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東京地方裁判所 平成10年(ワ)2485号 判決 1999年3月25日

原告 X建設株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 小口隆夫

被告 東海建設株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 小谷野三郎

同 渡邊昭

同 笠巻孝嗣

主文

一  被告は、原告に対し五〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月一日から支払済みまで年一割四分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求及び訴訟物

一  原告の請求は主文と同旨である。

二  訴訟物は、貸付金元本五〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成九年一一月一日から支払済みまで約定の年一割四分の割合による遅延損害金の支払請求である。

第二事案の概要及び争点

一  争いのない事実

1  平成九年当時、Cは被告の常務取締役であり、Dは被告の土木部部長であった。

2  原告からC常務及びD部長に五〇〇〇万円が交付され、右五〇〇〇万円はC常務及びD部長から株式会社ゆきわり草(以下「ゆきわり草」という。)代表取締役Eに交付された。

二  争点(原被告間における五〇〇〇万円の消費貸借契約の成否)

1  被告のC常務取締役に被告を代表ないし代理する権限があったかどうか。

2  被告のC常務取締役が商法二六二条所定の表見代表取締役に当たるとして、代表権の欠缺の点について原告に悪意又は重過失があったか。

3  本件五〇〇〇万円は、原告の被告に対する貸金(弁済期平成九年一〇月末日、遅延損害金年一割四分)か、原告のゆきわり草に対する前捌金(請負受注予定者が注文主に対して支払う準備金であり、土地の取得や設計料などに支出され、請負代金の支払の際に清算される)か。

第三当裁判所の判断

一  <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、乙六、七並びに証人C及び同Dの証言中以下の認定に反する部分は、採用することができない。

1  原告は、昭和四六年一二月一日に有限会社a工務店として設立され、千葉県野田市に本店を有し、昭和五一年七月七日に資本金二〇〇万円の株式会社に組織変更し、その後増資を繰り返し、平成四年四月一日に現在の商号に商号変更し、現在は建築工事業等を営む資本金一億円の株式会社である。平成九年当時の原告の代表取締役はAのみであった。Fは原告の取締役であり、原告からは「常務取締役」の肩書を付されていた。

被告は、昭和三七年一〇月一日に設立された総合建設業を営む資本金三億円の株式会社であり、建設業界においては学校法人東海大学及び大成建設の系列に属する中堅ゼネコンであると認識されている。平成九年当時の被告の代表取締役は、G及びBの二名のみであり、Bが社長として最高責任者の地位にあった。C常務は、平成九年当時、被告の取締役であり、被告からは「常務取締役」及び「神奈川支社長」の肩書を付与されていた。D部長は、平成九年当時、被告の土木部部長の職にあったが、取締役の地位にはなかった。

総合建設業を営む株式会社においては全社一括して代表取締役社長名で契約を締結することが常態であるということはできず、むしろ、地域ごと若しくは部門ごとに取締役の地位を有する者の名前で契約を締結することも多い。

2  ゆきわり草は、代表取締役をEとする株式会社であり、平成九年当時、身体障害者施設ゆきわりの里の建設を企画しており、建設工事業者を探していたところ、有限会社エムシープロジェクトの代表取締役HがEと被告のD部長を引き合わせた。C常務及びD部長は、Eとの間で、Hを交えながら、ゆきわりの里建設工事を被告が受注するための折衝を行っていた。Eは、平成九年一月一六日、C常務及びD部長に対して、工事の先行投資金(土地取得や設計のために必要な費用。前捌金ともいわれる)として五〇〇〇万円が必要なのでこれを調達してほしい旨要請した。

大規模建設工事の請負契約締結前に建設業者側から施主側に対して施主側において事前に必要とされる各種の費用に充てるために、先行投資と称して金銭が交付されることはしばしば行われることであった。

C常務及びD部長は、被告のB社長に対し、被告が先行投資金五〇〇〇万円を支出することの許可を求めた。B社長は、C常務及びD部長に対し、契約締結前に金銭を支出することはできない、先行投資金の支出が必要とされるのであれば、ゆきわりの里建設工事の受注のための営業活動をしてはならないと命令した。しかしながら、C常務及びD部長は、先行投資金を支出しないで受注することのできる見込みがないにもかからわず、B社長の命令に反して、対外的に公然と被告の名前を使って、被告がゆきわりの里建設工事の受注をするための営業活動を継続し、被告の代わりに先行投資金の出し手となってくれる業者を探して、被告による工事受注を目指した。

