物を敷く方法による舗装)の地盤である<証拠略>。本件ターザンロープの構造の概略は、別紙のとおりである。
3 (本件事故)
原告は、昭和六三年四月二〇日午後四時三〇分ころ、友人らと本件ターザンロープで遊び、出発台左端で出発する順番を待っていたところ、出発台後方の柵から紐につかまって出発した女児が態勢を崩して衝突してきたため、出発台の左側方から転落し、左側頭部を出発台側部の敷地で強打した(<証拠略>)。原告は、この事故で、視神経管骨折による左視神経切断のため、左眼を失明するに至った(<証拠略>)。
三争点
被告による本件ターザンロープの設置管理に、次の点で瑕疵があったか。
1 児童が出発台後方の柵に乗って、勢いをつけて出発することを防止する措置を講じなかった。
2 出発台の側方に、児童の転落を防止するための柵などを設けなかった。
3 出発台周辺の敷地をダスト舗装とし、より軟かい地盤にしなかった。
第三争点に対する判断
一争点1(出発台後方の柵からの出発を防止する措置を採らなかったことの是非)について
<証拠略>によれば、本件事故は、女児が本件ターザンロープの出発台後方の柵から出発したところ、態勢を崩して、出発台の上で列を作って順番を待っていた原告に衝突して生じたものであることが認められる。また、<証拠略>によれば、本件事故当時、出発台後方の柵から紐につかまって出発することを防ぐ措置は、何ら採られていなかったことが認められる。
しかし、本来遊具は、児童の想像力や運動機能を養い、冒険心を満たすために、遊具の構造に応じた遊び方を自ら発見していく可能性を想定して作られるものである。本件ターザンロープもまた、ターザンのようにロープにつかまって空中を滑走することにより、児童の旺盛な冒険心を満たすことを意図して作られており、設計の段階から、児童が後方の柵に乗って勢いをつけて出発することが予想されていたものである(<証拠略>)。もともとこのような遊具は、その使用にともない、ある程度の危険が発生するものであることを当然予想し、むしろその危険を児童の冒険心や想像力を刺激する重要な要素として想定して、作られるものであるといえる。したがって、発生が予想される危険の内容や程度が右の趣旨を逸脱した過大なものでない限り、そのような危険は許容されなければならない。
本件においては、出発台後方の柵から紐にぶらさがって出発する遊び方自体、本件ターザンロープの通常の用法から外れるものではないし、そのような用法に従って発生すると予想される危険ないしエネルギーが、遊具の目的を逸脱した過大なものであるとはいえない。したがって、このような遊び方を防ぐ措置を採らないとしても、本件ターザンロープの設置管理に瑕疵があるとはいえない。
二争点2(出発台側方に転落防止の柵などがないことの是非)について
本件ターザンロープの出発台の側方には、転落防止のための柵などが設けられておらず、本件事故は、原告が出発台側方から転落することにより生じたものである。そこで、児童の転落による事故を想定して、出発台側方からの転落を防ぐ柵などを設置しなかったことが、本件ターザンロープの設置管理の瑕疵に当たるかどうかについて判断する。
一に認定したとおり、本件ターザンロープにおいては、後方の柵から出発することも予定されており、かつ、出発台上で児童が順番を待つことも予想されていたから、後方の柵から出発した児童にぶつかった台上の児童が、出発台側方に転落することがありうることは予見されていた(<証拠略>)。すなわち、児童が出発台から転落すること自体は、本件ターザンロープの用法に即して、通常予想される危険であるということができる。
