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東京地方裁判所 平成10年(ワ)23463号 判決 1999年7月08日

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 髙木一嘉

被告 吉川善雄

右訴訟代理人弁護士 西山鈴子

同 田中和

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一一九万円及びこれに対する平成九年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、弁護士で法律事務所の賃借人である原告が、事務所の賃貸人である被告に対し、賃貸借契約締結に際してセキュリティカードの使用方法についての十分な説明をしなかったため、原告がこれを利用することができなかった結果、盗難にあったとして、賃貸借契約上の債務不履行を理由に、盗難にあった金一一九万円の損害賠償とこれに対する盗難事故発生日で請求日である平成九年一一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  前提となる事実(証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、第二東京弁護士会所属の弁護士であり、平成八年六月二五日、被告との間で、原告肩書地所在のB山ビル(以下「本件ビル」という。)の四階の貸室に関する賃貸借契約を締結し(以下「本件契約」という。)、同人から右貸室(以下「本件貸室」という。)を法律事務所として借り受け、平成八年七月一日から現在まで同場所に置いて法律事務所(以下「本件事務所」という。)を経営している。

もっとも、被告は、当初、平成六年六月二七日、香川一雄弁護士(以下「香川弁護士」という。)と本件貸室に関する賃貸借契約を締結し(以下「旧契約」という。)、原告は同年七月一日から香川弁護士の同居人として本件貸室の使用を開始したのであるが、香川弁護士が平成八年八月から本件ビルの三階に移転することとなったので、本件貸室に残ることとなった原告と新たに本件契約を締結した。

なお、原告訴訟代理人も平成八年一〇月一日から原告と共同して、本件事務所を経営しているが、本件契約の当事者にはなっていない。

2  被告は、訴外日本ビルディングセンター株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、本件ビルの管理業務を委託し、また、本件ビルの警備保障については、綜合警備保障株式会社(以下「警備会社」という。)との間で、総合警備保証契約を締結し、本件ビルの警備保障を委託していた。

3  本件ビルは、警備員が常駐しておらず、警備機器による警備体制を取っており、一階玄関ガラスドアの横及び各室の玄関横にカードリーダーが取り付けられており、セキュリティカード(以下「本件カード」という。)を使用して、ドアロックの開閉や警備システムのオン・オフを行う仕組みになっていた。

なお、原告は、本件契約締結の際に、香川弁護士を通じて訴外会社から警備会社が発行した本件カード六枚の交付を受けていた。

4  平成九年一一月二二日から二三日未明にかけて、本件事務所に事務所荒らしが侵入し、原告及び原告訴訟代理人が管理していた現金(原告分金六二万円、原告訴訟代理人分金五七万円)が盗難にあった(以下「本件盗難」という。)。

原告は、平成九年一一月二三日、原告訴訟代理人の被った被害について弁償をしたことから、その被害額は金一一九万円となった。

二  主張

【原告】

本件事務所は警備会社による総合警備保障の対象となっていたにもかかわらず、事務所荒らしが侵入できたのは、次のとおり、賃貸人たる被告の債務不履行が原因となっている。

1 本件ビル入口の鉄扉は、故障のまま常に開放されていた。

2 また、被告及びその履行補助者である訴外会社は、本件契約の締結にあたって、原告に対し、本件カードの使用方法を説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、原告に対し、本件カードの使用方法を説明しなかった。

3 そのために、本件カードの使用方法を知らなかった原告は、本件事務所入口に備えられている警備保障機器を作動させることができなかった(本件契約当初から本件盗難に遭うまでの間、原告、原告訴訟代理人及び事務所の誰もが右警備保障機器の作動の仕方を知らなかったため、一度も右機器を作動させたことはなかった。)。

4 その結果、事務所荒らしは、本件事務所の玄関ガラスをぶち破り、内側の鍵を開けて本件事務所に侵入できたのである。

よって、原告は、本件契約上の義務を尽くさなかった被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、金一一九万円及びこれに対する平成九年一一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

【被告】

1 本件ビル入口の鉄扉は、もし朝夕に開閉する体制にすると、入居者の本件ビル使用にあたり、開閉手続に新たな措置が必要となって極めて煩雑となるため、本件契約締結以前から現状のとおり常時解放状態にしてあり、被告は、これを前提に本件ビルの警備体制を敷いているのであって、鉄扉の常時開放と本件盗難とはなんら因果関係が存しない。

2 被告の履行補助者である訴外会社は、旧契約締結の際、香川弁護士及び原告に対して、本件カードの使用方法等についての説明を記述してある「B山ビル館内細則」(以下「館内細則」という。)をそれぞれ交付した。

なお、本件カードの使用方法については、訴外会社の担当者が、旧契約締結前である平成六年六月二〇日ころ、本件貸室に香川弁護士を案内したとき、本件貸室への入退室にあたり、本件カードを使用してその使用方法を説明した。

