東京地方裁判所 平成10年(ワ)24376号 判決 2002年5月14日
原告
村豊彦
同訴訟代理人弁護士
村山裕
同訴訟復代理人弁護士
渕上隆
被告
株式会社テレビ朝日サービス
同代表者代表取締役
皇達也
同訴訟代理人弁護士
太田恒久
同
石井妙子
同
深野和男
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成一〇年一一月から毎月二五日限り一九万〇一五四円を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告から解雇の意思表示を受けたので、その効力を争い、労働契約上の地位確認及び平成一〇年一一月分以降の賃金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲げないものは、争いがない)
(1) 被告は、全国朝日放送株式会社(以下「テレビ朝日」という)の関連会社として、昭和三三年一二月一六日に設立された会社であり、放送機材の販売・リース、電気製品の販売・工事、テレビ番組の販売、損害保険の代理業務、生命保険の募集業務、売店及び喫茶室の営業、テレビ放送用コマーシャルの編集、各種印刷などを行っている。平成一〇年九月当時、本社はテレビ朝日六本木センター第三別館内(東京都港区<以下、略>)にあり、組織は、総務局(総務部、経理部)、営業局(営業部、外販部)、販売局(番組販売部、保険部、喫茶部)、事業局(CM部、印刷部)から構成されており、社員数はアルバイトを含めて約九〇名であった(書証略)。
(2) 原告(昭和三九年生まれ)は、平成四年二月二四日、被告にアルバイトとして採用され、平成五年四月一日、試用社員として採用され、販売局保険部に配属され、同年一〇月一日、正社員として採用された(書証略)。
(3) 保険部は、損害保険代理業務、生命保険の募集業務、取引先損害保険会社の広告代理業務などを行っており、平成一〇年九月当時、保険部長のもとに原告を含め七名の社員が所属していた。保険部長は、原告の入社時から平成七年二月二八日までが天野馨、同年三月一日から平成一〇年三月三一日までが岩田浩、同年四月一日から本件解雇までが鈴木啓二朗であった(書証略)。
(4) 被告の就業規則には、次の規定がある。
(解雇基準)
三七条 社員が次の各号の一に該当するときは解雇する。
三号 懲戒解雇に相当したとき
七号 勤務成績著しく悪く改悛の見込みがないと認めたとき
(懲戒基準)
四九条
二項 次の各号の一に該当した場合は五〇条五号によって懲戒する。
二号 正当な理由がなく上長の指揮命令に反抗したとき
四号 会社の内外を問わず盗取、横領、傷害等刑事犯に該当する行為をなしたとき
九号 その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき
(懲戒の定義)
五〇条 懲戒を次の通りとする。
五号 解雇 始末書を取り監督署長の認可を受けて即時解雇する。
(5) 被告は、平成一〇年九月二日、原告に対し、原告には就業規則三七条三号及び七号に該当する行為があったことを理由に、同日付けで解雇(普通解雇)するとの意思表示をした(書証略)。
(6) 原告の賃金は、平成一〇年九月当時、月額一九万〇一五四円であった。賃金は、毎月一五日締め・当月二五日支払であった(書証略)。
2 争点
(1) 解雇事由の有無
(被告の主張)
原告には、次の解雇事由がある。そのため、原告と被告との間の雇用契約上の信頼関係が喪失し、これを回復することが困難となった。
ア 原告の担当業務の変遷
原告は、平成五年四月一日に試用社員として入社して保険部に配属されて以来、様々な業務を担当したが、いずれの業務も満足に遂行することができず、様々なミスやトラブルを発生させたうえ、何ら反省せず、上司らに反発するばかりで、勤務状況を改善しようとする努力をしなかった。原告は、入社当初、ファイリングを担当したが、その仕方がでたらめであるうえ、約一か月分の申込書をファイリングしないまま滞留させたので、平成五年九月ころ、同業務の担当から外された。原告は、入社当初、海外旅行包括傷害保険を担当したが、就業時間中のほとんどを離席しており、緊急を要するケースに対応できなかったので、平成八年四月一日、同業務の担当から外された。原告は、入社後、徐々にその他の各種保険を担当したが、業務知識が乏しいうえ、申込書の記入ミスや記入もれを頻繁に発生させたり、契約更新の意思確認をしないまま満期日を経過させるなどのミスを繰り返したので、平成一〇年七月、原則として自動車保険の担当から外された。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由に当たる。
イ 保険部定例部会に参加しなかったこと
保険部は、原則として毎月二回、定例部会を開催しているが、原告は、平成八年四月一六日を最後に定例部会を欠席し続けた。定例部会は重要な会議であったので、岩田保険部長及び後任の鈴木保険部長は、原告に対し、再三にわたり定例部会への出席を命じたが、原告はこれを拒否した。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項二号、九号の懲戒解雇事由に当たる。
