東京地方裁判所 平成元年(行ウ)40号 判決 1993年1月27日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
理由
第一 請求の趣旨
被告は、原告に対し、金二万一六四八円及びこれに対する平成元年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、勤務日当日の朝に妻が急病になり看病する必要が生じたため、東京中央郵便局に対し電話連絡をして当日の勤務を欠務したが、午後になつて長男が帰宅したので、組合の事務所に立ち寄つたうえ午後四時過ぎに出局して年次有給休暇(以下「年休」という。)の請求書を提出したところ、後日東京中央郵便局から右欠務につき欠勤として扱われたため、年休が成立しているとしてその賃金及び付加金の支払を求めた事案である。
一 基礎となる事実
以下の事実関係は、当事者間に争いがないか、又は、末尾記載の証拠によつて認められる。
1(一) 原告は、昭和六三年九月当時(以下の記載において月日のみで表したものは「昭和六三年」を省略している。)、郵政事務官として東京中央郵便局輸送部第四輸送課に勤務し、主に郵便輸送容器である郵袋の整理を行う業務に従事していた。東京中央郵便局は、全国を結ぶ郵便輸送の中継局であり、当時、五部三三課一室に分れ、職員数約二五〇〇名をもつて組織されていた。
(二) 原告の九月二八日の勤務時間は、午前八時三〇分から午後四時五二分まで(実労働時間七時間三七分)の予定であつたが、原告は、前日の二七日、第四輸送課課長秋葉弘(以下「秋葉課長」という。)に対し、二八日午後一時から午後三時までの年休を書面で請求し、秋葉課長は右時季指定を承認した。
(三) 原告は、同日午前八時一〇分頃、第四輸送課課長代理北川博俊(以下「北川代理」という。)に対し、同日朝、原告の妻が急病になり、その看護のため、同日一日欠務する旨を電話で連絡した。
(四) 原告は、同日午後四時三〇分頃、第四輸送課に赴き、秋葉課長に対し、前日に承認された二時間の年休指定を撤回するとして、二八日全一日の年休請求書を提出した(時刻以外については争いがなく、時刻については乙一二号証、証人秋葉弘。)。
2 東京中央郵便局における年休に関する定めは、以下のとおりである。
(一) 「郵政事業職員勤務時間、休憩、休日および休暇規程」(国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法に基づき郵政大臣が制定したもので、以下「勤務時間規程」という。)五八条、六一条、六四条、六七条、七一条、郵政省就業規則七七条、八〇条、八二条、「年次有給休暇に関する協約」(国営企業関係労働関係法八条に基づき郵政省と関係労働組合との間において締結されたもので、以下「年休協約」という。)二条、四条、七条によると、東京中央郵便局における年休には、計画付与による年休(以下「計画年休」という。)と自由付与による年休(以下「自由年休」という。)の二種類があり、自由年休とは労働基準法及び労働協約によつて発生した年休のうち計画年休とされるもの以外のものをいい、自由年休には法内休暇と協定休暇とがあり、右のうち協定休暇の場合に限り一時間を単位として付与することができることとされている。
(二) 勤務時間規程六九条によると、自由年休を請求する場合、一項で「職員は、所属長に対し、請求書を、原則として、その希望する日の前日の正午までに提出しなければならない。」(以下「事前請求」という。)が、例外として二項で「病気、災害その他やむを得ない事由によつて、あらかじめ休暇を請求することが困難であつたことを所属長が認めたときは、職員はその勤務しなかつた日から、週休日および祝日を除き、おそくとも三日以内に、その事由を付して請求書を提出することができる。ただし、この期間中に休暇を請求することができない正当な事由があつたと所属長が認めたときは、職員は、右の期間をこえて請求書を提出することができる。」(以下「事後請求」という。)と規定されている。
また、郵政省就業規則八六条、年休協約及び同協約付属覚書1、2項においても、それぞれ自由年休の請求手続について勤務時間規程と同様の手続が規定されている。
(三) 東京中央郵便局の郵便関係課長職務分任規程三条(3)、五条(5)及び同部長職務分任規程六条(4)によると、職員が年休を希望する日の前日の正午までに書面で請求した年休の処理は、課長の職権に属するが、右以外の年休申請に対する処理は、部長の職権に属することと取り扱われている。
3 輸送部部長宮西武(以下「宮西部長」という。)は、一〇月四日、原告の九月二八日の欠務のうち午前中の欠務は同人から四時間の年休請求書が提出されることを条件に年休として認めるが、午後の欠務については、同月二七日に年休として既に認められた午後一時から午後三時を除き不承認欠勤であると判断し、宮西部長の指示に基づき、輸送部計画課課長湯本忠司(以下「湯本課長」という。)が、一〇月一二日、原告に対し、右の趣旨を伝えたが、原告は、午前中四時間についての年休請求書を提出しなかつた。
4 東京中央郵便局長は、一一月一八日、原告に対し、九月二八日のうち午前八時三〇分から午後〇時三〇分まで及び午後三時から午後四時五二分までの間、年休の取扱いをせず、欠勤として処理し、右欠勤を理由として九月二八日の一日分の賃金のうち前日に承認済であつた同日午後一時から午後三時までの二時間の年休分を除いた六時間分(実労働時間五時間三七分)に相当する一万〇八二四円の賃金を支払わなかつた。
二 争点
