東京地方裁判所 平成10年(ワ)13645号 判決 1998年12月25日
原告
東洋信託銀行株式会社
右代表者代表取締役
武内伸允
右訴訟代理人弁護士
白河浩
同
池田達郎
同
武井洋一
被告
野嵜和興
被告
野嵜恵
右両名訴訟代理人弁護士
深澤信夫
同
大貫端久
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一九〇一万六〇四円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、平成元年九月二八日、被告野嵜和興(以下「被告和興」という。)との間で、遅延損害金の割合を年一四パーセントとする約定で銀行取引契約を締結した。
2 被告野嵜恵(以下「被告恵」という。)は、原告との間で、右同日、被告和興が原告に対して負担する銀行取引上の一切の債務を連帯保証するとの合意をした。
3 原告は、被告和興に対し、平成四年三月二三日、弁済期を同年九月三〇日として、二〇〇〇万円を貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」という。)。
4 原告は、被告和興との間で、平成四年九月三〇日、右貸金の弁済期を平成五年三月三一日とすることを合意した。
5 よって、原告は、被告和興に対して、本件消費貸借契約に基づき、被告恵に対しては、右連帯保証契約に基づき、連帯して、残元金一九〇一万六〇四円及びこれに対する弁済期の翌日である平成五年四月一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否すべて認める。
三 被告らの抗弁(商事消滅時効)
1 原告は、本件消費貸借契約の当時、銀行業を営んでいた。
2 本件請求債権の弁済期から五年が経過した。
3 被告らは、原告に対し、本件貸金債務につき、平成一〇年七月二四日の本件口頭弁論期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
抗弁1、2は認める。
五 再抗弁(時効中断―催告)
1 原告は、被告和興に対し、平成一〇年三月二六日、本件貸金債務の履行を催告する書面を同被告の事務所宛に送付し、右書面は翌二七日同事務所に配達されたが、同事務所の事務員はその受取りを拒絶した。したがって、右書面は同月二七日に被告和興に到達したものとみなすべきである。
2 原告は、被告和興に対し、平成一〇年六月一九日、本件訴えを提起した。
六 再抗弁に対する被告らの認否
再抗弁1は否認する。原告主張の書面は被告和興に到達していないのであるから、催告とは認められない。
理由
一 請求原因事実及び抗弁1、2の事実は、当事者間に争いがなく、抗弁3の事実は当裁判所に顕著である。
二 再抗弁1の事実について判断する。
1 証拠(甲三ないし五、六の一ないし四、七、八の一ないし四、九の一・二、一〇の一・二、一一の一ないし三、一二の一ないし三、一三、乙四)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 原告は、平成九年七月一〇日及び平成一〇年一月二一日の二回にわたり、被告和興に対し、本件貸金債務の支払を請求する督促状を普通郵便で送付した。
(二) 原告は、平成一〇年一月一四日、同月二八日及び同年二月二日の三回にわたり、被告和興に対し、いずれも配達記録付き郵便で、不動産管理信託決算報告書お届けの件と題する書面及び確定申告の参考資料を肩書住所地の自宅宛に送付したが、いずれも「保管期間経過」の理由で返送された。
(三) 原告は、平成一〇年三月二三日、被告和興に対し、配達記録付き郵便で、本件貸金債務の債務承認書を相模原市内にある同被告の司法書士事務所宛に送付したところ、同事務所の事務員はその受取りを拒否し、その封筒表面に「受取りを拒否します」と記載して被告和興の印鑑を押捺した上、原告に返送された。
(四) 原告は、平成一〇年三月二六日、被告両名に対し、いずれも配達証明付き内容証明郵便で、本件貸金債務の催告書を被告和興については肩書住所地の自宅と相模原市内の司法書士事務所宛に、被告恵については肩書住所地の自宅宛にそれぞれ送付したところ、自宅宛のものはいずれも「保管期間経過」の理由により返送され、被告和興の事務所宛のものは翌二七日ころ同事務所に配達され、同事務所の事務員がその受取りを拒否し、その封筒表面に「受取拒否」と記載して被告和興の印鑑を押捺した上、原告に返送された。