その結果、Hの経営するエムシープロジェクトが右先行投資金五〇〇〇万円を調達することとなり、Hは、平成九年一月二四日、右五〇〇〇万円のうち一〇〇〇万円をC常務及びD部長に渡し、右両名はこれをEに渡した。この際貸主をエムシープロジェクト(代表取締役H、代表者印を押捺)とし、借主を被告(常務取締役C及び土木部部長D、各個人印を押捺)とし、弁済期を平成九年一〇月末日とし、利息の利率を年一割とし、遅延損害金の割合を年一割四分とする平成九年一月二四日付けの一〇〇〇万円の金銭消費貸借契約証書(乙三)及び貸主を被告(常務取締役C及び土木部部長D、各個人印を押捺)とし、借主をゆきわり草(代表取締役E、代表者印を押捺)とし、弁済期を平成九年一〇月末日とし、利息の利率を年一割とし、遅延損害金の割合を年一割四分とする平成九年一月二四日付けの一〇〇〇万円の金銭消費貸借契約証書(乙四)が作成された。

しかしながら、Hは、平成九年二月七日、予定されていた先行投資金五〇〇〇万円の残額四〇〇〇万円を調達することは困難であると述べるに至った。そこで、C常務及びD部長は、五〇〇〇万円の先行投資金を出してくれる業者を再び探し始めたところ、知人であるIから原告を紹介された。

他方、原告もそのころ、知人からIを紹介され、原告代表者はIから原告が被告に五〇〇〇万円を貸し付ければ被告が受注する予定のゆきわりの里建設工事につき原告が被告の下請になれる見込みである旨の説明を受けたので、原告代表者は、F常務及びJ部長に対して被告から直接詳しい説明を受けるよう指示した。

3  原被告間で予め連絡を取り合った結果、平成九年三月一〇日、東京都新宿区の新宿東海ビル六階及び七階に所在する被告本店事務所において、原被告の実務担当者による打ち合わせを実施することとなった。

平成九年三月一〇日の日中、被告本店応接室において、原告のF常務及びJ部長、被告のC常務及びD部長並びに紹介者のIが集まった。その際、C常務が原告側に交付した名刺には「東海建設株式会社神奈川支社、常務取締役、支社長」という肩書が、D部長が原告側に交付した名刺には「東海建設株式会社土木部、部長」という肩書が、それぞれ記載されていた。C常務及びD部長は、ゆきわり草作成に係る被告(C常務及びD部長)宛のゆきわりの里施設工事についての発注確約書(金銭貸借金五〇〇〇万円、許認可がおりない場合は確定後三箇月以内に返済する旨の記載がある)の写しを原告側に交付し、被告の神奈川支社はゆきわり草から元請としてゆきわりの里施設工事の発注を受ける予定であり、工事の許認可は同年の五月から九月までの間に下りる予定であるが、原告に右工事を下請として代金八億円程度で発注する代わりに、ゆきわり草において現在必要とする資金五〇〇〇万円を先行投資として被告に貸し付けてほしい、二〇〇〇万円現金でくれれば三〇〇〇万円は手形でもよい、右五〇〇〇万円は被告が原告に支払う下請工事代金を五〇〇〇万円水増しする形で返済する、先行投資金五〇〇〇万円の用途はゆきわり草が土地を取得したり設計料を支払ったりするための準備金である、うち一〇〇〇万円は被告が貸付済みである、貸し付けてくれるなら借用証等の書類は予め被告で作成しておく等の説明をした。Fは、仮に原告から五〇〇〇万円を提供するとしても、請負代金の水増分として五〇〇〇万円の返済を受けると原告の所得として課税されるので、貸付金として扱ってほしい旨告げ、C常務及びD部長もこれを了承した。この日は、原告側で持ち帰って検討することとして、打ち合わせを終えた。

4  Fは、原告代表者に対して三月一〇日の打ち合わせの報告をし、被告は本社も立派であり、C常務及びD部長が窓口であるから信用できるとの考え方を伝えた。原告は、その取引先の銀行に依頼して被告の信用調査を行ったところ、被告は学校法人東海大学が筆頭株主で大成建設も株主として資本参加している中堅ゼネコンであり、社長は東京オリンピックの際の柔道金メダリストのB氏であり、取引先としては全く懸念がないとの報告を受けた。その結果、原告は、被告に対して五〇〇〇万円を貸し付けることを決定し、その旨被告に連絡し、同年三月一八日に被告本店事務所で貸付けを実行することとなった。

