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東京地方裁判所 平成10年(ワ)20891号 判決 2000年3月27日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

川下清

萩谷雅和

小山操子

被告

「○○クリニック」こと

乙野太郎

右訴訟代理人弁護士

加城千波

主文

一  被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成八年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は全体を三三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  本判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、六六九七万円及びこれに対する平成八年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、自然医学療法なる治療法を提唱する被告医師により乳癌治療を受けていた丙野春子(以下「春子」という。)が治療における被告の過失により死亡したなどとして、春子の母親で相続人である原告が被告に対して債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償として春子の逸失利益及び春子ないし原告固有の慰謝料の支払並びにこれらに対する遅延損害金の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は春子(昭和二六年九月一七日生)の母である。

(二) 被告は、医師であり、東京都文京区本郷において「○○クリニック」の名称で診療所(以下「被告医院」という。)を開設して、玄米菜食による食事療法を中心とする自然医学療法なる治療法を提唱し、実践しているものである。

2  診療契約の締結

春子は、平成四年五月二一日、右胸のしこりから乳癌の疑いを抱いたため被告医院を訪れ、同日、被告との間に右治療を目的とした診療契約を締結した。

3  春子の死亡

春子は、平成八年四月六日、乳癌が原因で死亡した(甲一四、一八)。

春子は死亡当時丙野一郎(以下「一郎」という。)と婚姻していたが、子はいなかった(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  被告の責任

(原告の主張)

(一) 適切な診療、検査、治療を行う義務違反

被告は、医師として患者に対し、受診当時における医学の一般的水準にしたがって診察、検査、治療を行うべき職務上の義務を負っている。

しかしながら、被告は、乳癌の疑いのある春子に対し、癌の罹患の有無、進行の程度を確認するのに必要な医学の一般的水準にしたがった診察、検査を行わなかった。

また、被告は春子に対しておよそ治療と呼びうる活動を全く行っていない。被告が行った療法は癌の治療に役立つものではない。被告は自らが癌に対する治癒力があると勝手に思いこんだ療法を春子に勧めただけである。

(二) 説明義務違反

医師は、患者に対して、その病状を正確に伝えるとともに、いろいろな治療方法、術式とそれらの成績、メリット、デメリットを説明する義務がある。

被告は、春子に乳癌の治療方法、術式とそれらの成績、メリット、デメリットを説明することを一切しなかった。

(三) 故意行為

被告は春子が乳癌であり、乳癌が悪化していることを十分に認識していたにもかかわらず、病状が悪化すればするほど、それが良い兆候なのだと言って春子を騙し、「良くなってきている。」「時々の胸の痛みも良くなっていく過程の一端に過ぎないのだ。」などと虚言を繰り返し、春子をして病気が快方に向かっていると信じ込ませて錯誤に陥らせ、乳癌に罹患した患者に対する現代医学の水準における治療を「科学治療法」などと称して排斥し、他の医師の元での適切な診療や治療を受けさせないようにし、その機会を奪って、ついに死に至らしめたものである。

(被告の主張)

(一) 被告が春子に対して行い、また春子としても被告に期待していたのは、原告のいうような「医学」すなわち西洋医学ないし現代医学の実施ではなく、もっぱら自然医学療法の実施である。

自然医学と西洋医学とは、基本的に異なる考え方、診療体系に立つものである。

自然医学療法は、西洋医学の誤り、限界を認識した上で成立しているものであるから、被告医院で西洋医学的観点での診療を行わないことは当然である。自然医学療法を実施しながら、西洋医学的観点での診療を併せて行うということはあり得ない。そして、このことは原告も十分理解し、納得していた。

このように、まったく異なる考え方、診療体系に立つ複数の医療がある場合に、そのいずれを選択するか、また選択した療法を続けるか否かは各人の自由であり責任というべきである。

そして、春子と被告との間で締結された診療契約は、自然医学療法を適切に実施することを内容とするものであり、自然医学療法においては、患者の意思と実践が何より重要であって、被告の役割は春子に対して的確なアドバイスをすることであり、被告は春子の疾患を治癒させる義務を負うものではない。

なお、医事法(医師法、医療法等)上の「医業」とは医行為を業とすることと解されているが、医行為の内容は複雑多岐であり、またその進歩や社会状況によっても常に変化することから、その概念は普遍的には決められない。旧来の西洋医学体系の行為のみが医事法上の「医業」、「医療」でないことは明らかである。

(二) 自然医学を前提に、被告が行った診察行為に不適切な点は全くなかった。十分な説明の下に必要かつ適切な指示指導を行っていたものである。

被告が、春子やその家族に対して、西洋医学の治療を受けることを妨げたり、西洋医学を希望しているにもかかわらずこれを無視したりしたことは一切ない。

被告には、特に慢性疾患や癌に対しては、自然医学療法が優れているという確信があり、春子に対してその事実は率直に述べてきたが、しかしながら、春子に対して西洋医学の診療を受けることを禁止したり診療を受ける機会を奪ったことはない。一か月に一回程度の来診であるから、入院などと異なり患者を束縛することはなく、また現実には西洋医学の情報の方がはるかに多く、患者において自然医学について僅かでも疑問を抱けば、容易に西洋医学の診療を受け、またその立場からの助言を受けることができるものである。

