大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)18234号 判決 2001年11月30日

主文

1  被告は、原告に対し、金1226万1361円及びこれに対する平成10年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを3分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、金3069万3368円及びこれに対する平成10年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被告従業員の勧誘により、被告の金融商品に基づく株式信用取引と、日経平均株価オプション取引を行って損失を被った原告が、被告に対し、適合性原則違反、説明義務違反、断定的判断の提供、一任勘定取引及び株式の運用に関する助言、指導の誤りを原因として、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を請求した事案である。

1  争いのない事実等(証拠で認定した事実については証拠を()内に示す。)

(1) 当事者等

原告は、平成7年1月、事故で両下肢に機能障害を負い、身体障害程度等2級1種の認定を受けた者である(弁論の全趣旨)。

被告は、証券業等を営む株式会社である。

平成8年当時、Aは、被告a支店支店長であり、Bは、同支店の投資相談課長であり、Cは、同支店の営業課長であり、Dは、同支店の投資相談課従業員であった(争いがない)。

(2) 原告の取引

原告は、被告との間で、平成8年7月12日から平成9年1月10日までの間、別紙取引目録(1)及び(2)のとおり、被告の取引戦略である「ダブル・アルファ・マルティプル」(以下「ダブル・アルファ」という。)に基づき、株式の信用取引を行った(以下「本件信用取引」という。)。

また、原告は、被告との間で、平成8年11月20日から平成9年1月10日までの間、別紙取引目録(3)記載のとおり、日経平均株価オプション取引を行った(以下「本件オプション取引」という。)。

その他、原告は、被告との間で、平成7年10月12日から平成9年3月10日までの間、別紙(別紙省略)取引経過表(被告)のとおりの証券取引を行うとともに、E証券との間でも、平成8年1月10日から平成9年2月4日までの間、別紙取引経過表(E証券)のとおりの証券取引を行った(乙10、17、24、弁論の全趣旨)。

(3) 本件信用取引について

株式の信用取引は、顧客が比較的少額の保証金またはその代用証券を証券会社に預託することにより、資金の数倍の額の株式を取引するというものであり、6か月間の取引期間内の株価変動を利用して、多額の利益を得られる可能性があるが、逆に多額の損失を被るおそれもある取引である。

本件信用取引の基礎とされたダブル・アルファとは、被告が開発した株式銘柄の選択の方法であり、TOPIX(東証株価指数)の収益率を上回る割安のポートフォリオを現物または信用で買い、同時にTOPIXの収益率を下回る割高のポートフォリオを信用で売ることにより、コスト分以上のスプレッドを利益として狙う信用取引の戦略に基づく金融商品の一つである。

具体的には、<1>東証1部の全銘柄について、配当利回り、益回り及びキャッシュフロー株価比等の財務ファクターと、前5年、前1年及び前1か月の騰落率等のテクニカルファクターの両面から分析する、<2>その中で有効と考えられる8個のファクターを抽出して各銘柄の偏差値を計算し、その偏差値に、各ファクターのウェイトを乗じて得られた総和をアルファ値とする(アルファ値が高いほど割安であり、アルファ値が低いほど割高である)、<3>東証1部信用銘柄をアルファ値の高い順(割安順)に並べたものを買いポートフォリオのアルファランキングとし、東証1部貸借銘柄をアルファ値の低い順(割高順)に並べたものを売りポートフォリオのアルファランキングとする、<4><3>で得られた各アルファランキングに基づき、買いポートフォリオと売りポートフォリオで各銘柄を等金額にして、業種リスクが相殺されるように被告がポートフォリオを構築する、<5>運用の精度を維持するため、ポートフォリオは最低1億円、対象銘柄は30銘柄以上で設定する、<6>構築されたポートフォリオに従って各銘柄の信用取引をする、という方法をとる。この戦略は、分散投資と両建てにより、相場変動に伴うリスクをヘッジすること

ができることに加え、設定後のトレーディング、管理に労力をかける必要がなく、個別銘柄の動きにあまりとらわれずにすむところに長所があるとされる(乙11)。

(4) 日経平均株価オプション取引について

ア 意義

日経平均株価オプション取引は、あらかじめ定められた期日までに、あらかじめ定められた価格で、日経平均株価指数(225株価指数)を買い付け、あるいは売り付ける権利の取引である。

ここで、買い付ける権利のことを「コールオプション」、売り付ける権利のことを「プットオプション」、あらかじめ定められた価格のことを「権利行使価格」、あらかじめ定められた期日のことを「権利行使期間満了日」という。

イ 取引の仕組み

オプション取引には、コールオプションの買付け及び売付け並びにプットオプションの買付け及び売付けの合計4種類があり、投資家は、株価が上昇すると予測する場合には、コールオプションの買いかプットオプションの売りのポジションを建て、反対に株価が下落すると予想する場合には、コールオプションの売りかプットオプションの買いのポジションを建てる。

オプションの買い手と売り手は、ともに権利行使期間満了日までに、オプション市場において、買い付けた、あるいは売り付けたオプションを反対売買することによって決済することができる。

オプションの買い手は、相場が予想通りに動けば、買い付ける権利を行使したり、転売して利益を得ることができる。逆に相場が予想に反した動きとなり、権利を行使すると大きな損失が出る場合には、買い付ける権利を放棄することもできる。この場合、買い手にとってはプレミアム分が損失となる。

他方、オプションの売り手は、プレミアムを受け取る代わりに、買い手が権利を行使したときには、必ず応じなければならない義務が生ずる(この義務を権利割当という。)。つまり、売り手はプレミアム分が確実に利益となる反面、相場が予想に反した動きとなった場合には、損失の上限がない(乙14、15、35、弁論の全趣旨)。

2  争点

(1) 適合性原則違反の有無

(2) 説明義務違反の有無

(3) 本件オプション取引についての断定的判断の提供の有無

(4) 本件信用取引についての一任勘定取引の有無

(5) 本件信用取引運用上の助言、指導の誤りの有無

(6) 損害

3  当事者の主張

(1) 適合性原則違反

ア 本件信用取引について

(原告の主張)

(ア) 本件信用取引の危険性

そもそも、株式の信用取引は、現物取引と比較してハイリスク・ハイリターンの取引であり、一般に証券取引経験の浅い顧客には向かないが、本件信用取引は、以下の点で顧客にとってさらに危険度の高い商品である。

第1に、銘柄が売り買い合計60銘柄に及ぶことである。わずか6か月の短期間に、60銘柄の株式の売買について時機に応じた投資判断をすることは、一般投資家にとって極めて困難である。