しかし、本件ターザンロープの出発台の高さ(94.5センチメートル)は、ジャングルジムや滑り台など、通常利用されており転落がありうる他の遊具に比べて特に高いわけではなく(<証拠略>)、この程度の高さから児童が転落することは、一般的な遊具の利用に伴い、必然的に発生するものと考えられる。そして、本件ターザンロープの出発台程度の高さから地面に転落することによって発生する危険は、日常生活の他の場面のおいても見られる程度のものであり、本件ターザンロープが人工的に作り出したものとはいえないし、その遊具の目的に照しても、不相当に過大であるとはいえない。本件においては原告の左眼失明の損傷という重大な結果が生じたが、このようなことは、その発生経過・機序をみても、また前例のないことに照しても、きわめて確率の小さい稀な事故であった。したがって、通常遊具を設計、管理する場合に、本件のような重大な事故を想定すべきであるとはいえない(<証拠略>)。また、側方に柵などを設ける場合、児童の冒険心や好奇心を満たすという遊具本来の機能が低下するばかりでなく、かえって児童がこれに衝突することなどにより別の危険が生じる可能性もある。このように考えると、転落事故に備えて敷地の地盤に配慮する以上に、この程度の高さから児童が転落すること自体を防止するため、柵を設けるなどの措置を講ずることが、遊具における通常の安全性を確保するために必要であるということはできない。
したがって、被告が出発台側方に柵を設けるなどして、側方からの転落を防止する措置を講じなかったことをもって、被告による本件ターザンロープの設置管理について、瑕疵があるということはできない。
三争点3(出発台敷地の地盤をより軟らかい地盤としなかったことの是非)について
原告は、本件ターザンロープの出発台から転落し、左側頭部をダスト舗装の敷地に衝突させ、視神経管骨折により左眼を失明したものである。そこで、このような転落事故による損傷を防止するために、被告が敷地をより軟らかい地盤にしなかったことが、本件ターザンロープの設置管理の瑕疵となるかどうかについて判断する。
1 まず、出発台付近の地盤がダスト舗装であったことと、原告の受けた損傷との間の、因果関係について検討する。
証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告が左眼を失明する原因となった視神経管骨折の損傷は、地面に衝突した際に左側頭部へ加わった衝撃により、頭蓋底に歪みが生じたことから生じたものである。敷地の表面が、ダスト舗装より軟らかい地盤であったら、視神経管骨折は生じなかった可能性がある。
証拠<略>
(二) ダスト舗装はクレイ系の舗装(土、砂などの自然の素材に粘土を混ぜるなどして固めた舗装)に属し、クレイ系としては、中程度の硬さである。そして、衝撃吸収性を示すGB係数(ゴルフボールを一メートルの高さから当該素材に落とした場合に跳ね上がる高さをセンチメートルで示したもの。)は、クレイ系舗装の場合、五ないし二五程度である。これは、アスファルト舗装のGB系数(約六〇)などに比べて低い(つまり軟らかい)が、砂のGB係数(〇に近い)よりも大きい(つまり硬い)。したがって、砂の方がダスト舗装より軟らかく、より多く衝撃を吸収できた可能性がある。
証拠<略>
以上の事実から、本件ターザンロープの敷地地盤に使われたダスト舗装よりも軟らかく、衝撃吸収性のある素材(砂など)が存在し、敷地にそのような素材を用いれば、本件ターザンロープ出発台からの転落により頭部が敷地に衝突しても、視神経管骨折による失明は生じなかった可能性が高いことが認められる。
2 そこで、本件のような事故を想定して、被告が本件ターザンロープの敷地を砂のようなダスト舗装よりも軟らかい地盤にしなかったことが、本件ターザンロープの設置管理の瑕疵といえるかについて判断する。
(一) 国家賠償法二条一項にいう「瑕疵」とは、営造物が通常有すべき安全性、すなわち、通常の方法により利用した場合に通常予想される危険に対して十分な安全性を欠いていることをいうのであるから、瑕疵の有無の判断は、当該営造物によってもたらされることが予想される危険の内容・程度に応じて異なるものである。
これを本件ターザンロープの場合について見ると、本件ターザンロープの敷地から出発台までの高さは94.5センチメートルであり、転落態様次第では本件のような重大な事故が起こる危険性は全くないとはいえない。しかし、既に述べたように、その高さは、一般の遊具と比べて、特に遊具の構造等について配慮を要するほどの高さではないし、この程度の高さから転落する危険は、児童が自然界において遊ぶ場合であっても日常的に存在するから、被告が本件ターザンロープを設置したことにより、新たに人工的な危険を作り出したともいえない。そして、本件のような遊具は、児童の冒険心などを満たし、さらに児童を自然に親しませるという合理的な目的を有するものである(<証拠略>)。このような観点からみると、本件ターザンロープの出発台程度の高さから生じる危険を想定して遊具の敷地を選択する場合には、自然界に普通に存在する土と同程度の軟らかさの素材を用いれば、遊具として通常有すべき安全性は満たされると解するのが相当である。
