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東京地方裁判所 平成10年(ワ)25294号 判決 2000年11月28日

原告

日綜産業株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

矢野義宏

鈴木泰文

右補佐人弁理士

【B】

被告

三伸機材株式会社

右代表者代表取締役

【C】

右訴訟代理人弁護士

中島和雄

右補佐人弁理士

【D】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、別紙物件目録記載の被告装置(一)及び被告装置(二)を貸し渡してはならない。

二  被告は、その本店、営業所、資材置場に有する前項記載の装置を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金八億四六一九万二三八八円及びこれに対する平成一〇年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、伸縮自在な歩廊及び工事用可搬式歩廊に関する各特許権を有する原告が、業として工事用可搬式歩廊を賃貸していた被告に対し、その賃貸に係る工事用可搬式歩廊が原告の各特許権を侵害すると主張して、被告に対し、その賃貸の差止め及び廃棄並びに不法行為による損害賠償及び不当利得金の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、産業機械、プラント機器、足場用機械装置等の製造販売等を業とする会社であり、被告は、建設機械器具及び仮設材料の販売並びに賃貸等を業とする会社である。

2  原告は、次の(一)及び(二)記載の特許権(以下「本件特許権(一)」及び「本件特許権(二)」といい、本件特許権(一)の特許を「本件特許(一)」、本件特許権(二)の特許を「本件特許(二)」といい、本件特許権(一)の特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明(一)」、第5項記載の発明を「本件発明(二)」、本件特許権(二)の特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明(三)」という。)を有している。

(一) 登録番号 特許第一五八〇三五七号

発明の名称 伸縮自在な歩廊

出願日 昭和五八年七月二三日

公告日 平成二年二月一日

登録日 平成二年一〇月一一日

特許請求の範囲第1項

「被構築物の梁材等の水平支持材間に架設あるいは吊設されて作業者の歩行あるいは諸作業を可能とする歩廊において、当該歩廊は主歩廊と当該主歩廊の一端あるいは両端に出入自在に附設された副歩廊とからなり、主歩廊は上壁と下壁と内側胴部と外側胴部とからなる中空な枠体を備え、当該枠体の内側には長手方向に沿う開口部を設け、副歩廊は主歩廊の枠体内に長さ調整自在に沿わせて保持され且つ前記開口部の上下巾より長い枠体を備え、主歩廊の枠体の内側中間には一端上面を傾斜させた足場板を水平に設け、又副歩廊の枠体内側には前記開口部を介して水平方向に延長する足場板を設け、且つ主歩廊および副歩廊の枠体には長手方向又は足場板上側短手方向に折り畳み自在な手摺が附設されてなる伸縮自在な歩廊。」

特許請求の範囲第5項

「主歩廊と当該主歩廊の一端あるいは両端に長さ調整自在に附設された副歩廊とからなり、主歩廊は上壁と下壁と内側胴部と外側胴部とからなる中空な枠体を備え、当該枠体の内側には長手方向に沿う開口部を設け、副歩廊は主歩廊の枠体内に長さ調整自在に沿わせて保持され且つ前記開口部の上下巾より長い枠体を備え、主歩廊の枠体の内側中間には一端上面を傾斜させた足場板を水平に設け、又副歩廊の枠体内側には前記開口部を介して水平方向に延長する足場板を設けた伸縮自在な歩廊。」

(二) 登録番号 特許第二一三二六一一号

発明の名称 工事用可搬式歩廊

原出願日 昭和五八年七月三一日

分割出願日 平成四年八月三一日

公告日 平成六年八月三日

登録日 平成九年一〇月九日

特許請求の範囲第1項

「被構築物の梁材等の水平支持材間に架設あるいは吊設されて作業者の歩行あるいは諸作業を可能にする歩廊において、当該歩廊は主歩廊と主歩廊の一端あるいは両端に長さ調整自在に副わせて保持した副歩廊とからなり、主歩廊と副歩廊は一対の枠体と枠体の内側間に連設された足場板とからなり、副歩廊の枠体下端外側には上向きフック状の係合片からなる補強部が形成され、主歩廊と副歩廊の枠体には各足場板上側短手方向に折り畳み自在な門型の手摺が附設され、主歩廊の足場板の一端には傾斜面が形成され、主歩廊と副歩廊の各足場板の上面には滑り止めが設けられ、各手摺は支柱と支柱に保持された横材とからなると共に各支柱の下端部分は各枠体に固着されたソケットに上下移動自在に挿入され、更に副歩廊の各枠体端部には連結金物がそれぞれ取り付けられ、一方の連結金物の内側と他方の連結金物の外側には中央部より先端側の肉厚をやゝ薄くして段差部を形成している工事用可搬式歩廊。」

