東京地方裁判所 平成10年(ワ)23673号 判決
原告 吉田美恵子
原告 吉田陽祐
原告 吉田成岐
右二名法定代理人親権者母 吉田美恵子
右原告三名訴訟代理人弁護士 田中由美子
被告 株式会社コスモ企画
右代表者代表取締役 福岡信次
被告 福岡信次
被告 東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 丸茂晴男
右被告三名訴訟代理人弁護士 永沢徹
同 大野澄子
同 長浜周生
右被告三名訴訟復代理人弁護士 野田聖子
同 小林広樹
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告吉田恵美子に対し五五三八万六六八八円、同吉田陽祐及び同吉田成岐に対し各二七六九万三三四五円並びにこれらに対する平成九年九月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告らが、その夫又は父である吉田忠行(以下「忠行」という。)が被告株式会社コスモ企画(以下「被告コスモ企画」という。)が主催し、被告福岡信次(以下「被告福岡」という。)が指導したスキューバダイビング中にエアエンボリズム(空気塞栓症)に罹患し、その結果死亡したことについて、右被告らに責任があると主張して、被告福岡に対しては不法行為に基づき、被告コスモ企画に対しては使用者責任又は債務不履行に基づき、それぞれ損害の賠償を請求する事案である。また、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)に対しては、被告福岡及び同コスモ企画に対する右各債権を被保全債権として、同人らを被保険者として被告東京海上との間で締結された保険契約に基づく保険金請求権を代位して行使する事案である。
一 前提となる事実(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実である。)
1 当事者
(一) 原告吉田美恵子(以下「原告美恵子」という。)は忠行の妻であり、同吉田陽祐及び同吉田成岐はいずれも忠行の子である。
(二) 被告コスモ企画は、スキューバダイビングの講習会の企画及び開催、潜水器材の販売等を目的とする会社であり、アクアパレスダイビングスクール(以下「スクール」という。)を運営している。被告コスモ企画は、スキューバダイビングの団体である訴外S.E.A.(Scubapro Educational Association)に加盟し、スクールにおいて、主としてS.E.A.の基準に沿った講習を行っている(乙九)。
被告福岡は、被告コスモ企画の代表者である。
2 スクーバダイバー講習契約の締結
(一) 忠行は、被告コスモ企画との間で、平成九年三月二九日、S.E.A.の定めるスクーバダイバーの資格取得のための講習契約(以下「スクーバダイバー講習契約」という。)を締結した。
(二) スクーバダイバーとは、S.E.A.の基準によれば、単独でスキューバダイビングを楽しむことのできる資格であり、右(一)の講習は、その資格を取得し、スキューバダイビングの基礎的で最低限の知識と技術を身につけることを目的とするものである(乙一の2、九)。
なお、S.E.A.の資格には、スクーバダイバー、オープンウォーターダイバー、アドバンスドダイバー、ダイブマスター、アシスタントインストラクター、インストラクター、マスターインストラクターがあり、右の順に技術水準が高くなるものである(乙一の各一ないし八)。
3 本件講習契約の締結
(一) 忠行は、被告コスモ企画との間で、平成九年九月二三日までに、オープンウオーターダイバーの資格取得のために、ボートスペシャリティ講習契約を締結した(以下、この講習を「本件講習」という。)。忠行は、同日までに、後記(二)の説明講習を受けた(乙七の一、九、被告福岡本人)。
(二) オープンウォーターダイバーとは、スクーバダイバーの能力を更に向上させた資格であるところ(前記2(二))、S.E.A.の基準によれば、右の資格を取得するためには、スクーバダイバーとしての海洋トレーニング三回、海洋ダイビング二回を受講することが最低条件とされている(乙一の三)。被告コスモ企画においては、右の資格取得のため、S.E.A.の右条件に加えて、更にボートスペシャリティ講習の受講を義務付けている。
このボートスペシャリティ講習とは、海洋でボートから海に出入りするために必要な事項を教える講習で、海洋での実技の他、その前日までにスクールにおいて、約一時間半程度の説明講習を行うものである(乙九、被告福岡本人)。
4 本件事故の発生
忠行は、被告福岡らと共に、平成九年九月二三日午前一〇時五九分ころ、静岡県熱海市伊豆山沖において、スキューバダイビング中、エアエンボリズムに罹患した。その結果、忠行は、同日午前一一時四〇分、救急車で搬入された先である同市上宿町六ー二八所在の山形外科病院において、死亡した。右病院における死体検案書によれば、忠行の直接の死因は、溺死であった(以下、この事故を「本件事故」という。)。
なお、本件事故については、本件講習中に起こったものか(原告の主張)、ツアー中に起こったものか(被告の主張)について、争いがある。しかし、本件講習及びツアーは、いずれもオープンウォーターダイバーの資格を取得するために必要な課程であって、また、被告福岡もこうした認識の下で監視、指導に当たっていたものと認められる(被告福岡本人)から、本件講習及びツアーは一体のものであると考えられる(以下、この両者を併せて「本件講習等」という。)。そうすると、本件事故の発生時期が右のいずれであったにせよ、被告福岡が忠行に対して負うべき注意義務には、異なるところがないものと判断される。したがって、本件においては、本件事故は、本件講習等の実施中に起こったものとして、検討を進めることにする。
