東京地方裁判所 平成元年(ワ)7929号 判決 1990年10月25日
原告
シャープファイナンス株式会社
右代表者代表取締役
青木幸吉
右訴訟代理人弁護士
増田嘉一郎
被告
麻田憲一
右訴訟代理人弁護士
久保田昭夫
同
宮坂浩
右訴訟復代理人弁護士
久保田紀昭
主文
一 被告は、原告に対し、金二七万円及びこれに対する平成元年二月九日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを八分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、二二三万六〇〇〇円及びこれに対する平成元年二月九日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、割賦購入のあっせん取引を業とする会社である。
2 原告は、昭和六三年一月一七日、被告が訴外日本自動車販売株式会社から自動車を購入するにあたり、被告との間で、次の約定による立替払契約を締結した。
① 被告は、原告に対し、日本自動車販売に対する自動車代金のうち二五〇万円を被告に代って立替払いすることを委託する。
② 被告は、右立替金二五〇万円と分割払手数料五九万八〇〇〇円の合計三〇九万八〇〇〇円を、同年三月三日八万八〇〇〇円、同年四月から同六六年(平成三年)二月まで毎月三日限り八万六〇〇〇円に分割して原告に返済する。
③ 被告が右②の支払いを遅滞し原告から二〇日以上の期間を定めた催告を受けてもなお支払わないときは期限の利益を喪失し、原告に対し残額を直ちに支払う。
3 原告は、日本自動車販売に対し、購入者を訴外ウスキヨシノリとする割賦購入あっせん取引に関して支払った立替金二八〇万円について、同額の不当利得返還債権ないし損害賠償債権を有していた。そこで、原告は、昭和六二年一二月上旬頃日本自動車販売との間で、将来原告が前記2項による二五〇万円の立替金支払債務を負担した場合には右支払債務と前記二八〇万円の金銭債権とを締切日において対当額で相殺することを合意した。そして、昭和六三年一月一七日に前項の立替金支払債務が発生し同月二五日締切りで帳簿に計上されたことにより右相殺がなされた。従って、これにより、原告は前項の委託による立替金二五〇万円を支払ったことになる。
4 原告は、平成元年一月一九日到達した書面で、被告に対し、昭和六四年一月三日支払分以降の賦払金を二〇日以内に支払うよう催告したが、被告はこれを履行しなかった。従って、被告は、平成元年二月八日の経過により前記分割払いによる期限の利益を喪失した。
5 よって、原告は、被告に対し、二二三万六〇〇〇円(前記三〇九万八〇〇〇円から弁済のあった合計八六万二〇〇〇円を差し引いた残額)及びこれに対する前記平成元年二月八日の翌日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1は認める。
2 同2は否認する。
3 同3は知らない。
4 同4のうち原告がその主張のとおり被告に書面で支払いの催告をしたが被告が支払わなかったことは認め、その余は否認する。
三 被告の抗弁
1 心裡留保
被告は、真実は立替払契約を締結する意思がないにもかかわらず右契約申込みの意思表示をしたものであり、原告はこのことを知りまたは知りうべきであった。
2 弁済
被告は、日本自動車販売から昭和六二年一二月二六日頃自動車を購入したが、諸経費を含む代金二七〇万円は、同六三年一月一一日に五〇万円、同年同月一三日に一四三万九二〇〇円を日本自動車販売に送金して支払い、残金は下取代金を充当して支払っている。そして、被告は、割賦販売法三〇条の四に基づいて、右弁済による債務の消滅をもって原告に抗弁することができる。
3 信義則違反
原告は日本自動車販売と構造的に癒着し、密接不可分で一体的な関係にあった。そして、原告は、日本自動車販売に対する不良債権を回収する目的だけのために本件のような立替払契約を利用し相殺処理をして現実には立替金を支払っていない。このことからすれば、原告の本件請求は信義則に反し許されない。
四 抗弁に対する原告の答弁
1 抗弁1は否認する。
2 同2のうち被告がその主張の頃日本自動車販売から自動車を買ったことは認めるが、その余は否認する。
