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東京地方裁判所 平成10年(ワ)24698号 判決

原告 間仲旻

右訴訟代理人弁護士 永井義人

被告 あしたば商品株式会社

右代表者代表取締役 鈴木明夫

右訴訟代理人弁護士 肥沼太郎

右同 三崎恒夫

主文

一  被告は、原告に対し、二四〇万六三一一円及びこれに対する平成一〇年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、六二六万円及びこれに対する平成一〇年一一月五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件の概要

本件は、被告との間で、金などの商品先物取引を行った原告が、被告従業員において、無意味な反復取引や両建の勧誘を行った、利益が絶対上がるなどと断定的な判断の提供をした、先物取引について説明義務違反ないし危険開示義務違反があった、原告には証券取引の経験がないにもかかわらず原告に先物取引を勧めたことは適合性原則違反に該当する、などと主張して、従業員の不法行為を理由とする使用者責任(民法七一五条)に基づき、合計五二六万五七七八円の財産的損害と、慰謝料及び弁護士費用として各五〇万円(計一〇〇万円)との合計六二六万五七七八円のうち、六二六万円の損害賠償を求めた事案である。

二  前提事実

1  原告は、昭和二年五月五日生まれであり、警察官を三八年間務めた経歴を有する男性であるが、過去に株取引などの証券取引をしたことはなく、先物取引の経験もない(甲九、乙一二、原告本人)。

2  被告(旧商号太知商事株式会社)は、国内公設市場で先物取引受託業務を業とする株式会社である(争いがない。)。

3  原告は、平成八年二月二六日、被告との間で、東京穀物取引所、東京工業品取引所及び前橋乾繭取引所の商品市場における先物取引を委託する旨の委託契約(乙一)を締結し(本件委託契約という。)、委託証拠金六〇万円を被告に預託した(本件委託契約の締結の事実と六〇万円の預託の事実は争いがない。)。

4  原告は、本件委託契約に基づき、被告に委託して、東京工業品取引所の金(平成八年二月二七日から平成九年五月二一日まで)、白金(平成八年一一月一八日から平成九年五月二一日まで)及びパラジウム(平成九年三月六日から同年五月二一日まで)の各先物取引を行い(本件先物取引という。)、かつ、各売買により発生した差益金、委託手数料、取引所税、消費税の清算を被告との間で行った(争いがない。)。

5  原告は、平成八年四月二六日、利回確定型商品である「セーフティ・ゴールド取引要領」に基づいて同取引の二単位の申し込みをし(乙七)、同年五月一日、被告との間で「金地金現物売買契約」を締結した上(乙九)、金地金代金二五四万六〇〇〇円を被告に預託した(乙一〇)。

セーフティ・ゴールド取引の内容は、原告が被告から一グラム当たりの単価一二七三円で購入した金地金二キログラム(代金二五四万六〇〇〇円)を平成八年五月一日、取引所の先物市場において約定値段一三一〇円で売り付け(限月は平成九年四月)、納会日である平成九年四月二三日の売買代金二六二万円から諸経費二万一四五〇円を差し引いた二五九万八五五〇円を受け取ることにより、五万二五五〇円の利益を同年四月三〇日に受領するというものであった(乙一〇)。

6  原告が、被告に委託して行った本件先物取引及びセーフティ・ゴールド取引(両者を併せて本件各取引という。)による損益は、次のとおりである(明らかな争いはない。)。

(一) 金先物取引

売買差金 二五五万〇九〇〇円

手数料  四五七万九七〇〇円

取引所税   一万一九四七円

消費税   一六万五一二九円

(差引) 二二〇万五八七六円の損失

(被告主張の差引計算には誤記がある。)

(二) 白金先物取引

売買差金  二五万五五〇〇円

手数料  二一八万八五〇〇円

取引所税     四三五二円

消費税    七万四八八五円

(差引) 二〇一万二二三七円の損失

(三) パラジウム先物取引

売買差金 一一九万七〇〇〇円の損失

手数料   二四万九四〇〇円

取引所税      七六五円

消費税    一万〇七八八円

(差引) 一四五万七一八八円の損失

(被告主張の差引計算には誤記がある。)

