東京地方裁判所 平成10年(ワ)23103号 判決 2000年1月28日
原告
鈴木きく子
右訴訟代理人弁護士
田中成志
同
平出貴和
被告
イー・エフ・カレッジズ・インタースタディー・ファーイースト株式会社
右代表者代表取締役
中田修一
右訴訟代理人弁護士
稲澤宏一
同
片岡剛
主文
一 被告は、原告に対し、金九四〇万七三二九円及びこれに対する平成一〇年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一九九八万六四四〇円及びこれに対する平成八年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告は、大学生であり、被告は、海外における語学の研修旅行の計画・斡旋等を業とする株式会社である。
2 契約の締結
原告は、平成八年七月末ころ、被告が企画し募集した語学研修講座(平成八年八月一九日から九月一三日までのアメリカ合衆国ボストンのサマーコース、以下「本件研修」という)に二四万五六〇〇円を支払って応募し、被告との間で、アメリカ合衆国所在の被告指定の寮に滞在しながら本件研修を受講することができるとの契約を締結した(以下「本件契約」という)。
3 事故の発生
本件研修に参加した原告は、平成八年九月七日、本件研修中の宿泊施設である寮において、就寝中にベットから転落し、下顎骨骨折等の負傷をした(以下「本件事故」という)。
4 安全配慮義務の存在及びその内容
本件契約は、被告が単に語学学校を紹介するのみでなく、研修期間を通じて参加者が安全に研修できるように配慮すべき義務を契約内容の一部として当然に含む請負類似の一種の無名契約と解すべきであり、原告が、社会人に比して経験や判断力に劣る学生であることを考慮するならば、その注意義務の程度は相当に高度なものが要求されると解すべきである。
右のとおり、被告は、本件研修に際し、原告に対し、被告のボストン校で語学の授業を提供するだけでなく、ボストン校及び寮における生活全般を通じて、原告の生命・身体に対する安全に配慮すべき高度の義務を負担していたものである。
5 被告の安全配慮義務違反
(一) 原告が、本件研修中に被告指定の寮で使用したベッドは、床置き式のものを二階建てにしたものであり、一メートル七〇センチメートルあまりの高さにもかかわらず、上り下りのはしごもなく、また、落下防止の手すりもないもの(以下「本件ベッド」という)であった。
(二) 一般家庭で使用する二段ベッドの安全仕様については、日本工業規格のJISでは、前枠及び後枠を設置し、側枠の上に手すりを設置するものとされ、製品安全協会の「二段ベッドの認定基準及び基準確認方法」では、ベッド上段の両側には手すりを、前後には前枠及び後枠を確実に取り付けることが規定されており、アメリカ合衆国においても消費者安全基準等によれば、二段ベッドには必ずガードレールを取り付けることが規定されていること、過去にベッドから落下し死亡した事故が報告されていることからすると、日本及びアメリカ合衆国においては、二段ベッドの危険性が認識されていたものと認められ、仮に本件ベッドが二階建てで使用されるものであるとしても、転落防止のガードレールを取り付ける等の安全対策がなされるべきものである。
(三) 実際原告は、このベッドで寝るために、まず、ベッドの下に配置された椅子から机に登り、そこからベッドにしがみつくような形でよじ登ることを余儀なくされていた。また、もし本件ベッドから就寝中に落下すれば、傷害や死亡に至る危険性があるため、原告は、壁側に自分の体を寄せて寝なければならなかった。
(四) しかるに、被告は、本件ベッドが危険性を有するものであることを認識していたにもかかわらず、寮において安全確保の為に本件ベッドにはしごやガードレールを取り付ける等の手段を講じていなかった。その結果、本件事故が発生した。
(五) したがって、本件ベッドを設置した寮には、ベッドの管理につき注意義務違反があったというべきであり、寮は被告の履行補助者と認められることから、その過失については被告が当然責任を負い、被告に原告の生命、身体の安全に配慮すべき義務の違反があったものと認められる。
6 原告の受けた損害
