東京地方裁判所 平成10年(ワ)20766号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 川村理
被告 国
右代表者法務大臣 保岡興治
右指定代理人 小池充夫
同 根本実
同 中田学司
同 高橋宏之
同 飯村博宣
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、刑事被告人として未決勾留により東京拘置所に拘禁されている原告が、その刑事裁判の訴訟準備のために必要であるとして、図書を房内において所持すること(以下「房内所持」ということがある。)の許可を申請したところ、所定の制限冊数を超えるとの理由で許可されなかったことから、同拘置所長の右措置(本件措置)は原告の刑事被告人としての防御権を違法に侵害するものであるとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づいて、慰藉料三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 前提事実(特記しない事実は当事者間に争いがない)
1 原告は、昭和五〇年六月から同年七月にかけて、爆発物取締罰則違反、殺人未遂の罪により東京地方裁判所に起訴され(同裁判所昭和五〇年合(わ)第一九一号、第二二三号、第二三九号事件。以下、これらの事件を併せて「連続企業爆破事件」という。)、東京拘置所に勾留されていたが、昭和五二年一〇月、いわゆるダッカ日航機ハイジャック事件に関する法務大臣指示に基づき釈放された。原告は、その後、平成七年に身柄を拘束され、同年四月に偽造有印私文書行使の罪により同裁判所に追起訴されて(同裁判所平成七年刑(わ)第六七七号事件。以下、同事件を「偽造有印私文書行使事件」という。同事件は連続企業爆破事件に併合して審理されている。以下、右両事件に係る裁判を「本件刑事裁判」という。)、同月二〇日に警視庁本部留置場から東京拘置所に移監され、以後、刑事被告人として未決勾留により同拘置所に拘禁されている。
原告が収容されている独居房は、天井までの高さ二・七メートル弱、奥行き三・一メートル余、幅一・六メートルの直方体の空間であり、床は畳部分が二畳、その余の部分に二畳程度の板敷きがあって洗面所等が付設されており、全体では約四畳の広さである(甲二六の1ないし4、弁論の全趣旨)。
2 本件刑事裁判は、おおむね月一回ないし二回の期日で審理が進められ、偽造有印私文書行使事件について審理された後、連続企業爆破事件の審理に進み、後記の本件措置が執られた平成一〇年七、八月ころは、検察官申請証拠の取調べの段階にあり、右のとおり原告が昭和五二年に釈放されるまで同事件の共犯者として併合審理されていた者数名(なお、右共犯者らの事件は、原告が釈放されたことにより分離して審理が進められ、昭和六二年に判決が確定している。)の証人尋問の請求がされようとしていた。その後、平成一〇年一一月二四日に右共犯者のうち二名を証人として採用する旨の証拠決定がされ、平成一一年二月ころから順次その証人尋問が行われた。
原告は、本件刑事裁判について、弁護人から訴訟書類の写しの差し入れを受け、弁護人に訴訟方針について意見を述べ、各種意見書を作成するなどの訴訟活動をしている。
(甲一、一〇、一三ないし二五、弁論の全趣旨)
3 拘置所内における図書の所持に関する法規及び東京拘置所の取扱(ただし、本件に関連する限度)
(一) 監獄法三一条一項は「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」と、同条二項は「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定しており、同法施行規則八六条一項は「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セス且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と、同条二項は「文書図画多数其他ノ事由ニ因リ監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキハ其種類又ハ箇数ヲ制限スルコトヲ得」と規定している。
(二) 右各規定の趣旨を受けた「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」
(昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令矯正甲第一三〇七号。以下「取扱規程」という。)は、二条一項において「私本」とは私有の図書をいうとした上、一三条一項において「個人に同時に所持させることができる私本は、三冊以内とする。」と、同条二項において「辞典、経典及び学習用図書につき、所長において必要があると認めるときは、前項の規定にかかわらず、その冊数を増加することができる。裁判所その他法律上の権限を有する機関による権利救済を受けるために必要であるとして所持を願い出た図書についても、同様とする。」と規定している(乙一)。
