東京地方裁判所 平成10年(ワ)21297号 判決 2001年5月30日
原告
本田和夫
被告
昭栄自動車株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金八一万六二二六円及びこれに対する被告昭栄自動車株式会社は平成一〇年一一月一四日から、被告増田忠は同年一二月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金一九八一万三五七五円及びこれに対する被告昭栄自動車株式会社は平成一〇年一一月一四日から、被告増田忠は同年一二月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用の被告ら負担及び仮執行宣言
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認定し得る事実
(一) 事故の発生
ア 日時 平成九年四月一〇日午後四時四〇分ころ
イ 場所 東京都品川区西五反田八丁目一番先の、旗の台方面から五反田方面に向かう通称中原街道(以下「本件道路」という。)と目黒方面から大崎方面に向かう通称山手通り(以下「本件交差道路」という。)とが交差する大崎広小路交差点(以下「本件交差点」という。)内
ウ 原告車 原告(昭和九年八月三一日生。本件事故当時六二歳)の運転する自動二輪車
エ 被告車 被告増田忠(以下「被告増田」という。)が運転し、被告昭栄自動車株式会社(以下「被告会社」という。)が保有する普通乗用自動車(タクシー)
オ 事故態様 本件交差点の入り口にある本件道路の中央分離帯の先端部(以下「本件先端部」という。)付近で、原告車の左側面部と被告車の右側面部とが衝突した(以下「本件事故」という。)。
(二) 原告の受傷及び治療経過
原告は、本件事故により、頸椎捻挫、両下腿打撲、挫傷の診断を受け(甲二)、関東逓信病院(平成九年四月一〇日から同年五月二九日までの間の実日数八日間の通院、平成一〇年二月一二日から同月一八日までの間の実日数三日間の通院。甲二、三、二二の五から七)、石塚整骨院(平成九年四月一四日から同年一一月二八日までの間の実日数一八日間の通院。乙二)に通院したほか、ハワイ・ホノルルの病院(平成九年五月一日、同月二日、六月一七日に通院。甲六、七の一、二、弁論の全趣旨)でも診療を受けた。
二 争点
(一) 被告増田の過失責任と被告増田及び原告の過失割合
ア 原告の主張
原告は、本件道路を五反田方面に向かって走行し、本件交差点を右折して大崎方面に向かうため、本件交差点入口付近の本件先端部真横で停車し、対向車線の通過を待って右折しようとしたところ、突然、原告車の後方にいた被告車がUターンをしてきたため、原告車が被告車の右側面部と本件先端部との間に挟まれる形となって衝突した。
本件事故は、被告増田がUターンに際して右側方を注視しなかったことに起因するものである。
イ 被告らの主張
被告増田が本件交差点をUターンしようと右ハンドルを切って前進し、対向車線に入る前に停止したところ、原告車が被告車の右後方から走行してきて被告車の右後部ドア付近から右前部ドアに擦るように衝突してきた。
本件事故は、原告車の前方にいた被告車が右折するものと早合点した原告が、被告車の右側方を通り抜けて右折しようとしたところ、予想に反して被告車がUターンしたことから発生したものであって、その責任の九割は原告にある。
(二) 原告の損害額の算定
ア 車両損害(請求額 四五万二四八七円)
原告車の修理代である。
イ 治療費(請求額 二五万〇九二〇円)
関東逓信病院分(一六万三八八〇円)と石塚整骨院分(八万七〇四〇円)の合計額である。
ウ 通院交通費(請求額 一二万円)
上記二診療機関へのタクシー代である。
エ 休業損害(請求額 一九二六万七五五八円)
原告は、ジャマイカ政府の海外経済顧問及び外務省の諜報官としての任務に就いていたが、本件事故により、原告はその職務を遂行することができなくなった。このため、原告は、平成九年八月七日に解雇された。
原告は、本件事故がなければ、少なくとも、この後更に一年間は右任務を遂行することによって従来の報酬を得ることができたはずである。
