東京地方裁判所 平成10年(ワ)10130号 判決 2003年2月13日
主文
1 被告は,原告に対し,金2167万4440円及びこれに対する平成10年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,主文第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が金1600万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金1億0498万円及びこれに対する平成10年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,刑事事件の被告人として拘置所に勾留されていた原告が,拘置所の医師ら,公判担当検察官及び受訴裁判所の裁判官らにおいて原告がベーチェット病に罹患していたことを認識していたにもかかわらず,適切な治療を受けさせることなく,内服薬及び点眼薬を投与したのみで,拘置所外の眼科専門医の治療を受けさせなかったため,同病の悪化により左眼が失明し,右眼の視力が著しく低下した旨主張し,国の公権力の行使に当たる前記各公務員の不法行為を理由として,国家賠償法1条1項又は民法709条,719条1項に基づき,損害賠償金1億0498万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年5月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。
1 判断の前提となる事実
(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 福岡拘置所(平成8年5月11日に組織変更されるまでは福岡刑務所福岡拘置支所。以下,組織変更の前後を問わず「本件拘置所」という。)は,法務省設置法8条に基づいて設置された監獄法1条1項4号所定の拘置監であり,医療関係職員は,常勤の法務技官医師2名,看護師2名,事務職員数名が配置されており,そのうち医師としては,平成7年10月26日から平成8年4月1日までA(以下「A医師」という。)及びB(以下「B医師」という。)が,同日から平成9年4月1日までB医師及びC(以下「C医師」という。)が,同日から同年10月1日までC医師及びDが,同日から同年12月26日までC医師及びEがそれぞれ勤務していた(以下,これらの本件拘置所の法務技官医師を「本件医師ら」ということがある。)。なお,本件医師らはいずれも内科を専門としている。また,本件医師らによる被収容者に対する診察は,各舎房・工場ごとに定められた週2回の診察実施日に被収容者からの投薬・診察の申出に基づいて実施されるほか,入所時及び定期的に行われる健康診断の際に実施されたり,体調が急に悪くなったとの被収容者の申出があった場合や拘置所職員が被収容者の体調が明らかに悪いと認めた場合に随時実施されていた。(乙第3,第4号証,証人A,証人B,弁論の全趣旨)
イ 原告は,平成7年8月17日,詐欺被告事件により福岡地方裁判所に起訴され(平成7年(わ)第821号事件として係属。以下,その後追起訴されて併合された詐欺被告事件等を含めて「本件刑事事件」という。),同年10月26日から平成9年12月26日に本件刑事事件の控訴審である福岡高等裁判所により保釈を許可されるまで,本件拘置所に勾留されていた(ただし,那覇拘置支所に移監された平成8年2月15日から同月29日までの間及び勾留の執行を停止された平成9年6月23日から同年7月14日までの間を除く。)。
ウ 本件刑事事件は,当初,F裁判官が担当していたが,第1回公判期日後の平成7年10月20日に合議体で審理及び裁判をする旨の決定がされ,以後,裁判長裁判官G,裁判官F及び裁判官Hによって構成される合議体で審理され,その後,平成8年4月8日,裁判長裁判官がIに代わった(以下,受訴裁判所として本件刑事事件を担当した第一審の裁判体を「受訴裁判所」という。)。
エ J(以下「J検事」という。)は,本件当時,福岡地方検察庁に勤務していた検事であり,平成8年4月から立会検察官として本件刑事事件を担当した(以下,本件医師ら,裁判官ら及びJ検事を総称して「本件各公務員」ということがある。)。
(2) 事実経過
ア 本件拘置所に移監されるまでの経緯
(ア) 原告は,平成4年7月14日,久留米大学病院眼科において再発性ぶどう膜炎との診断を受け,その後の検査により,ベーチェット病との診断を受けた。(初診日について甲第1号証の1)
(イ) 原告は,平成7年7月7日,詐欺を被疑事実とする逮捕状により福岡県博多警察署の司法警察職員に逮捕され,同月8日,福岡地方裁判所の裁判官により刑事訴訟法60条1号ないし3号に定める事由があるとして代用監獄である同署留置場に勾留された後,同月27日にいったんは釈放されたものの,同日,前記詐欺事件とは別の詐欺を被疑事実とする逮捕状により司法警察職員に逮捕され,同月29日,同裁判所の裁判官により前同様の事由があるとして同署留置場に勾留され,以後,同年10月26日まで同署に収容されていた。(逮捕者につき甲第21号証,第23号証,勾留の理由について甲第22号証,第24号証)
なお,原告は,同署留置場に勾留されている間,福岡市内の原三信病院においてベーチェット病の治療を受けたことがあった。
(ウ) 原告は,同年8月17日,福岡地方裁判所に詐欺被告事件により公訴を提起され,その後,同年9月8日に詐欺被告事件(平成7年(わ)第878号事件)により,同年11月15日に詐欺被告事件(平成7年(わ)第1108号事件)により,同年12月25日に有印公文書偽造,同行使,有印私文書偽造,同行使,詐欺被告事件(平成7年(わ)第1285号事件)により,それぞれ追起訴された。
(エ) 原告は,同年10月19日の第1回公判期日において,平成7年(わ)第821号事件及び同第878号事件の各詐欺の公訴事実を否認して無罪を主張する旨の陳述をした。(甲第33号証の1,第34号証の1)
イ 本件拘置所への移監及び第1次保釈請求等
(ア) 受訴裁判所は,同月26日,原告の勾留場所を本件拘置所に変更し,原告は同拘置所に移監された。
(イ) 原告は,本件拘置所に移監後の同月27日に実施された入所時健康診断において,A医師に対し,自己がベーチェット病に罹患していること,発作的に視力が落ちて1か月くらい回復しないことがあること,発作が起きたときはコルヒチン2錠を朝夕2回服用していたこと,発作がないときは点眼をしていなかったこと,発作予防のためにビタミン剤「チョコラBB」を服用していたこと及び発作時に起きる症状は視力低下と口内炎であることなどを説明した。
その際,A医師は,診察室において,原告が入所時に携帯してきた久留米大学病院眼科で処方された薬剤を確認した。
(ウ) 原告は,平成8年1月24日の第3回公判期日において,平成7年(わ)第1108号事件の公訴事実について無罪を主張する旨陳述し,同第1285号事件の公訴事実については認める旨の陳述をし,さらに平成8年4月15日の第4回公判期日において,同第1108号事件の詐欺の公訴事実を否認する旨陳述した。(甲第33号証の5,6,第34号証の2)
(エ) 同年5月29日の第5回公判期日,同年7月3日の第6回公判期日及び同月31日の第7回公判期日において,それぞれ証人尋問が行われた。(甲第33号証の7ないし9)
(オ) 本件刑事事件における原告の弁護人K弁護士及び同L弁護士(以下「本件弁護人ら」という。)は,同年8月23日,受訴裁判所に対し,原告には罪証隠滅,再犯及び逃亡のおそれがない上,原告の持病であるベーチェット病は,難治疾患で病因不明のために治療法も確立されておらず,失明のおそれがあるので,速やかな治療処置を受ける必要があることなどを理由に,保釈を請求し(以下,これを「第1次保釈請求」という。),その際,原告の母の身元引受書,ベーチェット病が病因不明のために治療法が確立されておらず,青壮年期の失明率が高いことから難病として恐れられていることなどが記載された医学文献の写しを受訴裁判所に提出した。
(カ) 受訴裁判所は,同日,J検事に第1次保釈請求に関する意見を求めたところ,同検事は,同月26日,受訴裁判所に対し,本件刑事事件は原告が常習的に詐欺を敢行した事案であること,原告は,公訴事実を否認しており,検察官立証が未了である上,原告が関係人に働きかけるなどして罪証隠滅を図るおそれがあるばかりでなく,独身で住居不定であることなどから,刑事訴訟法89条3号,4号,6号所定の必要的保釈除外事由があり,裁量保釈すべき特段の理由もないとして,保釈不相当の意見を述べるとともに,資料として,原告についてはベーチェット病による若干の視力低下はあるものの,特に症状の変化があるわけではなく,点眼剤のみによる治療を行っており,拘置所で十分対応できる旨のC医師を発信者とする電話聴取書を提出した。
(キ) 受訴裁判所は,同月27日,原告は刑事訴訟法89条3号,4号に該当するから保釈は相当でないとして,第1保釈請求を却下する旨の決定をしたが,原告及び本件弁護人らは抗告しなかった。(却下の理由につき甲第3号証の1)
(ク) 原告は,同年9月17日,自ら申し出てB医師の診察を受け,同医師に対し,左眼の発作が出かかっているからコルヒチンをまた飲もうかと思う,コルヒチンは精子の動きが鈍くなるので発作が起きないときは控えているなどと述べた。
(ケ) 原告は,同年11月12日,B医師の定期健康診断を受けた。
ウ 第2次保釈請求とその却下
