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東京地方裁判所 平成10年(ワ)12641号 判決 2001年5月29日

原告

水野芳高

被告

熊本善次

主文

一  被告は、原告に対し、一七二一万九二〇七円及びこれに対する平成七年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二四六四万六五七四円及びこれに対する本件事故発生の日である平成七年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告運転の自動二輪車が、信号機により交通整理の行われている交差点を青色信号に従って直進しようとしたところ、対向車線から右折してきた被告運転の普通貨物自動車と衝突して負傷した事故に関し、原告が被告に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。本件の主な争点は、(一) 過失割合、(二) 後遺障害の有無及びその程度、(三) 素因減額の要否、(四) 原告の損害額(特に、休業損害及び逸失利益の基礎収入、休業期間、損害の填補額)である。

一  前提となる事実(証拠を掲げたもの以外は、争いがない。)

(一)  本件事故の発生

(1) 日時 平成七年七月一七日午前八時一五分ころ

(2) 場所 東京都中野区松が丘二丁目三二番先交差点(以下「本件交差点」という。)

(3) 加害車両 被告が運転・保有する普通貨物自動車

(4) 被害車両 原告が運転する自動二輪車

(5) 態様 原告が、被害車両を運転して、信号機により交通整理の行われている本件交差点を青色信号に従って直進通過中、対向車線から右折してきた加害車両と衝突して転倒した。

(二)  原告の受傷

原告は、本件事故により、右鎖骨骨折、胸部・両膝打撲、腹部打撲の傷害を負った(乙四三)。

(三)  治療の状況

(1) 入院

原告は、本件事故後、救急車で横畠外科病院に運ばれ、次のとおり同病院に三回入院し(合計六二日間)、手術等の治療を受けた(乙四三、四七、四九)。

ア 平成七年七月一七日から同年八月二日まで(一七日間)

イ 平成七年一一月三〇日から同年一二月二八日まで(二九日間)

ウ 平成八年一〇月二八日から同年一一月一二日まで(一六日間)

(2) 通院

原告は、症状固定となった平成九年五月六日までの間、横畠外科病院及び東京女子医科大学病院に通院し(通院実日数二二二日)、治療を受けた(甲二、弁論の全趣旨)。

(四)  責任原因

被告は、加害車両の運転者・保有者として、自賠法三条、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二  争点

(一)  過失割合

(被告の主張)

原告は、本件交差点を直進するに当たっては、反対方向から進行してきて右折しようとしている加害車両の動静に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行すべき注意義務を負っていた(道路交通法三六条四項)。しかるに、原告は、本件交差点に進入する際、対向車線から右折しようとゆっくり走行している加害車両を確認しながら、加害車両が停止するものと軽信し、従前の時速四〇kmないし四五kmの速度と運転方法のまま被害車両を進行させた過失により、本件事故を発生させた。したがって、本件事故の発生については、二割以上の過失相殺がされるべきである。

(原告の認否及び反論)

原告は、加害車両が右折しようとしているものの、ゆっくり走行しており、被害車両の直進進行を妨げることがないと信頼させるような進行状況であったため、この信頼に基づき、加害車両の前を直進進行しようとして、被害車両を進行させた。しかるに、被告は、原告がいまだ直進通過を完了していないにもかかわらず、加害車両を前進させて被害車両に衝突させ、本件事故を発生させた。したがって、本件事故は、直進通過ができると信頼していた原告にとっては、避けることができないものであり、そもそも本件事故に対する被告の過失割合は一〇割であって、原告には何の落ち度もない。

原告は、本訴提起前、被告が任意保険契約を締結している安田火災海上保険株式会社との間で、本件事故についての過失割合を原告一〇:被告九〇とすることで示談交渉を進めてきたが、被告が本件訴訟において原告の過失割合を過大に主張するのであれば、本来、原告には何らの過失相殺事由がないことを主張する。

(二)  後遺障害の有無及びその程度

(原告の主張)

原告には、本件事故による受傷により、右肩関節の可動域制限、右三角筋・上腕二頭筋筋力低下、知覚過敏、圧痛、叩打痛、手術創瘢痕部の疼痛、力仕事に支障のある右上肢脱力感、骨盤骨の著しい変形、手術創瘢痕部の醜状等の後遺障害の状況が残存した。

原告の後遺症状は、自賠法施行令二条別表の「肩関節の機能に障害を残すもの」(一二級六号)、「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」(一二級五号)に該当し、併合一一級となる。

