東京地方裁判所 平成10年(ワ)22589号 判決
原告 井上今朝明
右訴訟代理人弁護士 岡村勲
同 北尾哲郎
同 京野哲也
同 加藤公司
同 相葉和良
同 土川泰信
同 山上俊夫
同 柳谷美恵子
被告 朝日信用金庫
右代表者代表理事 塚原和郎
右訴訟代理人弁護士 石原輝
同 石原俊也
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、二六三三万六五一五円及びこれに対する平成一〇年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告に対し、平成六年三月二九日、二五三二万三一〇六円を満期同年六月二九日の定期預金として寄託した(以下、この定期預金を「本件預金」といい、本件預金の寄託契約を「本件預金契約」という。)。
本件預金は、自動継続による書替えが繰り返され、金利は元金に組み入れられ、平成一〇年一〇月一二日における本件預金の残高は、二六三三万六五一五円である。
2 原告は、被告に対し、平成一〇年八月二八日到達の書面により、本件預金契約を解約する意思表示をした。
3 よって、原告は、被告に対し、本件預金契約の解約に基づき、本件預金二六三三万六五一五円及びこれに対する弁済期を経過した後の日である平成一〇年一〇月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は否認する。本件預金は、井上千枝子(以下「千枝子」という。)が所有する別名預金である。
2 同2は否認する。
理由
一 本件事実関係
証拠(甲一、四、八、九、乙一ないし二一(以上、枝番を含む。)、証人井上千枝子、同浅古敏行)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実(以下「本件事実関係」という。)が認められる。
1 当事者等
(一) 原告は、昭和三七年労働省に入省し、次いで東京都労働局に出向し、以来平成一〇年四月一日退職するまで職業安定所に勤務した。
その間、原告は、昭和四四年千枝子と婚姻した。原告と千枝子との間には、子はない。
原告は、被告八広支店(東京都墨田区八広二丁目四六番八号)に赴いたことはない。
(二) 千枝子(三重県尾鷲市出身)は、もと小林建設工業に勤務していたが、その当時の同僚である同郷出身の佐々木成功(平成一〇年八月一〇日死亡。以下「成功」という。)が独立して有限会社オワセ工業(以下「オワセ工業」という。)を設立する時に、その取締役となり、平成一〇年一月三一日取締役を辞任するまで、その経理全般(現金、預金等の管理、資金繰り等)を担当し、被告八広支店の担当者と預金、融資等で取引していた。
のみならず、千枝子は、昭和六〇年ころから、原告と別居し、成功と事実上の内縁関係に入った。この内縁関係は、千枝子がオワセ工業の取締役を辞任するころまで続いた。内縁関係解消後、千枝子は、原告の元に戻ったが、同じ建物内で事実上の別居状態にある。
(三) オワセ工業は、昭和六一年一月二〇日設立された一般土木工事(水道小管・本管工事、下水道工事)、道路舗装工事等を目的とする会社であり、設立以来、成功が代表取締役、千枝子が取締役であった。千枝子は、オワセ工業の確定申告書上、経理責任者欄に佐々木千恵と、役員報酬手当欄に取締役井上千恵子、佐々木千恵等と記載され、また、オワセ工業から取締役として年額八〇〇万円前後の報酬を受けていた。
オワセ工業は、その本店事務所所在地を平成二年二月一日東京都墨田区立花五丁目七番九-三〇三号から同区八広二丁目一番一〇号に移転した。右事務所移転の際、オワセ工業は、千葉県八潮市に社員寮を購入し、成功と千枝子は、そこに住み、そこから東京都墨田区八広の事務所に通った。
オワセ工業は、平成一〇年八月一三日、取引停止処分を受けた。
(四) 被告は、オワセ工業と、昭和六一年一月預金取引を開始し、次いで同年四月信用金庫取引を開始し、その際、千枝子と連帯保証契約(千枝子がオワセ工業の被告に対する債務についてオワセ工業と連帯して包括根保証するもの。)を締結し、以後、オワセ工業と信用金庫取引を継続した。オワセ工業が事務所を東京都墨田区八広二丁目一番一〇号に移転した後は、被告八広支店がオワセ工業との取引の窓口となった。
