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東京地方裁判所 平成10年(ワ)14675号 判決 1999年10月27日

原告

時光太郎

右訴訟代理人弁護士

門馬博

岩崎昭

福井達也

宮本岳

引田紀之

被告

オーデリック株式会社

右代表者代表取締役

伊藤和夫

被告

株式会社

ディー・エヌ・ピー・メディアクリエイト

右代表者代表取締役

近藤俊之

右両名訴訟代理人弁護士

相馬功

赤尾直人

杉田禎浩

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、それぞれ金四五四万円及びこれに対する平成九年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の著作に係る書を撮影した写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載した被告らの行為が、原告の有する複製権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害したと主張して、原告が被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いはない。)

1  原告の著作物

別紙目録一ないし三は、いずれも、後記被告各カタログ中の写真を拡大複写したものである。

原告は、平成四、五年ころまでに、別紙目録一ないし三に撮影されている各写真の元となった「雪月花」、「吉祥」、「遊」の各作品(以下、順に「原告作品一」ないし「原告作品三」といい、これらをあわせて「原告各作品」という。)を完成した。原告各作品は、原告がその思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の範囲に属する書としての著作物であり、原告は、原告各作品に係る複製権、氏名表示権及び同一性保持権を取得した。(甲一〇、弁論の全趣旨)

2  被告らの行為

被告オーデリック株式会社(以下「被告オーデリック」という。)は、各種照明器具の製造、販売等を行う会社であるが、自己商品の宣伝、広告用として、平成七年に「OHYAMA HOME&SHOP LIGHTING住宅・店舗用照明カタログ'95〜'96」と題する照明器具カタログ(以下「七年カタログ」という。)を、平成八年六月に「あかり物語Lighting Stories House Lighting Catalogue 1996〜1997」と題する照明器具カタログ(以下「八年カタログ」という。)を、平成九年六月に「あかり物語Lighting Stories House Lighting Catalogue 1997〜1998」と題する照明器具カタログ(以下「九年カタログ」といい、以上のカタログをあわせて「被告各カタログ」という。)を発行し、被告各カタログを電気工事店等に配布している。

被告株式会社ディー・エヌ・ピー・メディアクリエイトは、広告物、宣伝物の企画、制作等を行う会社であるが、被告各カタログを制作した。

被告各カタログには、照明器具を配した和室を撮影した写真が掲載されているが、以下のとおり、原告各作品が右写真中の床の間の壁面に配置され、被写体とされている。

すなわち、八年カタログには、原告作品一(二七四頁)、原告作品二(二七七頁)、原告作品三(二九三頁)が、九年カタログには、原告作品二(三六一頁)、原告作品一(三六三頁)が、七年カタログには、具体的態様は明らかでないが、原告各作品が被写体とされている(以下、被告各カタログの写真中の原告各作品部分を、「被告各カタログ中の原告各作品部分」という場合がある。)。被告各カタログには、原告各作品の著作者として、原告の氏名は表示されていない。

二  争点

1  被告各カタログに、原告各作品を撮影した写真を掲載した被告らの行為は、原告各作品の複製行為に当たるか。

(原告の主張)

著作物の複製とは、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきである。

書については、字体のほか、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢いにおいて類似しているか否かにより、同一性の有無を判断すべきである。被告各カタログ中の原告各作品部分と原告各作品とを対比すると、前者は、後者を、写真によって、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等に至るまで、忠実に再現しているので、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、どのような筆の運びのもとに、いかなる筆使い、墨の濃淡で書かれたかという特徴、すなわち、原告各作品の創作的表現物としての特徴について、同一性を失っていない。

したがって、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品の複製物である。

(被告らの反論)

被告各カタログ中の原告各作品部分は、次のとおり、原告各作品の複製物ではない。

(一) 著作権法二条一項一五号は、著作物の複製を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義している。「有形的に再製」したといえるためには、原著作物との同一性が維持されていることが必要であり、表現形式として同一態様であると同時に、原著作物と同様の思想又は感情の創作的な表現が、覚知し得る程度に維持されていなければならない。絵画又は書等の美術作品を撮影した写真が、原著作物における美的感情の創作的表現態様を残していない場合には、原著作物を「有形的に再製」した複製と評価することはできない。

