東京地方裁判所 平成10年(ワ)22635号 判決
原告 A
原告 B
右原告ら訴訟代理人弁護士
笠井收
被告 根木佐明
右訴訟代理人弁護士 鈴木秀雄
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告Aに対し、一五八〇万円及びこれに対する平成九年二月一日(訴外亡C死亡の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告Bに対し、三〇〇万円及びこれに対する平成九年二月一日(前同)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件の概要
本件は、原告らにおいて、その母である訴外亡C(訴外亡Cという。)が公認会計士である被告に対し遺言書の作成方法に関する教示を依頼し、その際、加入していた生命保険契約の死亡保険金についても原告らに取得させたい旨の意思を表明していたが、被告又はその被傭者において、死亡保険金の受取人がだれと記載されているかを確認しなかったため、原告ら以外の者が指定されており、右受取人の変更手続を経なければ原告らに死亡保険金を取得させることができなかったにもかかわらず、受取人の変更を指示せず、その結果、訴外亡Cの意思に反し、原告らが死亡保険金を取得できなかったことが、原告らに対する関係でも不法行為に該当すると主張して、民法七〇九条又は同法七一五条に基づき、被告に対し、それぞれ受領できるはずであった死亡保険金相当額の損害賠償を請求した事案である。
二 前提事実
1 原告A(原告Aという。)は訴外亡Cの長女であり、原告B(原告Bという。)は訴外亡Cの三女である(争いがない。)。
2 訴外亡Cは、平成九年一月三一日に死亡した(争いがない。)。
3 訴外亡Cの相続人は、原告らのほかに、二女の訴外D及び長男の訴外E(訴外Eという。)がいる(争いがない。)。
4 訴外亡Cは、生前、訴外明治生命保険相互会社(訴外明治生命という。)との間で、左記の生命保険契約(本件各生命保険契約という。)を締結しており、右各生命保険契約の死亡保険金の受取人はいずれも訴外Eと指定されていた。そして、右受取人は訴外亡Cの死亡時まで変更されなかった(甲三、甲四)。
記
(一) 保険証書番号 三一-四四七二〇四(本件保険契約一という。)
契約日 昭和六二年九月一日
保険期間 終身
保険種類 ダイナミック保険ナイスONE
死亡の場合の保険金合計 一五八〇万円
(二) 保険証書番号 二九-九七九六九六(本件保険契約二という。)
契約日 昭和六二年二月一八日
保険期間 一〇年
保険種類 養老保険
死亡の場合の保険金合計 三〇〇万円
5 訴外亡Cは、平成六年一一月二〇日付けで自筆の遺言書を二通作成した。右各遺言書(本件遺言書という。)には、本件保険契約一に係る死亡保険金については原告Aに、本件保険契約二に係る死亡保険金については原告Bにそれぞれ相続させる旨の遺言が記載されている(甲一、甲二)。
6 右遺言書は、いずれも、平成九年三月二四日、東京家庭裁判所で検認手続が取られた(甲一、甲二)。
7 訴外Eは、死亡保険金受取人の指定に基づき、訴外亡Cの死亡に伴い、本件各生命保険契約に基づく死亡保険金を取得した(弁論の全趣旨)。
8 被告は、公認会計士であり、被告名義で事務所を開設している。訴外G(訴外Gという。)はその事務員である(争いがない。)。
公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明を行うほか、公認会計士の名称を用いて、財務書類の調整をし、財務に関する調査若しくは立案をし、又は財務に関する相談に応ずることを業とするものである(公認会計士法二条)
三 争点及び争点に関する当事者の主張
1 被告が、訴外亡Cから遺言書の作成方法の教示を依頼された際、被告又はその被傭者である訴外Gにおいて、本件各生命保険契約の受取人を調査し、訴外亡Cの意思に従って右各生命保険契約に係る死亡保険金を原告らに帰属させるべく、受取人の名義変更の指示をしなかったことが、原告らとの関係で不法行為を構成するか否か。
(一) 原告らの主張
被告が、訴外亡Cから遺言書の作成方法について教示の依頼を受けた際、被告又はその被傭者である訴外Gは、訴外亡Cが本件保険契約一に係る死亡保険金を原告Aに、本件保険契約二に係る死亡保険金を原告Bにそれぞれ帰属させる旨の遺言をすることを知悉していた。したがって、被告としては、本件各生命保険契約に基づく死亡保険金が訴外亡Cの意向に従って原告らに帰属できるよう、本件各生命保険契約の死亡保険金受取人の名義人がだれであるかを確認し、原告ら以外の者の名義となっていた場合には、原告らの名義に変更すべきよう教示する義務があったのにこれを怠り、原告らが訴外亡Cの意思に基づき死亡保険金を取得し得る権利を侵害した。