そして、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月一〇日法務省矯正局長依命通達矯正甲第一三三〇号。以下「依命通達」という。)の記の五は、「辞典、経典及び学習用図書並びに裁判所その他法律上の権限を有する機関による権利救済を受けるために必要であるとして貸与又は所持を願い出た図書につき、制限冊数を越えて貸与し、又は所持させるときは、管理運営上の問題を十分に考慮すること。」と規定している(乙二)。
(三) 東京拘置所では、これらの規定に基づき、被収容者が房内において所持することができる私本の冊数は、原則として三冊以内とし、三冊を超えて所持を願い出た辞書・経典・学習用図書等については更に七冊以内に限り所持を認めることとし、右取扱により難い場合については、その都度、個別的に検討することとしている。
被収容者が房内において私本を所持する経路としては、被収容者に対して私本が差し入れられた場合、被収容者が私本を購入した場合、被収容者が領置倉庫に保管されている私本を房内で所持したいとして舎下げを申し出た場合がある。既に右制限冊数の私本を所持している場合に新たに私本を所持するためには、特に個別的に許可を得た場合を除き、現に房内において所持している私本につき、領置倉庫において保管することを申し出るか、宅下げ又は廃棄を申し出て、これと交換することが必要である。
そして、領置倉庫に保管されている私本の舎下げについては、通常、週二回出願が受け付けられ、出願から被収容者に交付されるまでに三、四日程度を要する。
(四) また、取扱規程二三条は「図書及び新聞紙以外の文書図画の取扱については、その所の実情に応じて所長が定める。」と規定しており、東京拘置所では、同条に基づき、右文書図画を「被閲文書」、「訴訟書類」、「その他の印刷物」の三種類に分類し、そのうち、刑事事件、民事事件を問わず現に当該被収容者本人が当事者として係属している訴訟に関する次の書類を訴訟書類としている。
(1) 当該被収容者が裁判所あてに提出した書類
(2) 当該被収容者が現に裁判所あてに提出しようとして準備している書類
(3) 当該事件に係る弁護人又は訴訟代理人から差し入れられた裁判書類
そして、東京拘置所では、右「訴訟書類」の房居内における所持数量を、原則として高さ一メートル二列まで、ただし、「その他の印刷物」の所持数量と併せて一メートル三列の範囲内であれば、一メートル二列を超えて所持することができるとし、所持期限は設けず、領置、宅下げはその出願理由によりその都度許否を判断することとしている。
4 本件措置に至る経緯(甲二七、弁論の全趣旨)
(一) 原告は、平成八年一月ころまで、所定の制限冊数(一〇冊)の範囲内で房内において私本を所持していたが、同年二月ころ、本件刑事裁判の訴訟準備のために必要であるので、公判資料ないし訴訟資料として所定の冊数を超えて私本を所持することを認めるよう願い出た。東京拘置所は、訴訟準備のために必要であるとの理由での出願であったことから、一定の閲読期限を定めた上で、所定の冊数を超えてこれらの私本を所持することを認めた。
(二) その後、平成九年に至っても、原告が所定の冊数を超えて私本を所持する状況が続いていたが、所定の冊数を超えて原告が所持する私本が相当数にのぼり、私本の交換も頻繁になされていたことから、東京拘置所は、原告に対し、所定の冊数を超えて所持する私本を所定の冊数の範囲に収めるよう指示した。
原告は、同年一一月ころ、訴訟準備のために必要であるとして、所定の冊数を超える私本の閲読期限の延長を願い出、平成一〇年一月ころ、その延長された閲読期限が来ると、再度閲読期限の延長を願い出るとともに、房内において所持している私本を期限内に所定の冊数以内に減らす旨申し出た。東京拘置所は、原告が所定の冊数を超えて所持する私本を減らす意思を示したことから、原告の願い出を認めることとした。
(三) 原告は、右期限が来た後も、公判資料ないし訴訟資料として所定の冊数を超えて所持する私本の所持期限を延長するよう願い出ていたが、所定の冊数の範囲においてのみ房内所持を認めるとの回答であったことから、やむなく、それまで所定の冊数の範囲内のものとして所持していた私本の領置を申し出るなどして、徐々に所定の冊数を超えて所持する私本の冊数を減らしていき、平成一〇年四月ころには、房内において所持する私本を所定の冊数の範囲内に収めた。
原告は、その後も、これらの私本を公判資料ないし訴訟書類として取り扱うことにより所定の冊数を超えて所持することを認めるよう願い出ていたが、東京拘置所は、所定の冊数を超える私本の所持は認めない旨回答し、これを認めなかった。
5 本件措置