「書」には、いわゆる書きぶりともいえる「筆跡」が存在し、彫刻にも比すべき深さ、筆順に示される速度の定着、空間的かつ時間的な書字行動、及び字画を書く深さや速度を統御する力が存在する。これらは、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢いなどに反映される。したがって、「書」において複製が成立するためには、これらの表現形式上の本質的特徴が、直接感得し得る程度に再現されており、「書」の内容及び形式を覚知させるに足るものでなければならない。

(二) 被告各カタログ中の原告各作品部分は、毛筆のかすれ痕、毛筆の運びにより形成された空隙部分、墨の濃淡など、原告各作品に示される、微妙なタッチを伴う毛筆の深さ、速度、力などが、ほとんど再現されていないし、原告各作品は、独立した鑑賞の対象物としての性格、目的を有さず、部屋内の照明器具、建具、家財道具などとの調和を示す一構成要素としての機能を果たしているに過ぎない。

以上のとおり、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品の複製物には当たらない。

2  原告各作品の掲載は、著作権法三二条所定の引用に当たるか。

(被告らの主張)

原告各作品の掲載は、以下のとおりの理由により、著作権法三二条所定の引用に当たる。

被告各カタログは、照明器具の宣伝広告媒体であるが、照明器具が原告各作品を配した床の間のある和室と良く調和することを示すことは、以下のとおり、目的上正当な範囲内における引用に該当し、公正な慣行にも合致する。

原告各作品は、いずれも百貨店において販売されており、また、モデルルームにおいて、装飾品として床の間に掛けられていたのであり、「公表された著作物」に該当する。モデルルームの宣伝広告用チラシにおいては、絵画などの美術著作物が撮影され、著作者の氏名が表示されることなく引用されるという慣行が定着している。また、これらの美術著作物の購入者が、これらをモデルルームに公に展示することは違法でなく、これを広告宣伝のパンフレットとして写真撮影して配布することも、正当な営業活動であり、公正な慣行に該当する。

したがって、被告各カタログに原告各作品を掲載することは、著作権法三二条の規定する適法な引用に該当する。

(原告の反論)

原告各作品の掲載は、以下のとおりの理由から、著作権法三二条所定の引用とはいえない。

原告各作品部分はモデルハウスの床の間と一体化されており、引用される著作物と引用する著作物との間に明瞭な区別ができない。被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品全体を利用したものであるから、原著作物を従属的に利用したものといえない。また、本件各写真のような態様で他人の著作物を引用するという慣行はなく、原告各作品は、照明器具の営利広告目的で利用されたのであり、引用目的が正当であるともいえない。さらに、被告各カタログにおいては、原告各作品を利用しなければならない必然性はなかった。

3  被告らの行為は、原告各作品に係る原告の氏名表示権を侵害しているか。

(原告の主張)

被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品の複製物であり、被告らは、同作品部分を被告各カタログに掲載するに当たり、原告各作品の著作者として原告の氏名を表示すべきである。本件のような場合に、複製ないし使用された著作物について著作者の氏名を表示しないという慣行はなく、また、本件のような氏名不表示は正当なものではない。

したがって、被告らは、原告の原告各作品に係る氏名表示権を侵害している。

(被告らの反論)

著作権法一九条三項は、著作者名の表示につき、著作物の利用の目的及び態様に照らし、著作者が創作者であることを主張する利益を害する恐れがないと認められる時は、公正な慣行に反しない限り、省略することができる旨規定する。