(二) 被告の主張
原告らの主張は争う。被告には原告らが主張するような義務はない。被告は、訴外亡Cがいかなる内容の遺言書を作成したのか、当時知らなかったし、本件各生命保険契約に係る保険契約証書を見ておらず、訴外亡Cから本件各生命保険契約の死亡保険金を原告らに取得させる方法についても相談を受けたことがない。
2 損害すべき賠償額
(一) 原告らの主張
原告らは、被告の過失によって、死亡保険金を取得できるという権利を侵害された。訴外亡Cの意思からすれば、被告の教示がありさえすれば、訴外亡Cが、死亡保険金の受取人を原告らに変更したであろうことは確実である。したがって、原告らが被った損害は、死亡保険金相当額であり、原告Aは一五八〇万円、原告Bは三〇〇万円である。
(二) 被告の主張
原告らの損害額の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 前提事実に加え、証拠(後掲)によれば、本件遺言書作成の経緯等について次の事実が認められる。右認定に反する被告の陳述書部分(乙一、乙三、乙四)、被告本人尋問の結果部分、証人G(証人Gという。)の証言部分は、認定事実及び関係証拠に照らして採用することができない。
1 被告は、訴外亡Cの夫である訴外亡Fが代表者(同人死亡後は訴外Eが代表者)であった株式会社隅田好の顧問会計士であったことから、訴外亡Cとも面識をもっていた(乙一、原告A)。
2 平成六年八月ころ、訴外亡Cは、被告事務所を訪れ、家族の問題を相談するとともに、自己の相続に関して遺言書の作成方法を教示するよう被告に要請した。
被告は、平成六年八月下旬から同年九月上旬にかけて、被告事務所事務員である訴外Gに対し、訴外亡Cが遺言書を作成したい旨言っているので自筆証書遺言のサンプルを作成するよう指示し、これを受けて、訴外Gは、訴外亡C宛の自筆証書遺言の作成方法の概略を説明した書面(甲五の一)とその添付資料(甲五の二ないし四)を作成した。右資料は、同月中旬ころには、訴外亡Cの要請に基づき、被告事務所から原告らのもとに郵送された(甲五の一ないし四、甲一七、証人G、被告本人)。
なお、被告は、訴外亡Cから遺言書の書き方を教えて欲しい旨依頼されたことはないと供述しているものの、右供述は、被告が訴外Gに遺言書のサンプルを作成するよう指示している事実に照らして信用することができない。
3 また、訴外Gは、同年一〇月中旬ころ、被告の求めに応じて、さきに作成した添付資料(甲五の二ないし四)に説明を書き加え、拡大コピーしたもの(甲七ないし九)を作成した(甲一〇、証人G)。
4 同月二五日、原告Aの自宅に、税務代理報酬名目(細目相続税)で二〇万円を訴外亡C宛に請求する請求書が送付された(甲六の一及び二、原告A)。
5 訴外亡Cは、訴外亡内田宗二郎の死亡の際、原告らの相続財産が訴外Eに比べて少なかったことから、かねてから、原告Aに対し、遺言書の書き方を従前から面識のある被告のところに行って教わりたいと述べていたところ、同年一〇月中旬ころには、訴外亡Cと原告Aとは、同月三〇日に被告事務所に赴くことを打ち合わせていた(甲一五、原告A)。
6 訴外亡Cと原告Aは、同月三〇日昼すぎ、事前の打合せどおりに被告事務所を訪れた。
当日、被告事務所には被告のみがおり、被告は、被告事務所の名義が印刷されている用箋を訴外亡Cに交付するとともに、事務員である訴外Gが被告の指示に基づき予め作成して被告に渡していた訴外亡C宛の自筆証書遺言の作成方法の概略を説明した書面と添付資料(甲五の一ないし四)及び右添付資料にその後訴外Gが手書で説明を書き入れ、拡大コピーしたもの(甲七ないし九)を示して、遺言書の作成方法を教示した。訴外亡Cは、被告事務所で、その用箋を使用した上(甲一及び二の遺言書の用箋参照)、夕方近くまでかかって遺言書を作成した。しかし、小学校卒業程度の学歴しかない同人は遺言書の作成に手間取ったため、原告A及び原告B宛に対する各遺言書を完成することができなかった。そこで、訴外亡Cは、各遺言書の未完成部分は後日作成することとして、訴外亡C及び原告Aは、その日の夕方ころ、被告事務所を辞した。
