大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(モ)2044号 決定 1998年8月17日

債権者

安田紀子

右代理人弁護士

志村新

君和田伸仁

穂積剛

債務者

ナショナル・ウエストミンスター・バンク・パブリック・リミテッド・カンパニー

(ナショナル・ウエストミンスター銀行)

日本における代表者

ロバート・ジョン・ウィンザー

右代理人弁護士

福井富男

内藤潤

右復代理人弁護士

今和泉学

主文

一  債権者と債務者間の当庁平成九年(ヨ)第二一二〇〇号地位保全等仮処分命令申立事件について、当裁判所が平成一〇年一月七日にした仮処分決定はこれを認可する。

二  異議申立後の費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、債務者に雇われていた債権者が、債務者に解雇されたと主張して、債務者に対し労働契約上の権利を有する地位の仮の確認及び賃金の仮払いを求める事案である。

二  前提となる事実

1  債権者が解雇されるに至る経緯について

(一) 債務者は英国法を準拠法として設立された銀行などの金融業その他を営む会社であり、その本店はイギリスのロンドンにあり、日本国内には債務者の肩書住所地(日本における営業所の所在地)に日本における営業所(以下「東京支店」という)が設けられ、約一〇〇名余りの従業員が勤務している(争いがない)。

(二) 債権者は、昭和五八年六月に債務者の東京支店の従業員として採用され、以後輸出入に関わる銀行業務に従事してきたが、昭和六一年にはスーパーバイザーに、平成三年八月にはアシスタント・マネージャーに、それぞれ昇進し、平成四年以降はトレード・ファイナンス・ユニットの主任の地位にあり、平成七年以降はトレード・ファイナンス・ユニットの主任として主にグローバル・トレード・バンキング・サービス(略称はGTBSである。以下「GTBS」という)アジア・パシフィック部門(債務者の東京支店においてアジア太平洋地域における輸出入に関わる銀行業務を担当する部署)の事務を担当していた(GTBSの事務を担当し始めた時期及び平成七年以降主にGTBSの業務を担当していたことについては(書証略)、その余は争いがない)。

(三) 債務者は平成九年三月一二日東京支店のGTBSアジアパシフィック部門を同年六月をめどに閉鎖することを発表し、同部門に所属していた債権者を含む三名の従業員に対し同部門の閉鎖を理由に退職を勧奨し始め、同年四月一四日付けの文書(書証略)をもって債権者に対し、債権者が同年九月三〇日までに退職することに応じた場合にはトレード・ファイナンスの閉鎖のための業務が終了した後は債務者に出社することなく新しい就職先を見つけることができる上、右同日までの給料金四一〇万九三〇四円、同年の夏季の賞与金一九〇万二九八〇円、同年の冬季の賞与金九五万一四九〇円(ただし、冬季の賞与については同年九月三〇日まで勤務したものとして計算した金額)、就業規則の退職の条項に従って計算した退職金八〇二万二四〇〇円、未消化有給休暇の買上げ分金一二二万九一二九円、特別退職手当金六五三万五〇二一円及び一か月分の特別給与金五九万四七〇〇円、合計金二三三四万五〇三四円(税引き前)を支払うことなどを申し入れた(申入れの内容については(書証略)、その余は争いがない)。

(四) 債権者がこの申入れに応じないでいたところ、債務者は同年五月一三日付けの文書(書証略)をもって債権者に対し、債務者に支払われている給与は債権者の特殊技能に対して支払われているものであるが、債務者は通常の商取引から特殊な投資銀行業務に移行する予定であるため、債権者の特殊な技能は債務者としてはもはや必要ないこと、移行後は部門ごとに分かれ全く分離した形態での営業管理が債務者内で行われ、新しく特殊な業務の推進のため関連業務をこなす人材を確保する必要があること、したがって、債権者が退職ではなく債務者に留まりたいというのであれば、債務者が債権者に提供できるのは一般事務職しかなく、その給与の金額も現在債権者に支払われている金額よりも少なくなることなどを申し入れ退職に応じるよう求めた(平成九年五月一三日付けの文書の内容については(書証略)、その余は争いがない)。

(五) 債権者が所属していたナショナル・ウエストミンスター銀行東京支店従業員組合(以下「本件組合」という)は同月二九日に債務者との間で債権者の処遇について団体交渉を行い、その後団体交渉は同年六月五日、同月二三日、同月三〇日及び同年七月一〇日にそれぞれ開かれた。債務者は右同日に開かれた団体交渉の席上で、債権者が債務者に留まりたいというのであれば、債務者は債権者に対しファイナンシャル・コントロール・セクション(経理課のことである。以下「経理課」という)の中に一般事務職を提供する用意があること、この一般事務職の基本給は金六五〇万円であるが、最初の一年間に限って金二〇〇万円を補助することなどを提案するとした右同日付けの文書(書証略)を交付した(平成九年六月三〇日に団体交渉が開かれたことは(書証略)、その余は争いがない)。これに対し、債権者と本件組合は同年七月二三日債務者に対し、債権者は異議を留めつつ経理課における一般事務職として就労することに同意するが、一般事務職としての給与がアシスタント・マネージャーとしての給与よりも少なくなることには同意できないことを回答し、右の回答を記載した文書(書証略)を交付するとともに、本件組合は債務者に対し債権者の一般職としての賃金の引上げについて交渉するよう求めたが、債務者は債権者が提示済みの条件で退職するか一般事務職に就くかのいずれにも応じなければ債権者を解雇することを示唆した(争いがない)。なお、GTBSアジアパシフィック部門にいた債権者以外の二名は同年六月までに退職し、GTBSアジア・パシフィック部門は同月三〇日には閉鎖された(争いがない)。

(六) 債務者は同年七月二三日の団体交渉の席上では七月中に再度団体交渉に応じると言っていたのに、その後同月中には団体交渉には応じないことを明らかにした(争いがない)が、債務者は同年七月に行われた本件組合との団体交渉において給与を補助するための金額の引上げについては検討の余地があるという回答を繰り返し行っていた(書証略)。債務者は同月三〇日付けの文書(書証略)をもって債権者に対し、同年八月一日以降債権者に特別休暇を付与すること、特別休暇中は従来どおりの給料を支払うこと、特別休暇中は出社する必要はなく、仮に出社しても債権者に提供すべき仕事がないことなどを伝えてきたので、債権者は同年八月一日以降債務者に出社しなかった(争いがない)。

(七) 債務者は同年九月一日付けの文書(書証略)をもって債権者に対し、同月一二日までに同年七月一〇日付けの文書(書証略)に示した提案を受け入れる旨の返事がなければ同年九月三〇日をもって債権者を解雇するという趣旨の通知をした(争いがない)。

(八) 債権者は同月八日付けの文書(書証略)をもって債務者に対し、債権者は経理課における一般事務職に就労する意思があること及び給料については債務者と本件組合との協議の結果に従うことを通知し、本件組合は同月八日付け文書(書証略)をもって債務者に対し債権者の処遇について団体交渉を再開するよう申し入れ、この申入れを受けて同月一〇日団体交渉が開かれたが、債務者は同月一日付けの文書(書証略)に係る申入れに対する回答を求めるだけで、債権者が一般事務職として就労する際の給料の金額を引き上げるかどうかについては交渉するつもりがないとの姿勢を示した(争いがない)。そこで、債権者は同月一二日付けの文書(書証略)をもって債務者に対し同年七月一〇日付けの文書(書証略)で示された労働条件の不利益変更については争う権利を留保しつつ債務者の指揮の下に就労することを承諾することを通知したが、債務者は同年九月一七日債権者に対し、同人が同月一日付けの文書(書証略)に係る申入れに期限までに回答しなかった以上、もはや債権者や本件組合との間で交渉する余地はないという趣旨の文書(書証略)を交付して債権者及び本件組合との交渉を打ち切った。同年九月三〇日は経過し、債権者は前記第二の二1(七)の通知に従い債務者を解雇された(以下「本件解雇」という)(争いがない)。

2  債権者の本件解雇時の給与は基本給が金五五万九七〇〇円、食事手当金二万円、住宅手当金一万三〇〇〇円、家族手当金二〇〇〇円、社会保険手当金五万九〇八〇円、通勤手当金三万五〇〇〇円、合計金六八万八七八〇円であり、毎年六月と一二月に一時金としてそれぞれ基本給の三・四か月分である金一九〇万二九八〇円を支給されていた(争いがない)。