5 保険契約の締結
被告東京海上は、被告コスモ企画との間で、本件事故発生前、被保険者を被告コスモ企画及び被告福岡として、被保険者がスポーツの練習、競技又は指導中に生じた損害につき負担する賠償責任をてん補するという内容の保険契約を締結した。本件事故は、右保険契約の保険期間中に発生したものである。
二 原告らの主張
右事実を前提にすると、原告らの主張は、以下のように整理される。
1 被告コスモ企画及び同福岡の注意義務
本件講習等の主催者である被告コスモ企画及びその指導者(インストラクター)である被告福岡には、参加者である忠行に対し、その技術水準に合わせて潜水計画を立て、指導及び安全対策を実施する注意義務がある。
2 忠行の経験及び技術等
忠行は、本件講習等までの間に海洋実習を二日間しか経験していない初心者であった。初心者は、ダイビング技術に対する不安からパニックに陥る可能性が高く、また、ダイビング技術が未熟であることから、適切な対処ができない可能性が高い。特に、浮上に際しては水圧が変化する水中で適切に自らの位置をコントロールしなければならないため、高い技術が必要とされるところから、初心者にとっては、浮上する際の危険性が高い(現に初心者がエアエンボリズムに罹患した例が年に二、三件発生している。)。
また、忠行は、ログブック(体験記録)に、中性浮力の技術について不安がある旨の記載をしており、実際、浮上を適切に行い得ない技術水準にあった。
さらに、忠行は、本件講習等までに水深七ないし八メートルの水域にしか潜水したことがなかったため、本件事故時は精神的負担が掛かっており、パニックに陥る前兆があった。このことは、忠行のタンクの残圧が、当初予定していた水深一七メートルの場所に移動する前に浮上しなければならない程度まで減っていたことからも裏付けられる。
こうしたことからすると、被告らには、本件事故についての予見可能性があったというべく、具体的には、後記3に述べるような過失がある。
3 被告らの責任
(一) 浮上時の安全対策に関する過失
被告福岡には、忠行を適切に浮上させるため、忠行の浮上動作を監視、補助し、忠行に急浮上のような危険な状態が発生した場合には直ぐに止めることができるように、忠行にスタッフをつけるか、自ら忠行の近くに位置してこれを見守るべき注意義務があった。
しかるに、被告福岡は、右義務を怠り、忠行に対し初心者である福原豊(以下「福原」という。)とバディ(潜水中に一緒に行動する二人組)を組ませ、影山裕一(以下「影山」という。)に対して右両名を任せたままにし、自らは忠行の行動を十分に監視しなかったため、忠行をして急浮上をさせ、急浮上後もこれを止めることができなかった。影山は、そもそもスタッフではない上、忠行の技量等について把握しておらず、現に、忠行が急浮上した後も、忠行のフィン(足にはいて推進力を得るための器材)を引っ張り、かえって忠行をしてパニックに陥らせているのであるから、右両名を任せるのに適切な者ではなかった。
その結果、忠行は、浮上時にはスタビライジングジャケット(浮力調整装置で、ジャケットのように着るもの。以下「B.C.」という。)の排気をしなければならないにもかかわらず、逆に給気ボタンを押してしまって(これはパニックに近い状態である。)急浮上し、影山からフィンを引っ張られたことも手伝って、パニックに陥った。忠行は、急浮上の際の浮上速度と呼吸のアンバランスによって、あるいは、パニックに陥った結果、人間の当然の生理的現象として息を止め、又は吸引したこと(以下「息こらえ」という。)によって、エアエンボリズムに罹患した。したがって、いずれにしても、忠行のエアエンボリズムの罹患と被告福岡の右行為との間には因果関係がある。
(二) 人員体制に関する過失
被告福岡には、本件講習等において、右(一)の義務を履行できるような人員体制をとるべき注意義務があった。本件事故においては、前記2の事実の他、忠行を含む六名の初心者がいたことからすると、具体的には、インストラクター一名に対し講習生一名(インストラクターの他にダイブマスターが付いていたとしても、講習生二名)という体制をとるべきであった。すなわち、初心者の浮上に際しては、初心者各人に対し、ダイブマスター以上のバディを付けるか、あるいは、自らがバディとなるようにすべき注意義務があった。
しかるに、被告福岡は、右義務を怠り、インストラクター一名(被告福岡)に対し初心者である講習生六名とする体制をとった。本件講習等にはダイブマスター三名が同行しているが、右三名は、いずれも被告コスモ企画の被用者ではなく、かえって被告コスモ企画又は被告福岡から安全にスキューバダイビングを楽しませてもらうべき立場にあった者である。影山は、右(一)のとおり忠行をしてパニックに陥らせていることからして、本件講習等において、インストラクターの補助者とはなり得ない者であった。
その結果、被告福岡は、初心者である忠行と福原にバディを組ませ、この二名の初心者に影山一名を付け、また、自らは一斉浮上を指示したにすぎず、結局、右(一)のとおり、忠行をしてエアエンボリズムに罹患させた。
(三) 急浮上後の措置に関する過失
