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東京地方裁判所 平成10年(ヨ)21088号 決定 1998年10月23日

債権者

丸尾良枝

(他二名)

右債権者三名代理人弁護士

鷲見賢一郎

(他九名)

債務者

日本ステリ株式会社

右代表者代表取締役

中倉友勝

右債務者代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

富田美栄子

小川薫

主文

一  債権者らの本件申立てをいずれも却下する。

二  申立て費用は債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  債権者らが債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らそれぞれに対し、平成一〇年四月から本案判決確定まで、毎月二五日限り、別紙債権目録記載の各金額を仮に支払え。

第二当事者の主張

一  原告らの主張

(被保全権利)

1 債務者は、滅菌業務の代行等を主たる業務とする株式会社であり、東京都大田区所在の東京都立荏原病院(以下「本件病院」という)ほかの医療機関に従業員を勤務させている。

債権者丸尾良枝(以下「債権者丸尾」という)は平成七年三月三一日、同川崎佳子(以下「債権者川崎」という)は平成八年二月八日、同進藤貴子(以下「債権者進藤」という)は平成九年二月二五日、債務者と期間の定めのない雇用契約を締結し、以来本件病院に勤務してきた(以下「本件各雇用契約」という)。

2 債権者らは、本件病院において、手術室等における手術等の治療の準備、治療中の補助、中央材料部における滅菌業務及びリネン室等における業務等に従事しており、賃金は、別紙債権目録記載のとおりであり、前月一六日から同月一五日までの分を当月二五日限り支給されている。

3 債務者は、「三月三一日(火)の雇用契約期間満了に伴い、平成一〇年度の雇用契約を更新しない旨決定致しましたのでお知らせ致します」等と記載した文書(以下「本件通知」という)を掲示して、債権者らに対し、平成一〇年三月三一日付けで解雇する旨の通知をしたが、同解雇は、債権者らに対し理由を説明せずになされており、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できないものであるから、解雇権の濫用に当たり無効である。

4 仮に本件各雇用契約が期間の定めのない契約ではなかったとしても、債権者らは、「長く勤められる方歓迎します」との広告を見て応募し、債務者から期限の定めがあることについて説明も受けておらず、債権者らの中には複数回契約を更新してきた者もいる上、債権者らの従事してきた業務が専門的知識と経験を必要とするものであることからすれば、本件各雇用契約は実質的に期限の定めのない契約と同視すべきものであるから、解雇法理が類推適用される。

5 仮に、本件各雇用契約が期間の定めのある契約だったとしても、前記4のとおりであり、また、これまで雇止めになった者もいないことからすれば、債権者らが契約更新について期待することに合理性がある一方、本件雇止めには、業務縮小等の人員削減の必要性もなかったから、信義則違反ないしは権利の濫用に当たり無効である。

(保全の必要性)

1 債権者らの従事してきた業務は専門的知識と経験を必要とするものであるところ、就労の機会が奪われることによって、債権者らは、専門的知識と経験の蓄積に支障を来たし、このような事態が長期間継続すれば、原職への復帰は困難となるので、雇用契約上の地位を仮に定める必要性がある。

2 債権者丸尾は、七四歳の夫と二人暮らしであるところ、夫の収入は国民年金だけである上、自宅として購入したマンションの住宅ローンの返済が毎月一八万円にのぼることから、債権者丸尾の収入がなければ生計を維持していくことは到底困難な状況である。

債権者進藤は、夫と高校に通う二人の子との四人暮らしであるところ、夫が病弱であり、その収入は保険事務の手伝いから得られる一〇万円弱であり、債権者進藤の他からの収入を併せても毎月一五万円ないし一八万円程度にしかならないため、債務者から支給される賃金がなければ、生計の維持は困難である。

債権者川崎は、子が低身長症でその治療のために高額の費用がかかるところ、これまで債務者から支給される賃金を治療費にあててきたものであるから、それがなければ、子の療養・看護に支障をきたすことになる。

二  債務者の認否及び反論

(被保全権利)

1 債権者らの主張1の事実のうち、債務者に関する部分は認め、その余は否認する。

債務者は、債権者丸尾及び同進藤のそれぞれと、平成九年四月一日付けパートタイマー労働契約書に基づいて、期間を一年とする雇用契約を締結し、債権者川崎と、平成九年六月一六日付けパートタイマー労働契約書に基づいて期間を平成一〇年三月三一日までとする雇用契約を締結したものであり、本件各雇用契約は期間の定めのない契約ではない。

