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東京地方裁判所 平成10年(ワ)24955号 判決 2001年2月22日

原告

田宮稔

ほか一名

被告

髙田郁男

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告らに対し、それぞれ一四九六万〇三〇四円及びこれに対する、被告髙田郁男については平成八年五月二日から、被告東京海上火災保険株式会社については平成一〇年一二月一七日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告らに対し、それぞれ四六〇三万八四二八円及びこれに対する平成八年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機による交通整理の行われていない交差点において、車両の出会い頭の衝突事故により死亡した田宮幸子(以下「亡幸子」という。)の両親が、加害車両の保有者である被告髙田郁男に対し自動車損害賠償保障法三条に基づき合計九二〇七万六八五七円の損害賠償を、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)に対し自家用自動車総合保険契約に基づき同額の無保険車傷害保険金の支払を、それぞれ請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成八年五月二日午後一〇時一五分ころ

(二) 場所 茨城県結城郡千代川村大字大園木二八三四番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 分離前の相被告髙田武春(以下「訴外武春」という。)運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 亡幸子運転の普通乗用自動車

(五) 態様 出会い頭の衝突事故

(六) 結果 亡幸子は、本件事故により、平成八年五月一〇日午後一〇時二八分に死亡した(甲四)。

2  責任原因等

(一) 被告髙田郁男は、加害車両の実質的所有者であり、自己のために自動車を運行の用に供する者として、自動車損害賠償保障法三条に基づく責任を負う(甲二、七)。

(二) 被告会社は、平成七年七月三日、亡幸子との間で、保険期間を同月四日午後四時から平成八年七月四日午後四時までの一年間、保険金額を一名につき一億円とする自家用自動車総合保険契約(無保険車傷害条項を含む。以下、「本件保険契約」という。)を締結した(甲三の一、二)。

3  相続

原告らは、亡幸子の両親であり、亡幸子の死亡により、その損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

4  損害の填補

原告らは、平成一〇年三月二日、政府の自動車損害賠償保障事業から二〇一五万五二五九円の支払を受けた(甲六、三二)。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告らの主張

本件事故は、幅員約九・四メートルの国道二九四号線を走行してきた訴外武春運転の普通乗用自動車と、幅員約六メートルの町道を走行してきた亡幸子運転の普通乗用自動車とが、両道路が交わる十字路交差点内において出会い頭に衝突したというものである。交差点左右の見通し状況は、国道の路面が町道の路面よりも一メートルくらい高くはなっていたが、いずれの交差道路からも良好である。そして、亡幸子の進行道路には、一時停止の標識が設置されていた。

訴外武春にも、無免許で、制限速度を時速約二〇キロメートル超過した時速七八キロメートルないし八〇キロメートルで走行したという過失はあるが、亡幸子としても、夜間であればこの程度の速度で交差点に進入してくる車両のあることは十分に予想すべきであり、しかも、右側から走行してくる訴外武春の車両は、少しの注意を払えばヘッドライトで容易に分かったはずである。にもかかわらず本件事故が発生したのは、亡幸子の運転車両が、全く左右道路の安全を確認しないまま、一時停止をすることなく本件交差点に進入したためであり、亡幸子には本件事故発生について五〇パーセントの過失がある。

(二) 原告らの主張

亡幸子は、一時停止の標識に従い停止線において停止し、右方を確認して訴外武春の運転する加害車両を認め、道路を渡ることができると判断して発進したものの、国道二九四号線にガードレールが設置されているため、右方が極めて見にくく、かつ、訴外武春が時速約八〇キロメートルという高速で走行していたことから、本件事故に至ったものである。

本件事故の最大の原因は、訴外武春が、制限速度を約二〇キロメートル超過した時速約八〇キロメートルという高速で走行したことにある。また、訴外武春は、本件当時、無免許運転を繰り返しており、さらに、車検が切れていることを知りながら加害車両の運転をしていたものである。このような法規を無視して省みない訴外武春の過失は著しく、故意と同視し得るものである。

