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東京地方裁判所 平成10年(ワ)23725号 判決 2003年8月26日

本訴原告(反訴被告)

X1

ほか一名

本訴被告(反訴原告)

Y1

本訴被告

Y2

主文

一  本訴被告(反訴原告)Y1は、本訴原告(反訴被告)X1に対し、金二三三八万七一二七円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴被告(反訴原告)Y1は、本訴原告(反訴被告)X2に対し、金二三三八万七一二七円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告(反訴被告)らの本訴被告(反訴原告)Y1に対するその余の請求及び本訴被告Y2に対する請求をいずれも棄却する。

四  本訴原告(反訴被告)X1は、本訴被告(反訴原告)Y1に対し、金三二九万二二四九円及びこれに対する平成一四年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  本訴原告(反訴被告)X2は、本訴被告(反訴原告)Y1に対し、金三二九万二二四九円及びこれに対する平成一四年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  本訴被告(反訴原告)Y1のその余の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用は、本訴原告(反訴被告)らと本訴被告(反訴原告)Y1の間においては、本訴・反訴を通じてこれを三分し、その一を本訴原告(反訴被告)らの、その余を本訴被告(反訴原告)Y1の負担とし、本訴原告(反訴被告)らと本訴被告Y2の間においては本訴原告(反訴被告)らの負担とする。

八  この判決の一・二・四・五項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

(1)  本訴被告(反訴原告)Y1及び本訴被告Y2は、本訴原告(反訴被告)X1に対し、各自金三六九三万九〇三一円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  本訴被告(反訴原告)Y1及び本訴被告Y2は、本訴原告(反訴被告)X2に対し、各自金三六九三万九〇三一円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

本訴原告(反訴被告)らは、本訴被告(反訴原告)Y1に対し、各自金二四二七万三九六二円及びこれに対する平成一四年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、下記一(2)の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した亡Aの両親である本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)らが、本訴被告(Y1は兼反訴原告。以下「被告」という。)らに対し、民法七〇九条、七一九条一項に基づき損害賠償を求め(本訴)、被告Y1が、原告らに対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた(反訴)事案である。

一  基礎的事実(証拠等を記載したほかは当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

原告らは、亡A(昭和○年○月○日生。本件事故当時二三歳)の両親であり、亡Aの死亡により同人の権利義務を各二分の一の割合で相続した。

被告Y2及び被告Y1(昭和○年○月○日生。本件事故当時三一歳)は、夫婦である。

(2)  交通事故の発生

亡Aは、平成八年一二月六日午前八時四五分ころ、第二種原動機付自転車(一二四cc。以下「本件単車」という。)を運転して、東京都葛飾区立石五丁目二番三号付近の国道六号線(通称水戸街道。以下「本件道路」という。)の金町方面から向島方面に向かう車線(以下「上り車線」といい、その反対車線を「下り車線」という。)の単車専用車線を走行していた。

他方、被告らは、本件道路の北西側から南東側に向けて同道路の横断を開始したところ、被告Y2は、中央線を超え、上り車線の二車線を横切り、単車専用車線近くまで進み、接近してくる本件単車を認めて停止したが、被告Y1は、本件単車と衝突した。

(3)  亡Aの受傷・死亡

亡Aは、本件事故により、左肺門部断裂を伴う外傷性血気胸の傷害を負い、平成八年一二月六日午前九時四二分に死亡した(甲三)。

(4)  被告Y1の受傷及び入通院経過

被告Y1は、本件事故により、急性硬膜下血腫・脳挫傷の傷害を負い、次のとおり入通院した。

ア 日本医科大学付属病院

平成八年一二月六日から同月二五日まで入院し(二〇日間)、緊急開頭術を受け(乙二)、平成九年二月八日から平成一四年九月二五日まで通院した(乙一三の四ないし三〇)。

イ 医療法人社団恵仁堂丸茂病院(以下「丸茂病院」という。)

上記の開頭術後の頭蓋骨欠損、外傷性てんかんの治療のため、平成八年一二月二五日から平成九年一月二二日まで入院し(二九日間)、同月二三日通院した(乙三、弁論の全趣旨)。

ウ 医療法人社団ますみ会亀有大同病院

平成九年二月二〇日から同年三月一〇日まで(一九日間)及び同年六月一三日から同年八月一四日まで(六三日)入院し(乙四、五)、同年二月一五日から平成一二年六月九日まで(上記入院期間を除く。)通院した(乙一五の一一ないし一七・一九ないし七五)。

エ 松江病院

平成一二年七月二五日から平成一四年六月一二日まで通院した(乙一六の一ないし一〇)。

(5)  被告Y1の後遺障害の認定

被告Y1は、損害保険料率算出機構から、自賠法施行令二条別表の後遺障害別等級表(以下、単に「後遺障害等級」という。)七級四号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)及び七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)の併合五級に該当する後遺障害(症状固定日・平成一四年四月四日)の認定を受けた(乙二二)。

二  争点及び当事者の主張

【本訴】

(1) 被告らの責任原因

ア 原告ら

本件道路は、都心と常磐地方を結ぶ幹線国道であり、交通量が極めて多く危険であることから、横断歩道以外は横断禁止とされ、特に本件事故現場の周辺には、歩行者横断禁止の標識のみならず、歩道縁石上のガードパイプにも「わたるな」と書かれた横断幕が設置されていた。

歩行者の横断禁止の規制は、通常は歩行者の安全確保のためと理解されるが、歩行者と高速走行中の車両の接触はその運転者に対しても重大な危険を招くおそれがあることから、厳しく遵守することが求められる。特に被告らは、本件事故現場のすぐ近くに居住していたこと、通勤に使用する車を置いている駐車場が本件道路を挟んで反対側にあり、日常的に本件事故現場の付近を通っていたことから、本件道路に単車専用車線が存在すること及び同車線を単車が常時通行していることを知悉していた。被告らが、あえて本件道路の車両間を縫って横断するという行動をとったところに、上記のような危険性についての認識を欠いた基本的な注意義務違反がある。