本件事故日(平成九年四月一〇日)から同年八月七日までの得べかりし給与相当分(円換算で四六二万七五五八円)と一年間の給与相当分(月額一二二万円として一四六四万円)の合計額である。
第三当裁判所の判断
一 争点(一)(被告増田の過失責任と被告増田及び原告の過失割合)について
(一) 本件事故現場周辺の状況及び本件事故に至るまでの経過
甲一、一五の一から一四、甲一八の一、二、甲一九、乙一、五、六、原告、被告増田の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場周辺
本件事故現場は旗の台方面から五反田方面に向かう通称中原街道(本件道路)と目黒方面から大崎方面に向かう通称山手通り(本件交差道路)とが交差する大崎広小路交差点(本件交差点)内であり、本件道路に設置された中央分離帯の本件交差点に入る手前の切れ目、中央分離帯の先端部付近である。本件交差点から旗の台方面に向かう本件道路は二車線であるのに対し、本件交差点に入って五反田方面に向かう車線は本件交差点手前で四車線となり、歩道寄りの第一車線は左折車専用車線、第二、第三車線は直進車専用車線、第四車線は右折車専用車線となっており、第四車線の延長上の本件交差点内の道路面には右折車のための誘導線が設けられている(甲一五の一四、乙六)。また、本件道路及び本件交差道路にはいずれも中央分離帯が設置されているが(甲一五の一四、乙六)、本件道路の中央分離帯の本件先端部の高さは約四七センチである(甲一五の二)。
イ 双方車両の損傷状況
原告車の左側面のエンジンヘッドカバー等に被告車の塗装(オレンジ)が付着しており(甲一五の一〇)、右側面の右側シリンダーヘッドカバーに本件先端部の塗装(黄色)が付着している(甲一五の九)。また、ガソリンタンク右側(地上からの高さ約九〇センチ)には本件先端部との衝突によって生じた凹損がある(甲一五の七)。他方、被告車の右後部ドアから右前部ドアにかけて引っ掻いたような線状痕が見られ、その線状痕の先端の右前部ドア中央部には塗装が完全に剥げ落ちた太線状の深い傷痕がある(乙五の「TAXI」の「AX]の下)。また、右前部ドアの下の二か所には黒色の払拭痕らしきものがある(乙五)。
ウ 当裁判所の認定する本件事故の態様
(ア) 本件道路を五反田方面に向かって走行していた被告増田は、乗客から百反通りに向かうように依頼されたため、本件道路をUターンしようと適当な交差点を探しながら中央線寄りの車線を走行し続けていたところ、本件交差点手前で対面信号が赤色となり、右折車専用車線の先頭車両として停止することができた。その際の被告車は、被告増田がUターンする意思を有していたため若干右前方に向けた形で停止し、右折指示灯を点灯させた状態であった。
もっとも、Uターンの運転操作が通常右ハンドルを最大限に切ってかろうじて実行し得るものであること(本件道路の対向車線は二車線しかなく、さほどには広くはない。乙六)からすると、被告増田は、Uターンを円滑に行うために、上記停止時における被告車と中央分離帯との間隔を通常の右折時に比べて広くとっていたものと推認するのが合理的である。
(イ) 対面信号が青色に変わったのを視認した被告増田は、右ハンドルを切り、本件先端部の円形に沿うように、概ね車一台分程度被告車を前進させて再度停止させ、対向車の通行状況を注視して安全に転回することができる状況を待っていたところ、被告車の右後方から走行し、被告車に接近してきた原告車が、被告車右後部と本件先端部の間に入り込んでくるように走行してきたため、原告車の左エンジンヘッドカバー等が被告車の右後部ドアから右前部ドアにかけて擦れ合うような態様で衝突し、原告車の左側面の左エンジンヘッドカバーが被告車右前部ドア中央部付近に至った時点で食い込むような形になり、原告車は右方向に倒れた(原告車と被告車の接触状態が解消する。)。その衝突の過程で、原告車の右側シリンダーヘッドカバーが本件先端部に衝突し、また、原告車が右方向に倒れたために、そのガソリンタンクの右側面部が本件先端部に衝突した。