(一) 損害の発生
(1) 原告は、本件事故により、下顎骨を骨折し、歯牙破損し、左側オトガイ部の麻痺感、前歯部咬合異常、頚椎捻挫の傷害を受けた。原告は、本件事故による首から顎にかけての神経症状の後遺症のため、現在も東京大学医学部付属病院物理療法室に通院しており、また、今後歯科矯正が必要であると言われている。
(2) 原告の後遺症の程度は、一二級に該当する。
(二) 損害額
(1) 入院・通院及び治療関連費用
合計一四万六四四〇円
入院・診療費用及び通院交通費については、受傷から一八〇日を経過するまでの分は旅行保険から支払われているので請求せず、受傷から一八〇日以降平成一〇年七月一六日までの分を請求する。
入院・診療費用 四万一五六〇円
通院交通費 三万四八八〇円
東京大学付属病院通院費(バス二〇〇円往復)
平成九年三月一〇日以降八四回
200×2×84=33、600
東京医科歯科大学病院(地下鉄一六〇円往復)
平成九年三月四日以降四回
160×2×4=1、280
通院付添費 二万円
2000×10=20、000
入院雑費 五万円
(2) 慰謝料 合計八二〇万円
入院・通院・障害の分 二八〇万円
アメリカ合衆国での入院の事実、一二か月通院加療を斟酌して、甲一五号証の一〇に基づいて算出した金額の二倍
後遺症の分 五四〇万円
交通事故場合に準じた金額の二倍
なお、慰謝料の金額を二倍としたのは、本件事故が被告の故意に基づくといえること、このような事情はアメリカ合衆国におけるのと同様、日本の損害賠償の額の算定においても斟酌されるべきものであること、異国の地で入院・手術を余儀なくされた原告の精神的損害、慰謝料算定の基礎とした通常額は、加害者に過失ある場合を前提とするものであること等を、総合的に考慮してのことである。
(3) 後遺症による逸失利益
九六六万円
後遺症による逸失利益の算定については、原告と同世代の女性の平均給与を三〇〇万円、労働能力喪失期間(二〇才から六五才)に対応するホフマン係数を二三、労働能力喪失率を0.14として、300×23×0.14=966となる。
(4) 弁護士費用 一九八万円
原告は、原告代理人に対し、弁護士会の報酬会規に基づき、着手金及び報酬金として、一九八万円を支払うことを約した。
(5) 以上によれば、原告の損害額は合計一九九八万六四四〇円となる。
7 よって、原告は、被告に対し、安全配慮義務違反による損害賠償請求権に基づき、一九九八万六四四〇円及び本件事故の日の翌日である平成八年九月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、原告が本件研修に応募したことは認めるが、被告が本件研修を企画したこと、被告が寮を指定したことは否認する。
被告は、海外の学校への斡旋、入学手続の代行をしているにすぎない。被告が、海外の学校においてEFメソッドによる英語コースの実施を企画し、各学校に下請けさせるような地位にはない。各学校は、それぞれ独立し、管理、運営されているものである。
3 同3は認める。
4 同4は否認する。
被告は、学校の斡旋、入学手続の代行業者にすぎず、また、パンフレット等で安全確保について保証する旨の文言は一切使用しておらず、留学先の安全配慮義務を負担するものではない。
5 (一) 同5(一)のうち、被告指定の寮で使用したベッドは床置き式のものを二階建てにしたものである点は否認し、その余は認める。本件研修中の滞在方法は原告の自由で、寮は原告が選択したものであり、また、本件ベッドは二階建ての使用を前提としたものである。
(二) 同5(二)は不知ないしは否認する。アメリカ合衆国の二段ベッドの安全仕様は、公共施設である寮における使用については、適用されないものである。また、本件ベッドは、ガードレールはオプションとされており、米国の学校では一般的に、ガードレールを用いないで使用されているのである。
(三) 同5(三)は知らない。
(四) 同5(四)のうち、本件ベッドにはしごやガードレールが取り付けられていなかったことは認め、その余は否認する。
(五) 同5(五)は争う。
6 同6は不知ないしは否認する。
三 抗弁
1 免責特約の存在