(ア) 被告Y1の過失

上記のような状況下で本件道路を横断しようとした被告らには、車両との接触事故を回避すべき特別の注意義務が発生する。渋滞によって車両が相接して停止し歩行空間ができて安全そうに見えたとしても、渋滞に関係なく単車が走行する単車専用車線に入る際には、一旦立ち止まって左方を視認するという極めて容易な方法で単車の進行状況を確認できるのであるから、歩行者としてはそのような方法で安全確認をし、そのまま進めば接触するかもしれない位置を走行する単車を認めた場合には、単車が無事通過するまで待機して接触を回避すべき注意義務がある。被告Y1がこの単純な注意義務を尽くしていれば、急速に接近してくる本件単車を容易に発見し、本件事故を回避できたことは明らかである。しかるに、被告Y1は何ら安全確認を行わず、本件単車が接近していることを容易に認識できる状況にあったのにそのまま漫然と飛び出し、本件単車に衝突したものである。

したがって、被告Y1の過失は極めて重大である。

(イ) 被告Y2の過失

被告Y2も被告Y1とともに本件事故現場のすぐ近くに居住しており、通勤のため日常本件道路を横断して駐車場に向かっていたものである。したがって、上記の横断歩行者としての注意義務はそのまま被告Y2にも当てはまる。

被告Y2は、被告Y1に先行して本件道路の横断を開始し、単車専用車線付近で本件単車を発見してその場に立ち止まった。しかし、被告Y2は、被告Y1が自分の後方を歩いていたことを認識していたのであるから、渋滞で停止している車両及び被告Y2の身体が邪魔になって、左から進行してくる本件単車に被告Y1が気付かないまま飛び出して衝突事故が発生するおそれがあることは当然予見可能であった。したがって、被告Y2は、被告Y1に注意を促し、その進行を止めるなどの適当な手段をとるべき注意義務があったというべきである。しかるに、被告Y2がこのような注意義務を尽くさず、被告Y1を飛び出すがままにさせたことが、被告Y1の過失と相まって本件事故を発生させたものである。

したがって、被告Y2の過失も極めて重大である。

(ウ) 共同不法行為

以上のとおり、本件事故は、関連共同する被告らの過失により発生したものであるから、被告らは共同不法行為者として責任を負うべきである。

イ 被告ら

(ア) 被告Y1は、本件事故現場の手前で一度立ち止まり、道路の安全を確認すべく顔を前に出そうとしたところ、本件単車を運転して高速で走行してきた亡Aのヘルメットに頭部を激突された。

(イ) また、被告Y2は、本件単車が高速で走行してくるのを発見したため、被告Y1の方を振り返ったが、ほどんどそれと同時に本件事故が発生したのであり、本件事故を防止する時間的余裕は全くなかった。原告らは、互いに意を通じて横断歩道以外の部分の横断を開始した歩行者には他方の安全を保護すべき義務が生じるかのように主張する。しかし、そもそも一緒に横断を開始したことから、互いの安全を確保すべき義務を負わされるということは、個人責任の法理から疑問がある。しかも、その義務は、原告らの主張によっても被告Y2が同Y1に対し負担する義務であって、単車の運転者に対して負担する義務ではないから、原告らの被告Y2に対する請求の根拠としては意味がない。また、判断能力が不十分な未成年者等の保護者がその保護義務として未成年者等の動静に対して注意義務を負うことは当然であるが、本件のように十分な判断能力を有する者らが横断する場合、一般的にそれらの者が互いに他方に対して察知した危険を的確に伝えなければならない義務が当然にあるとは考えられない。

(2) 過失相殺

ア 被告ら

(ア) 本件事故は、亡Aが渋滞で停止中の車両と歩道の間の狭い部分を本件単車を運転して高速で通り抜けようとした結果発生した。すなわち、渋滞のため停車している車両の脇を通過する際には、車両の間から歩行者等の出現が予想され、かつ、渋滞車両の存在が自己の進路前方右側の視界を妨げ、安全確認を困難にさせる状況にあるのであるから、前方を注視するのみならず、不測の事態に備え十分に減速して走行する義務があるにもかかわらず、亡Aがその義務を怠ったまま走行した結果、本件事故が発生したものである。高速になればなるほど運転者の視野は狭くなる上、単車は四輪車に比べると横方向の視野が狭い特性があり、本件事故現場のような場所では、渋滞車両等により視界を妨げられることを勘案すると、左右の安全を確認するために減速しなければならない必要性は一層高い。したがって、本件事故発生についての亡Aの過失は大きいといわざるを得ない。

(イ) 本件事故当時の本件単車の速度については、被告Y2も一瞬のことで正確な速度は不明としながらも、相当高速であったと供述しているところ、本件道路上に残された本件単車の擦過痕の状態からすれば、本件単車は時速六〇・五kmないし六五・八kmで走行していたと考えられる。

原告らは、甲八の一・二に基づき、本件事故当時の本件単車の速度を時速四四・三km程度と主張する。しかし、甲八の二が摩擦係数を〇・三程度としている根拠は、その数値が常識値というに過ぎず、実験データ充実の必要があるとされ、具体的裏付けを伴うものではないことが自認されている。他方、乙七は、外国の文献及び実際の再現実験に基づく摩擦係数を基にし(乙九)、かつ、控え目に算定した結果、少なくとも時速六〇km以上であったとしているのであるから、後者の方が信憑性が高いというべきである。

また、本件単車は、本件事故現場から約一八三m先の交差点が青信号に変わった後、先頭を切って走行してきたものと考えられ、そのころ被告らも本件道路を横断し始め、下り車線を駆け足で渡り、中央部分で一度立ち止まった後、上り車線を早歩きで渡っていることから、平均歩行速度を時速六kmとすると幅員一六・八mの車道を渡り終えるまで約一〇秒かかることになる。他方、本件単車が約一八三mを一〇秒で走行する速度は平均時速約六五km、一二秒で走行するとしても平均時速約五五kmであり、本件の場合停止状態から急加速していることも勘案すると、本件単車が相当に高速で走行していたことは疑いようがない。