被告各カタログは、照明器具の宣伝広告を目的として、原告各作品を、照明器具と調和する和室の一構成要素として利用しているに過ぎない。モデルルームの宣伝広告用チラシに絵画などの美術著作物が撮影される場合、著作者の氏名を表示しないのが慣行である。また、原告各作品を、モデルルームで公に展示する場合には、出所の表示義務はなく、原告各作品に係る氏名表示権は喪失すると解すべきであるので、被告各カタログにおいて、氏名が表示されないとしても何ら違法ではなく、右慣行は「公正」である。このように、被告各カタログにおいて原告各作品の著作者名を表示することは、不要であるばかりか、原告各作品の写真を掲載した目的と相反するものであり、「公正な慣行」に反する。したがって、同法一九条三項に基づき、右写真においては、原告名による出所の表示は、省略することができると解すべきである。

4  被告らの行為は、原告の原告各作品に係る同一性保持権を侵害しているか。

(原告の主張)

原告各作品をモデルルームの和室とともに撮影した写真を制作、掲載することは、原告各作品を別個の作品に変更したというべきである。したがって、被告らの行為は、原告の原告各作品に係る同一性保持権を侵害する。

(被告らの反論)

原告各作品が床の間に設置されることは、当然に予定された態様であり、モデルルームの床の間に設置された原告各作品を撮影した写真を制作したとしても、原告の意に反した変更に該当せず、同一性保持権の侵害には該当しない。

5  損害額はいくらか。

(原告の主張)

(一) 原告各作品の複製を許諾した場合の使用料は、一作品につき一回当たり二〇万円を下らない。ただし、一出版物に同一の作品が複数箇所にわたって複製掲載される場合には、二か所目以降の使用料はそれぞれ右使用料の一割である。

よって、原告各作品の使用料相当の損害金は、八年カタログ及び九年カタログについては各六二万円、七年カタログについては最低二〇万円、合計一四四万円である。

(二) 原告は、原告各作品に係る氏名表示権及び同一性保持権が侵害され、また、無断で原告各作品が使用されたことにより、精神的損害を受けた。原告が被った右損害を慰謝するための損害金としては三〇〇万円を下らない。

(三) 原告は、本件訴訟を遂行するために弁護士を委任した。弁護士費用のうち、被告らの不法行為と相当因果関係のある損害は、一〇万円である。

(被告らの反論)

原告の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(複製権侵害の成否)について

1  証拠(甲二、三、六、一〇、乙一、二八、二九)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) 原告は、時光華と称し、昭和五八年日本書道美術館展推薦賞、昭和五九年汲五書展朝日新聞社賞、昭和六一年墨東書展日本美術協会賞等の各賞を受賞し、平成三年ころから、錦糸町西武百貨店において個展を開催して、活動している書家である。

原告は、平成四、五年ころまでに、原告各作品を創作、完成した。

原告作品一は、「雪月花」を縦書き二行に、縦約七〇ないし八〇センチメートル、横約六〇センチメートル程の大きさの紙面に、柔らかな崩し字で、原告作品二は、「吉祥」を右から左へ横書きに、縦約五〇ないし六〇センチメートル、横約五〇センチメートル程の大きさの紙面に、肉太で直線的に、原告作品三は、「遊」を中央に、縦約四〇センチメートル、横約四〇センチメートル程の大きさの紙面に、流麗な崩し字で、いずれも毛筆で書した作品である。

(二) 被告各カタログは、被告オーデリックの販売に係る照明器具の宣伝、広告用に作成され、八年カタログ及び九年カタログは、縦約三一センチメートル、横約25.5センチメートルの大きさで、五、六〇〇頁の大部のカタログである。八年カタログ及び九年カタログには、照明器具を設置した和室を撮影した以下のとおりの各写真が掲載されている。右各写真は、いずれも、①天井面に被告オーデリックの室内照明器具が設置されている、②和室の中央に座卓が置かれている、③後方の床の間に生花が装飾的に配されている、④床の間の壁面に原告各作品(表装され、掛け軸とされたもの)が配されている、⑤原告各作品部分における一文字の大きさは、三ミリメートルないし八ミリメートルである点で共通し、これらを含む和室全体が被写体として撮影されたものである。なお、被告各カタログに原告各作品が撮影された経緯は、右カタログにおいて、被告オーデリックの販売する照明器具を室内に配置した状況を写真により紹介するため、住宅会社が展示していたモデルハウスの和室を利用して撮影をしたが、右モデルハウス内に、住宅会社が原告各作品を配置していたことによる。