(被告の認否及び反論)

原告の本件事故による後遺障害のうち、鎖骨の偽関節手術に用いるため原告の腸骨(骨盤骨)片を採取したことに起因する骨盤骨変形は、「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」として自賠法施行令二条別表の一二級五号に該当する。しかし、右肩関節の可動域制限に関しては、患側たる右肩関節の他動に基づく運動可能域が、健側たる左肩関節の他動に基づく運動可能域の四分の三以下に制限さいれているものとは認められないので、同別表の一二級六号には該当しない。そして、原告については、他に自賠法施行令二条別表に該当する後遺障害は存しない。

(三)  素因減額の要否

(被告の主張)

一般的にいえば、鎖骨骨折は、非常にありふれた骨折であって、保存的治療を原則とし、保存的治療を施しても偽関節を来すことは稀であり、骨折の癒合日数も、大人であれば通常は四ないし六週間を要するにすぎない。しかし、原告については、鎖骨固定バンドによる保存的治療を施しても骨癒合傾向は不良で、本件患部がいったん偽関節になってしまい、最終的に骨癒合が得られたのは、本件事故発生の日から約一年一か月余りを経過した後の平成八年八月二七日に至ってからであった。このような本件患部の遷延癒合等の原因・理由の一端は、原告の二〇歳ないし二二歳ころの受傷に基づく右鎖骨骨折という既存障害に存することは明白である。

したがって、本件事故に基づく右鎖骨骨折に起因して原告が被った損害の全部を被告だけに負担させることは、公平の理念に照らして相当ではなく、民法七二二条二項の過失相殺の規定の類推適用により、原告が本件事故によって被った損害の三割を減額すべきである。

(原告の認否及び反論)

本件事故発生当初から原告を診察、治療した横畠由美子医師の回答によれば、原告の二〇歳ころの右鎖骨骨折が、本件事故における原告の治療経過及び骨癒合につき、明白な影響を与えているとは到底いい難い。

(四)  原告の損害額

(原告の主張)

(1) 治療費 二〇万三九五〇円

原告が健康保険使用により自己負担分として支出した病院治療費、薬代は、二〇万三九五〇円である。

(2) 入院雑費 八万〇六〇〇円

日額一三〇〇円として、入院日数六二日分の入院雑費は八万〇六〇〇円となる。

(3) 通院交通費 二一万〇一八〇円

原告が通院のために要した交通費は、二一万〇一八〇円である。

(4) 諸雑費 三万七〇七七円

諸雑費の内訳は、次のとおりである。

ア 医療用肌着費等 三万一四四七円

イ 退院時洗髪費 二八〇〇円

ウ 入院時イヤホン代 一〇三〇円

エ 事故証明取付費 一八〇〇円

(5) 休業損害 九二六万九七〇〇円

原告は、平成四年から左官業を営む鈴正工業に左官職人として勤務しており、本件事故当時の日額収入は一万四〇四五円であった。ちなみに、事故前年の平成六年分の原告の年収は四八七万円であり、そのうち前払支給金額、保険料天引額が八九万五〇〇〇円であって、差引支給金額は三九七万五〇〇〇円であった。原告は、平成六年分の所得税の確定申告書の添付資料として豊島税務署に提出した「平成六年分収支内訳書(一般用)」においては、この前払支給金額、保険料天引額を売上(収入)金額に合算することなく、差引支給金額のみを売上(収入)金額として申告したが、平成七年一〇月一一日に、八九万五〇〇〇円を合算して豊島税務署に修正申告を行っている。

そして、原告の従事する左官職人の仕事にとって、右肩関節のスムーズな可動や上肢の脱力感等の回復は必要不可欠の要件であり、この回復が不十分なままでは、安全性の面からも作業能率の面からも、左官の仕事を再開することは無理である。原告は、職場復帰を目指して懸命にリハビリに努力したが、本件事故発生の日である平成七年七月一七日から症状固定日である平成九年五月六日の翌日まで就業することができなかった。

したがって、原告については、本件事故発生の日である平成七年七月一七日から症状固定日である平成九年五月六日までの六六〇日間について休業損害が認められるべきであり、その額は九二六万九七〇〇円となる。

(6) 傷害慰謝料 二一〇万〇〇〇〇円

入院回数三回、入院日数六二日、通院実日数二二二日の治療を要する傷害に対する慰謝料である。

(7) 逸失利益 一五九八万六九九二円

原告は、症状固定時四二歳であり、六七歳までの就労期間中、前記後遺障害により、少なくとも二〇%の労働能力を喪失したものである。平成八年賃金センサスによる・学歴計・男子労働者の全年齢平均年収額五六七万一六〇〇円を基礎収入として原告の逸失利益を算定すると、次のとおり、一五九八万六九九二円となる。