(ウ) さらに、仮に本件単車の速度が、原告らが主張する時速四四・三kmであったとしても、その速度は本件事故当時の道路状況からすれば、無謀といわざるを得ない。すなわち、時速四四・三kmは秒速一二・三mであるところ、ブレーキを掛けてからそれが効き始めるまでの空走時間を〇・七五秒とすると空走距離は九・二二五mであるが、その後ブレーキが効き始めてから停止するまでにさらに相当の距離が必要である。ところが、被告Y2が本件単車を発見した際、既に本件単車との距離は九・一mしかなかったから、本件単車が被告らの存在を発見した後急制動の措置を講じたとしても衝突前に減速すらできない状態であった。したがって、本件単車が極めて危険な速度で走行していたということは否定し難い。

(エ) しかも、本件単車が走行していた単車専用車線の幅員は一・六mしかなく、本件単車の全幅は一・一三五mであるから、本件単車が同車線の中央を走行していたとしても、左右の余地は二〇数cmしかないことになるところ、そのような狭い空間を時速四〇km以上の高速で通過しようとした場合は相当のスピードを体感するはずである。また、このような狭い空間では、車体を左右に倒して進路変更することにより障害物を回避することはできないし、単車は四輪車と比べ車体寸法が小さいが、ある程度以上の速度になると四輪車並みの安全空間が必要とされている。

(オ) そして、被告Y2は、本件事故の直前に本件単車の存在に気付いた結果、本件単車との衝突を免れたが、同被告の後をついてきた被告Y1は、被告Y2の陰となったこともあり、本件単車の存在に気付かず、本件事故が発生したところ、被告Y1が被告Y2よりわずかに前に出ていたことは事実であるが、被告Y1が飛び出したとの証拠はなく、本件単車が速度を十分減速した上で前方を注視しながら走行していれば、被告らの存在に気付き直ちに制動措置を講じられたはずであり、そうしていれば少なくとも本件のような重大な事故は発生しなかったものと考えられる。

(カ) 以上によれば、本件事故発生の最大の原因は、本件単車が狭い空間をすり抜けるように高速で走行したことにあり、被告Y1の過失に比べ、亡Aの過失の方がより重大である。

イ 原告ら

亡Aは、単車専用車線を適法な速度で走行していたものであり、亡Aに交通法規違反があったことは窺われない。また、単車の場合、その構造上の不安定性から運転者は常に運転に集中していなければならず、本件のように左はガードパイプ、右は渋滞中の車両に挟まれている狭い車線では、前方注視を怠れるような状況ではないから、特段の証拠がない限りいかなる過失も推定されるべきではない。

現代の高速度交通機関たる車両の社会的有用性に鑑みると、本件のように歩行者がわずかの注意を払うことにより容易に事故発生を回避できる場合には、車両運転者としては、歩行者に対してかかる注意義務の履行を期待して運転することが許されるのであり、車両運転者は交通法規に従って運転すれば足り、常に予測できない飛び出しがあることまで考慮して、一般的に単車専用車線において徐行する義務まで負うものではない。

また、被告Y2が本件単車を発見した時点で被告Y2と本件単車の距離は九・一mであり、同時点で、初めて被告Y2が渋滞車両の陰から姿を見せたことになる。一般に通常の速度で走行している単車の運転者にとって、渋滞停止車両の間を縫って右方から横断してくる歩行者は渋滞車両の死角になるため、早期に発見することは不可能である。したがって、亡Aが通常の前方注視をして運転していたとしても、被告Y2を発見できるのは早くてもこの時点であったと考えられる。しかも、亡Aは、被告Y2が横断を中止して本件単車の通過を待っている状況をまず視認したのであるから、直感的にもそのまま進行できると判断するのが当然であり、その直後の被告Y1の飛び出しまで予測して減速ないし停止すべき注意義務を課されるべきではない。

さらに、単車については、その不安定な構造からその制動距離を科学的には確定できないが、被告Y1が飛び出してきた時点ではもちろんのこと、既に亡Aが被告Y2を発見した時点において、被告Y1はもちろん、仮に被告Y2の飛び出しがあったとしても、その衝突を回避することは不可能な状況であった。しかも、本件事故現場は、単車専用車線のわずかな幅員の中であり、ハンドル操作による衝突回避の措置をとることも不可能であり、亡Aにとっては急制動による転倒か、急ハンドルによる左右障害物への激突かが選択できるだけの状況であった。

したがって、亡Aに本件事故について過失はない。

(3) 亡A及び原告らの損害

ア 原告ら

(ア) 葬儀関係費用 原告ら各六〇万円

亡Aの葬儀関係費用として、原告らが支出した費用は、原告ら各六〇万円(合計一二〇万円)を下らない。

(イ) 亡Aの死亡逸失利益 四五九六万一八七七円

亡Aは、死亡当時二三歳の健康な男性であり、その後六七歳までに得られたであろう年収の平均額は、平成一一年賃金センサス男性労働者・高卒・全年齢の平均年収である五二〇万四四〇〇円を下らないから、亡Aの逸失利益は、次のとおり四五九六万一八七七円となる。

520万4400円×(1-0.5)×17.6627=4596万1877円

(ウ) 慰謝料 合計三〇〇〇万円(亡A分一〇〇〇万円、原告ら各一〇〇〇万円)

原告らは本件事故によりかけがえのない息子を失ったのみならず、被告らの一方的過失という本件事故態様からすれば、亡A及び原告らの無念は計り知れない。加えて、亡Aには結婚することが決まっていた女性がいた。本件事故のあった平成八年の翌春に結納、翌秋に結婚式と、結婚に向けた具体的な予定も既に決まっており、原告らは息子の幸福な将来を考え、その結婚を一日千秋の思いで待ち望んでいた。原告らは、息子を失ったショックの他、亡Aの無念や相手の女性の絶望を思うと現在も失意の底から立ち直れない状態である。かかる状況を考慮すると、慰謝料は、亡A分一〇〇〇万円、原告ら固有分各一〇〇〇万円が相当である。

(エ) 弁護士費用 原告ら各三三五万八〇九三円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告ら各三三五万八〇九三円である。

(オ) まとめ

上記損害額は、原告ら固有分及び相続分を合わせて原告ら各四一九三万九〇三一円であるところ、原告らは、被告ら各自に対し、うち各三六九三万九〇三一円及びこれらに対する本件事故日である平成八年一二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告ら