1 事前請求の定めに反して、希望する休暇日の前日の正午以降に電話で請求した年休の時季指定は有効か。
(なお、仮にこれが有効として、原告が電話で欠務の連絡をした際に二八日全一日の年休の時季指定をしたか、という争点がある。)
2 仮に争点1の年休の時季指定が認められないとして、九月二八日午後四時三〇分頃、原告が書面で請求した全一日の年休の時季指定は、事後請求として適法といえるか。
三 原告の主張
1 争点1について
(一) 郵政省就業規則八六条一項は、年休請求をする場合は、「希望する日の前日の正午までに請求書を提出してしなければならない」と規定しているが、同条二項は、一項の「希望する日の前日の正午」以降の年休の時季指定について定めており、右二項は、<1>希望する日の前日の正午以降から当日の就業開始時刻までの間に時季指定した場合と<2>希望する日の当日の就業開始時刻以後に時季指定した場合の双方を規定していると解すべきで、<1>の場合は、労働基準法三九条四項によつて当然年休が成立すると解すべきである。
(二) また、労働基準法三九条四項は年休の時季指定について必ずしも文書によることを要求していない。したがつて、口頭でなされた時季指定も有効であり、電話による口頭の時季指定も認めるべきである。東京中央郵便局では、文書によらない口頭の時季指定権の行使については、その受付もせず、すべて同法三九条による年休の時季指定ではなく、郵政省就業規則八六条二項の事後請求による特別の年休権の問題として処理しているが、この取扱いは違法である。
(三) 最高裁判所昭和五七年三月一八日判決・民集三六巻三号三六六頁は、就業規則で「休暇を請求する場合は、原則として前々日の勤務終了時までに請求するものとする。」と定められているにもかかわらず、年休当日の就業開始時刻直前に電話で年休の時季指定をしたという事例について、労働者の請求自体がその指定した休暇の始期にきわめて接近してされた場合であつても労働基準法上の年休の時季指定として有効と解し、それを前提として時季変更権の行使の当否を問題としている。したがつて、本件においても、原告の九月二八日午前八時一〇分頃の電話による年休の時季指定は有効なものとして扱うべきである。
(四) 原告は、九月二八日午前八時一〇分頃、北川代理に電話で、同日全一日の欠務を届け出ると共に、前日に年休請求して承認された同月二八日午後一時から午後三時までの二時間の年休請求を取り消し、同日全一日(午前八時三〇分から午後四時五二分まで、実働七時間三七分)の年休の時季指定をした。
2 争点2について
(一) 原告が九月二八日午後四時頃にした同日全一日の年休の事後の時季指定には、次のようなやむを得ない事由があつた。
原告の妻山田偉美子(以下「偉美子」という。)は、実母が八月二五日に死亡した後、約二年にわたる実母に対する看病疲れと実母を失つた精神的ショックから持病の喘息、高血圧症が悪化し、九月頃には頻繁に通院加療をするようになつていたところ、九月二八日朝、突然、喘息の発作を起こした。偉美子の喘息の発作は一時間以上続くこともあり、また、一旦治まつても再び再発するおそれもあり、当日原告が偉美子の看病をする必要があつた。
(二) 郵政省就業規則及び年休協約によると、年休を希望する日の前日の正午までに書面で年休を請求することの困難な事情があり所属長がやむを得ない事由があると認めたときは事後に年休を請求することが認められ、これはいわゆる事後の年休の振替を定めたもので、原告の本件年休請求は、次に掲げるような事情に鑑みると、当然右振替が認められてしかるべき場合であつて、年休の振替を認めなかつた東京中央郵便局の本件取扱いは、年休振替に際しての裁量の範囲を明白に逸脱しており、違法である。
(1) 九月二八日の第四輸送課の業務は、原告が全一日の休暇をとつたとしても全く業務支障の生じないものであつた。すなわち、九月二八日午前八時一〇分頃、原告の欠務について北川代理から報告を受けた秋葉課長は、第四輸送課の郵袋整理担務の篠崎一己を、当日原告が担当する予定であつた帳場担務に変更し、現実に帳場の業務に支障は生じなかつたのであり、また、当日篠崎一己が担務する予定であつた郵袋整理については、北川代理が補充的に応援することによつて現実に郵袋整理の業務に支障は生じなかつた。当日の第四輸送課の稼働人員は、一二名であつたが、当時、同課の業務は稼働人員一〇名以下であつても支障は生じない状況であつた。
(2) 事後請求が認められるか否かの判断基準は、休暇をとることについてやむを得ない合理的理由があるかどうかではなく、業務の支障があるかどうかによるべきであるにもかかわらず、東京中央郵便局では、本件について誤つた見解に基づいて年休を否定した。
(3) 突発的事情により休暇を認める必要が生じたときは、その休暇を一日とするか半日とするかは、基本的に休暇をとる本人の判断に委ねるべきであるとするのが社会常識である。
(4) 仮に当日午後三時から就労すべきであるとすると、わずか二時間の勤務のために往復三時間の通勤を原告に強制する結果となる。
(5) 第四輸送課の業務は午後三時頃にはひととおり終了するのが通常であり、仮に原告が当日午後三時前に第四輸送課に出局しても就くべき仕事は全くといつてよいほどなかつた。
