東京地方裁判所 平成10年(ワ)21236号 判決
原告 會田正一
原告 酒井繁信
原告 有限会社會田設備工業所
右代表者代表取締役 會田正一
右原告三名 訴訟代理人弁護士 行方美彦
被告 中井利彦
被告 中井春樹
右被告両名
訴訟代理人弁護士 村上誠
右訴訟復代理人弁護士 堀晴美
主文
一 被告らは、連帯して、原告會田正一に対し金四一万八三三八円、原告酒井繁信に対し金一九万六一八〇円及び右各金員に対する平成九年六月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告會田正一及び原告酒井繁信のその余の請求並びに原告有限会社會田設備工業所の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告會田正一及び原告酒井繁信と被告らとの間においては、これを二分し、その一を右原告らの負担とし、その余を被告らの負担とし、原告有限会社會田設備工業所と被告らとの間においては、全部右原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して、原告會田正一に対し金六二万六一七八円、原告酒井繁信に対し金四四万六七九八円、原告有限会社會田設備工業所に対し金二三一万円及び右各金員に対する平成九年六月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 乗船契約等
(一) 被告中井利彦(以下「被告利彦」という。)は、小型遊漁船「利永丸」を所有し、同船により釣客を大原港沖の釣場まで運送するなどの、いわゆる釣船業を営んでいる。
被告中井春樹(以下「被告春樹」という。)は、被告利彦の子であり、利永丸の船長として、被告利彦の営む右釣船業に従事している。
(二) 原告會田正一(以下「原告會田」という。)は、原告有限会社會田設備工業所(以下「原告会社」という。)の代表取締役である。
原告會田及び原告酒井繁信(以下「原告酒井」といい、原告會田と併せて「原告両名」という。)は、平成九年六月一〇日、被告利彦と利永丸への乗船契約を締結し、同日午前四時ころ、相内和幸及び栗原良夫とともに、大原港沖の釣場に向けて出航予定の利永丸に乗船した。
2 事故の発生(以下、左記日時ころ利永丸に乗船中の原告両名が受傷した事故を「本件事故」という。)
(一) 日時 平成九年六月一〇日午前四時四五分ころ
(二) 場所 千葉県大原港沖合
(三) 事故の態様及び被害状況
原告両名が利永丸の船尾部分の甲板に直接座っていたところ、午前四時四五分ころ、利永丸が波を受けて約九〇度右に回転し、その衝撃で原告両名は、釣り座や甲板に体を強打し、原告會田は、左顔面打撲及び左前腕打撲の傷害を、原告酒井は、右肋骨不全骨折の傷害を負った。
3 被告春樹の責任
(一) 被告春樹は、本件事故当時、波が高かったことを知っていたのであるから、操船者として、高い波を回避し、あるいは波の衝撃を可及的に低減させる方法をもって操船する注意義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り、漫然と利永丸を操船した。
(二) また、被告春樹は、本件事故当時、波が高かったことを知っていたのであるから、乗船客である原告両名に対し、波による船体動揺の危険を知らせて船内の安全な場所に移動させ、かつ船体の一部につかまる等の安全指導を十分に行うべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。
(三) したがって、被告春樹は、不法行為に基づき、本件事故により原告らが受けた損害を賠償する責任がある。
4 被告利彦の責任
(一) 被告利彦は、乗船契約に基づき原告両名に対しその安全に配慮する義務を負うところ、同契約の履行補助者である被告春樹の前記過失により、原告両名に損害を与えた。
したがって、被告利彦は、原告両名に対し、本件事故につき債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
(二) 本件事故は、被告利彦の被用者である被告春樹が、その業務の執行につき、前記過失により発生させたものである。
したがって、被告利彦は、使用者責任に基づき、本件事故により原告両名が受けた損害を賠償する義務がある。
5 損害