2  無保険車傷害保険金の支払義務の範囲

(一) 被告会社の主張

(a) 被告会社と亡幸子との間で締結された本件保険契約の約款第三章の無保険車傷害条項一条二項には、被告会社が無保険車傷害保険金の支払義務を負担すべき範囲について、次のように規定されている。

「当会社は、一回の無保険車事故による前項の損害の額が、次の(一)および(二)の合計額または次の(一)および(三)の合計額のうちいずれか高い額を超過する場合にかぎり、その超過額についてのみ保険金を支払います。

(一) 自賠責保険等によって支払われる金額(自賠責保険等がない場合、または自動車損害賠償保障法に基づく自動車損害賠償保障事業により損害のてん補を受けられる場合は、自賠責保険等によって支払われる金額に相当する金額。以下同様とします。)

(二)、(三)省略」

(b) 同約款は、無保険車傷害保険が自賠責保険等のいわゆる上積み保険であることを規定しており、無保険車傷害保険金を算定するに当たっては、本件のように自賠責保険等がない場合又は政府保障事業から支払われる金額があるときは、被告会社としては、「自賠責保険等によって支払われる金額に相当する金額」を超過した損害額のみを支払うことを定めている。すなわち、本件のように政府保障事業から支払がされたようなケースでは、政府保障事業からの支払額が幾らであったかを問わず、被告会社が支払義務を負うのは、自賠責保険によって支払われる金額(本件では三〇〇〇万円)を超える部分ということになる。

(二) 原告らの主張

本件保険契約の約款に被告会社主張の条項が存在することは、認める。

しかし、亡幸子は同条項が存在することを知らずに本件保険契約を締結したものであるから、同条項は、亡幸子を拘束するものではない。また、被害者は加害車両が自賠責保険に入っているかどうかは全く分からないのであるから、同条項は、被害者(消費者)に著しく酷な結果を招来する。さらに、同条項を有効と解すると、裁判所が「自賠責保険等によって支払われる金額に相当する金額」を認定することになるが、これは不合理な結果を招く。したがって、同条項は無効と解すべきである。

3  無保険車傷害保険金の遅延損害金の起算日

(一) 被告会社の主張

(a) 本件保険契約の約款上、無保険車傷害条項に基づく本件保険金は、被保険者が事故によって死亡した後、無保険車事故の発生した事実及び被保険者が被った損害額を証明する書類等を添えて、保険者に対して同保険金支払を請求する手続をした日から三〇日以内に支払う旨定められている(第六章二〇条、二一条)。原告らは、本件の無保険車傷害保険金について本件事故日から遅延損害金を付することを求めているが、同約款からすれば、被告会社が遅滞に陥るのは、同保険金請求手続をした日から三〇日目(保険金支払義務の履行期)を経過した時点であるというべきである。

(b) 原告らは、被告会社に対し、平成一〇年三月一七日付けの保険金請求書により本件保険金の請求をし、同書面は、同月一八日に被告会社に到達した。ところが、原告らは、同約款に定める添付書類を提出しておらず、その後も、本訴提起に至るまで添付書類を提出していない。したがって、同約款を前提とすれば、本件保険金の遅延損害金の起算日は、本件訴状が被告会社に送達された日から三〇日を経過した時点であるというべきである。

(二) 原告らの主張

本件保険契約の約款第三章九条一項には、「当会社が保険金を支払うべき損害の額は、賠償義務者が被保険者またはその父母、配偶者もしくは子が被った損害について法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額によって定めます。」と規定されているところ、上記賠償義務者が法律上負担すべき原告らの損害の中には、本件事故日から発生している遅延損害金が含まれていると解すべきである。したがって、遅延損害金は、本件事故日から起算すべきである。