(ア) 本件弁護人らは,平成9年1月7日,受訴裁判所に対し,原告には罪証隠滅,再犯及び逃亡のおそれがない上,原告は,平成8年10月ころから左眼の視力低下が著しくなり,ベーチェット病特有の症状が出ており,予断を許さない状況にあって,単なる投薬では足りず,対症療法の必要が生じているところ,本件拘置所においてはその設備及び知識が乏しく,勾留を継続すると両眼失明という事態になるおそれがあるとして,保釈を請求し(以下,これを「第2次保釈請求」という。),その際,原告の母の身元引受書,原告がベーチェット病に罹患しており以後も加療を要するとの内容の久留米大学病院眼科医師M(以下「M医師」という。)作成に係る同年12月26日付け診断書,以後の炎症発作の程度,経過により著しい視力障害を残すことが十分に考えられ,失明の可能性もあるとの同医師作成に係る同月24日付け医療照会回答書を提出した。
(イ) 受訴裁判所は,平成9年1月7日,J検事に対し,第2次保釈請求に対する意見を求めたところ,同検事は,翌8日,受訴裁判所に対し,原告には刑事訴訟法89条3号,4号に該当する事由があるので必要的保釈の適用はなく,また,本件刑事事件の重大性,犯行に至る経緯,原告の本件審理における争い方等からすれば裁量保釈すべき事由もないとして保釈不相当の意見を述べた上,翌9日,受訴裁判所に対し,本件拘置所のC医師に確認したところ,原告には以前からステロイド剤の投与を行っている旨を電話により報告した。
(ウ) 受訴裁判所は,同日,原告は刑事訴訟法89条3号,4号に該当し,保釈は相当でないとして第2次保釈請求を却下したが,原告及び本件弁護人らは,同決定に対して抗告しなかった。(却下の理由につき甲第5号証の1)
エ 勾留執行停止申立て及び第3次保釈請求等
(ア) 本件弁護人らは,同月24日付け内容証明郵便により,J検事及び本件拘置所長に宛てて,原告を直ちにベーチェット病の診療ができる病院において受診させることを求める書面(以下「本件要求書」という。)を提出した。
(イ) 同月29日の第13回公判期日において,証人尋問が行われた。(甲第33号証の15)
(ウ) 本件弁護人らは,同日,受訴裁判所に対し,勾留の執行停止を申し立て(以下,これを「本件勾留執行停止の申立て」という。),その際,原告の母の身元引受書,第2次保釈請求の際に添付した診断書及び医療照会回答書の各写し,第1次保釈請求の際に添付した医学文献の写しを提出したところ,同日,受訴裁判所は,J検事に対し,本件勾留執行停止の申立てについて意見を求めた。
(エ) これに対し,J検事は,同月30日,勾留執行停止は不相当との意見を述べ,その際,近日中に久留米大学病院の眼科に受診させる予定である旨の本件拘置所庶務課長発信の電話聴取書,特に緊急性はないと思うが同大学病院眼科で受診させる予定であり,本件拘置所での治療内容は久留米大学病院で投与されていた内服薬と点眼液を続けて投与しているというものである旨のB医師を発信者とする電話聴取書を提出した。
(オ) 原告は,同年2月4日,本件拘置所から久留米大学病院に押送され,眼科医師であり,当時同大学助教授であったN(以下「N医師」という。)の診察を受けたところ,左眼の視力はなく,右眼の視力は0.3であると診断され,右眼のレーザー虹彩切開術を受けたが,術後,右眼の眼圧が上昇したことから,高浸透圧剤の点滴を受け,右眼の炎症を軽減するため,ステロイド剤の結膜下注射を受け,さらに,同月6日にも,N医師の診察を受けた。
(カ) 同月12日の第14回公判期日において,検察官による論告が行われ,同月17日の第15回公判期日において,本件弁護人らによる弁論及び原告の最終陳述が行われた。(甲第33号証の17,18)
(キ) 本件弁護人らは,本件刑事事件が同日に結審した後の同月28日,受訴裁判所に対し,証拠調べが終了した段階であるから罪証隠滅のおそれはなく,両眼失明の危険が現実化しているから専門医に委ねる必要性があり,原告も両眼失明の恐怖にさいなまれており,逃亡することは自らの死を招くのであるから逃亡のおそれもないとして,保釈を請求し(以下,これを「第3次保釈請求」といい,第1次ないし第3次保釈請求を併せて「本件各保釈請求」という。),その際,原告の母の身元引受書,本件弁護人らがJ検事及び本件拘置所長に提出した本件要求書の写し,原告のベーチェット病に対する眼科的及び全身的な長期にわたる治療及び経過観察が必要であり,当分の間は週1回の久留米大学病院眼科受診が必要である旨記載されたN医師作成に係る同月12日付け診断書の写し,右眼についても失明の危険性があるとの内容を含む同医師作成の同月13日付け医療照会回答書の写し,これらと同趣旨の内容の本件弁護人ら作成に係るN医師との面接報告書を提出した。(診断書,医療照会回答書及び面接報告書の内容及び作成日付について甲第6号証の5ないし7)
(ク) 受訴裁判所は,同日,J検事に対し,第3次保釈請求に対する意見を求めたところ,同検事は,同年3月4日,原告には刑事訴訟法89条3号,4号及び6号に該当する事由がある上,原告の症状は必ずしも入院を要するものではなく,同程度の症状で通院中の者もいるし,本件拘置所から近距離にあるため迅速に押送することができる九州大学病院に原告を通院治療させることに問題はないとして,保釈不相当の意見を述べた。そして,その際,原告の場合必ずしも入院を要せず,原告と同程度の状態で通院している者もたくさんおり,九州大学病院で通院診療を受けても支障はなく,何ら問題ない旨のM医師を発信者とする電話聴取書及び九州大学病院において原告の治療をしても一向に差し支えない旨の同病院眼科医局長Oを発信者とする電話聴取書を提出した。(J検事の意見及び前記各電話聴取書の内容の詳細について甲第7号証の2ないし4)
(ケ) 受訴裁判所は,同月5日,本件勾留執行停止の申立てに対して職権発動をしないこととするとともに,原告は刑事訴訟法89条3号,4号に該当し,保釈は相当でないとして第3次保釈請求を却下した。(却下の理由につき甲第8号証の1)
オ 第一審判決以後の経緯
(ア) 受訴裁判所は,同年4月30日,本件刑事事件について原告を懲役5年6月(未決勾留日数中400日を算入)に処する旨の判決を言い渡した。
(イ) 原告は,同年5月1日,福岡高等裁判所に控訴した後,同年6月20日,本件弁護人らが勾留執行停止を申し立てたところ,同裁判所は,同日,原告に対し,同年6月23日午前9時から同年7月14日午後2時までの間,勾留の執行を停止する旨の決定をした。(勾留執行停止の申立て及び決定について甲第10号証の1,第11号証)
(ウ) 本件弁護人らは,同年11月25日,福岡高等裁判所に原告の勾留取消しを請求したが,同裁判所は,同月28日,これを却下した。
(エ) 本件弁護人らは,同年12月25日,福岡高等裁判所に対し,原告の保釈を請求したところ,同裁判所は,同月26日,保釈を許可し,原告は釈放された。
(オ) 福岡高等裁判所は,平成10年8月19日,本件刑事事件について原判決を破棄し,原告を懲役4年6月(原審における未決勾留日数中400日を算入)に処する旨の判決を言い渡したところ,同日,最高裁判所に上告が申し立てられるとともに保釈の請求がされ,翌20日,保釈が許可され,原告は釈放された。
(カ) 平成12年3月19日,上告棄却決定が確定したが,同年5月24日,刑の執行停止がされた。
2 争点及び当事者の主張
(1) 原告
ア 責任原因
身柄を拘束された被告人は,自由に医療機関を選択し,診療を受ける機会を奪われているのであるから,被告人の身柄拘束に関する職務を遂行する公務員は,被告人の生命,健康を一般市民と同様に保護し,十分かつ適切な医療を提供すべき義務がある。しかるに,本件各公務員は,以下のとおりこの義務を怠ったため,原告は,平成9年2月1日から同月4日までの間に左眼を失明したばかりでなく,右眼の視力が失明寸前まで低下した。
(ア) 本件医師らの違法行為
本件拘置所にはベーチェット病に対して適切な診療をすることができる眼科専門医がいなかったところ,本件医師らは,原告の両眼がベーチェット病に罹患していることを認識していたのであるから,これに対して適切な診療をすることができる専門医のいる病院において原告の両眼に対する診療を受けさせるべきであったのに,これを怠り,平成8年10月には原告が左眼に異常な痛みを訴えて所外治療を要請したのにこれを無視し,検察官や裁判所に対し,拘置所における治療で対応できる旨の報告を行い,眼科専門医により治療させるように要請せず,原告に拘置所外での専門医による適切な治療を受けさせなかった。
なお,被告が本件医師らの行為に違法性がないことの根拠として主張する各事実は,いずれも不知ないし否認する。
(イ) 検察官の違法行為
J検事は,本件弁護人らによる第1次保釈請求により原告が失明する確率の高いベーチェット病に罹患していることを認識しながら,本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立てに対して,本件医師らからの不適切な内容の電話聴取書及びM医師が入院治療の必要性がない旨述べたとの虚偽の内容の電話聴取書を受訴裁判所に提出し,不相当の意見を繰り返し述べ,原告が所外で専門医による適切な診療を受ける機会を奪った。
(ウ) 裁判官らの違法行為
受訴裁判所は,本件弁護人らによる第1次保釈請求の際,原告が失明する確率の高いベーチェット病に罹患している事実を知ったのに,これを軽視し,眼科専門医でない本件医師ら及び検察官の意見に安易に従い,独自に原告の病状を調査することなく,本件各保釈請求を却下し,本件勾留執行停止の申立てに対して職権発動せず,原告が所外で専門医による適切な診療を受ける機会を奪った。
イ 因果関係
原告の左眼の失明及び右眼の視力低下は,本件各公務員の前記違法行為により生じたものであり,両者の間には因果関係がある。
ウ 損害の発生及びその数額