3  債務者は平成九年一〇月六日債権者名義の東京三菱銀行大宮支店普通預金口座に退職金として金一八七〇万三二七一円を振り込んだ(書証略)。

三  争点

1  被保全権利について

(一) 債務者の東京支店の就業規則(以下「本件就業規則」という)二九条に基づかない解雇の可否について

(1) 債権者の主張

債務者は本件就業規則二九条において解雇事由を定めているから、解雇の理由は本件就業規則二九条に定められた事由に限られるというべきところ、本件解雇の理由は、債務者の主張によれば、経営方針の転換による債権者の所属する部門の閉鎖による担当業務の消滅であり、債権者の主張によれば、債権者が債務者の提示に係る配属先に異動するに当たって債務者の提示に係る賃金額について争う権利を留保して無条件で異動することに同意しなかったことであるが、いずれにせよ、これらの解雇理由が本件就業規則二九条に定められた解雇事由のいずれにも該当しないことは明らかである。また、本件就業規則二九条が普通解雇事由を定めた規定であることは明らかであり、同条が懲戒解雇事由を定めた規定であるということはできない。したがって、本件解雇は本件就業規則二九条に基づかない解雇であり無効である。

(2) 債務者の主張

本件就業規則二九条は懲戒解雇事由を定めた規定であり、普通解雇事由については就業規則に何らの定めもないから、解雇自由の原則により経営方針の転換による債権者の所属する部門の閉鎖による担当業務の消滅を理由とする本件解雇も当然に許されるというべきである。

(二) 本件解雇の理由は何か。

(1) 債権者の主張

本件解雇の理由は、債権者が債務者の提示に係る配属先に異動するに当たって債務者の提示に係る賃金額について争う権利を留保して無条件で異動することに同意しなかったことである。

(2) 債務者の主張

本件解雇の理由は、経営方針の転換による債権者の所属する部門の閉鎖による担当業務の消滅である。

(三) 本件解雇は解雇権の濫用か。

(1) 債権者の主張

ア 本件解雇の理由は、債権者が債務者の提示に係る配属先に異動するに当たって債務者の提示に係る賃金額について争う権利を留保して無条件で異動することに同意しなかったことであるところ、労働契約の一方の当事者である使用者が他方の当事者である労働者の同意なしに賃金を一方的に切り下げることができないことは明らかであるから、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。

イ 債権者が債務者の提示に係る配属先に異動するに当たって債務者の提示に係る賃金額について争う権利を留保して無条件で異動することに同意しなかったことを理由とする解雇が有効とされる余地があるのは、人員整理を不可避とする経営危機の存在を前提とするいわゆる整理解雇の場合であるが、本件解雇当時の債務者が人員整理を不可避とする経営危機に陥っていなかったことは当事者間に争いがないから、本件解雇が整理解雇として有効とされる余地はない。

また、仮に本件解雇の理由が経営方針の転換による債権者の所属する部門の閉鎖による担当業務の消滅であるとすると、本件解雇は労働者の責めに帰すべき事由のない解雇という点において人員整理を不可避とする経営危機の存在を前提とする整理解雇と同じということになるが、本件解雇当時の債務者は人員整理を不可避とする経営危機に陥っていなかったのであるから、やはり本件解雇が整理解雇として有効とされる余地はない。

ウ 整理解雇が有効とされる要件のうち人員整理を不可避とする経営危機の存在という要件をとりあえず描いたとしても、本件解雇については、整理解雇が有効とされるための他の要件、すなわち、解雇回避の努力を尽くしたこと、被解雇者の選定基準及びその具体的適用の合理性、人員整理及び整理解雇について労働者及び労働組合との協議を十分に尽くしたことのいずれの要件についても満たされていないから、解雇権の濫用として無効であるというほかない。

(2) 債務者の主張

ア 本件解雇の理由は、経営方針の転換による債権者の所属する部門の閉鎖による担当業務の消滅であるから、本件解雇は労働契約の一方の当事者である使用者が他方の当事者である労働者の同意なしに賃金を一方的に切り下げるものであり解雇権の濫用に当たるという債権者の主張は、その前提を欠いているというべきである。

イ ところで、債権者と債務者間の当庁平成九年(ヨ)第二一二〇〇号地位保全等仮処分命令申立事件について当裁判所が平成一〇年一月七日にした仮処分決定(以下「原決定」という)は、要旨として、本件解雇はいわゆる整理解雇の一類型に属するものと解されるところ、その場合における権利濫用性の有無については判例上確立されている要件、すなわち、人員削減の必要性、被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性、手続の妥当性、の各要件を検討することにより判断するのが相当と考えられると述べた上で、本件解雇は右の要件のうち被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性、手続の妥当性に欠けるため整理解雇の要件を充たしておらず、権利濫用であり、無効であると述べているが、原決定はそこで挙げている各要件にどのような内容が盛り込まれるべきかについては全く検討を行っていないのであり、判例法理上一義的な判断基準が確立されているとはいいがたい現状では、あたかも所与の前提として無批判に一定の内容の四要件を定立するのは失当である。いうまでもなく民法は雇用契約について解雇自由の原則を定めており、それにもかかわらず裁判所が整理解雇に関する法理を適用して事実上解雇を制限しようとするのは立法によらずに判例によって法律の規定を廃止、変更するに等しいことであって、三権分立の原則に反する異常な事態というほかない。整理解雇に関する法理は、整理解雇が労働者の責に帰することのできない使用者の都合による解雇であることと、わが国には終身雇用の慣行があることを論拠としているが、民法は整理解雇と非整理解雇とで何らの差異を設けてはいないのであるから、右に掲げた二つの事柄を論拠としてそもそも整理解雇については特別の法理を適用するという裁判所の判断は甚だ疑問である。

ウ 整理解雇に関する法理は終身雇用という従来の日本の大企業において採用されてきた労使慣行を前提に発展してきたもので、これとは異なる労使慣行が確立している企業の行った解雇について何らの検討や修正も加えずに適用すれば、極めて不合理な結論を生じかねないものであり、このことを踏まえて、本件解雇について整理解雇に関する法理で示された四要件に従ってその要件の成否について検討する必要がある。

(ア) 整理解雇は人員整理を不可避とする経営危機の存在を要件とするものではなく、人員整理についての企業経営上の高度の必要性があれば足りる。そして、債務者は金融、為替取引、証券、投資顧問業務等を営む複数の業務部門によって構成されているナットウエスト・グループの一員であるが、同グループは平成九年三月激しく変動する国際金融情勢に対応し厳しい業界の競争の中で生き残るために限られた人員、資源を従前どおりの幅広い業務に分散していくことは不可能であり、そのため今後の戦略として主に投資銀行関連の業務を強化することを決定し、同年六月三〇日をもって東京支店のGTBSアジア・パシフィック部門を閉鎖することにした。そのため同部門に所属していた債権者が担当していた業務が消滅することになったが、債務者の東京支店においては債権者が就いていたアシスタント・マネージャーと同水準の地位を提供することができず、また、債権者は債務者に入行後一四年間一貫してオペレーション部のトレード・ファイナンス部門に従事してきており、東京支店の他の部署で求められている商品についての十分な知識や経験を有していなかったため、他の部署に配転させることができなかったのであって、以上の経過に照らせば、本件解雇について人員整理についての企業経営上の高度の必要性があるといえる。

(イ) また、他の部門のアシスタント・マネージャーも債権者と同様に各部門における専門知識や能力を買われて中途採用または昇進され、それぞれの地位において満足のいく成果を上げていたのであり、他の部門のアシスタント・マネージャーについて希望退職を募ることは現実的ではなかった。債務者は再就職のための援助を含む寛大な退職条件を提示するとともに新たな就職先をあっせんしようとしたが、債権者は債務者に留まりたいという強い意向を示したので、債務者はその組織内で主として経費の支出関連の業務に従事する一般事務職への配転を提案して債権者及び本件組合との間で協議を重ねたが、債権者が右の一般事務職の給与の額に納得しなかったため、債務者はやむなく債権者を解雇したのであり、以上の経過に照らせば、本件解雇について解雇回避の努力を尽くし、また人員整理及び整理解雇について労働者及び労働組合との協議を十分に尽くしたというべきである。

(ウ) そして、債権者が解雇の対象とされたのはGTBSアジア・パシフィック部門の廃止によって債権者が従来就いていた職務上の地位が消滅したからであり、その判断には何らの恣意も介在しておらず、本件解雇について被解雇者の選定基準及びその具体的適用の合理性があることは明らかである。

エ 以上によれば、本件解雇が解雇権の濫用に当たるということができないのは明らかである。

2  保全の必要性について

第三争点に対する判断

一  被保全権利について

1  争点1(一)(本件就業規則二九条に基づかない普通解雇の可否)について

(一) 疎明資料(書証略)によれば、一応次の事実が認められる。

(1) 本件就業規則には第七章として「懲戒、解雇及び退職」が置かれており、同章は第二八条として懲戒、第二九条として解雇、第三〇条として退職という規定から成り、それぞれ次のアないしウのように定められており、また、これに関連する規定として次のエないしキに掲げる定めがある(書証略)。