被告福岡には、忠行が急浮上した後、直ちに浮上し、忠行にエアエンボリズムの罹患等の異常がないかを確認し、異常がある場合には、忠行を安静にさせ、気道を確保しながら浮上地点に待機させて、救助を求めるべき注意義務があった。
しかるに、被告福岡は、右義務を怠り、直ちに浮上して忠行の異常を確認しなかったためエアエンボリズムの罹患を見逃し、また、忠行を影山に任せたままにし、影山をして忠行にシュノーケルを付けるなどして五〇メートル先の船まで移動させ、忠行の症状を更に悪化させた。
(四) 資格付与又は講習場所選定に関する過失
以上の他、被告コスモ企画及び同福岡には、次の過失がある。
(1) 忠行は、浮力調整に不安があり、スクーバダイバー講習中気分が悪くなって受講途中で取り止めたこともあったのであるから、被告コスモ企画又は同福岡は、そもそも忠行に対しスクーバダイバー資格を付与すべきではなかったにもかかわらず、これを怠り、右資格を付与し、本件講習等に参加させた。
(2) また、右(1) の事実からすれば、被告コスモ企画又は被告福岡は、スクーバダイバー講習で行ったプールの深度である水深七メートル程度の海域において本件講習等を行うべきであったにもかかわらず、これを怠り、水深一三メートルもの海域で本件講習等を行った。
被告コスモ企画は、これらの過失によって、忠行をして本件講習等に適切に対応させず、本件事故を惹き起こした。
(五) 以上によれば、忠行に対し、被告福岡は、右(一)ないし(四)の不法行為責任を負い、本件講習等を主催した被告コスモ企画は、右(一)ないし(四)の債務不履行責任又は被告福岡の右不法行為について使用者責任を負い、後記損害額を賠償する責任がある。
(六) 被告東京海上の責任
被告福岡及び同コスモ企画は、被告東京海上に対し後記損害額と同額の保険金請求権を有するところ、原告らに対する右債務を負担するに足りる資力がない。そこで、原告らは、右請求権を被保全債権として、右保険金請求権を代位して行使する。
4 損害額 合計一億一〇七七万三三七八円
(一) 死亡による慰謝料 三〇〇〇万円
(二) 逸失利益 六七八〇万〇二七一円
但し、七七七万二二三〇円(年収)×(一-〇・三(生活費控除率))×一二・四六二(四七歳のライプニッツ係数)
(三) 葬儀費用 一二〇万円
(四) 死亡診断書 二〇〇〇円
(五) 交通費 二万八八〇〇円
但し、四八〇〇円(東京・熱海間の新幹線片道)×二(往復)×三名
(六) スキューバダイビング器材 六七万二〇〇〇円
忠行は、被告コスモ企画を通じて株式会社ライフから、スキューバダイビングの器材を購入し、右購入代金のうち一部を分割払い(支払手数料を含めた七六万九五〇〇円を四八回払い)としたところ、被告福岡は、原告らに対し、本件事故後、右分割金を支払う旨約した。
(七) 本件事故後における被告らの不誠実な対応に対する慰謝料 一〇〇万円
(八) 弁護士費用 一〇〇七万〇三〇七円
但し、右(一)ないし(七)の損害額の合計の一割
三 被告らの主張
1 エアエンボリズムの発症原因と被告福岡の無過失
(一) エアエンボリズムは、浮上に伴う水圧の低下の際、肺内の空気が膨張するにもかかわらず肺内の空気を抜かないために肺胞が破裂して発症するものであって、浮上の際に呼吸を続け肺内の空気を水中に逃していれば発症することはない。したがって、エアエンボリズムの発症原因は、浮上の際に息こらえをすること以外にあり得ず、忠行がエアエンボリズムに罹患したのも、浮上時に息こらえをしたためである。このことは、忠行とバディを組んでいた福原が忠行よりも早く浮上し、また、影山が忠行の足をつかんで一緒に浮上したにもかかわらず、両名ともエアエンボリズムに罹患していないことからも裏付けられる。
(二) そして、浮上の際に息こらえをしないということは、スキューバダイビングの鉄則である。被告福岡は、忠行に対し、学科講習においてテキストなどによって水中で呼吸を続けることの重要性を説明し、ペーパーテストによって右重要性を認識しているかを確認し(忠行は、「スクーバダイバーが浮上中絶対してはいけないことは」との問いに対し、「息を止めて浮上すること」との回答を正しく選択している。)、本件事故当日の潜水前のミーティングにおいてもこのことを確認した。忠行は、こうした知識を有し、本件事故前に六回も息こらえをせずにスキューバダイビングを行っていた。
こうしたことからすると、被告福岡には、忠行の息こらえを予見することができず、また、これを回避する手段もなかったから、過失はない。
(三) ところで、原告らは、本件事故当時忠行がパニックに陥っていた旨主張している。しかしながら、スキューバダイビングでいうパニックとは、頭が混乱したという程度のものではなく、合理的な思考が全くできず、自分及び他人の身体生命に著しい危険を生じさせる重篤な状態をいうところ、忠行は、本件事故の際、そうした意味でのパニックには陥っていなかった。
したがって、忠行のパニックを前提とする原告らの主張は、いずれも理由がない。
2 不適切な速度による浮上に関する被告福岡の無過失
仮に、エアエンボリズムの発症原因が不適切な速度による浮上であったとしても、次の(一)ないし(三)の理由から、被告福岡には過失がない。
(一) 浮上時の危険防止措置
