東京地方裁判所 平成元年(刑わ)1647号 判決 1989年11月21日
④事 件
主文
被告人を懲役一年に処する。
未決勾留日数中六0日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成元年五月一日ころ、Gに対し、東京都大田区<住所省略>日本通運株式会社羽田空港支店から、同人が執務する札幌市中央区<住所省略>○○ビル八0一号株式会社Hに、通話可能度数を一九九八度に改ざんした日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード五九四枚を、その旨告げた上で一枚六000円で売り渡す約定の元に送付し、もって、行使の目的をもって変造有価証券を交付したものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、判示テレホンカードは刑法にいう有価証券には該当せず、被告人は無罪である旨主張するので、当裁判所の判断を以下に補足して説明する。
一 本件は、判示のとおり、被告人が、通話可能度数を改ざんした日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)作成のテレホンカードを他に交付したというのであるが、右改ざんされたテレホンカードは、既存のNTT作成にかかる真正で使用可能なテレホンカードを利用し、その内容である磁気記録からなる通話可能度数を五0度から一九九八度に権限なく改ざんしたものであることは前掲関係証拠により明らかである。そこで、まず、NTTが作成し、発行しているテレホンカードの一般的性質及び機能につき検討する。
前掲関係証拠により認められる事実及び公知の事実を総合すると、以下の事実が認められる。
テレホンカードは、NTTが設置したカード式公衆電話機について、同会社が右電話機を利用しようとする者に対し予め購入しておくよう発行した磁気カードであり、この裏面にある磁気記録部分を使用して、右電話機を利用する者の料金支払の手段とするというものである。これは、いわゆる単一目的型のプリペイドカードの一種であり、昭和五七年一一月ころから、NTT(当時の名称は、日本電信電話公社)が命名のうえ発行を開始し、以来今日まで我が国において広く周知されて流通しており、電気通信事業法にもとづきNTTだけが発行しているものである。
そして、右カードは、プラスチック様素材からなる名刺程の大きさの一定の素材と形状からなり、表面には図柄により様々なデザインがあるものの、共通の記載として「テレホンカード(英字を含む)」という用途と発行者を意味する表示、発行時の使用可能度数及び残度数表示目盛が印刷されており、裏面には使用に際しての注意事項の記載があるほか、カードそれ自体からは視ることができないが、磁気記録として通話可能度数、発行年月日等の磁気入力時における記録がカードの一定の部位に一定の方式にしたがって印磁されている。右磁気記録のうち通話可能度数は、右カードを電話機に挿入すると、電話機の残り度数表示器に赤色発光表示されて読み取ることができる。
右カードが電話機に挿入されると、電話機は、カードの右磁気記録部分の情報だけを読み取り、これにしたがって作動を開始・終了する。右カードは磁気記録部分の通話可能度数が零になるまで何度にでも分けて使用することができ、使用後にはカードに記載された残度数表示目盛にそってパンチ穴が空けられて残り使用可能度数のおおよその目安がつけられる。
二 以上の事実を前提として、テレホンカードが有価証券に該当するかどうかにつき判断する。
(一) 刑法にいう有価証券とは、財産上の権利が証券という一定の様式を備えたものに表示され、その権利の行使に証券の占有を必要とするものであると解されるところ、テレホンカードは、前記のとおり、従来の文書としては予想できなかった磁気記録というただちには視ることができない方法で証券上の権利の本質的部分ともいうべき使用可能度数を記録しているので、右カードは、弁護人主張のように権利が表示されているとはいえず、証券(文書)たる性質を具備しないのではないかとの疑いを生ずる。
しかしながら、テレホンカードが有価証券であるかどうかを判断する場合、右磁気記録部分が視ることができず、かつ、通話の手段としての機能上重要であるからといって、この特定の部分のみをカード本体から独立させ、この部分だけで権利が表示されていると解するのは、テレホンカードが、前記のような一定の様式を備え、その全体的観察によって一般にテレホンカードと認識されて流通していることからすると正当とはいえない。テレホンカードの性質を全体的に観察すると、まず、これを電話機に挿入するという方法により使用する以上、規格化されたカードの材質及び形状が意味を持つことは明らかなうえ、カード面にはテレホンカードの表示、発行時使用可能度数及び使用の際の注意事項という一定の記載があり、これにより発行者がNTTであり、電話機を利用できる権利が表示されていることを認識することが可能であって、これらに加え、磁気記録部分である通話可能度数はただちには視ることができる状態になくとも、この部分はカードと一体不可分になっており、これを視ようとすれば、カードを電話機に挿入することにより、残り度数表示器に表示させて容易に読み取ることができるという特徴があり、これが広く周知されているのである。
以上のテレホンカードの性質を総合すると、テレホンカードは、その規格及び記載内容という視ることができる部分とただちには視ることができないものの容易な方法により読み取ることができる磁気記録部分とが相互に補完し合うことにより、カード式公衆電話機を一定の通話度数利用できる権利を表示しているものであるとして社会一般に広く認識されて流通しているものであって、他の有価証券と比較しても社会的機能に異なるところはなく、これは、結局、右権利が表示されていると認められるものである。
したがって、この点に関する弁護人の右主張は採用することができない。そして、テレホンカードは、表示された権利を行使するに際し、これの占有を必要とすることは、前記の使用方法のとおり明らかであるから、刑法上の有価証券に該当するものと認められる。
(二) 次に、被告人が交付した本件テレホンカードは、真正なテレホンカードの磁気記録部分のみに権限なく改ざんが加えられたものであるが、右の改ざんがテレホンカードを変造したと認められるかにつき検討する。