本件契約には、被告は、いかなる原因であれ、人または物に対する損失、損害、損傷に対し、責任を負わない旨の免責特約(以下「本件免責特約」という)が存在する。したがって、被告は、原告の請求に対し、責任を負う義務はない。
2 損益相殺
原告は、日本生活協同組合連合会より、傷害保険金として五六万一五〇〇円、三井海上火災保険株式会社より、旅行保険金として一六〇万円の給付をそれぞれ本件事故の損害填補として受けている。したがって、右合計二一六万一五〇〇円を本件損害賠償額から控除すべきである。
3 過失相殺
(一) 原告が、入寮当初から本件ベッドの危険性を感じていたならば、ベッドの交換やガードレール等の提供を、寮の責任者に申し出るべきであった。
(二) 特にボストン校では、ベッドに関する説明を入寮前にしており、また、仮にこの説明が英語であったため原告がその内容を理解できなかったとしても原告に配布されている学校説明書(甲三号証)には、寮における安全管理の問題はRA(レジデント・アシスタント、以下「RA」という)に相談すべきことが明記されている。このような事情にもかかわらず、原告からは何らの申し出もなされなかった。
(三) 原告は大学生であるから、右(一)のような申し出をすることくらいは十分できたのであり、寮では、申し出があればガードレールを提供することができた。したがって、本件事故は申し出をしなかった原告の自己責任の範疇の問題であるか、あるいは、原告には、本件事故及び損害の発生について重大な過失があるというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は否認ないし争う。
(一) 原告は、本件免責特約の内容を認識、了解したうえで合意したわけではない。したがって、本件免責特約は、本件契約の内容とはなっていない。
(二) 本件免責特約は、不可抗力の場合に適用されるにすぎず、本件のように被告に債務不履行がある場合には適用されない。
(三) 本件免責特約が被告の責任一切を免責することを意味するものであれば、右特約は原告と被告が本件契約を締結した意味を全く無に帰するものであり、無効である。
2 同2については、原告が合計二一六万一五〇〇円の保険金を受け取った事実は認めるが、その余は争う。
3(一) 同3(一)のうち、原告が、入寮当初から本件ベッドの危険性を感じていたとの事実は認め、その余は否認する。原告は、当時、英語で自己の意思を伝えるだけの能力はなく、また、それまでの寮の対応からして、仮に原告がベッドの危険性を伝えられたとしても、寮の側で直ちに対応するような状況ではなかった。
(二) 同3(二)のうち、原告が本件ベッドの危険性に関し何らの申し出もしなかったことは認め、その余は否認する。被告は、ボストン校での入寮時、ベッドについての説明を行ったと主張するが、原告はそのような事実は全く知らない。被告は、説明を行ったのであれば、参加者が理解できたかどうか確認するべきであった。また、原告は、その数の少なさから、そもそも誰が寮の安全管理者であるRAかすら判断できない状況であった。
(三) 同3(三)は否認ないし争う。
理由
一 請求原因について
1 請求原因1(当事者)、3(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。
2 次に、本件契約の締結(請求原因2)の有無について検討する。
(一) 原告は、本件研修を企画、募集したのは被告であると主張し、被告は、同社は単に海外の学校への斡旋、入学手続の代行をしているにすぎないと主張する。そこで、まずこの点について判断する。
甲一ないし四号証、五号証の1ないし3、八号証及び弁論の全趣旨によれば、(1) 被告は、「EFインターナショナル・ランゲージ・スクールズ」と記載された語学研修のパンフレットを配布し、本件契約締結に際しても、上部に「EFインターナショナルランゲージスクールズ」、下部に「EFカレッジ日本事務局」と記載された用紙を使用したこと、(2) 被告は、原告からの損害賠償の問い合わせに対し、「私どもの語学研修プログラムにご参加いただきまして」、「私共のボストン校」と記載していること、(3) 「EFカレッジ日本事務局」と被告は同一であることが認められる。