被告は春子が受診中に精神的に沈んだ様子を見せていたので、春子に対して、「気の弱い、おとなしい性格の方には手術を勧めることもあるのですよ。あなたはどうお考えですか。」と聞いたことがあったが、これに対して、春子は「とんでもない。手術をするのであればここに来た意味がない。」などと答えていたものである。

(三) また、仮に被告において本件に関し何らかの過失があったとしても、被告の診療行為と春子の死亡との間には因果関係がない。

春子が初めて被告の元を訪れた時点で、西洋医学での診療を受けていたとしても、春子の死が避け得たか否か、あるいはどの程度生存し得たかは全く明らかでない。被告の診療を受ける前の春子の病歴は、右胸のしこりは一一年前からのもので、平成三年四月には窪みができていたというものである。

なお、初診時において春子は西洋医学において癌の疑いを指摘されていただけで、その後西洋医学での検査を受けていなかったが、自然医学の立場からは西洋医学における癌診断自体無意味なものであるから、被告には春子に対していったん西洋医学の下で癌か否かの確定診断ないしそのステージの診断を受けてから来るよう指示すべき義務はない。

2  原告の損害

(原告の主張)

(一) 損害賠償請求権の相続

(1) 春子の逸失利益

春子は死亡当時四四歳の女子で、本件がなければ、少なくとも六七歳まで稼動することができたものである。この間の逸失利益を平均賃金五七八万三六〇〇円(平成八年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・旧大・新大卒)を基に計算し、そこから生活費を三〇パーセント控除し、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、その金額は六〇九一万円である。

(2) 春子の慰謝料

春子は、被告の虚偽の言を信じ、被告のいう自然医学療法を行うことにより癌が完治すると信じて、胸が痛むのを必至でこらえ自然医学療法に励んだ。通常では我慢できない程度の痛みを味わうようになってからも、乙野療法に励んでいたのは、「痛みは直っていくための過程に過ぎない。」「春子の病状も快癒に向かっている。」などと被告から聞かされ、それを信用していたからである。しかし、春子の全ての懸命の努力は徒労に終わった。春子の心中を表現するに適当な言葉を見つけることはできない。

以上からすれば、春子が味わった精神的苦痛を慰謝するには五〇〇〇万円を下らない慰謝料が相当である。

(3) 春子は被告の債務不履行若しくは不法行為によって、右(1)、(2)の損害賠償請求権を取得したところ、春子の死亡により、原告は右損害賠償請求権の三分の一である三六九七万円の損害賠償請求権を相続により取得した。

(二) 原告固有の慰謝料

原告は春子の母として固有の慰謝料請求権を有しているところ、愛する娘の春子がまともな診療・治療を受けることなく、塗炭の苦しみの中で死亡したことにより精神的苦痛を味わった。これを慰謝するには少なくとも三〇〇〇万円を下らない慰謝料が相当である。

第三  当裁判所の判断

一  事実認定

証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(証拠等は認定事実毎に掲記する。)。

1  被告の実践する自然医学療法について(被告本人、甲五、乙二、三、一〇、一三、一四、一六、一七、弁論の全趣旨)

(一) 被告は、昭和二五年に東京医科大学卒業後、主に血液生理学を専攻し、昭和四五年、被告医院を開設した。被告は、現在、自ら創設した国際自然医学会の会長を勤めている。

被告が自ら提唱し被告医院で実践している自然医学療法とは、被告が患者に対し、患者本人の体質及び病状にあった食餌箋を処方し、患者はこれに従った規則正しい自宅療養をするというものである。

被告は、病気及びその治療に関して、概要以下のような考え方を持っている。

(1) 患者の人間本来の自然治癒力の増強、体質改善を図ることによって、癌を含む慢性疾患の治癒が可能となる。

血液(赤血球)は腸で造られ、これが体内を循環し、あらゆる体細胞になっていき、体細胞となった赤血球はまた元の赤血球に戻ることができるのであり(被告はこのような自説を「腸造血説」と呼んでいる。)、骨髄組織により血液が作られるとする西洋医学(現代医学)の考え方は誤っている。

癌細胞も赤血球から造られるから、癌にならないためには癌になるような赤血球の材料すなわち癌になるような食べ物を採らないことが肝要である。また、癌に罹患したら、いかにすみやかに癌細胞を赤血球に戻してやるかが重要であり、絶食あるいは食事制限などにより生理的腸造血の作用を一時抑制又は停止させたり、造血作用を弱くして細胞が赤血球に戻りやすい環境を作り、新たな「食毒」(動物性蛋白質や生体に有害な物質を含む食物が体内摂取されて生じる毒素)、「薬毒」(食物以外に薬などの化学薬剤等が摂取されて生じる毒素)は可能な限り体内に入れないようにして、「溶毒」及び「排毒」を促すことが癌治療の基本となる(体内摂取された「食毒」及び「薬毒」はセメントのように固まっていると考えられるところ、「溶毒」とはこれを食生活の改善により溶かしていくこと、「排毒」とは溶毒により水溶性となった毒素を体外に排出させることをいう。)。