上記(ア)ないし(エ)はいずれも不知。

【反訴】

(1) 亡Aの責任原因

ア 被告Y1

亡Aは、本件単車の保有者である。また、亡Aは、前方に多数の車両が停車していたのを発見できたのであるから、被告らのような横断歩行者等との衝突事故を避けるため、前方の状況を注視するとともに、万一に備え速度を調節して走行すべき注意義務があるのに、漫然と高速で停車車両の側を通過しようとして本件事故を発生させた過失がある。したがって、亡Aは、自賠法三条、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

イ 原告ら

否認ないし争う。本訴についての原告らの主張のとおり、本件事故について亡Aに過失はない。

(2) 自賠法三条ただし書による免責

ア 原告ら

本訴についての原告らの主張のとおり、本件事故について、亡Aに過失はなく、他方、被告らには過失が認められる。また、本件単車には、構造上の欠陥や機能の障害はなかった。よって、亡Aは、自賠法三条ただし書により免責される。

イ 被告Y1

争う。

(3) 過失相殺

本訴についての双方の主張のとおり。

(4) 被告Y1の損害

ア 被告Y1

(ア) 被告Y1の後遺障害等

被告Y1は、平成一一年五月三一日に一旦症状固定と診断され、その後もうつ状態やてんかん発作を抑えるための薬の服用を続けてきたが、上記症状以外に人格的変化が残存したことから、その後の治療結果を基に診断を受けた結果、器質性精神障害及び脳外術後てんかんと診断され、最終的に本件事故による脳外傷による高次脳機能障害の存在及び頭蓋骨片の萎縮が進行していることが確認され、上記基礎的事実のとおり、損保料率機構において、後遺障害等級七級四号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)及び七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)にそれぞれ該当するとして併合五級と認定され、症状固定時期は平成一四年四月四日と判断された。ただし、被告Y1は、今後もてんかん発作やうつ状態の治療のため服用を継続しなければならない状態である。

(イ) 損害額

a 治療費・薬代・診断書代等 一七五万四二八五円

b 入院付添費 二二万〇三八六円

c 入院雑費 一七万〇三〇〇円

d 治療用品代 三万〇一〇〇円

e 通院交通費 七万三二〇〇円

f 休業損害 一一一九万三〇九一円

被告Y1は、本件事故により、入院治療を終えた後も、当初はほとんど寝たきりの状態で、それまで勤めていた会社も退職せざるを得なくなり、家事も基本的に一人で行うことは困難で、極めて限定的な単純作業以外には行えない状態である。したがって、被告Y1は、入院期間中は完全に、その後症状固定時までは少なくとも六〇%以上労働能力が制限されていたとみるべきである。そうすると、被告Y1の休業損害は、次のとおり一一一九万三〇九一円となる。

335万1500円(平成8年賃金センサス女性労働者・学歴計・全年齢平均年収)÷365日×(130日+1815日×0.6)=1119万3091円

g 傷害慰謝料 三〇〇万円

被告Y1は、本件事故により、脳に重大な損傷を受け、一時は生存も危ぶまれる状態となり、その後入院一三〇日、通院約五年(実通院日数九六)の治療期間を要したところ、一人で通院ができず、被告Y2が勤務を休んで病院に付添わなければならなかったことなどから、通院期間に比べ実通院日数が少なくなっていることを考慮しても、慰謝料は上記金額を下らない。

h 後遺障害逸失利益 三〇五四万六五六二円

被告Y1には、器質性精神障害やてんかん等の後遺障害が残存し、日常的に他人の監視や付添が必要な場面が多く、自力のみによる生活はできず、夫らの援助が不可欠な状態で、現実には、後遺障害等級七級四号に対応する労働能力喪失率以上の損害が発生している。被告Y1の後遺障害逸失利益は、次のとおり、三〇五四万六五六二円を下らない。

349万8200円(平成12年賃金センサス女性労働者・学歴計・全年齢平均年収)×15.593(31年に対応するライプニッツ係数)×0.56(労働能力喪失率)=3054万6562円

i 後遺障害慰謝料 一四〇〇万円

被告Y1は、後遺障害等級七級四号及び七級一二号、併合五級の認定を受けたが、後者の後遺障害は労働能力に直接影響を及ぼすものではないとしても、頭蓋骨が陥没し、頭蓋骨片の萎縮も進行しており、身体の重大な損傷が残存していること、前者の後遺障害は人格変化も認められる重大なもので、極めて限定的な単純作業しか担えぬ状態にあり、実際の労働能力はないに等しいこと、出産もできず、長い人生を重い障害をかかえて生きなければならないこと、今後も発作等の症状を抑えるため病院に継続して通院し、そのための費用も負担しなければならないことなどを総合すると、後遺障害慰謝料は一四〇〇万円を下らないというべきである。

j 弁護士費用 四五〇万円

k 損害の填補 一六九四万円

被告Y1は、自賠責保険から合計一六九四万円の支払を受けたところ、これをまず遅延損害金に充当し、残りを元金に充当すると、次のとおり平成一四年一〇月一七日の最後の保険金の支払の時点で残元金は六五〇三万二五一二円となる。

a) 平成九年二月二七日の第一回目の保険金一二〇万円を、本件事故日から上記支払日まで(八三日)の遅延損害金七四万四五八八円に充当し、残四五万五四一二円を元金に充当すると残元金は六五〇三万二五一二円となる。

b) 次に、平成一一年八月九日の第二回目の保険金六一六万円を、第一回目の保険金の支払日の翌日から第二回目の保険金の支払日まで(八九三日)の遅延損害金七九五万五三四六円に充当し、さらに平成一四年一〇月一七日の第三回目の保険金九五八万円を、第二回目の保険金の支払日の翌日から第三回目の保険金の支払日まで(一一六五日)の遅延損害金一〇三七万八四七六円に充当すると、残元金は六五〇三万二五一二円、未払分の遅延損害金は二五九万三八二二円となる。

l まとめ

原告らは、亡Aの被告Y1に対する上記損害賠償債務を各二分の一の割合で相続したから、被告Y1は原告らに対し、うち各二四二七万三九六二円及びこれに対する最後の保険金の支払日の翌日である平成一四年一〇月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 原告ら