テレホンカードの磁気記録部分は、前記のように、カードそれ自体から認識できる記載事項を補完し、これと一体不可分なものとして、カードの権利内容に関わる重要部分を構成しているのであるから、これを権限なく改ざんすることが、カードの変造に当たることは明らかである。そして、右磁気記録部分だけの改ざんでは、カードを使用する際に、変造後の磁気記録によって電話機の残り度数表示器に表示された度数(九九八)がカード面に記載された発行時度数(五0)を上回る数値を示すことになるが、右変造後の磁気記録によっても電話機が使用可能な状態になることからすると、右発行時度数の表示よりも右磁気記録部分による表示が正しいものと信じてしまうことは予想しうることであるから、このことを理由にして一般人をして真正なカードと誤信させる程度の改ざんに至っていないとはいえない。
したがって、真正なテレホンカードを用いて、その磁気記録部分を権限なく改ざんしたテレホンカードは、変造有価証券に該当するのであり、前掲関係証拠によれば、被告人は、本件カードの磁気記録部分が権限なく改ざんされたものであることを十分認識していたことが明らかである。
(三) さらに、被告人が、本件変造テレホンカードを行使の目的をもって交付したといいうるかにつき判断する。
有価証券の行使とは、その用法に従って真正なものとして使用することをいうが、これは使用の相手方として有価証券上の権利の有無を認識しうる人を前提にしていると解される。ところが、テレホンカードは、その本来の用法が、通話をするために電話機に挿入して使用することであり、この場合、電話機はそれ自体でカードの磁気記録部分のみの情報を判断して作動する構造になっているので、そもそもカードの行使に際しては人の判断の介在を必要としないものであるから、このようなテレホンカードは、弁護人主張のように、有価証券ともいえず、本来の用法にしたがって真正なものとして人に行使することも考えられないのではないかとの疑いを生ずる。
しかしながら、テレホンカードは、電話機という機械に対して使用し、電話機は磁気記録によりそれ自体で作動するとはいっても、このカードの挿入から電話機の作動に至る行使の一連の過程には、カードを発行し、電話機を設置したNTTにおいて、電話機に挿入されたカードが真正であるかどうか判断しうる情報をあらかじめカードの磁気記録部分の中に印磁して設定するとともに、電話機には右磁気記録を読み取ってカードの真否を判断する制御回路網を組み込んでいるものと認められるのであり、これは、結果的に判断が不十分な場合があるとしても、NTTの業務を担当する人の判断を一定の法則にしたがって電話機が代替している機能があるというべきであるから、結局、右行使の過程につき、人が間接的に関わっているのであり、このような場合にも人を相手方として行使したものと十分評価することができる。
すなわち、磁気に関する部分だけを操作して電話機を通話可能な状態に作動させるには、本件のように真正なテレホンカードの磁気部分のみを改ざんして使用する方法以外にも種々考えうるのであるが、どのような方法によったかを電話機が判断できないからといって、カードを電話機に対して行使したことにならないとはいえない。有価証券の行使といえるかどうかは、前記のように変造テレホンカードを電話機に対して使用したということをもって、右行使にあたると解すれば足りるというべきである。
したがって、この点に関する弁護人の右主張も採用することができない。
被告人は、カードの最終取得者がこれを真正なものとして電話機に挿入して使用することがあることを認識していたことは、前掲証拠により十分認められるのであって、行使の目的があったことは明らかである。
三 以上の理由に加え、前掲各証拠を総合すると、被告人が判示のとおり変造有価証券である本件テレホンカードを行使の目的をもって交付したことが明らかであると判断した。
(累犯前科)
被告人は、(1)昭和五八年一二月一三日東京高等裁判所で詐欺罪により懲役二年三月に処せられ、昭和六一年一月二四日右刑の執行を受け終わり、(2)右(1)の刑の確定後収監前及び仮出獄中に犯した出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律違反罪並びに右刑の執行終了後に犯した同罪により昭和六一年九月二六日広島地方裁判所で懲役一年六月に処せられ、平成元年三月二五日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は、検察事務官作成の前科調書並びに右(1)、(2)の判決書謄本(控訴審のものを含む四通)及び(2)の決定書謄本によってこれを認める。
(法令の適用)
罰条 刑法一六三条一項
累犯加重 刑法五九条、五六条一項、五七条
未決勾留日数の算入 刑法二一条
(量刑の理由)
本件は、判示のとおり、被告人が、変造テレホンカード五九四枚を売り渡すために交付したというものであるが、被告人は、知人から不正に使用可能度数を改ざんしたテレホンカードがあることを知らされて、これを他に売却して利益を得ようとしたものであり、犯行の動機は不正なものであることを十分承知しながらこれをもとに利得を得ようとしたものであって、酌量の余地はなく、テレホンカードが、公衆電話機の利用に際し通貨に代わる役割をもつものとして広く社会に普及し、信頼されていることを知りながら、少ないとはいえない数量の変造テレホンカードを売却してこの信頼を害し、社会に混乱を生じさせようとしたものであり、その犯情は悪質である。
また、被告人には、前記の前科があり、刑執行終了後身を慎まなければならないのに、僅か一か月余りで本件を敢行したものであって、その刑事責任は重いといわざるをえない。
しかしながら、本件は、他の類似事犯が検挙されて広く報道されたことにより、被告人が右交付にかかるテレホンカードのほとんどを売却先から回収したため、一般に流通するには至らなかったと認められること、このため、被告人のもとに本件による利得は残っていないこと、さらには、被告人は、右回収後ただちに警察署に出頭して右カードを提出して非を悔いていること、その他被告人に有利な情状があるので、これらを全て勘案して、主文のとおり量刑した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官岡村 稔)