(6) 前掲最高裁判決によると、労働者の年休の請求自体がその指定した休暇期間の始期にきわめて接近してされた場合には、右時季指定が有効であることを前提として、それに対する使用者の時季変更権の行使が適法となるためには、客観的に時季変更権を行使しうる事由があるだけでなく、さらに時季変更権が遅滞なく行使される必要があるとしている。ところが、宮西部長は、湯本課長を通して、一〇月一二日に至つてはじめて、原告に対し、九月二八日の欠務について年休の成立を認めない旨を告げて、時季変更権を行使したが、右の時季変更権の行使は、原告が欠務した日から一四日も経過した後であつた。宮西部長の原告に対する右時季変更権の行使は、時期を失したものであり、不適法である。
しかも、それまでの第四輸送課では、突発欠務の場合でも、就業時刻前の電話連絡により承認されたときは、年休として認められており、均衡を失するうえ、本件のように長期間経過してから年休を否定すると、原告にとつて不意打ちにもなる。
(7) 原告は、九月二八日午後四時頃、秋葉課長に対し、同日全一日の事後の年休請求書を提出しているにもかかわらず、改めて午前中四時間の年休請求書が提出されない以上午前中四時間の年休をも認めないとするのは不当である。
四 被告の主張
1 争点1について
(一) 労働基準法三九条四項は、年休の時季指定をいつまでに行うべきかについて定めていないが、使用者に時季変更権が認められていることからして、使用者が時季変更権行使の有無の判断をするための相当な時間的余裕をもつて時季指定がされなければならないことは当然であり、「希望する日の前日の正午」までに年休請求をするものと定めている郵政省就業規則及び年休協約付属覚書は、時季指定権の行使について相当な時期的制限を定めたものであつて、適法である。
(二) また、労働基準法三九条は、年休請求の手続について定めていないが、それは年休請求に関する一切の手続的制限を禁ずる趣旨ではなく、年休の円滑な運営に必要な細目的手続については就業規則、労働協約等の定めに委ねていると解すべきである。書面の提出を要求することは、時季指定権の行使の存否及びその意思表示の内容を明確にするためであり、多数の職員の年休請求を管理し、その請求によつて時季変更権の有無及び行使を判断し、事業の正常な運営を確保する必要に基づくものであり、必要かつ合理的な方法である。また、書面の提出を要求することは職員にとつてそれ程の負担を課すものではなく、そのために時季指定が困難となるものではないから、年休の時季指定は書面によらなければならない旨定めることは、同条四項に反するものではなく、有効である。
(三) 原告は、九月二八日の前日である同月二七日の正午までに書面による同月二八日全一日の年休の時季指定をしなかつた。
(四) 郵政省就業規則八六条二項の年休の事後請求は、希望する日の当日の就業開始時刻以後に時季指定した場合に適用される。この場合、職員は、所定の勤務時間に執務することができないやむを得ない事由が生じたときは、あらかじめ所属長に申し出てその承認を得なければならず、そして、所属長が休暇扱いを承認したときにはじめて休暇取得のための所定の手続をとることとされている。
(五) 東京中央郵便局における欠務の処理については、郵政省就業規則八条には、職員自らが、自己の勤務の種類、始終業時刻等の勤務内容をあらかじめ了知しておき、所定の勤務の遂行に支障なきを期さなければならない旨が定められ、同規則一一条には、職員があらかじめ割り振られた所定の勤務時間になんらかの事情で執務できない場合には、原則として、事前に申出をし、所属長の承認を受けるべき義務を負つており、職員は右の承認を受けない限り、職務専念義務を免れない旨が定められており、欠務の申出の方法については、書面又は口頭その他の方法によることとされ(「郵政省就業規則の取扱いについて」一一条)、緊急やむを得ない場合に限り電話等による申出の方法が認められている。
しかし、欠務の申出がなされたとしても、これによつて休暇もしくは欠勤等が承認されたものではなく、あくまでも第一次的に郵政省就業規則一一条の「執務できないときの申出」の義務が果たされたに過ぎない。右欠務について休暇や欠勤の取扱いとすることが承認されるためには、年休、特別休暇、病気休暇、代替休暇などとして処理されるものについては、郵政省就業規則所定の休暇の手続をしなければならず、所属長が休暇の承認を与えないため休暇として取り扱われないものについては、欠勤となり、郵政省就業規則で別に定める届を提出しなければならない。
原告は、九月二八日午前八時一〇分頃、北川代理に対し、同日全一日の欠務を電話で連絡し、北川代理は右欠務を承認したが、この連絡は、郵政省就業規則一一条に基づく欠務の申出に過ぎず、また、北川代理の承認は同条に基づく欠務の承認に過ぎず、原告は、このときこれとは別に同日全一日の年休請求はしなかつた。
(六) 原告は、最高裁判所昭和五七年三月一八日判決を引用するが、同事件は電報電話局に関するものであるところ、郵政省では年休制度及びその時季指定の運用について、関係労働組合との協約により、休暇の請求にはあらかじめ所定の様式に従つた年休請求書を提出する旨を明定し、職員は右請求書により年休の請求を行うこととされている点で、電報電話局の取扱いとは事情が異なつている。
2 争点2について
(一) 郵政省就業規則八六条二項、勤務時間規程六九条、年休協約付属覚書1、2項の定める事後請求は、争点1(四)(五)の被告主張欄に記載したとおり、やむを得ない理由があるとして同規則一一条に基づく承認を受けた欠務につき、職員自身の責に帰することができないような事由により事前に時季指定することができなかつた場合について、これを欠勤として給与の減額をするということは酷に過ぎるということで、特に所属長の判断により年休として追認することが認められる措置であつて、あくまで例外的措置である。