上記ア(イ)aないしkは不知。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様について

(1)  認定事実

証拠(甲一、二、七、八の一・二、九、乙一、六、一二の一・二、被告Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 本件道路は、別紙一図(甲二〔実況見分調書〕の別紙現場見取図)及び同二図(甲一〔実況見分調書〕の別紙現場見取図)のとおり、片側三車線(ただし、第一車線を幅員一・六mの単車専用車線とした場合)、車道幅員一六・八mの幹線道路(いわゆる水戸街道)であり、最高速度の規制は時速五〇kmである。同道路は、通常は片側二車線であるが、本件事故当時午前七時ころから午前九時までの間、道路端から幅員一・六mの部分が単車専用車線とされていた(現在は単車専用車線は廃止されている。)。

本件道路の両側には歩道があり、縁石から〇・二mの位置の歩道上に高さ〇・八mのガードパイプが設置され、本件事故現場から向島方面に約四四・七mの両側歩道上に横断禁止の標識が設置されている。また、本件事故現場付近の歩道上のガードパイプには、緑色地に黒文字で「わたるな!」と記された長さ二・五m、幅〇・六mのビニール製の横断幕が設置されている。なお、本件事故現場付近に横断歩道はなく、金町方面に約一八三m及び向島方面に約一八六mの場所にそれぞれ信号機のある横断歩道があるが、本件事故現場は概ねその中間に当たるため、歩行者が本件事故現場付近の車道を横断することがしばしばあった(現在では、車道の中央分離帯にフェンスが設けられ、横断できない状態とされている。)。

イ 被告らは、本件事故当日、自宅を一緒に出て、本件道路を挟んで反対側にある駐車場に向かうため、午前八時四五分ころ、本件道路を横断しようと、被告Y2が別紙一図の<モ>1地点(以下、地点の符号は同図のものを指す。)、被告Y1が<ア>地点で下り車線を通行する車両が途切れるのを待った後、横断を開始した。その際、下り車線の交通量は少なかった。被告Y2は、本件道路の横断を始めて<モ>2地点で左方向(金町方面に約一八三m先)の青信号を見て、小走りに下り車線を横断したが、そのとき、被告Y1は、被告Y2の右側をやや遅れて進行していた。被告らは、上り車線の第二及び第三車線が渋滞中で<甲><乙>地点に車両があったため、その間を縫うように早歩きで渡ろうとした。

ウ 他方、亡Aは、本件単車を運転して、本件道路の単車専用車線を概ね時速五〇kmで走行していたところ、被告Y2が<モ>3地点で立ち止まって左方向をみると、本件単車が<1>地点(<モ>3地点と<1>地点間の距離は九・一m)を走行してくるのを認めた。そこで、被告Y2は、被告Y1に注意を促そうと右方向を振り向いたが、それとほぼ同時に、<×>地点で、本件単車の前部が被告Y1の下肢に、亡Aのヘルメットが被告Y1の頭部に衝突し(被告Y1は<イ>地点、本件単車が<2>地点)、被告Y1は、そのまま崩れ落ちるように金町方面に頭を向けて仰向けに倒れた。他方、亡Aは、<3>地点で倒れ、本件単車は、転倒後、別紙二図のように二五・七mの擦過痕を残して滑走し、進行方向とはほぼ逆向きになって停止した。

(2)  補足説明

被告らは、本件事故当時、本件単車は時速六〇km以上の速度で走行していたと主張し、乙七(日産火災海上保険株式会社自動車損害業務部技術副部長B作成の「事故状況の考察」と題する書面)には、概ね次のとおりこれに沿う記載がある。すなわち、路面摩擦係数はアスファルト舖装で乾燥時のため〇・五五又は〇・六五を用いて、file_3.jpgV=/259X wn XS(V:速度、μ:摩擦係数、S:滑走距離)の算式で試算(滑走距離は二五・七m)すると、速度は時速六〇・五km又は時速六五・八kmとなる。これは転倒後の擦過痕の長さのみを考慮し試算しているが、衝突直前のブレーキング及び横断歩行者との衝突による運動エネルギー吸収があったと推定され、摩擦係数についても、事故当日は晴れていたことと、路面はアスファルト舖装であったことを考慮すると〇・五五以上であったと判断されるから、少なくとも本件単車の速度は六〇km以上であったと判断するのが妥当である、というものである。

しかしながら、単車が滑走する場合の摩擦係数については〇・三が常識値であるとする文献(甲八の二添附の文献)があることからすれば、滑走の具体的な態様等を捨象してその摩擦係数を上記の幅(〇・五五ないし〇・六五)に限定できるのか疑問があり、乙七のみをもって、甲八の二(摩擦係数を〇・三として、本件単車の時速を約四四・三kmとしている。)を排斥し、本件事故当時の本件単車の速度が時速六〇km以上であったと認定することはできない。

また、被告らは、<1>本件単車は本件事故現場から約一八三m先の交差点が青信号に変わった後先頭を切って走行してきたこと、<2>そのころ被告らも本件道路を横断し始めたが、平均歩行速度を時速六kmとすると車道幅員が一六・八mであるから渡り終えるまで約一〇秒かかること、<3>本件単車が約一八三mを一〇秒で走行する速度は平均時速六五km、一二秒で走行するとしても平均時速約五五kmであることなどを前提に、本件単車が相当に高速で走行していたことは疑いようがないと主張する。しかし、被告らが小走り又は早歩きで横断したとしても、本件道路の中央部分や上り車線の渋滞車両間を抜ける間に立ち止まった可能性等も考慮すると、被告らが本件道路の横断を開始してから本件事故が発生するまでの時間を上記のように秒単位で認定することは困難である(被告Y2自身、本人尋問において、横断開始から本件事故発生までに一四秒程度かかった可能性も否定しないところ、仮に本件単車が一八三mを一四秒で走行したとすると、その平均時速は約四七kmとなる。)。また、被告Y2は、<モ>2地点に至って左方向(金町方面に約一八三m先)の青信号を見たことに関して、同信号が赤から青に変わるのを見た旨供述するが、甲二においては、単に上記地点で青信号を見た旨指示説明をしているに過ぎないし、同信号を見た時期についても、下り車線を渡り始めるときと供述し、甲二の指示説明とやや齟齬があることからすれば、被告らが横断を開始したとき又はその直後に上記信号が赤から青に変わったとまでは認定できず、本件単車が上記信号付近で発進した時と被告らが横断を開始した時との先後や時差は判然としないといわざるを得ない。そうすると、被告らの上記主張の前提にも疑問がある。したがって、被告らの上記主張は採用できない。