(一) 原告會田の損害 合計六二万六一七八円
(1) 治療関係費 六万九三四六円
治療費 六万三五五〇円
薬品代 五七九六円
(2) 慰謝料 五〇万円
(3) 弁護士費用 五万六八三二円
(二) 原告酒井の損害 合計四四万六七九八円
(1) 治療費 六一八〇円
(2) 慰謝料 四〇万円
(3) 弁護士費用 四万〇六一八円
(三) 原告会社の損害 合計二三一万円
(1) 逸失利益 二一〇万円
原告会社は、原告會田の個人会社である。
原告會田は、本件事故による前記傷害により、配管設備等の現場での具体的作業、現場指揮及び事務所内で作業が不可能となった。
そこで、原告会社は、本来自社で行うべき工事を有限会社鈴木水道に依頼し、同社に対して、常用人工の費用として、二一〇万円を支払った。
(2) 弁護士費用 二一万円
6 よって、被告らに対し、原告會田は、右損害金六二万六一七八円及びこれに対する本件事故発生日である平成九年六月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を、原告酒井は、右損害金四四万六七九八円及びこれに対する本件事故発生日である平成九年六月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を、原告会社は右損害金二三一万円及びこれに対する本件事故発生日である平成九年六月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(乗船契約等)の事実は認める。
2 請求原因2(事故の発生)の事実のうち、利永丸の出航後、同船が波を受けた衝撃で原告會田が船内で転倒したことは認めるが、その余の事実は否認する。右事故は、大原港出口の灯台付近において、被告春樹が混雑する僚船らの航路の外側に出るため左舵をとった際、沖から入ってきた波により船が少し動揺したために起こったものである。
3 請求原因3及び4(被告らの責任)の事実は否認する。
被告春樹は、沖から向かってきた大波に対し、舵を波に立てた上、クラッチを切ってスピードを落としこれを乗り切ったので、その操船方法に過失はない。
4 請求原因5(損害)の事実は知らない。
原告会社が主張する損害は、間接損害であり、本件事故と相当因果関係がない。
三 抗弁-過失相殺
1 海上を航行する船舶が波の影響を受けることは不可避であるから、遊漁船に乗船する者は、波やうねりを見ながら、船の動揺に合わせて体を動かし、手すりを持つなどして体を支え、自ら身の安全を守らなければならない。
2 本件事故は、原告両名が右注意義務を怠ったために発生したものであり、損害賠償額の算定に当たって、右過失をしんしゃくすべきである。
四 抗弁に対する認否
過失相殺の主張は争う。
遊漁船に乗船する釣り客に常時波を見る注意義務はなく、また、原告両名は、被告利彦の指示により後部甲板に直接座っていたため、船外の波を見ることは不可能であった。さらに、本件事故の際、原告両名が大波が来ることを予測することはできなかった。
理由
一 乗船契約等について
請求の原因1の(一)及び(二)の各事実については、当事者間に争いがない。
二 事故の発生について
甲一五号証(原告會田陳述書)、一六号証(原告酒井陳述書)、一七号証(栗原良夫陳述書)、乙一号証の1、2、一七号証(被告春樹陳述書)、一八号証(被告利彦陳述書)、証人栗原良夫の証言並びに原告會田本人、原告酒井本人、被告春樹本人及び被告利彦本人の各尋問の結果によれば、利永丸は、平成九年六月一〇日午前四時三〇分ころ、被告ら、原告両名、栗原良夫及び相内和幸が乗船の上、被告春樹の操船により大原港の係留場所から出航したが、港内から沖合に出たあたりで、前方から大波を受けて激しく動揺したこと、このため、後部甲板の後ろ側の釣り座の前に座っていた原告會田は、体をはね上げられ、頭部を右釣り座と船側との間に入れるようにして転倒し、また左側釣り座の前に座っていた原告酒井は、右釣り座に右脇腹を強打し、それぞれ後記四で認定の傷害を負ったことが認められる。
三 被告らの責任について