以上の事実によれば、「EFカレッジ日本事務局」、換言すると、被告が「EFインターナショナルランゲージスクールズ」の語学研修(本件研修)を企画、募集しているものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠は存在しない。
(二) 甲一ないし三号証、乙一号証の1及び弁論の全趣旨によれば、(1) 本件研修中の生徒の滞在先は、生徒に選択権があり、ホームステイ、学校の寮等を選択できること、(2) 原告は寮を選択したこと、(3) 生徒が寮を選択した場合、その寮は被告が指定した寮であり、寮内での部屋割りも被告側で決定することが認められる。
(三) 以上によれば、被告の企画した本件研修の参加した原告と、被告との間で、原告はボストンの被告指定の寮に滞在しながら本件研修を受講することができるとの本件契約が成立したと認めることができる。
3 続いて、被告の原告に対する本件契約に基づく安全配慮義務の有無、内容(請求原因4)について検討する。
甲一ないし三号証、乙一号証の2、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告配布のパンフレットには、語学研修の内容だけでなく、滞在方法やEF主催のアクティビティ・プログラムについての記載がされており、EF校が世界規模の学校であり、世界中に同一組織の一員であるスタッフがいるかのような表示をしている。また、本件研修は、一六歳以上という低年齢層からの参加を予定している。
(二) 一般に日本から海外に行く場合、日本とは、文化・自然環境・生活習慣等が異なり、また、治安の問題という海外特有の危険性が存するものであると言い得る。したがって、海外で英語を学ぼうとする者が、被告のような業者の企画、募集する語学研修に参加する場合、海外での学校選択、契約等の煩わしさを感じることなく語学を学ぶ機会が得られるというだけでなく、安全、快適な環境で語学を学ぶことをも意図しているものといえる。
(三) 原告は、本件研修申込み当時、二〇歳の大学生であったところ、被告の管理運営する寮に入ることを条件に両親の許可を得、本件研修に参加することができた。
以上によれば、本件契約は、単に被告が学校を紹介するだけにとどまらず、研修期間中、研修生が安全に研修できるよう、その生命、身体の安全に配慮し、もって不慮の事故を防止すべき義務を負っていたと解するのが相当である。
4 被告の安全配慮義務違反の有無(請求原因5)について検討する。
前記3の認定事実に、甲一九、二四号証、二七号証の1ないし3、二八号証、二九号証の1ないし6、三一ないし三四号証、乙六、七号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、次の事実が認められる。
(一) 本件ベッドは、二階建てのものであり、一メートル七〇センチメートル余りの高さがあるにもかかわらず、上り下りのはしごもなく、落下防止のための手すりなどが取り付けられていなかった(当事者間に争いがない)。原告は、滞在方法として寮を選択したところ、被告側により寮及び寮の部屋が指定され、原告に寮及びその部屋についての選択権はなかった。原告に割り当てられた部屋は二人部屋であったが、先に当該部屋に入室していたコロンビアの学生が床においてあるベッドを使用していたため、原告は本件ベッドの二階部分を使用するほかなかった。
(二) 一般家庭で使用する二段ベッドの安全仕様については、日本工業規格のJISでは、前枠及び後枠を設置し、側枠の上に手すりを設置するものとされ、製品安全協会の「二段ベッドの認定基準及び基準確認方法」では、ベッド上段の両側には手すりが、前後には前枠及び後枠が確実に取り付けられていることが規定されており、アメリカ合衆国においても消費者安全基準等によれば、二段ベッドには必ずガードレールが取り付けられるべきことが規定されていること、過去に二段ベッドから落下し死亡した事故が報告されている。