3 同3は争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1及び同4のうち催告と未払いに関すること並びに被告がその主張の頃日本自動車販売から自動車を買ったことは当事者間に争いがない。これらの事実と<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。<証拠判断略>
1 原告は、昭和六一年九月から翌六二年一〇月頃まで日本自動車販売を加盟店として自動車の個品割賦購入あっせん取引の業務を営んでいたが、その方法は、立替払方式によるものであった。ところが、日本自動車販売の代表者であった堀清次は、この間、名義借りなどの方法により原告のする立替払いを不正に利用して資金を作り続けていたのであり、同六二年一〇月頃にこのことが原告に判明した。そこで、原告は、事情をくわしく調査したうえ、その頃日本自動車販売との通常の取引を全面的に打ち切ったが、原告の見解では、打切り前の取引の清算などとして日本自動車販売に八〇〇万円ほどを請求できるはずであった。そこで、原告は日本自動車販売に対し右の支払いを請求したが、日本自動車販売はその弁済をする資力がなかった。そして、堀は、その代りに原告に対し、新しく自動車を販売する場合に原告のする立替払方式を利用することによって右債権を回収してほしいという趣旨の提案をした。すなわち、新規に立替払方式による割賦購入あっせん取引を立てて行くが、日本自動車販売は現実には原告から立替金を貰わないこととする(前記八〇〇万円ほどの債務と相殺の形をとる。)、そして、原告に立替払いを委託した購入者から原告に月賦で支払われる立替金相当額及び分割払手数料を右債務の弁済にあててほしいというものであった。そして、原告はこれを承諾した。この方法により弁済にあてる取引として堀が選んだものの一つが本件取引である。
2 すなわち、被告は、昭和六二年一〇月頃、日本自動車販売からトヨタカムリの新車一台を買うこととした。そして、被告はクレジットを使うつもりはなかったが、堀から、右売買に原告の立替払いを利用することについて名前を貸してくれれば代金を安くすると勧められたので、被告はこれを承諾した。そこで、被告は、原告に対する立替払委託申込書類の身上関係欄などを記入して署名押印し、これを堀に交付して、そのほかの所定事項を記載したうえ原告に提出することを委ねた。被告は印鑑証明も堀に渡した。しかし、被告は、前記のように真実は月賦で自動車を購入したのではなかったから、昭和六二年一二月二五日頃納車され被告名義の登録もされたのちの翌六三年一月一一日に五〇万円、同年同月一三日に一四三万九二〇〇円を日本自動車販売に送金して支払った。日本自動車販売との間では代金は諸費用を加えて二七〇万円と約束されていたが、右送金の合計一九三万九二〇〇円との差額は被告が出した下取車により弁済されたものとされた(下取り価格は七六万〇八〇〇円になる。)。
3 一方、堀は、被告が署名押印した前記申込書類に必要な補充をしたうえ、原告に提出した。それによると、トヨタカムリの売買で、代金は付属品・特別仕様費用、諸費用込みで三三九万二九〇〇円、頭金が下取り五〇万円を含めて八九万二九〇〇円、従って残代金は二五〇万円でありこれが立て替えられるべき金額であるとされていた。そして、この場合の原告の分割払手数料は五九万八〇〇〇円であるから、被告が三六回月賦で償還すべき金額は合計三〇九万八〇〇〇円になる。
4 原告では、川島幹雄が担当して昭和六三年一月一七日までに被告から委託の意思を確認したうえ、原告主張の割賦償還条件によりその頃申込みを承諾し、本件立替払契約が成立した。相殺の受働債権としては、原告主張のウスキヨシノリ関係で原告が立替払いをしたがのちに日本自動車販売の責めに帰すべき事由で売買契約が解消され従って日本自動車販売が原告に返還すべきこととなっていた二七〇万円の立替金返還請求債権が選ばれた。そこで、原告は、昭和六三年一月二五日の締切日において右受働債権と本件の立替金支払債務を対当額で相殺する処理をし、日本自動車販売はこれを承諾した。
5 その後被告名義の預金口座から引落としで三回賦払金が支払われたが、その後はこの方法による支払いがなされなかったため、原告は約定の弁済期を経過した都度被告に支払いを催促していた。そして、右催促に応じて、日本自動車販売から現金による支払いがなされ、この状態は昭和六三年一二月まで続いた、右支払いはいずれも日本自動車販売の出捐によるものであった。しかし、日本自動車販売は倒産しその後原告主張のとおり支払いがなされなくなった。