第2に、取引の最低単位が売り買い合計2億円、委託証拠金が6000万円と極めて多額であることである。取引のリスクは設定価額に比例するから、本件信用取引はリスクが非常に高く、一般投資家に適合しない。

したがって、本件信用取引に適合する投資家とは、<1>証券取引の知識・経験が豊富で情報力・機動力を有し、かつ<2>生活資金以外の余剰資金がある投資家である。

(イ) 原告の経験不足・資金の性格

原告は、郷里のb市で歯科技工士の専門学校であるb歯科学院を卒業後、歯科技工士となり、その後平成2年から同3年10月までF株式会社で生産ラインの保守点検に従事し、さらに同6年からはG株式会社でビルの警備員をしていたのであり、本件金融取引に至るまで、証券取引を主体的に行うような素養及び経験を有していなかった。

また、原告が本件信用取引において投入した資金は、原告が平成7年に脊髄損傷の重傷を負い、身体障害程度等級2級1種の認定を受けたことによって得られた保険金であるが、この保険金は、重度の障害を持った原告にとって唯一の生活資金であった。そして、この事実については、被告従業員も十分理解していた。

(ウ) 以上のように、原告は、<1>株式取引についての素養もなければ経験もなく、しかも、<2>資金は原告が唯一得られる生活資金であったのだから、リスクの高い本件信用取引を利用するには適合性が全く欠けており、このような原告に対して本件信用取引を勧誘すること自体違法である。

(被告の主張)

(ア) 本件信用取引の危険性

本件信用取引は、売りポートフォリオ30銘柄と買いポートフォリオ30銘柄を両建てで売買する手法によるものであり、一般の株式取引に比べて格別高額でもリスクが高いものでもない。

(イ) 原告の取引経験及び資金の性格

原告は、本件信用取引を利用するまでに、被告a支店、E証券c支店等で株式、株式投資信託等の投資経験があり、現に投資による損失も経験しており、ダブル・アルファの投資方法による株式投資をするのに十分な知識・経験を有する投資家であった。

また、被告は、原告との間で本件信用取引を開始するまで、原告の投資資金がどのようなものであるかについては全く知らなかった。

イ 本件オプション取引について

(原告の主張)

日経平均株価オプション取引は、元来極めて複雑でリスクの高い商品である。しかも、オプション取引は、他の株式取引に比べて周知性が格段に低く、証券取引について知識・経験のない顧客に多大な損害を生じさせる危険性が高い。

したがって、本件オプション取引は、本件信用取引にも増して投機性が高く、このような取引に適合する投資家は、前記の本件信用取引に適合する投資家以上に取引の経験を有し、余剰資金がある者に限られる。

原告は、証券取引を開始してから本件オプション取引に至るまで、約1年しか経過しておらず、しかも、その間に原告が主体的に行ってきた取引は、金貯蓄や公社債投信といった安全な商品に限られていたのであるから、本格的な取引経験はほとんどなかったといってよい。

また、前記のとおり、原告が本件取引において資金として投入した保険金は、重度の障害を持った原告にとって唯一の生活資金であったし、被告従業員もこのことを十分理解していた。

他方、被告が原告にオプション取引を勧誘したのは、平成8年10月末から同年11月初めであり、本件信用取引によって100万円の損失が発生し、将来的にも500~600万円まで損失が拡大するおそれがあることが判明してからであった。既に本件信用取引で損失を被った原告に対し、より投機性の高い商品である日経平均株価オプション取引を勧めることは許されない。

以上のように、原告は、株式取引についての素養もなければ経験もなく、原告が唯一得られる生活資金が取引の資金であり、しかも、原告は従前の取引で損失を被っていたのだから、リスクの高い本件オプション取引を行うには適合性が全く欠けており、このような原告に対して本件オプション取引を勧誘すること自体違法である。

(被告の主張)

原告は、平成8年11月6日から同月15日まで、E証券c支店でオプション取引をしており、オプション取引についての知識・経験は十分にあった。

(2) 説明義務違反

ア 本件信用取引について

(原告の主張)

前述のように、本件信用取引は、ダブル・アルファという、ハイリスク・ハイリターンで、高度の知識・経験を要求される複雑な方法を用いてなされた。

このような多大なリスクを伴う取引を顧客に対して勧誘する場合、被告は、顧客が最大限どれだけのリスクを被る可能性があるのか、元本保証があるのか等、リスクの内容を十分に理解できる程度まで説明すべき義務を負う。

ところが、ダブル・アルファの内容を説明するために被告本社投資開発部担当者が原告宅を訪問したときも、担当者はダブル・アルファについて難解な専門用語を用いた説明をし、過去の良好な実績を示すデータを見せて、本件信用取引についての資料を交付しただけであり、本件信用取引により生ずるリスクを原告が理解できる程度までは説明しておらず、到底説明義務を果たしたとはいえない。

(被告の主張)

被告本社投資開発部担当者は、原告に対し、「ダブル・アルファ・マルティプル」と題する書面を交付して、これを示しつつ、本件信用取引について口頭で詳細な説明を行った。

また、Aは、原告に対し、株式の信用取引について口頭で詳細な説明を行い、「信用取引のしおり」、「信用取引制度」等の書面を交付した。

したがって、原告は、株式信用取引及び本件信用取引による投資について、適切な情報提供を受けており、これを十分理解していた。

イ 本件オプション取引について

(原告の主張)

株価指数オプション取引は、そのリスクの大きさや複雑な仕組みについて、顧客に対して十分な説明を要する。

ところが、Cは、本件信用取引で損失を被った原告に対し、平成8年11月15日ころ、「必ずプラスにする。」と断言し、オプション取引について、その仕組みや具体的にどのようなリスクが生じるかを説明せず、専門用語を使った難解な説明を行ったのみであった。

(被告の主張)

原告は、本件オプション取引を行うまでに、被告a支店、E証券c支店等で株式、株式投資信託等に投資したり、本件信用取引を行うなどの投資経験があり、オプション取引による投資をするのに十分な知識・経験を有する投資家であった。

また、Cは、原告に対し、オプション取引について口頭で説明した上、「株価指数オプション取引説明書」、「株価指数オプション取引のしおり」を交付した。

したがって、原告は、被告から、株価指数オプション取引について、適切な説明を受けており、これを十分理解していた。

(3) 本件オプション取引についての断定的判断の提供

(原告の主張)