(三) 実際、原告は、本件ベッドの二階部分で寝るために、まず、ベッドの下に配置された椅子から机に登り、そこからベッドにしがみつくような形でよじ登ることを余儀なくされていた。また、もし本件ベッドから就寝中に落下すれば、傷害や死亡に至る危険性があるため、原告は、壁側に自分の体を寄せて寝なければならなかった。そして、不幸なことに、恐怖が現実となり、原告は、就寝中、本件ベッドの二階部分から落下し、負傷した。
(四) 被告も、本件ベッドの危険性を認識しているためか、被告代理人は、原告の母親に対して、入寮の際にベッドに不安を感じるのであれば申し出るようにと英語でアナウンスがあったと述べたり、本件事故はPLの問題(ベッドの製造物責任の問題)であると主張したりしている。
(五) 以上のとおり、本件ベッドの危険性は、日本及びアメリカ合衆国においても認識されていたのであり、本件ベッドにはしごやガードレールを取り付ける等の手段を講じることなく寮において使用していた、寮側には研修生の安全配慮について義務違反があったというべきである。そして、本件ベッドを設置した寮は、被告の企画、募集した本件研修の滞在に関する部分を運営するものとして、被告の履行補助者であると認められるところ(前記2、甲一ないし三号証、弁論の全趣旨)、寮の安全配慮義務違反はとりもなおさず被告の安全配慮義務違反と評価するのが相当である。
なお、被告は、アメリ力合衆国の二段ベッドの安全仕様(以下「本仕様」という)は、公共施設である寮における使用については、適用されないものであると主張する。確かに、甲二七号証1ないし3によれば、本仕様は、一般家庭向けに規定されたもののようにも受け取れるが、前記のとおり、二段ベッドからの転落の危険性が認識されている以上、公共施設においても、本仕様の転落防止に関する部分の規定が当然に排斥されるものではないと解することができ、この点に関する被告の主張は採用することができない。
以上によれば、被告は、原告が本件事故によって被った損害を賠償すべき責任を負っているということになる。そこで、以下、本件事故により原告の被った損害及びその額について検討を進めることにする。
5 原告の損害及びその額
(一) 損害の発生
甲六、七、一〇、一二、一三号証、一四号証の1、2、一五号証の1ないし10、一七、一八、二一、二二号証、二五号証の1、2、三四号証、四〇号証の1ないし84、原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
原告は、平成八年九月七日早朝、本件事故で負傷し、直ちに救急車でベス・イスラエル病院に搬送され、九月九日まで同病院で入院治療を受けた。原告の怪我は、下顎骨の骨折、歯牙破損、左側オトガイ部の麻痺感、前歯部咬合異常、頚椎捻挫の負傷であった。原告は、同年九月一八日帰国し、翌一九日から東京大学付属病院整形外科で、翌々日の二〇日から東京医科歯科大学歯学部付属病院で、それぞれ負傷部位の通院治療を受けるようになった。治療は長期にわたり、現在も東京大学医学部付属病院物理療法室に通院しており、また、今後歯科矯正が必要であると言われている。
また、原告は、本件事故による負傷により、首から顎にかけて頑固な神経症状が残っており、これは一二級の後遺障害に該当する。
(二) 損害額
(1) 入院・通院及び治療関連費用
八万三四〇円
甲一七号証及び四〇号証の1ないし84及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件負傷事故のために出費した入院・診療費用は四万一五六〇円、通院交通費は三万四八八〇円であると認められる。また、前記(一)のとおり、原告は本件事故で三日間入院したところ、それに要した入院雑費は一日当たり一三〇〇円、合計三九〇〇円であると認められ(弁論の全趣旨)、これを超える額については、これを認めるに足りる証拠は存在しない。
なお、原告は通院付添費を請求するが、本件事故が顎から首にかけてのもので、歩行に困難を生じるものではなかったこと及び原告の年齢に鑑みればこれを認めることは相当ではない。
以上によれば、入院・通院及び治療関連費用については、八万三四〇円と認めるのが相当である。
(2) 慰謝料 四一〇万円