3 旧契約においては本件契約と同様、賃借人は、その使用人等に対しても館内細則を遵守させる義務を負うところ、香川弁護士は、原告に対し、館内細則を遵守させる義務を負担していた。

原告は、すでに過去二年間に亘り、香川弁護士の同居人として本件貸室の利用にあたって本件カードを使用していたのであるから、香川弁護士から原告が本件貸室を引き継いだときに、被告からあらためて本件カードの使用方法の説明を受けなかったとしても、何ら支障は存しない。

4 本件契約においては、被告は、盗難に対してはその責に任じない旨契約書に明記されている。

また、館内細則には、「退社時は、事務所内に現金を置かないように御願い致します。」と規定されている。

5 よって、いずれにしても、被告が本件盗難による損害を賠償すべき義務は存しない。

三  争点

1  被告の債務不履行責任の存否

(一) 本件ビル入口の鉄扉の常時解放が債務不履行にあたるか

(二) 本件カードの使用方法の説明義務の存否

(三) 被告は、右説明義務を尽くしたか

2  被告は本件盗難について免責されるか

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件入口の鉄扉について

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は、平成三年初めころまで、本件ビルの八階に居住しており、そのころまでは、自分で早朝に入口の鉄扉を開け、また、夜はビル内のテナントがすべて退出したことを確認したうえ鉄扉を閉めていた。

なお、そのころは、各テナントは各貸室の鍵を使用するのみであった。

(2) 被告が本件ビルから転居した平成三年初めころ以降は、鉄扉の開閉をするものがいなくなり、訴外会社に鉄扉の開閉を委託することも検討されたが、テナントにとって休日や夜間の出入りが不便となることから、鉄扉は開放したまま、警備会社に警備機器による警備を委託することによって対応することとし、現在のような警備システム(本件ビル入口ガラスドアの施錠及び本件カードによる施錠解除、各貸室について本件カードを利用した警備装置の設置)を採用するようになった。

(3) 原告が本件事務所に入居したときは、すでに鉄扉は常時開放されており、その後右鉄扉が閉められたことはなかった。

(二) 右の事実によれば、鉄扉を常時開放することを前提に、本件ビルの警備システムが検討されており、原告もこれを認識しつつ本件事務所に入居したことが認められるのであるから、本件ビル入口の鉄扉が常時開放されていることが、本件契約上の債務不履行とは到底認められない。

2  本件カードの使用方法の説明義務について

本件カードは、警備機器を利用した本件ビルにおける警備システムの中核をなすものであるから、被告及びその履行補助者である訴外会社は、本件ビルの貸室の賃貸借契約の締結にあたり、賃借人に対し、その使用方法を説明する契約上の義務が存するものと認められる。

3  被告に説明義務違反が存するか

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、平成六年六月末ころまで、東新橋一丁目のビルで法律事務所を開設していたが、同ビルが取り壊しをされることとなり、他所に移転することを余儀なくされたが、やはり右ビルで法律事務所を開設していた香川弁護士が、本件事務所を賃貸することとなり、同弁護士から誘われて本件貸室に同居することとなった。

(2) 香川弁護士は、本件ビルのテナント募集中の立て札を見て、訴外会社に対し本件事務所を見せて欲しいと要望したため、訴外会社の担当者であった関久一(以下「関」という。)は、平成六年六月二〇日ころ、香川弁護士を本件貸室に案内した。

(3) 関は、香川弁護士を本件ビルに案内し、まず、当日はウィークデイであったので本件ビルの玄関ガラスドアが開いており、ガードが解除になっていたが、右ガラスドアが閉まっているときは警備装置により施錠されており、その場合には右ドアに向かって右側の壁面にある警報装置のカード差し入れ口に本件カードを差し込めば一時解除の状態になるから、その後ドアを開けて建物内部に入るシステムになっていることを、本件カードを示して、香川弁護士に説明した。

さらに、関は、エレベーターで四階に上がり、本件貸室が当時空室で警備システムによりガードされた状態であったから、香川弁護士の目の前で、貸室入口ドアの横にある警報装置のカード差し入れ口に本件カードを差し入れ、警報装置を解除する方法を、実演しながら説明した。そして、関は、香川弁護士に対し、本件カードを差し入れるという手順を踏まずにドアの鍵を開けると、警報装置が解除されていないので、警備会社に信号が送られガードマンが駆け付けるというシステムになっている旨併せて説明した。