すなわち、労働基準法上は所属長にそのような追認をする義務はないが、合理的な範囲で職員の利益となるように扱うこととして定めたに過ぎないものであつて、年休扱いとして認めるか否かは、所属長がその請求の遅延理由が合理的又は正当であると認めた場合に限定することとして運用されているものであり、職員が事後措置として「請求書を提出することができる場合」は、このような欠務につき「やむを得ない事由によつてあらかじめ休暇を請求することが困難であつたことを所属長が認めたとき」に限定されるものである。
(二) 原告が九月二八日午後四時三〇分頃にした事後の年休請求は、(一)記載のいわゆる年休の振替として扱うべき場合であり、右年休の振替を認めるか否かは、東京中央郵便局の郵便関係部長職務分任規程により各部の部長の裁量に任されており、右振替を認めなかつた宮西部長の判断は、以下の事情があるから右裁量の範囲内である。
(1) 原告は、九月二八日、昼頃、長男が帰宅し、同人が偉美子の看病をしたので、組合の会議に参加し、その会議が延長されて終了した後、午後四時三〇分頃出局し、秋葉課長に対し、同日全一日及び翌二九日全一日の年休請求書を提出したものであり、郵政省就業規則八六条二項及び年休協約書付属覚書1の「やむを得ない事由」は、同日の昼以降解消したものである。ただし、原告は、同月二七日に既に、同月二八日午後一時から午後三時までの二時間の年休を請求し、承認されているから、就労義務が発生したのは午後三時以降である。
(2) 原告は、本件欠務の翌日である九月二九日に年休をとつており、秋葉課長は、翌三〇日が週休日であり、一〇月一日は土曜日で半日勤務であつたため、同月三日、原告から本件欠務についての事情を聴取して事情聴取書を作成した。
宮西部長は、一〇月四日、秋葉課長から提出された事情聴取書に基づき、原告の九月二八日の欠務のうち午前中の欠務は原告の妻の病気の看護のためという社会通念上やむを得ない理由があるから、本人から午前中四時間の年休請求書が提出されることを条件に年休として認めるが、午後の欠務については、妻の看護のためという突発欠務の理由がすでに解消しているから、所定の勤務に就く義務を負うべきものであるところ、午後一時から午後三時までについては同月二七日に年休が請求され承認されているので、午後三時以降の欠務について不承認欠勤であると判断し、秋葉課長に対し、その旨を原告に伝えるよう指示した。
しかし、秋葉課長は、翌一〇月五日から同月一九日まで病気のため休務したので、宮西部長は、その間の同月一〇日、湯本課長に対し、右の趣旨を原告に伝えるよう指示し、湯本課長は、同月一二日、原告に対し、右の趣旨を伝えた。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 年休の時季指定は、郵政省就業規則、勤務時間規程及び年休協約において、希望する日の前日の正午までに書面で行使しなければならないと規定されているにもかかわらず、原告が九月二八日について右所定どおりの年休の時季指定をしなかつたことは当事者間に争いがない。
年休の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件を満たすことにより法律上当然に労働者に生じるものであり、使用者側が時季変更権を行使することによつて年休の成立を否定できる場合以外は、労働者が同条四項に規定する時季指定権を行使することにより当然に年休が成立するものであるが、同項は、時季指定権の行使時期及び行使方法については特に定めていない。
思うに、年休請求の時期及び方法に関する前記の定めは、使用者側に時季変更権を行使するか否かの判断に要する時間的な余裕を与えると同時に、職員の服務時間割を事前に変更して代替要員を確保するのを容易にすることにより、時季変更権の行使をなるべく差し控えられるようにする趣旨によるものであり、また、時季指定権行使の存否、時期及びその意思表示の内容を書面によつて明確にすることにより多数の労働者の年休の円満な管理、運営を図る趣旨によるものであつて、しかも、前日の正午までに書面の提出を要求しても労働者に過大な負担を課すものではなく、それにより時季指定権の行使が著しく困難になるというものではないと認められるから、年休の時季指定権の行使時期、方法の制限として合理的なものということができ、この見地から労使間の合意によつて労働協約の内容とされているものとして首肯することができる。したがつて、このような事前請求の定めは、同項に違反するものではなく、有効なものというべきである。
2 もつとも、突発的なやむを得ない事情により希望する日の前日の正午までに書面で時季指定をすることができなかつたときに、時季指定が書面によつて事前にされていなかつた一事をもつて、有効な時季指定権の行使として認められないとするのは、場合によつては、年休を権利として与えた法の趣旨に沿わない結果となることがある。
ところで、証人宮西武の証言によれば、東京中央郵便局輸送部において、前日の正午から当日の就業開始時刻までの間に提出された年休請求書によつて請求された年休は、事前請求の定めにかかわらず、適式な年休の時季指定があつたものとして取り扱うこととしていたことが認められる。しかしながら、当日の就業開始時刻までに年休請求書を提出できなかつた場合は、もはや事情の如何を問わず年休の時季指定権の権利行使としては一切認められないとすることは、労働基準法三九条が、使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように状況に応じた配慮を要請している趣旨からみると、許されないものと考えられる。