毒素を水溶性の状態にする「溶毒」には、主に「健康強化食品」の摂取が有効である。「健康強化食品」には様々な種類のものがあり、各患者に最も有効な「健康強化食品」の選択は、被告医院におけるMRA検査によって明らかにされる「気の相性」により判断できる。そして、「排毒」には薬草茶の摂取が有効であり、その薬草茶の選択にも「気の相性」が重要となる。そして「気」はその人の表情から読み取ることもできる。

(2) 西洋医学は対症療法(熱や痛みなどの症状に対して、化学薬剤などの投与によってその症状を緩和、消失させる療法)を基本とするが、対症療法では一時的に症状が収まることはあっても病気が根治し、身体が本来の健康な状態に戻ることはあり得ない。

西洋医学が、病気を治療するにあたって有効なのは、諸検査を含む診断技術と、事故や災害時などの救急外科と歯科治療のみであり、化学薬剤は人間本来の健康な身体、血液にとっては害悪なものである。

したがって、被告医院においては、病気の治療に化学薬剤の投与は行わない。

癌は全身病であるから、西洋医学における癌の切除術により癌が根治することはあり得ない。もっとも、患者が手術をして患部が取り除かれたことにより気が和らぎ精神的に安定するのであれば、手術もその限りにおいて効果的なものである。

(3) 食生活の改善により新たな毒素を体内に入れず、「健康強化食品」及び薬草茶で「溶毒」及び「排毒」を行うことにより、あらゆる病気は根本的に改善される。

また、自然医学療法の基本は人間本来の自然治癒力を増強させることによって病的状態からの回復を図るものであり、患者本人がいかに本気になって、あるいは熱意を持って食事療法に取り組むかが重要である。「自分の病気を自分の努力で治癒せしめたい、そのための食餌療法である」と信じてこれを実行していかないと、既に身体に蔓延している「食毒」、化学薬剤などによる「薬毒」に負けてしまう。

なお、自然医学療法では、病気が癌であるか否か(癌の診断がされている患者か否か)によって、基本的な治療方法が異なるわけではない。

(二) 被告は、現在まで既に自然医学療法に関して七〇冊以上の本を執筆しており、その中で以上のような被告自身の医学的知見を一般に広く示している。自然医学療法に関して被告が中心となって執筆した本には、例えば「ガンや難病を治す 自然医食療法の実際」(乙二)、「消『癌』作戦『ガンは怖くない』自然医食療法 ガンを克服した46名の体験!」(乙三)、「血液とガン 血は腸でつくられガンはわるい血でつくられる」(乙一〇)、「浄血すればガンは治る!」(乙一三)、「自然医学の基礎 永遠なる『健康の原理』」(乙一四)「よく効く 薬を使わない 自然医学の手当法」(甲五)等がある。

被告の著書の中には、被告の自然医学療法を実施したことによりガン等の難病が治癒したとする患者ら数十名の体験談をまとめた形式のものがあり、「ガンや難病を治す 自然医食療法の実際」(乙二)、「消『癌』作戦 『ガンは怖くない』自然医食療法 ガンを克服した46名の体験!」(乙三)等の著書はそれにあたるものである。

なお、被告医院には、被告の患者からの口コミの他はこれらの被告の著書を読んで来院してくる患者がほとんどである。被告医院に来る乳癌患者の多くは既に手術したが完治せず、自然医学での治癒を求めて来ている者である。手術前の患者で、被告医院での治療中に他の病院で手術を受けた者はいない。

被告医院では患者は全て初診の際に国際自然医学会の会員にならなくてはならない。また、被告医院での診療はいわゆる保健診療ではなく、被告の診察や被告の処方する食品及び薬草茶の処方は全て医療保険の給付対象となっていない。

2  被告医院が春子に対して実施した具体的な診療・治療内容及び春子の病状の経過等は、概要以下のとおりであった(被告本人、甲六ないし一五、一七、一八、乙四、五、七、一六、一七、弁論の全趣旨)。

(一) 春子は被告の自然医学療法に関して述べた被告の著書を読み、平成四年五月二一日、被告の治療を受けるために被告医院に初めて来院した。当時春子は四〇歳であり、神戸市須磨区に在住していた。

春子は、被告医院でまず体力測定、尿検査、血液検査、マルチレーターによる内臓機能検査などの検査を受けた(なお、これらの検査結果が出たのは次回の診療日以降であった。)。

検査終了後は、被告医院のスタッフが、被告医院では食事療法による体質改善、血液浄化を行い、患者自身の自然治癒力を生かして治癒を目指す自然医学療法を実施していること、自然医学療法の実践には患者自身の精神力や家族の協力が不可欠であること、被告医院では現代医学療法は行っていないので、これを希望するのならば他の病院で施療すべきことを記載した「受診上の注意とお願い」と題する書面(乙五)及び「病氣を治すのはあなたの自然治癒力」と題する書面(乙七)を春子に交付し、更に口頭でその内容を説明した。