4  亡幸子らの損害額

(一) 原告らの主張

(a) 治療費等 三三万三六四一円

(b) 逸失利益 七二八四万八六〇九円

<1> 給与の逸失分 六五三〇万七六九〇円

給与の逸失分の計算は、別表一のとおりである。

亡幸子は、茨城県結城郡千代川村の千代川村役場に勤務する地方公務員であった。逸失利益の基礎となる収入は、千代川村の昇格・昇給基準により、亡幸子が、本件事故により死亡することなく、千代川村役場に継続して勤務していたならば得られたであろう給与を基に、年間五・二か月分の賞与(うち勤勉手当一・二か月分)を加算して算定するのが相当である。勤勉手当は、千代川村の条例、規則上、在職していれば間違いなく支給されるものとして規定されており、将来にわたって支給されるべき性質を有している。また、定年に達した平成三六年以降は、少なくとも死亡時の年収を確保できるものと推定されるので、月収額は二七万六七〇〇円とすべきである。

亡幸子の生活費控除率は、三〇パーセントとすべきである。生活費控除というのは、そもそも、生活費相当分を利得するのが不当であるとして、損益相殺的な見地から控除するものであるから、女子を一くくりにするのではなく、個々の被害者ごとにその生活費がどの程度かかっているかを基に控除率を認定すべきである。この点、亡幸子は、生前両親と同居していたから、住居費が不要であったことはもとより、水光熱費、食費等、生活のあらゆる面において、単身で生活している者よりも生活費を軽減できた。また、将来的にも、原告らは、後を託すべく亡幸子を頼りにしていたのであるから、住居費等がかからない状態にあったと推定することができる。

<2> 退職金の逸失分 四三九万六五二八円

亡幸子が定年まで千代川村役場に勤務していたならば得られたであろう退職金の額は、二七〇〇万円である。これに二八年のライプニッツ係数を乗じた六八八万七五二八円から、支給済みの二四九万一〇〇〇円を控除した四三九万六五二八円が退職金の逸失分である。なお、退職金については、生活費控除をすべきではない。

<3> 年金の逸失分 三一四万四三九一円

亡幸子は、昭和六一年に千代川村役場に就職し、本件事故により死亡するまで一〇年間、共済組合に加入し、年金の掛金を支払ってきた。亡幸子は、受給資格未取得者であるが、本件事故に遭わなければ同村役場の職員を退職まで勤めたはずであり、受給資格取得の蓋然性があるから、年金の受給権喪失は逸失利益となる。茨城県市町村職員共済組合の見積もりによれば、亡幸子の取得する年金額は三六〇五万八〇〇〇円であり、これに五〇年のライプニッツ係数を乗じた三一四万四三九一円が年金の逸失分である。

この点に関し、受給権が将来のものであることから、受給権の取得について「高い蓋然性」を必要とする見解もあるが、年金受給権についてのみ高度の蓋然性を要求するのは相当ではない。また、年金制度改革が現在進行中であり、将来の年金額や保険料額を予測することは困難であるが、それゆえに年金の逸失利益性を否定することがあってはならない。なお、年金の逸失利益性を肯定する場合、掛金を控除すべきではない。

(c) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

(d) 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

(e) 弁護士費用 六〇〇万〇〇〇〇円

(f) 損害合計額 一億一〇三八万二二五〇円

(g) 確定遅延損害金 一八四万九八六六円

政府の自動車損害賠償保障事業からの支払金二〇一五万五二五九円に対する本件事故発生日(平成八年五月二日)から支払日(平成一〇年三月二日)までの六七〇日間の年五分の割合による遅延損害金は、一八四万九八六六円である。

(h) 損害の填補

同支払金二〇一五万五二五九円をまず(g)の確定遅延損害金に充当すると、その残額は一八三〇万五三九三円である。次いで、これを(f)の損害額合計額に充当すると、残額は九二〇七万六八五七円となる。

(i) よって、原告らは、被告らに対し、連帯して、それぞれ四六〇三万八四二八円及びこれに対する本件事故発生日である平成八年五月二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告会社の主張