(四)セーフティ・ゴールド取引

売買差金   七万四〇〇〇円

手数料    二万〇八〇〇円

取引所税       二六円

消費税       六二四円

(差引)   五万二五五〇円の利益

右取引の合計収支は、損失五六二万二七五一円となる(被告主張の合計収支には計算誤りがある。)。

7  原告と被告の取引終了時である平成九年五月二一日の時点において、帳尻差損金残高は九二六万三一八〇円であるのに対し、原告の委託証拠金は八八〇万九五四二円であり、被告は、同年七月二九日、右委託証拠金を右帳尻差損金残金の支払に充当した(争いがない。)。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点1

被告従業員に、本件取引に際し、違法と評価できる断定的な判断の提供があったか否か。

(一) 原告の主張

被告には、顧客に対し、利益が生じることが確実との誤解を生じさせるような断定的判断を用いて、商品先物取引を勧誘してはならない注意義務があるところ、被告従業員は、原告に対し、以下のとおり、断定的判断の提供をした。

すなわち、被告従業員は、平成七年一一月二四日及び平成八年二月二七日、原告に対し、「今、金が上がっています。すぐ買えば儲かります。」、「とても儲かる商品だ。」、「こちらのやり方でやれば危険がない。まかせて欲しい。」などと勧誘した。

(二) 被告の主張

否認する。被告従業員が、原告に対し、原告が主張するような断定的な判断の提供をした事実はない。

2  争点2

被告に、先物取引を勧めるに際し、説明義務違反ないし危険開示義務違反があったか否か。

(一) 原告の主張

先物取引は、投機性が高くハイリスクな商品である。それゆえ、顧客となるべき者に対しては、先物取引の危険性を十分理解させる必要がある。

しかし、被告従業員は、原告に対して、先物取引の特質、危険性を原告が理解し、判断し、しかも、自由かつ自主的に取引に参加し得るだけの十分な説明をしていない。

(二) 被告の主張

被告従業員は、原告に対し、商品先物取引の仕組みから生ずる一般的な危険性について十分説明しているのであって、被告従業員に説明義務違反はない。

3  争点3

被告従業員の勧誘には、適合性原則違反があったか否か。

(一) 原告の主張

被告には、先物取引の危険性にかんがみ、顧客の資力、経験、知識、理解力等に応じた取引を勧めるべき注意義務がある。

しかるに、被告従業員は、原告が、当時六九歳(取引開始時点では六八歳が正しい。)で年金暮らしであること、先物取引はもとより、株取引の経験もないこと、原告には、先物取引のような「ハイリスク・ハイリターン」の取引をするだけの財力がないことといった状況にあるにもかかわらず、先物取引を勧誘したのは右注意義務に違反している。

(二) 被告の主張

投機取引における適合性の原則とは、投機取引における不適格者を累計的に定めて、その類型に当てはまらない者を一般的に不適格者として排除するといった原則ではなく、個々の具体的な取引場面において委託者の状況に応じた取引勧誘を行えという原則である。原告は、本件取引以前に金地金を購入したことがあり、金価格に対し常々興味をもっていた者であることや、被告主催の勉強会にもたびたび参加した者であること等からすれば、相場取引に対する知識は人並み以上であると考えられる。また、原告が自宅を所有していることや、原告の年齢を考慮すれば、投入可能資金を有していると考えるのが通常であるし、原告は年収三〇〇万円から五〇〇万円の仕事に当時従事していた。

これらの事情を考慮すれば、本件取引において適合性原則違反を論ずる余地はない。

4  争点4

被告は、原告に対し、無意味な反復売買や両建をさせたか否か。

(一) 原告の主張

被告には、顧客に無意味な反復売買や両建をさせない注意義務がある。

しかるに、被告は、手数料収入を得ることを目的として、原告をして無意味な反復売買や両建をさせた。

すなわち、売(買)直し、塗転、日計り、両建玉、手数料不抜けを併せて「特定売買」ということができるが、この取引の割合が全体の二〇パーセント以下か、又は、業者の損金に対する手数料率が一〇パーセント程度以下か否かが、無意味な反復売買や両建がなされたか否かを判定する上での基準となる。