二1 右認定によれば、被告は自分を当事者として本件の立替払契約を締結することを承知していたのであるから、特別の事情のない限り、その結果被告に契約当事者としての権利義務関係を生じさせるつもりであったと認めることができる。被告が、前記認定の事情から、日本自動車販売がうまく処理してくれるであろうと思っていたとしても、そのようなことは右認定に反するものではない。そのほかに被告が内心は右契約を締結する意思がなかったことを認めるに足りる証拠はない。従って、被告の心裡留保の抗弁は採用することができない。
2 また、被告は立替払契約の成立前に日本自動車販売に同社との約束による代金を支払っていたのであるが、日本自動車販売としめしあわせ、このことを原告に隠して立替払契約を成立させたのであるから、このような場合には、被告は、割賦販売法三〇条の四によっても右弁済を原告に対抗することができないというべきである。従って、弁済の抗弁も採用することができない。
三1 しかし、原告が本件の残金全額を被告に請求することは信義誠実の原則に反するというべきである。
すなわち、原告は不良債権回収だけを目的として本件の割賦購入あっせん取引をしたうえ、立替払いを引き受けるについてこのことを被告に隠していた。しかし、割賦購入あっせん取引は販売業者の信用資力経営状態などとの関連で購入者に対し不測の損害を与えるおそれがつきまとう取引であるから、信販業者としてもできるだけ健全な販売業者を選んで行うべきものであって、本件のように現実に不正行為を繰り返しその結果通常の取引については既に原告自身が取引停止処分にしていたような販売業者と組んでその販売業者に対する不良債権回収の手段として用いるようなことは差し控えるべきである。このようなことをすれば、販売業者は商品を仕入れて販売しながらその代金が入らないのであるから更に窮地に陥り、その結果購入者を無理な取引に巻き込み損害を与えるという事態を招来しかねない。現に、本件では、日本自動車販売は甘言をもって被告を不正な取引に誘ったものの、資金が続かなくなって破綻したのであって、前記認定によれば、悪くするとこのような事態になることが予測しえなかったとは言い難い。また、このような結果となった場合にも、原告は不良債権回収の目的が達せられなかったことになるだけであってそのほかには考慮に値する損害はほとんど考えられないという種類の取引である。そして、債権回収ができなかった点についても、右債権はもともと回収が困難なものであった。もっとも、日本自動車販売は前記のように昭和六三年いっぱいくらいまでは一応営業していたようであるから、本件の取引により回収することとしなければほかの方法により何らかの回収が計られたかもしれないということを無視するわけにも行かないであろう。しかし、本件の証拠によるかぎりは、債権回収の機会を失ったことによる損害というものの内容を具体的に確認することは困難である。なお、原告の主張する求償債権中分割払手数料部分については、本件のような趣旨の取引においては、原告に回収の実をあげさせるのを相当とするような実質関係にあるものとは到底認めることができない。
2 但し、本件の場合には、被告にも、偽りの申込みをして日本自動車販売の不正に関与しただけでなくこれが代金を安くしてもらう手段であったというところに信義に欠ける点がある。もっとも、被告は具体的にどの程度安くなったのか開示しないが、前記認定と被告本人尋問の結果によれば、代金額自体あるいは下取車の評価の点で被告が有利な取り扱いを受けたことは明らかである(ちなみに、前記のように、日本自動車販売は原告に対し車両代金を付属品・特別仕様費用、諸費用を含めて三三九万二九〇〇円とする申込書を提出しているところ、右代金と日本自動車販売・被告間の約定代金額二七〇万円との差額は六九万二九〇〇円になる。しかし、証人川島及び被告本人尋問の結果によれば、右の差額分が値下げ分に該当するとまで認めることはできない。)。
3 以上のような状況に鑑みると、本件の被告の支払い義務の範囲は、公平の理念に則り民法四一八条の趣旨を類推して定めるべきものであると解するのが相当であり、前記認定の諸般の事情によれば、その金額は、未払い賦払金から分割払手数料分五九万八〇〇〇円を控除した残額の一割から二割の間で前記約定代金額の一割にあたる二七万円と認めるのが相当である。
四以上の次第で、原告の本件請求は、被告に対し右二七万円及びこれに対する原告主張の平成元年二月九日から支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官加藤英継)