原告は、平成8年11月15日ころ、本件信用取引によって100万円程度の損失を受けたが、Cは、「自分はオプション取引に精通しており、オプション取引を自分に任せてくれれば、必ず本件信用取引の損失は取り返す」、「平成8年末にかけて株式相場は必ず上昇する」との断定的判断を示し、Cに任せれば必ず損失は取り返せる旨原告に誤信させて、本件オプション取引を行わせた。

(被告の主張)

Cは、「オプション取引を自分に任せてくれれば、必ず本件信用取引の損失は取り返す」などということを原告に言ったことはない。

原告は、自己の投資判断によってオプション取引を始めたのである。

(4) 本件信用取引についての一任勘定取引

(原告の主張)

ダブル・アルファは、銘柄の選定はもっぱら被告が行い、顧客に選択の余地がないものである。顧客自らが銘柄を選択するのであれば、自身の投資判断について顧客が責任を負うのも当然であるが、ダブル・アルファの商品構造は、被告の判断による銘柄選択について、顧客に責任を負わせるというものである。

したがって、ダブル・アルファに基づく本件信用取引は、一任勘定取引に当たる。

(被告の主張)

ダブル・アルファにおける銘柄選択においては、被告が提案し、顧客が銘柄を確認して取引に入るのであるから、選択権を持っているのは顧客である。また、個別の銘柄について顧客の判断で入れ替えることは自由であり、顧客が選択して提案した銘柄を顧客の相場観により変更できるし、各銘柄についての決済の方法・タイミングについての判断も顧客が行う。

以上からすれば、本件信用取引における取引を実際に行うのはあくまでも原告自身であり、被告が原告から任せきりにされて取引を行うようなものではなく、本件信用取引は一任勘定取引ではない。

(5) 本件信用取引運用上の助言、指導の誤り

(原告の主張)

ダブル・アルファは、分散投資と両建て効果により、株式相場の上昇、下降に伴うリスクがヘッジされ、収益が狙えるところに最大の長所がある。そのため、ダブル・アルファの顧客向け資料においても、「ダブル・アルファ・スプレッド戦略の特徴は、ポジションの同時設定/同時解消にあります。運用中に任意の銘柄入れ替えは行わないで下さい。」との注意書きがなされ、ポジションの分割解約をしないように説明されている。

ところが、被告従業員は、原告に対し、平成8年11月15日、本件信用取引のうち売り30銘柄を決済し、買い30銘柄について決済せずにそのまま残すよう助言、指導し、原告はこれに従った。

この決済の仕方は、明らかに本件信用取引の分割解約であり、被告従業員は、本件信用取引運用上の助言、指導を明らかに誤っている。

(被告の主張)

本件信用取引により銘柄選択し、売買したポートフォリオの銘柄を、決済期限の6か月後まで保有し続けるか、それとも相場動向を見て決済期限前に決済するか、あるいは、売りポートフォリオ30銘柄、買いポートフォリオ30銘柄を一括して決済するか、それとも分割して決済するかは、投資家の自由である。本件信用取引は、投資家に銘柄の分割解約を禁ずるものではなく、被告は投資家の分割解約を止める義務はない。

そして、原告は、自己の判断で本件信用取引を分割解約したのであり、被告には何ら運用上の助言、指導についての義務違反はない。

(6) 損害

(原告の主張)

ア 本件信用取引による損害

原告は、平成8年11月15日、Cの指示により、本件信用取引のうち、売りポートフォリオの30銘柄全部を買埋め決済して、592万5964円の利益を得た。

しかし、原告は、同月25日から29日にかけて、買いポートフォリオのうちの17銘柄について売埋め決済したが、329万8393円の損失を被った。また、残りの13銘柄については、Cの指示により、平成9年1月9日及び10日、決済期日の到来によって現引きしたが、現引き時点で1462万7193円の含み損があった。

したがって、原告は、本件信用取引により、592万5964円の利益と1792万5586円の損失を受けたのであるから、原告が被告から賠償を受けるべき損害は、損失から利益を減じた1199万9622円である。

イ 本件オプション取引による損害

原告は、本件オプション取引により、合計1590万3746円の損害を受けた。

ウ 弁護士費用

弁護士費用は、279万円が相当である。

エ 合計

以上を合計すると、原告が被告の不法行為ないし債務不履行から被った損害は、3069万3368円である。

(被告の主張)

損害については争う。

第3当裁判所の判断

1  前提となる事実

前記争いのない事実等に加え、本件各証拠(甲1ないし8〔枝番を含む〕、乙1ないし59〔枝番を含む〕、証人B、同A、同C、同D、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告の投資経験

原告は、昭和30年7月31日生まれの男性であり、郷里のb市で、歯科技工士の専門学校であるb歯科学院を卒業後、歯科技工士となり、その後上京して、平成2年から同3年10月までF株式会社で生産ラインの保守点検に従事し、同6年からは警備会社のG株式会社に勤務してビルの警備員をしていた。

原告は、平成7年1月、事故で脊髄損傷の傷害を負って東京都内のH病院に入院し、同年10月、a市内のI病院に転院した。

そして、原告は、同年10月11日、J生命保険から後遺症保険金及び入院給付金として合計4000万円を受け取った。

原告は、このときまで、投資や証券取引の経験はなかった(甲1、乙1、原告本人、弁論の全趣旨)。

(2) 原告・被告間の取引の開始

原告は、平成7年10月当時、G株式会社に雇用されてはいたが、医師から両足に障害が残ることを宣告されていたので、いずれ会社を退職しなければならないことを覚悟し、将来の収入源の確保について考えるようになった。

そして、原告は、そのころ読んだ雑誌ないし新聞に掲載された金融商品についての記事を見て、証券会社で行う取引は、銀行よりは多少リスクがあるものの、きちんとした助言を受けて取引をすれば大丈夫で、銀行よりも証券会社を利用した方が資産運用のためにはよいという認識を持ち、受け取った保険金で証券取引を行うことを決意した。

そこで、原告は、同月12日、証券会社に資金運用の相談をするために、車椅子で被告a支店を訪れたところ、Dが原告に応対した。

原告は、Dに、手堅い商品を紹介して欲しいと依頼し、Dは、比較的リスクの少ない商品として、「チャンス」という短期公社債投信を紹介した。Dは、このとき、チャンスについて、公社債で運用し、投資対象に株が入っていないこと、元本保証はないが、過去の実績としては元本割れしたことがないこと、一定期間解約できないこと等を原告に説明した。