春子は、スタッフの右説明を聞くと、被告医院で治療を受けることに同意し、初診のカルテの下段にある「『受診上の御注意』の説明を受けました。」との欄に署名した。

それから春子は被告の問診を受け、その際被告に対して、三日前に他の医者から乳癌の疑いがあるといわれたこと、一一年くらい前から右胸にあるしこりに気付いていたこと、平成三年四月に右胸に窪みができたことを訴えた。

これに対し、被告は、春子の右胸を服の上から触ってしこりの存在を確認し、春子の右愁訴内容と総合して、春子について乳癌の疑いが非常に濃い症状であると判断した。そして、春子に対して、玄米雑穀、被告が健康強化食品と呼んでいる食品(以下単に「健康強化食品」という。)及び薬草茶の摂取について具体的に指導し、それらの食品等を処方した。

(二)(1) その後、春子は、死亡する約五か月前までの平成七年一二月までの約三年半の間、およそ平均して月一回位のペースで、神戸の自宅から東京の被告医院に通って被告の診療を受けた。

来院の度に春子は検査を受け、問診の後被告から食事指導や補助療法の指導を受けて、被告の処方に従って被告医院における食品等の販売部門である「グルージア」から玄米雑穀、健康強化食品及び薬草茶を購入していた。

春子が被告病院での診療を受け続けた約三年半の間、被告が指導し処方した食品等の種類に、大きな変化はなかった。

被告は春子に対し来院の度に、玄米雑穀を基本中心とした食事療法を長期間継続すべきこと、被告の指導する自然医学療法の効果を信じること、化学薬品を体内に入れないこと、適度な運動をすることなどのアドバイスを繰り返したが、春子が被告病院での診療を受け続けた約三年半の間、被告の春子に対する基本的な指導内容には、特に顕著な変化はなかった。

春子は、死亡するまで被告の指導を守って、被告が指導したとおりの食事や補助療法を忠実に実践し続けた。

(2) 被告医院で春子が受けた検査は、身長、体重、肺活量、血圧、両手の握力等の測定の他、通常の医院で行われるような血液検査、尿検査があり、更に、春子は被告医院において、マルチレーターなる機械による検査やMRAなる機械による検査を受けた。

マルチレーターは、いわゆるツボの考え方を応用したもので、手首と足首における所定の測定点一〇箇所に電極をあてて、人体の体表面における電気的抵抗を計測、測定することにより、内臓の状態を判断する機械とされている。被告は、その測定結果により「内蔵機能曲線」を作成して、患者の診断にあてている。

MRA(Magnetic Resonance Anal-yzer磁気共鳴分析器)は、人体の体内諸臓器から発している「波動」を利用して、各臓器との「共鳴度」ないし「氣能値」(計測によって数値化された生命エネルギーの強度のこととされている。)なる数値を測定し、患者の体のどの部位に異常疾患があるかを判断する機械とされているが、その原理・構造は現在の電気工学では説明がつかないとされている。MRAによる患者の「氣能値」の測定には、一回の検査につき患者の毛髪一グラムが使われる。被告医院において、MRAによる検査は、患者の体内諸臓器と相性(共鳴度)が良い健康強化食品や薬草茶が何であるかを調べるためにも利用されている。被告によれば、MRAにより患者の臓器の「波動」の乱れを測定し、その「波動」を修正していく波動パターンを選んで、これを水に転写し、その水(「波動水」)を患者に飲ませることで患者の「波動」を修正するという治療法を行うことができ、また、患者と宝石エネルギーとの相性診断もできるものとされている。なお、被告は患者を撮影した写真を使っても「氣能値」の測定ができると考えている。

マルチレーター、MRAのいずれも一般の病院で通常使われている医療用の機器ではない。

(3) 被告が病気の治療のために春子に対して繰り返し処方し、春子が実際に購入してその飲食を続けていた食品や薬草茶の種類及びその内容は、概要以下のようなものであった。

被告は春子に対して、摂取する食品としては、玄米を基本に、雑穀について、「アズ」「ハト」「ムギ」「アワ」等を勧めており、健康強化食品として、「王茸」「パルガ」「パンダンM」「GGF」「アルガトン」「アルガトンE」「ポーレンE」「マクロン」「陽禄燦」「乙野霊芝」「鶏林」「龍躍燦」「森の新緑」「春寿仙」等を、薬草茶として、「ドクダミ」「よもぎ」「クコ」「オオバコ」「ワタヨモギ」「ハマチシャ」「チャイハナ」「特M茶」「ACT」「森の桂樹」等を処方していた。