原告は,本件各公務員の違法行為により,以下のとおり合計1億0498万円の損害を被った。
(ア) 慰謝料 3000万円
原告は,左眼が失明し,これにより左眼窩がくぼんで容貌が損なわれる危険がある。また,原告は,右眼が失明寸前になり原告の将来の社会的活動,日常生活等が著しく制限されるばかりでなく,右眼が失明することへの恐怖にさらされて余生を送ることになる。これにより原告が被る精神的苦痛を慰謝するには,3000万円をもって相当というべきである。
(イ) 逸失利益 7428万円
原告は,左眼が失明し,右眼も失明寸前であるから,後遺障害別等級表の第5級に相当し,その労働能力喪失率は79パーセントであるところ,左眼失明当時,35歳であり,以後32年間就労することが可能であった。
原告は身柄を拘束される以前,年間約500万円の収入があったので,その逸失利益は,次の算式に示すとおり少なくとも7428万円である。
(算式)
500万円×18.8060(新ホフマン計数)×0.79=7428万3700円
(ウ) 弁護士費用 70万円
本訴を追行するための弁護士費用としては70万円をもって相当というべきである。
エ 過失相殺について
被告の主張する過失相殺の基礎となる事実はすべて否認し,過失相殺をすべきとの主張は争う。
(2) 被告
ア 責任原因
(ア) 本件医師らについて
a 本件医師らは,以下のとおり,被勾留者の拘禁目的達成に必要かつ合理的な範囲において,ベーチェット病治療の治療基準に則り,原告が社会生活を営んでいたときの治療状況,病態等に配慮して原告の病状申告内容に応じて適切に薬剤を投与し,また,必要に応じて外部の眼科専門医による治療を実施し,J検事に対して適宜原告の病状を報告しているから,本件医師らの措置に違法性はない。
(a) A医師は,原告の入所時の健康診断の際,原告から,ベーチェット病の病状及び従前眼科専門医から処方されていた薬剤を確認し,その薬剤と同様の薬剤を投与して経過観察する方針を立て,通常はフルメトロン(ステロイドの点眼薬)の点眼をし,発作予防ビタミン剤としてチョコラBBに代えてパンカルG及びノイビタを投与することとし,発作時にはミドリンM(自律神経散瞳剤)の点眼を行い,発作が起こった後はコルヒチンを継続的に内服させることとした。
(b) その後,本件医師らは,原告からベーチェット病について何ら訴えもなかったため,原告に対し,フルメトロン点眼薬,パンカルG及びノイビタを投与して経過観察していたところ,平成7年12月12日,原告からベーチェット病の発作で同月8日から右眼の視力がなくなったが,従前はコルヒチンと点眼薬で対処したら1か月くらいで元に戻ったのでコルヒチンを処方してほしいとの訴えがあり,B医師は,以後,ミドリンMを1日4回継続的に点眼するとともにコルヒチン2錠を朝夕服用させることとした。
(c) A医師は,同月22日,原告からの診察の申出を受けて原告の右眼を診察したところ,軽度の充血が認められ,原告が従前はフルメトロンではなくリンデロンを投与されていたと述べたことから,原告に対しフルメトロンに代えて点眼剤リンデロンを処方することとした。
(d) その後,原告から眼疾患につき何ら訴えがなかったが,平成8年4月16日,原告から拘置所職員に対し,胃が悪いので飲み薬を1週間止めさせてほしいとの申出があったので,B医師は,コルヒチン,パンカルG及びノイビタの投与を中止し,リンデロン点眼のみを実施して様子をみることにした。
(e) B医師は,同年5月7日,原告の申出に基づき原告を診察したところ,原告が内服薬を止めたら視界にもやがかかるようになり,右眼視力が落ちた旨述べたので,同医師は,コルヒチン,パンカルG及びノイビタの投与を再開し(ただし,コルヒチンは症状が落ち着くまで),ミドリンM点眼薬及びリンデロン点眼薬は本人に持たせ,発作時など必要なときに点眼させることとした。
(f) その後は原告から眼疾患について何ら訴えがなかったが,同年7月16日,原告がコルヒチンの投与中止を願い出たので,B医師は同日これを中止した。
(g) C医師は,同年8月26日ころ,J検事から原告の病状及び治療について照会を受け,原告にはベーチェット病によるものと思われる視力低下がみられるが,神経病変その他内臓病変を疑わせる症状はなく勾留に耐えられるものと考えられること,眼病変に対して点眼薬を使用中であることを回答するとともに,拘置所で治療できないことはないと思う旨回答した。
(h) B医師は,同年9月17日,原告の申出に基づき原告を診察した際,原告から左眼の発作が出かかっているなどとの訴えがあったため,原告にコルヒチンを服用するように指導した。
(i) B医師は,同年11月12日の定期健康診断の際,原告が1週間前から左眼が全盲状態であると述べたため,コルヒチンを服用するよう指導した。
(j) C医師は,平成9年1月9日,J検事からの照会に対し,原告にはベーチェット病による眼症状があり左眼がほとんど見えない状態であること,この疾患は膠原病の一つであり,慢性的に症状が続き,進行も落ち着いているときと急速に進行するときがあり,リンデロン点眼薬の投与を行って経過観察中であり,診察しないと勾留に耐えられるか返答できないことなどを回答するとともに,原告を診察したところ,原告が左眼の視力が低下し,コルヒチンを服用しても改善しないと訴えたので,眼科専門医の診察が必要であると判断し,受診施設の選定を開始し,同月28日,久留米大学病院の了解を得て,同年2月4日,同病院眼科で原告に診療を受けさせることとした。
(k) B医師は,同年1月30日,J検事から原告の病状について照会を受け,原告が左眼の視力が戻らず,右眼の視力も悪化していると訴えていること,本人が以前受診していた久留米大学病院に受診させ,検査を受けさせ,必要に応じて治療してもらう予定であること,本件拘置所では久留米大学病院眼科と同じ投薬をしているが,発作が起きた場合に眼球の裏側への注射はできないことを回答した。
(l) 本件医師らは,同年2月4日から同年12月26日に原告が保釈されるまでの間,所外での診療が必要であるという判断に基づき,必要に応じ,1,2週間に1回ほど,合計42回にわたり,所外の眼科専門医の診療を受けさせた。
b また,原告の以下のような受療態度に照らせば,本件医師らに原告の左眼失明についての予見可能性及び結果回避可能性はなかったというべきである。
(a) 原告は,症状の発生及び変化につき本件医師らに報告すべきであったにもかかわらず,平成7年12月8日に右眼の視力を一時的に喪失したのにこれを同月12日まで本件医師らに報告せず,また,平成8年11月初旬ころ,左眼が失明状態に陥ったことを直ちに報告せず,約1週間を経過した同月12日の定期健康診断の際に前記症状を申告し,その後,コルヒチンの服用によっても従前と異なって症状の改善が認められなかったのに,平成9年1月9日まで本件医師らに報告しなかった。
さらに,ベーチェット病によって失明に至る機序として眼圧が上昇するが,原告は,眼圧上昇時には強度の眼痛,頭痛,頭重感,嘔吐等の自覚症状があったのに,これを本件医師らに報告しなかった。
(b) 原告は,本件医師らが立てた治療方針に従って服薬すべきであったにもかかわらず,平成8年4月16日に内服薬の服用を中止したい旨申し出て,同日から同年5月7日まで服用せず,同年7月16日にもコルヒチンの投与中止を申し出るなど,医師の立てた療養方針を遵守しなかった。
(イ) 検察官について
検察官は,犯罪を覚知し,被疑者を検挙し,起訴して裁判所に犯罪の成否及び刑罰権の存否について審判を求め,もって,刑罰権を適正に実現し,法秩序の維持を図ることを職責としているところ,J検事が述べた本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立てに関する不相当の意見は,以下のとおり,刑事手続における一方当事者である検察官の職責に基づいてされたものであり,その際,原告の病状について情報を提供し,公益の代表者としての職務義務を果たしているから,J検事の行為に違法性はない。
a J検事は,第1次保釈請求に対し,本件刑事事件は原告が常習的に行った詐欺であるから刑事訴訟法89条3号に該当し,原告が犯意を全面的に否認し,その当時検察官立証が未了であったため同条4号に該当したことから,原告がベーチェット病に罹患している点についてはC医師に勾留に耐えることができることを確認した上,その電話聴取書を添付して不相当の意見を述べた。
b J検事は,第2次保釈請求に対し,前同様に刑事訴訟法89条3号,4号に該当し,第1次保釈請求の際のC医師に対する意見聴取に基づいて勾留に耐えることができると判断して不相当の意見を述べた上,受訴裁判所から加療状況等について確認を求められたことから,さらにC医師に照会してステロイド剤を投与している旨報告した。
c J検事は,本件勾留執行停止の申立てに対し,B医師及び本件拘置所庶務課長に原告の病状及び治療予定を確認して電話聴取書を作成し,これを添付して不相当との意見を述べた。
d J検事は,第3次保釈請求に対し,従前と同様に刑事訴訟法89条3号,4号に該当し,M医師から原告の所外診療中の原告の病状及び九州大学付属病院における治療の可否を,九州大学付属病院眼科医局長から同病院における治療継続の可否をそれぞれ聴取した上,その各聴取書を受訴裁判所に提出し,不相当との意見を述べた。
(ウ) 裁判官らについて