原告は、Dの説明を聞いて、チャンスの購入を希望したところ、Dは、チャンスの募集締め切りまで日数があったことから、チャンス用ゴールド(満期指定型金貯蓄)で資金を回し、その後チャンスに切り替えるという方法を案内した。原告は、Dに勧められたとおり、チャンス用ゴールドを4000万円分注文した。

原告は、同月13日、被告の保護預り口座に4000万円を振込入金し、チャンス用ゴールドを購入し、同月23日、これをチャンス3か月に振り替えた。また、原告は、同年12月中旬ころ、I病院を退院して、東京都内に戻ったが、同月26日、被告の保護預り口座に3万円を振込入金し、同月27日からK株式の累積投資を始めた(甲1、乙1ないし3、5、54、59、証人D、原告本人)。

(3) フレックス100の購入

原告は、平成8年1月中旬ころ、Dに電話を掛けて、新聞の広告に被告の「フレックス」シリーズが載っていたが、話を聞きたい旨伝えた。

Dは、株式投信「フレックス」シリーズの商品説明を電話で行い、各商品についてパンフレット及び受益証券説明書を送付したところ、原告は、同月19日ころ、被告に対し、フレックス100を300万円で買付け注文した。

フレックス100とは、値上がり益追求・利回り向上を目標として株式と公社債等の組み合わせにより運用するファンドであって、値上がり益を追求するため値下がりのリスクがあるというものであり、投資割合に制限がなく、公社債等に投資しないで100%株式に投資することも可能なものであり、フレックスシリーズの中でも最も価格変動リスクの高いものであった(甲1、乙42ないし44、54、59、証人D)。

(4) E証券との取引及び信用取引の開始

他方、原告は、E証券に対して資料請求をし、平成7年12月6日、総合取引口座を開設して、平成8年1月10日からE証券との証券取引を開始した。

原告は、E証券の担当者から、株式投資が必ずしも危険なわけではなく、中にはいいものもあるから、株式を購入してはどうかと勧誘されて、株式投資を始め、同年2月2日には、E証券との間で信用取引口座設定約諾書を取り交わすなどしたうえ、同月9日、L株5000株を信用で購入し、信用取引を開始した。

また、原告は、E証券との間で、同年1月10日から平成9年2月4日までの間に、別紙取引経過表(E証券)のとおり、信用取引、外国証券、転換社債及びオプション取引を含む証券取引を多数回にわたって行ったが、その取引のうち大部分は、E証券の担当者が勧めてきた銘柄を、原告がそのまま注文するというものであり、原告は、担当者が原告のために特に銘柄を選択して勧めてくれているのだと認識して、担当者からの勧めを断ったことはなかった(乙24、27の2、28ないし31、33、36、37、原告本人)。

(5) ハイパー・ウェイブの購入

原告は、M海上保険から、平成8年3月29日及び同年4月4日の2回にわたり、保険金合計4400万円を受領した。

原告は、同年4月初めころ、Dに電話を掛け、「株価が1上がれば2上がるような商品を他社で販売しているが、被告でも同じような商品がありますか。」と問い合わせた。

Dは、原告に対し、被告の商品である株式投資信託「ハイパー・ウェイブ」に関するパンフレット、受益証券説明書及び「自動けいぞく投資お申込確認書(RR5・積極値上がり益追求型専用)」等を送付し、Bと一緒に、原告に対して電話で商品説明をしたところ、原告は、ハイパー・ウェイブを購入することを決め、申込確認書に署名捺印して、被告a支店に送り返した。

ハイパー・ウェイブとは、短期公社債及び日本の証券取引所上場株式を主な投資対象とし、株式及び新株引受権証券、株価指数先物取引の組入れ上限がない追加型株式投資信託で、株式市場全体の値動きの2倍程度の投資効果を目指すものであり、大きな値上がり益の追求を目標として、派生商品や値動きの激しい証券等に積極的に投資するファンドであるが、他方、大きな値下がりのリスクもあるというハイリスク・ハイリターンを特徴とする商品である。

原告は、新たに受け取った保険金のうち、2000万円をE証券に入金するとともに、同年4月4日、2000万円を被告a支店に入金して、ハイパー・ウェイブを買った(甲1、乙45ないし48、54、59、証人D)。

(6) 本件信用取引の開始

ア Bは、Dから、原告がE証券で信用取引もしているということを聞き、他社で信用取引をやっているなら、ダブル・アルファはどうかと考え、同年5月のゴールデンウィークの前後ころ、原告に対して資料を送付した上で、電話でダブル・アルファに基づく信用取引をするよう勧誘した。

Bは、「もしよろしければ、本社の者に行かせますので、よく検討してみてください。」と話し、原告も被告本社の従業員の訪問を承諾した。

被告本社投資開発部の従業員は、同月14日、原告宅を訪問し、ダブル・アルファの資料に従い、15分程度商品説明を行った。このとき、開発部従業員は、資料の中のシミュレーション結果を原告に示し、「簡単に言うと、売り1億、買い1億で、期間は半年ですが、長く持っていることによって利益を出す商品なんです。そして、リスクが非常にヘッジされているんです。ここの実績を見て下さい。今までの実績で年換算10パーセントくらいの利益は上がってきています。マイナスになったこともありますが、今までの例から見て数パーセントのマイナスですし、それに最近はあまりマイナスになったことがありません。表の下の『シミュレーション結果』をご覧のとおり、マイナスが出ても大体1パーセント以内、利益が出ると8パーセントくらいの利益が出て、非常にいい結果が出ています。」「なるべく長く持っていた方が利益は出やすいが、いつでもやめることができるので、もし大きなマイナスになったら6か月の期間の途中でもその時点でやめていいです。」などと説明した。

原告は、ダブル・アルファとは、売りと買いを1億円ずつ建てて6か月間運用するものであるという程度に理解し、実績から考えて、とにかく儲かる商品であるという印象を持ったので、Bにダブル・アルファをやる方向で検討する旨伝えた(甲1、乙11、54、証人B、原告本人)。

イ 被告の社内規定では、顧客が被告との間で信用取引を開始する場合、それに先立って、被告の支店長が顧客と面談することとなっていたため、Aは、同年7月5日、原告の自宅を訪問し、原告と面談した。

Aは、原告に対し、「信用取引制度」と題する書面と、被告が作成した「信用取引のしおり」を交付し、その書面をめくりながら信用取引について説明したが、その時間は約7、8分間であった。原告は、「信用取引口座設定約諾書」及び「信用取引説明書の受領書」に署名捺印して、Aに交付した。