したがつて、当日の終業開始時刻までに書面で請求できなかつた場合であつても、それがやむを得ない事情に基づくときは、その事情が止んだ後に速やかに書面でされた時季指定に対しても使用者はこれを有効なものとして取り扱うよう配慮すべきであるが、事後請求に関する郵政省就業規則、勤務時間規程及び年休協約付属覚書の定めは、後記のとおり、そのような場合の年休請求に関するものを規律したものと理解するのが相当である。
3 以上のとおりであるから、原告が九月二八日午前八時一〇分頃に電話で年休請求をしたことをもつて事前請求をしたとする主張は、郵政省就業規則、勤務時間規程及び年休協約付属覚書の定めに反するものであつて、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
二 争点2について
1 まず、事後請求の趣旨について検討する。
(一) <証拠・人証略>によると、次の事実が認められる。
(1) 東京中央郵便局輸送部においては、従来から、職員が勤務日当日に急に勤務を休む場合を突発欠務と称し、次のような取扱いをすることとなつていた。すなわち、職員から勤務日当日の就業開始時刻直前になつて突発欠務の電話連絡があつたときは課長代理又は主事がその連絡を受け、課長代理又は主事は、まず、電話聴取書に連絡者氏名、連絡内容を記載し、さらに、突発欠務記録簿の表意区分欄に「欠務」と記載したうえで、連絡内容欄に電話で申出のあつた内容を簡潔に記載し、右の電話聴取書と突発欠務記録簿を課長に提出して報告する。課長は、右資料に基づき、その日の職員の担務を調整する。その後、課長あるいは課長代理は、欠務した職員が出局したときに、右欠務についてその理由について詳しく事情聴取し、執務することができなかつたことにつきやむを得ない理由があつたかどうかを調査したうえ、輸送部長が右欠務の処理につき年休として処理するか、病休として処理するか、欠勤として処理するかを本人の希望等を考慮して決定することとなつている。突発欠務が年休として処理されるのは、当該欠務が休暇扱いとして処理されるにふさわしい理由に基づくものであり、かつ、年休の時季指定をあらかじめ書面ですることができなかつたことにやむを得ない事由がある場合、本人の希望等を考慮して所属長が総合的に判断してすることとされている。
(2) 第四輸送課においては、突発欠務の処理は、従来から、右取扱いに従つて処理されていた。課長代理あるいは主事は、電話聴取書及び突発欠務記録簿の各連絡内容欄に、当事者が申し出た内容をそのまま記載する取扱いとなつており、仮に電話連絡において連絡者が年休を請求する趣旨の申出をしたときはその旨を各連絡内容欄に記載するが、輸送部においては、従来から電話による年休請求は認めない扱いをしていたので、右の趣旨は単に連絡者が年休処理を希望したというに過ぎないもので、突発欠務がどのように処理されるかは、輸送部長のその後の判断によつて決定されることとなつていた。
九月二八日午前八時一〇分頃原告からの電話連絡を受けた北川代理が作成した電話聴取書及び突発欠務記録簿の各連絡内容欄には、原告が年休請求したことは記載されていない。
(3) 以上の事実に照らすと、原告本人尋問の結果中の、原告が前日に請求し承認された同日の午後一時から午後三時までの二時間の年休を取り消したうえ、同日全一日の年休の請求をしたとの供述部分は直ちには措信できず、かえつて、北川代理は、原告から、妻が急病になつたのでその看護のため休ませてほしい旨の連絡を受けた際、特に年休を請求する旨の申出がなかつたため電話聴取書及び突発欠務記録簿にその旨の記載をしなかつたことが認められる。
(二) ところで、<証拠・人証略>によると、次の事実が認められる。
(1) 東京中央郵便局輸送部では、昭和六二年四月から昭和六三年三月までの突発欠務日数は四〇九日、同人数は五九一人(そのうち第四輸送課の突発欠務日数は五六日、同人数は五七人)であり、同年四月から同年八月までの突発欠務日数は一四一日、同人数は二〇三人(そのうち第四輸送課の突発欠務日数は三三日、同人数は三二人)であつた。郵便局では業務運行に必要な要員配置をしているが、突発的に欠務する者が生じると、必要な業務運行の確保ができなくなり、第四輸送課においても、各郵便局が運送手段として用いている空郵袋を主に扱つているので、突発的に欠務が生じると各郵便局の全体的な業務運行に支障が生じることとなる。そこで、輸送部計画課は、九月二〇日から三日間にわたり輸送部の各宿直明けの課長代理及び主事を対象として職場秩序維持の確立を目的とする研修を開催し、北川代理も右研修に参加した。
(2) 右研修においては、電話による突発欠務の申出に対する応対及び電話聴取書並びに突発欠務記録簿の記載の仕方が輸送部各課により異なつていたため、各課の取扱いを前記認定の従来からの取扱いに従つた電話による突発欠務の申出に対する応対及び右各書面の記載の仕方に統一することも研修内容の一つとなつていた。右研修に用いられた資料は、事前に輸送部の管理職らに配付された。右研修には宮西部長、副部長のほかほとんどの課長代理及び主事が出席し、計画課の課長代理が司会進行を務め、各テーマにつき討議した後、宮西部長がコメントをするというやり方で各日約一時間行われた。
(3) 以上の事実によると、九月二〇日から同月二三日までの研修により、突発欠務の処理についての研修がされたことは認められるが、その内容は、それまでの第四輸送課における処理の仕方を確認する内容のものであり、特に従来の第四輸送課の取扱いを変えたとは認められない。