裁判官がした裁判について違法性が認められるのは,当該裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とするところ,受訴裁判所は,本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立ての際,原告がベーチェット病であることに留意し,検察官に対する求意見の際に,原告の病状を把握するとともに,本件拘置所における治療など適切な対応が可能か否かについて確認するように検察官に依頼し,検察官の疎明と本件弁護人ら提出の疎明資料を総合考慮して,本件各保釈請求を却下し,本件勾留執行停止の申立てに対して職権発動しなかったのであり,上記特段の事情がないから,受訴裁判所の裁判官らの判断に違法性はない。
イ 因果関係について
原告の罹患しているベーチェット病は,そもそも難治性で失明率の高い疾病であり的確な根治治療法が確立されていないから,本件医師らの行為と原告の左眼失明との間に因果関係が存するとは認めることはできない。
ウ 損害の発生及びその数額
争う。
原告の主張する身柄拘束前の収入を裏付ける証拠はない上,本件刑事事件の内容に照らして原告が正規の労働による収入を得ていたとは認め難く,今後も得られるとは考え難いから,左眼失明による原告の経済的損失は認められない。
エ 過失相殺について
仮に,本件医師らが適切な対応をしなかったとしても,原告は,以下のとおり,患者として果たすべき問診応答義務,病状等報知義務,受診義務,療養方針遵守義務を尽くさず,これにより自ら病状を悪化させたから,過失相殺をすべきである。
(ア) 原告は,N医師から月1回は受診するよう指導されたのであるから,これに従って受診すべきであったにもかかわらず,本件拘置所に勾留される以前の平成6年8月ころから平成7年7月までの間,受診を怠り,医師の立てた療養方針を遵守しなかった。
(イ) 原告は,症状の発生及び変化につき本件医師らに報告すべきであったにもかかわらず,平成7年12月8日に右眼の視力を一時的に喪失したのにこれを同月12日まで本件医師らに報告せず,また,平成8年11月初旬ころ,左眼が失明状態に陥ったことを直ちに報告せず,約1週間を経過した同月12日の定期健康診断の際に前記症状を申告し,その後,コルヒチンの服用によっても従前と異なって症状の改善が認められなかったのに,平成9年1月9日まで本件医師らに報告しなかった。
さらに,ベーチェット病によって失明に至る機序として眼圧が上昇するが,原告は,眼圧上昇時には強度の眼痛,頭痛,頭重感,嘔吐等の自覚症状があったのに,これを本件医師らに報告しなかった。
(ウ) 原告は,本件医師らが立てた治療方針に従って服薬すべきであったにもかかわらず,平成8年4月16日に内服薬の服用を中止したい旨申し出て同日から同年5月7日まで服用せず,同年7月16日にもコルヒチンの投与中止を申し出るなど,医師の立てた療養方針を遵守しなかった。
第3当裁判所の判断
1 原告の症状の推移及び診療経過等
前判示第2の1の各事実に加え,証拠(甲第1号証の1,2,第20号証の1,第38号証,第40ないし第42号証,乙第1ないし第5号証,証人A,証人B,証人N,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(1) 原告は,平成4年7月14日に久留米大学病院眼科において再発性ぶどう膜炎との診断を受けてから平成7年7月7日に逮捕されるまでの間,平成4年7月16日,同月20日,同年10月1日,同月2日,同月8日,同月13日,同月20日,同年11月10日,同年12月4日,同月25日,平成5年5月17日,平成6年2月3日,同月22日,同年8月4日に久留米大学病院眼科で受診し,治療を受け,検査所見等からサルコイドーシスが否定され,遅くとも平成4年12月ころまでには,ベーチェット病と診断されるに至った。
なお,上記最終受診時である平成6年8月4日における原告の両眼の状態は,左眼が裸眼視力0.06,眼圧14㎜Hg,右眼が裸眼視力0.2,眼圧13㎜Hgであった。
(2) A医師は,原告が平成7年10月26日に博多警察署留置場から本件拘置所に移監された後,翌27日の入所時健康診断の際,投薬の上経過観察することとし,通常時の薬剤としてフルメトロン点眼薬(ステロイド剤),ノイビタ(1回2錠,朝・夕食後)及びパンカルG(1回1包,朝・夕食後)を,発作時の薬剤としてコルヒチン(1回2錠,朝・夕食後)及びミドリンM点眼薬(散瞳剤)を処方した。
(3) A医師は,その後,同年12月8日までの間,1週間ごとに前同様にノイビタ及びパンカルGを7日分ずつ処方した。
(4) B医師は,同月12日,原告から,ベーチェット病の発作で同月8日から右眼の視力がなくなったこと,従前はコルヒチンと点眼薬により1か月くらいで視力が戻ったこと,ミドリンM点眼薬はあるけれども,さらにコルヒチンを処方してほしいことなどを訴えられたため,コルヒチン(1回2錠,朝・夕食後)及びミドリンM点眼薬(1日4回点眼)を処方した。
(5) A医師は,同月15日,原告からベーチェット病の発作があるとの訴えを受け,前同様にノイビタ及びパンカルG7日分を処方した。
(6) A医師は,同月22日,原告から,ベーチェット病の発作があって,今は峠の真ん中くらいだと思う旨の訴えがあったため,診察したところ,右眼に軽度の充血を認めたが,原告がもともと久留米大学病院ではフルメトロン点眼薬ではなくリンデロン点眼薬を処方されていた旨述べたことから,フルメトロン点眼薬を使い切った後はリンデロン点眼薬に切り替えることとしたほか,内服薬としては前同様にノイビタ,パンカルG及びコルヒチンを7日分処方した。
(7) A医師は,平成8年1月5日から同月19日までの間,原告に対し,前同様にリンデロン点眼薬,ノイビタ,パンカルG及びコルヒチンを継続的に処方した。
(8) A医師は,同月26日,前同様にノイビタ,パンカルG及びコルヒチンを7日分処方するとともに,原告から口唇と胃の荒れを訴えられたため,白色ワセリンとS・M散(1回3包,朝・昼・夕食後)7日分を処方した。
(9) A医師は,同月30日,原告からベーチェット病の発作が持続しているとの訴えを受けて,リンデロン点眼薬を処方した。
(10) A医師は,同年2月2日,原告に対し,前同様にノイビタ,パンカルG,コルヒチン及びS・M散を7日分処方した。
(11) A医師は,同月9日,前同様にノイビタ,パンカルG及びコルヒチンを7日分処方した。
(12) A医師は,同年2月29日,原告に対し,那覇拘置支所からの移監に伴う入所時健康診断の際,リンデロン点眼薬1本,ノイビタ(1回2錠,朝・夕食後)及びパンカルG(1回2包,朝・夕食後)を8日分処方した。
(13) A医師は,原告に対し,同年3月8日から同月29日までの間,前同様にノイビタ,パンカルG,コルヒチン,リンデロン点眼薬及びミドリンM点眼薬を継続的に処方した。
(14) B医師は,同年4月5日,原告から口唇の荒れの訴えがあったため,白色ワセリンを処方した。
(15) B医師は,同月16日,原告から胃が悪いので内服薬を1週間止めさせてほしい旨の申出があったので,ノイビタ,パンカルG及びコルヒチンの投与を中止することとし,リンデロン点眼薬のみを処方し,様子をみることとした。
(16) B医師は,同月22日,原告に対してリンデロン点眼薬のみを処方した。
(17) B医師は,同年5月7日,原告から,内服薬の服用を止めたところ,眼の調子が悪くなり,視界にもやがかかるようになり,右眼視力が低下した旨の訴えがあったため,ノイビタ,パンカルG及びコルヒチンを再び投与することとし,前同様に7日分を処方し(ただし,コルヒチンについては症状が落ち着くまでとした。),リンデロン点眼薬とミドリンM点眼薬を原告に持たせて,発作時などの必要なときに使用させることとした。
(18) B医師は,原告に対し,同月10日から同年7月9日までの間,ノイビタ,パンカルG,コルヒチン,リンデロン点眼薬,ミドリンM点眼薬,白色ワセリンを前同様に継続的に処方した。
(19) B医師は,同月16日,原告の希望もあったことからコルヒチンの投与を中止して経過観察とすることとし,ノイビタ及びパンカルG7日分を前同様に処方した。
(20) B医師は,同月23日から同年9月10日までの間,ノイビタ,パンカルG,リンデロン点眼薬,ミドリンM点眼薬及び白色ワセリンを前同様に継続的に処方した。
(21) B医師は,同月17日の診察における原告の申出を受けて,コルヒチンの投与を再開した。
(22) B医師は,同月23日から同年11月8日までの間,ノイビタ,パンカルG,コルヒチン,リンデロン点眼薬,ミドリンM点眼薬を前同様に継続的に処方した。
(23) B医師は,同月12日,原告に対し,ノイビタ,パンカルG及びコルヒチンを前同様に14日分処方したほか,独居拘禁期間更新に伴う定期健康診断を実施した。
(24) 本件医師らは,同月26日から平成9年1月9日までの間,原告に対し,ノイビタ,パンカルG,コルヒチン,リンデロン点眼薬,ミドリンM点眼薬を前同様に処方した。
(25) C医師は,同日,原告を診察し,原告から左眼の視力が低下して全盲状態にあり,コルヒチンを内服しても改善せず,口腔内にアフタ性口内炎がある旨の訴えがあったので,眼球注射ができるような本件拘置所外の医療機関(以下「外医」という。)を受診させる必要があると判断し,そのことをB医師にも報告し,両医師において本件拘置所長等にその旨具申した。
(26) 原告は,同月17日,同月16日の夜半から翌17日の明け方にかけて右眼にベーチェット病の発作が起きたとして本件弁護人らに面会を求める旨の電報を打った。
(27) 本件医師らは,同月21日にノイビタ,パンカルG及びコルヒチン14日分を,同月24日にリンデロン点眼薬,ミドリンM点眼薬を,前同様に処方した。
(28) B医師は,同月28日,原告を診察し,原告から同月17日の明け方に視力の良い右眼も見えなくなった旨,左眼は平成8年10月から状態が悪く,コルヒチンを服用しても改善しない旨の訴えがあったので,久留米大学病院眼科を受診させることとした。