一般に、緊急時に援助可能な距離は二ないし三メートルとされているところ、被告福岡は、忠行と一ないし一・五メートルの位置にいた影山に対し、忠行のサポートをするように指示した。そして、現に、影山は、忠行が不適切な速度による浮上を始めて直ぐに、忠行の足をつかんで浮上速度を抑えている。仮に、これ以上の措置があるとすれば、被告福岡又はダイブマスターが忠行と手をつないで浮上することしかないが、浮上時には両手を使うこととされており、そのような措置は通常採られない。
したがって、被告福岡は、影山を通じて通常考え得る全ての危険防止措置を履践した。
(二) 充実した人員体制
本件事故当日は、アドバンスドダイバー一名、オープンウォーターダイバー一名、スクーバダイバー四名に対し、インストラクター一名、ダイブマスタ-三名が同行していた。ダイブマスターは、単独でツアーの水中ガイドをすることや、講習を行うインストラクターを補助することが認められており、S.E.A.の基準によれば、インストラクター一名にダイブマスター三名が補助者として付けば、二〇名の講習を行うことができるとされている。また、本件事故当日に同行していたダイブマスター三名は、被告福岡から補助者としての役割を告げられ、本件事故当日の潜水前のミーティングにも参加し、忠行を初めとする参加者の体調等も把握していた。
したがって、本件事故当日の人員体制は極めて充実したものであった。
(三) 予見可能性がなかったこと
忠行が不適切な速度で浮上した原因は、本件事故の態様からすれば、忠行がB.C.に空気を入れたためであると考えられるところ、これは、通常では考えられない浮上手順違反である。
また、忠行は、ログブックに中性浮力をなかなかとれない旨の記載をしているが、中性浮力とは、体や器材等の重さとウエットスーツやB.C.内の空気の浮力とが釣り合って、浮きも沈みもしない状態を指すのであって、浮上の技術の巧拙とは直接には関係しない。また、多くのダイバーは、中性浮力の技術を容易には習得できないものである。
こうしたことからすれば、そもそも、被告福岡には、忠行の不適切な速度による浮上に関して予見可能性がなかった。
3 浮上後の措置に関する被告福岡の無過失
被告福岡の指示を受けた影山は、忠行の浮上後、直ちに異常に気付き、忠行のB.C.に空気を入れて浮力を確保し、忠行が呼吸し水を飲まないように気を配りながら、忠行を一番近い安全な場所である船に曳行した(船が近づいてきていたこともあり、曳行した距離は、一〇メートルに満たなかった。)。影山の右措置は、救助のマニュアルに沿った適切なものである。影山は、ダイブマスターであり、自分で救助活動を行うことができるのみでなく、これを実演して他人に見せられるレベルの訓練を受けており、緊急事態に対処できる十分な能力を備えていた。
また、被告福岡は、忠行がボートに引き上げられた後、救急車の手配を行ったり、人工呼吸を施したりして、最善の救助活動を行った。
したがって、忠行の浮上後に影山及び被告福岡自身が採った措置に問題はなく、被告福岡に過失はない。
4 講習場所の選定に関する被告福岡の無過失
スクーバダイバーの資格取得者は水深一八メートルまでの潜水が可能とされている。また、水深が浅い場所の方が深度変化による水圧変化が大きく浮力変化も大きいのであって、浮力調整の容易さの点では水深が深い程良い。さらに、本件事故当時の講習場所は、海の状態は良好で、視界も良く、スキューバダイビングには絶好のコンディションであった。
したがって、講習場所の選定は適切であり、この点に過失はない。
5 過失相殺及び損害のてん補
(一) 前記原告らの主張4は、否認する。
(二) 仮に、被告らに責任があるとしても、忠行がエアエンボリズムに罹患したことについては同人に大きな過失があるから、大幅な過失相殺がされるべきである。
(三) 同様に、原告らは、被告コスモ企画の負担にかかる傷害保険によって計五〇〇万円を受領しており、損害額から右金額を控除するか、あるいは、損害額の算定に当たりこのことを斟酌すべきである。
四 争点
以上によれば、本件の争点は、次のとおりである。
1 本件事故におけるエアエンボリズムの発症原因
2 1を前提として、浮上時の安全対策に関して被告福岡に過失があるか否か。
3 1を前提として、人員体制に関して被告福岡に過失があるか否か。
4 浮上後の措置に関して被告福岡に過失があるか否か。
5 資格付与及び講習場所の選定に関して被告福岡に過失があるか否か。
6 被告らに責任がある場合には、過失相殺及び損害のてん補が認められるか否か。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
証拠(甲二、二一、二二、乙一の二、三の各一及び二ないし五、七の各一及び二ないし一一、一三、証人吉田一夫、原告美恵子本人、被告福岡本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故を巡る次の1ないし3の事実について、以下のとおり認められる。
1 忠行のスクーバダイバ-資格取得の経緯
(一) S.E.A.の基準によれば、スクーバダイバーの資格を取得するためには、学科講習一〇時間、水中講習一七時間、海洋実習三回(スキューバダイビング三回、もしくは、スキューバダイビング二回及びスキンダイビング一回)を受講することが最低条件とされている。
(二) 忠行は、スクーバダイバー講習契約に基づき、スクールのインストラクターから、以下のとおり講習等を受けた。なお、右契約締結時の忠行の健康状態には、特に問題はみられなかった。
(1) 平成九年五月一七日
富路インストラクターから、学科講習及びプールにおけるスキンダイビング講習(レギュレーター等の高圧空気を使わないでするもの。四時間程度)を受けた。