1 乙一七号証、一八号証並びに被告春樹本人及び被告利彦本人の各尋問の結果によれば、利永丸が大原港を出航した当時、低気圧の影響が残存して風がやや強く、波も通常より高かったこと、本件事故が発生した大原港の出口あたりは、風が強い時には高い波が生じやすく、被告らが同所で事故に遭ったことはなかったものの、他船が波の影響で事故を起こしたことがあったこと、そして、これらの事実は、被告春樹も認識していたことが認められる。したがって、被告春樹は、利永丸の船長として同船の操船に当たる者として、右場所を通過するに当たり、波の影響による船の揺れを最小限にするよう努めるとともに、船が大きく揺れた場合にも乗客が傷害等を受けることがないよう、あらかじめ船室内に入るよう告げるなどの注意義務があったというべきである。
しかるに、右各証拠によれば、被告春樹は、利永丸を大原港内を微速で前進させた後、同港の出口あたりで沖合から来る波にタイミングを合わせるようにして速力を上げたが、結局、右前方からの大波に遭遇したこと、これに対し被告春樹は、機関を中立にして加速を止めるとともに、舵を波に立て、波頭で再度機関を前進にして波の影響を最小限にするよう努めたが、結局、前記のとおり、利永丸が大きく動揺して原告らが負傷したこと、被告春樹は、同港の出口にさしかかった際、原告両名ら乗客に対し、自ら波の影響について注意を与えることはせず、被告春樹と共に乗船していた被告利彦においても、後部甲板に座るよう告げただけであったこと、以上の事実を認めることができる。
右事実によれば、被告春樹には、大波を受けた際の操船自体に過失があったとはいえないが、船に大きな影響を与える可能性のある波を避けるようタイミングを十分合わせずに利永丸を前進させた点及び原告両名らの乗客に対し、船が大きく揺れた場合に備えて船室内に入るよう注意を与えなかった点において過失があったというべきである。
したがって、被告春樹は、本件事故により原告らに生じた損害につき、不法行為に基づく損害賠償責任がある。
2 被告春樹が、本件事故当時、被告利彦の営む釣船業に従事し、利永丸の船長としてその操船に当たっていたことは前記のとおりであるから、被告利彦は、被告春樹の使用者として、同被告の前記不法行為により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
なお、本件事故当時、被告利彦も利永丸に乗船しており、原告両名らの乗客に十分の注意を与えなかったことは前記のとおりであるから、同被告自身にも過失があったことは明らかである。
四 原告らの損害について
1 原告會田
(一) 甲一号証、二号証、一四号証、一五号証、一九号証及び原告會田本人の尋問の結果によれば、原告會田は、本件事故当日である平成九年六月一〇日、千葉県勝浦市の医療法人公明会塩田病院において左上腕骨外顆骨折偽関節、左肘打撲との診断を受け、その後自宅に戻ってから東京都足立区の医療法人社団苑田会苑田第一病院を受診し、同病院おいて、同月一六日、左顔面、左前腕打撲との診断を受けたこと、右各診断にかかる傷害のうち、左上腕骨外顆骨折偽関節は、本件事故以前に生じていたものであるが、その余のものは、いずれも本件事故により受けたものであること、原告會田は、右傷害による痛みは一か月程度で消えたが、その後も腫れぼったい感覚が残り、これらの治療のため、右塩田病院で受診したほか、苑田第一病院に同年六月一〇日から同月一六日まで(実治療日数二日)、東京都足立区の東和病院に同月二〇日から同年八月九日まで(実治療日数七日)、東京都墨田区の同愛記念病院に同年九月一六日、それぞれ通院したことが認められる。
原告會田は、左顔面に約四センチメートルの傷痕が残ったと主張し、甲一五号証(原告會田の陳述書)には右主張にそう記載があるが、甲三号証、一九号証及び弁論の全趣旨に照らすと右記載はたやすく信用できず、むしろ右各証拠によれば、原告會田の左顔面に何らかの傷痕が残っているとしても、通常の観察によっては確認できない程度のものであることが認められるから、これをもって本件事故による傷害の後遺症とはいえない。
(二)(1) 甲四号証の1ないし11、七号証の1ないし5及び一五号証によれば、原告會田は、本件事故による傷害につき前記のとおり通院治療を余儀なくされ、通院治療費等として六万三五五〇円及び薬品代として四七八八円を支出したことが認められる(甲七号証の1及び2は、同一の支出についてのものであると認められる。)。
(2) 右通院期間等に加え、原告會田本人及び原告酒井本人の各尋問の結果より認められる本件事故後の被告らの対応をも考慮すると、本件事故による受傷により原告會田が受けた精神的苦痛を慰謝するための金額としては、三〇万円が相当である。