原告は、同月10日、本件信用取引の担保に供するため、E証券から引き出した約6000万円の株式を、被告a支店へ入庫する手続を行った(甲1、乙6ないし9、59、証人A、同D)。

ウ Bは、原告に対し、同月11日、当日のダブル・アルファによる選定銘柄一覧表を送付し、翌日に注文を出す銘柄はこれでよいかを確認した。原告は、同月12日、被告の選定銘柄一覧表に従い、本件信用取引を開始した。Bは、原告に対し、約定後に、取引報告書を送付した(乙41、49、54)。

(7) 本件信用取引開始後の原告の他の取引

原告は、被告との間で、同月22日から平成9年3月10日までの間、別紙取引経過表(被告)のとおり、多数回にわたり、転換社債、株式の現物取引及び信用取引等の証券取引を行い、短期間で利益を上げていた。その取引の大部分は、当時、被告の担当者となっていたAないしCが、「短期間で利益が出るものがある」といって取引を勧めると、原告は、A及びCを信用して、勧められるまま注文するというものであった。

また、原告は、E証券の担当者からオプション取引を勧められて、平成8年10月18日、株価指数オプション取引についての説明を受けた上で、E証券との間で株価指数オプション取引口座設定契約を締結し、同年11月6日、日経平均株価オプションのプットオプションを買い、同月15日に同オプションを売埋め決済して、20万6933円の損失を被った(甲1、乙24、34の1・2、35、40、53、55、証人A、同C、原告本人、弁論の全趣旨)。

(8) 本件信用取引の一部決済・本件オプション取引の開始

ア Cは、原告に対し、本件信用取引により売買した銘柄の株価状況について、逐次報告していたが、同年11月に入り、本件信用取引の成果が悪化してきた。Cは、原告に対し、同月14日ころ、本件信用取引の状況が悪化しており、現時点でコストを入れて100万円前後の損失が出ているが、最終期日には500~600万円まで損失が広がる可能性があることを説明したところ、原告は、解約したい旨を表明した。これに対し、Cは、「ちょっと待ってください。何かいい方法を見つけて、損が出ないようにしますので。」と述べた。

Cは、翌日の15日ころ、原告に対し、「売り銘柄をとりあえず決済して利益を出し、これにより空いた信用枠で新規に株式投資をしながら、買い銘柄で評価損の少ないものから順次決済したり、現物で受株したりして、マイナスを少しでも埋めるように考えたらどうでしょうか。」と提案した。

原告は、Cを信頼していたので、勧められたとおり、被告に対して、同月15日、本件信用取引の売りポートフォリオ30銘柄を買埋め決済するよう指示し、合計592万5964円の利益を得た(甲1、乙40、55、57、58、証人C)。

イ また、Cは、原告に対し、同日、本件信用取引で被った損失を取り戻すための方策として、オプション取引を勧めたところ、原告が興味を示したので、原告宅を訪れて、「株価指数オプション取引説明書」及び「株価指数オプション取引のしおり」を示しながら、オプション取引にはコールオプションとプットオプションがあり、それぞれ買いと売りがあるので、投資方法としては4種類あること、それぞれの方法の得失パターンの概略、オプション取引は値動きが激しく、ハイリスク・ハイリターンであること等を、約10分間かけて説明した。その際、Cは、「私はオプション取引の研修を受けたことがあるので、非常に詳しいのです。リスクが高いオプション取引であっても、私に任せれば絶対大丈夫です。必ずプラスになります。」「株価はこれから必ず上がります。」などと言ったため、原告は、Cを信頼し、オプション取引を行うことを決意した。

そこで、原告は、被告との間で、同日、株価指数オプション取引の口座設定契約を締結し、「株価指数オプション取引口座設定約諾書」、「株価指数オプション取引に関する確認書」、及び「株価指数オプション取引説明書の受領書」に署名捺印した(甲1、5、6、乙12ないし16、55、証人C、原告本人)。

(9) 本件信用取引及び本件オプション取引の終了

ア Cは、原告に対し、同月20日から同年12月6日の間、11月20日当時2万1189円96銭であった日経平均株価が必ず上がるとの見通しを示し、株価の騰貴によって利益が出る設定であるプットオプションの売りとコールオプションの買いを立てることを勧めたところ、原告は、Cの勧めにそのまま従い、別紙取引目録(3)記載のとおり、同期間中にプットオプション合計4枚の売付け及びコールオプション合計15枚の買付けを注文した(甲1、5、6、乙55、56、証人C、原告本人、弁論の全趣旨)。

イ 他方、Cは、本件信用取引の買いポートフォリオのうち、比較的評価損の小さい合計17銘柄については売り時であると判断し、同年11月25日から同月29日の間、原告に対して、売埋め決済を勧めた。原告は、Cの判断を信用し、Cの勧めに従い、被告に対して、別紙取引目録(2)記載のとおり、17銘柄の売埋め決済を指示し、合計329万8393円の損失を被った(甲1、乙55、証人C、原告本人)。

ウ ところが、Cの判断に反して、同年11月から12月にかけて、日経平均株価は続落し、同年12月12日には2万0501円20銭となったため、原告の注文したオプション取引は軒並み損失を生じていた。しかし、Cは、原告に対し、必ず日経平均株価は騰貴するとの判断を示し、とりあえず原告が注文したオプションのうち、権利行使期間が満了するものを損切りし、新たにプットオプションを売付け注文することを勧めた。

原告は、Cの勧めに従い、同年12月12日、被告に対し、権利行使期間が満了するオプションの決済を指示して、合計420万7668円の損失を出し、同日、新たにプットオプション合計4枚を売付け注文した。

しかし、同年12月から翌平成9年1月にかけて、さらに日経平均株価は続落し、原告の注文した残りのオプションの権利行使期間満了日である平成9年1月10日には1万7303円65銭まで下落した。Cは、原告に対し、プットオプションについては権利割当を受け、コールオプションについては権利放棄をするよう勧めたため、同日、原告は仕方なくこれに従い、合計1169万6114円の損失を被った(甲1、5、6、乙40、55、56、証人C、原告本人)。

エ また、本件信用取引のうち、買いポートフォリオの残り13銘柄についても、同日に権利行使期間が満了したが、株価の下落による評価損が拡大していたため、Cは、原告に対し、信用取引を現引きして、将来株価が上昇するのを待って売却することが最も損失を小さく抑える方法であると説明した。原告は、仕方なく、Cの説明に従うことにし、同日、13銘柄を現引きしたが、これらの株式の当時の含み損は、1462万7193円であった。