もっとも、原告ら提出の甲八の二のように摩擦係数を〇・三と控えめにみても本件単車の速度は計算上時速約四四・三kmとなるところ、本件単車は、本件事故により左側に転倒し、滑走しながら回転して前部を進行方向とはほぼ逆の方向を向いて停止していること、滑走するまでに被告Y1との衝突によってある程度の衝撃は吸収され、あるいは亡Aのブレーキ操作があったと考えられること、被告Y2も本件事故当時の本件単車の速度をかなり速かったと供述していることなどを総合すると、本件単車は本件道路の制限速度である時速五〇km程度で走行していたと認めるのが相当である。

二  被告Y1及び亡Aの責任原因並びに過失相殺(本訴・反訴)について

(1)  上記のとおり、本件道路は幹線道路である上、横断禁止規制が明らかであるところ、このような道路を歩行者が横断することは極めて危険であり、あえて同道路を横断する歩行者は、衝突・接触等により単車等の運転者に危害を加えないようにすべき注意義務があるというべきである。しかるに、被告Y1は、下り車線を横断し、上り車線の二車線を車両の間を縫うように横断した後、左方(本件単車が進行してくる方向)の安全確認をしないまま単車専用車線に進入したものと考えざるを得ないところ、被告Y1が安全確認をしていれば、被告Y2がそうであったように、立ち止まり本件単車が通過するのを待つことにより、容易に本件事故を回避することができたことは明らかである。また、被告Y1が上記のように渋滞中の車両の間を縫うように横断したことが、亡Aの被告らの発見を遅らせた要因となったことは否定できない。以上によれば、被告Y1の過失は極めて大きく、被告Y1は民法七〇九条に基づき損害賠償責任を免れない。

(2)  他方、上記のとおり、本件事故当時、上り車線は第二及び第三車線が渋滞し車両が連なっていたところ、本件単車は、その道路端側にある単車専用車線を時速五〇km程度で走行していたものである。しかし、単車専用車線の幅は一・六mしかないから、亡Aが上記のような道路の状況の下で、本件単車を運転して上記程度の速度で走行中に、至近距離に至って歩行者等を発見した場合には、車体を左右に倒して進路変更するなどし、咄嗟にこれを回避することは困難であったと考えられる。そして、渋滞車両間を縫って横断する歩行者があることは予測し得るところである(実際にも、本件事故現場付近ではしばしば歩行者が横断していた。)から、このような道路の状況の下で走行する単車の運転手としては、その状況に応じて減速した上、右前方をも注視して走行すべき注意義務があるというべきところ、亡Aが減速し、右前方を注視していれば、渋滞車両が連なっていたとはいえ、本件道路を下り車線から横断してくる被告らをより早期に発見し、本件事故を回避し得たと考えられる。しかるに、上記認定の本件事故の状況によれば、亡Aは、時速五〇km程度の速度で走行し、右前方の注視が不十分であったため、被告Y2あるいは被告Y1の発見が遅れ、本件事故を回避することができなかったものと推認される。したがって、本件事故の発生については、亡Aにも過失があったものといわざるを得ない。

上記のとおり亡Aには過失が認められ、また、亡Aは本件単車の保有者である(弁論の全趣旨)から、亡Aは自賠法三条、民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。自賠法三条ただし書により、亡Aが免責される旨の原告らの主張は採用できない。

(3)  そして、上記認定の双方の過失を対比すると、亡Aが本件単車を運転し、被告Y1が歩行者であることを考慮しても、被告Y1の過失の方が相当大きいものといわざるを得ず、亡Aと被告Y1の過失割合は三〇対七〇と認めるのが相当である。

三  被告Y2の責任原因(本訴)について

原告らは、被告Y2は、渋滞車両及び被告Y2の身体が邪魔になって左から進行してくる本件単車に被告Y1が気付かないまま飛び出して衝突事故が発生するおそれがあることは当然予見可能であったから、被告Y2は、被告Y1に注意を促し、その進行を止めるなどの注意義務があったと主張する。

しかしながら、被告らが夫婦であり、本件道路を一緒に横断していたとしても、そのことのみをもって、歩行者である被告らが、相互の動静に注意しながら相互に注意を促すなどして、他方が単車等の運転者に危害を加えないようにすべき注意義務があるとまではいえない。また、被告らが会話をしながら、あるいは腕を組みながら本件道路を横断するなど、他方の注意を妨げるような事情があればそれを考慮すべきであるが、本件証拠上そのような事情は認められない。さらに、被告Y2が、立ち止まって本件単車を発見し、被告Y1に注意を促し、あるいは制止するなどの時間的余裕があったにもかかわらず、漫然とそれをしなかったというのであればともかく、上記認定事実によれば、被告Y2にそのような時間的余裕があったものと認めることはできない。

以上によれば、本件事故について被告Y2に亡Aに対する不法行為法上の注意義務違反を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告Y2に不法行為責任を認めることはできないから、原告らの被告Y2に対する本訴請求はその余の点を検討するまでもなく理由がない。

四  原告らの損害(本訴)について

(1)  葬儀費用 一二〇万円(原告ら各六〇万円)

原告らは、亡Aの葬儀費用として一九〇万円以上を支出したところ(甲一三、一四の一ないし一〇)、原告ら主張のとおりうち一二〇万円(原告ら各六〇万円)を本件事故と相当因果関係のある葬儀費用と認める。