しかるに、被告は、別紙「建玉分析表」記載のとおり、実に四〇・七パーセントにも上る特定売買を行い、また、手数料率も実に九四パーセントに達する。

被告の手数料稼ぎのために無意味な反復売買が行われたことが明らかなところ、右取引は、全体として社会的に許容される適正な取引の範囲、方法を逸脱して、民法上も違法性を有し、不法行為を構成する。

(二) 被告の主張

そもそも、原告が主張する「特定売買」は、通常の取引において稀にしか行われない特殊な取引ではなく、いずれも商品先物取引において日常的に実施されている「相場仕法」である。

原告は、右特定売買の比率を全体の二〇パーセント以下になるような指導がなされていると主張するが、そのような指導はそもそも存在しない。また、原告は、手数料率なる概念を指摘しているが、このような概念も存在しない。

確かに、農林水産省や建設省は、受託業務の適正化を図り、経験の浅い委託者が初期の段階で大きな損害を被ることがないように、いわゆるチェックシステムを受託業者に指導したことはあるが、右システムによる報告は、平成一一年五月からは不要とされており、「手数料率」や「特定売買」の比率をもって、商品先物取引の違法性の有無を判定するのは相当ではない。

ちなみに、被告が行った特定売買が合理的であったことは別紙「本件取引の合理性」と題する書面のとおりである。

5  争点5

原告に発生した損害と賠償されるべき金額

(一) 原告の主張

(1)  本件取引に伴う損害 五二六万五七七八円

本件原告が委託証拠金名下に被告に預託した金額から、原告が被告から現実に受領した利益三八万四二二二円を差し引いた金額である五二六万五七七八円が本件取引に伴う損害である。

(2)  慰謝料 五〇万円

(3)  弁護士費用 五〇万円

原告は、右合計六二六万五七七八円のうち六二六万円を請求するものである。

(二) 被告の主張

原告主張の損害額は争う。

第三当裁判所の判断

一  前提事実に加え、証拠(後掲)によれば、本件各取引の経過等について次の事実が認められる。

1  原告は、昭和二年五月五日生まれであり、警察官を三八年間務めた経歴を有する男性であるが、過去に株取引などの証券取引をしたことはなく、先物取引の経験もなかった。平成七年には、自宅を有するものの、既に退職しており、知人の土建業者から頼まれて週に二、三回アルバイトをするほかは、主に年金収入で生活していた(甲九、乙一一、原告本人)。

2  原告は、かつて金地金を五〇〇グラム購入したことがあり、この売却を考えていたところ、被告が新聞に金価格の動向や資産運用に役立つ情報が盛り込まれた資料を送るとの記事を掲載したこともあって、被告宛に右資料を請求する葉書を出した。このことがきっかけとなり、平成七年一〇月ころから被告従業員が原告のもとを訪れ、商品先物取引の勧誘を始めるようになった(甲九、甲一一、原告本人)。

3  平成七年一一月、原告の担当となった被告従業員須田政春(訴外須田という。)は、原告方を訪問し、金の先物取引とセーフティ・ゴールドの取引を勧誘した。しかし、原告は、資金の準備ができないことから当初は右の申入れを断っていたものの、平成八年二月までの間に幾度か訴外須田から勧誘を受けるにつけ、金先物取引について須田から専門家であるこちらに任せてくれ、決して無理はしないなどと言われたこともあって、次第に先物取引に関心をもつようになった。

その後、原告は、平成八年二月二四日、被告が主催する先物取引の勉強会に出席し、その際、訴外須田の勧めもあって、六〇万円程度から金の先物取引を始めることを決めた(甲九、乙二四、原告本人)。