原告は、この点に関し、本人尋問において、輸送部は、九月頃、突発欠務の減少のための対策を目的とした管理職の研修が実施され、右研修において、仮に電話で年休請求がなされても、取り敢えず欠務として取り扱う旨の応対をするよう指導がされた旨を供述するが、独自の見解に過ぎない。北川代理が、特に本件の原告の年休請求を無視したとの事実は本件全証拠によつても認められない。
(三) 以上のとおり、東京中央郵便局輸送部においては、突発欠務につき、欠務の届出に際して口頭で年休の権利を行使したとしても、それは届出者の事後請求における年休処理の希望として記録されるに過ぎず、年休の権利行使としては認めない取扱いをしており、事後に請求があつた場合には、欠務者から事情を聴取したうえで、郵政省就業規則一一条により欠務を承認するにふさわしい合理的な理由が存在し、かつ、同規則八六条二項によつてあらかじめ年休請求書を提出することができない客観的事情があつたと認められる場合に、所属長の裁量により、年休を付与する運用がされていたものということができる。
しかしながら、当日の就業開始時刻までに年休請求書を提出できなかつた場合は、もはや事情の如何を問わず年休の権利行使としては一切認められないとすることは、前記のとおり、許されないものと考えられる。職員が突発欠務についてあらかじめ書面をもつて年休の時季指定をすることができなかつた場合は、事前請求の定めに反して不適法であることになるが、事前に書面で請求できなかつたことにやむを得ない事情があり、その事情が止んだ後に速やかに書面でされた時季指定に対しては、使用者はこれを有効なものとして取り扱うよう配慮すべきものとすることは、労働基準法が労働者に年休を権利として与えた趣旨に沿い、かつ、事後請求に関する郵政省就業規則、勤務時間規定及び年休協約付属覚書の文言に合致し、また、これによつて事前請求の定めを設けた目的に反することになるものでもない。それゆえ、このような場合の年休請求については、時季変更権を行使できる要件が存在し、かつ、その行使がない限り、これを否定することはできないものというべきである。したがつて、事後請求に関する郵政省就業規則、勤務時間規程及び年休協約付属覚書の定めは、このような年休請求を否定できない場合については、所属長は年休を付与しなければならないことを規定するとともに、使用者に時季変更権を行使できる要件があるにもかかわらずこれを行使しない場合の年休請求に限つて、前記の東京中央郵便局輸送部における突発欠務に対する取扱要領を許容するものと解するのが相当である。
2 そこでまず、原告が、九月二八日午後四時三〇分頃、前日に承認された二時間の年休指定を撤回して、二八日全一日の年休請求書を提出してした事後請求について、右のやむを得ない事情が存するか否かについて検討する。この場合、右二時間分の年休は年休請求書を提出した時点で既に具体的に権利行使が実現して権利が消滅しているのであるから、この部分の権利を改めて行使する余地はなく、したがつて、右年休請求書は、その余の部分すなわち午前中四時間分と午後三時からの二時間分についての年休に関するものとみることができる。
(一) <証拠略>によると、次の事実が認められる。
原告の妻偉美子は、長く入院していた同人の母の看病をしていたが、母は八月二五日死亡した。偉美子は、それまでの看病疲れと母の葬式疲れとにより持病である喘息を悪化させ、九月頃からたびたび通院するようになつていたところ、九月二八日朝、突然、喘息の発作を起こした。同人の喘息の発作は一旦鎮まつても再発の危険があるため、一日誰かが偉美子を看護する必要があつた。原告は、偉美子と二人の子供(大学生の長男及び高校生)と同居していたが、子供達は、いずれも同日学校に通つており、偉美子の看病を任せることができない状況であつた。
(二) 以上の事実によると、事前に妻の急病を予測することはできないし、突然の発病に対する看病に原告自身があたる必要があつたと認められ、事前請求の定めに従つてあらかじめ書面で年休を請求することが困難なやむを得ない事情があつたというべきである。
3 次に、原告の右事後請求につき、時季変更権を行使できる要件があつたかどうかについて検討する。
(一) 勤務割による勤務体制がとられている事業場において、勤務割における勤務予定日に年休の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をしたとしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にないと認められるときは、労働基準法三九条四項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるということができる(最高裁判所平成元年七月四日判決・民集四三巻七号七六七頁)。
(二) そこで、本件について検討すると、<証拠・人証略>によると、次の事実が認められる。
(1) 東京中央郵便局輸送部第四輸送課は、郵袋の運送計画、郵袋の整理、出納、保管を受持ち、課長一名、課長代理二名、主事二名、主任五名、一般職員一五名で構成されている。そのうち計理は、第四輸送課の庶務的事務、郵袋の総合的運転計画、調整の事務を課長を含め五名で担当し、残りの二〇名が現場作業を担当し、発着は、各局からの郵袋の受入れ及び各局への空郵袋の送り出しの作業を、整理は、各局又は自局から送られてくる郵袋を郵袋別に区分けする作業を、汚棄損の選別・棄却裁断は、汚れた郵袋、破けたり穴の開いた郵袋をえり分け、裁断機にかけて裁断して棄却する作業を、帳場は、各局から送られてきた郵袋に添付されている郵袋送付書を照合して整理する作業及び第四輸送課から送り出す送状を作成、送付する作業をそれぞれ担当している。帳場の業務は、その仕事の性質上、誰にでも担当できるものではなく、第四輸送課の中では、原告を含め六名の者が担当することができた。