ア 第二八条 懲戒

(ア) 前段

当行は、当行の判断により当行の規則に違反したとみなされ、または職務怠慢であるとみなされた行員を、その程度に応じ懲戒、減給または解雇の処分に付すことがある。懲戒または減給処分の場合、当該行員は始末書を提出しなければならない。故意または重大な過失により当行の財産に損害を与えた者は、加えて、かかる損害につきその全部または一部に対する損害賠償金を支払わなければならない。

(イ) 後段

行員は、遅刻その他勤務時間中の欠務をなしたときは、減給処分を免かれないであろう。かかる減給分は、一カ月毎における欠務時間数の合計に基づき基本時間給の料率により計算する。三十分未満の端数は切り捨てる。

イ 第二九条 解雇

(ア) 前段

行員は、次の各号のいずれかにあてはまる場合には、解雇されることがある。

<1> 本就業規則及び当行が随時適用するその他の労働条件に連続して違反した場合(一号)

<2> 本就業規則第四条、第五条及び第六条の規定または今後の就業規則中の類似する規則を遵守しなかった場合(二号)

<3> 試用中の行員が当行の業務に適しないと判断された場合(三号)

<4> 当行の資金または証券の盗用、当行の帳簿への不正記入及び当行に関係する窃盗または詐欺行為に類するような行為(四号)

<5> 行員が当行の名声を損い、または不正行為もしくは一般に認められている道徳上の慣習に反する行為をなした場合(五号)

<6> 故意に当行の建物または資産に損害を与えたとき(六号)

<7> 故意に他の行員または当行内にいる第三者に負傷または傷害を負わせたとき(七号)

<8> 上司の指示に従わないとき(八号)

<9> 故意に業務能率または業務の遂行を妨げたとき(九号)

<10> 自己の職務に関連して個人的な手数料、賄賂または謝礼を受け取ったとき(一〇号)

<11> 上記に類似する行為をなしたとき(一一号)

(イ) 後段

当該行員が即時解雇処分に付される第四項、第五項、第六項、第七項及び第一〇項(いずれも原文のままであるが、それぞれ四号、五号、六号、七号及び一〇号の誤りであると考えられる)の場合を除き、解雇については当行側が書面で三〇日前の予告を行うことを要する。当行はその自由裁量により当該解雇の予告期間の終了までの間有給就業停止処分に付すことがある。

ウ 第三〇条 退職

(ア) 第一段

行員が何らかの理由で当行を退職しようとするときは、当行に書面で一カ月の予告を行わなければならない。

(イ) 第二段

行員の通常の停年退職年令は六〇才とする。ある場合には、行員の停年退職年令は行員と当行との協議及び契約により延期することもある。

(ウ) 第三段

退職には次の場合が含まれる。

<1> 停年退職年令での勤務終了

<2> 当行が承認する例外的事由による辞職

<3> 当行での雇用期間中における行員の死亡

<4> 長期疾病による「給与規則」第一〇条による解雇

<5> 結婚による女子従業員の退職

エ 第四条 行員の責任

行員は各々、常に当行の高い水準及び名声を堅持しうるような行動をとることを期待されている。行員は各々、本規則をはじめ当行のあらゆる規則及び細則を遵守し、また同僚と協力し上司及び当行役職員からの指示と助言に従い定められた自己の責務を迅速に全うしなければならない。当行は、業務を能率的に遂行し、且つ、行員の能力を十分に生かすため、任意に行員の責務を変更することができる。

オ 第五条 行員の行動

行員は、当行またはその役職員の名声または利益を損うような行動を避けるべく良識を発揮することを期待されている。いかなる行員も、職務上知り得たまたは入手し得た当行、その業務または顧客に関する情報または書類を、自己の利益のために用い、または他人に漏らしてはならない。行員は、あらかじめ総支配人(Chief Manager In Japan)またはその代理から書面による承認を得た場合を除き、定められた責務を遂行するとき以外に当行の名称または自己の職名もしくは地位を使用しないものとする。

カ 第六条 外部による雇用

行員は、常勤従業員として雇用される。行員が他人に雇用され、または他の事業と関係を持つことを希望するときは、当行の業務と利害が相反しないように総支配人(Chief Manager In Japan)またはその代理からあらかじめ書面による許可を得なければならない。

キ 第一四条 試用期間

(ア) 第一段省略

(イ) 第二段

試用中の行員は、一四日間以上継続して雇用されなかった場合、当行は、通知なしで、または実労働時間数に対する支払い以外に何ら支払うことなく、または何らの理由をも公表することなくいつでもこれを解雇することができる。試用中の行員は、試用期間中いつでもまたは当該期間の終了時に、当行からその勤務状態が適当でないとみなされたときは、当行は、本規則第二九条に定める手続きに従い、これを解雇することができる。

(ウ) 第三、第四段省略

(2) 債務者の東京支店の給与規則(以下「本件給与規則」という)には、次のような定めがある(書証略)。

ア 第一〇条 疾病手当

(ア) 第一段省略

(イ) 第二段

表示支給期間をこえてひきつづき職務を遂行することが出来ず、政府の健康保険制度に基づく手当を受ける行員は以下の表に示す期間給与を受けずその職務を停止させられる。行員が当該期間をこえて勤務できない場合には当行より解雇される(表は省略)。

(ウ) 第三段

本条の規定にかかわらず、行員が欠勤理由を偽ったことを発見した場合には、当行は給与及び手当の支給を停止し直ちに解雇することができる。

イ 第一四条 正規外退職

(ア) 第一、第二段省略

(イ) 第三段

就業規則第二九条解雇に基づき当行より解雇された行員は退職手当を受けることができない。

(二) 以上の事実を前提に、本件就業規則二九条について検討する。

(1) 本件就業規則二九条の前段は解雇の事由として一号から一一号までを列挙しており、一号は本件就業規則及び随時適用される労働条件の違反が度重なったことを解雇事由とし、二号は債務者の従業員としての行動するに当たってこれを規律する本件就業規則上の規定に違反したことを解雇事由とし、三号は試用期間中の行員に不適格な点があることを解雇事由とし、四号ないし七号及び一〇号は違法または不当な行為をしたことを解雇事由とし、八号は債務者内の秩序を脅かす行為を解雇事由とし、九号は債務者の業務を故意に停滞させる行為を解雇事由とし、一一号は上記に類似する行為を解雇事由としているが、本件就業規則二九条の後段によれば、同条の前段に掲げる解雇事由のうち四号ないし七号及び一〇号に基づく解雇については三〇日分の解雇予告手当は支給されないのに対し、その余の解雇事由に基づく解雇については三〇日分の解雇予告手当が支給されることとされており、この違いのほか、本件就業規則二九条の前段に掲げる解雇事由の内容も考え合わせると、本件就業規則二九条の前段に掲げる解雇事由のうち四号ないし七号及び一〇号はいわゆる懲戒解雇事由を定めた規定であり、その余の解雇事由はいわゆる普通解雇事由を定めた規定であると解するのが相当である。

(2) ところで、本件就業規則二九条の前段は「解雇は、次の場合に限り行う」という規定の仕方ではなく、「行員は、次の各号のいずれかにあてはまる場合には、解雇されることがある」という規定の仕方であって、その規定の仕方を見る限り、いわゆる普通解雇事由に基づいて解雇権を行使しうるのは本件就業規則二九条の前段に掲げる解雇事由に限られているとはいいがたいこと、現に本件就業規則三〇条の第三段及び本件給与規則一〇条には長期疾病の場合に行員が解雇されることがあることが定められているが、この解雇事由は本件就業規則二九条の前段に掲げる解雇事由には挙げられていないこと、以上によれば、債務者はいわゆる普通解雇事由に基づいて解雇権を行使しうるのは本件就業規則二九条の前段に掲げた解雇事由に限られるという趣旨で本件就業規則二九条の前段を設けたわけではないと解するのが相当である。

(三) そうすると、本件就業規則二九条の前段に掲げた解雇事由に該当しないいわゆる普通解雇も許されるというべきである。

2  争点1(二)(本件解雇の理由)について

債権者が解雇されるに至るまでの経緯(前記第二の二1)によれば、本件解雇の理由が経営方針の転換による債権者の所属する部門の閉鎖による担当業務の消滅であることは明らかである。

債権者は、債権者と債務者との間で債権者が一般事務職に就く合意が成立し、後は賃金額をいくらにするかの問題が残っただけであると主張するが、債務者は賃金額については交渉の余地がなく、賃金の補助の上乗せに応じられるかどうかについて交渉の余地があるという態度を採っていたのである(前記第二の二1(五)ないし(七))から、そもそも債権者と債務者との間で債権者が一般事務職に就く合意が成立したということはできないのであり、債権者の主張はその前提を欠いているというべきである。