4  同月二六日、原告は、自宅を訪問した訴外須田を介して、被告との間で、東京穀物取引所、東京工業品取引所及び前橋乾繭取引所の商品市場における先物取引を委託する旨の本件委託契約を締結し、預金をおろして委託証拠金六〇万円を被告に預託した(甲九、乙二四、原告本人。なお、本件委託契約の締結の事実と六〇万円の預託の事実は争いがない。)。

本件委託契約締結の際、須田は、受託契約準則及び商品先物取引委託のガイドを原告に手渡した上、取引のリスクを含む貴金属の先物取引の仕組み、売買の注文方法、売買による差損金の計算方法、取引の担保として必要な委託証拠金の種類及び金額等、商品先物取引について一通りの説明をした。

商品先物取引委託のガイド(乙三の一)には、見開きの部分に赤枠で囲った部分に、「商品先物取引の危険性について」と題する記載があり、そこには、商品先物取引について、「総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため、多額の利益となることもありますが、逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性がありますので、今回新たに先物取引を開始されるにあたっては、あなたの資金の余裕その他を十分に配慮したうえで取引を行うようにしてください。」、「相場の変動に応じ、当初預託した委託証拠金では足りなくなり、取引を続けるには追加の証拠金を納入することが必要となることがあります。さらに、追加の証拠金についても全額損失となり戻らないことになることもあります。」との記載がある。また、右ガイドには、商品先物取引のしくみ、取引の委託、委託証拠金、取引の決済方法などについても図解を交えて簡単な説明が記載されている(乙一ないし三)。

原告も、本件委託契約を締結する当時、商品先物取引については、相場変動に伴うリスクがあることは一般論としては知っており、しかも被告従業員が商品相場を左右できるわけでもないことを認識していた(原告本人)。

また、原告は、機会あるごとに商品先物取引委託のガイドを見て、時に訴外須田に言葉の説明を求め、被告からのアンケートに被告の説明を一応理解した旨の回答もしていた(乙一三、原告本人)。

5  原告は、本件委託契約に基づき、被告に委託して、東京工業品取引所の金(平成八年二月二七日から平成九年五月二一日まで)、白金(平成八年一一月一八日から平成九年五月二一日まで)及びパラジウム(平成九年三月六日から同年五月二一日まで)の各先物取引を行い、かつ、各売買により発生した差益金、委託手数料、取引所税、消費税の清算を被告との間で行った。その経過は、別紙「建玉分析表」記載のとおりである(争いがない。)。そして、被告から原告に対し、取引の都度、売買報告書及び売買計算書が、また、毎月一度の割合で口座残高照会通知書が送付され、原告は、残高照会回答書に署名押印してこれを被告に送付していた(乙二一ないし二三)。

また、原告は、平成八年四月二六日、利回確定型商品である「セーフティ・ゴールド取引要領」に基づいて同取引の二単位の申し込みをし(乙七)、同年五月一日、被告との間で「金地金現物売買契約」をした上(乙九)、金地金代金二五四万六〇〇〇円を被告に預託した(乙一〇)。その際、原告は、通常先物取引と同一口座にセーフティ・ゴールド取引を設定し、金地金現物代金として預託した委託証拠金を利用して先物取引を行うことを確認する旨の「セーフティ・ゴールドを利用する先物取引の確認書」に署名押印した。右確認書には、相場の変動による通常取引の損失額によっては、本取引設定のために預託した証拠金(金地金現物代金)が全額戻らないこともある旨が明記されていた(乙八)。

6  原告と被告との取引は、ほとんどの場合、訴外須田の提案に基づき実施された。

先物取引の経過を概略すれば、次のとおりである。

すなわち、平成八年中及び平成九年二月ころまでは、取引自体では大きな損失を出すこともなく、むしろ利益を計上していたが、平成九年二月二八日の白金の買建てから損失が大きくなった。原告は、同年三月一〇日ころ、一度は先物取引をやめることを考えたものの、訴外須田の提案もあって、同年三月一九日には、白金の売建てをして両建を行うこととなった。これに伴って、二四〇万円の追加証拠金が必要となり、原告は右金額を借り入れて調達し、同月二一日、これを被告に預託した。

