大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)207号 判決 2000年1月24日

原告(反訴被告)

有限会社江森梱包

ほか一名

被告(反訴原告)

野沢芳男

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)有限会社江森梱包に対し、金四八九万二八九五円及びこれに対する平成八年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)伊藤悟に対し、一五万七四〇〇円及びこれに対する平成八年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告ら(反訴被告ら)のその余の請求及び被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、六分の一を原告ら(反訴被告ら)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、原告ら(反訴被告ら)勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求

1  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)有限会社江森梱包に対し、金五七一万七一八六円及びこれに対する平成八年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)伊藤悟に対し、二六万四〇一六円及びこれに対する平成八年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

原告(反訴被告)らは、被告(反訴原告)に対し、各自一一九万二八六一円を支払え。

第二事案の概要

本件は、速度超過により信号機の柱に接触した後、ガードレールの支柱に衝突して車両後部を対向車線にはみ出した普通乗用自動車と、対向車線を走行してきた普通貨物自動車が衝突した交通事故について、民法七〇九条に基づき、普通貨物自動者の所有者及び運転者が、普通乗用自動者の運転者に対し、車両損害や治療費等の損害賠償を求めたところ、普通乗用自動車の運転者も、車両損害や治療費の損害賠償を反訴により求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成八年八月一一日午後一一時二〇分ころ

(二) 事故現場 茨城県下館市甲三一〇番地国道五〇号線路上

(三) 事故車両 原告(反訴被告)有限会社江森梱包(以下「原告会社」という。)が所有し(甲三)、原告(反訴被告)伊藤悟(以下「原告伊藤」という。)が運転していた普通貨物自動車(足立一二う七九〇二、以下「伊藤車両」という。)と、被告(反訴原告、以下「被告」という。)が運転していた普通乗用自動車(栃木三三な六〇一七、以下「野沢車両」という。)

(四) 事故態様 伊藤車両が、事故現場付近を栃木県小山市方面から茨城県水戸市方面に進行中、対向車線を反対方向から進行してきた野沢車両が、ガードレールに激突し、伊藤車両の走行車線上で、伊藤車両の前部と野沢車両の後部が衝突した。

2  原告伊藤は、原告会社の従業員であり、本件事故は原告会社の業務中に発生した(甲一五、原告伊藤本人)。

二  争点

1  原告伊藤及び被告の責任原因及び程度(過失相殺)

2  原告会社及び原告伊藤の損害

3  被告の損害

第三争点に対する判断

一  本件事故の発生について

1  前提となる事実及び証拠(甲一〇、一五、乙一の1~6、三[一部]、五の1~16、原告伊藤本人、被告本人[一部])によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場は、小山市方面(西方向)と水戸市方面(東方向)を結ぶ道路(以下「本件道路」という。)上であり、つくば市方面(南方向)からの道路と、北方向からの幅員の狭い道路が交わる信号機の設置された交差点(以下「本件交差点」という。)のやや西側の地点である。

本件道路は、市街地の舗装された平坦なアスファルト道路である。水戸市方面から進行してくると、本件交差点付近はやや右にカーブしている。最高速度は時速四〇キロメートルに制限されていて、はみ出し禁止規制がなされている。事故現場付近は夜間でも照明で明るく、小山市方面及び水戸市方面のいずれからも見通しが良い。

(二) 原告伊藤(本件事故当時の姓は長谷川である。)は、平成八年八月一一日午後一一時二〇分ころ、原告会社の書籍配送業務のため伊藤車両を運転し、時速約四〇キロメートルほどで本件道路を小山市方面から水戸市方面に向かって走行し、本件事故現場手前に差し掛かった。

他方、被告は、そのころ、本件道路を時速約八〇キロメートルほどで水戸市方面から小山市方面に向かって走行し、本件事故現場手前に差し掛かった。

(三) 被告は、本件事故現場から約一一〇メートルほど手前で本件道路が進行方向に向かって右にカーブしていることに気づいたものの、そのままの速度で進行した。そして、制限速度を時速約四〇キロメートルも超過した速度で進行し、かつ、前方の注意が不十分であった過失により、本件交差点に進入する時点になって本件交差点内の南西角に存在していた対面信号機を発見した。被告は、急ブレーキをかけたが間に合わず、野沢車両は、信号機の柱に接触し、そこから六・六メートル先のガードレール支柱に衝突した。