なお、この日予定されていたプールにおけるスキューバダイビング講習は、忠行の気分が悪くなったため、中止された。
(2) 同月二五日
井川インストラクターから、学科講習(同月一七日の分と併せて一〇時間程度)及びプールにおけるスキューバダイビング講習(同月一七日の分の補習)を受けた。
(3) 同月三一日
スクーバダイバー資格取得のためのペーパーテストが行われ、忠行は八六点(合格点六五点)を取得し、合格した。忠行は、右テストにおいて、「中性浮力を取っていたダイバーが浮上中に必ずしなければならないことは」との問いに対し、「急速浮上に注意してBCの排気を行う」との選択肢が正解であるところ、「口から連続して排気しながら浮上する」との選択肢を選択し、誤った解答をした。一方、「スクーバダイバーが浮上中絶対してはいけないことは」との問いに対し、「息を止めて浮上する」との選択肢を選択し、正しい解答をした。
なお、この日予定されていた海洋におけるスキューバダイビング実習は中止された。
(4) 同年六月一日
富路インストラクターから、プールにおけるスキューバダイビング講習(四時間程度)を受けた。
(5) 同年八月二三日
小山インストラクターから、海洋におけるスキューバダイビング実習(二回の潜水)を受けた。
(6) 同月二四日
小山及び井川インストラクターから、海洋におけるスキューバダイビング実習(一回の潜水)を受けた。同日の二回目の潜水時に、潜水方法、呼吸方法、器材の使用方法、浮上方法等について実技テストが行われ、忠行は右テストに合格した。同日の忠行のログブックには中性浮力がなかなかとれない旨の記載があるが、被告福岡は、右記載を見ていない。なお右(5) 及び(6) の実習は、静岡県熱海市沖において一泊二日で行われた。また、忠行が以上の講習及び実習において潜水した最大深度は、右(6) の海洋実習における水深八・一メートルの潜水であった。
(三) 忠行は、被告コスモ企画に対し、平成九年八月二四日、スクーバダイバーの認定カードの申請を行った。これを受けて、S.E.A.は、忠行がスクーバダイバーの資格取得者であることを認定し、被告コスモ企画は、忠行に対し、同年九月二三日朝、スクーバダイバー資格認定カードを交付した。
忠行は、この間の同月六日、オープンウォーターダイバーのテストを受けた。
2 本件事故に至るまでの状況
(一) 被告福岡は、当初、本件講習等を静岡県伊東市沖で行う予定にしていたが、参加者に初心者が多かったことから、安全性を考えて、本件事故の前日ないし前々日ころ、より静かな熱海市伊豆山沖に変更した。被告福岡は、伊豆山沖には一〇〇回程度潜水した経験があり、水深計を見なくても水深が分かる程に馴染みがあり、通じていた。
(二) 被告福岡を除いた本件講習等の参加者(以下「参加者ら」という。)は、忠行(スクーバダイバー)、福原(同)、田村順子(同。以下「田村」という。)、渡辺泰昭(同)、深見貴志(オープンウォーターダイバー)、成味るり(アドバンスドダイバー)、影山(ダイブマスター)、山下敦史(同)、山田勲(同)の九名であった。用松弘子は、本件講習等に申し込んでいたものの、本件事故当日、潜水しなかった。
S.E.A.の基準によれば、ダイブマスターは、講習においてインストラクターのアシスタントとして参加することのできる資格であった。影山は、その資格を有し、本件事故当時、二〇〇回くらいの潜水経験があった。
(三) 被告福岡及び参加者ら(以下「一行」という。)は、平成九年九月二三日午前七時五分ころ、スクールを出発し、午前九時三〇分ころ、熱海市伊豆山に到着した。被告福岡は、参加者らに対し、午前九時五〇分ころからミーティングを行い、浮上中に呼吸を止めないことなどの注意点、器材の動作、ウエイト(ウエットスーツの浮力を打ち消す重り)の調整等について確認したりした。
被告福岡は、右ミーティングの際、参加者らに対し、潜水中に一緒に行動するバディを決め、忠行には田村とバディを組ませた。また、ダイブマスター三名の同席の下、右三名が補助をしてくれること、一行のうち誰かのタンク内気圧が五〇気圧になった時点で、参加者ら全員が浮上することを確認した。また、潜水時間や深度等について説明した。さらに被告福岡は、他の参加者らと同様に忠行に対して、目線を合わせて「調子はどうですか。」などと会話をした。
(四) 一行は、午前一〇時二〇分ころ、熱海市伊豆山沖の水深八メートルの地点に浮いているブイにつながれた船から、潜水を開始した。一行は、直線距離にして約三〇メートル離れた水深一三メートルの地点まで、多少蛇行するような形で進んで行った。本件事故当日は、雨が降ったり止んだりしていたものの、波はなく、水中の視界も一〇ないし一五メートルあり、海の状態は良好であった。
一行が潜水して進行中、忠行は、中性浮力がとれずに上下してしまうということはなかったが、被告福岡は、忠行の吐く息の量が若干多いと感じ、数回、忠行のタンク内気圧の状況を確認した。
(五) 被告福岡は、当初、水深一七メートルの地点まで進む予定であったが、水深一三メートルの地点で、忠行のタンク内気圧が五〇気圧となっているのを確認した。これは、他の参加者らよりも一〇気圧くらい早い減り方であった。