五六七万一六〇〇円×〇・二×一四・〇九三九(二五年間のライプニッツ係数)=一五九八万六九九二円

(8) 後遺障害慰謝料 四〇〇万〇〇〇〇円

(9) 小計 三一八八万八四九九円

(10) 過失相殺後の損害額及び損害の一部填補

原告の過失割合を一〇%とすると、過失相殺後の損害額は二八六九万九六四九円となり、これから既払金七五〇万三〇七五円を控除すると、残額は二一一九万六五七四円となる。

(11) 弁護士費用 三四五万〇〇〇〇円

原告は、弁護士報酬及び費用として三四五万円を原告代理人に支払うことを約した。

(12) 合計損害額 二四六四万六五七四円

(被告の認否及び反論)

(1) 休業損害及び逸失利益の基礎収入について

休業損害及び逸失利益の基礎収入は、一般的な賃金センサスの数値ではなく、当該事故前の当該被害者の現実の所得額を基礎として算定するのが合理的である。そして、原告は平成四年から鈴正工業に勤務して左官職人の業務に従事していたということであるから、原告の休業損害及び逸失利益の基礎収入としては、平成四年以降で、かつ、本件事故発生の日である平成七年七月一七日以前の原告の現実の稼働所得であって、しかも、本件事故発生の日にできる限り近接した時点で算定された、公的に裏付けのある資料に基づき認定された所得金額であるべきである。

原告は、平成六年分の所得税の確定申告書の添付資料として、「平成六年分収支内訳書(一般用)」を豊島税務署に提出しているところ、この収支内訳書によれば、原告の平成六年分の稼働所得は、売上(収入)金額である三九四万五〇〇〇円から経費の合計額である六四万三五〇八円を控除した三三〇万一四九二円である。したがって、原告が本件事故に基づいて被った損害である休業損害及び逸失利益の算定の基礎となるべき原告の所得金額は、原告の平成六年分の年間稼働所得である三三〇万一四九二円とされるべきである。

(2) 休業期間について

原告は、右鎖骨骨折部について、骨癒合が不良で偽関節になっていた平成七年一一月二九日ころまでは、本件受傷により左官職人の業務に従事することは著しく困難な状態にあったと認められるが、同月三〇日に横畠外科病院に再度入院して偽関節の手術を受けた後、同病院を同年一二月二八日に退院した後は、徐々に患部の疼痛も治まり、骨癒合も順調に推移し、肩関節の可動域制限も次第に低下してきた。そのため、原告は、そのころから、徐々に左官職人の業務に従事することが可能になり、骨癒合が得られて、固定していたプレートの抜釘手術を終えて退院した平成八年一一月一二日以降は、原告は、左官職人の業務に全く支障がないほどに回復したものと認められる。したがって、症状固定日である平成九年五月六日までの間、左官職人の業務に従事することが不可能又は著しく困難であった旨の原告の主張は、事実に反するものである。

(3) 損害の填補額について

被告は、本件損害賠償金の内払金として、原告に対し、次のアないしエのとおり、既に合計九二五万三二九五円を支払っている。

ア 原告に対して直接支払った七五〇万三〇七五円(原告が損害の填補として認める分)

イ 原告に代わって横畠外科病院に対して支払った四六万六三四〇円

ウ 国民健康保険法六四条一項に基づき東京都豊島区に対して支払った一一五万〇四四四円

エ 原告に代わって加藤看護婦家政婦紹介所(加藤りん)に対して支払った一三万三四三六円(当事者間に争いがない。)

第三争点に対する判断

一  過失割合

前記第二の(一)のとおり、本件事故は、信号機により交通整理の行われている交差点における直進車と右折車との間の事故であり、原告が被害車両を運転して、本件交差点を青色信号に従って直進進行中、対向車線から右折してきた加害車両と衝突したというものである。そして、乙一、二によれば、被告は、赤信号で停止した後、信号機の表示が青色に変わったため、右折を開始したが、対向車線から直進してくる原告運転の自動二輪車(被害車両)を発見し、「速度を調節していけば、相手が私の前を通り抜けて行くものと判断」し、「ノロノロ出て行けば大丈夫と思っ」てゆっくりと右折進行したところ(乙二)、進行してきた被害車両に自車の右前部を衝突させたことが認められる。