同年四月-六日には、訴外須田が、原告の承諾をとって金四五枚を買建てた際、原告に対し、取引の終了を提案したものの、原告は挽回を期してこれに応じなかった。

その後、同年五月一五日、原告の建玉に追加証拠金が必要となったが、原告がこれを入金しなかったため、同月二一日、原告と被告との取引は終了した(甲九ないし一一、乙二四、原告本人)。

7  前記「建玉分析表」(甲七)によれば、原告が主張する特定売買の比率は四〇・七パーセントであり、手数料の総額は七〇三万三八〇〇円である。

二  争点1について

1  原告は、被告従業員が、平成七年一一月二四日及び平成八年二月二七日、原告に対し、「今、金が上がっています。すぐ買えば儲かります。」、「とても儲かる商品だ。」、「こちらのやり方でやれば危険がない。まかせて欲しい。」と、断定的判断をもって勧誘したなどと主張している。

2  しかし、原告本人尋問の結果によっても、金の先物取引がとても儲かる商品だとの勧誘があったか否かについての原告の供述は曖昧である上、原告は、須田の性急ではなく、静かな勧誘に好感をもつとともに、専門家に任せてください、無理はしませんからといった言葉から先物取引を行うことを決意した経過が認められる。また、前記認定の事実によれば、原告は、本件委託契約を締結する当時、商品先物取引については、相場変動に伴うリスクがあることは一般論としては知っており、しかも、被告従業員が商品相場を左右できるわけでもないことを認識していたことが認められる。

以上によれば、被告従業員において、先物取引の勧誘行為として是認できないような断定的判断の提供がなされたとまでは認め難い。

3  よって、争点1についての原告の主張は採用できない。

三  争点2について

1  原告は、被告従業員は、原告に対して、先物取引の特質、危険性を原告が理解し、判断し、しかも、自由かつ自主的に取引に参加し得るだけの十分な説明をしていないと主張する。

2  なるほど、前記認定の事実によれば、原告は、株式取引の経験や商品先物取引の経験を有しておらず、投機的取引について全くの素人であって、原告が本件先物取引についてほとんど訴外須田の提案するがままに取引を実施してきたことからしても、原告が商品先物取引の相場仕法やその運用の巧拙についてまで知識を有していたものとは認め難い。

3  しかし、前記認定の事実によれば、本件委託契約締結の際、訴外須田は、受託契約準則及び商品先物取引委託のガイドを原告に手渡した上、取引のリスクを含む貴金属の先物取引の仕組み、売買注文の方法、売買による差損金の計算方法、取引の担保として必要な委託証拠金の種類及び金額等、商品先物取引について一通りの説明をしたこと、原告も、アンケートにおいて、被告従業員の説明を一応理解したと回答していること(乙一三)、そして、商品先物取引委託のガイドには、見開きの部分に赤枠で囲った記載として、「商品先物取引の危険性について」と題する記載があり、一読すれば、商品先物取引の危険性の高さを警告として理解できるものとなっていること、また、原告も、本件委託契約を締結する当時、商品先物取引については相場変動に伴うリスクがあることは一般論としては知っており、しかも、被告従業員が商品相場を左右できるわけではないことを認識していたことが認められる。

4  以上によれば、商品先物取引の危険性等について、被告従業員は、原告に対し、先物取引を開始するに際し、最低限必要となる事項について説明義務を尽くしていたというべきである。

したがって、原告の主張は採用できない。

四  争点3について

1  前記認定の事実によれば、原告は、昭和二年五月五日生まれであり、警察官を三八年間務めた経歴を有する男性であるが、過去に株取引などの証券取引をしたことはなく、先物取引の経験もなかったこと、平成七年には、既に退職しており、知人の土建業者から頼まれて週に二、三回アルバイトをするほかは、主に年金収入で生活していたことが認められる。