原告車の走行態様からすると、原告は、被告車が本件交差点を右折するものと考え、その右側方を併走して、又は、右側方を通過して本件交差点を右折しようとしたと考えられる。
(ウ) 右認定は、被告車と中央分離帯との間隔に関する部分を除き、概ね被告増田の供述に沿うものである。同人の供述内容は全体を通じて合理的かつ自然であり、甲一八の一及び二(物件事故報告書)の記載とは背反するものではあるが、同報告書の作成過程は不明確であり、右信用性を覆すには至らない。
(エ) 原告は、本件事故態様について、概ね以下のとおり供述する。すなわち、原告車は本件交差点の対面信号赤色に従って本件先端部の真横に停車した。原告車の停止位置は右折車専用車線の先頭であり、被告車の停止位置は原告車の後方であった。そして、対面信号が青色に変わった後、原告はその位置で右折のための安全確認をして対向車両の通過を待っていたところ、被告車が急に動き出してUターンを開始し、被告車の右側面が原告車の左側面に左後方から衝突してきた、というものである。
しかし、原告の主張に係る上記の衝突態様は、以下の理由により直ちには採用できない。
a 被告増田は本件交差点に進入せず、中央分離帯の切れる本件先端部付近でUターンする意図で本件交差点の停止線手前で停止していたのであるから、Uターンのために進行する方向、すなわち、本件先端部周辺に対してはより細心な注意を向けるはずである。原告車が本件先端部真横で停止状態にあったとすれば、被告増田は、右折進行しようとする原告車に先んじてUターンを図ろうとする極めて至難な運転態様をとろうとしたことになるが、本件において、安全なUターンのための交差点を探していた被告増田がこのような運転を突如本件交差点で実行するとは考え難い。
b 本件交差点は、幅員の広い幹線道路が交差する交差点であり、同交差点を本件道路(五反田方面)から本件交差道路(大崎方面)に右折しようとする運転者は、交差点中央部付近まで誘導線に沿って進行した上で右折運転を実行しなければならない構造となっている。原告は、対向車の交通状況を見て安全な右折運転をするために本件先端部真横で停止していた旨述べるが、この地点で安全を確認したとしても、右折運転する前に交差点中央部にまで前進しなければならない以上、本件先端部真横での対向車線の安全確認は無意味である(交差点中央部に至った時点で別の交通状況が生まれている可能性があるからである。)。そうすると、原告が対向車線の安全確認するために本件先端部真横で停止していたという行動自体不自然である。
c 前示のとおり、被告車の右前部ドアの傷が太く深いものであることからすると、この部分が原告車と被告車との衝突の衝撃が最も強かったこと(原告車を右側に押し倒す力が働いたこと)をうかがわせる。しかし、原告の供述に係る衝突態様、すなわち、原告車の後方から被告車が衝突してきた、というのであれば、被告車の右前部ドアの上記の太く深い傷の後方の右後部ドアにつながる線状痕がどのようにして生成したのか、の説明が付かなくなる。
エ 原告と被告増田の過失割合
被告増田は、Uターンを実行するに当たって、後方又は右後方に対して十分な注意を払う必要があるところ、これを十分になし得ず、その結果、右後方から走行してくる原告車に全く気づかなかったのであり、Uターンを実行するために被告車の右側と中央分離帯との間隔をやや広く開け、また、被告車を若干右前方に向けて停止させた態様がサイドミラーを通した本件道路の右後方確認を困難にした可能性が高い点も考慮すると、被告増田の過失責任は重いが、他方、交差点での右折進行時に、先行車に続いて進行するのではなく、先行車の右側方を併走して、又は、右側方を通過して右折進行しようとした原告の運転行動は、右折進行中の車両運転者にとって右後方確認が容易でない点を考慮すると、大変軽率かつ危険な運転態様であったということができるのであり、原告には安全運転義務違反及び前方不注視の点でその過失責任は少なくないというべきである。
以上の事情を総合的に勘案すると、原告と被告増田の過失責任の割合は、原告四〇、被告六〇とするのが合理的かつ相当である。
二 争点(二)(原告の損害額の算定)について