(2)  逸失利益 三七五三万四六五〇円

亡A(昭和○年○月○日生。本件事故当時二三歳)は、高校を卒業後、日新ホンダ販売株式会社に整備工として就職し、本件事故当時も同社で稼働していた。そして、甲五(平成八年分給与所得の源泉徴収票)においては、亡Aの年収は二一〇万五六〇〇円とされているが、亡Aが死亡した一二月分の給与は日割り計算とされていること(甲六の一二)や、上記年収には一二月分の賞与が含まれていないこと等を考慮すると、亡Aが本件事故により死亡していなかったとすれば同年の年収は二四〇万円程度であったと考えられる。この額は、平成八年賃金センサス男性労働者・高卒・二〇歳ないし二四歳の平均年収である三三二万〇一〇〇円より相当低く(約七二%)、また、賃金センサスにおける企業規模計・自動車整備工(男)・全年齢の平均年収(第三巻第四表)も、男性労働者・高卒・全年齢の平均年収より低い。しかしながら、亡Aは本件事故当時二三歳と若年である上、普通高校卒で二級整備士の資格を有していなかったため同資格を取得するまで給与が低く抑えられていたが、同資格を取得すれば給与の増額が予定されていたこと、同社は二〇名強の規模の会社で高卒者を中心に採用しているが、二五歳ないし三五歳位で独立する者が多く、亡Aも損害保険業務取扱に関する資格を取得し、独立を目指していたこと(甲一〇ないし一二)なども考慮すると、亡Aは六七歳に至るまで平均して少なくとも平成八年賃金センサス男性労働者・高卒・全年齢の平均年収五三一万二七〇〇円の八割である四二五万〇一六〇円の収入が得られたものと認め、これを基礎収入として逸失利益を算定するのが相当である。そうすると、亡Aの逸失利益は、次のとおり三七五三万四六五〇円となる。

425万0160円×(1-0.5〔生活費控除率〕)×17.6627(本件事故時23歳から67歳までの44年のライプニッツ係数)=3753万4650円

(3)  慰謝料 合計二二〇〇万円

本件事故の態様、亡Aの年齢、同人に婚約者がいたこと、その他本件の一切の事情を総合すると、亡Aの死亡慰謝料及び原告ら固有の慰謝料は、合計二二〇〇万円(亡A分一八〇〇万円、原告ら各二〇〇万円)と認めるのが相当である。

(4)  原告らの各損害額

上記損害額の合計は、六〇七三万四六五〇円(亡A分五五五三万四六五〇円、原告ら固有分各二六〇万円)であるところ、亡Aの過失割合である三〇%を減じると四二五一万四二五五円(亡A分三八八七万四二五五円、原告ら固有分各一八二万円)となる。

したがって、原告ら固有分及び相続分の損害額は、原告ら各二一二五万七一二七円となる。

(5)  弁護士費用 各二一三万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告ら各二一三万円と認めるのが相当である。

(6)  まとめ

以上により、原告らの損害額は各二三三八万七一二七円となる。

五  被告Y1の損害(反訴)について

(1)  治療費・薬代・診断書代等 一七〇万四七四〇円

被告Y1は、本件事故日から症状固定日である平成一四年四月四日までの間に、治療費・薬代・診断書代等として合計一七〇万四七四〇円を要したところ(乙一三の一ないし二二、一四の一ないし六、一五の一ないし九・一一ないし七五、一六の一ないし九、一七の一ないし六八、二〇の一ないし七)、これは本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(2)  入院付添費 二二万〇三八六円

被告Y1は、丸茂病院に入院中の平成八年一二月二五日から平成九年一月二二日までの間に家政婦代等として二二万〇三八六円を要したところ(乙一八の一ないし四)、被告Y1は、日本医科大学付属病院に平成八年一二月二五日まで入院して緊急開頭術を受け(乙二)、その後頭蓋骨欠損、外傷性てんかんの治療のために丸茂病院に入院したなど、傷害の程度は重篤なものであったことなどからして、上記費用は入院付添費として本件事故との相当因果関係を認めるのが相当である。

(3)  入院雑費 一六万九〇〇〇円

入院雑費は一日当たり一三〇〇円として入院日数一三〇日分(上記基礎的事実(4))の一六万九〇〇〇円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(4)  治療用品代 三万〇一〇〇円(乙一九の一ないし三)

被告Y1は、頭部保護帽等の治療用品代として三万〇一〇〇円を要したところ(乙一九の一ないし三)、これは本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(5)  通院交通費 六万三六八〇円

被告Y1は、本件事故日から症状固定日である平成一四年四月四日までの間に六万三六八〇円の通院交通費を要したところ(乙二〇の二ないし七、弁論の全趣旨)、これは本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(6)  休業損害 一一一九万八三六七円

被告Y1は、平成八年九月ないし一一月の三か月で株式会社丸菱総業から二一万八四〇〇円の収入を得ており(乙二三)、かつ主婦であったことからすれば、平成八年賃金センサス女性労働者・全学歴・全年齢の平均年収である三三五万一五〇〇円(一日当たり九一八二円)を基礎収入として、被告Y1の休業損害を算定するのが相当である。

そして、被告Y1は、本件事故により、入院治療を終えた後も、当初はほとんど寝たきりの状態で、上記会社も退職せざるを得なくなり、家事についても、単純作業以外には行えない状態が続き、その後多少改善したものの、現在でも出来る作業は限定されていること(乙六、二五、被告Y2、弁論の全趣旨)、下記のとおり症状固定日以後の労働能力喪失率は五六%であることなどを総合すると、本件事故日である平成八年一二月六日から症状固定日である平成一四年四月四日までの一九四六日のうち、入院期間中の一三〇日は一〇〇%労働能力を制限され、その余の一八一六日は平均して六〇%の限度で労働能力を制限されていたとみるのが相当である。そうすると休業損害は、次のとおり一一一九万八三六七円となる。

9182円×(130日+1816日×0.6)=1119万8367円

(7)  傷害慰謝料 二五〇万円

被告Y1の受傷内容、入通院経過(入院日数一三〇日、症状固定日までの実通院日数八九日〔乙二ないし五、一三の四ないし二二、一四、一五の一ないし九・一一ないし七五、一六の一ないし九〕)等を総合すると、傷害慰謝料は二五〇万円を認めるのが相当である。