2 債権者らの主張2の事実は争う。

本件病院における債権者らの業務は、手術室作業補助業務であるところ、物品の搬送、収納、整理、清掃、後始末等の単純で代替性のあるもので、看護婦の補助的業務にすぎない。

3 債権者の主張3ないし5は否認ないし争う。

本件各雇用契約は、期間の定めのないもの、あるいは実質的に期間の定めのない契約と同視すべきものではなく、いずれも一年以内の期間の定めのある契約であるから、平成一〇年三月三一日の期間の満了により当然に終了しているのであり、解雇法理の適用ないしは類推適用は問題とならない。

なお、本件通知の事実は認めるが、本件通知は、本件各雇用契約が期間満了によって当然に終了することを確認的に通知したにすぎない。

また、債権者らの中には、債務者との雇用契約を複数回締結した者もあるが、債務者は、債権者らとの雇用契約を締結するに際し、当然に従前の雇用契約を更新する扱いはしておらず、期間満了の都度、債権者らの勤務の都合、その他労働条件を確認の上、パートタイマー労働契約書を作成して、新たに期間の定めのある雇用契約を締結してきたから、本件各雇用契約は、債権者らが契約更新を期待することに合理性はなく、雇止めについて信義則違反や権利の濫用は問題とならない。

4 仮に、債権者らが本件各雇用契約の更新について期待することに合理性が認められるとしても、雇止めには合理的な理由があった。

すなわち、本件病院においては、各年度ごとに競争入札によって委託業者が決定されていたことから、債務者としても、本件病院からの滅菌業務サービス等の委託を確保するためには、入札価格を抑制せざるをえないところ、平成一〇年になって、本件病院から債務者に対し、手術室作業補助業務に常駐の管理者を置くことを要請されたが、業務委託料の範囲では常駐の管理者を配置することができなかったため、債務者は、すでに管理者を配置して手術室等における清掃業務を担当していた共峰サービス株式会社(以下「共峰サービス」という)に手術室作業補助業務を下請けさせることにし、それに伴い、債権者らについて、期間満了後は新たに雇用契約を締結しないこととし、共峰サービスに雇用されるよう紹介するなど最大限の配慮をしているのであって、企業経営における合理的必要に基づくものであることは明らかである。

(保全の必要性)

債権者らの主張争う。

債権者らは、本件各雇用契約終了後、本件申立て前に債務者に対し、解雇予告手当等の支払いを要求してきたにすぎないことに照らせば、債権者らには、原職に復帰する意思はなく、また直ちに生活に困窮するような状況もないといえるから、保全の必要性がないことは明らかである。

第三当裁判所の判断

一  本件各雇用契約について

1  (書証略)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 債権者丸尾は、平成七年三月三一日に被告に入社した。被告との間では、期間を同年四月一日から平成八年三月三一日までの一年間、職種を本件病院の手術室作業業務等、勤務時間を月曜日から金曜日の午前八時三〇分から午後五時、土曜日は午前八時三〇分から一二時三〇分、時間給を一〇〇〇円とする「パートタイマー労働契約書」(書証略)が作成されており、債権者丸尾は、それに署名・捺印している。さらに期間を平成八年四月一日から平成九年三月三一日、同年四月一日から平成一〇年三月三一日とするほかは前記契約書とほぼ同趣旨の「パートタイマー労働契約書」(書証略)が作成されており(なお、平成九年四月一日付の契約書には職種として本件病院の中央滅菌材料室と記載されている)、それらにも債権者丸尾は署名・捺印している。

(二) 債権者川崎は、平成八年二月八日に被告に入社した。被告との間では、期間を平成八年四月一日から平成九年三月三一日、職種を本件病院の手術室作業業務、勤務時間を月曜日、火曜日及び木曜日の午前九時三〇分から午後四時三〇分、時間給を九〇〇円とする「パートタイマー労働契約書」(書証略)が作成されており、債権者川崎は、それに署名・捺印している。その後、期間を平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日、職種を本件病院の中央滅菌材料室、勤務時間は前年と同様、時間給九〇五円とする「パートタイマー労働契約書」(書証略)が作成され、債権者川崎は署名・捺印しているが、さらに期間を平成九年六月一六日から平成一〇年三月三一日、勤務時間を月曜日の午前九時三〇分から午後四時三〇分、木曜日の午前九時から午後四時三〇分とする「パートタイマー労働契約書」(書証略)が作成されており、債権者川崎は署名・捺印している。