(一) 車両損害 四五万二四八七円
甲一四、一七の一、二により認める。
(二) 治療費 二五万〇九二〇円
甲三、二二の一から七、甲二三、乙二により認める。
平成一〇年二月一二日以降の治療費(甲二二の五から七)は、自賠責保険を使用する手続がとられ、医師が本件事故との因果関係を肯定したことを推認させるものであり、右因果関係の認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 通院交通費 五万八〇〇〇円
通院のためにタクシー代を利用した事実、利用する必要性、合理性を裏付ける事実を認めるに足りる証拠はない。
もっとも、通院のためには公共交通機関の利用は欠かせないと考えられ、本件事故直後におけるタクシーの利用の必要性も予想されることも考慮し、片道一〇〇〇円、通院日数合計二九日分として算定した五万八〇〇〇円を通院に要した交通費として認めることとする。
(四) 休業損害 五九万八九七〇円
ア 基礎収入
甲八から一一(各枝番一、二)、一二の一から四、甲二六の二、三、甲二七の一、二、甲二八、二九、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、ジャマイカに関係する何らかの仕事をしていたことは認められるものの、その仕事の具体的な内容が明らかではない上、ベニス・クラシック・インコーポレーテッド(以下「訴外会社」 という。)からの送金の事実もこれが原告の労務の対価であるのかどうか、同送金の内訳やこれに要した経費の明細いかん、ジャマイカ・シビル・サービス・アソシエーション(JCSA)という団体の仕事をすることと訴外会社から送金を受けることとの関係いかん、訴外会社やJCSAと原告との契約条件(更新条件も含む)、契約期間等の具体的内容いかん等、基礎収入を認定する上で重要な前提事実を認定することができない以上、原告主張に係る仕事の対価を基礎とする休業損害の算定は相当ではない。
しかし、原告が英語力を有し、これを駆使した仕事に従事していたと考えられることを考慮すると、少なくとも同年代の男子労働者の平均的稼働能力を有し、平成九年の六〇歳から六四歳の男子労働者平均年収である四六四万一九〇〇円を下回らない収入を得られたであろうと考え、これをもって休業損害を算定するための基礎収入とするのが相当である(日額一万二七一七円)
イ 休業の実情等
本件事故による原告の負傷の症状としては、左肩、左腕、左頸部のしびれ感のほか両下肢打撲による歩行困難が認められ(甲一三の一、二、)、原告の治療期間中の稼働能力に相当程度制約を与えたであろうとうかがうことができる。しかし、原告の仕事内容が具体的に明らかでない以上、それらの症状がどの程度の影響を与えたのか、を客観的かつ合理的観点から認定することはできないし、上記期間中も、原告は、自動車の調達、輸出に関する仕事に少なからず従事していたことが認められること(原告本人)、にも照らすと、治療期間中にわたって休業を余儀なくされたと考えるのは相当ではないが、原告の身体各部の症状が両下肢等の局部の神経症状を内容とする点を考慮し、治療を終えた平成一〇年二月一八日までの三一四日間につき、稼働能力の制約状態(休業の実態)を全体を通じて少なくとも一五パーセントあったものとして休業損害を算定することとする。なお、この間、原告が何らかの稼働により収入を得ていたとしても、それは、残された稼働能力を駆使した結果であり、前示認定を左右するものではない。
ウ 計算式
一万二七一七円×〇・一五×三一四=五九万八九七〇円
(五) 小計 一三六万〇三七七円
(六) 過失相殺(四〇パーセント)後の金額 八一万六二二六円
三 結論
よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して、金八一万六二二六円及びこれに対する被告昭栄自動車株式会社は平成一〇年一一月一四日(訴状送達日の翌日)から、被告増田忠は同年一二月一日(訴状送達日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 渡邉和義)