そこで、被告福岡は、参加者らを集め、全員で浮上することにする旨のサインを出した。その際、被告福岡は、ダイブマスター一人が、他のダイバー二人を見ながら浮上するよう指示した。また、被告福岡は、隣同士にいた忠行と福原をバディとし、その近くにいた影山を補助者として二人に付け、まず、忠行と福原が二人で浮上を始め、困ったことがあれば影山が手を貸すということをサインで指示した。忠行は、被告福岡の右サインに対し、オーケーのサインを返した。
このとき、忠行に、特に異常は見られなかった。また、忠行、福原、影山の距離は、それぞれ一ないし一・五メートルであり、被告福岡と忠行の距離は、一・五メートルくらいであった。
そして、各組が浮上を開始した。
(六) 忠行及び福原は、キックだけではなかなか浮上できず、水深一一ないし一二メートルの位置をうろうろし、他の組に比べて遅れ気味であった。そして、忠行は、B.C.の給気ボタンを押して、急浮上を始め、福原もまた、忠行とほぼ同時に急浮上を始めた。このとき、忠行の方が、福原よりも少し先に浮上していた。これを目撃した影山は、急いで忠行及び福原の足をつかまえようとしたところ、福原の足はつかめなかったが、忠行の足をつかみ、その浮上速度を抑えた。そして、福原が先に、忠行及び影山が遅れて、海面に浮上した。
このとき、被告福岡は、全員の浮上を確認するため、参加者の行動を下から観察しながら、最後に浮上したが、忠行の浮上速度が速いと感じた。
3 本件事故後の措置等
(一) 忠行が海面に浮上した後、影山は、忠行及び福原に対し、「早かったですね、気を付けてください。」と声を掛けたところ、両名は、「すみません。」と言った。ところが、その後、忠行が突然「水、水。」と言い出したので、影山は、忠行が水を飲んで溺れたのかと思い、忠行の浮力を確保するため、B.C.の給気ボタンを押してエアーを入れた。しかし、忠行から「違う。」と言われたため、影山は、忠行に対し「泳げますか。」と聞いたところ、忠行は首を振った。
そこで、影山は、忠行を仰向けにしてその脇の下に自分の右手を差し入れ、忠行の首の下に自分の左手を差し入れて抱え、忠行が水を飲まないよう気を配りながら、船の方へ曳行した。このとき、忠行のシュノーケルは、はずされていた。
忠行を船まで曳行後、影山や山田らは、忠行の器材をはずし忠行を船の上へ引き上げた。影山が忠行を曳行した距離は、浮上した忠行らを発見した船が忠行らの方へ近づいてきたこともあってそれ程長い距離ではなかった。
このころ、忠行らとは別に浮上した被告福岡は、船長に呼ばれて忠行の異常に気付き、直ぐに追いかけて船に乗り込んだ。忠行の口からは、血の混じった泡が出ていた。
(二) 被告福岡は、船長に対し指示して携帯電話で救急車の手配をさせ、また、その間、忠行に対し人工呼吸を行ったり、脈を測ったりした。約一、二分後に船が港に着き、忠行を降ろしたが、忠行は意識もなく脈もしっかり取れない状態であった。そこで、被告福岡は、更に人工呼吸を行ったり、心臓マッサージを行ったりした。
船が着いて数分後に救急車が来たので、被告福岡は、忠行を救急車に乗せ、救急隊員にエアエンボリズムの疑いがある旨を伝えた。被告福岡及び影山も同乗して救急車は走り出し、救急隊員が忠行に対し心臓マッサージや人工呼吸を行った。午前一一時四分ころ、忠行は、山形外科病院に搬入された。
被告福岡は、忠行の家族らに事故の発生を連絡し、待合室で待機していたところ、午前一一時四〇分ころ、右病院の医師から忠行の死を告げられた。
(三) 被告福岡は、午後三、四時ころ、影山と共に、熱海警察署の要請に応じて実況見分に立ち会い、事情聴取を受けた。また、原告美恵子及びその兄の吉田一夫らは、午後七時ころ、熱海警察署に到着し、被告福岡も同席の上、警察官から本件事故の説明を受けた。そして、同人らは、午後一〇時過ぎころ、被告福岡と共に右病院に赴き、同被告が運転する被告コスモ企画の所有車で忠行の遺体を原告らの家まで運んだ。
被告福岡は、翌二四日、忠行の通夜に参列し、原告らを含む遺族の前で図面(乙八)を書くなどしながら、本件事故の際の状況等の説明をし、また、翌二五日、忠行の葬儀に参列した。被告福岡は、その後も、保険のことや見舞い等のためあるいは忠行の命日に、原告らの家を訪問した。
二 争点に対する判断
もともと、スキューバダイビングは危険を伴うスポーツであるから、スキューバダイビングの講習又はそれと一体となったツアーを主催又は実施する者は、参加者の生命及び身体に危険が発生しないよう配慮すべき義務を負っているものというべきである。もっとも、右義務の具体的な内容は、それが問題となる具体的状況等によって異なるものであるから、以下、前記前提となる事実及び右一で認定した事実を踏まえて、各争点について検討することとする。
1 争点1(エアエンボリズムの発症原因)について
(一) エアエンボリズムとは、血流中の空気が核となって血小板などが周囲に付着した塊が形成され、その塊が細い動脈に流れて行き栓のような働きをする結果、それ以降の血流が塞がれることにより発症する疾患をいい、スキューバダイビングにおいては、肺の中の空気が正常な容積を超えて膨張した場合に、行き先を失った空気が、肺胞を破壊して肺毛細血管の中に進入し血流中に入ることにより発症するものとされている(甲一二、一〇〇頁)。
そして、これは、水中を浮上する途中で息を止めたり、不規則な呼吸をしながら急浮上したりすることなどが原因で起こるものとされている(甲一四、一〇九頁)。