(29) N医師及びM医師は,平成9年2月4日の久留米大学病院眼科における原告の診察に際し,原告から平成8年10月以前は右眼と左眼交互に3か月に1回程度発作が起きていたが,同月ころから左眼に飛蚊症,視朦及び眼痛が生じ,眼痛はその後1か月ほど持続した旨聴取し,左眼の眼圧は20㎜Hg,右眼の眼圧は24㎜Hgであることを確認し,左眼は続発緑内障を生じて視神経が萎縮し,失明した可能性が高いと考え,右眼については強度の炎症の後遺症として知られる虹彩後癒着が生じており,眼圧が上昇していたため,レーザー虹彩切開術を施行することとし,以後右眼の眼圧が十分低下したか否かを経過観察することと左眼が真に失明の状態にあるのか否かを精査することが必要であり,右眼のレーザー虹彩切開術を行ったことにより炎症が誘発される可能性があるので近日中に再検査する必要があると判断した。
(30) N医師は,平成9年2月6日の久留米大学病院眼科における原告の診察に際し,左眼の眼圧が50㎜Hg,右眼の眼圧が16㎜Hgであることを確認し,左眼は,一部光を感じる部分がわずかに残っているものの,中心部の視野は完全に消失しており,失明の状態にあると診断し,以後両眼の眼圧の管理及び治療,炎症の治療並びに神経ベーチェット病の可能性についての精査の必要があると判断した。
(31) N医師は,同月7日,久留米大学病院眼科を訪れた本件弁護人らに対し,以後当面の間は約1週間ごとの通院治療が必要と考える旨説明した。
(32) 原告は,同日以降同年6月23日の勾留執行停止までの間,同年2月13日,同月21日,同月27日,同年3月4日,同月11日,同月13日,同月18日,同月25日,同年4月1日,同月8日,同月15日,同月22日,同年5月6日,同月20日,同月27日,同年6月3日,同月10日,同月17日,同月19日に久留米大学病院眼科で診療を受けた。
同大学病院眼科の医師は,同年3月13日の原告の診察時に,原告について入院の必要があるとの見解を持ったが,その後の同月25日には,本件弁護人らからの入院の必要性についての問合せに対し,同日時点では症状がやや安定したため即時の入院は必要ではないが,以後眼痛が悪化すれば手術及び入院が必要となる旨答えた。
そして,N医師は,同年6月19日の診察時に,原告の右眼について手術が必要であると判断した。
(33) 原告は,同月23日から同年7月14日までの勾留執行停止の間,久留米大学病院眼科に入院し,同年7月2日に右眼の緑内障手術を受けた。
(34) 原告は,勾留執行停止の期間の後同年12月26日の保釈までの間,同年7月22日,同年8月5日,同月19日,同年9月9日,同月30日,同年10月16日,同月28日,同年11月4日,同月13日,同月18日,同月20日,同月25日,同年12月2日,同月9日,同月10日,同月12日,同月19日,同月25日に久留米大学病院眼科で診察を受けた。
(35) 原告は,同年9月8日,福岡市から身体障害者等級表による5級の障害者であると認定された。
(36) 平成14年2月20日時点における原告の眼の状態は,右眼の裸眼視力0.3,前判示(33)の緑内障手術により眼圧は正常域にあるが,左眼の視力はなく,完全失明であった。
2 本件医師らについての不法行為の成否
(1) 違法行為の存否
ア 本件拘置所は,法務省設置法8条に基づいて設置された監獄法1条1項4号所定の拘置監として,刑事裁判の適正な実現を図るなど,一定の公益目的のために国民の身体的自由を制限する必要がある場合に,刑事被告人(監獄法の関係では被疑者を含む。)等を拘禁する施設であるから,これに収容されている者は,規律の保持上,携行薬品を自由に服用することができず,運動や休息等についての身体的な行動の自由が一定の制限の下に置かれること,また,自己の判断により医療機関を選択してその診療を受けることができず,その受け得る医療行為に一定の制約があることは,前判示の本件拘置所の性質及び設置目的に照らし,やむを得ない面がある。しかしながら,他方では,そのような制約があるからこそ,施設設置者又は管理者は,拘禁施設に収容されている者が有する生命及び健康を保持する権利を拘禁目的を超えて不当に制限することのないように配慮すべき責務を負うというべきである。
この点に関し,監獄法(以下「法」という。)及び監獄法施行規則(以下「規則」という。)は,新たに入監する者に対しては,監獄の医師による健康診断を行うべきであること(規則13条),独居拘禁に付された在監者で20歳未満の者に対しては少なくとも30日ごとに1回,その他の者に対しては少なくとも3月ごとに1回,雑居拘禁に付された受刑者で刑期1年以上の者に対しては少なくとも6月に1回,監獄の医師に健康診断を実施させるべきであること(規則107条),在監者が疾病に罹患したときは医師に治療させ,必要があるときは在監者を病監に収容すること(法40条),精神病,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に定める感染症その他の疾病に罹患して監獄において適切な治療を実施することができないと認める病者については,情状によって仮に病院に移送することができること(法43条1項),治療のために特に必要があると認めるときは,所長は監獄外の医師に治療を補助させることができること(規則117条)を定めているが,これらはいずれも前判示の被収容者の生命及び健康に対する配慮の責務を制度化したものというべきであり,これによっても,施設設置者又はその管理者は,疾病に罹患している被収容者に対し,適切な医療行為を行うべきであり,具体的には施設において医師の資格を有する者による診療を行い,さらに必要な場合には,施設外の病院に移送したり,外医による治療の補助を要請すべきであるということができる。
そして,本件拘置所には常勤の法務技官医師2名が配置されていたことは前判示のとおりであるから,直接に個別の被収容者に対する関係において適切な医療行為を行うべき注意義務を負うのは,この医師らであるということができる。
イ そこで,以下,本件医師らがこの注意義務を尽くしたといえるか否かについて検討する。
なお,前判示のような本件拘置所の性質及び設置目的並びにこれに勤務する医師らの法務技官としての立場にかんがみれば,本件医師らは,拘置所に収容された者の処遇を担当する者であるということができるから,国家賠償法1条1項所定の「国の公権力の行使に当たる公務員」に該当することは明らかである。
ウ ところで,証拠(甲第2号証の2,第4号証の4,第6号証の7,第9号証の4,5,第19号証の1,2,第42,第43号証,証人N,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,ベーチェット病とは,原因不明の全身の慢性炎症性疾患であり,特に眼症状を呈するようになった場合には重篤かつ予後不良であることがしばしばであり,発作性又は再発性のぶどう膜炎(眼内炎症)等を起こし,その再発又は反復から網膜や視神経が萎縮して失明したり,眼圧の上昇,視神経の障害,緑内障,視神経の萎縮という経緯をたどって失明に至ることも多い難治疾患であって,治療法としては,一般的には散瞳剤とステロイド剤の点眼,内服薬の投与があるが,症状が進展すれば結膜下注射や手術が必要になることもあることから,眼科専門医による診断と治療が必要とされる場合も多いことが認められる。
そして,証拠(甲第42号証,乙第3,第4号証,証人A,証人B,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,ベーチェット病に関する前判示のような知見は,専門領域を問わず一般的かつ普遍的に知られているものであって,実際,本件拘置所のA医師,B医師及びC医師においても,内科を専門とする医師ではあったが,このような医学的知見をおおむね有していたことが認められるので,本件当時の医療水準に照らし,医師であれば当然に有しているべきものであったというべきである。
そうすると,本件当時,本件医師らとしては,ベーチェット病に罹患した被収容者に対しては,健康診断及び診察を行うのみならず,失明の可能性があることを十分に考慮し,散瞳剤やステロイドの点眼,内服薬の投与を行いつつも,眼科専門医による診断と治療を受けさせるべきであり,とりわけベーチェット病によるぶどう膜炎の発作等の眼症状が著明かつ重篤に生じた場合には,眼科専門医による治療が不可欠であることから,速やかに外医受診や外医への転送の必要性を施設管理者である本件拘置所長等に具申し,そのための措置を講ずべき注意義務を負っていたものというべきである。
エ これを本件における事実経過に照らして考察する。
まず,本件医師らが,原告に対し,各舎房・工場ごとに定められた週2回の診察実施日に原告からの投薬・診察の申出に基づいてこれを実施していたほか,入所時健康診断,定期健康診断を実施していたこと,原告は,平成7年10月27日の入所時健康診断の際にA医師に対して自己がベーチェット病に罹患しており,眼に発作が起きることがあることを告げたこと,同年12月12日にB医師に対してベーチェット病の発作で同月8日から右眼の視力がなくなった旨述べたこと,同月15日にA医師に対してベーチェット病の発作があると訴えたこと,同月22日にA医師に対してベーチェット病の発作があって今は峠の真ん中くらいだと思う旨述べたこと,平成8年1月30日にA医師に対してベーチェット病の発作が持続している旨告げたこと,同年5月7日にB医師に対して内服薬の服用を止めたら眼の調子が悪くなり,視界にもやがかかるようになり,右眼視力が低下した旨訴えたこと,同年9月17日にB医師に対して左眼の発作が出かかっている旨述べたこと,平成9年1月9日にC医師に対して左眼の視力が低下して全盲状態にあり,コルヒチンを内服しても改善しない旨告げたこと,同月28日にB医師に対して同月17日の明け方に視力の良い右眼も見えなくなった旨,左眼は平成8年10月から状態が悪く,コルヒチンを服用しても改善しない旨をそれぞれ訴えたこと,C医師は,同月9日に外医受診の必要があると判断し,B医師及びC医師においてその旨本件拘置所長等に具申したこと,同年2月4日に原告を久留米大学病院眼科で受診させたこと,入所時から同日までの間の本件拘置所における原告に対する処置は,点眼剤(ステロイド剤と散瞳剤)及び内服薬の投与のみであったことは,いずれも前判示のとおりである。