(a) 給与の逸失分について

勤勉手当の額は、一律に決定されるものではなく、職員の勤務成績によって変動する性格のものである。また、千代川村においては、勤勉手当を含めた給与等について、人事院勧告により国に準じて条例を整備して運用されているところ、人事院勧告は、社会情勢全般の動向及び民間給与等との均衡を図ることを基本としていることから、昨今の厳しい経済情勢の下では、千代川村における勤勉手当の割合が将来にわたって同率とは限らない。したがって、原告らが、亡幸子の逸失利益を算定するに際して、就労可能全期間を通じて勤勉手当の額を毎年給与の一・二か月分として計算しているのは、蓋然性に欠け、明らかに不合理である。

また、原告らは、亡幸子の逸失利益の算定に当たって生活費控除率を三〇パーセントとしているが、亡幸子の場合には、公務員として男子と同様の給与を得ていたのであるから、その逸失利益の算定に当たっては、生活費控除率は五〇パーセントとされるべきである。

(b) 退職金の逸失分について

退職金は、住宅ローン等の返済にも充当されることが少なくないなど、給与だけでは十分に賄えない過去の就労中の生活経費を埋め合わせる現実的な性格が必ずしも否定できないこと、また、これまで公務や会社業務に貢献してきた労働者の退職後の生活費用を保障する(又は将来の生活費に充てられることを予定している)という性質をも有することを勘案すると、退職時に支給される退職金についても、給与収入と同様に、被害者が生存していれば当然費消されたはずの部分があると考えられるから、給与と同率の生活費控除を行うのが合理的である。

(c) 年金の逸失分について

年金受給資格未取得者については、受給権の取得が将来のものであるために、年金の逸失利益性を肯定するには、その利益取得の高い蓋然性が必要というべきである。現在の年金制度にはかなり流動的な部分があり、年金の逸失分を算定するために必要となる年金額や保険料額についての将来の予測には困難なものがある。このように見ると、受給資格未取得者の年金取得の蓋然性を認めることは問題が多く、その逸失利益性は否定されるべきである。特に、亡幸子は事故当時の年齢が三二歳であり、定年までには二八年もの期間があることも考え併せると、亡幸子について年金の逸失利益性を認めることは明らかに不合理である。

第三裁判所の判断

一  過失相殺について(争点(一))

1  甲七、八、一四、二六、二七、乙二及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の発生状況について、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、幅員約九・四メートルの国道二九四号線のバイパスと幅員約六メートルの町道が交わる十字路交差点(本件交差点)内である。本件交差点では信号機による交通整理は行われておらず、町道からの交差点手前には、一時停止の標識が設置され、停止線が引かれていた。国道の路面は町道の路面よりも約一メートル高くなっており、町道から交差点を直進しようとすると、国道に向かってやや上って走る状況である。交差点の周囲はすべて田地であるため、いずれの道路からも見通しは良好であったが、国道側にはガードレールが設置されていたため、これにより町道側からの視界が一部妨げられていた。

(二) 亡幸子は、被害車両を運転し、町道を進行して本件交差点に至った。亡幸子は、本件交差点の手前で一時停止した後、発進し、時速一五キロメートルないし二〇キロメートルの速度で本件交差点に進入した。

(三) 一方、訴外武春は、加害車両を運転し、国道を進行して時速八〇キロメートル前後の速度で本件交差点に進入した。国道の制限最高速度は、時速六〇キロメートルであった。

(四) 加害車両は、本件交差点のほぼ中央付近で、被害車両の側面前部に衝突した。

(五) 訴外武春は、二一歳のころ自動車学校を卒業したが、学科試験に失敗したため運転免許試験に合格せず、その後も自動車運転の免許を取得していなかった。また、加害車両は、本件事故当時、運輸大臣の委任を受けた最寄りの地方運輸局陸運支局長の行う検査を受けておらず、有効な自動車検査証の交付を受けてはいなかった(いわゆる車検切れ)。訴外武春は、本件当時、加害車両を週に一回くらいの割合で運転使用していた。訴外武春には、平成七年七月に道路交通法違反(無免許運転)により罰金刑を受けた前科がある。