(五) 被告和興は司法書士をしていたが、不動産投資などで金融機関から多額の借金を抱えて破綻し、債権者からの追求を受けることになったため、事務所に出勤できない状態となり、被告和興の名義で司法書士事務所は継続してはいたものの、その事務員には被告和興の方からしか連絡をとれないようにし、また、平成九年三月ころ家族が家を出て別居してからは被告和興自身余り自宅にも帰らず、帰宅しても深夜になることが多い状態であった。
2 ところで、消滅時効の制度の趣旨は、法律関係の安定のため、あるいは時の経過に伴う証拠の散逸等による立証の困難を救うために、権利の不行使という事実状態と一定の期間の継続とを要件として権利を消滅させるものであり、また、権利の上に眠る者は保護に値しないとすることにあるとされているところ、催告に暫定的な時効中断の効果を認めた理由は、裁判手続外であるにせよ催告という権利者としての権利主張につながる行為を開始することにより、もはや権利の上に眠る者とはいえなくなるからと解される。そして、催告は、債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知であるから、これが債務者に到達して初めてその効力を生ずるというべきである。
そこで、本件についてみるに、右1認定事実によれば、原告の普通郵便による督促状は被告らに到達したことを確認できないし、配達記録付き(あるいは配達証明付き)の催告書ないし債務承認書は、いずれも被告らの不在のため受領されずに返送されるか、又は被告和興の事務所の事務員が受領を拒絶して返送されているのであるから、右各書面が被告らに到達したことを確定的に認定することは困難というべきである。
しかしながら、本件においては、①被告和興は時折自宅に帰っていたのであるから、右(一)認定の普通郵便による督促状を受領していた可能性が高い上、②被告らが不在のため保管期間経過として返送された郵便について、郵便局員が不在配達通知書を被告らの住居に差し置くのであるから、被告らはその郵便の存在を知ることができるとともに、容易にこれを受領することが可能となっていたものであり、③更に被告和興の事務所宛に送達された内容証明郵便については、二回とも同事務所の事務員により受領拒絶の措置が採られているが、右措置はあらかじめ被告和興からそのような指示がなければ考えにくいことであるし、また、少なくとも被告和興からは定期的に同事務所への連絡がなされていたはずであるから、その際にも原告からの内容証明郵便が配達されたことが被告和興に伝えられていたと考えられることからみると、被告和興は原告からの本件貸金債務の請求関係書類が同被告に送付されていたことを了知していた可能性が高いというべきである(更にいえば、被告和興は普通郵便による督促状を閲読していたゆえに、その後の原告からの郵便物の受領を拒否する措置をとった可能性も考えられるところである。)。
仮にそのように認められないとしても、前記のような時効制度の趣旨を前提として考えると、原告は、前後四回にわたって被告らに対し、その自宅あるいは事務所宛に催告の趣旨を記載した内容証明郵便ないし普通郵便を送付しており、債権者としてなし得る限りのことをしているのであって、権利の上に眠る者とは到底いえないし、他方、右催告が被告らに到達しなかった原因はもっぱら、債権者からの追求を免れるために送付書類の受領を拒否する態度に出た被告側にあるのであるから、右送付に催告の効果を認めなければ、結局債権者には時効中断のためにとりうる手段がないことになり、著しく不当な結果となる。
そうすると、いずれにしても、本件の催告は、被告和興の事務所に郵便局員が内容証明郵便を配達し、同事務所の事務員がその受領を拒絶した平成一〇年三月二七日をもって被告和興に到達したものとみなし、催告の効果を認めるのが、時効制度の趣旨及び公平の理念に照らし、相当であるというべきである。
三 再抗弁2の事実は当裁判所に顕著である。
そうすると被告らの本件貸金債務及び保証債務の消滅時効は、平成一〇年三月二七日に中断したものと認められる。
よって、被告らの消滅時効の抗弁は理由がない。
四 以上によれば、原告の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官・荒井勉)