(二) 前記一で認定したところによれば、忠行の浮上時の状況は、忠行は、バディを組んでいた福原と一緒に浮上を開始したが、当初は他の組よりも遅れるくらいの速度であった、次に忠行と福原はほぼ同時に急浮上し始めた(もっとも忠行の方が少し先であった)、影山が忠行の足をつかまえて忠行の浮上速度を抑えた後は福原が忠行よりも先に浮上した、海面には、福原が、忠行及び影山よりも先に浮上した、というのである。そして、このうち忠行のみがエアエンボリズムに罹患し、福原及び影山は、これに罹患しなかった。
(三) 右(一)及び(二)からすれば、被告らが主張するように、忠行が浮上時に息こらえをしたことによってエアエンボリズムが発症したと考えるのが、一応の合理性を有しよう。
しかしながら、右(二)の事情は、個体差を考えると決定的なものとはなし難く、また、右(二)の事情の他には忠行が浮上時に息こらえをしたことをうかがわしめる証拠は、何らみられない。他方、前記(一)で説示したところに照らすと、原告らが主張するように、急浮上の際の浮上速度と呼吸のアンバランスによって忠行がエアエンボリズムに陥ったということも、考えられないではない。
そうすると、本件事故において、エアエンボリズムの発症原因としては、忠行の浮上時の息こらえにあると一応推測されるが、他方、急浮上の際の浮上速度と呼吸のアンバランスの結果惹起されたということも考えられないではない。そこで、以下、本件エアエンボリズムの発症原因について、息こらえの場合と急浮上の場合との二つを念頭に置きながら、被告らの責任の有無について検討する。
2 争点2(浮上時の安全対策に関する過失)について
(一) 息こらえについて
甲三の文献(弁論の全趣旨によれば、忠行はこれを基本書として学習していたものと認められる。)には、エアエンボリズムを防ぐには、「簡単なことで、呼吸をとめずに、いつも呼吸をしていればよい」との記載がされている(六〇頁)。また、甲一五の文献には、浮上時には「ダイビングの鉄則、『息を止めてはいけない』は絶対厳守!!」との記載がされている(八八頁)。こうしたことからしても、スキューバダイビングにおいては、浮上時に息こらえをしないことが鉄則とされていることが明らかである。そして、被告福岡は、「スクーバーのときには絶対息をとめないということで最初からきつくきつく何回も言って」いた(被告福岡本人)というのであって、被告福岡が、スクーバダイバー資格取得のためのペーパーテストによって正しい知識を習得させ、本件事故前のミーティングにおいても参加者らに対しこれを確認していたことは、前記認定のとおりである。
こうしたことに、後記(二)、3及び5で説示するところも併せ考慮すると、たとい忠行が浮上時に息こらえをしてエアエンボリズムに罹患したとしても、そのことについて被告福岡に過失があったということはできない。
(二) 急浮上について
(1) 原告らは、被告福岡には、忠行の浮上動作を監視、補助し、忠行にスタッフをつけるか、自ら忠行の近くに位置してこれを見守るべき注意義務があったと主張している。
なるほど、スキューバダイビング中の安全対策としてバディシステムの励行がいわれており、また、バデイ双方が緊急時に援助可能な距離は二ないし三メートルとされている(甲一三、一七八頁)。
ところで、前記一2(五)で認定したとおり、被告福岡に指示されてバディを組んだ忠行と福原とは一ないし一・五メートルの距離におり、また、両名の補助を指示された影山も同程度の距離にいたというのであるから、福原も影山も、忠行の緊急時に援助可能であったと一応認められる。
また、被告福岡は、責任者であって参加者全員の浮上を確認すべき立場にあったと考えられるところ、同人は、前記一2(二)で認定したとおりアシスタントとしての資格と能力を有し、かつ、右のとおり適切な位置にいた影山に対し、忠行らの浮上を補助するよう指示しているのである。また、その際の指示の内容についてみても、格別不適切なところはみられない。
こうしたことに、もともと忠行は、所定の講習を経てスクーバダイバーとして、単独でスキューバダイビングを楽しむことのできる資格を取得していたことも考え併せると、右のような状況の下で、右以上に、被告福岡又はその指示を受けた者が、いわば忠行に付きっ切りで浮上すべきであったとの注意義務までは、認め難いというべきである。
(2) ところで、この点について、原告らは、影山は忠行を任せるのに適切な者ではなかった旨主張している。しかし、影山は、前記一2(二)で認定したような資格及び能力を保持している者であることに加え、本件事故前のミーティングにおいても影山らが補助することが参加者らに伝えられていたこと(前記一2(三))や、現に、影山は、忠行の急浮上に気付き、その足をつかまえて浮上速度を抑えるなどして自らの役割を果たしていること(前記一2(六))などにかんがみると、原告らの右主張は採用できない。
また、原告らは、忠行がパニックに陥っていた旨主張している。しかし、パニックに陥ったダイバーは、<1>手を上げ、空気をかく、<2>頭を上げ、頭と肩を水の外に出す、<3>目は広く開かれている、<4>マスクとマウスピースをはずす、<5>声はふるえて、小さく、ソフトになるなどの行動を示すとされている(甲一一、五四頁)が、本件においては、前記一2(五)、(六)及び3(一)で認定したとおり浮上前後の忠行にはそのような兆候は認められないところである。そうすると、原告らが主張する<1>忠行の残圧が予想以上に少なくなっていた、<2>浮上に際し、忠行が給気ボタンを押した、<3>その後、影山が忠行の足を引っ張った、といった事情を考慮したとしても、忠行が右当時、パニックに陥っていたものと認めることはできないというべきである。