(一) 原告は、平成一〇年七月一六日、「公判証拠資料の扱い変更・房内所持願」と題する願箋(乙三)を提出し、「反日革命宣言」、「明けの星を見上げて」及び「インパクション34・東アジア反日武装戦線」の三冊の書籍(以下「本件図書」という。)について、本件刑事裁判に関連するものであり、証拠として提出を予定しているので、その内容を検討するため、その扱いを訴訟書類に変更して房内所持を認めるよう求めた(乙三)。
これに対し、東京拘置所の女区主任である法務事務官看守長鈴木君彦(以下「鈴木看守長」という。)は、立証趣旨や請求時期を具体的に明示してその必要性を示すよう原告に指示した。
(二) 原告は、鈴木看守長の右疎明の要求に対して、同月二七日に「証拠資料房内所持願」と題する願箋(乙四)を提出し、具体的な内容を開示することは防御権、弁護権の行使上極めて不利益かつ困難な事態を生ずるおそれがあるとした上、本件刑事裁判において動機、背景等を立証するため本件図書を証拠として提出する方針であり、その内容の検討のため必要であるとして、重ねて本件図書の房内所持を認めるよう求めたが、同看守長から証拠としての提出時期について更に疎明を求められたため、同月二八日に願箋(乙五)を提出し、本件刑事裁判が検察官立証の最終段階に入っており、近く本件図書の筆者を含む共犯者の証人尋問が予定されているため、その準備資料として必要であり、また、弁護側立証段階で提出を予定している旨回答した(乙四、五)。
これに対し、同看守長は、同年八月六日、本件願出は許可しない旨回答し、原告の右要求を拒絶した。
(三) 原告は、同年八月一〇日、「公判証拠資料の取扱い変更願」と題する願箋(乙六)を提出して、再度、本件図書を訴訟書類として扱って、房内において所持することを認めるよう求めた(乙六)。
これに対し、同看守長は、同月六日に告知したとおりであり、今後同種願出には回答しないと述べて、右要求を拒絶した。
(四) なお、右(一)ないし(三)の各措置(以下「本件措置」という。)当時、原告は、房内において、原則として所持することができる三冊の私本として、本件刑事裁判とは無関係のコミック誌等の娯楽のための図書や一般教養図書を所持し、これを超えて学習用図書等として更に所持することができる七冊の私本として、六法全書や刑事訴訟法の注釈書、本件刑事裁判の事件に関連する書籍など本件刑事裁判のために使用する図書を所持していた(乙七、弁論の全趣旨)。
また、原告は、平成一二年四月ころ、本件刑事裁判において、本件図書の証拠調べ請求をした(甲二八)。
二 原告の主張
1 本件措置の違法性
(一) 刑事被告人の防御権の侵害
憲法は、三一条において適正手続の保障を規定するとともに、三七条において公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利、証人審問権、弁護人依頼権を保障し、刑事被告人の基本的人権として防御権を保障している。また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一四条三項(b)は、刑事上の罪に問われている全ての者に対し、防御のために十分な時間及び便益が与えられることを保障しており、右便益には、訴訟の準備のために必要な書類その他の証拠を利用することが含まれる。そして、刑事訴訟法は、当事者主義を採用しており、刑事被告人は訴訟の主体として取り扱われる。
刑事被告人が、訴訟の主体として自己の刑事裁判に参画し、防御権を全うするためには、その訴訟に関連する書類を検討することが必要であり、その所持を制限されると、被告人の防御権の行使は困難になる。
本件措置は、刑事被告人である原告の訴訟書類である本件図書へのアクセスを困難にしたのであるから、憲法やB規約により保障された刑事被告人の防御権を著しく侵害するものであり、違法である。
(二) 監獄法三一条、同法施行規則八六条一項、二項、取扱規程一三条一項、二項の適用違憲
監獄法三一条は文書の閲読を監獄の長の許可にかからしめ、同条により委任を受けた同法施行規則八六条一項、二項は拘禁目的や監獄内の規律及び秩序の維持等を理由とする文書閲読の制限を容認し、取扱規程の右各規定は刑事事件との関連性を問うことなく被収容者が所持する書籍の取扱につき監獄の長にその取扱を白紙委任する規定である。
ところで、拘置所における刑事被告人の勾留は刑事裁判の適正な遂行のためにされるものであるところ、(一)のとおり刑事被告人の防御権や当事者としての地位が保障されていることからすると、右適正な裁判の内容の中にはこれらも含まれ、拘置所において刑事被告人の防御権や当事者としての地位を保障することが要求されるというべきである。
そうすると、拘置所において、その都合のために刑事被告人の防御権を制限することは背理というほかなく、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性がある場合であっても、刑事被告人の防御権を制限することは許されず、そのための監獄の長の裁量権も認められない。