2  争点に対する判断

(1) 争点(1)について

ア 一般に、株式の信用取引はリスクが高いものであるということができるが、前記争いのない事実等のとおり、ダブル・アルファは、株式の信用取引を売り買い各1億円ずつ、各30銘柄という大量かつ多額の建て玉を建てるというものであることからすれば、ダブル・アルファに基づいて行われる信用取引は、通常の信用取引と比較して格段にリスクが高いといえる。

また、株価指数オプション取引も、相場が予想通り動けば大きな利益を得ることができる反面、相場が予想に反した動きをした場合は損失も大きく、特にオプションの売り手には損失の上限がないというハイリスク・ハイリターンな取引である上に、プットオプションとコールオプションのそれぞれに売りと買いがあり、価格変動要因を詳細に分析した上で、これらのポジションを組み合わせて投資することになるため、取引自体が複雑で、しかも一般人への周知性は低いことが認められる。

イ 原告は、かかるリスクの高さを強調して、ダブル・アルファ及び株価指数オプション取引に適合する投資家は、<1>証券取引の知識・経験が豊富で情報力・機動力を有し、かつ<2>生活資金以外の余剰資金がある者に限られると主張する。

しかし、証券投資は、あくまでも投資者の判断と責任で行うものであり、ダブル・アルファに基づく信用取引ないし株価指数オプション取引においても、そのおおよその仕組み、リスクを判断することができ、かつこれに対応できる経済力を有する顧客には、原則として当該取引を行う適合性があると解されるから、原告が主張するような厳格な適合性要件を要求することは必ずしも相当とはいえない。

もっとも、証券の価格変動要因はきわめて複雑であって、その投資の判断には高度の分析と総合能力を要するため、一般投資家は、専門家である証券会社外務員の勧誘、助言ないし指導に依存する場合が多く、他方外務員の営業成績も、勧誘、助言ないし指導のサービスいかんに係るところが大きく、自然、外務員による勧誘、助言ないし指導が加熱して、投資者の取引を過当にし、投資者の当初の予測に反して、投資者に高いリスクを負わせるようなことも生じうる。

してみると、証券会社の顧客に対する投資勧誘は、投資の対象たる金融商品が、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして著しく不適合であるという場合に限り、不法行為ないし善管注意義務違反による債務不履行を構成すると解するのが相当である。

ウ これを本件についてみると、原告の投資目的については、確かに、最初に短期公社債投信「チャンス」によって証券取引を開始した当時は、会社退職後の唯一の生活資金源である保険金を堅実に増やして生計を立てる目的であったことが認められるが、他面、前記前提となる事実のとおり、原告は、その後、株式現物取引、株式投信「フレックス100」、株式信用取引、株式投資信託「ハイパー・ウェイブ」という具合に、徐々にハイリスク・ハイリターンな投資を行うようになっていったことからすれば、被告担当者ないしE証券の担当者の説明により、投資が生み出す高い利益への関心を強め、自ら望んで積極的に投機的な取引を行うようになり、被告担当者ないしE証券の担当者が、高い利益を得ることができるといって勧めてくる銘柄を、勧められるままに、時として自分から求めて取引するようになったものと推認され、本件信用取引ないし本件オプション取引を開始した当時は、生活資金の調達というよりも、むしろ投機目的で証券投資を行っていたものと認められる。

他方、原告の財産状態は、前記前提となる事実によれば、勤務先の会社からの収入は将来的には見込めず、保険金が主要な資金源であったことは認められるが、保険金であっても、原告は当面の生活資金以外に多額の金銭を有していたのであるから、証券取引を行うに全くふさわしくない財産状態ではなかったと認められる。また、証拠(甲1、証人B、同D)によれば、原告は当時、G株式会社から給与を支給されていたものであり、BないしCが、保険金が原告の唯一の資金源であると認識していたものと認めることはできない。

なお、原告は、最初に被告a支店を訪れた平成7年10月12日に、Dから、資金がどういう性格のものか聞かれたので、事故で怪我をしたことを説明した上で、「保険金が入ったので、手堅く将来のためにも運用しようと思っている」旨伝えたと供述し(甲1、原告本人)、本件信用取引を勧誘する時点では、B及びDは当然に原告の資金源が保険金しかないことを知っていたはずだと主張する。しかし、他方で、証人Dは、原告の資金は5000万円から1億円であること、原告が警備会社に勤務していることは聴取した(乙1)が、原告に対して資金の性格がどのようなものか聞いたことはないし、その後原告から保険金が資金源であることも聞いていないと述べているところ、Dとしては、原告が資金を有している事実さえ聴取すればよく、特に原告がどのようにして資金を得たかを確かめる必要はないのであるから、Dの供述は信用性が高いものということができ、これに反する原告の供述は採用できないというべきである。

次に、原告の投資経験について検討するに、前記前提となる事実によれば、確かに、原告は、平成7年に至るまで証券取引とは無縁の生活を送っていたこと、原告の取引は、ほとんどが証券会社の担当者の勧めるとおりに行ったものであること、本件信用取引は、原告が証券取引を開始してから約9か月経過した時点で被告から勧誘されたものであることが認められる。しかし、他方で、前記前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件信用取引及び本件オプション取引を開始した時点で既に40歳を過ぎ、歯科技工士やFの従業員等の職歴を有して、社会経験も十分に積んでおり、かつ新聞ないし雑誌の記事で、少なくとも証券取引は銀行に預金するよりも高い危険も負担しなければならないことを読んでいて、証券取引にリスクがあることについて認識していただけでなく、E証券との間で、本件信用取引を行う約半年前から株式の信用取引を行っており、被告との間でも、フレックス100やハイパー・ウェイブ等の高いリスクがある取引を繰り返して、損失も被った経験があること、オプション取引についても、本件オプション取引を行う前に、E証券との間で日経平均株価オプション取引を行って、損失ま

で被ったことが認められる。

したがって、原告は、被告従業員から本件信用取引ないし本件オプション取引の勧誘を受けた時点で、十分な投資経験を積んでいたと認められる。

エ 以上を総合すれば、被告が原告に対して本件信用取引ないし本件オプション取引を行うよう勧誘したことは、原告の投資目的、財産状態、投資経験のいずれの点から検討しても、原告にとって著しく不適合であるとは認めることはできないから、争点(1)に関する原告の主張は理由がない。