この点について、被告は、当裁判所での本人尋問において、前記乙一、二における指示説明や供述の内容を翻し、「捜査段階の供述は、けがをした原告を助けたいと思って嘘を言ったものであり、事実は、右折態勢に入って、右折のガイドラインを少し出た辺りで停止していたところに、被害車両が衝突したものである」と供述している。しかし、被告は、捜査段階において、衝突位置(乙一の実況見分調書添付の現場見取図<4>の地点)、衝突後の自車の停止位置(同<5>の地点)等について、具体的に供述しているところであって、これが原告に有利になるように殊更虚偽の事実を述べたものであるとの被告の本人尋問における弁明は、措信し難い。

前記の事実によれば、本件事故は、被告が、対向直進してくる被害車両の存在を認識していながら、右折進行したために発生したものであり、本件事故発生についての過失は、主に直進車両の進行を妨害した被告の側にある(道路交通法三七条参照)。一方、原告としては、加害車両の動静を注視することにより事故を回避する余地が全くなかったとはいえないが、右折態勢に入ってゆっくり走行している加害車両が停止すると思って直進進行したのも、無理からぬところであって、その過失割合は一〇%にとどまると考えられる。

二  後遺障害の有無及びその程度

甲二によれば、原告には、本件事故による受傷により、右肩関節の可動域制限、右三角筋・上腕二頭筋筋力低下、知覚過敏、圧痛、叩打痛、手術創瘢痕部の疼痛、右上肢脱力感、骨盤骨の著しい変形、手術創瘢痕部の醜状等の後遺障害の状況が残存したことが認められる。そして、甲三によれば、自算会は、原告の後遺症状のうち右肩関節の機能障害は自賠法施行令二条別表の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」(一二級六号)に、鎖骨の偽関節手術に用いるため原告の腸骨片を採取したことによる骨盤骨変形は「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」(一二級五号)にそれぞれ該当し、併合一一級に当たると認定したことが認められる。

しかしながら、鑑定人渥美敬の鑑定の結果によれば、原告の右肩関節の可動域制限は、自賠法施行令二条別表の一二級六号の認定基準とされている「患側の運動可動域が健側の運動可動域の四分の三以下に制限されたもの」に当たらないと認められるから、自賠法施行令二条別表に該当する後遺障害としては、「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」(一二級五号)だけということになる。そこで、後遺障害による原告の労働能力喪失率について検討をする。

鑑定人渥美敬の鑑定の結果によれば、原告の肩関節の運動可動域は、次のとおりである。なお、括弧外は他動の数値を、括弧内は自動の数値を示す。

右(患側)

左(健側)

正常

外転

一三〇度(一三五度)

一六〇度(一六〇度)

一八〇度

屈曲・伸展

一八〇度(一七〇度)

一九五度(一九五度)

二三〇度

これに対し、甲二によれば、一二級六号の認定の基礎になった後遺障害診断書における原告の肩関節の運動可動域は、次のとおりである。

右(患側)

左(健側)

正常

外転

一三〇度(一二〇度)

一八〇度(一八〇度)

一八〇度

屈曲・伸展

一六〇度(一五〇度)

二五〇度(二四〇度)

二三〇度

これによれば、患側である原告の右肩関節の可動域制限については、双方の測定数値の間にさほど大きな違いはなく、鑑定の結果では、健側である左肩関節の運動可動域との対比において一二級六号に該当しないことになったものの、原告の右肩関節に相当程度の可動域制限があることは否定し得ない。そして、甲一二、原告本人によれば、左官職人という原告の仕事は、壁塗りや床塗りを中心とするもので、体全体を使用する力仕事であるとともに微妙な力加減を要求される仕事であり、また、壁塗りのためには、特に右腕に力を込めて上下運動、回転運動をしなければならないことが認められるから、このような右肩関節の可動域制限は、原告の労働能力にかなりの影響を及ぼすものと考えられる。そうすると、原告については、「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」(一二級五号)との後遺障害と併せて、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の定める後遺障害等級一二級の労働能力喪失率である一四%の労働能力の喪失があったと認めるのが相当である。