したがって、監獄法、同法施行規則及び取扱規程の右各規定は、刑事被告人の防御権に関わる訴訟書類たる書籍の房内所持について適用される限りにおいて、違憲である。
本件措置は、訴訟書類である本件図書について右各規定を形式的に適用したものであり、違憲である。
(三) 裁量権の逸脱
仮に監獄の長に裁量の余地が認められるとしても、その裁量の幅は極めて限定されたものになるところ、次のとおり、本件措置における東京拘置所長の判断は、何ら合理性がなく、その裁量を著しく誤ったものであり、違法である。
(1) 原告に対し本件図書の房内所持を許可しても、東京拘置所の規律、秩序に支障をきたす相当の蓋然性は存在しなかった。
(2) 本件刑事裁判は、訴因が多く動機関係が政治的背景に基づくことから、証拠関係が多数に上りかつ極めて錯綜しており、また弁護側の立証の柱として事件の動機の審理が不可欠であった。そして、本件図書は、原告の共犯者らがその事件の背景事情や社会的評価を記載したものであって、右訴訟に関連する書類であることが明らかであり、原告が防御権を全うするためには、これらの書籍を検討することが不可欠であった。また、本件当時、原告の刑事裁判は共犯者の証人尋問を間近に控えており、時期的にもこれらを検討すべき高度の必要性があった。
本件措置は、このような原告の刑事裁判上の個別的特殊性を何ら省みることなく、被収容者に対する規制を一律かつ形式的に適用して敢行されたものである。
(3) 私本とその他の文書図画とは、物理的形状ではなく、その内容や用途により区別されるものであるところ、本件図書は、弁護人が将来弁護側証拠として提出予定のものとして差し入れたものであるから、東京拘置所において規定する訴訟書類に該当する。訴訟書類は刑事被告人の防御権に関わるものであり、他の私本一般に比べて閲読の権利が厚く保障されるべきところ、仮に、刑事裁判に使用する書籍が、物理的形状により私本同様の扱いを受けるとすれば、刑事被告人の防御権に関わる事項であってもその閲読の権利が私本一般と同程度の扱いしか受けないことになり、結果的に防御権が侵害されたことになる。
原告は、本件図書を訴訟書類として房内に所持することを求め、鈴木看守長の立証趣旨や提出時期等の疎明の求めに対しても自己の防御権の範囲内で可能な限りで応じていた(なお、拘置所はこれらの事由から訴訟書類の該当性を判断する立場になく、同看守長が右疎明を求めたことは越権的行為である。)。東京拘置所長は、これを許可しても高さ一メートル三列の訴訟書類としての所持制限を超えることはなかったにもかかわらず、本件措置に及び、本件図書の房内所持を認めなかった。
(四) なお、被告は、本件措置は、所持することができる冊数を制限したものであって、閲読自体を制限したものではなく、領置と舎下げによって適宜交換することにより閲読することが可能であったのであるから防御権を侵害するものではない旨主張する。しかしながら、領置されている書籍の舎下げを申請しても閲読ができるまでには相当の日数を必要とし、その間閲読が制限されるのであり、また適宜交換する方法では、同時に複数の書籍を閲読して相互に比較することができず、その結果、訴訟準備に支障を来たすことになるのであるから、これにより防御権が侵害されないということはできない。
2 損害
本件措置当時は、検察及び弁護側の双方から証人請求がされる直前の時期であり、本件図書は、原告の共犯者に対する尋問事項の検討準備資料として必要不可欠であり、また、右証人尋問を実効あらしめるため本件図書を証拠申請するか又は証人に示すか検討することが必要であった。
しかるに、原告は、本件措置のために、本件図書を即時に検討することができず、立証準備を妨害され又は遅滞を余儀なくされた。
右防御権侵害によって原告が受けた精神的苦痛を慰藉するに足りる額は、三〇万円を下らない。
三 被告の主張
1 次のとおり、本件措置は、原告の防御権を侵害するものではなく、また、東京拘置所長に裁量権の逸脱もないから、違法性がない。
(一) 監獄は被収容者の身柄を拘禁し戒護にあたる場所であって、被収容者が所持物品を無制限に持ち込むことは許されない。
被収容者が房内において物品を所持することを無制限に認めた場合、職員が被収容者の動静を観察することが困難となり、不正物品が隠匿されていてもこれを捜検等において捜索することが事実上不可能となり、拘禁目的又は規律及び秩序の維持を阻害するおそれがある。また、私本の舎下げ、領置等の手続が頻繁に繰り返されることにより、紛失等のおそれが増大するとともに、これらの事務に従事する職員の労力と時間が過重となることから、関係事務処理を正確、迅速に行うことが困難となる。
また、特定の被収容者に他の被収容者よりも多くの私本の所持を許すことは、必然的に被収容者間に不公平感を醸成し、規律及び秩序の維持に支障を生ずるおそれがある。