ウ 外出中に上司に連絡しなかったこと
原告は、ほとんど毎日、始業時刻である午前一〇時ぎりぎりに出社し、午前一〇時一〇分ないし一〇時一五分ころに着席し、その後、少しの間、書類整理や顧客への連絡をすると、午前一一時ないし一一時三〇分ころから午後六時ころまで外出していた。原告は、ホワイト・ボードの「行先予定表」に、行き先を「アーク」(赤坂アークヒルズ)と記載するだけで、詳しい行き先を告げることなく外出し、帰社するまで会社に電話連絡をしたことはなかった。そのため、被告は、外出中の原告に連絡することができなかった。保険部長は、原告に対し、再三にわたり、最低一回は途中で帰社すること、帰社することが不可能であれば最低一、二回は電話連絡することを命じた。原告は、その後、まれにいったん帰社したことはあったが、電話連絡をしたことはなかった。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項二号、九号の懲戒解雇事由に当たる。
エ 上司の不在中や他の書類に紛れ込ませて早退届や休暇届の提出を繰り返したこと
原告は、試用社員に採用されたころから、休暇届を事前に時間的余裕をもって提出したことがほとんどなく、始業時刻を過ぎてから、直属の上司である保険部長ではなく、総務部に対し、「今日、休む」というだけの電話連絡をすることが度々あった。原告は、電話を受けた総務部から保険部長に直接伝えるよう指示されても、その途端に電話を切ったり、総務部から保険部長に伝言してくれと述べて一方的に電話を切ったりしていた。
原告は、早退したり、有給休暇を取得する場合、直属の上司である保険部長に対して事前に面前で届け出ることはほとんどなく、届出をする場合も、保険部長の面前で届出書を提出することはなく、届出書を保険部長の不在中や他の書類に紛れ込ませて提出していた。原告は、早退届を提出する場合、常に早退の当日に保険部長が昼食や会議等で離席している間に同部長の机の上にひそかに提出し、また、休暇届を提出する場合も、常に休暇日の前日の終業時刻ころに保険部長の机の上の他の書類に紛れ込ませて提出していた。保険部長が書類の中から原告の届出書を見つけたときには、既に原告は退社しており、原告に連絡することができなかった。保険部長は、原告に対し、早退したり休暇を取得する場合にはやむを得ない事情のない限り事前に保険部長と打合わせをするよう再三注意したが、原告はこれを全く聞き入れなかった。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項二号、九号の懲戒解雇事由に当たる。
オ 恣意的に電話の取次ぎをしなかったこと
原告は、一日の就業時間中の大部分を離席していたため、他の同僚社員に比べ、かかってきた電話を受けることは少なかったが、原告は、顧客等から職場の同僚にかかってきた電話を受けても、これをまともに取り次いだことがほとんどなく、そのため、被告の業務に支障を生じた。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項二号、九号の懲戒解雇事由に当たる。
カ 同僚の女性社員を待ち伏せて脅迫行為をしたこと
原告は、平成七年一月一三日(金曜日)午後六時一〇分ころ、営団地下鉄日比谷線の六本木駅手前の公園入口付近の暗闇において、被告の女性社員四名の帰宅途中を待ち伏せし、ここを通りかかった同社員らに対し、「侮辱罪で訴えるから警察に一緒に来い」と叫んだ。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項九号の懲戒解雇事由に当たる。
キ 協調性や自制心を欠く言動をしたこと
原告は、大声をあげて子供のけんかのようなトラブルを巻き起こすほか、ささいなことにもすぐ激高し、わめきちらすことがあった。原告は、自分のかんに障ることがあると、中田勝社員ほかの同僚や先輩社員に対し、「女のくせに」、「アルバイトのくせに」、「高卒のくせに」などの差別発言を繰り返すなど、他人と協調して仕事をしようという態度を見せなかった。原告は、会社内の同僚だけでなく、取引先の損害保険会社の女性社員や顧客に対して電話口で怒鳴りちらすことがあった。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項九号の懲戒解雇事由に当たる。
ク 業務知識が不足していたこと
原告は、保険部の定例部会に出席しないほか、保険会社主催の研修会にも出席せず、保険部長ら上司の指導・助言を聞き入れず、日ごろから業務知識の取得のための自己研さんに努めることは全くなく、保険部の社員として必要な上級資格を取得しようともしなかった。原告は、業務知識が不足していたうえ、保険契約の申込書の作成において記入もれや記入ミスを頻繁に発生させたり、満期を迎える保険契約の顧客に対し更新の意思確認をしないまま保険料の請求書を送付したり、顧客に満期の連絡を怠ったために満期日を経過させ無保険の状態にさせたり、担当者に連絡しないまま自らの担当外の顧客の保険契約の申込みを勝手に受けたりしたので、保険部内だけでなく、顧客や損害保険会社にも多大な迷惑をかけることが多く、トラブルの発生が絶えず、被告の業務に重大な支障が生じていた。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項九号の懲戒解雇事由に当たる。
