東京地方裁判所 平成元年(特わ)79号 判決 1989年12月15日
本籍
東京都大田区中央四丁目五九五番地
住居
東京都世田谷区奥沢六丁目三一番一一-二〇三号
医師
髙木千枝子
昭和二年五月二六日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一〇月及び罰金一八〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都渋谷区宇田川町三六番一号空研ビル三階において、「髙木クリニック」の名称で診療所を開設して医業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、事業所得につき、自由診療収入の一部を除外し、利子所得につき、仮名で購入した利付国債の利子を除外するなどの方法により、所得を秘匿した上
第一 昭和五九年分の実際総所得金額が三三六三万八三六一円(別紙1修正損益計算書及び別紙2脱税額計算書の総所得金額欄参照)あつたのにかかわらず、昭和六〇年三月一五日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所在の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、昭和五九年分の総所得金額が八四〇万五〇三五円であり、これに対する所得税額が一四八万四〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第六〇七号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額一三七九万二九〇〇円と右申告税額との差額一二三〇万八九〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和六〇年分の実際総所得金額が七五三九万八〇二九円(別紙3修正損益計算書及び別紙4脱税額計算書の総所得金額欄参照)あつたのにかかわらず、昭和六一年三月一五日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、昭和六〇年分の総所得金額が九二一万二八七〇円であり、これに対する所得税額が一七五万三八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第六〇七号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額三九七六万八四〇〇円と右申告税額との差額三八〇一万四六〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ
第三 昭和六一年分の実際総所得金額が五〇九〇万五八九四円(別紙5修正損益計算書及び別紙6脱税額計算書の総所得金額欄参照)あつたのにかかわらず、昭和六二年三月一六日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の総所得金額が一〇九一万三二一七円であり、これに対する所得税額が二三二万九三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第六〇七号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額二四二〇万九九〇〇円と右申告税額との差額二一八八万六〇〇円(別紙6脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 被告人の収税官吏に対する質問てん末書七通
一 田谷礼二郎の収税官吏に対する質問てん末書
一 田谷礼二郎作成の申述書抄本及び田谷禮二郎作成の申述書
一 収税官吏作成の接待交際費、減価償却費、利子割引料、雑費、青色申告控除額、利子収入、源泉所得税の各調査書
一 検察事務官作成の旅費交通費の捜査報告書
一 検察官、弁護人ら連名作成の合意書
一 税務署長作成の証明書及び証拠品提出書
判示第一、第二の各事実について
一 収税官吏作成の出版費の調査書
判示第一の事実について
一 被告人作成の申述書二通
一 七理富哉の収税官吏に対する質問てん末書
一 収税官吏作成の通信費、収入金額の各調査書
一 収税官吏作成のカルテ等の査察官報告書七通
一 検察事務官作成のアポイントメント・ダイアリー、売上メモの各捜査報告書
一 押収してある昭和五九年分の被告人の確定申告書等一袋(平成元年押第六〇七号の1)、同青色申告決算書(一般用)等一袋(同号の4)、同総勘定元帳一綴(同号の7)、同日計表一綴(同号の8)、同カルテ一袋(同号の9)
判示第二、第三の各事実について
一 収税官吏作成の収入金額、収入金額明細書の各調査書抄本
判示第二の事実について
一 収税官吏作成の消耗品費、給料賃金の各調査書
一 検察事務官作成のタウンページの各捜査報告書
一 押収してある昭和六〇年分の被告人の確定申告書等一袋(平成元年押第六〇七号の2)、同青色申告決算書(一般用)等一袋(同号の5)、同総勘定元帳一冊(同号の10)
判示第三の事実について
一 収税官吏作成の仕入金額、諸会費の各調査書
一 押収してある昭和六一年分の被告人の確定申告書等一袋(平成元年押第六〇七号の3)、同青色申告決算書(一般用)等一袋(同号の6)、同総勘定元帳一冊(同号の11)
(法令の適用)
罰条 各所得税法二三八条一項、判示第二、第三につき、情状により各同条二項
刑種の選択 各懲役刑と罰金刑の併科
併合罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑につき、同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき、同法四八条二項
労役場留置 刑法一八条
執行猶予 刑法二五条一項(懲役刑につき)
(量刑の理由)
本件は、皮膚科、美容外科、泌尿器科の診療を行う被告人が、総所得金額を一〇〇〇万円位で確定申告をすれば足りると考え、各種保険の適用のない自由診療収入につき、受け取つた報酬を記載した売上メモを日計表に転記する際、その一部を除外し、隠匿した資金を用いて仮名で利付国債などを買受けその利子収入を除外するなどし、三年間にわたり所得税合計七二二〇万四一〇〇円をほ脱したものであり、犯行の動機に格別酌むべき事情はなく、その犯行態様は悪質で、右三年間を通じた正規の税額に対するほ脱税額の割合は、九二・八パーセントと高率であり、被告人の刑事責任は軽視し難いものがある。
他方、被告人は、昭和四七年診療所開設後、長男を一人で養育しながら、診療所を運営し、外科医として稼働してきたもので、狭隘で老朽化した診療所の拡張・改良とその医療法人化、老後の生活安定と長男の教育費などのため、その資金を蓄積しようと考えたことが本件犯行の背景にあつたこと、被告人は、起訴された年分とその前二年分につき修正申告し、本税、附帯税を納付した上、経理方法、金銭管理方法を改善し、再犯防止の措置を講じたこと、摘発後マスコミに報道されて非難を受けるなどの社会的制裁を受け、今後医道審議会の審査、厚生大臣の処分もありうること、そして被告人は、腋臭手術の分野で新しい技法を用いて治療に従事し、その間相当数の論文を発表し、その医療発展に寄与してきたことなどの有利な事情も認められる。
これら被告人に有利不利な事情を総合考慮すると、被告人に対しては、主文掲記の懲役刑及び罰金刑に処した上、右懲役刑の執行を猶予するのが相当である。
(求刑 懲役一〇月及び罰金二〇〇〇万円)
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 柴田秀樹 裁判官 中村俊夫)
別紙1
修正損益計算書
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
高木千枝子
<省略>
別紙2
脱税額計算書
昭和59年分 高木千枝子
<省略>
別紙3
修正損益計算書
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
高木千枝子
<省略>
別紙4
脱税額計算書
昭和60年分 高木千枝子
<省略>
別紙5
修正損益計算書
自 昭和61年1月1日
至 昭和61年12月31日
高木千枝子
<省略>
別紙6
脱税額計算書
昭和61年分 高木千枝子
<省略>