3  争点1(三)(本件解雇は解雇権の濫用か)について

(一) 前記第二の二1の事実、疎明資料(書証略(ただし、次の認定に反する部分を除く)、書証略(ただし、次の認定に反する部分を除く)、書証略(ただし、次の認定に反する部分を除く)、書証略)及び審尋の全趣旨によれば、一応次の事実が認められる。

(1) 債務者は金融、為替取引、証券、投資顧問業務などを営む複数の業務部門によって構成されているナットウエスト・グループの一員であるが、同グループは一九七〇年代初期にはイギリスを中心にヨーロッパに拠点を置いてリテール及び商業(トレード・ファイナンス、外国為替、単純な貸付け)業務を行っており、昭和四三年に開設された東京支店においても一九八〇年代までは主に主要な日本企業グループとの外国及び現地通貨での貸付け、外国為替及びトレード・ファイナンスを行っており、一九八〇年代後半には東京支店のトレード・ファイナンス部門に一四名の人員を配置していた。しかし、貸付け、外国為替、トレード・ファイナンスといった業務に要する費用が増大し、利益を減少させる結果となっていたため、債務者は平成二年(一九九〇年)株主の利益のために国際銀行部門から生み出される資本金当たりの収益の減少を改善する必要があると決断して東京支店における業務を見直し、トレード・ファイナンス部門の人員を二名に削減したが、人員の削減を図ってもトレード・ファイナンス部門の収入は費用を賄うには不十分であった。すなわち、平成四年は収入が二六万ドルで、費用が三六万ドルで、純損失が一〇万ドルであり、平成五年は収入が二一万四〇〇〇ドルで、費用が四二万三〇〇〇ドルで、純損失が二〇万九〇〇〇ドルであり、平成六年は収入が一〇万ドルで、費用が三〇万九〇〇〇ドルで、純損失が二〇万九〇〇〇ドルであった。ナットウエスト・グループは平成四年以来ナットウェスト・マーケッツ(付加価値のある投資銀行商品の取扱いに戦略を絞ってきた部門)とナットウエスト・UK(リテール及び商業銀行業務を担当する部門)を通じて運営されてきたが、ナットウエスト・グループは平成八年に小規模なトレード・ファイナンス・サービスはナットウエスト・マーケッツの戦略に適合せず、これらの市場における現地銀行と競争することはできないという結論が出され、同グループの執行経営陣は平成九年三月にGTBS(ナットウエスト・UKの中に属していたトレード・ファイナンス・サービスを統合して創設した部署)を閉鎖し、この分野の業務から撤退することを決めた。債務者は、激しく変動する国際金融情勢に対応し厳しい業界の競争の中で生き残るためには限られた人員、資源を従前どおりの幅広い業務に分散していくことは不可能であり、そのため今後の戦略として十分な収益を上げることが見込めない部門を切り捨て十分な収益を上げることが見込める部門に特化することにし、具体的には主に投資銀行関連の業務を強化して投資銀行としての特化を図ることを決定したのであって、GTBSを従来どおり存置し続けるとなると、将来GTBSの運営に要する費用が債務者の収益を大きく圧迫して債務者に倒産の危機を招来せしめることが予想されたというわけではなかった。そして、この決定を受けて東京支店のGTBSアジアパシフィック部門は同年六月三〇日をもって閉鎖されることになった(書証略)。

(2) 同年六月三〇日現在の債務者の東京支店の組織は次のとおりであった。二名の支店長の下にインベストメントバンキング(配置人員は六名。以下各部の次に挙げられた括弧書の中の人数は当該部に配置された人員の数である)、金融商品部(二三名)、業務管理部(債権者の主張に係るオペレーション部門である。二三名)、為替資金部(二五名)があり、業務管理部(オペレーション部門)には審査部(九名)と業務部があり、業務部はマネージャー一名、トレード・ファイナンス部門(二名)、為替資金決済事務(七名)、貸付事務(二名)、金融商品決済事務(二名)から成っていたが、貸付事務については平成八年一二月に正式に窓口部門を閉鎖しているため、同事務を担当している二名は事実上余剰人員となっており、また、外国為替業務も収益をほとんど生まないため大幅に削減する方針であった(書証略、審尋の全趣旨)。債務者には右のほかに財務管理部、人事部、総務部及びシステム部があるが、これらの部に配置された社員はいずれもナットウエスト・サービシズ・ジャパン(債務者が発行済株式の一〇〇パーセントを保有する子会社)に在籍出向して同社の社員として勤務しているため債務者の東京支店の組織図(別紙1)には挙げられていない(書証略)。

(3) 同年一一月四日現在のナットウエスト・グループの東京における業務は、四つの部門、すなわち、株式及び関連のデリバティブ(金融派生商品)業務を行うナットウエスト・マーケッツ、グローバル・エクイティーズ(GEM)、債券及び債券デリバティブ商品を取り扱うナットウエスト・マーケッツ、グローバル・デット・マーケッツ、フィックスト・インカム(GDMFI)、金利商品及び関連のデリバティブ業務を行うナットウエスト・マーケッツ、グローバル・デット・マーケッツ、デット・デリバティブズ(GDMDD)、短期金融市場、外国為替及び関連のデリバティブ業務を行うナットウエスト・グローバル・ファイナンシャル・マーケッツ(GFM)において、ナットウエスト証券会社(債務者が発行済株式の五〇パーセントを保有する子会社)又は債務者の東京支店を通じて管理、運営されている(前の二つの部門がナットウエスト証券会社によって、後の二つの部門が債務者の東京支店によって、それぞれ管理、運営されている)。このほかにこれら四つの部門を補助するサポート部門としてナットウエスト・サービシズ・ジャパンがあるが、ここで勤務する従業員はすべてナットウエスト証券会社又は債務者の東京支店の従業員である。サポート部門は経理部門(二二名)、審査部門(一〇名。ただし、この部門だけは債務者の業務管理部に属している)、システム(インフォメーション・テクノロジー。一三名)、人事(五名)、総務(五名)、GDMDD及びGFMの業務部門(一三名)から成る(書証略)。

(4) 債務者の東京支店はGTBSの閉鎖に先立って平成八年一二月に正式に窓口部門を閉鎖した。その結果送金業務はほとんどなくなり、送金業務を担当する係を廃止したが、同係に配置されていた人員は為替後方事務に配置転換された。また、債務者は貸付業務に重きを置かなくなったため平成九年一二月現在では貸付業務を担当する係には二名の人員しか配置していなかった(もっとも、この係に配属されていた二名は事実上過員となってしまっていた)が、平成一〇年四月には右の係を廃止し、同係に配置されていた人員は為替後方事務と金融派生商品後方事務に配置転換された。このようにそれまで担当する業務とは全く異なる業務への配置転換はマネージャー、アシスタント・マネージャー、スーパーバイザーなどのいわゆる管理職ではないそれより下の社員についてはこれまで頻繁に行われてきたが、マネージャー、アシスタント・マネージャー、スーパーバイザーなどの管理職については為替後方事務を担当していたアシスタント・マネージャー(遠藤恭子)が同事務に加えて金融派生商品も担当するようになったことなどがあるくらいである(書証略)。

(5) 債権者は昭和四九年三月上智大学文学部を卒業し、同年四月埼玉銀行に入行し、昭和五一年一月同行を退職し、同年二月から昭和五三年六月までイギリスに留学し、右同月帰国してファースト・シカゴ銀行東京支店に就職し、昭和五八年四月同銀行を退職し、同年六月債務者に一般事務職(当事者らの主張に係る「一般クラーク」を「一般事務職」と呼ぶこととする)として雇用され、東京支店の輸出課に配属された。その後輸出課の名称はトレード・ファイナンス課に変更され、債権者は昭和六一年にトレード・ファイナンス課のスーパーバイザーに昇進し、平成二年にはトレード・ファイナンス課の人員が二名に削減されたが、債権者は引き続き同部門において勤務を続け、平成三年八月には同部門のアシスタント・マネージャーに昇進した。債権者が輸出課ないしはトレード・ファイナンス課において行っていた業務は輸出入に関わる銀行業務であり、具体的には、輸出入に関わる貸付け、国内外の送金、為替予約の実行と決済、保証状の発行と保証料の徴収などの銀行業務であった。トレード・ファイナンス課は平成四年シンガポールへの地域事務集中のためのプロジェクトを設けるための組織変更で貸付事務課と統合されてローンズ・アンド・トレード・ファイナンス・ユニットになり、債権者は同ユニットの責任者として輸出入に関わる銀行業務のほかに輸出入に関わらない貸付けも担当するようになった。平成五年秋ころに輸出入事務(トレード・ファイナンス)のほかに金融派生商品の後方事務を担当するよう内示を受けたが、結局内示は実現には至らなかった。そして、債権者は平成七年からはローンズ・アンド・トレード・ファイナンス・ユニットの責任者としてGTBSアジアパシフィック部門の後方事務とディーリングの後方事務の一部を担当することになった。平成九年三月の時点においてローンズ・アンド・トレード・ファイナンス・ユニットには債権者を含む三名が配属されており、債権者は同部門のアシスタント・マネージャーであった(書証略)。

