東京地方裁判所 平成10年(ワ)15494号 判決 1999年6月04日
主文
一 本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)との間において、別紙本訴被告(反訴原告)主張記載の本訴原告(反訴被告)の本訴被告(反訴原告)に対する不当利得返還債務が存在しないことを確認する。
二 本訴被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、本訴被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
(略称)以下においては、本訴原告・反訴被告を「原告」と、本訴被告・反訴原告を「被告」と略称する。
第一 請求
(本訴)
主文第一項と同旨。
(反訴)
原告は、被告に対し、金二七五万円及びこれに対する平成一〇年二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
原告は、別紙被告の主張の不当利得返還請求権が存在しない旨主張(本訴)し、被告は右不当利得返還請求権の存在を主張(反訴)しその金員の返還を求めるものである。
一 争いのない事実
1 奥田琴子(以下「奥田」という。)は、平成四年七月三〇日、高岡彪(以下「高岡」という。)及び原告に対し別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を左記の特約を付して、売買代金五三四五万〇八〇〇円で売却した。
(一) 本物件は実測取引とする。
(二) 土地の所有権持分は二分の一とする。
(三) 売買代金も各二分の一とする。
2 本件土地について、同年九月一八日、高岡及び原告について各持分二分の一の所有権移転登記がなされた。
3 本件土地売買契約に際し、売買代金の決定については、本件土地の坪単価を金五二万円とし、右単価に奥田が本件土地を実測させた面積を乗じた金額とする旨の合意がなされ、本件土地の実測面積は三三九・八一平方メートルと表示された。
二 争点
1 奥田と高岡及び原告との間における本件土地の売買契約は、数量指示売買に該当するか否か。
(原告の主張)
本件土地の売買契約は、数量指示売買(民法五六六条一項)には該当しない。本件土地の売買契約において、特約として「実測取引」としたのは、本件土地の売買代金決定方法については、坪当たり、金五二万円に面積を乗じて算出することになるが、その面積は登記簿記載面積ではなく、売主が別途実測したものとして提示する旨の合意が成立しており、そのことを示すものに過ぎないものである。
(被告の主張)
本件土地の売買契約は、数量指示売買(民法五六六条一項)に該当する。
本件においては、売買当事者間において、実測取引であることが明示的に合意されており、右合意は、本件土地売買契約において、売買当事者が目的物の実際有する数量を確保する旨の意思を持っていたことを示すものである。
本件においては、奥田が上村測量に本件土地の測量を依頼しており、その測量の結果、一平方メートル当たりの金額一五万七二九六円(一坪当たり五二万円)を乗じて売買代金を算出しているものであるから本件土地売買契約は数量指示売買契約に該当する。
2 本件において、売主に代金増額請求権が認められる否か。
(原告の主張)
数量指示売買の場合において、数量を超過した場合には売主に代金増額請求権は認められないとするのが、判例(大審院明治四一年三月一八日判決)であり、当事者の意思解釈としても、本件土地売買契約において、本件土地の実際の面積が売買契約時に実測面積として記載された面積より多かった場合に、買主は売主に対し実測面積として記載された面積を超えた部分につき一坪当たり金五二万円を乗じた金額を返還する旨の合意はなかったものである。本件土地の売買契約において、特約として「実測取引」としたのは、本件土地の売買代金決定方法については、坪当たり、金五二万円に面積を乗じて算出することになるが、その面積は登記簿記載面積ではなく、売主が別途実測したものとして提示する旨の合意が成立しており、そのことを示すものに過ぎないものであることは、右1の原告の主張に記載のとおりであって、代金増額合意を推認させるものではないし、本件土地売買契約書第六条一項において、「実測数量を指示した物件の数量が不足した」「場合は、売主が担保の責任を負う」旨の合意を明示的になし、実測数量を指示した物件の数量が超過した場合には、買主が売主に代金を増額して支払う旨の記載が存在しないのは、本件代金増額の合意は存在しないというのが当事者の意思であったものである。
(被告の主張)
