東京地方裁判所 平成10年(ワ)16523号 判決
原告 日本電算機株式会社
右代表者代表取締役 石井孝利
右訴訟代理人弁護士 花岡康博
同 村松靖夫
被告 国
右代表者法務大臣 臼井日出夫
右指定代理人 森悦子
同 田村利郎
同 鈴木秀幸
同 小柳津享
同 市原松司
同 米田郁夫
同 阪井正
主文
一 被告は原告に対し、金四一六万一二七六円及びこれに対する平成九年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
ただし、被告が金二五〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金六九三万五四六〇円及びこれに対する平成九年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、国立奈良工業高等専門学校(以下「奈良高専」という。)の会計課用度係の職員であったA(以下「A」という。)が、奈良高専の購入するものであるかのように装い、原告に対してパーソナルコンピューターの注文をしてこれを騙し取ったことにより、右代金額相当の損害を被ったとして、原告が被告に対し、民法七一五条の使用者責任に基づいて、右損害の賠償を請求する事案である。
二 争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実
1 原告は、電子機器のハードウェアー及びソフトウェアーの設計、製作、販売等を目的とする株式会社であり、被告の一般競争(指名競争)参加資格の認定を受けていた。
2 Aは、文部事務官だったものであり、平成九年四月一日から同一〇年五月まで奈良高専の会計課用度係に勤務していた。
3 Aは、その立場を利用し、適法な職務権限を有していなかったにもかかわらず、原告に対して、あたかも被告(具体的には奈良高専)が買主であるかのように装って、平成九年一一月から同年一二月にかけてパーソナルコンピューター一七台(代金合計六九三万五四六〇円)を発注してこれを騙し取った(以下、「本件詐欺」あるいは「本件売買」という。)。
4 Aは、本件詐欺と同様の手口で、原告以外にも複数の業者からコンピューターを騙し取ったことで、平成一〇年八月二四日に懲戒免職を受け、このことで刑事訴追を受けた。
三 争点
1 被告の使用者責任の有無。
(原告の主張)
Aは、被告の機関である奈良高専の会計課用度係の職員として備品の購入等の職務を行っていたものであり、本件詐欺は、Aが被告の事業の執行につきなしたものであるから、被告は民法七一五条の使用者責任を負う。
(被告の主張)
(一) 民法七一五条の使用者責任が成立するには、本件詐欺が被告の「事業ノ執行ニ付キ」行われたことが必要である。右要件の意義は「被用者の職務の執行行為其のものには属しないが、その行為の外形から観察して、恰も被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきである」が、本件売買は、以下のとおり、被告である国が物品を購入する際の契約締結手続とはおよそかけ離れた手続によっていたものであって、外形的にも被告の取引行為とは認められない。
(1) 被告が本件パーソナルコンピューターを購入するとした場合、その権限は支出負担行為担当官である事務部長にあり、奈良高専においては、支出負担行為担当官の補助者として用度係長にも右発注の連絡をする権限があるが、一用度係員に過ぎないAにはこのような権限はない。
(2) 被告の物品購入契約には、入札を必要とする競争契約と入札を必要としない随意契約がある。このうち、随意契約は競争契約の特例として認められているものであり、予定価格が一六〇万円を超える場合は原則として競争契約によるべきことが定められているが、本件売買は右価額を大幅に超過するものであったにもかかわらず、随意契約の形式によっていた。
(3) 随意契約によることが許される場合であっても、契約金額が一五〇万円(外国で契約するときは、二〇〇万円)を超えるときには、契約書の作成が義務付けられているが、本件においては、契約書は作成されていなかった。
(4) 被告(具体的には奈良高専)が正規の手続に従って本件パーソナルコンピューターのように一六〇万円以上一〇〇〇万円未満である物品に関する供給契約を締結するとした場合に要する手続の詳細は、次のとおりであるが、本件において、かかる手続は全く履践されていなかった。
<1> 供給契約の締結にあたっては、物品供給官から物品請求及び命令書が用度係に提出され、用度主任が用度係の業種別担当係員に物品及び命令書を割り振り、担当係員が市場調査、予定価格調査案及び契約伺案についての下準備を行う。
<2> 契約担当官及び支出負担行為担当官(以下「契約担当官等」という。)は、入札期日の前日から起算して少なくとも一〇日前に官報、新聞、掲示その他の方法により公告し、申込みをさせることにより競争に付する。