前記(一)の認定事実に、甲一五号証の10、一七号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、原告は、本件事故により被った怪我を治療するため、一二か月通院加療し、一二級の後遺障害が残ったところ、入院・通院・障害の慰謝料は一四〇万円、後遺症慰謝料は二七〇万円であると認めるのが相当である。
なお、原告はいわゆる懲罰的損害賠償の理論により、慰謝料の額を通常の二倍請求しているが、わが国の損害賠償制度の理念と相容れず(最高裁判所平成九年七月一一日第二小法廷判決、民集五一巻六号二五七三頁参照)、採用することができない。
(3) 後遺症による逸失利益
七二二万九四三二円
前記3、5(一)の認定事実に、弁論の全趣旨を併せ考慮すると、原告は、受傷当時二〇歳の短期大学一年生であり、本件事故がなければ、卒業予定の満二二歳から満六七歳までの四五年間、平成九年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、高専・短大卒、二〇から二四歳の平均年間給与額二九〇万五三〇〇円を下らない金額の収入を得るものと推認することができるから、右収入を基礎として、ライプニッツ式計算法(ライプニッツ係数17.7740)により中間利息を控除し、これに労働能力喪失率0.14を乗じると、その額は、
2、905、300×17.7740×0.14=7、229、432となる(一円未満切捨)。
(4) 損害合計額
以上(1)ないし(3)によれば、原告の本件事故の受傷による損害額は、合計一一四〇万九七七二円と認められる。
二 抗弁について
1 抗弁1(免責特約)について
(一) 乙一号証の一、二によれば、「責任」の項目に被告主張のとおりの本件免責特約の記載がされていること及び原告は裏面に本件免責特約が記載された入学願書で本件研修の申込をしたことが認められる。
(二) 他方、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件契約締結の際、被告から免責条項の存在について説明されたことはないことが認められる。そうだとすると、右(一)の事実からだけで、原告が本件免責特約の内容を認識、了解し、これに同意したものと認めるのは困難であり、他に、原告が本件免責特約の合意をしたものと認めるに足りる証拠はない。
(三) のみならず、乙一号証の1、2によれば、本件免責特約は、その文脈から見て、不可抗力により被告が原告に対しサービスを提供することができない場合を規定していると見るのが相当であり、本件のような被告が原告に対し負う債務不履行責任まで免除するものとは認められない。仮に、被告の債務不履行責任まで免責する趣旨のものであれば、かかる合意内容は、公序良俗に反し、無効といわなければならないであろう。
(四) 以上のとおり、被告の抗弁1(免責特約)は、いずれにしても理由がない。
2 抗弁2(損益相殺)について
原告が合計二一六万一五〇〇円の保険金を受け取った事実は、当事者間に争いがない。そこで、この保険給付が損益相殺の対象とされるかについて検討するに、原告の受領した保険金は、いずれも原告自身が出損した保険料の対価たる性質を有しており、第三者の債務不履行の事実と関係なく支払われるものであるから、これによって被告の負担が軽減されるべき理由はない。したがって、右保険金受領額を損害賠償額から控除すべきいわれはないと解するのが相当である。
よって、被告の抗弁2(損益相殺)も理由がない。
3 抗弁3(過失相殺)について
(一) 原告が、入寮当初から本件ベッドの危険性を感じていたこと、それにもかかわらず、寮に対し何らの申し出をしなかったことは当事者間に争いはない。
(二) そして、前記一4(三)、同(四)の認定事実に、甲三、三四号証、原告本人尋問の結果、被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、(1) ボストンの現地で、入寮前にベッドに関する説明があったが、原告には理解できなかったこと、(2) 原告は本件ベッドで寝るために、ベッドの下に配置された椅子から机に登り、そこからベッドにしがみつくような形でよじ登り、壁側に自分の体を寄せて寝ていたこと、(3) ボストン校のパンフレットの最初のページには、質問や疑問については学校のスタッフに相談くださいとの記載が、また、「滞在について」の項には、寮の安全管理については、RAが対応することになっている旨の記載がされていること、(4) 原告もこの記載を認識していたこと、(5) 本件事故後原告の申入れを待たずに、本件ベッドは低いベッドと交換されていることがそれぞれ認められるが、寮にガードレールが準備されていたことを認めるに足りる証拠はない。
