東京地方裁判所 平成10年(レ)90号 判決 1998年12月02日
控訴人
株式会社ジャックス
右代表者代表取締役
小島賢蔵
右代理人支配人
竹浪徹
右訴訟代理人弁護士
後藤仁哉
被控訴人
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
黒川辰男
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、三七万一九二五円及びこれに対する平成九年六月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被被控訴人の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、控訴人が、被控訴人の妻の締結した後記立替払契約について、民法七六一条の日常家事代理権の範囲に属するとして、被控訴人に対し、立替金の請求をしている事件である(原審では、控訴人と被控訴人との間での契約の締結等を主張していたが、これらの主張は、当審で撤回された。)。
一 前提事実(特記しない限り当事者間に争いがない。)
1 控訴人は、割賦購入斡旋を業とする株式会社である。
2 被控訴人の妻である訴外甲野春子(以下「春子」という。)は、被控訴人の名義をもって、控訴人との間で、平成六年一二月二八日、次の点を内容とする立替払委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲一、二、弁論の全趣旨)。
(一) 被控訴人は、控訴人に対し、子供向けの英語教材である「ディズニー・ワールド・オブ・イングリッシュ」(以下「本件商品」という。)の購入代金を、加盟店である訴外ワールド・ファミリー株式会社(以下「加盟店」という。)へ立替払いすることを委託する。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、立替金四九万七四九〇円に手数料九万八五一〇円を加算した合計額五九万六〇〇〇円を、合計四八回に分割して、平成七年二月から平成一一年一月まで、毎月二七日限り七〇〇〇円宛支払う。ただし、一月及び八月は、右七〇〇〇円に三万二五〇〇円を加算して支払う。
(三) 被控訴人が前項の支払を怠り、控訴人から二〇日間に相当する期間を定めた書面により支払を催告されたにもかかわらず、その支払を履行しないときは、被控訴人は、期限の利益を失い、控訴人に対し、残額を一時に支払う。
(四) 遅延損害金は、年六分の割合とする。
3 控訴人は、平成七年一月二〇日、加盟店に対し、本件契約に基づき、立替払いをした(弁論の全趣旨)。
二 争点
本件契約の締結が、日常家事代理権の範囲に属するか否か。
第三 争点に対する判断
一 証拠(甲一、二、四、五、一〇、一一、乙二、被控訴人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 被控訴人(昭和三八年八月六日生)は、春子(昭和三八年一〇月四日生)と、平成三年五月三日、婚姻し、同年七月一三日、長女夏子が生まれた。
2 被控訴人は、平成六年一二月当時、株式会社○○(以下「○○」という。)に勤務し、月収は手取りで約三〇万円、年収は約五五〇万円であった。一方、春子も、××生命保険相互会社(以下「××」という。)の外交員として勤務しており、一定額の収入があった。被控訴人の資産としては、二〇〇万円の財形貯蓄預金と、日本生命で契約していた積立保険が約百五、六十万円あった。
3 本件契約締結当時、被控訴人は、大田区久が原にある○○の3DKの社宅に住み、一方、春子と夏子は、横浜市西区久保町所在の春子の実家に住んでいて、春子の意向により同居はしていなかったものの、春子は月に二回位被控訴人宅を訪れるような夫婦生活を送っていた。被控訴人は、自分の小遣い分として月額五、六万円を差し引いた残額を生活費等として春子に渡していた。被控訴人は、春子に対し、同人に渡す給料の使途について、特に制限を課すことはしなかった。
4 春子は夏子の教育に関して熱心であり、夏子を私立玉川学園の附属幼稚園に入園させることを強く希望したため、被控訴人は、町田市玉川学園に家賃一二万五〇〇〇円でアパートを借り、平成八年四月から、春子、夏子と同居し、夏子を右幼稚園に通わせた。
5 本件商品は、テキストブック(絵本)、テキスト用CDなどからなる幼児用の教材セットであり、教育熱心であった春子が夏子のために購入したものであった。
6 平成九年六月現在、春子は、合計九社のサラ金業者等に対し、合計二六五万円の借入債務を負っていた。
二 右事実を前提に、本件契約の締結が日常家事代理権の範囲に属するか否かについて次に検討する。
ところで、民法七六一条が定める「日常の家事」に関する法律行為の具体的な範囲は、当該夫婦の社会的地位、職業、資産、収入や、当該夫婦が生活する地域社会の慣習等の個別的事情に加え、当該法律行為の種類、性質等の客観的事情をも考慮して定められるべきものである。
これを本件についてみるに、前記一に認定した本件契約締結当時の被控訴人及び春子の年齢、職業、収入、資産等の事実及び前記前提事実に照らすと、本件契約における立替払金債務の額が支払方法である一回当たりの分割金の金額をも斟酌すれば被控訴人夫婦の生活水準に照らし不相当に高額であるとは認め難いことに加え、そもそも本件契約は春子が夏子に英語教育を施すために購入した教材に関するものであるから、その性質上、夫婦の共同生活に通常必要とされる事項に該当するというべきであり、本件契約に基づく債務は、いわゆる日常家事債務に当たると解するのが相当である。本件契約締結当時、被控訴人夫婦は同居していなかったものの婚姻関係が破綻していたわけではないから、この別居は右判断を妨げるものではない。また、平成九年六月現在、春子は、合計二六五万円の借入債務を負っていたのであるが、本件契約締結当時、春子がどの位の債務を負っていたかは必ずしも明らかではない。かえって、証拠(乙二、被控訴人)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人夫婦の生活が苦しくなったのは、夏子が幼稚園に通うようになり、春子も仕事を辞めた平成八、九年ころ以降のことであることが認められるから、平成九年六月現在、春子が二六五万円の債務を負っていたことも前記判断を左右しない。
よって、本件契約の締結は、被控訴人夫婦の日常家事代理権の範囲に属するものと認めるのが相当であり、春子が被控訴人名義でした本件契約は、被控訴人に効果が及ぶものといわざるを得ない。
三 したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本件契約に基づく債務の履行をすべきところ、証拠(甲三の1ないし5)及び弁論の全趣旨によると、春子が被控訴人名義の銀行口座から控訴人に対し分割金を支払った状況及びその充当関係は、別表のとおりであり、控訴人が、平成八年一〇月一八日、未払金を二〇日以内に支払うよう催告したものの、その履行がなかったため、同年一一月七日の経過をもって本件契約の期限の利益が喪失させられたことが認められる。
右事実に前記前提事実を総合すると、控訴人の本訴請求は正当である。これを棄却した原判決は失当であって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して本訴請求を認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大弘 裁判官堀内明 裁判官澤井知子)
別紙入金実績表<省略>