また,これに加え,証拠(乙第1号証,第4号証,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,原告が平成8年11月12日の定期健康診断の際にB医師に対して1週間前から左眼が全盲状態であると訴えたことも認められる。この点,原告は,本人尋問においてこれを否定しているが,その理由が明らかでなく,前掲各証拠と矛盾するため,前示認定を左右するものではない。
なお,原告は,平成8年10月に本件医師らに対して左眼の異常な痛みと視力低下を覚えたため外医受診を要請したが無視された旨主張するところ,平成9年2月4日にN医師に対して平成8年10月ころから左眼に飛蚊症,視朦及び眼痛が生じ,眼痛はその後1か月ほど持続した旨述べていることは前判示のとおりであり,かつ,原告本人尋問の結果にはこれに副う部分もあるが,原告の供述は時期及び要請した相手等について曖昧である上,B医師は,証人尋問において,そのような訴えは聞いていないと明確に否定しており,本件拘置所におけるカルテ(乙第1号証)にもその旨の記載がないことからすれば,原告がそのころ左眼に痛みと視力低下を覚えたことはあったとしても,これを本件医師らに訴えて外医受診を要請したという点については採用することはできない。
以上の事実経過に鑑定の結果を併せ考慮すると,原告は,入所時にベーチェット病に罹患していることを申告しており,その後,同病に伴う症状が著明かつ重篤に生じているのであるから,本件拘置所に勤務する医師としては,原告に対し,入所時健康診断,定期健康診断,定められた診察日における投薬及び診察を行うのみでは足りず,左眼については,遅くとも,平成8年9月17日に発作の訴えがあったときから平成9年1月9日に全盲状態であると訴えたときまでの間に,拘置所外の眼科専門医の診察と治療を受けさせるべきであったと認められるところ,本件拘置所のB医師及びC医師においては,前同日までに原告を拘置所外の眼科専門医に受診させるべく本件拘置所長等の施設管理者に具申することをせず,同年2月4日まで点眼薬と内服薬の投与を行ったのみで外医受診等の措置を講じなかったのであるから,前判示の注意義務を怠ったというべきである。
また,右眼についても,平成7年12月12日に右眼の視力低下の訴えがあったときや平成8年5月7日に同様の訴えがあったとき以降に,原告に拘置所外の眼科専門医を受診させるべきであったのに,本件拘置所のA医師,B医師及びC医師においては,前同様にこれを怠ったというべきである。
オ なお,被告は,原告が症状の発生及び変化について本件医師らに報告しなかったこと及び治療方針を遵守しなかったことなどの原告の受療態度に照らせば,本件医師らに原告の左眼失明についての予見可能性及び結果回避可能性はなかった旨主張するので,この点について検討する。
前判示の各事実によれば,原告が平成7年12月8日に右眼の視力を一時的に喪失したのにこれを同月12日まで本件医師らに報告しなかったこと,平成8年11月初旬ころに左眼が失明状態に陥ったのに約1週間後の同月12日の定期健康診断のときまでこれを申告しなかったこと,その後,コルヒチンの服用によっても従前と異なって症状の改善が認められなかったのに平成9年1月9日まで報告しなかったことが認められる。また,原告本人尋問の結果によれば,原告は眼圧上昇時に発生する眼痛や頭痛を覚えたことが窺えるものの,これを本件医師らに訴えた形跡は存しない。
しかし,前判示のベーチェット病に関する医学的知見に鑑定の結果を併せ考慮すれば,原告の主訴と客観的に生じていた症状に基づいて診断することにより左眼が失明に至ることを予見し,その結果を回避することは可能であったと認められるところ,前判示の原告から本件医師らへの発作的な症状に関する訴えの回数やその内容に照らせば,これにより本件医師らにおいて原告の左眼失明の予見及び結果回避に必要な情報は得られていたといえるから,前判示のような原告の訴えの遅れや症状の不告知によって左眼失明の予見及び結果回避が不可能になったとすることはできない。
次に,原告が平成8年4月16日に内服薬の服用を中止したい旨申し出て,結果として同日から同年5月7日までこれを服用しなかったこと,同年7月16日にもコルヒチンの投与中止を申し出たことは,前判示のとおりであるが,これらの投薬中止は,原告の申出を契機としてされたものではあるが,最終的には専門家である医師の判断により行われているのであって,この措置の当否を判断するのに医学的知識を有しない原告の申出を重視するのは相当でなく,鑑定においても,本件医師らがコルヒチンを中止させたことは適当でないとの意見が述べられているのであって,この点をもって本件医師らの左眼失明についての予見可能性及び結果回避可能性が否定されることにはならないというべきである。
よって,被告の主張する以上の諸点は,本件医師らに原告に対する診療上の注意義務違反があったとの前示判断を左右するものではない。
(2) 因果関係の有無
ア 本件医師らの前判示の注意義務違反が原告の症状にどのような影響を及ぼしたかについて検討するに,原告が本件拘置所入所前に久留米大学病院眼科で最後に受診した平成6年8月4日においては,原告の左眼の裸眼視力は0.06,眼圧は14㎜Hg,右眼の裸眼視力は0.2,眼圧は13㎜Hgであったこと,平成9年2月4日に久留米大学病院眼科で受診したときには,左眼の裸眼視力はなく,眼圧は20㎜Hg,右眼の裸眼視力は0.3,眼圧は24㎜Hgであり,左眼は続発緑内障により視神経が萎縮して失明した可能性が高いと考えられ,右眼についてはレーザー虹彩切開術やステロイド剤の結膜下注射が行われたこと,同月6日には左眼は失明の状態にあると診断され,左眼の眼圧が50㎜Hg,右眼の眼圧が16㎜Hgであったこと,同年7月2日に原告の右眼について緑内障手術が行われたこと,平成14年2月20日時点における原告の眼の状態は,右眼の裸眼視力は0.3で,緑内障手術により眼圧は正常域にあるが,左眼の視力はなく,完全失明の状態にあることは,前判示のとおりである。
イ そこで,まず,左眼については,以上の事実経過に照らせば,本件拘置所入所以前には視力を有していたところ,遅くとも平成9年2月6日までには失明したと認められる。そして,鑑定においては,失明の時期は,平成8年11月から平成9年1月11日までの間であり,その原因については,少なくとも平成8年9月17日に左眼の発作の訴えがあったときから平成9年1月9日に全盲状態であると訴えたときまでの間に,拘置所外の眼科専門医を受診させなかったことにより眼の状態が悪化し,ベーチェット病の眼発作により続発緑内障により失明したことが最も考えられるとの意見が述べられているところ,この鑑定の結果は,前判示の事実経過に符合し,その合理性を疑うべき点は存しないから,前判示のB医師及びC医師の注意義務違反により左眼の失明という結果がもたらされたと認めることができ,両者の間には因果関係が肯定される。
なお,この点について,被告は,原告の罹患しているベーチェット病が難治性で失明率の高い疾病であることなどから因果関係は存しないと主張するが,いったん同病に罹患すると失明が必至であるとまで指摘するものではない上,むしろ本件においては,証拠(甲第42号証,証人N,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,前記期間に眼科専門医の診察と治療を受けていれば失明の結果は生じなかった可能性が高いと認められるから,被告の主張を採用することはできず,前示判断を左右するものではない。
ウ 次に,右眼については,本件拘置所入所前後を比べるのみでは大きな変化は認められないものの,鑑定においては,平成7年12月12日に右眼の視力低下の訴えがあったときや平成8年5月7日に同様の訴えがあったとき以降に,原告に拘置所外の眼科専門医を受診させなかったことにより,ベーチェット病の眼発作による眼内炎症により虹彩後癒着が生じて続発緑内障が起き,これらの症状に対して久留米大学病院眼科において手術が行われたことにより平成14年2月20日時点での眼症状を呈していると述べられているところ,この見解は,前判示の事実経過と一致し,合理性を疑うべき点も存しないから,前判示のA医師,B医師及びC医師の注意義務違反と本件拘置所入所中に右眼の症状が悪化したこととの間には因果関係が認められる。
(3) 以上の次第で,本件拘置所に勤務していたA医師,B医師及びC医師には原告に対する診療上の過誤があり,これについて不法行為が成立するから,被告は,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,後記の損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