このような被収容者の拘禁目的、規律及び秩序の維持、処遇の平等等の施設の管理運営上の必要性から、東京拘置所においては、前記の監獄法、同法施行規則、取扱規程の各規定に基づき、私本の房内所持について一3のとおりの取扱をしている。
(二) 東京拘置所における右取扱は、被収容者が房内において所持することができる冊数について制限したものであって、閲読の可否について制限したものではない。被収容者は、既に房内において所持制限冊数に満つる冊数の私本を所持している場合、房内に所持しているものと適宜交換することにより、所定の冊数の範囲内において希望する私本の所持、閲読ができる。そして、東京拘置所では、右取扱により難い場合、所定の冊数を超える私本の所持を認めるかどうかについて、その都度検討することとし、また、至急舎下げを要する旨の願い出があり、その必要性が認められる場合には、一般の交付日以外にも臨時に出願を受け付け、又は速やかに舎下げをするなどの配慮をしているのであるから、このような取扱が刑事被告人の防御権を侵害することはない。
(三) 東京拘置所は、平成九年三月ころ、原告が房内所持冊数の制限を超えて私本を所持しており、原告に対する私本の適正な管理に支障を来していた状態にあったことから、その後一年間にわたり、原告に対し房内所持冊数の制限内に収めるよう指導してきた。このような経緯から、房内所持冊数の制限を超えて私本の所持を認めると、原告の私本を適正に管理することが困難になることが容易に予想されたため、東京拘置所は、本件措置にあたって、原告の出願を許可しないこととし、また同種出願に対して受理するにとどめたものである。
本件措置にあたって、鈴木看守長は、本件図書について所定の冊数を超えて所持しなければならない事情を明らかにするよう原告に疎明を求めることにより、制限を超過して房内において私本を所持すべき具体的必要性の有無について慎重かつ柔軟に検討しており、制限を一律かつ形式的に適用したものではない。
なお、原告は本件図書は訴訟書類に該当する旨主張する。しかし、私本は、その物理的構造上、その他の文書図画に比べて不正物品の隠匿や不整連絡等に供されるおそれのある部分が多く、規律及び秩序の維持上、房内所持冊数を制限する必要性が高く、その他の文書図画と別個に取り扱う必要がある。このため、私本とその他の文書図画とは、その物理的形状により区別されているのであり、私本を便宜上その他の文書図画として取り扱うことは許されない。このように、訴訟書類とは、製本された書籍以外の訴訟関係の文書を指すのであって、本件図書が訴訟書類に当たらないことは明らかである。
(四) 憲法ないしB規約違反との主張について
B規約一四条三項(b)にいう「防御の準備のために十分な時間及び便益が与えられること」との規定は、その文言上、個別具体的な権利を保障するものではなく、刑事被告人や被疑者に対する防御権が十分に保障されるべきであるとの趣旨を規定するにすぎないと解するのが相当であり、憲法が三七条、三八条一項等において防御権を保障する趣旨と異なるところはない。そして、憲法及びB規約の保障する権利も一切制限が許されない絶対的かつ無制限なものではなく、権利に内在する合理的制限に服するものである。
また、原告は、監獄法三一条、同法施行規則八六条、取扱規程等は刑事被告人の防御権に関わる訴訟書類たる図書の房内所持に適用される限りにおいて違憲であると主張するが、前記のとおり、これらの規定及びこれに基づく東京拘置所の房内所持冊数の定めによる私本の取扱は、必要かつ合理的なものであり、防御権を侵害するものではない。
2 損害について
本件措置の当時、本件刑事裁判において弁護側の立証に入る時期の見通しはほとんどついていなかったのであり、本件措置により原告が本件図書を閲読することができなかったとしても、具体的な損害は生じていない。
第三当裁判所の判断
一 本件では、未決勾留によって監獄(東京拘置所)に拘禁されている刑事被告人の原告が、その刑事裁判(本件刑事裁判)の訴訟準備のために必要であるとして、すなわち、私有の図書三冊(本件図書)につき、証拠書類として取調べを請求する予定であり、また、その著者が証人として尋問される予定であることから、これを閲読して検討する必要があるとして、その房内所持の許可を申請したのに対し、当該監獄の長(東京拘置所長)が、監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項、二項、取扱規程一三条一項、二項及び依命通達に基づいて定めている図書の房内所持の制限冊数(計一〇冊)を超えることを理由に、これを許可しないという措置(本件措置)を執ったことによって、原告の刑事被告人としての防御権が違法に侵害されたかどうかが問題となっている。