(三) 八年カタログ及び九年カタログ中の原告各作品部分の内容は以下のとおりである。後記(1)①に関する写真の具体的状況は、別紙カタログ写真目録のとおりである(他は省略する。)。なお、七年カタログに掲載されている原告各作品については、掲載数及び掲載の態様、特徴を認める証拠はない。

(1) 八年カタログ

① 原告作品一が、縦約一八ミリメートル、横約一三ミリメートルの大きさ(表装部分を除く紙面の大きさ、以下同じ)で、正面よりやや右側から撮影されている(二七四頁)。

② 原告作品二が、縦約九ミリメートル、横約八ミリメートルの大きさで、右側約四五度方向から撮影されている(二七七頁)。

③ 原告作品三が、縦約七ミリメートル、横約六ミリメートルの大きさで、右側約三〇度方向から撮影されている(二九三頁)。

④ 原告の作品が、縦約九ミリメートル、横約七ミリメートルの大きさで、右約四五度方向から撮影されている(二九八頁)。(なお、右作品は、「遊」の字を書した原告の作品と推認されるが、原告作品三とは異なる。)

(2) 九年カタログ

① 原告の作品が、縦約九ミリメートル、横約七ミリメートルの大きさで、右約四五度方向から撮影されている(六六頁及び三六〇頁、いずれも、前記(1)④と同一の写真と推認される。)。

② 原告作品二が、縦約一〇ミリメートル、横約九ミリメートルの大きさで、右側約四五度方向から撮影されている(三六一頁)。

③ 原告作品一が、縦約二〇ミリメートル、横約一五ミリメートルの大きさで、正面よりやや右側から撮影されている(三六三頁)。

2  以上認定した事実を基礎として、原告各作品を撮影した写真を、八年及び九年カタログに掲載した被告らの行為が、原告各作品の複製行為に当たるか否かについて検討する。

著作権法は、複製について、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」をいうと規定する(著作権法二条一項一五号)。右複製というためには、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一般人に覚知させるに足りるものであることを要するのはいうまでもなく、この点は、写真技術を用いて再製された場合であっても何ら変わることはない。

ところで、書は、本来情報伝達という実用的機能を有し、特定人の独占使用が許されない文字を素材とするものであるが、他方、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著作権の保護の対象となり得るものと考えられる。そこで、書について、その複製がされたか否かを判断するに当たっては、右の趣旨に照らして、書の創作的な表現部分が再現されているかを基準としてすべきである。

この観点から、原告各作品と被告各カタログ中の原告各作品部分を対比する。

原告各作品は、前記のとおり、原告作品一については、「雪月花」の各文字を柔らかな崩し字で、原告作品二については、「吉祥」の文字を肉太で直線的に、原告作品三については、「遊」の文字を流麗な崩し字で、原告が、四〇センチメートルないし、七、八〇センチメートルの紙面上に、毛筆で書したものである。なお、本件において、原告各作品そのものは提出されていないので、細部の筆跡は必ずしも明らかでない(原告作品一及び二は、被告各カタログ中の原告作品一及び二部分を拡大複写したものによって推認した。)。他方、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、紙面の大きさ六ミリメートルないし二〇ミリメートル、文字の大きさ三ミリメートルないし八ミリメートルで撮影されているが、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することは到底できないものと解される。

してみれば、被告各カタログ中の原告各作品部分は、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の原告各作品における特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されているということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない。

以上のとおり、原告の複製権が侵害されたことを理由とする原告の請求は理由がない。

なお、原告の氏名表示権侵害及び同一性保持権侵害の主張については、前記のとおり、被告らの原告各作品の利用の態様が、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を覚知させるようなものでない以上、原告の氏名表示権及び同一性保持権による利益を損なうものと解することはできず、結局、原告の主張は失当ということになる。

二  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官石村智)

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