これらの健康強化食品と薬草茶が具体的にどのようなものかについて、被告の発行する雑誌「みどりの風」(甲一五)には、例えば、「パルガ」については「ミネラルが豊富な貝類と海藻のエキスを調合した動・植物総合ミネラル食品。調味料代わりにお使い下さい。50g ¥4,000」、「パンダンM」については「ハトムギ、小麦、大豆、茶葉、オオバコ、ルイボス、高麗人参等を原料とするSOD様作用食品。 90包¥12,000」、「GGF」については「自然の酵素力を最高に活性化させた玄米胚芽に、各種の植物酵素をプラスした酵素食品。 3g×90包 ¥7,000」、「アルガトン」については「海のミネラル・ビタミンの宝庫である昆布の濃縮エキスに天然酵母を加えて培養した特殊製法の酵素飲料。 600ml ¥4,000」、「アルガトンE」については「アルガトンに高麗人参と同様の生理活性作用を持つエゾウコギ・エキスを飲みやすく配合した酵素飲料。 600ml ¥5,000」、「ポーレンE」については「無農薬農場で採取した花粉を特殊な酵素処理でエキス化し、ビタミンEを添加して飲みやすい顆粒状に調整。 60包 ¥10,000」、「マクロン」については「精選されたクロレラの葉緑素を玄米のエッセンスである胚芽油に溶いた油溶性の葉緑素。 90粒 ¥11,000」、「陽禄燦」については「野生の葛の葉を原料に、天然ビタミンCを補強し、一段と品質を向上させた水溶性の葉緑素。 90包 ¥6,500」、「龍躍燦」については「沖縄古来からの強壮食品として知られるエラブウナギ燻製粉末に、ウコンを配合した滋養強壮食品。 1,000粒 ¥8,500」、「スーパー乙野霊芝」については「各種霊芝型から抽出したエキスをバランスよく調整・配合し、田七人参・アガリスク茸を加えた高氣能値の霊芝食品。 75g ¥13,000」、「特M茶」については「アルファルファ、アシタバ、エゾウコギ、柿の葉など厳選された材料を用いた特選野草茶(ティーバッグ)。 30包 ¥7,000」、「ACT」については「乙野会長指導による特選野草茶。藤のコブ、タラの根、ひしの実その他の薬草を飲みやすいティーバッグに。 30包 ¥8,000」、「森の桂樹」については「地中深く根を張り、ミネラルを豊富に含むスギナが主材の複合茶を焙じたティーバッグ。 3g×30包 ¥2,500」などと紹介されている。

(4) 被告医院では、右のような基本的食事療法の他、患者が自らできる手当法として様々な補助療法の併用も指導しているところ、被告は、春子に対しても補助療法として「里芋パスタ」「生姜湿布」「枇杷葉温圧」「ひまし油湿布」等と呼ばれる右胸の患部への湿布等の併用を指導しており、春子は忠実にこれを実践していた。

「里芋パスタ」とは、里芋をすりおろし、小麦粉をまぜ、よく練ってそれを患部に貼るものである。「生姜湿布」とは、生姜をすりおろし、それを布で包んで湯に浸し、タオルにしみ込ませた物を患部にあてるというものである。「枇杷葉温圧」とは、枇杷の生葉を火であぶった上で患部を押圧するものというものである。「ひまし油湿布」とは、ひまし油を温めて、タオルにしみ込ませた上、患部にあてるというものである。

被告によれば、里芋や生姜や枇杷の葉等に含まれる成分には癌の毒素を解毒し、これを皮膚から吸い出す効果があり、これらの補助療法はそうした効果を利用した治療法ということである。

(三) 初診以来春子が被告医院に最後に来院した平成七年一二月五日に至るまでの間、春子は右胸部分に断続的にしこり、痛み、違和感、ピリピリ感等の自覚症状を有しており、主にこれらの症状を被告に対して訴えていた。これに対し被告は、初診以来春子の病状に特別の悪化傾向はないと判断していた。

平成八年三月一六日の診療日に春子は体調が悪くて被告医院に来院できず、代わりに春子の夫の一郎が被告医院に来院し、被告に対して、春子が同年二月七日ころからたいへん体がしんどい、動けない、どうき息切れがする、手足が白っぽく冷たい等と言っていることを伝えた。被告は、被告医院の患者にも一時的に症状が悪化する患者が結構いることから、春子の症状もそのようなものと同様のものであると考え、一郎に対して、「血液の状態も安定してきていますので、今化学薬剤はおとりにならないでください。」「一時的なものですのでがんばってください。」「玄米は無理なさらずに健康強化食品と薬草茶を中心に召し上がって下さい。おそば、玄米もちもよろしいです。」等と春子へのアドバイスを伝え、春子に対しほぼそれまでと同様の健康強化食品等を継続して処方した。

同年四月五日も、一郎だけが被告医院に来院し、春子の症状について、体力、食欲がなく、何もしたくないと言っていること、ほとんど寝たきり状態であること等を伝えた。これに対し、被告は、三月に一郎が持参した春子の毛髪によるMRAの検査結果から、乳房の反応を除き春子について格別緊急時と判断される要素はないと判断していたので、何故被告が上京し来院できない程度に悪化しているのかが疑問であったが、一郎に対して、「基本食中心で徹底して食事療法をやっていきましょう。」「玄米がゆでもいいです。」「なるべく歩くようにするとよいです。」「今のやり方でやっていきましょう。」等と春子へのアドバイスを伝え、春子に対しほぼそれまでと同様の健康強化食品等を継続して処方した。

春子は、同日、帰宅した一郎から被告の右アドバイスを聞いた後に眠りにつき、翌平成八年四月六日午前二時ころ、そのまま自宅において死亡した。そして、同日、所轄の須磨警察署により神戸大学医学部において春子の死体が検案され、春子の死因は乳癌と判定された。