(6) 債務者の東京支店のGTBSアジアパシフィック部門の閉鎖によって債権者が担当していた業務は消滅することになったが、債務者は、平成九年三月ないし四月に債権者の今後の配属について、債権者は債務者に入行後一貫して業務部の輸出課ないしはトレード・ファイナンス課ないしはローンズ・アンド・トレード・ファイナンス・ユニットで勤務してきており、東京支店の他の部署で求められている商品についての十分な知識や経験を有していなかったため、債権者が就いていたアシスタント・マネージャーと同水準の地位を提供するという方法で他の部署に配転させることはできず、また、他の部署のアシスタント・マネージャーも債権者と同様に各部署における専門知識や能力を買われて中途採用または昇進され、それぞれの地位において満足のいく成果を上げていたので、債権者を他の部署に配転させるために他の部署のアシスタント・マネージャーについて希望退職を募ることは現実的ではないとの結論に至ったので、債務者は債権者に対し退職を勧奨したのである(書証略)。

(7) ところで、本件給与規則には、次のような定めがある(書証略)。

ア 第二条 給与

各行員の当初の基本給は採用時に年令、学歴、職歴、技能その他関連事項を考慮して決定される。給与は各暦月単位で算定される。各月の給与は各行員に対し毎月一八日に、一八日が休日の場合にはその直前の営業日に支払われる。

イ 第三条 昇給

各行員の給与は毎年一回定期的に再検討され、従業員の精勤度、実力、能力その他当行が判定する功績を考慮してその価値あると認めた場合には昇給される。必要基準に達しないとみなされる行員は昇給資格を与えられない。

ウ 第四条 賞与

賞与は原則として六月及び一二月に支給される。かかる賞与の金額は該当期間中の各行員の精勤度、実力及び功績を考慮して当行が定める。その率は各支給時以前に当行が定め、さらに各行員の諸手当を除いた基本給に従う。支給日以前の半暦年間に当行に入行する行員に対する賞与は実質勤務月数に応じて支給される。

(8) 債権者が債務者の東京支店に一般事務職として入行した昭和五八年六月以降の一年間当たりの給与の総額の推移は別紙2のとおりであり、これによると、債権者の一年間当たりの給与はおおむね毎年の賃上げを重ねることによって増加している(書証略)。この債権者の一年間当たりの給与には夏季賞与及び冬季賞与が含まれているが、その額は債権者の入行以来月齢給の六・八か月分とされており、債務者の業績の如何によってその支給額が左右されたことはない。夏季賞与及び冬季賞与のほかに毎年二月ころにスペシャルボーナス又はプロフィット・シェアリングと名付けられた特別賞与が支給されるが、これは全員に支給されるわけではない(書証略)。

(9) 平成一〇年四月の時点において債務者の東京支店に一般事務職員として入行し勤務する行員には八年ないし一二年くらい勤務している者が少なくとも全行員の一割以上はおり、債務者の東京支店の開業直後ころから勤務している者が三名もいる。これらの債務者の東京支店に一般事務職員として入行しその後比較的長期間にわたって勤務している行員の多くはマネージャー、アシスタント・マネージャー、スーパーバイザーなどの管理職ではなくそれよりも下の行員であるが、昇進を重ねてマネージャー、アシスタント・マネージャー、スーパーバイザーなどの役職に就いている者(遠藤恭子、岡本純枝など)もいる。しかし、債務者の東京支店の管理職にはその専門的な知識や経験などを買われて管理職として債務者の東京支店に採用された者も少なくない。債権者は一般事務職として債務者の東京支店に入行し、本件解雇の時点までで債務者に一四年勤務していたことになり、その間にアシスタント・マネージャーにまで昇進した。また、GTBSアジアパシフィック部門の閉鎖に伴って退職した同部門にいた債権者以外の二名はいずれも一般事務職として入行したが、退職した時点で債務者に約九年間勤務していたことになる(書証略)。

(10) 日本に支店を開設している外国の銀行に勤務する行員の賃金体系は、基本的には年齢と勤続年数を基本とする年功序列型賃金であり、毎年の賃上げを重ねることによって給与額が上昇していくものとされ、食事手当や家族手当などの日本の企業に定着している諸手当も支給されている。そして、行員は自己都合の退職又は希望退職の募集に応募しない限り定年まで勤務するものとされている(書証略)。

(二)(1) 以上の事実が一応認められる。

(2) これに対し、

ア 酒井美子の陳述書(書証略)には債権者の職務は入行当初よりトレードファイナンスの仕事に限定されていたという記載があるが、右の記載が債権者が債務者に入行するに当たってトレードファイナンスの仕事に職務を限定されて採用されたという趣旨であるとすれば、採用できない。債権者が債務者に入行するに当たってトレードファイナンスの仕事に職務を限定されて採用されたことを認めることはできない。

イ 酒井美子は、その陳述書(書証略)において、要するに、債務者の東京支店は担当する職務について専門的知識を有するいわゆるスペシャリストの集団であることを供述しているもののようであるが、そのような趣旨の供述であるとすれば、採用できない。債務者の東京支店は担当する職務について専門的知識を有するいわゆるスペシャリストの集団であることを認めることはできない。

(三) ところで、

(1) 企業がある部門において余剰人員を削減しようとして当該部門に所属する従業員を解雇することは、それが不況に伴う合理化としての解雇であると否とにかかわらず、解雇自由の原則に照らし当然に許され、ただ当該解雇が解雇権の濫用とされる場合に初めて当該解雇が無効になるにすぎない(債務者の主張は右の限度において正当である)。

解雇権の濫用はいわゆる不確定概念であるから、諸般の事情を総合考慮してこれに当たるかどうかを判断することになるが、下級審裁判例や学説は余剰人員の整理のためにする解雇について解雇権の濫用があるかどうかを判断するための諸々の要素を人員整理の必要性、人選の合理性、解雇回避努力及び解雇手続の相当性に類型化している。そこで、以下において類型化された各要素について見てみることにする。

ア 人員整理の必要性について

(ア)<イ> 企業がある部門において余剰人員を削減しようとする場合に、その人員の削減に経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有するものであれば、人員の削減の経営上の必要性を肯定することができると解される。なぜなら、企業には経営の自由があり、経営に関する危険を最終的に負担するのは企業であるから、企業が自己の責任において企業経営上の論理に基づいて経営上の必要性の有無を判断するのは当然のことであり、また、その判断には広範な裁量権があるというべきだからである。

具体的には企業が現に倒産の危殆に瀕している場合には人員の削減の緊急の必要性があるわけであるから、このような場合には人員の削減の経営上の必要性を肯定することができ、また、将来経営危機に陥る危険を避けるために今から企業体質の改善、強化を図って行う場合も、企業が生き延びることを目的としているのであるから、このような場合についても人員の削減の経営上の必要性を肯定することができるが、更に将来においても経営危機に陥ることが予測されない企業が単に余剰人員を整理して採算性の向上を図るというだけであっても、企業経営上の観点からそのことに合理性があると認められるのであれば、人員の削減の経営上の必要性を肯定することができる。

<ロ> また、ある部門の人員の削減に経営上の必要性があるかどうかの判断に当たっては当該企業の従業員を削減することが不可避であることが必要であると解される。なぜなら、例えば、ある部門の余剰人員を他の部門に配転することが当該従業員の職種、能力の点で可能であり、しかも、その配転によって配転先の部門に余剰人員が生じないような場合には、企業の立場を考えても、解雇という手段によって従業員の削減をする必要はなく、結局のところ、人員の削減の必要性があるということはできないからである。

<ハ> そして、人員の削減の経営上の必要性の判断に広範な裁量権があることからすれば、人員の削減の経営上の必要性の有無については企業が人員を削減した当時の事情の下において企業が人員を削減する必要があると考えたことが相当であるかどうかを判断すべきであり、具体的には企業は人員を削減した当時に人員を削減する必要性についての判断の根拠とした資料を疎明資料によって明らかにし、裁判所はその資料に基づいてそのように判断したことが合理的であるかどうかを審査すれば足りると解される。