二 監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するに当たっては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、未決勾留によって拘禁された者についても、この面からその者の行為の自由に一定の制限が加えられることは、やむを得ないところというべきであり、この場合において、右の自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、右の目的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである(最高裁昭和四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇号一四一〇頁参照)。
これを本件のような図書等の房内所持の自由に対する制限についてみる。
1 図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、憲法一三条、一九条、二一条の各規定の趣旨、目的等からして明らかであり、その閲読のために図書等を房内に所持することの自由も保障されてしかるべきである。
しかしながら、図書等の房内所持を無制限に許すと、監獄内における規律及び秩序の維持上、次のような障害が生ずるおそれがあることが容易に推察される。
すなわち、第一に、房内において図書等が多量に所持されると、職員による被収容者の動静の視察が困難になることがあるばかりでなく、図書等に不正物品が隠匿されていても、これを捜検等において捜索することが事実上不可能になるおそれがある。特に私本(私有の図書)については、外部から差し入れられ、又は購入されるものであり、表紙の見返しの部分、背表紙の隙間部分及び頁と頁の間など、不正物品ないし不正連絡のメモ等が隠匿されるおそれのある部分が多い。第二に、私本の舎下げ、領置等の手続が頻繁に繰り返されることになると、紛失等のおそれが増大するとともに、担当職員のこれらの事務に費やす労力と時間が過重になることなどから、関係事務の処理を正確かつ迅速に行うことや行き届いた事務処理を行うことが困難になるおそれがある。第三に、特定の被収容者が他の被収容者よりも多くの私本を所持することになると、被収容者間に不公平感を醸成するおそれがある。
そうすると、監獄における図書等の房内所持については、監獄内の規律及び秩序の維持という目的のために、房内において同時に所持することのできる数量の面から一定の制限を加える必要があるということができる。
そして、監獄における図書等の房内所持につき、同時に所持することのできる数量の面から一定の制限を加え、その制限冊数を超えることを理由に図書等の房内所持を許さないこととしても、制限冊数内で所持している図書等との交換による当該図書等の房内所持を可能としている以上は、当該図書等の閲読それ自体が禁止されるものでないことはもとより、当該図書等の房内所持それ自体も禁止されるものではないから、その制限冊数自体が合理的な範囲内のものである限り、右のような制限は、必要かつ合理的なものというべきである。
2 もっとも、刑事被告人が当該刑事裁判の訴訟準備のために当該図書等の房内所持を必要とする場合には、刑事被告人の防御権との関係を考慮しなければならない。
(一) 憲法は、三一条において適正手続を保障した上、刑事訴訟における当事者主義的構造を前提にして、三七条において刑事被告人に証人審問権及び弁護人依頼権等を、三八条において黙秘権等をそれぞれ保障しており、このような憲法上保障された刑事被告人の訴訟当事者(訴訟の主体)としての防御のための権利を総称して防御権と呼ぶことができるが、その防御権の一内容として(直接には憲法三七条二項の証人審問権に派生して)、刑事被告人は、当該刑事裁判の証拠その他当該刑事裁判の訴訟準備のために必要な図書等を検討する権利を有するというべきである。そして、刑事被告人の未決勾留が当該刑事裁判の適正な実施のために行われるものであることに鑑みると、右のような権利は未決勾留によって監獄に拘禁されている刑事被告人についても当然に保障されるというべきであり、未決勾留によって監獄に拘禁されている刑事被告人は、憲法上保障された防御権の一内容として、当該刑事裁判の訴訟準備のために必要な図書等を検討する権利を有するということができる。
防御権は、右のとおり憲法上保障された重要な権利であり、特に未決勾留によって監獄に拘禁されている刑事被告人にとって、これが侵害されると重大な不利益が生ずるから、監獄内の規律及び秩序の維持という目的のために必要かつ合理的な範囲において未決勾留中の刑事被告人の自由に制限が加えられることがあることはやむをえないものであるにしても、その制限は、刑事被告人の防御権を不当に侵害するものであってはならず、その関係での制約があるというべきである。
(二) 右(一)のとおりではあるが、前記1のような図書等の房内所持の自由に対する制限は、制限冊数が合理的な範囲内のものであり、かつ、制限冊数内で所持している図書等との交換による当該図書等の房内所持を可能としている以上は、刑事裁判の訴訟準備のために制限冊数を超える冊数の図書等を同時に並行して検討する必要があるという場合でない限り、刑事被告人の防御権を侵害することは容易に想定し難い。