また、訴外亡Cは、当日、被告から二〇万円の報酬を支払うよう言われ、予め用意していた現金を同人に支払った(甲六の一の下段の領収欄参照。以上の事実について、甲五の一ないし四、甲六の一及び二、甲七ないし九、甲一五、証人G、原告A)。
7 ところで、被告が訴外亡Cに示した添付資料中、訴外Gが手書の説明を加えた財産目録(甲九)には、その末尾に、原告Aに取得させる財産として本件保険契約一に係る死亡保険金が、また、原告Bに取得させる財産として本件保険契約二に係る死亡保険金がそれぞれ明記されていた。右部分も訴外Gが作成したものであるが(証人G)、生命保険契約の種類、保険契約者、保険証券番号、死亡保険金額は、訴外明治生命作成の「生命保険証券」(甲三、甲四参照)の記載内容を正確に反映していること、訴外Gが鉛筆で右部分を作成したのは平成六年一〇月三〇日から同年一一月二〇日までの間であると思う旨証言していること、原告Aは、同年一〇月三〇日に、「生命保険証券」を訴外ミツが被告に見せたと供述していることを総合すると、本件各生命保険契約に係る「生命保険証券」は、遅くとも平成六年一〇月三〇日には、訴外亡Cから被告に開示されていたと推認できる。被告は右事実を否認するが、右供述はこれらの関係証拠に照らし採用することができない。
なお、証人Gは、前記財産目録(甲九)の鉛筆による手書部分はメモに基づき作成したと証言しているものの、「生命保険証券」がありながら、わざわざ訴外亡Cあるいは原告Aがメモを作成するというのは不自然であることにも照らすと、訴外Gの右証言によっても、前記認定は左右されない。
8 同年一一月二〇日昼過ぎ、原告Aと訴外亡Cとは、再び被告事務所を訪れた。訴外亡Cは、被告事務所において、遺言書の書き残し部分を作成した。そして、同人は、本件遺言書に作成日付を記載し、それぞれ封書に入れ、封印の上、開封を禁ずる旨の文言を被告の教示に基づき記載した(甲一四の三、甲一五、原告A)。
なお、本件各遺言書では被告が遺言執行者として指定されているが、これは訴外亡Cの要請に基づくものである(甲二五)。
9 遺言書の作成過程において、訴外G作成に係る財産目録(甲九)に記載された本件各生命保険契約に係る死亡保険金について、被告が、受取人の記載を確認し、その変更を訴外亡Cに指示することはなかった(原告A)。
二 争点1について
1 対価をもって法律事務の処理を受任したものは、法律に適合する範囲で依頼者の意向を踏まえて、善良なる管理者の注意をもって適切に右事務を処理する義務を負担する。この理は、公認会計士であると弁護士であると基本的には異ならないが、公認会計士の固有の業務が前提事実記載のとおりであり、公認会計士が、弁護士とは異なり、法律事務を処理する専門家ではないことも考慮すると、公認会計士が相当の対価を得て遺言書の作成方法に係る教示の依頼を受けたときは、基本的には、遺言書の作成方法について、書式や形式的記載事項等の外形的な側面について教示を行えば足りると解される(右業務が非弁活動に該当するか否かは別問題である。)。ただ、その過程で、遺言の対象となる財産の内容についてまで委任者から具体的に知らされ、かつ、同人から、右財産を遺言で特定の者に帰属させることができるか否かといった問題について具体的かつ個別的な質問を受け、これに対し、誤った教示をしたなどの事情があるときは、その誤った教示について、委任者との関係で委任契約の債務不履行として損害賠償責任を負担するものと解される。
2 前記認定の事実によれば、被告は、訴外亡Cから遺言書の作成方法を教示して欲しいとの依頼を受け、事務員である訴外Gに命じて、遺言書の作成のために必要な遺言書本文、封筒及び財産目録の各書式のサンプルを作成させたものであるが、これにとどまらず、訴外Gにおいて不動産、預貯金のほか、本件各生命保険契約に係る死亡保険金をも財産目録(甲九)のサンプルに記載していることからすると、訴外亡Cは、原告らに取得させる予定の財産について、被告又は訴外Gに明らかにした事実を推認することができる。
しかし、一方、原告Aの供述をはじめとする本件全証拠によっても、訴外亡Cにおいて、本件各生命保険契約の死亡保険金の受取人の指定が訴外Eになっていたにもかかわらず、遺言により原告らに死亡保険金を取得させることができるか否かといった個別具体的な問題について、被告に相談をしていたとの事実は認められない。