春子は、被告の診療を受けていた約三年半の間、他の医者の診療を受けたことはなかった。

二  被告の責任について

1  前記認定によれば、被告の実施する自然医学療法は、癌の治療法として、当時の一般の医療水準に照らし、独特な知見に基づく特殊な治療法であると認められ、被告も供述中、自らが行う自然医学療法が現代の一般的な医学や治療法と異質のものであることについてはその旨自認しているところである。

そこで、社会通念上一般的な医療ではないと考えられる特殊な治療法を実施する医師が負う義務そして本件における被告の責任について、以下に検討する。

2(一)  医師と患者の間で締結される診療契約も、私法上の契約である以上、契約当事者には合意した契約内容に従った債務が発生することは当然である。通常、患者との間で診療契約を締結した医師には、当時の一般的な医療水準に従って適切な治療を施すべき義務が発生するとされるのも、その前提として、契約当事者間で当時の一般的な医療水準に従った治療を実施するという合意が黙示的であるにせよなされているからに他ならない。すると、一般の医療とは異なる治療を実施するという当事者の特段の合意が具体的になされているのであれば、医師が一般の医療水準にかなわぬ治療を実施したからといって、その治療法が当事者の合意に沿うものである限り、直ちにその責任が問われるということはないであろう。

もとより、人体や病気の仕組みについては、現代の科学をもってしても未だ解明できない部分が大きい。癌が死に至る難病であり現代医学の医療水準をもってしても完治が容易でない病気とされていることは世間一般に広く知られているところ、例えば癌の治療法として、どのようなものが真に適切かつ効果的であるのかについては、この点について様々な想像が働くことはあっても、本訴における立証を通じて裁判所の確信するところではない。そうであれば、到底病気の治療とは認められない方法を実施するというような診療契約の締結自体が公序良俗違反と認められる場合を除けば、時代の一般の医療水準に照らして独特な理論に基づく特殊な治療法であるということだけでは、そのような治療法を実施した医師の責任を問うことはできないと考えざるを得ない。

(二) ところで、一般に診療契約は、人間の生命身体に深く関わる特殊な契約であるとともに、医学的知見の豊富な医療の専門家である医師と、一方、医学的知識に殆ど乏しく時には病気が原因で精神的に不安定になりがちな患者という立場の異なる当事者間で締結される契約である。そのような契約の特質にも鑑みれば、社会通念上一般的な医療ではないと考えられる特殊な治療法を実施する診療契約を締結する場合には、医師は、医療の専門家として、更には、人の生命を扱い時にはこれに支配的な影響を与えることからこれに相応する社会的な責任を有する者として、その特殊な治療法につき患者が十分に理解して納得した上で契約締結ができるよう、信義則上、患者に対して右治療法の内容等につき一定の説明をする義務を負うものと解するのが相当である。

そして、この場合に医師が負う説明義務は、通常の診療契約が締結された後に一定の医的侵襲を伴う手術等を実施する際に問題となる医師の説明義務と比べても、より患者の根本的な自己決定にかかわる場面におけるものといえることから、そこで要求されている義務内容の水準は決して低いものとはいえない。具体的にいえば、社会通念上一般的な医療でないと考えられる特殊な治療法を実施しようとする医師には、診療契約の締結に先立ち患者に対し、実施しようとする特殊な治療法の具体的な内容及びその理論的根拠はもとより、患者の現在の状態(病名、病状)、実施しようとする特殊な治療法の一般の治療法との比較における長所及び短所、実施しようとする特殊な治療法と一般の治療法それぞれについての臨床における治療成績、実施しようとする特殊な治療法と一般の治療法をそれぞれ当該患者に実施した場合におけるそれぞれの予後の見通し、その他一般の治療法を実施しないことが患者の自己決定を根拠として許容されるために患者が知っておくことが不可欠な事項についての説明を、客観的な立場から患者の理解可能な方法で行うことが要求されているというべきである。

3(一)  これを本件についてみるに、まず原告の主張する適切な診療、検査、治療を行う義務違反の点については、春子は被告の著書を読んでその独特な知見に一応賛同して被告の自然医学療法を実践すべく被告医院に来院し、被告医院のスタッフから自然医学療法の実施につき書面及び口頭で確認を受けた後に、被告と診療契約を締結したものであることからすれば、春子は被告との間で特に被告の自然医学療法を実施するという内容の診療契約を締結したものと解されるところ、したがって、被告は右契約締結により本来的債務としては春子に対して被告の提唱する自然医学療法を実施する債務を負ったに過ぎず、そうであれば、被告が春子に一般の医療水準に照らして通常行うべきとされる診察、検査、治療等を実施しないことが、直ちに被告において診療契約の本来的債務の債務不履行ないし違法な診療としての不法行為になるということはできない。

確かに、被告の実施する自然医学療法は現代の一般の医療とは一線を画した独特なものであるということがいえる。常識的な発想をすれば被告の医学理論や癌の治療における被告の治療法の効果の程度については疑問を感ぜざるを得ない部分が少なくない。しかしながら、玄米菜食を中心とした食事と規則正しい生活を続けるという治療法を実施する診療契約について、これを公序良俗違反とまで認めることはできないのであって、患者である春子自身が治療法を実施することにつき真摯に合意しているというのであれば、もはや裁判所においてその治療法の効果やその実施を約した契約締結の是非等をとやかく論じる余地がないことはいうまでもない。