他方、既所持の図書等と当該図書等を同時に並行して検討する必要がある場合に、制限冊数を超えることを理由に房内所持を許さないこととすると、刑事裁判の訴訟準備のために必要な図書等を十分に検討することができないという意味において、防御権を侵害することになる。防御権の重要性及び刑事被告人の未決勾留が刑事裁判の適正な実施のために行われるものであることに鑑みると、右のような場合には、原則として、制限冊数を超えても房内所持を許すべきであり、例外的に、これを許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の重大な障害が生ずる相当の蓋然性があると認められる場合にのみ、右の障害発生の防止のために必要不可欠な制限を加えることができるにとどまるべきものと解するのが相当である。
3 原告は、監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項、二項、取扱規程一三条一項、二項及び依命通達は刑事被告人の防御権に関わる図書等の房内所持の自由に適用される限りにおいて憲法に違反すると主張するが、右法令等は、以上に判示した要件及び範囲内でのみ右自由の制限を許す旨を定めたものと解するのが相当であり、かつ、そう解することも可能であるから、右法令等が右自由に適用されても憲法に違反するということはできず、この点に関する原告の主張は採用することができない。
なお、B規約一四条三項(b)は、刑事被告人が防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられることを保障する旨規定しており、刑事裁判の訴訟準備のために必要な図書等を検討するためにこれを房内において所持して閲読する自由も、右規定に照らして十分に尊重することを要するというべきところ、房内において既に所持している図書等と同時に並行して検討する必要がある場合については、原則として当該図書等の房内所持を認めるべきであるが、そのような場合を除き、制限冊数が合理的な範囲内のものであり、かつ、適宜交換することにより当該図書等の房内所持を可能としている限り、所定の制限冊数を超えることを理由に当該図書等の房内所持を許さないこととしても、右規定に反するものではない。
三 以上に基づいて、本件措置が国家賠償法上違法との評価を受けるかどうかについて検討する。
1 前記前提事実のとおり、東京拘置所では、前記法令等に基づき、被収容者が房内に所持することができる私本(私有の図書)について、原則として三冊とした上、これとは別に学習用図書等(刑事裁判の訴訟準備のために必要な図書も含まれる。)として更に七冊の範囲内で房内所持を認めることとし、右の計一〇冊を超える房内所持を認めるかどうかについては、その都度、個別的に検討することとしている。そして、既に右の計一〇冊に満つる冊数の私本を房内に所持している場合には、その私本につき領置、宅下げ又は廃棄を申し出て、これと交換することにより新たに別の私本を房内に所持する(新たに所持すべき別の私本が領置倉庫に保管されているときは、これにつき舎下げの手続を執ることによって交付を受ける。)ことができるものとしている。さらに、図書及び新聞紙と、それ以外の文書図画とを区別し、後者のうち「訴訟書類」については、原則一メートル二列の範囲で房内所持を認めるものとしている。
本件においても、原告は、許可を受けて一般の私本三冊のほかに学習用図書等として七冊を房内に所持していたところ、その計一〇冊のほかに本件図書(三冊)の房内所持の許可を申請したのであって、右の計一〇冊のうちの三冊につき領置等の手続を執り、これと交換に本件図書につき舎下げの手続を執ることによって、本件図書の房内所持が可能となることは十分に知っていたものと認められる。
2 右のような取扱は、制限冊数が計一〇冊であって、それ自体特に不合理というほど少なくないし、計一〇冊の範囲内であれば交換が可能であること、計一〇冊の範囲内とする取扱により難い場合には個別的に検討する余地を残している(現に、原告もしばらくは一〇冊を超える図書の房内所持を許されていた。)こと、訴訟書類について図書とは別枠で房内所持を認めている(なお、本件図書が訴訟書類に該当しないことは、その区分の仕方に照らして明らかである。)ことなどに照らして、防御権にも配慮したものということができるのであり、刑事裁判の訴訟準備のために計一〇冊を超える図書等を同時に並行して検討する必要があるにもかかわらず、右にいう個別的検討による許可をすることなく、計一〇冊までしか房内所持を許さないという場合でない限り、防御権を侵害することは容易に想定し難いというべきである。