その後、本件貸室内を案内してから室外にでて、そこで、関は、重ねて、香川弁護士に対し、最後に貸室を出る人は、まず、ドアに鍵をかけ、それから本件カードを警報装置のカードリーダーに差し入れて、室内がガードされている状態にする必要のあることを説明した上、同弁護士の目の前で、本件カードを使用して機械警備を作動させて見せた。なお、このときも、鍵をかけないまま本件カードを差し込むと、直ちに警備会社に警報が入りガードマンが駆け付けること、警報装置が作動しているか否かは、警報装置のボックス表面の「警報」と記載した文字の下の緑色のランプが点灯しているか否かで確認することができることをも説明した。

香川弁護士は、関の行う本件カードの操作状況を逐一そばで見ており、説明に対しても「ああ、そうですか。」と応じた。

(4) 香川弁護士は、それから約一週間後の平成六年六月二七日、被告と旧契約を締結したが、その際、関は、香川弁護士に対し、本件カード六枚を交付したものの、その使用方法はすでに案内時に説明していたので、あらためて説明することはしなかった。

なお、訴外会社は、旧契約成立時に、賃貸人の香川弁護士にはもちろん、同居人である原告に対しても、本件カードの使用方法等の記載のある館内細則を交付した。

また、旧契約及び本件契約の各契約書には、「乙(賃借人)は甲(賃貸人)の定める館内使用細則、その他の諸規則を遵守するのは勿論、乙の使用人、出入り人等に対しても遵守させなければならない。」(第一〇条)旨規定されている。

(5) 香川弁護士が本件貸室を賃貸中、本件貸室の開け閉めは、主に香川弁護士が行っており、原告自身は、本件貸室の開け閉めに関して本件カードを使用したことはなかった。

(6) 香川弁護士は、平成八年八月以降、自分が本件ビルの三階に移転することとなり、原告が本件貸室に残ることとなったことから、被告及び訴外会社に対し、平成八年六月二五日付で、原告との間で本件契約を締結するよう取り計らい、原告に代わって事務手続きを代行し、旧契約を引き継ぐ内容の契約書を作成し、原告及び被告がこれに署名した。右契約書には、特記事項として「本契約は平成六年六月二七日付建物賃貸借契約の貸借人香川一雄が三階部分に事務所を変更するに伴い同居人であるA野太郎に名義を変更し権利義務一切の権限を承継する事を甲・乙合意したことにより作成する。」(第二四条2)旨記載されている。

原告は、本件契約の事務手続きについては、すべて香川弁護士に任せたまま、同弁護士から受取った契約書に署名し、被告側に交付した。

なお、本件契約の事務手続きを担当した訴外会社の社員は、現在退職しており、同人が、右手続に際して、いかなる手続を行ったか不明である。

(二) 右の事実に基づいて、被告の説明義務違反の有無について検討する。

確かに、本件契約の締結に際して、被告あるいは訴外会社が、原告に対し、本件カードの使用方法について、あらためて説明をしたことを認めるに足りる的確な証拠は存しない。

しかしながら、前記認定のとおり、被告の履行補助者である訴外会社は、香川弁護士に対し、旧契約の締結に先だって、事前に本件カードの使用方法を実際実演しながら説明し、かつ、契約締結時に使用方法を記載した館内細則を交付していることが認められる。

また、旧契約及び本件契約によれば、賃借人がその使用人等(原告のような同居人を含む。)にその使用方法を説明し、周知することが予定されているのであって、その上、旧契約時に、原告自身に対しても、本件カードの使用方法等を記載した館内細則が交付されており、その後二年間も本件貸室を現実に使用してきていることに照らせば、被告側とすれば、原告が本件カードの使用方法を理解しているものと認識していたとしてもやむを得ないものといえる。

さらに、本件契約は、実質的には旧契約の権利義務を引き継いだものであるうえ、原告自身、契約書作成手続等をすべて香川弁護士に任せきりにして、被告及び訴外会社との接触の機会を作らなかったことから、原告、被告間において、本件契約締結時に直接あらたな説明ないし確認がなされなかったことが窺える。

したがって、右のような事情の存する本件にあっては、本件契約締結時において、被告が本件カードの使用方法をあらためて説明しなかったとしても、それをもって本件契約上の債務不履行と認めることはできないというべきである。

〔なお、原告は、館内細則の記載自体も不十分であって、その記載から直ちに本件カードの使用方法を理解することは困難である旨主張する。しかしながら、館内細則には、入館時(すなわち玄関ガラスドア部分)及び入退室時(各貸室部分)を分けて本件カードの使用方法を記載しており、また、玄関ガラスドア横及び各貸室ドア横に同じような警報装置が設置され、カード差し入れ口が存することから、原告が玄関部分以外に本件カードを使用する部分があることを認識するのに困難はなく、カードの使用方法自体さして複雑でもないこと、館内細則の記載も確かに懇切丁寧とまではいえないが、もし、使用方法が明確に理解できないのであれば、訴外会社に問い合わせれば済むことなどから、原告の右主張は採用できない。〕

二  結論

以上の結果、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡寛)

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