(三) 債権者進藤は、平成九年二月二四日に被告に入社し、その際、被告との間で、期間を平成九年二月二四日から同年三月三一日まで、職種を本件病院の手術室作業業務、勤務時間を月曜日、水曜日及び金曜日の午前八時三〇分から午後五時、時間給を九〇〇円とする「パートタイマー労働契約書」(書証略)を作成し、署名・捺印している。その後、期間を平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日、職種を本件病院の中央滅菌材料室とするほかは前記と同様の「パートタイマー労働契約書」(書証略)が作成されており、債権者進藤は、それに署名・捺印している。

(四) 債務者は、各種医療機関から委託されて、医療に用いられたピンセット、ハサミ、鉗子等の消毒等の滅菌サービス業務のほか、使用済み及び洗濯済みリネン類、検査物等の院内運搬、手術室の床等の清掃、医療ゴミの取り方付け等の手術室作業補助業務を行っており、四〇余りの医療機関から委託を受けている。債務者と各医療機関との業務委託契約は、毎年四月一日付けで期間を一年として締結されている。各医療機関とは、一年単位の契約で、業界内の競争もあることから、債務者の業務量は毎年変動の可能性があるため、滅菌サービス業務等に従事させる従業員は、就業する医療機関を特定し、パートタイマーとして雇用していた。また、業務内容から従業員の定着率が良くないこと(二年以上勤務しているパートタイマーは約二七パーセントである)からも、状況に応じてパートタイマーによって対応しなければならなかった。このような状況から、債務者の従業員は、ほとんどがパートタイマーであり、正社員はパートタイマーの管理監督業務に従事するわずかな人数である。

(五) 債務者は、求人案内などで、従業員を募集しているところ、求人案内には、「パート募集」、「未経験者可」、「長く勤められる方歓迎します」等記載されている。債務者がパートタイマーを採用する際には、期間を四月一日から翌年三月三一日までの一年とする「パートタイマー労働契約書」を作成し、一年の期間満了後、契約を更新する場合には、その都度右契約書を作成していた。また、年度途中の採用の場合は、雇用契約締結日から直近の三月三一日までを雇用期間としていた。このようなパートタイマーの雇用期間等については債務者のパートタイマー就業規則に規程されている。なお、債権者らは、債務者との雇用契約締結及び更新の際、債務者から雇用期間について明確な説明を受けたことはなく、債務者との間で作成した「パートタイマー労働契約書」は、債権者らには交付されておらず、債務者のみが保管していた。

(六) 債権者らが、本件病院の中央滅菌材料室において従事していた業務は、主として運搬搬送、清掃、手術の準備・後始末などに分かれ、そのうち、運搬搬送としては物流・物品のクリーンホールへの収納、検査物の搬送、臨時請求物品の搬送、蒸留水及びホルマリンの検査室からの運搬(週一回)等、清掃としては器材庫、洗浄室の整理整頓等、手術の準備・後始末としては、消毒液の補充、クリーンマットの交換、ハイオートクレーブ(卓上滅菌器)の作動確認、医師や看護婦が使用したスリッパ、手術衣、リネン類の回収及び洗浄依頼、洗浄済みのスリッパ、リネン類の収納、一部の医療用具の洗浄、消毒等の業務であった。

2  ところで、債権者らは、本件各雇用契約が期間の定めのない契約であると主張するので、この点について検討する。

債権者らは、本件各雇用契約締結及び更新の際、雇用期間について債務者から明確な説明を受けておらず、各「パートタイマー労働契約書」の交付を受けていないことは前記のとおりであるが、右各契約書には前記のとおり、雇用期間が明確に記載されているだけでなく、時間給、債権者各自の個別的事情によって決定された勤務時間が記載され、それが一年単位で作成され、勤務時間や時間給は契約更新の際に変更されていることからすると、債権者らはいずれも各契約書の内容を確認、理解した上、それらに署名・捺印したものというべきである。

債権者らは、前記の「長く勤められる方歓迎します」の求人案内の記載や面接の際に担当者から長く勤めて欲しい旨説明されたこと(債権者川崎の陳述書・書証略)なども期間の定めのない契約であることの根拠とするが、右のような求人案内の記載や担当者の言動は、それ自体抽象的なもので、直ちに右をもって雇用期間を明示したもの解するのは困難であるのはもちろんのこと、前記のとおり、債務者におけるパートタイマーの定着率が悪かったことからすれば、債務者としてはパートタイマーに長く勤めて欲しいとの希望を有しており、それを表明したものにすぎないというべきである一方、期間の定めの有無にかかわらず、雇用契約締結の際に、いわば激励の意味で使用者側がこのような発言をすることも珍しくない。