(3) 原告會田が本件訴訟の提起追行を原告ら代理人に委任したことは訴訟上明らかであり、本件事案の難易、請求額、右認定にかかる損害額等の諸般の事情を考慮すると、同原告が支払うべき弁護士費用のうち五万円をもって被告らの不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。
(4) 以上により、原告會田の損害は合計四一万八三三八円となる。
2 原告酒井
(一) 甲五号証、六号証の1、2、一六号証及び原告酒井本人の尋問の結果によれば、原告酒井は、平成九年六月一六日、同愛記念病院において右肋骨不全骨折との診断を受けた後、同月三〇日に東京都足立区の間崎医院に通院したこと、右診断にかかる傷害は本件事故によるものであり、これによる痛みは、約三か月続き、うち約一か月半の間、湿布薬で治療したことが認められる。
(二)(1) 甲六号証の1、2及び一六号証によれば、被告酒井は、前記認定の通治療等のため六一八〇円を支出したことが認められる。
(2) 右通院期間等に加え、原告會田本人及び原告酒井本人の各尋問の結果より認められる本件事故後の被告らの対応をも考慮すると、本件事故による受傷により原告酒井が受けた精神的苦痛を慰謝するための金額としては、一五万円が相当である。
(3) 原告酒井が本件訴訟の提起追行を原告ら代理人に委任したことは訴訟上明らかであり、本件事案の難易、請求額、右認定にかかる損害額等の諸般の事情を考慮すると、同原告が支払うべき弁護士費用のうち四万円をもって被告らの不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。
(4) したがって、原告酒井の損害は合計一九万六一八〇円となる。
3 原告会社
原告會田本人は、本件事故による受傷により自動車の運転ができず、また、顔面の傷が醜かったため、事故後三か月の間、原告会社が請け負った配管工事の現場に行けなくなり、現場における指揮や作業をすることができなかった旨、このため、原告会社の請け負った仕事の作業効率が低下し、これを補うため有限会社鈴木水道に作業人員の派遣を要請した旨供述し、甲一五号証にも同旨の記載がある。
しかしながら、前記認定の原告會田の受傷内容と甲三号証、一九号証及び原告會田本人の尋問の結果を総合すると、原告會田の受傷による顔部及び左腕の痛みや腫れ並びに傷の外観は、自動車の運転の障害となったり、他人に会うのを躊躇させるまでのものではないと認められ、原告會田本人の前記供述等は、にわかに採用できない。
したがって、原告会社の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
五 過失相殺について
海上を航行する小型遊漁船が波の影響を受けやすく、時には高い波によって大きく揺れることがあることは公知の事実であるから、このような船の乗客は、一般に、船の動静に注意し、波の影響による揺れに対処すべく自ら手すりにつかまるなどの注意を払うべきであるということができる。
しかし、原告會田本人及び原告酒井本人の各尋問の結果によれば、原告両名は、本件事故の際、利永丸の船主として同船に乗船していた被告利彦から、波が高いので後部甲板に直接座るよう指示を受け、これに従って甲板に座っていたこと、原告酒井は、片腕を釣り座に回して体を支えていたこと、原告會田は、釣り座に腕を回してはいなかったが、これは、釣り座を背にして前方を向いて座っていたためであること、また、原告両名は、右のように座っていたため、利永丸の前方から来る波を直接見ることはできなかったこと、以上の事実が認められ、右事実に照らせば、本件事故により受傷したことにつき、原告両名に過失はないというべきである。
したがって、被告らの抗弁は理由がない。
六 結論
以上のとおり、原告會田及び原告酒井の本訴請求は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告會田において四一万八三三八円、原告酒井において一九万六一八〇円、及び右各金員に対する不法行為の日である平成九年六月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告会社の請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木健太)