帳場には、郵袋の補給事務と受入事務に各一名が配置される。補給事務は各局の要求に応じて早急に郵袋を送付する必要があるため、午前中に中心的に処理され、受入事務は、郵袋の受入個数の確認と送付証の転記、集計をするため午後になされるが、郵袋の出納状況の報告を経理課にする必要があつた。そこで、受入事務担当者は、郵袋の補給数と受入数を午後三時頃までに集計し、出納帳を作成し、午後四時頃、経理課に報告するのが通常であつた。
現場作業を担当できる人員は、合計二〇名であるが、週休、非番、年休の関係で、実際の現場作業の配置可能人員は、日曜祝日は八名、月曜日は一一名、火曜日から金曜日は一四名、土曜日は一三名であり、かつ、これが必要人員であつたから、これに従つて勤務割が実施されていた。
(2) 九月二八日は水曜日であり、通常であれば第四輸送課の現場には一四名が配置されるところであつたが、桜井主事があらかじめ同日及び翌二九日にわたり出張を命じられていたため、一三名の配置となる予定であつた。九月二八日原告から欠務の連絡を受けた秋葉課長は、整理担務予定であつたが帳場作業を担当できる篠崎一己を帳場の担務に変更し、整理の担務は当日は二名の予定であつたところを、一名の担務とし、適宜北川代理が応援することとし、その結果、当日の業務には具体的な支障は生じなかつた。
(三) ところで、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、事前の蓋然性に基づいて判断すべきであり、現実に当日以降の事業の運営に支障が生じたか否かに係わらないと解すべきである。この理は、本件のように例外的に事後的な時季指定権の行使が許される場合でも同様であり、結果的に事業の正常な運営が妨げられなかつたことは、使用者が時季変更権の行使を控えるか否かの裁量判断をする際の一要素となるに過ぎないというべきである。
本件についてみると、現実には事業の正常な運営に支障は生じなかつたのであるが、当日の朝になつて欠務の申出がされたため事前に配置人員の調整をすることが困難であつたのみならず、帳場には通常一四名配置されるところ、桜井主事の出張のため一三名の人員配置となつていたこと、原告の欠務によりさらに一名減員となり一二名の配置となつてしまうこと、整理担務予定だつた職員を突然帳場担務に変更したこと、本来課長代理として課全体の業務運行や部下職員の指揮監督の職務を行うべき北川代理が整理の担務を応援せざるを得なかつたこと、これによりはじめて支障が生じるのを防ぐことができたこと、前日に原告が当日一日の年休を請求しようとしたところ桜井主事から当日の配置人員が一三名のため時季変更権を行使される可能性があることを指摘され、原告自ら午後の二時間の年休申請に変更したことからして、原告自身も自分の欠務により事業の正常な運営に支障が生じるおそれがあることを認識していたとみられることなどを考慮すると、第四輸送課において突発欠務の代替勤務を課長代理が行うことが労使慣行になつていた等の特段の事情が認められない本件にあつては、原告の事後請求には本件当日の第四輸送課ひいては輸送部の事業の正常な運営を妨げる蓋然性があつたものと認めることができる。そうすると、東京中央郵便局には、時季変更権を行使できる要件があつたものというべきである。
この点について、原告本人は、昭和五九年九月頃に郵便運送方法が改正され、郵便の運送に郵袋が使用されなくなり、また、郵袋出納日報が廃止されたため東京中央郵便局に郵袋が返送されなくなり、本件当時、第四輸送課の仕事は閑散としていた旨供述するが、証人宮西武の証言によると、昭和五九年二月頃、郵便の輸送システムの改善がされたことはあるが、その内容は、郵便番号の三桁を二桁区分にして輸送すること及び輸送方法を鉄道輸送から主に自動車運送に切り替えたことで、郵袋が使用されなくなつたのは、平成二年八月六日からパレット輸送に変わつたときからで、本件当時は依然として郵袋を使用して郵便を運送していたことが認められ、これに照らすと原告の供述はにわかに採用することができない。
また、原告本人尋問の結果中には、原告は、九月二七日、最初は翌日全一日の年休を請求しようとしたが、原告の年休保有日時数が少なかつたので、翌年の三月までに年休をとる可能性を考慮して結局二時間の年休請求をしたとの部分があるが、同時に前記認定のとおり年休請求を相談した桜井主事が同日の業務の差し障りを心配していたので年休請求を切り替えたとの部分も存し、右の事実は前記認定を覆すものではない。
4 さらに、原告の事後請求に対する時季変更権の行使についてみると、前記のとおり、宮西部長が、一〇月四日、原告の欠務のうち午前中の欠務は同人から四時間の年休請求書が提出されることを条件に年休として認めるが、午後の欠務については、同月二七日に年休として既に認められた午後一時から午後三時を除き不承認欠勤であると判断し、湯本課長が、一〇月一二日、原告に対し、右の趣旨を伝えたものであるから、結局、原告の年休請求を承認しない旨の意思表示をしたと認めることができ、この時点において、東京中央郵便局は、原告に対し、時季変更権の行使をしたものと認めることができる。