他方、原告伊藤は、速度超過で本件交差点に進入してくる野沢車両に気がついていたが、野沢車両がガードレールに衝突したのを目撃すると同時に急ブレーキをかけたが間に合わず、左回りに回転して反対車線上に進入してきた野沢車両が、停止したのと同時くらいか、あるいは、停止する寸前に、その左後部に伊藤車両の右前部が衝突した。伊藤車両は、衝突の衝撃のためか、ハンドルが右回りの状態でロックしてブレーキがきかない状態になり、そのまま本件交差点南西角に存在するブロック塀に衝突して停止した。

以上の事実が認められる。

2(一)  これに対して、被告は、伊藤車両は、野沢車両が、その後部を反対線上にはみ出して停止してから四、五秒経過した後に、野沢車両に衝突したと主張し、被告本人もこれに沿う供述をし、被告作成の陳述書(乙三)も同趣旨である。

(二)(1)  しかし、被告は、警察官の取調べにおいて、ガードレールの支柱に衝突後、野沢車両は停止したと供述しているものの、停止後すぐに後方からすごい衝撃があったとして、少なくとも伊藤車両が衝突するまでに四、五秒もの時間があったとは供述しておらず(乙一の3)、その供述は一貫しない。

この点について被告は、停止してから四、五秒経過してから伊藤車両が衝突してきたと供述したが、取調べ担当の警察官から、それは、原告伊藤の供述内容と一致せず、刑事事件及び民事事件のいずれにおいても影響はないから、停止後すぐに伊藤車両が衝突したとさせてほしいと言われ、妥協して供述調書に署名をしたと供述し(被告本人、乙三の内容も同趣旨)、これに沿う他の証拠(野沢芳光作成の陳述書、乙二)もある。

しかし、被告は、取調べ当時、少なくとも、原告伊藤にも前方不注意などの落ち度があったとの認識を有していたというのであるから(被告本人)、野沢車両の停止後、伊藤車両が衝突するまでの時間の長短が民事事件に影響しないとの説明に納得してしまうのは必ずしも合理的とはいえない。また、検察官にも取り合ってもらえなかったというのみで、やり取りの具体的内容については、記憶がないとして供述することができず(被告本人)、被告本人の右供述、それと同趣旨の被告及び野沢芳光の各陳述書(乙二、三)の記載は、いずれも直ちには採用できない。

(2) 仮に、野沢車両が停止してから四、五秒を経過してから伊藤車両が衝突したとすれば、伊藤車両は、その速度からして、野沢車両が停止した時点では、少なくとも衝突地点からまだ四〇メートルから五〇メートルほど手前を走行していたことになる。そうすると、ハンドルを切ったり、急ブレーキをかけるなどの回避措置を取るのが自然と思われるが、衝突地点が、伊藤車両の走行車線上であることや、衝突地点手前にスリップ痕がないことからして(乙一の1~5)、衝突地点から四、五〇メートル手前の段階で、原告伊藤がそのような対応をしたとは認められない。

また、原告伊藤は、事故直後から、相当な速度で進行してくる野沢車両に気がついていたことを一貫して具体的に供述していることに照らすと(甲一五、乙一の6、原告伊藤本人)、居眠り運転や脇見運転をしていてブレーキを踏まなかった、あるいは、踏むのが遅れたとも考えにくい。

さらに、本件全証拠によっても、本件事故現場に差し掛かるまでに、伊藤車両のブレーキに不具合があったことは窺われないから、原告伊藤が、衝突地点から四、五〇メートル手前の段階でブレーキをかけたが、それが効かなかったとも考えにくい。もっとも、原告伊藤は、急ブレーキを踏んだが作動しなかったと供述しているが(原告伊藤本人)、伊藤車両のブレーキが効かなかったのは、ブレーキを踏んだものの、制動が効く前に野沢車両に衝突し、前部が損傷したことが原因になった可能性が考えられるから、原告伊藤の右供述は、右の判断の妨げにはならない。

(三)  以上の検討からすれば、野沢車両が、その後部を反対車線上にはみ出して停止してから四、五秒経過した後に、伊藤車両が野沢車両に衝突したとの被告本人の供述及び同趣旨の陳述書の内容は、直ちには信用できず、被告の主張は採用できない。