(2) 争点(2)について

ア 前記(1)で判示したとおり、ダブル・アルファに基づく信用取引や日経平均株価オプション取引は、いずれも大きなリスクを伴うものであることから、これらの取引を勧誘する証券会社としては、一般に、顧客が不測の損失を被ることがないよう、顧客に対して、当該取引の構造や仕組み、取引に伴うリスクの存在、リスクの回避手段等について説明すべき信義則上の法的義務があるというべきである。

もっとも、このような説明義務は、顧客が自分の意思と責任において当該取引を行うか否かを的確に判断することができるようにとの見地から要求されるものであるから、具体的な説明義務の範囲・程度としては、取引の性質及び仕組み、投資者の投資目的、投資経験等を総合考慮して、個別具体的に定めるのが相当である。

イ そして、前記のとおり、原告は、証券会社の担当者の勧めるままに取引をしていたのではあるけれども、以前からE証券との間で株式の信用取引を経験したり、他にも証券取引を繰り返すなど、投機による利益を追求して損失を被った経験を有していたことからすれば、証券取引の危険性についての一般的理解力が不足しているということはないから、被告に負わせるべき説明義務としては、原告がダブル・アルファによる信用取引ないし株価指数オプション取引の構造・仕組みの大枠とリスクの可能性を理解できる程度に説明すれば足るものと解される。

ウ これを本件信用取引についてみると、前記前提となる事実及び証拠(乙8、9、11)によれば、被告が原告に対して本件信用取引を勧誘する際に、まずBが原告に対してダブル・アルファの資料を送付し、次に被告本社投資開発部従業員が、原告に対し、資料に基づいて15分程度商品説明を行い、シミュレーション結果を示して、実績によれば長く建て玉を維持するほど利益が出やすいことと、ダブル・アルファによる取引もマイナスになることもありうるが、いつでも決済することは可能なので、大きな損失が出そうになれば決済すればよいことを口頭で説明し、さらにAが原告方を訪問して、「信用取引制度」及び「信用取引のしおり」を交付し、信用取引制度について7、8分程度説明したこと、「信用取引制度」及び「信用取引のしおり」には信用取引のリスクについての説明が記載されていること、ダブル・アルファの資料にも、ダブル・アルファに基づく信用取引にはリスクがある旨説明されており、シミュレーション結果にも損失が発生しうることが記載されていることが認められる。

また、本件オプション取引についても、前記前提となる事実及び証拠(乙14、15)によれば、既に原告はE証券の担当者から取引概要について説明を受けたうえでオプション取引を行い、損失まで被っていたこと、Cは、原告に対し、「株価指数オプション取引説明書」及び「株価指数オプション取引のしおり」を示しながら、10分間にわたって日経平均株価オプション取引の仕組みについて説明を行ったこと、これらの書面には株価指数オプション取引のリスクについて詳細な説明が記載されていることが認められる。

エ 以上によれば、被告の原告に対する本件信用取引及び本件オプション取引についての説明は、全体的にやや短時間ではあるけれども、原告の能力及び投資経験に照らせば、原告にとって取引の構造・仕組みの大枠とリスクの可能性が理解できる程度に至っていたものと認められるから、争点(2)に関する原告の主張も理由がない。

(3) 争点(3)について

ア 証券会社の外務員が顧客に対し、株価の動向などに関して、騰貴し又は下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為は、投資に関する顧客の自由かつ自主的判断を妨げることとなるから、これが許されないことは明らかであり(平成10年法律第107号による改正前の証券取引法50条1項1号)、誤った断定的判断の提供が決定的要因となり、顧客が投資意思を決定し、それにより顧客が損害を被った場合は、不法行為ないし債務不履行を構成するものと解するのが相当である。

イ これを本件についてみるに、前記前提となる事実及び証拠(甲1、5、6、原告本人)によれば、原告は、平成8年11月に入り、本件信用取引の成果が悪化していたことから、Cに対し、一旦はこれを解約したい旨を申し出たこと、これに対し、Cは、その損を取り戻す方法の1つとして本件オプション取引を提案し、その際、自分がオプション取引に非常に詳しいこと、自分に任せれば絶対大丈夫であること、必ずプラスになること、株価は今後必ず上がることなどを述べて原告を勧誘したこと、原告は、これを信頼して、あえて他社で損失を被ったことのある本件オプション取引を再び行うことを決断したこと、株価はCの断言に反して上昇せず、原告は本件オプション取引により前記のような損害を被ったこと、以上の事実が認められる。

ウ これに対し、証人Cは、絶対プラスにするという趣旨の発言はしていないと証言する。しかしながら、証拠(甲5、6)によれば、原告が後日、Cに対して電話で「必ずプラスに持ってくからオプションやりましょ、っていいましたよね」と詰問したのに対して、Cは「はいそうです。」とこれを明確に認める発言をし、さらに、「あのとき絶対にプラスに持っていくって言ったでしょ、おたく」と原告が念を押したのに対し、「はい、そういう自信あったんですけどまるで逆になってますんで」と答えていること、この点につきCは、原告との信頼関係が崩れるのが嫌だったこと、原告は相場が自分の思うとおりにならないことが分かっている人物であることからこのような電話対応をした旨を証言するが、これらは、ことさら虚偽の対応をしたことの理由としては説得力が弱いこと、Cは、同日の他の会話においても何度も同様の対応をしていること、Cが発言を肯定する内容は、会話の流れの中で、全く不自然なところはないことなどの諸事情が存するのであって、これらに照らすと、Cの前記証言は、容易に採用することができない。

また、一般に、証券会社の従業員が顧客に取引を勧誘するに際し、セールストークとしてある程度の誇大宣伝を行うことがままあることは、公知の事実であると認められるが、Cは、本件信用取引の成果が悪化しており、そのまま推移すればさらに損失が拡大することが確実に予測される状況下において、原告に対して、自分に任せれば、リスクの高いオプション取引であっても絶対大丈夫で、必ずプラスになる、株価は必ず上昇すると断言して本件オプション取引を勧誘したのであって、このような勧誘があったからこそ、原告は、E証券との間で行っていた日経平均株価オプション取引で損失を被った経験があるにもかかわらず、本件オプション取引を決断したものと推認されることにかんがみれば、Cの上記勧誘文言がいわゆるセールストークの範囲内のものであるとは到底解されない。