また、そもそも、忠行がパニックに陥らないようにするために、被告福岡においては、前記(1) の他に如何なる行動をとるべきであったのか疑問というほかないから、こうした点からしても、原告の主張は理由がない。
(3) こうしたことに、後記3及び5で説示するところも併せ考慮すれば、仮に忠行が急浮上したことによってエアエンボリズムに罹患したとしても、被告福岡に、浮上時の安全対策に関して過失があったということはできない。
3 争点3(人員体制に関する過失)について
(一) S.E.A.の基準によれば、S.E.A.の各講習においては、インストラクター一名につき受講生五名が最大限とされており、アシスタントが一名増える度に受講生が五名追加される(したがって、アシスタントが三名いれば受講生は二〇名が最大限となる。)とされている。もっとも、この比率はプールのような好条件の水域でのものであり、インストラクターはコンデイションにより受講生の数を減らし、安全に講習を進行させなくてはならないとされている(乙一の一、二丁裏及び三丁表)。
本件においては、インストラクター一名の他、アシスタント能力を持つダイブマスターが三名いたのに対し、これらを除く参加者は六名であったから、右基準を十分に満たす人員体制であった。また、仮に右六名全員を初心者と扱うとしても、浮上時には初心者二名につきダイブマスター一名が補助するという体制をとることが可能であったし、現に、被告福岡はそのような指示をしていたところである。こうしたことに、本件事故当日の海の状態が良好であったことなども総合考慮すると、人員体制の面においては格別問題とすべき点はないというべく、この点に関して被告福岡に過失があったとはいえない。
(二) この点について、原告らは、前記のとおり、本件のダイブマスター三名についての補助者としての適格性を問題とするが、雇用の有無は適格性と直接の関連を有しない上、前記一2(三)で認定したところによれば、本件のダイブマスター三名は、ミーティングにも同席し、本件講習等の参加者等の状況を把握していたと認められること、前記2(二)(2) で説示したとおり、影山の資格及び能力並びに影山は自分の役割を果たしていることなどにかんがみると、原告らの右主張は採用できない。
4 争点4(浮上後の措置に関する過失)について
(一) スキューバダイビングのレスキューマニュアルによれば、事故者の救助方法としては、直ぐに事故者を安全なところ(一番近いボートなど)へ曳行し、その際、事故者を扱いやすくするため浮力を調整し、事故者がずっと呼吸を続けられるように気道を開き、顔を水面上に出しておくようにし、もし呼吸をしていなかったら人工呼吸をするなどとされている(甲一〇、一二五ないし一二六頁)。
そして、前記一3で認定したところによれば、本件において、被告福岡から忠行の補助を指示された影山は、まさに右マニュアルに沿った方法によって忠行を船まで曳行しており、本件事故当時の状況にかんがみても、救助方法として格別問題のある点はみられない。また、船に乗り込んだ後に被告福岡がとった救助方法も、右マニュアルに沿ったものである上、短時間のうちに忠行が病院に搬入されたことに照らしても、格別問題となる点はうかがわれない。
(二) この点に関し、原告らは、被告福岡が直ちに浮上して忠行の異常を確認しなかった点を問題にしている。しかしながら、被告福岡としては、責任者として全員の浮上を確認すべき立場にあったが、影山に対し忠行の補助を指示していたのであり、それを受けて影山が右(一)のとおり適切な対処をしたことにかんがみれば、被告福岡に、浮上後の措置に関して過失があったとはいうことはできない。
5 争点5(資格付与及び講習場所の選定に関する過失)
(一) 資格付与について
原告らが主張するように、忠行が浮力調整について不安を抱いていたり、受講中に気分が悪くなり途中で取り止めたりした事実は認められるが、前記一1で認定したとおり、忠行は、S.E.A.の基準に則した学科及び水中講習並びに海洋実習を受講し、所定のペーパー及び実技テストにも合格したのであるから、被告コスモ企画としては、忠行にスクーバダイバー資格を付与するように取り扱ったことに格別の問題はないというべきである。
したがって、この点に関して被告コスモ企画又は被告福岡に過失があったとする原告らの主張は、採用できない。
(二) 講習場所の選定について
S.E.A.の基準によれば、オープンウォーターダイバーの資格取得のための講習における海洋実習は、水深一八メートルを超えてはならないとされている(乙一の三、一丁裏)ところ、本件事故は水深一三メートルの地点で起こったものであるから、本件講習等は右基準に適合するものと認められる。
このことに、被告福岡は、本件講習前、本件講習の参加者に初心者が多いことを考慮して、より安全な本件講習場所(被告福岡自身馴染みがあり、通じている場所であった。)に変更したこと、本件事故当日の海の状態は良好であったこと、忠行は、本件講習前、水深八メートル程度の海洋に潜水したことがあったこと、被告福岡は、参加者らに対し、本件事故前のミーティングにおいて、深度について説明していることなどを併せ考えると、被告コスモ企画又は被告福岡に、本件事故について講習場所の選定に関する過失があるとする原告らの主張は、採用できない。
第四結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金井康雄 裁判官 藤田広美 裁判官 榎本光宏)