2  しかし、一方、原告は、自宅を所有していたほか、金地金五〇〇グラムを有し、本件先物取引の委託証拠金についても、当初の六〇万円や、セーフティ・ゴールドの購入資金二五四万円余りについても、これを自ら調達できたこと(原告本人)、また、その後の二四〇万円についてもこれを借り入れる資力を有していたこと、そして、原告は、被告が取引を開始する際に原告に記載させたアンケートに年収三〇〇万円から五〇〇万円と記載し、無職では困ると訴外須田が職業を問うと、友人の仕事の手伝をしていると答えていること(乙一二、乙二四)が認められるのであって、これに、本件先物取引が六〇万円の委託証拠金を預託する小規模の取引から始まっていることも考慮すると、本件規模程度の先物取引を行うことが適合性の原則に直ちに違反するとまでは認め難い。

3  したがって、争点3についての原告の主張は採用できない。

五  争点4について

1  原告は、本件先物取引において、特定売買の比率が四〇パーセントを超え、手数料の損金に対する比率も異常に高いと主張して、無意味な反復売買により被告は手数料稼ぎをしたものであって、これが民法上違法行為を構成すると主張する。

2  そこで、検討するに、商品先物取引は、一般論として、株式市場に比べ、小規模であり、相場の要因の影響が大きく、その仕組みも複雑であって、わずかな相場変動により、投下資金を越える大きな損失を被るおそれがあること、商品取引員が相場の変動に影響を及ぼす各種の情報を入手することは比較的容易であるのに対し、その勧誘を受けて先物取引市場に資金を投下する顧客にはそのような情報の入手が必ずしも容易ではないこと、商品先物取引員は、相場の変動に関係なく、取引の注文さえあれば、安定的な手数料収入を得ることができるが、顧客は相場の変動によって投下資金を越える損失を被るおそれがあるといった特質を有する。

これらの商品先物取引の性質に照らすと、商品取引員やその営業担当者が顧客に対し負担する義務の内容は、単なる受託執行上の善管注意義務にとどまらず、顧客の利益に配慮し、取引についても顧客に有利な方法を助言、指導すべき義務を包含しているというべきであって、この義務に違反し、その程度が社会的に是認できないときは、顧客に対する不法行為を構成するというべきである。

3  証拠(甲五、甲六、乙一匹)によれば、原告が主張する特定売買は、顧客の利益を犠牲にした商品先物取引員の手数料稼ぎに悪用されるおそれがあることから、農林水産省や通産省では、昭和六三年、委託者保護の強化のための通達を出し、商品取引員に対し、取引を始めて間もない顧客との取引について、特定売買の受託状況の報告を義務付け、特定売買の比率及び損金に対する手数料の比率をチェックしようとしていたこと、当時の業界紙は、その運用基準は、特定売買の比率が二〇パーセント、手数料率が一〇パーセント程度と報じていたことが認められる。

右の通達は、商品先物取引の経験が少なく未熟な顧客が、初期の段階で、特定売買などの高度の売買テクニックについて十分理解していないうちに、取引の結果として多大の損害を被らないようにするため、業界内部における業務の適正化を図る趣旨で定められたものであって(乙一四)、顧客と商品取引員やその営業担当者との間の受託業務を規制するものではない。しかしながら、商品先物取引の経験が少なく未熟な顧客が、特定売買などの高度の売買テクニックについて十分理解していないうちに、取引の結果として多大の損害を被らないようにするために受託業務の適正を図るといった右通達の趣旨は、個々の受託業務が、前記の忠実義務に違反していないか否かを検討するに当たって重要な指針になることは否定できない。そして、知識や取引経験が浅く、特定売買の合理性や必要性について十分な判断ができないと推認される顧客との取引においては、取引全体に占める特定売買の比率が高かったり、損金に対する手数料の比率が高く、かつ、特定売買の必要性と合理性を顧客に対し十分説明した上、その納得を前提に右売買を行なったことが認められない場合には、右先物取引は、全体として、顧客の利益を犠牲にした取引と推認せざるを得ず、顧客に対する忠実義務違反を構成すると解するのが相当である。