3 右の事実関係に照らせば、被告には、訴外亡Cの求めに応じて、遺言書の一般的な作成方式を教示する以上に、遺言の対象とする個別的な財産を、遺言書記載の名宛人に遺言どおり帰属させることができるか否かについてまで具体的な教示を行う義務はなかったものと解される。それゆえ、被告が、訴外亡Cにおいて生命保険契約に係る死亡保険金を遺言の対象とする意向を有している事実を認識できたとしても、そのことをもって、被告に右死亡保険金の受取人の指定がだれになっているかを確認し、原告ら以外の者が指定されているときは、原告らの名義に指定を変更すべき旨を訴外亡Cに教示すべき義務があったと解することはできない。
そして、被告との委任契約の当事者は訴外亡Cであり、被告が委任契約に基づく債務不履行責任を負担しない本件にあっては、遺言書作成の時点において、本件各生命保険契約に係る死亡保険金の受取人にも指定されておらず、右死亡保険金について何らの法的権利も有していなかった原告らとの関係で、被告の不法行為が成立する余地はないというべきである。
4 ところで、前記のとおり、原告らは、被告においては、遺言書の作成方法を教示する過程で本件各生命保険契約に係る「生命保険証券」を訴外亡Cから開示され、かつ、自ら又は訴外Gを通じて、訴外亡Cから遺言の対象とする財産の細目を知らされ、そこには本件各生命保険契約に係る死亡保険金が含まれていることを知悉できる状況にあったから、本件生命保険契約に係る死亡保険金の受取人がだれに指定されているかを確認し、原告らに指定されていない場合は、その変更を指示すべきであったと主張する。
なるほど、生命保険契約の死亡保険金は、契約においてその受取人が指定されているときは、相続財産を構成せず、原始的にその受取人に帰属することは広く知られている事項であるから、遺言によって、死亡保険金受取人と指定された者以外の特定の者に死亡保険金を遺贈しようとしても、その遺言は、その限りで無効となるものである。そして、本件でも、そうした教示がなされれば、訴外亡Cにおいて、死亡保険金の受取人の指定を変更した可能性を十分肯定できる。
しかし、遺言により、死亡保険金受取人として指定された者以外の者に死亡保険金を取得させることができるか否かといった問題は、すぐれて法律的な問題であって、このような法的問題点をかかえる遺言について教示を受けようとするのであれば、法律事務の専門家である弁護士に相談するのが本筋であるし、そうでないとしても、遺言書の作成方法についての一般的教示を受けるという相談ではなく、広く、遺言に伴う法律問題の有無について個別的な相談をなすべきである。
本件各生命保険契約の契約者である訴外亡Cとしては、死亡保険金の受取人を訴外Eと指定したことを十分認識していたのであるから、右死亡保険金をその指定にもかかわらず原告らに取得させたいというのであれば、まず、訴外明治生命の担当者に質問し、あるいは弁護士に相談するなどして、容易に受取人の指定の変更が必要である旨の知識を得ることができたであろうことが推認できる。それにもかかわらず、従前から面識のある顧問会計士たる被告を相談対象者として選択し、しかも、遺言書の作成方法に関する教示を依頼したのみで、死亡保険金を原告らに取得させることについての個別的な法律問題に関する相談を持ちかけていないと認められる本件では、遺言の対象とした財産に、たまたま死亡保険金が含まれていたという事実をもって、法律事務の専門家ではない公認会計士の法的責任を問責するのは、公平を失するといわざるを得ない。
なお、前記認定の事実を総合すれば、被告は、遺言書の作成方法の教示も含めて訴外亡Cから二〇万円の報酬を取得しているものと認められるが、報酬受領の事実を考慮しても、右認定判断は左右されない。
5 要するに、死亡保険金を原告らに取得させることのできなかった主要な原因は、訴外亡Cにおいて、適切な相談者及び相談方法を選択せず、受取人の変更等、しかるべき措置を講じなかった結果と評価せざるを得ないし、遺言書作成の時点で、死亡保険金について何らの法的権利も有していなかった原告らとの関係で被告の注意義務違法を論ずる余地はないと考える(なお、相談の方法いかんによっては、委任者である訴外亡Cとの関係で委任契約の債務不履行又は不法行為が成立する場合があると解されるが、その場合に訴外亡Cに発生する損害は、死亡保険金の受取人の名義を変更する機会を喪失させられたことに伴う精神的苦痛に関する損害賠償であって、これとは別個独立に原告らとの関係で固有の不法行為は成立せず、また固有の損害も発生しないものと解される。)。
6 したがって、原告らの本訴請求は、争点2について検討するまでもなく、棄却を免れない。
三 結論
以上の認定及び判断の結果によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 中山孝雄)