ケ 刃物を使用した傷害事件を起こしたこと
原告は、平成一〇年八月一一日夕方ころ、JR池袋駅構内において、見ず知らずの男性に対し、かばんの中に携帯していた刃物で切りつけ、同人の顔面部に傷害を負わせた。
これは、就業規則三七条七号の解雇事由及び四九条二項四号、九号の懲戒解雇事由に当たる。
(原告の主張)
被告の主張はすべて否認する。原告に解雇事由はない。
ア 担当業務の変遷について
原告は、平成八年一月から同年九月にかけて、東京都の職員から、原告が母親が入居中の都営住宅に不正入居しているなどと言いがかりをつけられた。このとき、東京都の職員が原告の職場を訪れ被告の岩田保険部長に面会を求めるなどした。被告は、原告が都営住宅の件で不正を働いていると誤解したためか、そのころから原告に対する対応がおかしくなった。この出来事を契機に、原告は担当業務を徐々に減らされ、会社内で干されていった。原告が担当から外されたのは、原告の勤務状況とは無関係な事柄が原因である。
被告は、テレビ朝日とその関連会社の社員及び退職社員を主な顧客とするため、もともと新規契約が少ない。新規契約は申込みの電話に応対した社員が処理するものであるところ、通常は、若手社員が電話に対応していた。したがって、勤務年数を重ねるにしたがって新規契約の取扱件数が減少するのは当然である。
すべての社員がファイルを取り扱っていたから、新入社員が多くファイリングをすることはあっても、特定の社員がファイリングをしていた事実はない。原告がでたらめにファイリングした事実や、一か月分の申込書をファイリングしないまま滞留させた事実はない。
イ 保険定例部会に参加しなかったことについて
原告が再三にわたり定例部会への出席を命じられながらこれを拒否して欠席し続けた事実はない。原告は、外部の仕事のためやむを得ず定例部会に欠席したことはあるが、それは原告に限ったことではなかった。原告は、やむを得ない事情のない限り、定例部会に出席していた。
ウ 外出中に上司に連絡しなかったことについて
原告が外出中に上司に連絡しなかった事実はない。訪問先を「アーク」と記載すれば、行き先が赤坂アークヒルズ内のテレビ朝日のオフィスであることは、被告の社員であればだれでも分かることであり、他の社員もその程度の記載をして外出していた。また、原告は、外出した場合でも必ず途中でいったん帰社するほか、電話連絡をしていた。また、原告は日報を提出して日々の業務報告をきちんと行っていた。
エ 上司の不在中や他の書類に紛れ込ませて早退届や休暇届を出すことを繰り返したことについて
原告が急病などのために事前に休暇届を提出しなかったことはある。しかし、原告は、そのような事情がない限り、事前に休暇届を提出していた。原告が休暇届をあえて保険部長の不在中に提出したり、他の書類に紛れ込ませて提出したことはない。
オ 恣意的に電話の取次ぎをしなかったことについて
原告が恣意的に電話の取次ぎをしなかった事実はない。原告は、他の社員にかかってきた電話を受けた場合、誰に対するどのような用件かをきちんと告げて取り次いでいた。原告が保険部長から電話の取次ぎについて注意を受けたこともない。
カ 同僚の女性社員を待ち伏せて脅迫行為をしたことについて
原告が、同僚の女性社員を待ち伏せて脅迫した事実や、そのことに関して天野保険部長から事情聴取を受けた事実は、全く存在しない。
キ 協調性や自制心を欠く言動をしたことについて
職場は様々な性格や考え方を持つ人が集まる場である以上、時には意見の食い違いや衝突が生じることは、特段めずらしいことではない。しかし、原告は、解雇事由となるような協調性や自制心を欠く言動をしたことはなく、ましてや同僚や先輩社員に対し、「女のくせに」、「アルバイトのくせに」、「高卒のくせに」などの差別発言や暴言を吐いたことはなく、取引先の損害保険会社の女性社員や顧客に対して電話口で怒鳴りちらしたこともない。
被告は、原告が中田との間でいくつかのトラブルを起こしたと主張するが、これは、ある顧客が実際には保険に加入していなかったのに加入扱いとされていたことなど、中田の担当業務に問題があったところ、これを知った原告がその是正を求めたため中田との間でトラブルになったにすぎない。
ク 業務知識が不足していたことについて
原告の業務知識が他の社員に比べて特別に不足していた事実はない。原告は、日々研さんに務めており、その結果、平成五年九月に普通資格を取得した。原告は、上級資格を取得していないが、上級資格で要求される程度の知識を有していた。原告は、講習会の受講を仕事外しの口実にされるのをおそれたため、上級資格の取得試験の受験をためらっていた。
原告は、業務上のミスをしたことはなく、顧客から苦情が寄せられたこともない。
ケ 刃物を使用した傷害事件を起こしたことについて
被告の主張する事実はない。原告は、一方的に事件に巻き込まれて被害を受けた。原告は加害者ではなく被害者である。
(2) 解雇権濫用の成否
(原告の主張)