後に述べるように、ダスト舗装は自然界に通常に存在する土とほぼ同程度の軟らかさで、形状においても自然の土と大きな違いはないと認められるから、ダスト舗装は、原則として遊具として通常有すべき安全性を備えたものということができる。
もっとも、敷地地盤としてダスト舗装より軟らかい素材を使用し、それが遊具の目的にも適合し、かつ、公園内の遊具の敷地としての管理可能性等の観点からも合理的である場合には、安全性の観点からみてその素材を敷地に用いるべきであるということができる。そこで、このような素材があるかどうかを検討する。
(二) 証拠によれば、次の事実が認められる。
(1) ダスト舗装は、本来の土に近いクレイ系の舗装である。ダスト舗装は、土と同程度の軟らかさであり、一般に学校、公園、運動施設などで用いられる舗装の中では、かなり軟らかい方に属する。
証拠<略>
(2) 本件公園は、多摩地区の中央部にあって、常に一般開放されている。したがって、多数の一般利用者がいつでも利用でき、かつ、周囲に迷惑をかけないことが必要であるから、公園内遊具の敷地の選定には、排水性や安定性なども考慮しなければならない。
証拠<略>
(3) 本件ターザンロープの敷地として、他に考えられる軟らかい地盤には、砂と土がある。砂の場合、吸湿性には優れているが、散逸しがちであり、本件ターザンロープの敷地のような広い面積にわたる砂地を作ると管理が困難であるうえ、遊具の基礎が露呈する危険性があるなど、マイナス面も多い。また、土の場合、排水性に問題があるのみならず、砂利が混じっており、石が表れるなどの危険もある。なお、他にゴムラバーが考えられないではないが、基礎地盤にアスファルトを用いることから、かえって衝撃吸収性に乏しく、管理が困難なため、一般の公園では用いられない。
証拠<略>
(4) ダスト舗装は、吸湿性、排水性に優れており、児童が運動する程度では素材が動くことはなく、地盤の安定性を保つことができる。
証拠<略>
(三) 右に認定した事実によれば、本件公園における遊具の地盤に必要な軟らかさを備えた素材としては、ダスト舗装の他に、砂と土があり、安全性を重視した場合には、砂が最も望ましい素材であると一応はいうことができる。しかしながら、本件公園における利用者層、利用時間、周辺の環境等の制約から、地盤の素材を選択するについて、地盤の安定性、排水性などの管理可能性を考慮する必要があることは否定できない。そのような観点からすると、砂を素材に選んだ場合には、公園としての適切な管理に支障が生じることになるし、また、簡単に移動してしまう砂を素材に用いると、硬いコンクリート製の遊具の基礎が露呈し、衝突した場合かえって大きな傷害をひき起こすなどのマイナス面もある。これに対し、ダスト舗装は、安全性の面において、自然界に通常存在する土とほぼ同様の軟らかさで、形状においても自然の土と大きな違いはなく、管理、利用面でも優れているということができる。
このように、利用者の安全はできる限り追求すべきではあるが、敷地地盤をダスト舗装ではなく、軟らかい砂やゴムラバーにすべきであるということはできない。したがって、ダスト舗装による本件ターザンロープの出発台の敷地が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえず、本件ターザンロープの敷地について、設置管理の瑕疵があるということはできない。
四結論
以上のとおり、本件ターザンロープについてより以上の安全性を求めることは困難であり、原告の指摘するような施設管理の瑕疵を認めることはできない。そうすると、右の瑕疵があることを前提とする原告の請求を認容することはできない。
(裁判長裁判官淺生重機 裁判官森英明 裁判官岩田好二は、転官のため、署名押印することができない。裁判長裁判官淺生重機)
別紙<省略>