なお,原告は,民法709条,719条1項に基づく主張もしているが,国家賠償法1条1項所定の公権力の行使に当たる公務員である本件医師らの行為について民法の不法行為の成立に関する規定は適用されないと解すべきであるので,この主張は理由がない。
3 検察官についての不法行為の成否
(1) 検察官は,刑事について,公訴を行い,裁判所に法の正当な適用を請求することなどを職務とし(検察庁法4条),これを具体的に刑事手続についてみれば,犯罪を行ったと覚知した被疑者又は警察から送致された被疑者を起訴して,裁判所に犯罪の成否及び刑罰権の存否について審判を求め,もって,刑罰権を適正に実現し,法秩序の維持を図ることを職責とする者であり,刑事手続上は一方当事者ではあるけれども,その職務の遂行に当たっては公益の代表者として公正ないし客観的であるべきことが要求されることはいうまでもない。
そして,裁判所が保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定をするには検察官の意見を聴かなければならず(刑事訴訟法92条1項),勾留の執行を停止する場合には急速を要するときを除いて同様とされており(刑事訴訟規則88条),刑事被告人の身柄の拘束について判断する上で,検察官の意見は裁判所を拘束するものではないが,裁判所においてはその意見及び検察官提出の資料をも参酌して判断することとなるから,検察官としては,被告人の身柄の拘束を継続するか否かの判断が適正に行われることに資する情報を収集し,これを資料として裁判所に提出するとともに,保釈請求及び勾留執行停止の申立てに対する検察官としての意見を述べることとなる。
その際,前判示の観点からすれば,検察官は,一方当事者とはいえ,被告人の身柄拘束の継続の必要性について公正かつ客観的な立場から裁判所に正確な情報を伝えるべき職務上の義務を負うと考えられるから,検察官がこの義務に違反して必要な情報の収集を怠ったり,裁判所に判断を誤らせるような虚偽ないし不正確な情報を伝達した場合には,刑事手続上の適否のみならず,個別の被告人との関係において国家賠償法上違法との評価を受けることもあり得ると解すべきである。
他方,検察官の述べる保釈請求についての当不当の意見は,刑事訴訟法上の必要的保釈の除外事由の有無を検討し,さらに,事件の軽重,事案の性質,及び内容,審理経過,被告人の健康状態や家族関係,勾留期間の長短等の諸般の事情を考慮した上での身柄拘束継続の必要性の存否に関する判断に基づいて裁量保釈が適当であるか否かを検討した結果を述べるものであり,また,勾留執行停止の申立てについての意見は,保釈金の納付が不可能又は不適当な場合に,勾留の執行の停止を適当とする相当な理由及び必要性の存否について検討した結果を述べるものであり,いずれも前判示のとおり最終的な判断権者である裁判所に対して意見を述べるにすぎないから,前記の考慮要素となる諸点に関するその当時の状況に照らしての判断が著しく不相当であって裁判所の決定を誤らしめた場合に限って国家賠償法上の違法性を具備することになるというべきである。
そこで,この観点に基づいて,J検事のした本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立てに対する資料の提出及び意見に違法性があったか否かを検討する。
なお,以上のような検察官の立場及び職務内容からすれば,J検事が国家賠償法1条1項所定の「国の公権力の行使に当たる公務員」に該当することは明らかである。
(2) まず,J検事が行った調査及び提出資料について検討する。
ア J検事が,本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立てについて意見を求められた際に行った調査は,前判示の事実経過によれば,第1次保釈請求の際に本件拘置所のC医師に原告の眼症状について問い合わせたこと,第2次保釈請求の際に同医師に原告に対する治療状況について問い合わせたこと,本件勾留執行停止の申立ての際に本件拘置所庶務課長及びB医師に原告に対する治療状況を問い合わせたこと,第3次保釈請求の際に久留米大学病院眼科のM医師に原告の治療状況を,九州大学病院医局長に原告の治療を行えるか否かをそれぞれ問い合わせたことであって,原告の身柄拘束を継続することの可否判断に係る情報について一応適切な収集活動を行っているものとみることができる。
イ 次に,これらの調査に基づいて提出した資料の内容についてみるに,これらのうち,第2次保釈請求の際にJ検事が受訴裁判所に対してした報告が,C医師からの聴取によれば原告には以前からステロイド剤を投与しているとの内容であることは前判示第2の1の(2)ウ(イ)のとおりである。この点について,J検事は,証人尋問及び陳述書(乙第5号証)において,C医師からは前記のとおりの回答があった旨述べ,特に証人尋問においては外医受診ないし入院の必要性については聞いていない旨述べているけれども,他方,B医師は,証人尋問において,C医師がJ検事から原告の症状について電話により問合せを受けた際,外医を受診させる必要があるのではないかという趣旨の回答をした旨供述しているところ,このB医師の供述内容は,曖昧な部分もないではないが,当日の診察においてC医師が外医受診の必要ありと判断したという前判示1(25)の事実に符合していることからすれば,同医師がそのような回答をしたと認めることができる。
また,本件勾留執行停止の申立ての際にJ検事が受訴裁判所に提出した資料のうち,B医師を発信者とする電話聴取書の内容は,前判示第2の1の(2)エ(エ)のとおり,特に緊急性はないと思うが同大学病院眼科で受診させる予定であり,本件拘置所での治療内容は久留米大学病院で投与されていた内服薬と点眼液を続けて投与しているというものである。この点に関し,B医師は,陳述書(乙第4号証)及び証人尋問において,平成9年1月30日ころ原告の症状についてJ検事から電話による問合せを受け,原告が従前目が悪くなったときは時間が経つと回復していたのに,今回は左眼の視力が戻らず,右眼も最近悪くなったので心配だと言っていること,外医による治療が必要であること,翌週に久留米大学病院眼科を受診させて検査と治療を行ってもらう予定であること,本件拘置所では同病院と同じ投薬をしているが,発作が起きた場合の眼球の裏側への注射はできないことを回答したが,このときに,現在は落ち着いており,特に緊急性はないと言った記憶はなく,そのようなことを言ったとは考えにくいことなどを供述している。一方,J検事は,証人尋問及び陳述書(乙第5号証)において,同医師から緊急性はない旨聴取したと供述しているところ,B医師の供述内容は,前判示1の(25)ないし(28)のそのころの原告の眼の症状の推移及び本件医師らの判断に副うものであって,不自然な点はないから,同医師がJ検事に対して前記のとおり述べたと認めることができ,これに反するJ検事の供述は採用することができない。
さらに,第3次保釈請求の際にJ検事が受訴裁判所に提出した資料のうち,M医師を発信者とする電話聴取書の内容は,前判示第2の1の(2)エ(ク)のとおり,原告の場合必ずしも入院を要せず,原告と同程度の状態で通院している者もたくさんおり,九州大学病院で通院診療を受けても支障はなく,何ら問題ないというものである。この点に関し,久留米大学病院眼科の診療録(甲第1号証の1)には,M医師が平成9年3月3日にJ検事からの電話を受け,福岡市内の眼科で原告の診療が可能な施設名を問われて,九州大学病院や内科のある総合病院でベーチェット病を診察している眼科が望ましい旨答えたほか,原告の眼の状況に照らして入院の必要があるかとの質問に対して可能なら入院した方がよい旨答え,原告と同様の眼の症状で通院している者がいるかとの問いには入院できずに通院で治療している者はいると回答したことが記載されている。この診療録の記載は,原告とも被告ないし本件拘置所とも利害関係のない第三者であるM医師が診療録に記載したものであり,その内容に不合理な点も存しないので,信用性が高いと考えられる上,J検事も,証人尋問において,同医師が理想からいえば原告についても入院した方がよいが,同程度の患者で通院している者もいると述べていたと供述していることからすれば,同医師からそのような回答があったと認めることができる。
ウ 以上の各事実に照らして検討するに,J検事の提出した資料の内容と,同検事から実際に問合せを受けて所見を述べた医師らの回答の内容との間にそごがあることは否めず,しかも,原告の眼の症状について重要と思われる外医受診の必要性についての医師の意見が提出資料の内容とされていなかったり,入院の必要性についてのM医師の回答内容を幾分誇張している部分があったりするなど,同検事の資料の作成及び受訴裁判所への提出には,問題がないわけではないというべきである。
しかしながら,他方,第2次保釈請求及び本件勾留執行停止の申立ての際の資料において受訴裁判所に伝えられなかった事実で重要性を有するものは,本件拘置所に入所したままで対応可能な外医に受診する必要性が生じていることであって,本件拘置所外の病院への移送及び入院を必要とする症状を呈していたというのではないのであるから,受訴裁判所が原告の身柄を解放するか否かにつき判断する上で重要な事柄について虚偽の情報を伝達したものではない。
また,第3次保釈請求の際の提出資料についても,M医師の回答は可能なら入院した方がいいというものであって,必ずしも入院を必要とするものではないとの電話聴取書の内容とはニュアンスの違いがある程度にすぎず,これを虚偽であるとまではすることができない。
そうすると,J検事の資料の提出が受訴裁判所に対して虚偽の情報を伝達したものとすることはできないから,これをもって国家賠償法上の違法な行為があったと認めることはできない。