被告は、原告の勤務状況が劣悪であったと主張しながら、本件解雇に至るまで原告に対して何らの処分をしなかった。それにもかかわらず、原告が傷害事件で逮捕・勾留されると、何らの調査を行わず、原告の弁明も聞かず、釈放の翌日に本件解雇をした。仮に、被告が担当警察官から被告の主張のような誤った説明を受けたしても、本件解雇は、原告が傷害事件に巻き込まれたのを奇貨として、原告を被告から排除しようという意図のもとに行われたものである。被告は、解雇事由とされる劣悪な勤務状況について弁明や是正の機会も与えないまま本件解雇を強行しており、これは原告にとって不意打ちである。このように、不当な意図の下、原告に不意打ちを与える形で行われた本件解雇は著しく不合理であり、社会通念上相当なものと是認することはできない。したがって、仮に被告主張のような解雇事由があるとしても、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。
(被告の主張)
本件解雇は解雇権の濫用に当たらない。被告は、原告に対し、再三にわたり助言・指導・忠告をしたが、原告は業務態度等を何ら改善しなかった。被告が本件解雇まで原告に何らの処分をしなかったのは、原告の業務態度が改善されることを多少なりとも期待し、我慢を重ねていたからにすぎない。原告は、被告から傷害事件について事情聴取を受けた際、真実を述べず、事実に反することばかり述べており、言い逃れできなかったことをもって不意打ちというのは間違いである。
第三争点に対する判断
1 事実関係
証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述及び陳述書(書証略)の記載は、採用することができない。
(1) 原告の勤務状況
ア 担当業務の変遷
(ア) 原告は、入社当初、内務事務のうち、保険契約の申込書(控え)と保険証券(控え)のファイリング、テレビ朝日に対する海外旅行包括傷害保険の処理を担当し、その後徐々に、テレビ朝日とその関連会社の社員及び退職社員を顧客とする各種損害保険契約、テレビ朝日グループ以外の一般企業数社を顧客とする各種損害保険契約を担当したほか、個人を顧客とする海外旅行傷害保険の一般契約を担当するようになった。
(イ) 保険契約の申込書(控え)と保険証券(控え)のファイリング業務は、整理業務であり、即日処理することができるものであり、問い合わせなどに迅速に対応するために、すみやかに処理する必要があった。
ところが、原告はファイリングの処理が遅く、ファイリングの仕方も正確でなかったので、他の社員がやり直しをしなければならなかった。また、保険部の社員が自動車事故の電話を受け、直ちに契約内容を確認しなければならないときに、申込書(控え)や保険証券(控え)がすぐに見つからず、顧客を電話口で待たせることがしばしばあった。さらに、原告は、平成五年九月ころ、約一か月分の申込書(控え)などをファイリングしないまま滞留させた。
このような状態が続くと、契約内容の確認などの事務に支障が生じることが予想されたので、被告は、同月ころ、原告をファイリング業務の担当から外した。
(ウ) 海外旅行包括傷害保険の業務は、ファクシミリで契約の申込みを受け、補償の内容と保険料を所定の一覧表に基づいて算出し、保険証券等と計上資料を発券機で作成し、証券類を顧客に届けるというものであり、比較的単純な業務であり、業務量もさほど多くなかった。
ところが、原告は、後記ウのとおり、試用社員から正社員になったころから、就業時間中のほとんどを離席していたうえ、終業時刻ころに帰社するまで外出先から電話連絡をしなかった。そのため、被告は、顧客から原告の担当業務について緊急を要する連絡を受けた場合に迅速かつ適切に対応することができなかった。他の社員が原告に代わり事務を処理し、その結果を原告に伝えると、原告は、「おれの仕事を勝手にやらないでくれ」などと文句を言った。天野保険部長は、「そんなことを言うなら、毎日何回か電話を入れるように」と注意したが、原告は態度を改めなかった。
このような状態が続いたので、被告は、平成八年四月一日、原告を海外旅行包括傷害保険の担当から外した。
(エ) 原告は、平成五年一〇月ころから、テレビ朝日とその関連会社を顧客とする団体扱いの個人契約やテレビ朝日グループ外の一般企業に対する各種損害保険のうち、火災保険や自動車保険の比較的単純な類型のものを担当した。
被告は、原告の習熟度を見ながら徐々に難しい業務をさせるつもりであったが、原告の業務知識が十分に向上しなかったので、原告は、本件解雇まで、「家財道具一式だけの火災保険団体扱契約」などの比較的単純な類型の保険しか担当することができなかった。原告は、自動車保険や火災保険の更新契約の申込書に所定事項を記入する際、保険の種類、期間、保険金額等の重要事項について記入もれや記入ミスをすることが他の社員と比べてとりわけ多く、保険部に配属されてから約四年が経過した平成九年三月以降も同様のミスを繰り返しており、ミスのない申込書を作成したことはほとんどなかった。そのため、保険部長は、契約者本人に契約内容を再度確認するなどして、原告が作成した申込書を訂正・修正しなければならなかった。また、原告は、自動車保険の更新の際に、運転者年齢条件の変更の要否の確認を怠ったり、車両の変更に伴う処理を間違えたり、契約を更新するか否かの確認を怠り満期日を経過させ無保険状態にさせたり、満期日までに二〇日間程度の余裕をもって更新手続をすべきところ満期日当日に更新手続をしたり、契約を更新するか否かを確認することなく顧客に更新後の保険契約の保険料の請求書を送付するなどのミスを繰り返した。反対に、更新の手配が早すぎたために、更新日までの間の事故の発生や車両の買換えに伴う保険料の変更などの訂正処理が必要になることもあった。