<3> 契約担当官等は、競争入札に付する事項の価格を当該事項に関する仕様書等により予定し、その予定価格を記載した書面を封書にし、開札の際にこれを開札場所に置き、奈良高専においては、会計課長が右予定価格調書案を作成する。
<4> 契約担当官等は、公告に示した競争執行の場所及び日時に、入札者を立ち会わせて開札をし、落札者を決定するが、奈良高専においては、入札の執行者は会計課長、立会人は総務係長とされている。
<5> 契約担当官等は、競争により落札者を決定したときは、政令の定めるところにより、契約書を作成しなければならず、右契約書を作成することにより、発注がなされることとなる。
<6> 支出負担行為担当官は、支出負担行為をしようとする場合には、当該支出負担行為の内容を示す書類を作成し、支出官に提出する。
<7> 契約担当官等は、物件の買入れについては、政令の定めるところにより、自ら又は補助者に命じてその受ける給付の完了の確認をするため必要な検査をしなければならないとされ、奈良高専において、右検査は会計課長によりなされる。右検査が完了すれば、納品完了となり、落札者である契約の相手方からの請求書が用度係長により受理される。
<8> 支出官は、前記支出負担行為の内容を示す書類の送付を受けたときはこれを審査し、その限度額を超えていないことを確認したときは、遅滞なく当該書類に確認する旨の表示をしなければならず、また、日本銀行から業者に対して、銀行振込の方法で支払をする。
(5) 原告がAから受け取ったとする発注書の体裁上、その発注者はA個人としかみられず、その宛先である原告の商号も誤って記載されているなど、その発注状況自体が不自然なものであった。
(二) 仮に、本件詐欺がその行為の外形からみて被告の事業の範囲に属するものと認められるとしても、これはAの職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、以下のとおり、原告は少なくとも重大な過失により右事情を知らなかったものであるから、被告は使用者責任を負わない。
(1) 前述のとおり、随意契約は特例として例外的に認められているものであり、これが許される場合においても、契約金額により、契約書の作成が義務付けられているところ、このことは国と契約をなそうとするものはまずもって知っていなければならない事柄である。
(2) 原告の担当者は、国の機関との取引行為に何度も携わってきた経験を有し、国との取引における制度を知っていたものであって、Aによる契約交渉が、被告である国の本来行うべき契約締結手続とは異なる不自然なものであることを知り、Aの言動に疑問を抱いていたものである。しかしながら、原告は、後日脱法行為的な工作が行われるであろうなどと安易に考え、Aの上司に確認することもなく、また、一通の契約書も作成することなしに、ただAの言うがままに漫然と取引に応じていたものであって、かかる原告には、一般人に要求される注意義務に著しく違反した重大な過失があるというべきである。
2 過失相殺の当否。
(被告の主張)
原告には、前記のとおり、重大な過失があるが、仮に原告に重過失が認められないとしても、原告に相当程度の過失があったことは明らかであり、大幅な過失相殺が認められるべきである。
第三争点に対する判断
一 当事者間に争いのない事実、証拠(甲1ないし14、17ないし22、25、乙11の1及び2、12の1ないし3、14の1ないし3、16ないし18、20、証人青木、同阪井)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、電子機器の販売等を目的とする会社で、被告の契約にかかる一般競争(指名競争)参加資格者としての認定を受けていたものであるが、本件詐欺にあう以前、奈良高専に対して、平成七年にワークステーションを代金一一二万五二七五円で、同八年には拡張メモリを代金二六万九八六〇円でそれぞれ納入し、同年には京都大学に対して振動特性計測・処理システムを代金一八〇万二五〇〇円で納入するなどの被告との間の取引実績があった。
2 Aは、平成九年四月一日付で大阪大学医学部附属病院から奈良高専に転勤して用度係に配属され、同一〇年六月一日付で同校学生課教務係に配属換えとなり、同年八月二四日付で懲戒免職処分となった。
本件詐欺が行われた当時、用度係には、係長である阪井正(阪井証人)のもと、係員としてAを含めて三名が在籍していたが、そのうちのAの分担する事務は、文具・理科学機器・日用雑貨品・運動用具購入事務、クリーニング・ダスキン・ガソリン・重油・バス借上契約事務であった。
3 当時、奈良高専の会計課用度係の職員であったAは、奈良高専が正現に購入するかのように装って、原告からパーソナルコンピューターを騙し取ろうと企て、具体的には、以下の手順で本件詐欺を行った。