2 千枝子と被告との取引
(一) 千枝子は、被告八広支店に、佐々木千枝子名義、井上千枝子名義、井上今朝明名義、植村昌子名義及び佐々木千恵名義で預金した(以下、右各名義の預金を「井上今朝明名義預金」のように呼称する。)ところ、右各名義預金の科目(預金の種類)、金額、契約日・満期日、解約日、元本(原資)、使途、備考等は、別表記載のとおりである(以下、個々の右各名義預金の特定は、別表記載の番号による。)。また、井上今朝明名義預金、井上千枝子名義預金及び植村昌子名義預金の流れは、別表記載のとおりである。
本件預金は、井上今朝明名義預金25が自動継続による書替えを繰り返され、金利が元金に組み入れられたものである。
(二) 千枝子は、右各名義預金に関して、預入、振替、預金担保融資申込み、預金担保差入れ、払戻請求、残高証明書発行依頼等の行為をしたが、その例をあげれば、次のとおりである。
(1) 千枝子は、平成元年五月二日、井上今朝明名義預金1、4、6ないし8を解約(振替)して一二七八万〇〇七六円の井上今朝明名義預金10を預入したが、その際、定期預金申込書(乙一の10の2)の案内欄に「通知不要・内緒」と記載し、満期通知が誤って原告に案内されることがないようにした。
(2) 千枝子は、被告に対し、井上今朝明名義預金31の払戻しをさくら銀行砂町支店を通じて請求したが、その際、定期預金証書裏面(乙一の30の3)の払戻請求者欄に「井上今朝明」と署名した。
(3) 千枝子は、被告に対し、井上今朝明名義で、井上今朝明名義預金を担保として、平成四年一〇月二二日一〇〇〇万円、平成五年一月二〇日一〇〇〇万円、同年一一月八日五〇〇万円、平成六年一月七日五〇〇万円の借入れを申し込み、その際、各借入申込書(乙二〇の1ないし4)の申込人欄に「井上今朝明」と署名した。
(4) 千枝子は、平成六年六月九日、被告に対し、井上今朝明名義で、オワセ工業の被告に対する債務の根担保として本件預金(井上今朝明名義預金25。当時の残高は二五三二万三一〇六円)を差し入れ、その際、預金・定期積金担保差入証(乙一三)の担保差入人欄に「井上今朝明」と署名した。
(5) 千枝子は、平成一〇年九月二七日、被告に対し、井上今朝明名義で、本件預金の残高の証明を請求し、その際、残高証明書発行依頼書(乙五の1)の依頼人欄に「井上今朝明」と署名した。
二 本件預金の帰属
預金の所有者は、その名義人ではなく、その出捐者であると解するのが相当である。
これを本件についてみると、本件事実関係によれば、(一)原告と千枝子は、夫婦であるが、昭和六〇年から平成一〇年初めころまで、千枝子が成功と事実上の内縁関係にあったため、別居していたこと、(二)千枝子は、昭和六一年一月二〇日設立されたオワセ工業(代表取締役は成功)の取締役として、設立時から取締役を辞任した平成一〇年一月三一日まで、オワセ工業の経理全般(現金、預金等の管理、資金繰り等)を担当し、被告八広支店の担当者と預金、融資等で取引していたこと、(三)原告は、被告八広支店に赴いたことはないこと、(四)千枝子は、被告八広支店に、佐々木千枝子名義、井上千枝子名義、井上今朝明名義、植村昌子名義及び佐々木千恵名義で預金したが、その預金の詳細は、前記認定のとおりであり、本件預金は、そのうちの一つである井上今朝明名義預金25が自動継続による書替えを繰り返され、金利が元金に組み入れられたものであること、(五)千枝子は、右の各名義預金に関し、預入、振替、預金担保融資申込み、預金担保差入れ、払戻請求、残高証明書発行依頼等の行為をしたことが認められ、これによれば、本件預金の出捐者を原告であると認めることはできず、したがって、原告は、本件預金の所有者であるということはできない。むしろ、本件事実関係によれば、本件預金の所有者は千枝子であると認めるのが相当である。
そうすると、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
三 結論
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉戒修一)