原告の主張する判例(大審院明治四一年三月一八日判決)は、数量指示売買の場合において、数量を超過した場合に売主に代金増額請求権を一律に否定したものではない。代金増額請求権が認められるかどうかは、各事案の事実関係の検討及び当事者間の意思解釈によるべきであり、本件土地売買契約においては、実測取引であることが明示的に合意されており、これは売買契約当事者が本件土地売買契約において一定数量(実測面積分)を売買するという意思を有したこと、よって、当該一定数量に多寡が判明した場合には当然それについて精算を行うというのが売買契約の当事者の意思であったことを強く推認させるものである。本件売買契約書は、社団法人兵庫県宅地建物取引業協会制定約款を使用しており、右本件売買契約書第六条一項の規定自体予め記載されているものであり、右本件売買契約書の第一二条には「本契約に定めのない事項については、当事者は関係法規等にしたがい、誠意をもって協議の上処理するものとする」旨規定しているのであって、代金増額請求権の規定がないことをもって代金精算の合意がなかったといえるか疑問である。
3 売主の代金増額請求権について、除斥期間(民法五六四条参照)の適用があるか否か。また、奥田は、原告及び高岡に対し、平成五年四月末日から一年以内に、代金増額請求権を行使したか否か。
(原告の主張)
仮に、本件土地売買契約が数量指示売買であり、代金増額請求権が認められるとしても、除斥期間の適用により、代金増額請求権は、被告が本件差額分の存在が判明したと主張する平成五年四月ころから一年を経過した平成六年四月ころに除斥期間の経過により消滅している。
被告は、奥田は、平成五年四月以降原告に対し、本件差額分の返還を再三求めた旨主張するが、そのような事実はない。
(被告の主張)
代金増額請求の場合には、代金減額請求と異なり、その超過分の返還請求権の行使期間を短期にする必要も存在しないから、民法五六四条の制限には服しない。仮に、民法五六四条の除斥期間の制限に服するとしても、奥田は原告に対し本件差額分が判明した平成五年四月ころから再三その返還を求めたものであるから、原告の除斥期間の主張は理由がない。
第三 争点に対する判断
一 奥田と高岡及び原告との間における本件土地の売買契約は、数量指示売買に該当するか否か(争点1)について
1 前記認定の争いのない事実に甲第1、第2、第8ないし第10号証、乙第2、第3、第9号証及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
(一) 平成三年当時、奥田は、本件土地を含む複数の土地を相続により取得していたが、相続税対策のために本件土地等を売却する必要に迫られたため平成四年になって、奥田はその財産の管理をまかしている者を通じて本件土地の売買契約の仲介の依頼を葵ホーム株式会社になした。
(二) 本件土地上には高岡と原告が所有(共有)する建物(借地権付)が存在していたので平成四年三月ころ高岡に対して本件土地を購入する意思がないかとの打診があったので、原告らは検討の結果本件土地を購入することとした。
(三) 同年七月の始め頃に、葵ホーム株式会社の担当者から原告と高岡に対し本件土地売買代金の算出にあたっての面積を登記簿の面積ではなく実測面積とする旨の提案があった。原告及び高田は、右提案理由について、奥田は、本件土地の外にもその周囲に土地を所有しており、本件土地を含めた一帯の土地を測量していたので、本件土地売買契約にあたっても登記簿面積ではなく、実測面積によると考えた。原告及び高田は、右提案について特段の異議もなかったので、本件土地売買代金算出のための面積は、登記簿記載の面積ではなく奥田側で実測して提示する実測面積とすることになった。
(四) そして、奥田は、平成四年七月三〇日、高岡及び原告に対し本件土地を左記の特約を付して、売買代金五三四五万〇八〇〇円で売却した。
(1) 本物件は実測取引とする。
(2) 土地の所有権持分は二分の一とする。
(3) 売買代金も各二分の一とする。
(五) 本件土地について、同年九月一八日、高岡及び原告について各持分二分の一の所有権移転登記がなされた。
(六) 本件土地売買契約に際し、売買代金の決定については、本件土地の坪単価を金五二万円とし、右単価に奥田が本件土地を実測させた面積を乗じた金額とする旨の合意がなされ、本件土地の実測面積は三三九・八一平方メートルと表示された。
(七) 本件土地は、原告及び高田所有の建物の敷地であり、当該範囲全体について本件土地売買契約の対象となっていたものである。
2 そこで、以下検討すると、右認定した事実によれば、本件土地売買契約は、売主が土地の面積を実測面積によるものとして、実測面積が表示され、本件土地売買代金も一坪当たり五二万円として、一平方メートル当たりの金額一五万七二九六円を乗じて算出したものであるから、右土地の実測面積を基礎に決定されているものと認められる。したがって、本件土地売買契約は、当事者において目的物の実際に有する数量を確保するために、その一定の面積、容積、重量、員数または尺度あることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買(最判昭和四三年八月二〇日)であるといえ、いわゆる数量指示売買に該当する。
二 本件において、売主に代金増額請求権が認められる否か(争点2)について