(一) 本来、時季変更権の行使は、労働者の対応に影響を与えるものであるから、年休が生じる前に行使されるべきであるが、本件のように事後的に時季指定権を行使されたときは、あらかじめ労働者に時季変更権の行使の有無を知らせる意義がそれほど大きくないから、事後に合理的期間内にされていれば足りると解すべきである。
(二) <証拠・人証略>によると、次の事実が認められる。
原告は、九月二九日については全一日の年休を取つていたので出局しなかつた。同月三〇日は、秋葉課長が週休日で出局しなかつた。一〇月一日は土曜日で、職員は半日勤務であつた。秋葉課長は、次の出勤日である一〇月三日、原告から、本件欠務についての事情聴取をして事情聴取書(乙一三号証)を作成した。宮西部長は、同月四日、秋葉課長作成の事情聴取書に基づき、原告の欠務の事情について報告を受け、前記のとおり決定し、同日勤務終了時刻頃秋葉課長に、原告に対して時季変更権を行使することを伝えるよう指示した。しかし、秋葉課長が原告にこれを伝えようとしたときには、既に原告は勤務を終了し退庁していた。
ところが、翌五日から、秋葉課長は健康を害し、以後同月一九日に至るまで勤務を休んだ。当初、宮西部長は、原告の直接の上司である秋葉課長から時季変更権の行使を伝達するのが妥当と判断し、秋葉課長の出局を待つていたが、秋葉課長の休暇が長引きそうなので、同月一〇日に至り、計画課が輸送部の庶務的事務を担当していたため、同課の湯本課長を通して原告に時季変更権の行使をすることとし、その旨湯本課長に指示した。湯本課長は、一〇月一二日、原告に対し、右の趣旨を伝えた。
(三) 以上の事実によると、宮西部長が、原告に対し、一〇月一二日に至つて漸く時季変更権の行使を伝えたのには、やむを得ない事情があつたというべきで、この事情を考慮すると、宮西部長は、合理的期間内に時季変更権を行使したものというべきである。
5 突発的なやむをえない事情により当日の就業開始時刻までに書面で時季指定をすることができなかつた場合に、使用者が適法な時季変更権を行使できる場合であつても、使用者が労働者の事情を考慮して、時季変更権の行使を控えることも許されるが、それを行使するか否かは、年休制度の趣旨に反しない範囲で使用者の裁量に委ねられているというべきである。そこで、宮西部長のした判断が右の裁量の範囲を逸脱したものか否かについて判断する。
(一) <証拠・人証略>によると、次の事実が認められる。
(1) 原告が欠務した原因となつた九月二八日の偉美子の喘息の発作は、同日昼頃には、病状も落ちつき、また、原告の長男も昼頃帰宅した。原告は、当時、郵産労中郵支部の調査交渉部長を担当していたところ、同日午後一時から三時まで右組合の調査交渉担当者会議を招集していたうえ、翌二九日に開催される組合の全国業対部長会議に出席する予定であつたが、未だそのための年休を請求していなかつたので、同月二八日中に年休請求書を提出する必要があつた。他方、原告の長男は、偉美子の看護の経験が何度かあり、偉美子の病状が悪化したときには自家用車で栗山中央病院に偉美子を連れていくこともできた。そこで、原告は、調査交渉担当者会議に参加できなかつた事情を右会議の参加者に説明し、また、翌二九日の年休請求書を提出しようと考えた。
(2) 調査交渉担当者会議は、東京都千代田区神保町に所在する郵産労中郵支部事務所において同月二八日午後一時一五分から午後二時三〇分頃まで行われたが、原告が右事務所に到着したのは午後二時四〇分頃で、既に会議は終了していた。原告は、残つていた出席者に不参加の事情を説明した。
(3) 原告は、午後四時三〇分頃、同日及び翌二九日の年休請求書を提出するため、東京中央郵便局輸送部第四輸送課に赴き、北川代理、桜井主事及び篠崎一己に改めて事情を説明のうえ、秋葉課長に二日分の年休請求書を提出した。秋葉課長は、原告が同日欠務した事情及び同人が同日の午後四時三〇分に至つて出局した事情について事情聴取書を作成した。秋葉課長は、一〇月三日にも、原告から本件欠務につき事情を聴取し、事情聴取書を作成したが、右事情聴取書には、午後三時に終わる予定の会議が延びた旨の記載がある。
(二) 以上の事実によると、九月二八日の昼以降、原告の代わりに長男が偉美子の看病をすることができ、その後は原告が出勤できる状態になり、現に午後二時四〇分頃には神田の組合事務所に寄つているのであるから、その点をとらえて宮西部長が、同日午前中四時間については、四時間分の年休請求書の提出を条件に年休として扱うが、午後三時から二時間分の年休請求については承認しないとして時季変更権を行使した判断には理由があり、宮西部長が原告を特に不当に扱うために欠勤としての処理をしたとの事情を窺うことはできない。
また、原告は、同日全一日の年休請求書を提出しただけで、宮西部長の指示に従わなかつたのであり、これは、具体的には午前中四時間分と午後三時からの二時間分の年休が併せて認められない限り年休の請求をしないとの意思を明白に示したものであるから、これをもつて、午前中四時間分の年休請求に代えることは許されない。
そうすると、結局、宮西部長が、時季変更権の行使を控えるか否かの判断の裁量の範囲を逸脱したものということはできないというべきである。
よつて、争点2についての原告の主張にも理由がない。
三 以上のとおり、結局、原告の主張はすべて理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 坂本宗一 裁判官 塩田直也)
《当事者》
原告 山田和男
右訴訟代理人弁護士 小部正治 同 牛久保秀樹 同 金井克仁 同 小林譲二 同 上野 元
被告 国
右代表者法務大臣 後藤田正晴
右指定代理人 開山憲一 <ほか八名>