二  被告及び原告伊藤の責任原因

1  被告の責任原因

一1で認定した事実によれば、被告は、制限速度を時速約四〇キロメートルも超過した速度で進行し、かつ、前方の注意が不十分であった過失により、本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告会社及び原告伊藤に生じた後記損害を賠償する責任がある。

2  原告伊藤の責任原因

被告は、原告伊藤が、前方を注視して安全を確認しつつ進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、漫然と進行して野沢車両の発見が遅れて本件事故を発生させた過失があり、被告と原告伊藤の過失割合は、被告が七割、原告伊藤が三割であると主張する。

しかし、一1で認定した事実によれば、原告伊藤は、本件事故を回避することができなかったというべきであり(少なくとも、回避可能であったと認めるに足りない。)、前方注視義務に違反した過失は認められない。

三  原告会社の損害

1  レッカー代(請求額二七万一二六一円) 二七万一二六一円

伊藤車両は、原告会社の所有車であり、下館警察署の依頼により、いったんタカバン車体株式会社に搬送され、その後、さらに旭自動車ボデー株式会社まで搬送された結果、原告会社は、そのレッカー代として合計二七万一二六一円を負担した(甲七、八、弁論の全趣旨)。

2  車両損害(請求額三五四万六一九一円) 三四九万一七八七円

(一) 証拠(甲三~六)によれば、伊藤車両は、平成五年三月登録のニッサンディーゼルU-MK二五〇HN改車であり、アルミバンを乗せた特別仕様車であること、本件事故により、修理費として四二二万九〇〇一円を要する損傷を負ったこと、伊藤車両のアルミバンを除いた車両本体の本件事故当時の時価は二五〇万円であったこと、アルミバンは修理可能であり、原告会社は、伊藤車両からアルミバンを取り外し、修理して別の車両(KC-MK二六〇HN〇〇一四一)に載せ替えたこと、その費用として一〇四万六一九一円(一〇一万五七二〇円に三パーセント分の消費税三万〇四七一円を加えた額)を負担したこと、このうち、自賠責保険料が四万四四二〇円、重量税が八四〇〇円であったことが認められる。

(二) 右の認定事実によれば、伊藤車両は、アルミバンを除いた車両本体は、経済的全損になっているから、その損害は二五〇万円となる。

被告は、車両本体の修理費について、ブレーキオイルが二ヶ所で考慮されたり、損傷のない左ドアバイザーが費目として掲げられたりなど、修理見積内容の不適切な点を縷々指摘する。

しかし、被告が指摘する問題点を含んだ修理箇所の代金は、合計一五万八四三四円にすぎないから(甲四の見積書のうち、一頁目のドアバイザーの数量1、二頁目の左右リヤーフェンダー、右インナーフェンダー、右サイドカバー、リヤーフェンダー、リヤフェンダーBKT、リヤフェンダーシール、ベッド、カーテン、ルームランプ、三頁目の導風板、リヤーマウンティン、左サイドバンパー、四頁目のリベット、ボルト、六頁目のブレーキオイル、エアークリーナー、バッテリー及びBKT、工具箱の費用の総合計)、仮に、この指摘がすべて認められたとしても、車両本体が経済的全損であることに変わりはない。

(三) また、アルミバンは、修理可能であるから、修理をした上で再び使用するのはやむを得ない。しかし、載せ替え費用のうち、自賠責保険料及び重量税は、従来の車両を使用し続けてもかかる費用であり、この載せ替えによって余計に負担することになったものとはいえない。

したがって、アルミバンの載せ替え費用である一〇一万五七二〇円(消費税を除く)から、自賠責保険料四万四四二〇円及び重量税八四〇〇円を除いた九六万二九〇〇円に、三パーセントの消費税を加えると、九九万一七八七円となる。

もっとも、アルミバンの載せ替え費用は、本来、同種・同型式の車種に載せ替える費用の限度で相当因果関係があるというべきである。しかしながら、原告会社が、伊藤車両の車両本体と同種・同型式でない車種にアルミバンを載せ替えする費用が、同種・同型式の車種に載せ替える費用よりも高額であるとの具体的な主張・立証はない。