エ そうすると、Cの原告に対する本件オプション取引の勧誘は、その取引結果及び株価の動向に関する断定的判断を提供して勧誘したものであるから、原告の自由かつ自主的判断を妨げたものというべきであって、不法行為を構成するものというべきである。

したがって、争点(3)に関する原告の主張は理由がある。

(4) 争点(4)について

一任勘定取引とは、証券会社が、顧客から、銘柄、売買の別、価格、数量等の決定を一任され、顧客の計算で行う売買取引をいう。

しかし、証拠(乙11、41、53、54、証人B、同A)によれば、本件信用取引においては、被告が売りポートフォリオ及び買いポートフォリオの銘柄、価格、数量の別を決定するが、これはあくまでも提案であり、投資をするか否かは最終的に原告が決定するものであって、被告に売買を一任するわけではない。

したがって、本件信用取引が、一任勘定取引にあたると認めることはできず、これを不法行為ないし債務不履行の責任原因とする原告の主張は失当である。

以上によれば、争点(4)に関する原告の主張は理由がない。

(5) 争点(5)について

ア 前記争いのない事実等のとおり、ダブル・アルファは、割安の株式30銘柄をもって買いポートフォリオを構成し、割高の株式30銘柄をもって売りポートフォリオを構築して、それぞれを信用取引し、分散投資と両建て効果によってリスクをヘッジするという戦略のもとに被告が考案した金融商品である。

したがって、いったん建てた買いポートフォリオと売りポートフォリオの一方を先に解消して、他方を維持するようなこと(分割解消)があると、ダブル・アルファの所期の目的である両建て効果を得られないことになるのであるから、顧客が自ら積極的にこのような効果が消滅し、それだけリスクが増加することを承知のうえで、分割解消を希望するなどの特段の事情がない限り、被告としては、自らダブル・アルファを考案した立場上、これを利用する顧客に対し、いったん建てた買いポートフォリオと売りポートフォリオについて、一方のみを決済して、他方を維持するようなことがないよう助言、指導すべきであり、顧客に対してポートフォリオの分割解消を勧めてはならないと解される。被告自身も、ダブル・アルファの留意点として、「ダブル・アルファ・スプレッド戦略の特徴は、ポジションの同時設定/同時解消にあります。運用中に任意の銘柄入れ替えは行わないでください。」と案内しているところである(乙11)。

イ これを本件についてみれば、原告は、Cの勧める取引を断ったことはなく、Cの判断を信頼してこれを尊重していたこと、本件信用取引の状況が悪化してきた時点で、Cは原告に対し、とりあえず売りポートフォリオを決済して利益を出し、買いポートフォリオについては順次決済したり、受株したりすればよいと勧めたこと、原告は、Cに勧められるままに、ポートフォリオの分割解消を決定し、その結果、後記のとおり同時解消した場合と比較してより多くの損失を被ったことが認められる。

そうとすれば、原告が、本件信用取引において、ポートフォリオの分割解消をしたことは、原告自身が積極的に望んだことではなく、Cの助言、指導によるところが大きいというべきであり、被告がポートフォリオの分割解消を勧めることを正当化する特段の事情があると認めることはできない。

ウ したがって、被告が原告に対してポートフォリオの分割解消を勧めたことは、不法行為を構成し、被告はそこから生じた損害について賠償する責任を負うと解される。

(6) 争点(6)について

ア 本件オプション取引から生じた損害

そこで、本件不法行為によって被告が賠償すべき損害の範囲について検討するに、原告が本件オプション取引により合計1590万3782円の損害を被ったことは、前記前提となる事実で認定したとおりである。

イ 本件信用取引から生じた損害

次に、原告が本件信用取引によって被った損害について検討するに、被告としては、本件信用取引において原告に生じた損失を拡大させないために、原告に対してポートフォリオの解消を勧めるとすれば、同時解消を勧めるべきであったのにもかかわらず、分割解消を勧めて原告に損害を与えたものと考えられる。そうとすれば、被告が原告に対して賠償すべき損害は、原告がポートフォリオを同時解消したとして、その当時被ったであろう損失と、原告がCの勧めに従ったことによって被った実際の損失との差額が損害となると解される。

そして、証拠(甲1、8、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、仮に原告が平成8年11月15日にポートフォリオを同時解消し、本件信用取引を全部決済したとすれば、その損失は100万円を超えなかったであろうことが認められる。

これに対して、原告が実際に被った損失については、本件信用取引の売りポートフォリオを決済したことによって生じた利益が592万5964円であり、買いポートフォリオのうち17銘柄を一部決済したことによって生じた損失が329万8393円であったことは当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨によれば、原告が買いポートフォリオの残り13銘柄を受株したことによって生じた損失は、1462万7193円であったと認められる。

してみると、原告が本件信用取引により被った実際の損失は、1199万9622円であることになるから、これと前記全部決済した場合の損失との差額は、1099万9622円となる。

したがって、以上を合計すれば、本件不法行為により原告に生じた損害は、2690万3404円であると認められる。

ウ 過失相殺

しかしながら、前記認定事実に徴すれば、原告は、多数回の証券取引を行った経験を有しており、しかも徐々にハイリスク・ハイリターンな投機的取引を行うようになっていたうえ、本件オプション取引については、先に同一の取引によって損害を被った経験も有するのである。また、原告は、ダブル・アルファの仕組みを被告担当者から説明されていたのであるから、分割解消が危険であることを知ることが十分可能であり、Cから分割解消を勧められたときにもこれを断ることができたにもかかわらず、Cを信頼するあまり、これをせず、また、本件信用取引及び本件オプション取引が、大金を投じるリスクの高い投機的取引であることを認識しながら、投資の対象である商品の性格、リスク等について慎重に検討することもなく、被告担当者に勧められるままに安易に取引を始め、またこれを終了しているものということができ、このような原告の軽率かつ安易な態度が被告の不法行為を可能ならしめる重要な因子となったことは明らかである。

したがって、原告にも、その損害発生について相当大きな落ち度があるから、損害賠償額の算定をするにあたって、過失相殺することが妥当であり、その過失割合は、上記過失の程度に照らし、6割と見るのが相当である。

よって、被告が、原告に対して、本件信用取引及び本件オプション取引により賠償すべき損害額は、1076万1361円であると認められる。

エ 弁護士費用

原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことは明らかであるところ、本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に鑑みると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、150万円と認めるのが相当である。

第4結論

以上によれば、原告の請求は、1226万1361円及びこれに対する平成10年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小磯武男 裁判官 坂口公一 裁判官 大谷太)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例