(イ) ある部門の人員の削減に経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有すると認められる場合であっても、ある部門の人員の削減について解雇権が発生するためには解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段である解雇ないしその結果としての失職との間に均衡を失しないことを要すると解すべきである。なぜなら、終身雇用制ないし年功序列制を一般的に採用している日本においては、解雇はこれによって雇用関係を終了させるものであって、被解雇者の多くは当面の収入を失うことになるわけであるから、労働者にとって通常は極めて重大な打撃となることは否定できず、したがって、人員の削減を解雇によって達成しようとしている経営上の目的が余りにもささいであるときは解雇という手段によって従業員を失職させるという結果を生じさせることとの間の均衡が失われているといわざるを得ず、解雇権の行使は濫用に当たるといわざるを得ないからである。

具体的には人員の削減によって達成しようとしている経営上の目的との関係で決せられることというべきであるが、例えば、企業が現に倒産の危殆に瀕している場合には人員の削減の緊急の必要性があるわけであるから、このような場合には解雇が人員の削減の経営上の目的との間で均衡を失しているということはできず、また、将来経営危機に陥る危険を避けるために今から企業体質の改善、強化を図って行う場合も、企業が生き延びることを目的としているのであるから、これに代わる次善の策を容易に想定しうるものでない限り、均衡を失するとはいえないが、将来においても経営危機に陥ることが予測されない企業が単に余剰人員を整理して採算性の向上を図るために行う解雇については人員の削減の緊急の必要性はないのであるから、通常は業種の拡大を図ることや今後数年間の自然減を待つことによって余剰人員を吸収すれば、結局は経営上の目的を達することができるのであって、そのような方法による余剰人員の吸収が不可能であるような場合を除いては、目的と手段・結果との間の均衡を欠くというべきである。

(ウ) 以上によれば、ある部門の人員の削減に経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有すると認められた上、解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段である解雇ないしその結果としての失職との間の均衡が失われているとは認められない場合には、人員整理の必要性を肯定することができるというべきである。

イ 人選の合理性について

人員の削減のために解雇を行うこと自体はやむを得ないとしても、複数の従業員の中から特定の者を被解雇者として選定したことが不合理であるならば、当該被解雇者に対する解雇はそれだけで権利の濫用として無効になると解される。

ウ 解雇回避努力について

解雇を回避するための手段として例えば希望退職の募集などの方法を採ることによって解雇を回避することができるにもかかわらず、そのような方法を採ることなく直ちに解雇を行ったという場合に、諸般の事情を考慮すると、企業は人員の削減のための解雇を回避するために十全の努力を尽くしていないとして解雇権の濫用に当たるといえる場合があり得ると解される。なぜなら、人員の削減のために行う解雇は労働者側に解雇される帰責性がないにもかかわらず解雇によって失職するという不利益を被らせるものである以上、終身雇用を前提とするわが国の企業においては企業としてもそれ相応の努力をするのが通例であるのに、何の努力もしないで解雇することは、労働契約における信義則に反すると評価される場合がありうるからである。このように解雇回避努力を尽くしていないことが解雇権の濫用と評価される場合があるが、解雇回避努力の内容、程度は企業の経営政策上の判断という側面を有しており、企業経営の最終的な危険を負担するのは企業であるから、解雇回避努力の内容、程度については企業に裁量が認められるというべきであり、また、事柄の性質上、経営上の必要性や目的と手段との均衡の程度、人員の削減の必要性の緊急度に応じて大きく変わってくるというべきである。

エ 解雇手続の相当性について

人員の削減のための解雇を行うに当たって企業が事前の説明、協議を尽くすことは望ましいことと考えられるから、事前の説明や協議を尽くさなかったことが、諸般の事情を顧慮すると、解雇に至る手続が信義に反するかどうかという観点から解雇権の濫用という評価を基礎づける事情に当たるといえる場合があり得ると解される。

(2) 以上のとおり、人員整理の必要性、人選の合理性、解雇回避努力及び解雇手続の相当性は解雇権の濫用に当たるかどうかを判断するための要素を類型化した判断基準として意義を有するが、これらの一つ一つが当然に有効な人員の削減のための解雇の必要条件になるというものではなく、あくまでも解雇権の濫用に当たるかどうかを判断するための類型的な判断要素にすぎないから、そのひとつ一つを分断せずに全体的、総合的にとらえるべきである(債務者の主張のうち右の点を正解しない点については失当である)。

原決定は右に説示したことを前提としているものと解され、そうであるとすれは、原決定が本件解雇がいわゆる整理解雇に当たるとして右に掲げた類型的な判断要素について検討を加え、もって本件解雇が解雇権の濫用に当たるかどうかを判断したこと自体が失当であるとはいえない。

これに対し、債務者は原決定の判断手法に種々論難を加えているが、これは右に説示したところを正解しないにすぎず、いずれも採用することはできない。

また、債権者は、人員整理の必要性について、余剰人員の整理のためにする解雇は当該企業が経営危機に陥っていることが必要であると主張するが、人員整理の必要性は余剰人員の整理のためにする解雇が権利の濫用に当たるかどうかを判断する際の一つの事情にすぎず、当該企業が経営危機に陥っていない場合でも余剰人員の整理のためにする解雇が権利の濫用には当たらずに有効であると認められるかどうかは、当該解雇が権利の濫用に当たるかどうかを判断するに当たって考慮すべき他の事情との総合的な評価、判断に左右されるわけであり、当該企業が経営危機に陥っていない場合には常に余剰人員の整理のためにする解雇は権利の濫用に当たり無効であるということができないことは明らかであるから、余剰人員の整理のためにする解雇は当該企業が経営危機に陥っていることが必要であるとの債権者の主張は失当というほかなく、これを採用することはできない。

(3) そこで、以上のような理解を前提に、次の(四)以下において本件解雇の効力について検討する(なお、本件解雇は本件就業規則二九条の前段に掲げた解雇事由に該当しない解雇であるから、本件解雇が解雇権の濫用に当たることを基礎づける事実を主張し疎明しなければならないのは債権者であることはいうまでもない)。

(四) 人員整理の必要性について

(1) 債務者の東京支店のGTBSアジアパシフィック部門が平成九年六月三〇日をもって閉鎖されたのは、要するに、債務者がその一員となっているナットウエスト・グループの執行経営陣が、激しく変動する国際金融情勢に対応し厳しい業界の競争の中で生き残るためには限られた人員、資源を従前どおりの幅広い業務に分散していくことは不可能であり、そのため今後の戦略として十分な収益を上げることが見込めない部門を切り捨て十分な収益を上げることが見込める部門に特化することにし、具体的には主に投資銀行関連の業務を強化して投資銀行としての特化を図ることを決定したことを受けて採られた措置であり、GTBSアジアパシフィック部門を従来どおり存置し続けるとなると、将来GTBSアジアパシフィック部門の運営に要する費用が債務者の収益を大きく圧迫して債務者に倒産の危機を招来せしめることが予想されたというわけではない(前記第三の一3(一)(1))というのである。

したがって、債務者が東京支店について投資銀行としての特化を図るに当たって東京支店について将来における具体的な経営危機が想定されていたわけではなかったのであり、債務者が東京支店のGTBSアジアパシフィック部門を閉鎖したのは資本の効率を高めて収益の拡大を図るためであったと認められる。そして、GTBSアジアパシフィック部門の閉鎖については企業経営上の観点から合理性を有すると認められる

(2) そこで、次に、債務者が東京支店のGTBSアジアパシフィック部門を閉鎖したことによって余剰人員となった債権者を他の部門に配転することが可能であったかどうかについて検討する。

ア 企業のある部門の余剰人員を他の部門に配転することが可能であるといえるためには、当該従業員の職種、能力の点で配転が可能であること、その配転によって配転先の部門に余剰人員が生じないことのほか、当該従業員が給与、待遇などの点で配転先において従前よりも不利益な取扱いを受けないことを要すると解するのが相当であるところ、債務者はその従業員には市場での価値に相応な給与を支払うという方針を採っており、具体的には個人業績、グループ業績及び市場でのその職務の価値に応じて給与を決定することとされていると主張し、これに沿う疎明資料(書証略)もある上、現に債務者は債権者の意向に沿ってその組織内での配転先を提示した際に提示に係る配転先の債権者の職務が一般事務職であることを理由に右の方針に照らし事務職としての給与としては金六五〇万円しか支払えないという態度をとっていること(前記第二の二1(五)、(七))からすると、債権者を配転するに当たって債権者が給与、待遇などの点で配転先において従前よりも不利益な取扱いを受けないようにするとすれば、配転先においても債権者にアシスタント・マネージャーの役職を用意すべきであるということになる。