(四) 以上によれば、原告会社の車両損害は、車両本体の時価額である二五〇万円に、アルミバン載せ替え費用九九万一七八七円を加えた三四九万一七八七円となる。

もっとも、伊藤車両について、アルミバンを載せたままの状態での本件事故当時の時価額が右の合計額より低い場合は、その時価額でアルミバンを搭載した同種同程度の中古車を市場で購入すれば足りるから、この時価額の限度で賠償すれば足りるというべきであるが、この時価額が三四九万一七八七円を下回るとの主張、立証はない。

3  休車損害(請求額一一九万九七三四円) 六七万九八四七円

(一) 証拠(甲九)によれは、伊藤車両は、平成八年五月から七月までの間に、経費を差し引いた利益として、一日あたり三万九九九一円の収益を上げていたこと、伊藤車両のアルミバンの載せ替えを発注してから、完成引渡しまで一七日間を要した(平成八年八月二四日から同年九月九日)ことが認められる。

この認定事実によれば、原告会社は、伊藤車両を使用できなかったことにより、合計六七万九八四七円の損害を被ったということができる。

(二) これに対し、原告会社は、アルミバンの載せ替えを依頼した旭自動車ボデー株式会社に対し、順番を繰上げる用に頼んだが、お盆休みや改造の順番待ちのため、結局、一か月を要したと主張する。

しかしながら、本件事故当日にすぐ発注したと認めるに足りる証拠はないし、かえって、甲一七によれば、旭自動車ボデー株式会社は、優先順位を繰り上げ、一七日で完成させたことが認められる。また、お盆休みで発注が遅れたことを認めるに足りる証拠もなく、仮に、それが理由で遅れたとしても、八月二四日までずれ込む理由とは考えにくいし、また、お盆の期間も伊藤車両がずっと使用される予定であったと認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告会社の主張は採用できない。

4  弁護士費用(請求額七〇万円) 四五万円

認容額、審理の経過等一切の事情を総合すれば、弁護士費用としては、四五万円を相当と認める。

四  原告伊藤の損害

1  治療費(請求額五万七四〇〇円) 五万七四〇〇円

原告伊藤は、本件事故により、右手足擦過傷、右・左足首擦過傷、胸部・両膝・左肩腰部打撲の傷害を負い、平成八年八月一一日、一二日に医療法人恒貴会協和中央病院に、その後、同月一四日、二一日に医療法人健仁会益子病院に通院して治療を受け、合計一二万四〇一六円を負担し(甲一一~一四)、そのうち、協和中央病院の治療費六万六六一六円については、被告から支払を受けた(争いがない)。

被告は、益子病院の治療費五万七四〇〇円も支払ったと主張し、益子病院発行の外来医療費領収書の写し(乙八)を提出している。

しかし他方、原告伊藤は、自分の内縁の妻がこの医療費を支払ったと供述している(原告伊藤本人)。本件訴訟以前に、原告らと被告との間で賠償交渉がなされており(原告伊藤本人、被告本人)、その際に、原告側から、すでに原告側が支払った証拠として、右領収書の写しが被告側に交付された可能性も考えられるから、領収書の写しが提出されたからといって、原告伊藤の右供述の信用性を当然に失わしめるものとまではいえない。その他、被告が、益子病院の治療費を支払ったと認めるに足りる証拠はない。

2  慰謝料(請求額一四万円) 一〇万円

負傷内容、通院期間を総合すると、慰謝料としては一〇万円を相当と認める。

五  被告の損害及び求償金

既に述べたとおり、原告伊藤に過失はないから、被告の原告伊藤及び原告会社に対する損害賠償請求及び求償請求(伊藤車両によって破損したブロック塀の修理代)は認められない。

第四結論

以上によれば、原告会社及び原告伊藤の請求は、いずれも次の限度で理由がある。

1  原告会社

(一)  不法行為に基づく損害賠償金四八九万二八九五円

(二)  (一)に対する平成八年八月一一日(不法行為の日以降の日)から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

2  原告伊藤

(一)  不法行為に基づく損害賠償金一五万七四〇〇円

(二)  (一)に対する平成八年八月一一日(不法行為の日以降の日)から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(裁判官 山崎秀尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例