したがって、原告の主張する適切な診療、検査、治療を行う義務違反の主張は、理由がない。

(二) 次に、説明義務違反の点についてみるに、前記認定によれば、被告は春子に対し被告の自然医学療法によった場合の癌治療の成績について何も述べていないこと、被告は初診時に問診と服の上からの触診を行っただけで乳癌の疑いが強い病状であると判断し、それ以上に春子の罹患している病気が乳癌かどうかや乳癌であるとしてどの程度の進行のものか等について、何ら検査を行わず、当然春子に対してこれに関し何らの説明をしなかったこと、したがって、春子の現状を踏まえた上での被告の自然医学療法によった場合の予後の見通しや、同じく春子の現状を踏まえた上での一般の医療機関での治療によった場合の予後の見通し等についても何ら説明しなかったことが認められる。

この点、被告は、春子に対して一般の医療機関で行うような乳癌に関する検査をしなかった理由として、自然医学は西洋医学と異なる考え方、診療体系に立つものであるから西洋医学的観点での診断を行う義務はないし、自然医学の立場からは癌の確定診断自体無意味である旨主張する。

しかしながら、自然医学療法の実施ということで診療契約を結んだ被告においては、前述したように右契約の本来的債務の履行としては一般の医療水準に照らした治療を実施する必要がなかったものとしても、右契約締結に先立って医師として春子自身の体の客観的な状態(病名、病状)を説明するためには、これを知るための一般の医療水準に基づく基本的検査を実施しておく必要があったというべきである。すなわち、前記認定によれば、被告自身は西洋医学に対する自然医学療法の絶対的な優位を確信していたことが認められるが、いやしくも人の生命身体に深く関わる医療の専門家である以上、医師は自らの職務の遂行にあたっては常に謙虚な姿勢をもって臨まなければならず、自らが確信している治療法であっても一般に認知されていない理論の臨床における実施にあたっては、いくら慎重であってもありすぎることはないのであって、例え自ら確信する知見によれば必要がないと考えるものであっても、患者の病状把握のために必要な一般の医療水準に従った基礎的な検査についてはこれを実施した上で、患者に対してその結果を診療法選択のための判断資料として示すことが説明義務の具体的内容として最低限要求されているというべきである。ことに春子においては、一般の医療機関において実施されている手術等の治療法を尽くしても完治しないために被告医院を訪れるに至ったような他の多くの癌患者とは異なり、前医による乳癌との確定診断すら経ていない患者であったのであるから、被告も医師として対価的報酬を受け取り春子とその死命に関わる病気の治療に関する診療契約を結ぼうとする以上、一般の医療機関において乳癌の疑いのある患者に実施する検査(例えば、乳癌診断の基本的検査として、脱衣の上行う視診・触診、X線検査、超音波検査、細胞診等がある(甲二五)。)を春子に実施して、その結果を踏まえた上でその予後の見通しについて春子に説明すべきであって、その上で、春子に対し被告の提唱する自然医学療法を実施するかの否かの判断を仰ぐべきであったというべきである。

また、春子は事前に被告の著書を読んで被告医院に来院しているものの、被告の著書はいずれも第三者的な視点からその療法の長所短所が述べられているような内容のものではなくて、被告の治療法の優位性を一方的に強調する内容のものであり、その記載内容がそのまま真実か否かの点については措くとしても、被告の著書に記載のある被告の治療を受けた患者の体験談については全てその成功例のみが列挙されているのであって、被告の治療法の成績として客観的なそれを春子が知っていたとは到底認めることができない。一般に患者にとっては治療法の理論的根拠や治療法の有効性の科学的証明よりもむしろその治療成績の方により大きな関心があるといっても過言ではなく、少なくとも治療成績が患者において治療法を選択する際に考慮される最重要要因であることは間違いがないのであって、しからば被告においては被告医院における成功例と失敗例を客観的具体的に調査し(被告自身その本人尋問において被告の自然医学療法によっても癌の治療に成功しなかった例が相当数ある旨述べている。)、被告の治療法の成績に関する客観的資料を作成し、被告の治療法を実施しようとする者に対して提示する義務があったというべきである。春子は、そのような資料を何ら示されることなかったために、いわば被告の治療法の優位性を信じ込んでしまっていたと思われるのであって(しかも、被告は日頃から自然医学療法の効果を信じて実践するよう春子に指導していた。)、そうであれば、被告において春子が他の病院の治療を受けることを積極的に阻止したというような事実が認められないものとしても、被告の診療を受けている期間の間中そのような心理状態に陥っていたために春子の足が他の医師の方に向かなくなってしまったということはある程度いえるのであり、その限りにおいては、被告に他の医師の診療を受ける機会を奪われたとの原告の指摘もあながち的外れということはできない。

被告は、被告医院において「癌であっても手術したくない」と春子が言ったことがあることや、被告が三回目か四回目の診療の際に春子に対し手術を勧めたことがある旨主張し、これに沿う供述をする。