このような状態が続き、顧客や損害保険会社からの苦情が絶えなかったので、被告は、平成一〇年七月、原告を原則として自動車保険の担当から外した。
(オ) このような経緯から、原告は、顧客の個別事情に応じて保険の内容を設計しなければならない自動車保険や火災保険などの新規契約を担当することはできなかった。
(証拠略)
イ 保険部定例部会への不参加
(ア) 保険部では、原則として毎月二回、あらかじめ日時を定めて定例部会を開催していた。定例部会は、保険部の社員全員及び担当常務取締役が出席する重要な会議であり、保険部長が開催日のおおむね一、二週間前に、各社員に日時及びテーマを通知し、出席を指示していた。定例部会では、毎回、保険部の業務に関する重要事項をテーマとしており、外部講師を招いて保険の新商品や保険料率の改訂などについての勉強会を行うこともあった。平成一〇年四月以降に開催された定例部会においては、月次目標管理表の新設と提出、満期管理表の新設と提出、担当先の一部編成替え、当月分の実績と翌月分の見込み、損害保険各社の広告目標回答状況、各人の地方局への出張スケジュール、退職者の後任者採用、平成一〇年度保険部方針の立案、大口増減収要素と各自増収策、サクセス一〇プロジェクトの新設とその策定、代理店オンライン・システムの採用、同システム採用後の稼働状況とパソコンの活用などの事項がテーマとされた。
ところが、原告は、平成八年四月一六日に出席した定例部会を最後に、本件解雇をされた平成一〇年九月まで定例部会を欠席し続けた。岩田保険部長及び後任の鈴木保険部長は、再三にわたり、原告に対し、定例部会への出席を命じたが、原告は、合理的理由を説明することなく出席を拒否した。
(イ) 平成一〇年四月七日の定例部会において、各社員が保険部長に月次目標管理表を提出することが決まったので、鈴木保険部長は、同月八日、原告に対し、月次目標管理表を提出するよう指示したが、原告はこれを提出しなかった。
平成一〇年四月二二日の定例部会において、各社員が保険部長に満期管理表(当月に保険契約が満期となる顧客の一覧表)を提出することが決まったので、鈴木保険部長は、同月二三日、原告に対し、満期管理表を提出するよう指示したが、原告はこれを提出しなかった。
平成一〇年七月の定例部会において、各社員が各自及び保険部全体の中長期の課題と目標に関する「サクセス一〇プロジェクト」を発表することが決まったので、鈴木保険部長は、原告に対し、これを提出するように指示したが、原告はこれを提出しなかった。
このように、原告は、保険部長から定例部会の決定事項を遂行するよう指示されたが、これに従わなかった。
(ウ) 平成一〇年七月から実施される損害保険の自由化に伴い、保険部の主力商品である自動車保険の場合、従来からの料率に加え各種の割引率が新設されたうえ、これらの規定及び料率が各社によって異なることになり、保険料を算出するためには、従来の料率表に代わり代理店オンラインシステム及びパソコンが必要になったので、被告は、同年六月、代理店オンラインシステムを導入した。これに備え、同年六月と七月の定例部会は、代理店オンラインシステムの採用やパソコンの活用がテーマとして行われ、基礎知識の修得が図られた。ところが、原告は、この定例部会に欠席したうえ、従来の料率表があれば業務に支障はないと主張し、これらの修得に努めようとしなかった。
(証拠略)
ウ 就業時間中の外出
原告は、正社員になったころから、ほとんど毎日、会社に出社して書類整理や顧客への連絡を行った後、午前一一時から午前一一時三〇分ころになると、会社内に備え付けのホワイト・ボードの「行先予定表」に、行き先を「アーク」(赤坂アークヒルズ)とのみ記載し、詳しい内容を告げることなく外出し、終業時刻である午後六時ころに帰社していた。そして、原告は、途中でいったん帰社したり、外出先から会社に電話連絡を入れたりしたことはなかったので、被告は、原告が外出中にどこで何をしているのかを把握することができず、原告に連絡することもできなかった。岩田保険部長及び鈴木保険部長は、原告に対し、再三にわたり、最低一回は途中で帰社すること、帰社することが不可能であれば、外出先から少なくとも一、二回は電話で連絡することを指示した。原告は、その後、いったん帰社したことがあったが、外出先から電話連絡をしたことはなかった。また、原告は、毎日、保険部長に日報を提出していたが、外出中の具体的な業務内容を報告したことはほとんどなかった。
(証拠略)
エ 協調性や自制心を欠く言動