(8)  後遺障害逸失利益 三〇七五万七四八四円

ア 被告Y1は、損害保険料率算出機構により、上記のとおり後遺障害の認定を受けているところ、その認定の理由は概ね以下のとおりである(乙二二)。

(ア) 神経系統の機能又は精神の障害

本件については、平成一一年八月二日にC医師(日本医科大学付属病院)作成の後遺障害診断書などの医証に基づき、急性硬膜下血腫や脳挫傷に起因するてんかん発作やうつ状態については、後遺障害等級九級一〇号に該当するものと判断した。

一方、新たに提出された画像検査資料などの医証によれば、平成一一年当時と比較して明らかに症状が増悪したと評価することは困難であるものの、D医師(日本医科大学付属病院)作成の後遺障害診断書などの医証により、平成一一年当時は必ずしも判然としなかった脳外傷による高次脳機能障害が残遺していることが明らかになったことから、平成一四年四月四日を症状固定日として取り扱うことが妥当と判断する。

したがって、脳外傷による高次脳機能障害の典型的な症状である人格変化が残存していること、神経症状としてけいれん発作の症状も残存していることなども勘案するならば、中等度の神経系統の機能又は精神障害のために、精神身体的な労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているものと評価することが妥当であり、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」として、後遺障害等級七級四号に該当するものと判断する。

(イ) 頭部、顔面部、頸部の障害

平成一一年当時に提出された画像検査資料と醜状面接調査時に撮影されたカラー写真を勘案するならば、明らかに頭蓋骨骨片の萎縮が進行していることから、平成一四年四月四日を症状固定日として取り扱うことが妥当と判断する。なお、頭部及び顔面部に残存する醜状障害については、「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」として、後遺障害等級七級一二号に該当するものと判断する。

(ウ) 耳の障害

D医師(日本医科大学付属病院)作成の後遺障害診断書によれば、オージオグラムの検査数値が記載されているものの、症状経過は必ずしも判然としないことから、自賠責保険でいう後遺障害として評価することは困難である。

仮に自賠責保険でいう後遺障害として取り扱うことができる場合であっても、一耳の平均純音聴力レベルが四〇dB以上七〇dB未満に障害されていない場合には、「一耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度になったもの」として、後遺障害等級一四級三号を認定することはできない。

(エ) 併合等級

上記の後遺障害を併合して、後遺障害等級併合五級を認定することが妥当と判断する。

イ 上記事実によれば、被告Y1には、平成一四年四月四日を症状固定日として、後遺障害等級七級四号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)及び七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)、併合五級に該当する後遺障害が残存したものと認められる。そして、醜状障害については直接労働能力に影響するものではないが、高次脳機能障害にかかる上記後遺障害等級及び現在の症状(普段は無気力で感情も乏しいが、突然怒り出すなど感情が安定せず、家庭内でできることも相当に限定されていること〔乙二五〕)等を総合すると、被告Y1は、その主張のとおり労働能力の五六%を喪失したものと認めるのが相当である。そこで、平成一三年賃金センサス女性労働者・全学歴・全年齢の平均年収である三五二万二四〇〇円を基礎収入とし、症状固定時三六歳から六七歳までの三一年に対応するライプニッツ係数を用いて、被告Y1の逸失利益を計算すると、次のとおり三〇七五万七四八四円となる。

352万2400円×15.5928×0.56=3075万7484円

(9)  後遺障害慰謝料 一四〇〇万円

被告Y1の後遺障害の内容及び程度(後遺障害等級七級四号及び七級一二号、併合五級)、被告Y1の年齢、被告Y1は症状固定日以後も定期的に通院する必要があること(乙二五)等を総合すると、後遺障害慰謝料は一四〇〇万円を認めるのが相当である。

(10)  過失相殺

上記損害額の合計は六〇六四万三七五七円であるところ、被告Y1の過失割合である七〇%を減じると一八一九万三一二七円となる。

(11)  弁護士費用

本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、後記(12)の損害の填補後の残額を考慮すると、弁護士費用としては、七〇万円が相当である。

(12)  損害の填補

以上の損害額の合計は一八八九万三一二七円であるところ、被告Y1は、自賠責保険から平成九年二月二七日に一二〇万円、平成一一年八月九日に六一六万円、平成一四年一〇月一七日に九五八万円の各支払を受けている(乙二九の一・二、弁論の全趣旨)。そして、被告Y1は、これらを民法四九一条により損害額に対する遅延損害金に充当した旨主張するので、これに従い充当計算をすると次のとおりとなる。

ア 一八八九万三一二七円に対する平成八年一二月六日から平成九年二月二七日まで(八四日)の年五分の遅延損害金は二一万七四〇〇円であるので、第一回目の支払の一二〇万円のうち、九八万二六〇〇円が元金に充当されることになる。したがって、上記支払後の残元金は一七九一万〇五二七円となる。

イ 一七九一万〇五二七円に対する平成九年二月二八日から平成一一年八月九日まで(二年一六三日)の年五分の遅延損害金は二一九万〇九七二円であるので、第二回目の支払額六一六万円のうち、三九六万九〇二八円が元金に充当されることになる。したがって、上記支払後の残元金は一三九四万一四九九円となる。

ウ 一三九四万一四九九円に対する平成一一年八月一〇日から平成一四年一〇月一七日まで(三年六九日)の年五分の遅延損害金は二二二万三〇〇〇円であるので、第三回目の支払額九五八万円のうち、七三五万七〇〇〇円が元金に充当されることになる。したがって、上記支払後の残元金は六五八万四四九九円となる。

(13)  まとめ

以上によれば、被告Y1の損害残額は六五八万四四九九円となり、原告らの相続債務は各三二九万二二四九円となる。

六  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告Y1に対し各二三三八万七一二七円及びこれに対する本件事故日である平成八年一二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、被告Y1の反訴請求は、原告らに対し、各自三二九万二二四九円及びこれに対する自賠責保険からの最終支払日の翌日である平成一四年一〇月一八日から同割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本利幸)

別紙 <省略>

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