しかしながら、「癌であっても手術したくない。」という春子の発言を聞いたのが被告自身なのか被告医院のスタッフなのかについて、被告の主張とその供述の間には混乱が見受けられるし、これらの主張ないし供述については、本来春子ないし被告の右発言を裏付けて然るべき春子のカルテの何処にも、その存在を示唆する記載はないことに照らせば、被告の右供述はとても信用できない。そして、右供述の信用性について措き、供述どおり春子の「癌であっても手術したくない。」との発言が仮にあったと仮定しても、被告の著書を読んだだけの春子に対して被告の治療法についての説明が十分にされていないという状況においては、それを手術による乳房の変形を気にする女性の心情の吐露以上のものと評価することはできず、その発言の存在自体被告の負う説明義務を軽減するものではあり得ない。また、被告の方から手術を勧めたことがあるといっても、その主張によればそれは「気の弱い、おとなしい性格の方には手術を勧めることもあるのですよ。」という程度のものであって、それが、医師として患者の病状を顧みてこれに応じて適切なアドバイスをしたという類のものでないことは一見して明らかである。

以上のとおりであるから、被告は、春子との診療契約締結に先立ち、春子に対して、その病状を把握した上で自らの実施する自然医学療法の内容及び治療成績等について説明する義務があるのに、これをなさず、もって右義務に違反したものと認められる(なお、被告医院では初診時春子に対し、被告医院では食事療法による体質改善、血液浄化を行い、患者自身の自然治癒力を生かして治癒を目指す自然医学療法を実施していること、自然医学療法の実践には患者自身の精神力や家族の協力が不可欠であること、被告医院では現代医学療法は行っていないので、これを希望するのならば他の病院で施療すべきことなどについて説明しているものの、その内容を見れば、それは被告医院での受診の意思確認を行う以上のものではないことは明らかである。)。そして、被告には右義務違反により春子ないし原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

(三)  被告の故意行為により春子が死亡した旨の主張は、本件全証拠によっても被告には春子の死についての故意を認めることはできず、よって理由がない。

三  原告の損害について

1  春子の逸失利益(春子の死亡と被告の説明義務違反との相当因果関係)

前述したように、常識的な発想をすれば被告の医学理論や癌の治療における被告の治療法の効果の程については疑問を感ぜざるを得ない部分が少なくないが、これまた常識的な発想をもってすれば玄米菜食を中心とした食事療法が結果として癌患者の療養として全く効果がないとまで断じることはできないように思われる(例えば、被告の著書に記載のある被告の治療法により癌が治癒したとする患者の体験談が全て虚偽のものであるとまでは断定できない。)。このように被告の自然医学療法が癌治療に全く効果がないと断じることができないものであることからすれば、被告が春子に対して本来なすべき説明を十分になしていたとしても春子が被告と自然医学療法を実施する診療契約を締結していた可能性が小さくないと思われること、また、被告の治療法は基本的に自宅療法であり入院等で特に春子の身体を拘束するようなものではないのであるから、被告の指導には他の医師の元での治療を阻止する心理的な強制という面が若干あったとはいえ、それでも春子は他の医師の治療を受けようと思い立てばいくらでもそれができる立場にいたこと、一般に癌は多くの場合死に至る病であるといわれており、果たして春子がいわゆる現代医学の手法によれば完治できたものかは不明である上に、更には、春子が当時まだ四〇歳位の若い女性であったことに照らせば、実際に初診から約四年間生存した春子の生存期間をより長くできたかについても不明であること、以上これらの事実に照らせば、被告の説明義務違反の事実と春子の死亡との間に相当因果関係は認められない。

したがって、原告主張の春子の逸失利益については、これを被告の説明義務違反と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

2  春子の慰謝料

被告自身初診時の春子の癌の進行度について早期段階のものであったと思う旨供述しているところ、前述のように被告は問診と服の上からの触診をしただけで、一般の医療水準に照らした検査を実施していないから、右供述内容の真偽の程は疑わしいが、仮に右被告のいうとおりであれば、例えばステージⅠの段階における乳癌の切除術は手術後一〇年の生存率九〇パーセント弱と極めて良好な成績を示しているのであって(甲二五)、当時の春子が一般の医療機関における手術の実施を選択していたならば、春子が治癒した確率は決して低いものではないといえること、その他被告の説明義務違反の程度等についての前記各諸事情に照らせば、被告の説明義務違反により認めるべき春子の慰謝料は決して小さいもの足り得ず、その金額については六〇〇万円と認めるのが相当である。

3  原告固有の慰謝料

春子の死亡と被告の説明義務違反との間に相当因果関係がないことは前述のとおりであるから、春子の死亡についての原告固有の慰謝料の請求は理由がない。

4  したがって、春子は被告に対し説明義務違反の不法行為により六〇〇万円の損害賠償請求権及びこれに対する遅延損害金を取得し、原告は、春子を相続して、右請求権の三分の一の二〇〇万円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為の日以降の日(春子の死亡時である平成八年四月六日)から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を取得したものと認められる。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・梶村太市、裁判官・平田直人、裁判官・大寄久)

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