(三) 右(二)の認定事実に照らせば、原告の申し出があれば、低いベッドに交換されていた可能性は否定できず、原告は、入寮前のベッドに関する説明が理解できなかったとしても、パンフレットによりRAの存在及びその役割を認識し、かつ、本件ベッドで就寝することの危険性を感じていた以上、何らかの申し出をなすべきであったものと認められ、この点について、原告にも過失があったと認めるのが相当である。
(四) 原告は、この点に関し、(1) 当時は英語で意思を伝えるだけの能力が十分でなかった、(2) 寮ではガードレール設置等の申し出をしてもすぐに対処してもらえるとは思えず、そもそも寮にガードレールなどなかった、(3) 入寮前にベッドに関する説明があったことは知らず、英語で説明するならば参加者が理解できているか否か確認すべきであった、(4) 寮のRAは少人数であり、原告には誰がRAなのか判別すらできない状況であったなどと反論する。
しかし、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件研修は、原告自ら語学の上達を望んで参加したものであること、また、自分の身体の安全に危険を感じていたことが認められるのであり、この点を考慮すれば、右(1)、(2)、(4)の反論は当を得たものとはいえない。ただ、右(3)については、本件語学研修には世界各国から人が集っていることから(甲一号証、弁論の全趣旨)、英語で説明がされるのは致し方ないとしても、参加者の生命・身体の安全に関わることについては、その者の理解できる言語で書かれた書面等により説明されるか、あるいは事前にパンフレット等に記載することが望ましいといえ、この点の反論には理由がある。
(五) 以上(一)ないし(四)によれば、本件事故は原告の自己責任の範疇にあるものとまでは認められず、過失相殺の限度で被告の主張を認めるのが相当である。そして、被告の義務違反の内容、程度等前記(一)ないし(四)の事実をはじめ本件訴訟に顕れた諸般の事情を総合勘案して原告の過失を考慮すれば、原告の被った損害に対し二五パーセントの過失相殺をするのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。
よって、被告の抗弁3(過失相殺)には、右限度において理由がある。
三 小括(損害額、弁護士費用、遅延損害金)
以上のことをまとめれば、損害の額、弁護士費用、遅延損害金は以下のようになる。
1 損害額 八五五万七三二九円
前記一5(二)で認定した原告の被った損害に、二五パーセントの過失相殺をした額は、八五五万七三二九円となる(一円未満切捨)。
2 弁護士費用 八五万円
本件訴訟の難易、審理の経過、認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、八五万円が相当であると認める。
3 遅延損害金
原告の請求は、被告の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求であるから、その債務は、期限の定めのない債務として、原告の請求があった時に遅滞に陥るものと解される。そして、甲二六号証の1、三〇号証によれば、原告は、平成一〇年七月一七日に第二東京弁護士会仲裁センターにおいて、被告に対し、本件事故に基づく損害賠償金の請求をしていることが明確に認められることから、この日の翌日である平成一〇年七月一八日から被告の右損害賠償債務は遅滞に陥ったものと認めるのが相当である。
四 結論
以上のとおりであるから、原告の請求は、損害賠償金九四〇万七三二九円及びこれに対する平成一〇年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官難波孝一)