(ア) 原告は、平成六年六月一〇日午前一一時四五分ころ、会社内において、保険部の岩浅須美子課長から仕事のやり方について注意されたことに腹を立て、岩浅課長に対し、「女のくせに生意気だ。土下座して謝れ。お前なんか会社を辞めちまえ」などと大声で怒鳴った。天野保険部長は、これを止めに入ったが、原告は制止に応ずることなく怒鳴り続けた。
営業部の丸山鉛司部長待遇は、同月中旬ころ、原告に対し、岩浅課長に対する言動の件について注意したが、原告はこれを聞き入れようとしなかった。
(証拠略)
(イ) 原告は、平成六年七月二八日午前一〇時一〇分、外出先から小幡猛総務部次長待遇(後の総務部長)に電話をかけ、いきなり、「アルバイトで一年でやめないやつがいるのはどうしてか。そいつが外で社内に変なやつがいると言いふらしている。そいつがやめるまで我慢しようと思ったが、やめそうもないのでこれから裁判所に調停に行くつもりだ」などと言い、一方的に電話を切り、当日は終業時刻近くまで帰社しなかった。
小幡次長待遇は、同月二九日、原告に対し、前日の電話の件について問いただしたところ、原告はそのアルバイト社員が原告を差別したと誤解していたことが判明した。そこで、小幡次長待遇は、原告に対し、「皆と打ち解けたり、上司の業務指示に従わないと、ますます周りとの関係が離れてしまうので、もう少し柔らかくなってほしい」などと注意を促したが、原告は「相手の方が悪い」などと述べ、注意を聞き入れなかった。
(証拠略)
(ウ) 原告は、平成七年六月二六日午前、保険部の中田社員が担当する鹿児島放送から電話を受け、これに応対した。その電話が終わった後、中田が原告に電話の内容を確認したところ、原告は、「そんなに気になるのなら、自分で確認しろ」と大声で怒鳴った。中田は、これ以上原告を興奮させないようになだめたが、原告は中田に対し、「正社員に向かって、おまえは試雇の分際で」、「正社員でもないくせに」などと大声で叫んだ。
(証拠略)
(エ) 平成八年二月二九日、テレビ朝日情報局から原告あての電話があったところ、原告が別の用件で電話していたので、中田社員が代わりに応対した。中田は、テレビ朝日情報局から海外旅行包括傷害保険加入依頼書を至急取りに来るよう頼まれたので、原告の代わりにテレビ朝日情報局に出向き、保険加入依頼書を受け取って帰社した。その後、中田がこの件を原告に伝えたところ、原告は、同日午後六時三〇分ころ、中田に対し、「仕事を取った」、「電話の取り次ぎをしなかった」などと大声で怒鳴り出した。荒木信行常務取締役販売局長、坂野隆部長待遇及び小幡総務部部長待遇が止めに入ったが、原告は、興奮が収まらず、中田に「おまえの学歴は何だ」などと怒鳴った。
(証拠略)
(オ) 平成八年六月、保険部の高橋仁課長代理が、その担当するテレビ朝日制作局の海外旅行包括傷害保険の月末精算をしたところ不一致が生じた。そこで、高橋課長代理は、その原因を把握するため、同月二八日午後八時ころ、原告に対し、契約内容を確認するための質問をしたが、原告は返答しなかった。高橋課長代理が原告に再度同じ質問をしたところ、原告は、「しつこいな。皆そう言っているよ」と言った。高橋課長代理が「誰が言っているのか言ってみろ」と聞いたところ、原告は、「梶本さんが言っていた。昔、飲み屋で精算しなかったとか、女にしつこいとか」などと述べた。これを聞いた営業部の梶本進次長が原告に「ふざけるな。おまえにそんなこと言った覚えはない」と言って注意したところ、原告は無言のまま退社した。
(証拠略)。
(カ) 原告は、平成八年一〇月一一日、中田社員あてにかかった電話を受け、同人に電話を取り次いだ際、相手の名前を伝えなかったので、同日午前一〇時三〇分ころ、中田が「相手の名前を言って電話をつないで下さい」と言ったところ、原告は、「うるさい。黙って仕事しろ」と大声で怒鳴った。
(証拠略)
(キ) 被告は、全社員の参加のもとで「売上拡大のためのグループ討議」を開催したところ、原告は、その所属するグループが平成九年四月二四日と同年五月七日に行ったグループ討議に欠席した。このグループ討議はその後も開催される予定であったので、小幡部長待遇は、同月一四日午前一〇時三〇分、会議室で原告に対し、このグループ討議は全社員参加のものであるから必ず参加するよう強く注意した。ところが、原告は、「業務として認めない」、「中田が非常識な態度をとり、暴行事件になるといけないから出ない。これは業務拒否ではなく、業務履行不可能である」などと述べ、注意を聞き入れなかった。
(証拠略)
オ 業務知識の不足
(ア) 岩田保険部長待遇(後の保険部長)は、原告が保険部に配属されて間もないころ、原告に対し、損害保険はその約款構成が複雑多岐にわたり、慣れない一般人には表現が難解であり、文章構造も複雑であるので、これを十分に理解して業務を行うためには日ごろの経験の積み重ねと地道な努力が大切であること、保険の内容を十分に理解したうえで、顧客に対して分かりやすく説明し、最も適したものを顧客に勧める必要があることなど、損害保険の業務を行ううえで留意すべき基本事項を説明した。ところが、原告は、岩田保険部長待遇に対し、「普通の契約はそんなこと関係ないでしょう。だいいち、約款なんか日常誰も読まないじゃないですか」と述べた。
(証拠略)