(六) 訴外武春は、本件事故の際に加害車両を運転したことから、道路交通法違反及び道路運送車両法違反で起訴され、平成八年一一月二九日、水戸地方裁判所下妻支部において懲役六月・執行猶予三年保護観察付きの判決を受けた。

2  上記の認定事実によれば、亡幸子の進行道路には一時停止の規制があり、亡幸子は、本件交差点の手前で一時停止をしたものの、国道沿いに設置されたガードレールに視界を妨げられて、右側から本件交差点に進入してくる加害車両の存在に気付かなかったか、あるいは、加害車両の存在を認めたものの、その速度と距離の判断を誤って、先に国道を渡ることができると考えて本件交差点に進入し、本件事故に遭ったものと推認される。

これによれば、亡幸子には、本件交差点に進人するに当たり左右の安全を十分に確認することなく、本件交差点に進入した過失があるといわなければならないが、訴外武春においても、夜間、制限速度を時速約二〇キロメートル上回る時速八〇キロメートル前後の速度で本件交差点に進入したものであって、このように訴外武春が高速で走行したことも本件事故の発生の大きな原因の一つを成している。加えて、訴外武春は、本件事故当時、無免許運転を反復し、しかも、いわゆる車検切れの車両を運転していたものであり、このような訴外武春の法規範を無視した態度も、双方の過失割合を決定するに当たって斟酌せざるを得ない。

以上によれば、本件事故発生についての過失割合は、訴外武春六〇:亡幸子四〇とするのが相当である。

二  無保険車傷害保険金の支払義務の範囲(争点(二))

本件保険契約の約款第三章(無保険車傷害条項)一条二項に、無保険車傷害保険金が、「自賠責保険等によって支払われる金額(自賠責保険等がない場合、または自動車損害賠償保障法に基づく自動車損害賠償保障事業により損害のてん補を受けられる場合は、自賠責保険等によって支払われる金額に相当する金額)」を超過した額について支払われる旨の規定があることは、原告らと被告会社との間で争いがない。

ところで、無保険車傷害保険は、対人賠償保険に加入していた被保険者が、死亡し又は後遺障害を負ったにもかかわらず、たまたま加害車両が無保険であるため損害の填補を受けることができない場合に、対人賠償保険を不定額の傷害保険に転換することとして、被害者の救済を図るために設けられたものである。換言すれば、無保険車傷害保険は、被保険者が付保していた対人賠償保険に、それがあたかも加害車両に付保されていたのと同じような効果を与えて、本人が付保した対人賠償保険の保険金額まで被保険者を救済しようとするものにほかならない。そして、無保険車傷害保険においては、基本的に、相手方に任意対人賠償保険が付されている場合と同じ要件の下で保険金が支払われることになるのであり、対人賠償保険が自賠責保険等の上積み保険である(第一章一三条一項三号参照)のと同様に、無保険車傷害保険も自賠責保険等の上積み保険とされている。そうすると、無保険車傷害保険についての上記第三章一条二項の規定は特段不合理とはいえないものであり、これが無効である等という原告らの主張は理由がない。

そして、通常の事案では、自賠責保険金の限度額(死亡の場合には三〇〇〇万円)を超過する部分について無保険車傷害保険金が支払われることになるが、本件のように自動車損害賠償保障事業からの損害填補額が減額されたような場合には、賠償義務者の賠償資力を補うという上積み保険としての無保険車傷害保険制度の趣旨にかんがみると、上記の現実の填補額を超過する損害額が無保険車傷害保険の支払の対象になると解するのが相当である。上記第三章一条二項の規定の文言は、このように解することの妨げとなるものではない。したがって、被告会社は、自動車損害賠償保障事業から支払を受けた二〇一五万五二五九円を超える範囲において、原告らに対し無保険車傷害保険金の支払義務を負担するものというべきであって、その支払義務が自賠責保険金の限度額三〇〇〇万円を超える部分に限られるとする被告会社の主張も理由がない。