5  F及びJは、平成九年三月一八日の日中、Iと共に被告本店事務所を訪問した。C常務及びD部長は、まず被告常務取締役C及び同土木部部長Dの連名による作成に係る平成九年三月一八日付原告代表者宛ゆきわりの里施設工事の発注確約書(金銭貸借金五〇〇〇万円、許認可がおりない場合には確定後三箇月以内に返済する旨の記載がある)を原告側に交付した。

次いで、C常務及びD部長は、予め作成した「貸主X建設株式会社代表取締役Aと借主株式会社ゆきわり草代表取締役Eの代理人東海建設株式会社常務取締役C並びに同土木部部長Dとの間に、次のとおり金銭消費貸借契約を締結します。」という頭書きで始まり、貸借金額を五〇〇〇万円、弁済期を平成九年一〇月末日、遅延損害金を年一割四分とする旨の記載があり、末尾の記名押印欄には貸主欄に「X建設株式会社代表取締役A」、借主欄に「東海建設株式会社常務取締役C」及び「同土木部部長D」と予め記載された金銭消費貸借契約証書のC常務及びD部長の各名下に各個人印を押捺して原告側に交付しようとした。Fは、右証書の頭書きの記載によれば原告がゆきわり草に直接貸し付けるという意味になるが、原告は被告に貸し付けるのであるからこれでは困ると述べたため、C常務及びD部長は自ら右頭書きのうち「株式会社ゆきわり草代表取締役Eの代理人」の部分に手書きで二本の抹消線を記入して抹消した上その部分に訂正印を押捺して、「貸主X建設株式会社代表取締役Aと借主東海建設株式会社常務取締役C並びに同土木部部長Dとの間に、次のとおり金銭消費貸借契約を締結します。」と訂正し、原告が被告に貸し付けるという趣旨の頭書きに変更した。Fは、右訂正後の金銭消費貸借契約証書を受領した後、被告側に対し原告振出に係る金額二〇〇〇万円の小切手一通及び金額三〇〇〇万円の約束手形一通を交付した。

その後、被告の希望により、平成九年四月二一日、右三〇〇〇万円の約束手形は、いずれも原告振出に係る満期を平成九年六月二〇日とし金額を二〇〇〇万円とする約束手形一通及び満期を平成九年六月三〇日とし金額を一〇〇〇万円とする約束手形一通と交換された。そして右手形小切手(金額合計五〇〇〇万円)はいずれも所定の期間内に決済され、右五〇〇〇万円はゆきわり草のEに交付された。また、ゆきわり草からC常務及びD部長を経由してエムシープロジェクトのHに前記先行投資金一〇〇〇万円が返還され、貸主を被告とし借主をゆきわり草とする前記金銭消費貸借契約証書(乙四)の金額が一〇〇〇万円から五〇〇〇万円に訂正された。

6  ゆきわり草の代表取締役であるEは平成九年一〇月一八日に突然死亡し、その影響でゆきわりの里建設工事も中止され、ゆきわり草に交付された五〇〇〇万円を同社が返還することも困難になった。

二  右認定事実によれば、C常務及びD部長は、いずれも被告を代表する権限を有しておらず、また、被告から具体的な代理権限を与えられていないにもかかわらず、被告を代表又は代理する者として、原告との間で弁済期を平成九年一〇月末日とし遅延損害金を年一割四分とする五〇〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結し、平成九年六月までに原告から五〇〇〇万円の交付を受けたことが明らかである。

三  表見代表取締役の規定の適用について

1  被告は、C常務に常務取締役の名称を付していたのであるから、商法二六二条の規定により、C常務の代表権の欠缺について善意でありかつ重過失のない第三者に対しては、C常務の代表権の欠缺を主張することができない。

2  原告(担当者であるF)がC常務には代表権がないことを知っていたことを的確に認めるに足りる証拠はない。

3  そこで、原告の重過失の有無について検討する。

(一) 被告の本店事務所内において被告のC常務取締役及びD土木部部長というかなりの高い地位にある者が交渉に当たったこと、ゆきわりの里の建設計画についてはゆきわり草作成に係る被告宛発注確約書(金銭貸借金五〇〇〇万円との記載のあるもの)が実際に存在したこと、大規模建設工事の請負契約締結前に建設業者側から施主側に対して施主側において事前に必要とされる各種の費用に充てるために先行投資と称して金銭が交付されることはしばしば行われることであったことなどを考慮すると、本件金銭消費貸借契約の締結に至る事前の折衝過程においては、被告が原告から五〇〇〇万円を借り入れる意思を有していると原告側が信じたのも当然であって、この点に格別の疑念を生じさせるような事情は存在しなかったものというべきである。