(イ) 原告は、平成五年一〇月ころから、海外旅行傷害保険の一般契約(個人が対象)を取り扱うようになったが、被保険者が旅行に出発した後も正規の入金手続をせず、契約申込書などの資料を引受先の損害保険会社に送付しないというミスを繰り返した。そのため、岩田保険部長待遇は、原告に対し、「出発便の離陸と同時に事故が起きる危険性が十分にあり、万一の場合には、事故発生前に契約手続と保険料領収が正規に行われたことを立証する必要があり、その立証ができなければ保険金が支払われないという重大な事態に陥るから、可及的速やかに入金と計上処理をしなければならない」と注意した。しかし、原告は、「保険は諾成契約だから、代理店が引き受けた時点で有効のはずだ。入金の時間を立証する手段はないから、そんなに大げさに言う必要はない」と反論した。岩田保険部長待遇が「顧客と代理店と引受損害保険会社の三者のために、万一のときの支払ができるだけスムーズに早く行うことができるように、少しでも立証しやすい対応を心掛ける必要がある」と説明して注意したところ、原告は、「損保は出入り業者なのだから圧力を掛ければ言うことを聞きますよ」、「僕にだけそんな厳しいことを言わないでくださいよ」などと言って反発した。
(証拠略)
(ウ) 原告は、自らが担当していない顧客の海外旅行包括傷害保険の証券等を作成して、その顧客に届けた後、担当者への報告を怠ることがしばしばあった。そのため、事務処理の重複が生じ、取消処理などが必要となったり、保険料の二重計上に伴う訂正作業などが必要となった。経理を担当する岩浅課長は、原告にこの件について注意したが、原告は、注意を聞き入れようとしなかった。
(証拠略)
(エ) 損害保険代理店の募集従事者資格は、下から初級・普通・上級・特級の4段階に区分されているが、被告の保険部の担当者として円滑に日常業務を行うためには、通常の保険契約の保険料を算出することができる上級資格担当の知識を有する必要がある。
原告は、平成五年九月に普通資格を取得したが、平成六年三月に受験した上級資格の試験は不合格となったので、被告は、同年七月ころ、原告に対し、上級資格の取得のための講習会の再受講を命じたが、原告はこれを拒否し、上級資格を取得しようとしなかった。
なお、平成一〇年当時、保険部の社員は、原告を除く全員が上級資格以上の資格を有していた。
(証拠略)
(オ) 原告は、入社から一年以上経過しても、保険契約申込書の記載ミスを繰り返した。ミスを訂正するまでの間に事故が発生すると、顧客、保険会社、保険代理店の三者間でトラブルが発生するおそれがあるので、岩田保険部長は、原告に対し、ミスをしないように注意したが、原告は、反省の態度を示さなかった(証拠略)。
(カ) 原告は、入社から約四年が経過しても、自動車保険の運転者年齢条件の変更に伴う追徴保険料の計算という初歩的な業務を自力ですることができず、損害保険会社の社員から計算方法を教えてもらっていた(書証略)。
(キ) 原告は、平成一〇年四月二八日、株式会社日本ケーブルテレビジョンがテレビ朝日から請け負った東京湾における水中撮影について、日本ケーブルテレビジョンの担当者である鈴木保険部長に照会することなく、国内旅行傷害保険の申込みをさせた。ところが、水中撮影は、傷害保険職種級別三級の危険職種であるため国内旅行傷害保険による補償の対象外であるうえ、日本ケーブルテレビジョンは、既に水中撮影を補償の対象とする包括傷害保険に加入しており、水中撮影のために新たに保険に加入する必要はなかった。そのため、鈴木保険部長は、原告に対し、担当者に連絡することなく勝手に保険の申込みを受けたこと、業務知識が不足していることについて注意した。
ところが、原告は、同年七月三一日、テレビ朝日の海外旅行包括傷害保険について、担当者である岩浅次長(本社担当)及び高橋課長(六本木センター担当)に連絡することなく契約申込書を計上した。そのため、被告は、本来なら保険料を包括請求すべきところ、これを行うことができなくなり、月末の精算に不一致が生じた。
(証拠略)
(2) 傷害事件
原告は、平成一〇年八月一一日夕方ころ、JR池袋駅構内において、初対面の男性との間で口論となり、かばんの中に携帯していた刃物で切りつけ、同人の顔面部に傷害を負わせた。原告は、その場に居合わせた駅員、乗客ら約一〇人に取り押さえられて警察に引き渡され、逮捕、勾留された。
荒木常務取締役と小幡総務部長は、同月一二日、池袋警察署から身元確認の連絡を受け、同日、同署を訪問し、担当警察官から事件発生の状況について説明を受けた。原告は、逮捕・勾留された事実を被告に連絡しないまま欠勤したが、被告は、同月一三日、原告を当面の間、待命休職(就業規則三一条七号)の扱いとした。
荒木常務取締役と小幡総務部長は、同月一八日、東京地方検察庁の担当検事から事情聴取を受けるとともに、事件の概要について説明を受けた。
東京地方検察庁の担当検事は、同年一二月二二日、原告に対する傷害被疑事件について公訴を提起しないとの処分をした。
(証拠略)
(3) 本件解雇の手続
被告は、平成一〇年八月二六日、臨時常務会を開催して原告の処分を検討した。被告は、原告の従前の勤務状況が劣悪であり、今後改善の見込みがないこと、原告の起こした傷害事件は社員として許されない行為であり、被告の信用を著しく失墜させ、社員を不安に陥れるものであることなどを理由に原告を普通解雇すること、ただし、原告が依願退職を申し出れば、依願退職扱いとすることを決定した。