イ しかし、債務者は、平成九年三月ないし四月に債権者の今後の配属について、債権者は債務者に入行後一貫して業務部の輸出課ないしはトレード・ファイナンス課ないしはローンズ・アンド・トレード・ファイナンス・ユニットで勤務してきており、東京支店のGTBSアジアパシフィック部門以外の部署で求められている商品についての十分な知識や経験を有していなかったため、債権者が就いていたアシスタント・マネージャーと同水準の地位を提供するという方法で他の部署に配転させることはできず、また、他の部署のアシスタント・マネージャーも債権者と同様に各部署における専門知識や能力を買われて中途採用されまたは昇進し、それぞれの地位において満足のいく成果を上げていたので、債権者を他の部署に配転させるために他の部署のアシスタント・マネージャーについて希望退職を募ることは現実的ではないとの結論に至ったので、債務者は債権者に対し退職を勧奨した(前記第三の一3(一)(6))というのであり、右の事実によれば、要するに、債権者は他の部署のアシスタント・マネージャーとして配転するには配転先の部署のアシスタント・マネージャーとして必要とされている知識や経験を欠いており、また、債権者をアシスタント・マネージャーとして他の部署に配転すれば、その部署のアシスタント・マネージャーが余剰人員となってしまうというのであるから、平成九年三月ないし四月の時点において債権者を他の部署のアシスタント・マネージャーとして配転することは現実的ではないし適当でもないといえ、債務者が債権者を他の部署のアシスタント・マネージャーとして配転することはできないと判断したことには合理性があると認められる。

ウ したがって、GTBSアジアパシフィック部門の閉鎖に伴い同部署に配属されていた人員の配転が問題となった平成九年三月ないし四月の時点において債権者を他の部署のアシスタント・マネージャーとして配転することはできなかったというべきである。

(3) 以上によれば、債務者が東京支店のGTBSアジアパシフィック部門を閉鎖することに伴い同部門に配属されていた債権者は余剰人員となってしまい、同人を他の部署のアシスタント・マネージャーとして配転することはできなかった(前記第三の一3(四)(2))ので、債務者は債権者を解雇したというのであり、そうすると、本件解雇自体は経営上の必要性があると認められ、また、企業経営上の観点からも合理性を有すると認められる。

(4) しかし、

ア 債権者が余剰人員となり人員削減の対象となったのは資本の効率を高めて収益の拡大を図る(具体的には東京支店について投資銀行としての特化を図る)ためにGTBSアジアパシフィック部門を閉鎖したことによるのであり、東京支店についてGTBSアジアパシフィック部門を存置し続けることによって将来具体的な経営危機が招来されることが想定されていたわけではなかったのであって(第三の一3(四)(1))、このようなGTBSアジアパシフィック部門の閉鎖によって達成しようとした経営上の目的からすれば、人員削減の方法として他に採りうる方法があるにもかかわらず、そのような方法を選択せずに解雇という手段を直ちに選択したとすれば、解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段ないしその結果との間には均衡が失われているというべきである。

イ ところで、右アで説示したように解するに当たっては債務者が東京支店において終身雇用制ないし年功序列制を採用していることが前提となっているというべきところ、債務者は東京支店において終身雇用制ないし年功序列制を採用していないと主張しているので、この点について検討する。

(ア) 債務者はいわゆる外資系企業である(前記第二の二1(一)、第三の一3(一)(1))から、給与体系、昇格・昇進の制度、社員の採用・削減などの点について本店の経営方針に従っており日本の企業のそれとは大きく異なる点があるものと考えられるところ、債務者の東京支店の行員の中には一般事務職員として入行した後比較的長期間にわたって勤務している者も少なからずおり、中には東京支店の開業直後ころから勤務している者もおり、また、その中には昇進して管理職になっている者もいる(前記第三の一3(一)(9))反面、債務者の東京支店の管理職にはその専門的な知識や経験などを買われて管理職として債務者の東京支店に採用された者も少なくなく(前記第三の一3(一)(9))、このような東京支店の行員の勤続の状況に照らせば、債務者が東京支店に勤務する行員について一律に終身雇用制ないし年功序列制を採用していると認めることはできない。

(イ) しかし、ある企業がその雇用する従業員のすべてについて一律に終身雇用制ないし年功序列制を採用しているとはいえない場合であっても、当該企業が採っている給与体系、昇格・昇進の制度、従業員の採用・削減の状況などの点を総合すると、当該企業で勤務する従業員がある一定の年齢に達するまで当該企業に勤務し続けることを期待することに合理性が認められるのであれば、そのような期待を抱いている従業員に対する解雇権の行使が濫用に当たるかどうかを判断するに際しては当該企業は終身雇用制ないし年功序列制を採用しているのと同視することは許されるというべきである。なぜなら、ある企業で勤務する従業員がある一定の年齢に達するまで当該企業に勤務し続けることを期待することに合理性が認められる場合に、その従業員が解雇されれば、その従業員は当面の収入を失うことになり、通常はその従業員にとって極めて重大な打撃となることが否定できない点では、その雇用する従業員のすべてについて一律に終身雇用制ないし年功序列制を採用している会社に勤務する従業員の場合と異なるところはなく、したがって、人員の削減を解雇によって達成しようとしている経営上の目的が余りにもささいであるときは解雇という手段によって従業員を失職させるという結果を生じさせることとの間の均衡が失われているといわざるを得ず、解雇権の行使は濫用に当たるといわざるを得ない点では、その雇用する従業員のすべてについて一律に終身雇用制ないし年功序列制を採用している会社に勤務する従業員の場合と異なるところはないと考えられるからである。

(ウ) そこで、本件についてこれを見るに、

<イ> 日本に支店を開設している外国の銀行に勤務する行員の賃金体系は、基本的には年齢と勤続年数を基本とする年功序列型賃金であり、毎年の賃上げを重ねることによって給与額が上昇していくものとされ、食事手当や家族手当などの日本の企業に定着している諸手当も支給されている(前記第三の一3(一)(10))ところ、債務者の東京支店に一般事務職として入行しその後管理職に昇進した債権者について言えば、基本給のほか家族手当、住宅手当などの諸手当が支給されており、また、賞与は毎年月齢給の六・八か月と決まった額が支給されており、業績によってその額が左右されることはなく、また、一年間に支給される給与の総額もおおむね毎年の賃上げを重ねることによって増加しており(前記第三の一3(一)(8))、これらによれば、債務者は債権者については管理職に昇進した後も含めておおむね日本の企業と同じような年功序列型の賃金体系を採っているといえ、債務者の東京支店に一般事務職として入行した他の行員について債務者とは異なる賃金体系が採られていたとの主張も疎明もない本件においては、債務者の東京支店に一般事務職として入行した他の行員についても日本の企業と同じような年功序列型の賃金体系を採用していたものと考えられる。

<ロ> 日本に支店を開設している外国の銀行に勤務する行員は自己都合の退職又は希望退職の募集に応募しない限り定年まで勤務するものとされている(前記第三の一3(一)(10))ところ、債務者は東京支店の行員について定年を設けており(前記第三の一1(一)(1)ウ)、債務者の東京支店に一般事務職として入行し勤務する行員の中には比較的長期間にわたって勤務している者も少なからずおり(前記第三の一3(一)(9))、これらの者についてはこれまで東京支店における業務の再編に伴ってその担当する職務が消滅するという事態が生じたことがあったが、そのようなときでもそれが管理職ではないそれより下の行員である限りは債務者は直ちに解雇という手段を採らずにしばらくの間事実上過員として放置しその後新たに適当な職務を割り当てるなどしていた(前記第三の一3(一)(4))。このように債務者の東京支店に一般事務職として入行し勤務する行員の中には東京支店で長期間にわたって勤務し続けていたいと希望する者が少なからずおり、債務者もその行員が管理職ではないそれより下の者である限りはその希望に答えて長期間にわたって東京支店で勤務し続けさせているといえる。

<ハ> これに対し、債務者の東京支店の管理職にはその専門的な知識や経験などを買われて管理職として債務者の東京支店に採用された者も少なくなく(前記第三の一3(一)(9))、そのような管理職についてはその専門的知識や経験などが債務者の東京支店の経営には必要ないと判断されるに至れば、解雇されるという事態が起こることも十分予想されうるところであるが、債務者の東京支店に一般事務職として入行しその後昇進して管理職となっている者についても、彼女らがそのような役職に就いているのはその役職にふさわしい専門的知識や経験などを有していると判断されたことによると考えられるから、彼女らについても専門的知識や経験などを買われて管理職として東京支店に採用された者と同様の理由で解雇されることがあり得ると考えられないでもない。