(二) このように、本件金銭消費貸借契約証書の調印に至るまでの過程においては原告からみると外観上格別の問題はなかったのであって、調印の段階において始めて本件金銭消費貸借契約証書上の被告を代表ないし代理する者がC常務及びD部長であってその名下の押印が個人印であることが判明したものであり、本件において取引の正常性に疑念を抱かせる事情があったとすれば、この点がほとんど唯一の主要なものであったということができる。

しかしながら、一般に総合建設業を営む株式会社においては全社一括して代表取締役社長名で契約を締結することが常態であるということはできず、むしろ、地域ごと若しくは部門ごとに取締役の地位を有する者の名前で契約を締結することも多いこと、本件においては被告の正式の常務取締役であり神奈川支社長の肩書きをも有するC常務が、いわば平然とした態度で、白昼の被告本店事務所内において、自らが被告を代表すると読める形式を有する金銭消費貸借契約証書に押印し、その頭書きの訂正にも素直に応じた上、五〇〇〇万円もの額にのぼる原告振出の約束手形及び小切手を受領したものであること、締結しようとした契約は最終目標である請負工事契約ではなく請負代金予定金額の一〇分の一にも満たない額の先行投資金に係る金銭消費貸借契約にすぎなかったことを考慮すると、前記の事情があったとしても、C常務に被告を代表して本件金銭消費貸借契約を締結する権限がないのではないかという強い疑いが生じたものとまでいうことはできない。そして、株式会社を相手方として契約を締結するに当たっては、格別の疑念を生じさせるような特段の事情のない限り契約書上において株式会社を代表ないし代理する者の権限については逐一調査しないのが通常であると考えられることからすれば、原告側においてC常務に本件金銭消費貸借契約締結の権限があると信じたことを著しい落ち度であるということはできず、原告側にC常務の代表権の欠缺について故意に準ずるべき重大な過失があったものと評価することはできないというべきである。

(三) なお、原告は被告の社長がB氏である旨の情報を有していたが、これは信用調査すなわち経済的側面からみた被告の支払能力の調査の過程で得た情報にすぎず、法律的側面から代表取締役など被告の代表権限を有する者が誰かという調査をしたものではなく、B社長以外の代表取締役は被告にいないとの調査結果を得ていたものでもないから、この点から原告には被告の代表権限を有する者がB社長だけであってC常務には代表権がないことを知り、又は知らないことに重大な過失があったとすることはできない。

また、原告側の担当者であるFはC常務と同じ常務取締役の肩書きを有しながら原告の代表権は有していなかったものではあるが、被告は中堅ゼネコンであり、ゼネコンにおいては地域ごと若しくは部門ごとに取締役の地位を有する者の名前で契約を締結することも多く、また、C常務は被告本店事務所内で白昼堂々と本件金銭消費貸借契約証書に調印したのであるから、Fが自らは代表権を有していないことからC常務の代表権の存在についても当然これを疑うべきであったとまでいうことはできず、この点から原告の重過失を基礎付けることもできない。

(四) 他に原告の重過失の存在を認めるに足りる証拠はない。

四  被告は、右五〇〇〇万円は貸金ではなく前捌金とか先行投資金とか称されるもので、工事代金の支払の際に清算される性質の金銭であって、工事の着手に至らなかった場合には返還することを要しないものであるから、原告の請求は理由がないとも主張する。

しかしながら、前記認定に係る本件金銭消費貸借契約証書等(甲一、乙三、四)や発注確約書(甲二、三)には金銭消費貸借ないし金銭貸借金という用語が明記されており、工事中止の場合に先行投資として交付した金銭の返還を要しないという趣旨の記載は見当たらないこと、工事中止の場合には返還を請求しないという前提で五〇〇〇万円もの多額の金銭を交付することは通常は考えられないことに照らし、被告の右主張を採用することはできない。

五  以上の認定判断によれば、原被告間には、原告から被告のC常務及びD部長に交付された右五〇〇〇万円について、弁済期を平成九年一〇月末日とし、遅延損害金の割合を年一割四分とする金銭消費貸借契約が有効に成立したものというべきであるから、原告の請求は全部理由がある。

(裁判官 野山宏)

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