3 右の点を本件措置についてみるに、本件全証拠を検討してみても、本件措置当時、原告において、本件刑事裁判の訴訟準備のために、現に房内に所持していた計一〇冊の図書と本件図書とを同時に並行して検討する必要があったと認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、本件措置当時、原告は、一般の私本として、本件刑事裁判とは無関係のコミック誌等の娯楽のための図書や一般教養図書を所持していたにもかかわらず、これらと本件図書との交換をしようとした形跡が全くないことに照らすと、本件措置当時、原告においては、本件刑事裁判の訴訟準備のために既所持の計一〇冊と同時に並行して本件図書を検討する必要性は乏しかったのではないかとうかがわれる。
なお、原告は、現に所持している図書との交換の方法によるのでは、房内に所持することができるまでに相当の日数を要するとして、交換の方法では訴訟準備に支障があるかのように主張する。確かに、前記のとおり、舎下げは、通常、週二回出願が受け付けられ、出願から被収容者に交付されるまでに三、四日程度を要するところ、既に房内において所持する図書等と同時に当該図書等を検討する必要まではないが、当該図書等を至急に検討する必要があり、そうしなければ訴訟準備に支障が生ずることが全くありえないとはいえず、そのような例外的場合には、既所持の図書等と同時に当該図書等を必要とする場合に準じて取り扱うべきである。しかしながら、本件全証拠を検討してみても、原告において、本件措置当時、本件図書を至急検討する必要があったと認めるに足りる的確な証拠はなく、この点で訴訟準備に支障が生じたとも認められない。
以上によれば、本件措置によって原告の刑事被告人としての防御権が侵害されたとは認めるに足りず、本件措置による前記自由に対する制限は、監獄内における規律及び秩序の維持という目的のために必要かつ合理的な範囲内のものということができるから、本件措置を違法ということはできない。
4 なお、本件措置当時、原告において、本件刑事裁判の訴訟準備のために、現に房内に所持していた計一〇冊の図書と本件図書とを同時に並行して検討する必要があったとしても、以下に述べるとおり、東京拘置所長が所定の冊数を超えて本件図書を所持することを必要とする事情が認められないと判断して本件措置をとったことに国家賠償法上の違法は認められないというべきである。
すなわち、刑事被告人が当該刑事裁判の訴訟準備のために現に房内に所持している図書と同時に所持して検討することを必要とする事情を示して所定の冊数を超える図書の房内所持を願い出た場合、右必要性の有無は、当該刑事裁判に係る事件の難易、当該刑事裁判の進捗状況、刑事被告人の資質、訴訟に対する姿勢等によって異なり得るものであり、その性質上、拘置所長の専門的判断に適しないものであるから、拘置所長としては、示された事情が特に不合理なものでない限り、前記の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められる場合を除き、これを許可すべきである。これに対し、そのような事情が示されないにもかかわらず、拘置所長において右必要性があると推察して他の被収容者と異なる取扱をすることは、処遇の衡平を損なうことになり、許されないというべきであるから、そのような事情が示されない場合、制限冊数が合理的でかつ交換を許すものである限り、拘置所長が所定の冊数を超えることを理由として許可しないことにつき職務上の義務違反があるということはできないというべきである。
前記前提事実によれば、本件において、原告が、所定の冊数を超えて本件図書を所持すべき必要性を示すよう求められて、本件刑事裁判において予定されている共犯者の証人尋問の準備資料ないし弁護側立証のための提出予定の証拠としてその内容を検討するために必要であるとして、本件図書を所持する必要性を示したことが認められるが、単に本件図書を所持すべき必要性のみならず、当時房内において所持していた図書と同時に所持して閲読することを必要とする事情を示したと認めるに足りる証拠はない。かえって、当時原告が本件図書の所持を願い出た際に提出した願箋(乙三ないし六)には、右のとおり本件図書を所持して閲読すべき必要性についての事情のみが記載されており、房内において所持していた図書と同時に所持して閲読することを必要とする事情については示していなかったことが認められる。
そうすると、仮に本件措置当時既に房内において所持している図書と同時に本件図書を所持して閲読することを必要とする事情があったとしても、そのような事情を原告において示していたとは認められない以上、特に所定の冊数を超えて本件図書を所持することを必要とする事情が認められないとして、これを認めなかった東京拘置所長の措置に、職務上の義務違反があると認めることはできない。
四 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 貝阿彌誠 裁判官 釜井裕子 裁判官 天川博義)