4  これを、本件についてみると、前記認定のとおり、原告が、株式や商品先物取引の経験をもたず、先物取引については全くの素人であって、取引の特定の場面においては、ほとんど被告従業員のアドバイスのままに取引をしていたことからして、原告は、特定売買の必要性やその合理性を自ら判断し得る能力を有していたとは到底認め難い。そして、前記認定の事実によれば、本件先物取引に占める特定売買の比率は、四〇・七パーセントと相当高く、前提事実記載の収支計算によれば、本件各取引にかかる損金の合計は、五六二万二七五一円であるのに対し、手数料の金額は、七〇三万八四〇〇円であって、帳尻差損金残高九二六万三一八〇円を基準にしても、実に七割六分弱という高い比率を占めていることが認められる。

しかも、訴外須田の陳述書や原告本人尋問の結果を総合しても、訴外須田において、特定売買の受託や追加証拠金を求めるに際し、原告に対し、その取引の必要性や合理性を十分説明したことを認めるに足りる証拠はない。

この点、被告は、別紙「本件取引の合理性」と題する書面のとおり、原告主張の特定売買が合理性を有することを主張するものの、右の合理性や特定売買の必要性を、被告従業員が原告に説明し、あるいは、原告がこれを理解していたことを認めるに足りる証拠はない。

5  以上によれば、本件各取引は、全体として、顧客の利益を犠牲にした取引と推認せざるを得ず、顧客に対する忠実義務違反を構成すると解するのが相当である。したがって、原告の主張は理由がある。

ところで、被告は、特定売買比率や手数料比率が、取引の実態の判断基準として無意味であると主張している。しかし、前示の通達が指摘する特定売買は、一般に委託者に手数料の負担を生じさせるばかりか、その利益に繋がらないことも多い取引であって、個々の取引の際の個別の事情を捨象しても、一定期間の取引を全体的に観察し、右のような特定取引の割合が相当高いときは、特段の事情がない限り、顧客の利益を犠牲にした取引がなされたものと推認するのが相当である。また、手数料の損金比率も、取引途中においては、必ずしも合理的な指標にならないものの、取引終了後に、顧客に取引全体から生じた損失の要因を観察、評価する上では、なお、有効な指標になるものと解される。したがって、被告の前記主張は採用できない。

六  争点5について

1  そこで、次に原告に生じた損害について検討する。

前提事実記載のとおり、原告が本件各取引を通じて合計五六二万二七五一円の損失を被ったことは当事者間に争いがない。そこで、原告主張の損害額である五二六万五七七八円は、その算定方法が異なるものの、右の範囲内にあるので、原告は、少なくとも同金額の損害を被ったというべきである。

2  原告は、右に加えて慰謝料も請求する。しかし、財産的取引に基づく精神的損害は、基本的には右財産的損害の賠償をもって一応慰謝されると解されるから、財産的損害の賠償をもって慰謝されない特別の精神的損害を被った場合にはじめて慰謝料を請求できると考えるのが相当である。しかるに、本件全証拠によっても、本件原告において特別の精神的損害を被ったことを認めるに足りない。

3  そこで、次の過失相殺を考慮するに、商品先物取引は、基本的には、委託者の自己責任においてなされるべきものであるところ、原告の意思に反してまで取引がなされたわけではなく、原告も取引の都度、その報告を受けていたこと、平成九年二月ころまでは、原告に顕著な損害はなく、大きな損害はそれ以降の取引に起因するものであるところ(別紙「建玉分析表」参照)、原告は、同年三月上旬に、一度は取引を終了することを考えたものの、結局、追加証拠金を支払って取引を継続した結果、右の損害を被ったことなど、本件に現われた一切の事情を考慮し、原告の過失を六割と認めるのが相当である。

したがって、原告が賠償を受けるべき損害は二一〇万六三一一円(五二六万五七七八円の四割)である。

4  次に、右賠償額や本件訴訟の経緯等を考慮し、不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は、三〇万円をもって相当と認める。

七  結論

以上の認定及び判断の結果によれば、原告の本訴請求は、二四〇万六三一一円及びこれに対する平成一〇年一一月五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中山孝雄)

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