三  無保険車傷害保険金の遅延損害金の起算日(争点(三))

乙三によれば、本件保険契約の約款第三章(無保険車傷害条項)九条一項には、「当会社が保険金を支払うべき損害の額は、賠償義務者が被保険者またはその父母、配偶者もしくは子が被った損害について法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額によって定めます。」と規定されていることが認められる。原告らは、一般の不法行為理論からすれば、この「賠償義務者が…法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額」には本件事故日から発生している遅延損害金も含まれると主張する。

しかし、保険により填補される損害の範囲は、本来、保険契約の性質及び約款の解釈により決せられるべきものである。そして、対人賠償の場合の支払保険金額について定めた第一章(賠償責任条項)一三条は、その一項一号において、「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」について保険金を支払うものと定め、無保険車傷害保険に関する第三章九条一項と同趣旨の規定を置いた上、その二項三号において、一項に定める保険金のほか、「第五条(当会社による解決―対人賠償)第一項の規定に基づく訴訟または被保険者が当会社の書面による同意を得て行った訴訟の判決による遅延損害金」も支払の対象とすると規定している。そうすると、上記約款においては、加害者が賠償義務を負担する遅延損害金は、当然には「法律上負担すべき損害賠償責任の額」に含まれず、特に第一章一三条二項三号のような規定が設けられている場合に限って、当該保険の填補する損害の中に含まれるとの構成を採っているものと解される。

これを無保険車傷害保険について見ると、約款第三章には、上記第一章一三条二項三号のような規定は設けられていないから、無保険車傷害条項に基づく保険金として、加害者が賠償義務を負担する遅延損害金の支払を請求することはできず、第六章の一般条項の定めるところにより(第三章一条一項参照)、保険会社が保険金支払の履行を遅滞したことによる遅延損害金の支払を請求し得るにとどまるものというべきである。そして、第六章二〇条一項三号によれば、「無保険車傷害に関しては、被保険者が死亡した時または被保険者に後遺障害が生じた時」に保険会社に対する保険金請求権が発生し、同条二項によれば、保険金の支払を請求するには保険証券、保険金請求書のほか、所定の書類を提出する必要があり、第六章二一条によれば、保険会社は保険金請求手続がされた日から三〇日以内に保険金を支払うものと定められている。したがって、被告会社に対し、無保険者傷害条項に基づき事故時からの遅延損害金の支払を求める原告らの請求は、理由がない。無保険車傷害保険は、飽くまで、加害者である賠償義務者の賠償資力を補うために被害者が加入する保険であることにかんがみれば、加害者とは関係のない保険会社が履行遅滞に陥るのは、上記約款所定の保険金請求手続がされた日から三〇日を経過した時点であるとしても、かかる規定が被害者にとって特段不利益、不合理なものであるとは考えられない。

そして、乙一及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、平成一〇年三月一八日に被告会社に到達した書面により無保険車傷害保険金の支払を請求したが、本訴提起に至るまで約款に定める添付書類を提出していないものと認められるから、被告会社の保険金支払債務の履行遅滞を理由とする遅延損害金の起算日は、被告会社の主張するとおり、本件訴状が被告会社に送達されたことが記録上明らかな平成一〇年一一月一六日から三〇日を経過した同年一二月一七日と解するのが相当である。

四  亡幸子らの損害額について(争点(四))

1  治療費等 三三万三六四一円

甲一九ないし二三によれば、本件事故による治療費等として三三万三六四一円を要したものと認められる。

2  逸失利益 四九六七万六三六一円

(一) 給与の逸失分 四六五九万八七九二円

(a) 甲五、九の一、甲一五及び弁論の全趣旨によれば、亡幸子(昭和三八年一〇月一三日生まれ)は、昭和六一年に大学を卒業した後、茨城県結城郡千代川村に地方公務員として採用され、本件事故当時、千代川村役場の主幹の地位にあったことが認められる。その職業としての安定性を考慮すると、亡幸子は、本件事故に遭わなければ、定年に達する六〇歳まで千代川村役場での勤務を継続したものと認められる。