三  素因減額の要否

乙三九の一ないし一八、乙四三、四六、四七、六二の一ないし一六、調査嘱託の結果(甲一〇、一一の各一、二)によれば、横畠外科病院の横畠由美子医師は、原告の右鎖骨骨折を治療するため、原告に対して鎖骨固定バンドによる保存療法を施行し、骨折した右鎖骨の骨癒合を図ったが、経過が思わしくなく、結局、患部は偽関節となったこと、そのため、原告は、平成七年一一月三〇日、横畠外科病院に再度入院し、同病院において偽関節手術(腸骨片の移植)を受けた上、術後の患部をプラスチックギプスで固定してもらった結果、平成八年八月二七日に右鎖骨の骨癒合が確認されたことが認められる。

被告は、一般的には、鎖骨骨折は保存的治療を施しても偽関節を来すことは稀であり、このような本件患部の遷延癒合等の原因・理由の一端は、原告の二〇歳ないし二二歳ころの受傷に基づく鎖骨骨折という既存障害に存すると主張する。弁論の全趣旨によれば、原告が二〇歳ころに右鎖骨を骨折した事実のあることが認められるが、調査嘱託の結果(甲一一の一、二)によれば、横畠医師は、「保存療法で骨癒合が得られなかった原因については、多くの要素が絡んでおり、原因の特定をすることはできない。」、「既存障害と骨癒合不良の両者が『全く無関係』とまでは断言できないが、たとえ既存障害がなくても、一般に本件のような骨折は遷延癒合や偽関節となる可能性がある。既存障害が骨折の治癒に対し不利な条件となった可能性は完全には否定できないが、本件受傷前の右鎖骨の状態についての情報がないので明確な回答はできない。」旨を回答しているところであり、他に、原告の右鎖骨の骨折という既存障害が本件患部の遷延癒合等に寄与していると認めるべき的確な証拠はない。

四  原告の損害額

(一)  治療費 二〇万三九五〇円

甲一二によれば、原告が健康保険使用により自己負担分として支出した病院治療費及び薬代は、二〇万三九五〇円であると認められる。

(二)  入院雑費 八万〇六〇〇円

原告の入院日数は前記のとおり六二日間であり、入院雑費は、日額一三〇〇円として、合計八万〇六〇〇円となる。

(三)  通院交通費 二一万〇一八〇円

甲一二によれば、原告が支出した通院交通費は、二一万〇一八〇円であると認められる。

(四)  諸雑費 一八〇〇円

原告が諸雑費として請求するもののうち、医療用肌着費等、退院時洗髪費及び入院時イヤホン代は、前記(二)の入院雑費に含まれるというべきである。弁論の全趣旨によれば、原告が事故証明取付費として一八〇〇円を支払った事実が認められる。

(五)  休業損害 九二六万九七〇〇円

甲五、六の一ないし八、甲九の一ないし四、甲一二、原告本人によれば、原告は、平成四年から左官業を営む鈴正工業に左官職人として勤務していたこと、原告の日当単価は、当初は一日一万円であったが、平成五年からは一日一万三〇〇〇円となったこと、事故前年の平成六年における原告の年収は四八七万円で、そのうち前払支給金額、保険料天引額が八九万五〇〇〇円であり、差引支給金額は三九七万五〇〇〇円であったこと、もっとも、原告は、平成六年分の所得税の確定申告書の添付資料として豊島税務署に提出した「平成六年分収支内訳書(一般用)」においては、この前払支給金額、保険料天引額を売上(収入)金額に合算することなく、差引支給金額のみを売上(収入)金額として申告したが、平成七年一〇月一一日に、この八九万五〇〇〇円を合算して豊島税務署に修正申告を行っていること、また、平成六年一二月(平成七年一月一三日支給分)からの原告の日当単価は一万五〇〇〇円であり、これに基づいて算定すると、経費を差し引いた一日当たりの所得金額は一万四〇四五円になること(甲五参照)、が認められる。

以上の事実によれば、休業損害の基礎となる原告の収入は、一日一万四〇四五円と認めるのが相当である。

次に、休業期間については、原告が本件事故発生の日から症状固定日である平成九年五月六日までの六六〇日間と主張するのに対し、被告は、プレートの抜釘手術を終えて退院した平成八年一一月一二日以降は、原告が左官の職人の業務に支障がないほど回復したものであると主張する。