(一)(1) 平成九年一一月一〇日、その不在の間にAから電話を受けた原告の技術営業部所属の社員青木隆司(青木証人。以下「青木」という。)が折り返し奈良高専に架電したところ、電話に出たAは、NEC製のノートパソコン(型番PC-VP23CWXAA1)五台を一台あたりの定価七〇万円の七五パーセント以下で見積もれるのであれば、これを購入してもよい、取引については急ぐので、入札にはしない旨の話をしてきた。
ちなみに、Aと青木は、それまでに面識はなく、話をしたのは右電話によるものが初めてであった。
(2) 右の話を受けた青木は、それまでに被告との間の契約を担当した経験があり、被告が物品を調達する際の手続についての概括的な知識を有していたため、右取引が本来競争入札によるべきものであることを承知していたが、奈良高専の用度係の職員が持ち込んだ話でもあり、書類上複数回の取引に分けて処理するなどの方法を用いて競争入札を回避するつもりなのだと考え、これに応じることとし、同月一七日、奈良高専宛に右ノートパソコン五台を代金二七一万九五〇〇円とする内容の見積書をファックスで送付した。
(3) Aは、同日、奈良高専会計課のファックスを用い、作成者を「奈良工業高等専門学校 A」とし、宛先を原告(但し、「日本計算機殿」と誤って記載されていた。)とする右ノートパソコンについての手書で肩書や押印のない発注書を送付し、原告は、同月二一日に右発注書どおりにノートパソコンを納付し、Aはこれを受領して騙し取った。
(二)(1) 同年一二月一〇日ころ、Aは再度青木に架電して、前回と同様にパナソニック製のパーソナルコンピューター一二台(型番PANASONIC ALN3T520J5、ALN2T516J5各六台)を競争入札の方法によらずに購入したいとの話を伝えてきたため、同月一五日、青木は、奈良高専宛に、右コンピューターを代金合計四二一万五九六〇円とする内容の見積書をファックスで送付した。
(2) Aは、同日、奈良高専のファックスを用い、原告の送付した右見積書の表題を「発注書」、宛先を原告(但し、「日本計算機(株)」と誤って記載されていた。)と手書で書換え、作成名義を「奈良工業高等専門学校会計課用度係 A」とし、「A」との押印のある発注書を奈良高専会計課のファックスで送付し、原告は、同月二二日に右発注書どおりにコンピューター納付し、Aはこれを受領して騙し取った。
4 法令上、購入予定物品の価格が一六〇万円を超えるもので、複数の業者が取り扱っている商品については競争入札によることが必要であり、また、金額が一五〇万円を超えるものについては契約書の作成を要するものとされおり、本件売買も、本来それぞれその対象となるべきものであった。
しかし、本件売買に先立って競争入札が行われ、あるいは売買に関する契約書が作成されることはなかった。
5 Aの前記行為は、受領したパーソナルコンピューターを換金して着服する目的でなされた詐欺行為であり、奈良高専の預かり知らない出来事であったが、Aは原告以外にも多数の業者に対して、本件と同様の手口を用いて商品を詐取して損害を与えたことにより、懲戒免職処分を受けるとともに、平成一〇年七月一七日及び同年一〇月二〇日にいずれも詐欺罪で起訴された。
二 争点1について
1 事業の執行性について
(一) 民法七一五条の使用者責任が成立するには、本件詐欺が被告の「事業ノ執行ニ付キ」行われたことが必要であり、その意義は「被用者の職務の執行行為其のものには属しないが、その行為の外形から観察して、恰も被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきである」(最高裁昭和三六年六月九日第二小法廷判決・民集一五巻六号一五四六ページ)。
(二) そこで、本件詐欺が、被告(奈良高専)の事業の執行について行われたものであるかについて検討するに、この点について、被告は前述のとおり、本件詐欺は、発注権限を全く有しないAが、本来よることのできない随意契約の形式を用い、かつ、法の定める契約書を作成しない異常な形態で取引をしたものであって、外見上も被告の事業の執行にあたって行われたものとは評価し得ない旨主張する。
確かに、Aの発注権限の有無をみるまでもなく、本件取引は、本来要求される被告の調達事業の手続を無視した形式のものであり、また、これまで被告との取引経験を有していて、かかる取引方法について、少なくとも一応の知識を有していたと認められる原告もこのことに気付いていたものと認められるが、これにより原告に重過失あるいは過失が認められるかは別論として、本件詐欺に事業の執行性が認められるか否かは、まさに、その行為の「外形」から観察して、これが職務の範囲内にあるといい得るかをあくまでも客観的に判断すべき事柄であるというべきである。