また、債権者らは、従事していた業務が本件病院内の通常的かつ恒常的な業務であることや、従事する業務が高度の専門的知識や経験を要するものであることも根拠とし、債権者川崎の陳述書(書証略)には、「確実に働けるようになるには一年近くかかりました」との記載もある。確かに、債権者らの従事していた業務は、本件病院内において通常的かつ恒常的な業務であったこと、病院内での勤務ということで神経を使わなければならない面があったことは否定できないし、前記の債権者らの業務の中には取扱に注意を要する薬剤、物品の処理なども含まれており、専門的な知識が不要であるということもできない。しかし、雇用契約の内容は、使用者及び各従業員の個別的な事情にも影響を受けるものであり、通常的かつ恒常的業務だからといって、期間の定めのない契約であるということはできないし、前記のとおり、債務者の求人案内の募集要項に、「未経験者可」と記載されていることや、債務者が長期間にわたる研修等を実施した形跡もないことなどからすれば、債権者らの従事していた業務が一年間程度の経験がなければおよそ修得することができない業務であるということはできず、前掲陳述書の記載にしても、どのような業務であっても、未経験者であれば、経験によって次第に熟達していくものであることも考慮すれば、債権者川崎本人にとって満足できる仕事ができるようになるのに要した期間というのが同債権者の真意であると推認できるのであり、そのことから直ちに高度の専門性が必要であるということはできないというべきであり、債権者らの業務の性質から、本件各雇用契約が期間の定めのない契約であるというこはできない。

これらの事情や債権者らの各雇用契約の更新回数(前記によれば、債権者丸尾及び同川崎が各三回、債権者進藤は一回である)、前記の債務者の業務形態及びその就業規則からすれば、本件各雇用契約をして期間の定めのない契約あるいは実質的に期間の定めのないものと同視すべき契約であったとまで認めることはできない。

したがって、本件通知が解雇あるいは解雇法理を類推適用すべきことを前提とする債権者らの主張は理由がない。

二  本件雇止めについて

債権者らはいずれも雇用契約を更新していること、各契約更新手続の際、雇用期間を含む雇用条件について十分な説明や話し合いはなかったこと、債権者らが従事していた業務は本件病院において通常的かつ恒常的な業務であったことは前記のとおりであり、審尋の全趣旨によれば、これまで本件病院において雇止めになったパートタイマーはいないことが認められることなどからすれば、債権者らが雇用継続についてある種期待を抱いた可能性も否定できない。

しかし、一方において、債務者と各医療機関との業務委託契約が一年単位であり、債務者の業務量が変動を免れず、債務者としてはそれに対応するためにパートタイマーを多数雇用していたことは前記のとおりである。また、債務者と本件病院とは特命随意契約を締結しており、当面は契約の継続が予想されるとしても、同契約締結に至るまで債務者は経費節減に努力してきたばかりでなく、同契約の締結の際、業務委託料を前年度と同様に据え置かれたこと(書証略)からすれば、今後も経費節減は不可欠であり、その場合すでに本件病院から債務者が委託された業務の一部を共峰サービスに委託していること(書証略)から、債務者がそのような措置を講ずることも予想できないことではない。さらに、各契約更新手続の際に作成されている契約書の記載内容は詳細にわたり、勤務時間や時間給の変更も右契約書に記載されるなど、債権者らにとってはおよそ形式的で、内容を確認する必要さえないという性質の文書ではない上、それ自体から当然に契約が更新されるものとは解釈できないこと、これまで雇止めになったパートタイマーはいなかったとしても、前記のとおり債務者におけるパートタイマーの定着率は悪く、二年以上勤務している者は全体の三分の一にも満たず、契約更新者の数も多くないものと推測されるし、債権者らはいずれも雇用契約の更新をしているとしても、回数にして最も多い者で三回、雇用期間にして三年間にすぎない。

これらの事情に照らせば、債権者らの雇用継続に対して何らかの期待を抱いていたとしても、それは少なくとも法的保護に値する程度に達していたということまではできないのであって、そうだとすれば、期間を平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までの一年(ただし、債権者川崎については平成九年六月一六日から平成一〇年三月三一日まで)とする本件各雇用契約は期間の満了によって当然に終了したものというほかない。

三  以上の次第で、本件申立ては、被保全権利を認めることはできず、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 松井千鶴子)

別紙(略)

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