調査嘱託の結果(甲一〇の一、二)によれば、横畠医師は、「『骨癒合』と『機能回復』は別問題であり、平成八年八月二七日に『骨癒合』が得られたからといって、傷病がすべて治ったわけではない。特に左官という力仕事を要求される業務においては、充分な筋力回復が必要と思われる。」、「患者からの情報としては、右手を使ってミキサーでセメントを混ぜる時、右肩から腕の強い筋力が必要で、筋力が不足した状態で無理にこれを行おうとすると危険性が伴うということを聞いている。鎖骨骨折後の肩周囲からの腕の筋力低下が、左官の業務再開の妨げになっていたことは医学的にも妥当である。したがって、実際の業務において『右手でセメントを不安感なく混ぜることができるまでの充分な筋力の回復』が、左官の業務再開のための必要条件であるということができる。」旨を回答していることが認められる。そして、前記のとおり、左官職人の仕事は、体全体を使用する力仕事であるとともに微妙な力加減を要求される仕事であり、また、特に右腕を使う仕事であって、甲一二、原告本人によれば、原告は、骨癒合後は、職場復帰を目指してリハビリに努力したものの、右肩関節がスムーズに可動せず、また、右腕に力が入らないために、壁塗りや床塗りの際の上下運動や回転運動が十分にできない上、パイプや板をつかんで体を移動することも思うようにできなかったことが認められるから、症状固定日である平成九年五月六日ころまでは、作業能率の面のみならず安全性の面からも、左官職人の仕事を再開することは困難であったものと判断される。

以上によれば、原告については、本件事故発生の日である平成七年七月一七日から症状固定日である平成九年五月六日までの六六〇日間について休業損害を認めるのが相当である。したがって、休業損害の額は、次のとおり九二六万九七〇〇円となる。

一万四〇四五円×六六〇日=九二六万九七〇〇円

(六)  逸失利益 一一三四万七一六八円

原告は、四二歳の時である平成九年五月六日に症状固定となり、六七歳までの二五年間、前記のとおり、一四%の労働能力を喪失したものである。そして、原告は、本件事故前には一日一万四〇四五円の所得を得ていたところ、甲一二、原告本人によれば、左官職人の日当単価は仕事に習熟するに従って上がっていくものと認められるから(前記のとおり、原告については、平成四年の勤務開始当初に一日一万円であった日当単価が、平成五年からは一日一万三〇〇〇円となり、平成六年一二月からは一日一万五〇〇〇円となっている。)、原告は、本件事故に遭わなければ、症状の固定した四二歳以降の二五年間を通じて、平成九年賃金センサスによる学歴計・男子労働者の全年齢平均賃金である五七五万〇八〇〇円の年収を得られる蓋然性があったものと判断される。したがって、本件事故による原告の逸失利益は、次のとおり一一三四万七一六八円となる。

五七五万〇八〇〇円×〇・一四×一四・〇九三九=一一三四万七一六八円

(七)  入通院慰謝料 二一〇万〇〇〇〇円

入院六二日、実通院日数二二二日の治療を要する傷害に対する慰謝料としては、二一〇万円を相当と認める。

(八)  後遺障害慰謝料 二七〇万〇〇〇〇円

一二級の後遺障害に対する慰謝料である。

(九)  小計 二五九一万三三九八円

(一〇)  過失相殺

前記の過失割合に従い、過失相殺として(九)の金額から一〇%を控除すると、残額は二三三二万二〇五八円となる。

二五九一万三三九八円×(一-〇・一)=二三三二万二〇五八円

(一一)  損害の填補

被告が、本件損害賠償金の内払金として、原告に対して直接七五〇万三〇七五円を支払ったこと、また、原告に代わって加藤看護婦家政婦紹介所(加藤りん)に対して一三万三四三六円を支払ったことは、いずれも当事者間に争いがない。さらに、乙四、一二、一九、二八によれば、被告が、原告に代わって横畠外科病院に対して本件損害賠償金の内払金四六万六三四〇円を支払ったことが認められる。(一〇)の過失相殺後の残額からこれらの既払金合計八一〇万二八五一円を控除すると、残額は一五二一万九二〇七円となる。

そのほか、被告は、国民健康保険法六四条一項に基づき東京都豊島区に対して支払った一一五万〇四四四円も損害の填補に当たると主張するが、本件のように、原告が健康保険使用による自己負担分の治療費のみを損害として請求している場合には、被告が保険者からの求償請求に応じて支払った分は、損害の填補には当たらないと解される。

(一二)  弁護士費用 二〇〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、二〇〇万円をもって相当と認める。

(一三)  合計 一七二一万九二〇七円

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、一七二一万九二〇七円及びこれに対する本件事故発生の日である平成七年七月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する(仮執行免脱の宣言は、相当でないので付さない。)。

(裁判官 河邉義典)

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