(3) 次に,本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立てに対してJ検事が述べた意見はすべて不相当というものであったこと及びその理由は前判示第2の1の(2)イ(カ),ウ(イ)及びエ(エ)(ク)のとおりであるところ,その間の事実経過に照らせば,少なくとも原告に刑事訴訟法89条3号,4号の必要的保釈除外事由に該当する事実があったとみることができることに加え,本件刑事事件の内容及び審理経過に照らせば,J検事において原告の身柄拘束を継続する必要性があると考えたことももっともであり,その一方では前判示(2)のとおり,原告の眼症状については,本件拘置所外の眼科専門医による治療が必要であったものの,拘置所外の病院への移送や入院治療を必須とする状態にあったものではないといい得るから,これらの諸点を総合考慮すれば,J検事が本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立てに対して不相当との意見を述べたことが著しく相当でないとまでいうことはできない。
(4) よって,J検事に国家賠償法上の違法な行為があったとすることはできない。また,民法上の不法行為の主張が理由のないことは前判示2(3)と同様である。
4 裁判官らについての不法行為の成否
(1) 裁判所は,保釈の請求があったときは,前判示3(1)のとおり検察官の意見を聴いた上で,刑事訴訟法89条各号所定の事由がある場合を除いては,これを許さなければならず,この除外事由がある場合でも,適当と認めるときは,職権で保釈を許すことができるのであって(刑事訴訟法90条),後者の場合には,許否の判断は裁判所の広汎な裁量に委ねられている。また,裁判所は,前判示のとおり検察官の意見を聴いた上で,適当と認めるときは,決定で,勾留されている被告人を親族等に委託するなどして勾留の執行の停止をすることができるものとされており(同法95条),この点もまた,裁判所の広汎な裁量に委ねられている。
なお,裁判官の職務上の地位及び権限に照らし,受訴裁判所を構成する裁判官らが国家賠償法1条1項所定の「国の公権力の行使に当たる公務員」に該当することはいうまでもない。
(2) ところで,本件各保釈請求及び本件勾留執行停止の申立ての際の弁護人の意見の及び提出書類の内容,受訴裁判所が検察官に対してそれぞれ意見を求めたこと,これに対する検察官の意見及び提出資料の内容,受訴裁判所の決定及び職権発動についての判断の内容はいずれも前判示第2の1の(2)イないしエのとおりであるところ,本件各保釈請求については,原告に刑事訴訟法89条3号,4号所定の事由があることから必要的保釈をすることはできず,本件刑事事件の内容及び審理経過に加え,弁護人及び検察官の保釈に関する各意見及び各資料が前判示のとおりであることに照らし,かつ,原告の罹患していたベーチェット病に対する治療には必ずしも保釈による身柄の釈放を要するものでないことを併せ考慮すれば,受訴裁判所が裁量保釈を適当と認めなかったことに違法はないということができ,本件勾留執行停止の申立てについても,前判示の諸点にかんがみれば,受訴裁判所がこれを適当と認めなかったことに違法はないというべきである。
(3) よって,その余の点について判断するまでもなく,裁判官らの行為には国家賠償法上の違法性はない。また,民法上の不法行為の主張についても前判示2(3)と同様に理由がない。
5 損害の発生及びその数額
(1) 原告が本件拘置所入所前からベーチェット病に罹患してその治療を受けていたこと,本件医師らの違法行為により,原告に左眼の失明及び右眼の状態悪化が生じたこと,原告が平成9年2月4日の久留米大学病院眼科受診の後少なくとも同年12月25日まで同病院で受診して治療を受け,うち同年6月23日から同年7月14日までの間は入院して治療を受けたこと,右眼についてはこの久留米大学病院眼科における治療により眼圧が正常化し,裸眼視力も本件拘置所入所前の0.2から0.3に改善していることは前判示のとおりであり,左眼については失明という後遺症が生じているものの,右眼については後遺症が生じているとはいえない状態にあるので,以下,これを前提として原告に生じた損害について検討する。
ア 逸失利益
原告の本件拘置所入所前の収入については原告の供述以外に証拠がなく,これのみによって従前の収入を的確に判断することは困難であるところ,原告が遅くとも左眼を失明したと考えられる平成9年1月当時,原告は35歳であったことから,賃金センサス平成9年第1巻第1表男子労働者学歴計の35歳以上39歳以下の平均賃金年額604万6700円が一つの参考となるというべきであるが,他方,原告は,従前からベーチェット病に罹患していたのであって,前判示2の(1)ウの同病の病態に照らすと,将来的に健康体の者と同様の労働をすることは難しかったと推認される上,本件刑事事件の内容に照らせば,原告が従前正業により上記平均賃金年額と同程度の収入を得ていたこと及びこれと同程度の収入を今後得られるとは考え難いから,その半額である302万3350円を基準とすべきである。そして,左眼失明の後遺症は後遺障害別等級表掲記の第8級に相当するから,原告は,その労働能力の45%を喪失したとみられる。
なお,原告の場合には,逸失利益の算定上,稼働可能期間とみることができるのは,本件刑事事件の控訴審裁判所により保釈された日の翌月である平成10年1月から上告棄却決定により原告を懲役4年6月(原審における未決勾留日数中400日を算入)に処する旨の判決が確定した平成12年3月までの約2年間(なお,控訴審で実刑判決が言い渡されて収監された平成10年8月19日から再度保釈された同月20日までは稼働できないが,わずか2日間であるので控除しない。),さらに,刑の執行停止がなければ,控訴申立期間中及び申立後の未決勾留日数を通算した上での服役を了したと考えられる平成15年2月の翌月である同年3月から原告が67歳に達する平成40年3月までの約25年間であるので,逸失利益を前記の諸点により求めると,次の算式に示すとおり1671万8051円となる。
(算式)
① 302万3350円×{2.7232(3年のライプニッツ係数)-0.9523(1年のライプニッツ係数)}×0.45
=240万9322円
② 302万3350円×{15.5928(31年のライプニッツ係数)-5.0756(6年のライプニッツ係数)}×0.45
=1430万8729円
③ ①+②=1671万8051円
イ 慰謝料
前判示の左眼についての失明という後遺症は1眼が失明したものとして後遺障害別等級表掲記の第8級に相当することに加え,右眼についての症状悪化,両眼についての治療経過等に照らせば,慰謝料としては950万円と認めるのが相当である。
ウ 小計
以上の逸失利益と慰謝料の額を合計すると,2621万8051円となる。
(2) 過失相殺
ア まず,被告が主張する本件拘置所入所前の原告の受診義務違反及び療養方針遵守義務違反については,平成6年8月ころから入所までの間原告が久留米大学病院眼科を受診していないことは前判示1の事実経過から認められるが,入所前の原告の行為に関するものである以上,前判示2の本件医師らの違法行為と相殺すべき原告の過失と評価することはできないから,この点は理由がない。
イ 次に,被告が主張する病状等報知義務違反については,前判示2(1)オのとおり,原告に本件医師らに対する病状の報告の懈怠ないし遅れがあったこと自体は否定できない。
もっとも,鑑定の結果によれば,原告にベーチェット病の診療に悪影響を与えるような受療態度はなかったとされており,左眼失明についての本件医師らの予見可能性及び結果回避可能性の存否については影響するものではないといい得るけれども,他方では,少なくとも平成8年11月以降コルヒチンの服用によっても従前と異なって症状の改善が認められなかったのに平成9年1月9日まで本件医師らに報告しなかったことについては,原告が即時に報告していれば,より早期に外医受診の機会がもたらされた可能性があるとみることができ,しかも,この時期に左眼が失明した可能性が高いことは前判示のとおりであるから,原告の不告知が眼症状の悪化とりわけ左眼の失明に影響を及ぼしたと認めることができる。
ウ また,被告の主張する服薬についての療養方針遵守義務違反については,前判示のとおり内服薬の投与中止を最終的に判断したのは本件医師らであるから,この点を原告の過失と評価することはできない。
エ そうすると,前判示の平成8年11月から平成9年1月にかけての病状申告の懈怠という原告の過失にかんがみ,2割の過失相殺をするのが相当であるから,過失相殺後の逸失利益及び慰謝料の合計額は,2097万4440円となる。
(3) 弁護士費用
弁護士費用としては,本件訴訟の内容,審理経過及び認容額等を考慮し,原告の請求額である70万円を被告に負担させるのが相当である。
(4) 小括
以上を総合すれば,原告が被告に請求し得る損害額の合計は,2167万4440円となる。
6 以上の次第で,原告の請求は,被告に対し,損害賠償金2167万4440円及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年5月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,上記部分を認容し,その余は失当として棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行及びその免脱の宣言につき同法259条1項,3項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 古財英明 裁判官 溝口理佳)