1 乙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の本来の実測面積は、三九九・六七平方メートルであったこと、右に一坪当たり五二万円を一平方メートル当たりに引き直した金額(一五万七二九六円)を乗じて算出した金額と本件土地売買契約における契約書に表示した実測面積である三三九・八一平方メートルを前提にした本件土地売買代金額との差額は約九四一万五七三八円であることが認められる。
2 そこで、本件土地売買契約において、売主に代金増額請求権が認められるかが問題になる。この点民法には規定はないこと、民法五六六条一項の規定は数量不足等の場合に取引の安全保護の見地から売主に法定責任を課する趣旨であるから、その反対の場合に認める趣旨ではないと考えられること、本件当事者の意思としても前記第三1(一)ないし(三)で認定の本件土地売買契約の経緯、本件土地売買契約書には、その第六条一項において、「実測数量を指示した物件の数量が不足した」「場合は、売主が担保の責任を負う」旨の合意を明示的になし、実測数量を指示した物件の数量が超過した場合には、買主が売主に代金を増額して支払う旨の記載が存在しないこと、右本件売買契約書の第一二条に「本契約に定めのない事項については、当事者は関係法規等にしたがい、誠意をもって協議の上処理するものとする」旨規定していることから、本件土地売買契約締結当時において代金増額を予定していたものと解することは出来ない。
よって、本件において、売主に代金増額請求権を認めることは出来ない。
三 そうすると、本件本訴、反訴はその余の点を判断するまでもなく、本訴については理由があり、反訴は理由がないことになるから主文のとおり判決する。
(別紙)
本訴被告(反訴原告)の主張
1 奥田琴子(以下「奥田」という。)は、平成四年七月三〇日、高岡彪(以下「高岡」という。)及び原告に対し別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を左記の特約を付して、売買代金五三四五万〇八〇〇円で売却した。
(一) 本物件は実測取引とする。
(二) 土地の所有権持分は二分の一とする。
(三) 売買代金も各二分の一とする。
2 本件土地について、同年九月一八日、高岡及び原告について各持分二分の一の所有権移転登記がなされた。
3 本件土地売買契約に際し、売買代金の決定については、本件土地の坪単価を金五二万円とし、右単価に奥田が本件土地を実測させた面積を乗じた金額とする旨の合意がなされ、本件土地の実測面積は三三九・八一平方メートルと表示された。
二 奥田は、本件土地の右一の売買契約に先立ち、上村測量設計事務所(以下「上村測量」という。)に本件土地の売却のための測量を依頼し、さらに上村測量は、株式会社サトー測地(以下「サトー測地」という。)に測量の依頼をした。サトー測地は、業務上果たすべき注意義務を懈怠し、計算上のミスにより本件土地の実測面積を本来三九九・六七平方メートルであるところ三三九・八一平方メートルと測量した。
三 奥田は、右二の右三三九・八一平方メートルを基準に一平方メートル当たりの金額一五万七二九六円(一坪当たり五二万円)を乗じて算出した金額を本件土地の売買代金としたために、本来の実測面積である三九九・六七平方メートルに一平方メートル当たりの右金額を乗じて算出した金額との差額分(約九四一万五七三八円・以下「本件差額分」という。)の損失を被り、その分の利得を得た高岡及び原告に対して不当利得返還請求権(代金増額請求権)を取得した。
四 上村測量は、奥田に対し平成九年三月三一日、同年四月三〇日及び同年五月三〇日の三回に分けて、測量委託契約の債務不履行に基づく損害賠償債務の履行として、右三の九四一万五七三八円に迷惑料を加算した一〇〇〇万円を支払い(但し、六六〇万〇二〇〇円については、奥田に対する債権と相殺)、代位により奥田の高岡及び原告に対する不当利得返還請求権(代金増額請求権)を取得した。
五 平成九年一二月四日、サトー測地と上村測量との間で、測量委託契約の債務の履行として六〇〇万円を支払う旨の示談が成立した。被告は、平成九年一二月一八日、上村測量に対して、サトー測地の債務の内五五〇万円をサトー測地に対する保険金により弁済した。なお、サトー測地は被告の測量士賠償責任保険に加入していた。その結果、被告は、右の限度で、保険代位によりサトー測地の高岡及び原告に対する不当利得返還請求権(代金増額請求権)を取得した。
六 よって、被告は、原告に対し、不当利得返還請求権(代金増額請求権)に基づき、右金額の二分の一である金二七五万円及びこれに対する弁済期(支払催告日)の後である平成一〇年二月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(別紙)
物件目録
所在 尼崎市大西町二丁目
地番 一一二番一
地目 宅地
地積 三九五・五一平方メートル(登記簿上の記載)