(b) そして、甲九の一、二、甲一〇、一一、二四、二九及び弁論の全趣旨によれば、亡幸子は、本件交通事故に遭わなければ、死亡した翌月の平成八年六月から同年一二月までは、月額二七万六七〇〇円の給与(住居手当を含む。)が支給され、平成九年以降は、定年退職する平成三六年までの間、千代川村職員の給与に関する条例及び昇格基準(内規)により昇給・昇格し、別表二の「月収」欄に記載のとおりの月額給与を支給されたものと認めるのが相当である。

(c) また、甲九の二によれば、千代川村職員に対しては、千代川村職員の給与に関する条例により、年間、勤勉手当一・二か月を含む五・二か月分の賞与が支給されていることが認められる。

ところで、甲二四、二五、三〇、三一の一、二によれば、勤勉手当は、毎年六月一日及び一二月一日(基準日)にそれぞれ在職する職員に対し、基準日以前六か月以内の期間における職員の勤務成績に応じて支給される性質のものであり(千代川村職員の給与に関する条例二一条一項)、任命権者が一〇〇分の四〇以上一〇〇分の九〇以下の範囲で成績率を定めて支給するものと定められていること(千代川村職員の給与に関する規則二六条)、しかし、千代川村においては、実際には、条例の適用を受ける職員としての在職期間が基準を満たしている限り、支給率に差が設けられておらず、従来、一律に給料の一〇〇分の六〇が支給されてきたこと、勤勉手当を含めた給与等については、人事院勧告により、国に準じて条例を整備して運用されているところ、人事院勧告は、社会情勢全般の動向及び民間給与等の均衡を図ることを基本としていることから、千代川村における勤勉手当の支給率についても、将来増減があり得ることが認められる。

これらの事実によれば、勤勉手当については将来支給率が減らされる可能性がないではないが、この点は予測し難く、亡幸子については、事故に遭うまでの一〇年間、継続して勤勉手当として年一・二か月分が支給されてきたことを考慮するならば、将来にわたっても年一・二か月分が支給される蓋然性が相当程度存するものと認められる。

(d) 以上の事実によれば、亡幸子は、本件事故に遭わなければ、平成三六年に定年に達するまで別表二の「年収」欄に記載の収入を得たものと認められる。また、定年退職後においては、六七歳に達するまで、平成八年賃金センサス第一巻第一表・企業規模計・産業計による学歴計女子労働者の全年齢平均年収である三三五万一五〇〇円を下回らない収入を得ることができたものと認められる。原告らは、定年退職後は死亡時の年収を確保できると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、また、地方公務員を退職した者の場合に賃金センサスの大卒女子労働者の平均収入に準拠するのは、実態に合わないものというべきである。

そして、亡幸子は、独身女性であるものの、六〇歳で定年退職するまでは、地方公務員として男子と同様の給与を得ていたことを考慮して、その生活費控除率を五割とし、六一歳から六七歳までは、その生活費控除率を三割とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して亡幸子の給与の逸失分の現価を算定すると、別表二のとおり、四六五九万八七九二円となる(円未満切捨て。以下同じ)。

(二) 退職金の逸失分 三〇七万七五六九円

甲一一及び弁論の全趣旨によれば、亡幸子は、本件事故に遭わなければ、定年に達する六〇歳まで千代川村役場での勤務を継続し、退職時に約二七〇〇万円の退職金の支給を受けたものと認められる。そこで、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して退職金の現価を算定すると、次の計算式のとおり、六八八万七五二八円となる。

二七〇〇万円×〇・二五五〇九三六四=六八八万七五二八円

これから死亡退職金として支給済みの二四九万一〇〇〇円を控除すると、その差額は四三九万六五二八円となる。そして、退職金が、給与の後払いの性格を有しており、退職後の生活保障の機能をも有していること等を考慮すると、これにつき三割の生活費控除を行うのが相当である。そうすると、退職金の逸失分は、三〇七万七五六九円となる。