しかし、債務者は、その従業員には市場での価値に相応な給与を支払うという方針を採っており、具体的には個人業績、グループ業績及び市場でのその職務の価値に応じて給与を決定することとされていると主張し、これに沿う疎明資料(書証略)も提出しているが、右の疎明だけでは、債務者の東京支店に一般事務職として入行しその後管理職になった者について管理職に昇進した理由となったその者の専門的知識や経験などが債務者の東京支店の経営に必要ないと判断されたときには債務者を解雇されることがあり得るという方針が採用されていることを認めるには足りないというべきである。そして、仮に債務者においてそのような方針が採られていたとすれば、債務者の東京支店に一般事務職として入行した行員が管理職に昇進した場合には、その管理職は管理職に昇進した理由となったその者の専門的知識や経験などが債務者の東京支店の経営に必要ないと判断されたときには債務者を解雇されることがあり得るという不利益を新たに負うことになる以上、東京支店に一般事務職として入行した行員が管理職に昇進するに当たっては管理職になれば右に述べたような理由で解雇されることがあり得ることを周知徹底して、右に述べたような不利益にもかかわらず管理職への昇進を希望するかどうかを選択する機会を与える必要があるというべきところ、本件全疎明資料に照らしても、債務者が東京支店に一般事務職として入行しその後管理職に昇進した行員についてその昇進に当たって右に述べたような理由で解雇されることがあり得ることを周知徹底したことは全くうかがわれない(また、債権者自身が管理職に昇進した以上は右に述べたような理由で解雇されることがあり得ることを自覚していたことを認めることもできない)。したがって、東京支店に一般事務職として入行しその後管理職に昇進した行員が管理職への昇進後も停年まで東京支店で勤務し続けることが可能であると考えたとしても、それは無理からぬことである。

<ニ> 以上を総合考慮すれば、債務者の東京支店に一般事務職として入行しその後管理職に昇進した債権者が定年まで東京支店で勤務し続けることを期待することには合理性があると認められる。

(エ) 以上によれば、本件解雇が解雇権の行使として濫用に当たるかどうかを判断するに際しては、債務者が東京支店において終身雇用制ないし年功序列制を採用しているのと同視することは許されるというべきである。

ウ そこで、人員削減の方法として他に採りうる方法があったかどうかについて検討する。

債務者の東京支店は現に経営危機に陥っているわけではなく、したがって、債務者が本件解雇後も債権者に本件解雇前の給料を支払って債権者を雇用し続けることが困難な経営状況であったとはいえないこと、債権者は平成五年秋ころに輸出入事務(トレード・ファイナンス)のほかに金融派生商品の後方事務を担当するよう内示を受けたことがあり、また、平成五年三月一二日に債権者に対する人事考課表(書証略)を作成した支店長は債権者に対し業務管理部(オペレーション部)の他の部署での経験を積ませることがよいと考えていたことが認められ(書証略)、これらの時点では債権者は既にアシスタント・マネージャーであり、したがって、債務者としても債権者には輸出入事務(トレード・ファイナンス)以外の業務をアシスタント・マネージャーとして処理する能力がおよそ欠けていると判断していたわけではないといえること、債務者の東京支店では平成一〇年四月三日に為替資金決裁部門のアシスタント・マネージャーが退職しており(書証略)、債権者の配転が問題となっていた平成九年三月ないし四月の時点において東京支店のアシスタント・マネージャーの役職者について今後数年間のうちに自然減が期待できる状況にはおよそなかったとはいえないこと、以上を総合考慮すれば、余剰人員となった債権者についても直ちに解雇せずにGTBSアジアパシフィック部門以外の他の部署に既に配属されているアシスタント・マネージャーとは別にいわばこれを補佐するような形でアシスタント・マネージャーとして配属し(したがって、債権者は当該部署に配属されるべきアシスタント・マネージャーとしては過員ということになる)、今後数年間のうちに東京支店のアシスタント・マネージャーの役職者の自然減を待つことによっていずれ債権者が余剰人員ではなくなることを待ち、数年間が経過した時点でもなお債権者が余剰人員であった場合には債権者を解雇するという方法も採り得たものと考えられる(なお、債務者の主張及び疎明を総合すれば、債務者にはアシスタント・マネージャーの自然減を待ってしばらくの間債権者を余剰人員として債務者に留め置くという方法は主観的には採り得なかったものと考えられるが、右で説示したように客観的には採り得たものというべきである上、右に述べたような方法が主観的に採り得なかったとしても、それは決して債務者に不能を強いるものでないことは後記第三の一3(四)(5)で説示するとおりである)。

エ そうすると、債務者は余剰人員となった債権者について人員削減の方法として解雇という方法以外に右ウで説示したような方法があったにもかかわらず、そのような方法を選択せずに解雇という方法を選択していることに照らせば、本件解雇については解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段ないしその結果との間に均衡が失われているというべきである。

(5) 以上によれば、本件解雇については経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有すると認められるものの、本件解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段である解雇ないしその結果としての失職との間には均衡が失われているというべきであるから、結局のところ、本件解雇については人員整理の必要性を肯定することができないといわざるを得ない(なお、前記第三の一3(四)(4)イ(ウ)<ハ>で説示したように、債権者が管理職に昇進した場合には、管理職に昇進した理由となった債権者の専門的知識や経験などが債務者の東京支店の経営に必要ないと判断されたときには債務者を解雇されることがあり得ることを債権者自身が認識していたとすれば、本件解雇についての人員整理の必要性について右の判断とは異なる判断に至ることもあり得たものと考えられ、債権者が右に述べたような理由で債務者を解雇されることがあり得ることを債権者自身に十分認識させる措置を債務者が講ずることは十分に可能であったというべきであるから、結局のところ、当裁判所が右のような判断をしたからといって、債務者において経営方針の変更によるある部門の閉鎖による担当業務の消滅を理由とする解雇をすることが全くできなくなることを意味するものではないことは明らかであり、また、債務者にはアシスタント・マネージャーの自然減を待ってしばらくの間債権者を余剰人員として債務者に留め置くという方法は主観的には採り得なかった(前記第三の一3(四)(4)ウ)としても、それは債務者に不能を強いることを意味するものでもないことも明らかである)。

(五) 小括

以上によれば、仮に債権者が閉鎖されることになったGTBSアジアパシフィック部門に配属されていたという理由だけで解雇の対象者を債権者としたことに合理性があると認められ、また、債権者を解雇するのに先立って債権者の解雇を回避する目的で殊更に他の部署のアシスタント・マネージャーについて希望退職を募らなかったことに合理性があり、かつ、債務者が疎明するように債務者は債権者に証券会社への就職をあっせんしたと認められ、また、債務者が本件解雇に至るまでの間に債権者やこれを支援する本件組合との間で債権者の解雇について十分な話し合いを行ったと評価できるとしても、本件解雇については人員整理の必要性を肯定することができないのであるから、結局のところ、本件解雇は権利の濫用として無効であるというべきである。

したがって、債権者と債務者間の雇用契約はなお有効に存続しているというべきところ、本件解雇当時の債権者の基本給、食事手当、住宅手当、家族手当及び社会保険手当の合計は金六五万三七八〇円であり、毎年六月と一二月に一時金としてそれぞれ金一九〇万二九八〇円を支給されていた(前記第二の二2)から、債権者は一か月当たり金六五万三七八〇円並びに毎年六月及び一二月に金一九〇万二九八〇円の限度で被保全権利を有することを認めることができる。

二  保全の必要性について

1  賃金仮払いの仮処分は、仮の地位を定める仮処分の一種であるから、「争いがある権利関係について債権者に著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とする」(民事保全法二三条二項)ことを要件とし、債権者の生活の困窮を避けるために暫定的に発せられるものである。

2  そこで、債権者の生活の困窮の有無について検討するに、本件記録上認められる債権者の生活状況、債権者の年齢などの事実を総合考慮すると、本件においては平成一〇年一月以降毎月一八日限り金六〇万円並びに毎年六月末日限り及び一二月末日限りそれぞれ金五〇万円についてその必要性が認められる(なお、債権著は本件解雇に伴って債務者から退職金として金一八七〇万三二七一円の支払を受けているが、右の退職金が本件解雇が無効であったとしても、債権者からその返還を求めない趣旨で交付された(いわば債権者に贈与した)ものでないことは明らかであるから、債権者が債務者から退職金の支払を受けていることは右の保全の必要性の判断を左右しない)。

そして、時間の経過によって救済を要する状態は変動を免れないのであるから、仮払いの期間は一年を限度として認めるのが相当である。

3  なお、債権者は、債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることの仮の確認も併せて申し立てているが、他に特段の主張及び疎明のない本件においては、右の地位保全の仮の確認の申立てを認める必要性を認めることはできない。

第四結論

本件申立ては、債務者に対して平成一〇年一月から同年一二月まで毎月金六〇万円並びに同年六月及び一二月に金五〇万円の仮払いをさせる限度において理由があると認められるから、右の限度で債務者に仮払いを命じた原決定は正当である。

(裁判官 鈴木正紀)

別紙(略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例