そして、これを本件についてみるに、パーソナルコンピューターの購入行為自体、教育機関である奈良高専の通常の職務の一環として想定し得るものであり、また、Aは当時奈良高専の会計課用度係に所属する職員だったもので、現に理科学機器等の購入事務といった物品調達事務をも担当していたのであるから、Aの原告に対するパーソナルコンピューターの発注行為は、それ自体を外形的に観察すれば、Aの職務の範囲内に属するものと評価し得べきものということができる。
2 重過失の有無について
(一) 本件詐欺が、外形から観察して、被告の事業の範囲内に属するものと認められることは前記認定のとおりであるが、その場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、その行為の相手方が右の事情を知りながら、又は、少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害は民法七一五条にいう損害には該当せず、その取引の相手方である被害者は使用者に対してその損害の賠償を請求することはできないものと解すべきである(最高裁昭和四二年一一月二日第一小法廷判決・民集二一巻九号二二七八ページ)。
この点に関し、被告は、本件詐欺にあたる取引が法令上、競争契約によるべきものであり、かつ、契約にあたっては契約書の作成を必要とするものであること、一般競争(指名競争)参加資格認定業者である原告は、このことを知悉していたはずであり、現に、原告の担当者はこのことを知っていたこと、本件の発注書が手書であったり、肩書が付されていないものであったり、捺印を欠いていたものがあったり、原告の商号を誤って記載しているなど、その体裁自体が極めて杜撰なものであることなどの事実をもとに、少なくとも、原告には本件詐欺がAの職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったことについて重大な過失がある旨主張する。
(二) 原告の担当者である青木証人によれば、本件以前にも原告は被告との取引経験があり、青木証人自身、被告の物品調達が競争取引を原則としており、一定金額を超える取引については契約書の作成を必要とするものであり、本件取引も、本来、これに該当することを知っていたこと、青木証人は、これらの事情を知りながらも、Aが取引を急いでいるというので、丁度その時期が年度末にさしかかっていたこともあり、具体的なやり方は分からないものの、Aが取引を書類上細分化するなどの方法を用い、随意契約の方式で本件売買契約を原告との間で締結するものだと誤信したものと認められる。
そして、それまでに被告との取引実績を有する業者である原告の担当者青木は、本件取引が本来競争入札の対象となるべきものであることを知っていながら、これを回避して契約する具体的な方法をAに対して確認し、あるいはこの点についての不審を抱いてAの上司である用度係長阪井らに問い合わせるなどを全くしていなかったものであり、仮に、原告が右努力を払ってさえいれば、本件被害にあわなかった可能性があることなどの事実を勘案すると、Aがその職務権限を逸脱して本件のパーソナルコンピューターの発注したことを知らなかった点について、原告に一定の落ち度があることは到底否定できないところである。
しかしながら、他方において、本件取引の相手が国であり、Aも現に奈良高専の物品調達等を担当する会計課用度係の職員であったこと、原告とAとのやり取りも奈良高専の会計課のファックスを用いて行われていて、原告に対して発送された発注書も、同ファックスによって発送されていたこと、本件取引が競争入札の形式を取らなかった点以外に、特段不審を抱かせるものとは言い難いこと(Aの作成した発注書の宛名が誤っているなど、その体裁が杜撰な面も認められるが、そうであるからといって、原告に大きな落ち度があるとまでいうことは相当ではない。)、原告以外にも多数の業者がAの詐欺の被害に遭っていて、同人の手口が、相当巧妙であったものと推認されることなどの事実関係を総合すると、原告に過失があるにしても、これが単なる過失を超え、重大な過失であるとまでいうことはできない。
三 争点2について
1 原告は、本件において、全く過失がなかった旨主張するが、前記認定のとおり、本件取引は、本来、競争入札により、かつ、金額的にも契約書の作成が必要なものであって、原告もそのことを知っていたにもかかわらず、取引を成約させることを優先し、Aが法規を潜脱して処理するだろうと安易に期待し、通常の被告との取引業者として不審を抱くべき点について、Aの上司等からの確認を取るなどの注意義務を欠いた面があることは明らかであり、また、これを過小に評価することはできない。
2 そして、前記認定にかかる全事情を総合すると、本件においては、四割の過失相殺がなされるべきである。
四 結語
以上の次第で、原告の請求は、損害額の六割に相当する四一六万一二七六円及びこれに対する平成九年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 高宮健二)