(三) 年金の逸失分

甲一三によれば、平成一〇年八月当時の年金制度を前提に試算をすると、亡幸子は、本件事故に遭うことなく退職時まで千代川村役場に勤務していたとすれば、退職後二二年間にわたり退職共済年金の支給を受け、その総額は三六〇五万八〇〇〇円になるものと認められる。原告は、この年金受給権の喪失が逸失利益になると主張している。

ところで、上記のとおり、亡幸子は、昭和六一年に千代川村役場に就職したものであり、退職共済年金の受給資格を取得するには組合員等としてなお十数年の期間を要する(地方公務員等共済組合法七八条参照)。しかし、現在、年金制度の改革が進められており、年金額、支給開始年齢や保険料の額のみならず、果して、保険料の拠出を要件とする現行の社会保険方式が今後も雑持されるのかどうかも明らかではなく、将来においても年金の逸失利益性が認められるのか否かは不確実というほかない。

そうすると、いまだ年金の受給資格を取得していない亡幸子については、将来受給すべき年金を逸失利益として認めることはできず、この点に関する原告の請求は理由がない。

3  慰謝料 合計二五〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、特に、訴外武春の著しく遵法精神に欠ける態度が本件事故発生に至った大きな原因と考えられること、訴外武春及び被告髙田郁男は、原告らに対して何ら慰謝の措置を講じておらず、被害者側に対する対応は著しく誠実を欠くものであること、訴外武春に至っては、一回も本件口頭弁論期日に出頭していないこと、亡幸子の年齢、生活状況その他本件記録に現れた諸事情を考慮すると、亡幸子の慰謝料としては二〇〇〇万円、原告らの慰謝料としては各二五〇万円とするのが相当である。

4  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

本件事故と相当因果関係のある葬儀費用として、原告ら請求に係る一二〇万円を相当と認める。

5  小計 七六二一万〇〇〇二円

6  過失相殺

上記の過失割合に従い、過失相殺として上記の金額から四割を控除すると、残額は四五七二万六〇〇一円となる。

7  弁護士費用 合計二五〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、後記認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、合計二五〇万円(各原告について一二五万円)と認める。なお、本件のように賠償義務者に対して訴訟を提起・追行している場合には、事故と相当因果関係のある弁護士費用は、本件保険契約の約款第三章九条一項の「賠償義務者が…法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額」に含まれるものと解される。

8  損害の填補

6の過失相殺後の損害金残額と7の弁護士費用との合計は、四八二二万六〇〇一円である。

ところで、原告らは、平成一〇年三月二日、政府の自動車損害賠償保障事業から二〇一五万五二五九円の支払を受けたものであるところ、この支払額に対する本件事故発生日(平成八年五月二日)から支払日(平成一〇年三月二日)までの六七〇日間の年五分の割合による遅延損害金は、一八四万九八六六円である。そこで、上記支払額をまずこの遅延損害金に充当し、その残額一八三〇万五三九三円を損害金元本四八二二万六〇〇一円に充当すると、損害金の残元本は二九九二万〇六〇八円となる。

9  相続による承継

亡幸子の両親である原告らは、亡幸子の死亡によりその損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したものであり、その固有の損害賠償請求権(3、4、7)と合わせると、それぞれ一四九六万〇三〇四円の損害賠償請求権を有していることになる。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴各請求は、被告らに対し、連帯して、被告髙田郁男については自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償金として、被告会社については本件保険契約に基づく無保険車傷害保険金として、それぞれ一四九六万〇三〇四円及びこれに対する、被告髙田郁男については本件事故発生日である平成八年五月二日から、被告会社については上記平成一〇年一二月一七日から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 河邉義典 村山浩昭 来司直美)

別表1

<省略>

別表2

<省略>

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