被告は、同日、原告が加入している労働組合である民法労連テレビ朝日サービス労働組合に対し意見聴取したところ、同労働組合は、同日、原告を普通解雇することを承諾した。
原告は、同年九月一日、処分保留のまま釈放され、同月二日、被告に出社した。小幡総務部長は、原告に対し、無断で会社を休んだ理由を問いただすと、原告は、当初、既に休暇届を出しており、旅行していたと虚偽の説明をしたので、小幡総務部長が正直に話すように説得したところ、原告は、逮捕・勾留された事実を認めたが、刃物の使用を否認し、事件に巻き込まれて被害にあったなどと主張し、反省の態度を示さなかった。小幡総務部長は、原告に対し、解雇は避けられないので依願退職するよう説得したが、原告はこれを聞き入れなかった。
(証拠略)
2 本件解雇の効力
(1) 解雇事由の有無
前記1の認定事実によれば、原告は、被告の保険部に配属されて以来、長期間にわたり、様々な業務を担当したが、入社当初に割り当てられた基本的な業務であるファイリングや海外旅行保険の業務を適切に行うことができず、また、徐々に各種損害保険に関する業務を割り当てられたものの、保険契約申込書の作成において記入もれや記入ミスを頻繁に発生させたり、契約更新時に重要事項に関する確認を怠ったり、顧客への連絡を怠り満期日を経過させるなどの初歩的なミスを繰り返し、そのため、顧客から苦情を受けることもあった。原告の上司は、原告の勤務状況の改善を期待し、社員を育成する観点から、再三にわたり、原告に対し、指導・注意をしたが、原告は、注意を聞き入れたり、ミスを反省する態度を示すことなく、同様のミスを繰り返した。原告は、入社後普通資格を取得したが、上司から上級資格の取得のための講習会を受講するよう指示されてもこれを拒否し続けるなど、業務知識の向上に努めようとせず、そのため、原告は、入社後長期間が経過しても依然として初歩的な業務しか担当することができず、このような業務においても、業務知識や注意力の不足に起因すると思われるミスが解消しなかった。原告は、本件解雇当時、指導や助言によって勤務状況の改善を期待するのは困難な状況にあり、被告の保険部の社員として必要とされる能力を備えておらず、勤務成績が著しく不良であった。
また、原告は、上司からの再三にわたる業務命令を無視して、二年余りの長期間にわたり、重要な会議である定例部会を正当な理由なく欠席し、定例部会での決定事項を遂行するよう指示されても、正当な理由なくこれを行わなかった。そして、原告は、正社員になったころからほとんど毎日、就業時間のほとんどを離席して外出し、外出中に会社に何らの連絡をせず、終業時刻まぎわに帰社しており、具体的な業務内容を上司に報告したことはほとんどなく、上司から外出中に連絡を入れるよう指示されてもこれに従わなかった。これらによれば、原告は、従業員として会社の規律や上司の命令に従って業務を遂行しようとする意思を著しく欠いており、勤務態度が著しく不良であった。
さらに、原告は、ささいなことから興奮し、同僚や上司の人格を著しく傷つける言動をすることが頻繁にあり、上司から注意されても、反省の態度を示さず、同様の言動を繰り返しており、これによれば、原告は、同僚と協調して業務を遂行する意思や自制心を著しく欠いており、これは、被告の業務の円滑な遂行の支障になる程度に達していた。
そして、原告の勤務状況や勤務態度の改善が見込まれない中で、原告は、刃物を使用して初対面の人物に傷害を負わせる事件を引き起こしており、その後も自らの行為を何ら反省せず、一方的に事件に巻き込まれたなどと事実に反する主張をした。このような中で原告の雇用を継続すると、職場内の他の社員に大きな不安と動揺を与え、被告の円滑な業務の遂行に著しい支障が生じるのは明らかである。
以上によれば、原告は、本件解雇の当時、勤務成績が著しく悪く、改善の見込みがなかったから、就業規則三七条七号の解雇事由に該当し、さらに、原告が職場外で傷害事件を引き起こしたことは、就業規則四九条二項四号の懲戒解雇事由に該当する。
(2) 解雇の相当性(解雇権濫用の成否)
前記1の認定事実及び2(1)で述べたところに照らすと、本件解雇は、被告の主張するその余の解雇事由について判断するまでもなく、著しく不合理であり社会通念上相当な範囲を逸脱したものとは認められず、有効である。原告は、本件解雇は原告が傷害事件に巻き込まれたのを奇貨として、被告から排除するために行われたものであると主張するが、前記1で認定した原告の勤務状況、傷害事件や本件解雇に至る経緯からすると、原告の主張は採用することができない。なお、証拠(略)によれば、被告は、平成六年、社員を対象に新規事業及び現行業務の改善についての提案を募集したこと、原告がこれに応募したところ、同年四月二七日、被告から表彰を受けたことが認められるが、この事実は、本件解雇の効力を左右するものとは認められない。
3 結論
以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍見昇)