3  本件発明(一)ないし(三)の構成要件を分説すると次のとおりである。

(一) 本件発明(一)

A 被構築物の梁材等の水平支持材間に架設あるいは吊設されて作業者の歩行あるいは諸作業を可能とする歩廊において、

B 当該歩廊は主歩廊と当該主歩廊の一端あるいは両端に出入自在に附設された副歩廊とからなり、

C 主歩廊は上壁と下壁と内側胴部と外側胴部とからなる中空な枠体を備え、当該枠体の内側には長手方向に沿う開口部を設け、

D 副歩廊は主歩廊の枠体内に長さ調整自在に沿わせて保持され且つ前記開口部の上下巾より長い枠体を備え、

E 主歩廊の枠体の内側中間には一端上面を傾斜させた足場板を水平に設け、

F 又副歩廊の枠体内側には前記開口部を介して水平方向に延長する足場板を設け、

G 且つ主歩廊および副歩廊の枠体には長手方向又は足場板上側短手方向に折り畳み自在な手摺が附設されてなる

H 伸縮自在な歩廊

(二) 本件発明(二)

A′ 主歩廊と当該主歩廊の一端あるいは両端に長さ調整自在に附設された副歩廊とからなり、

B′ 主歩廊は上壁と下壁と内側胴部と外側胴部とからなる中空な枠体を備え、当該枠体の内側には長手方向に沿う開口部を設け、

C′ 副歩廊は主歩廊の枠体内に長さ調整自在に沿わせて保持され且つ前記開口部の上下巾より長い枠体を備え、

D′ 主歩廊の枠体の内側中間には一端上面を傾斜させた足場板を水平に設け、

E′ 又副歩廊の枠体内側には前記開口部を介して水平方向に延長する足場板を設けた

F′ 伸縮自在な歩廊

(三) 本件発明(三)

A″ 被構築物の梁材等の水平支持材間に架設あるいは吊設されて作業者の歩行あるいは諸作業を可能にする歩廊において、

B″ 当該歩廊は主歩廊と主歩廊の一端あるいは両端に長さ調整自在に副わせて保持した副歩廊とからなり、

C″ 主歩廊と副歩廊は一対の枠体と枠体の内側間に連設された足場板とからなり、

D″ 副歩廊の枠体下端外側には上向きフック状の係合片からなる補強部が形成され、

E″ 主歩廊と副歩廊の枠体には各足場板上側短手方向に折り畳み自在な門型の手摺が附設され、

F″ 主歩廊の足場板の一端には傾斜面が形成され、主歩廊と副歩廊の各足場板の上面には滑り止めが設けられ、

G″ 各手摺は支柱と支柱に保持された横材とからなると共に各支柱の下端部分は各枠体に固着されたソケットに上下移動自在に挿入され、

H″ 更に副歩廊の各枠体端部には連結金物がそれぞれ取り付けられ、一方の連結金物の内側と他方の連結金物の外側には中央部より先端側の肉厚をやゝ薄くして段差部を形成している

I″ 工事用可搬式歩廊

4  被告は、昭和六一年九月ころから、業として、別紙物件目録記載の被告装置(一)及び(二)(これらを併せて「被告装置」という。)に「セィフティーロードSAFETY ROAD」という名称を付して貸し渡している。

5  被告装置は、本件発明(一)の構成要件A、B、G及びHを、本件発明(二)の構成要件A′及びF′を、本件発明(三)の構成要件A″、B″及びI″をそれぞれ充足する。

二  争点

1  被告装置が本件発明(一)及び(二)の技術的範囲に属するか。

2  本件特許(一)に無効理由が存在することが明らかであるか。

3  被告装置が本件発明(三)の技術的範囲に属するか。

4  損害の発生及び額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 被告装置が本件発明(一)の構成要件C及び本件発明(二)の構成要件B′を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の主歩廊は、上壁(a)、下壁(b)、内側胴部(c)、外側胴部(d)とからなる中空な枠体(11a)を備え、その枠体の内側には、長手方向に沿う開口部が設けられているから、本件発明(一)の構成要件C及び本件発明(二)の構成要件B′を充足する。

【被告の主張】

被告装置の主歩廊の枠体は、両側のガイド部(60)を形成する上壁(a)、下壁(b)、内側胴部(c)、外側胴部(d)に加えて、両側のガイド部(60)を連結する水平方向の複数の支持桁(61)からなり、その全体が主歩廊の枠体を構成しているから、被告装置は本件発明(一)の構成要件C及び本件発明(二)の構成要件B′を充足しない。

(二) 被告装置が本件発明(一)の構成要件D及び本件発明(二)の構成要件C′を充足するか。

【原告の主張】

被告装置において、副歩廊は、主歩廊の枠体に長さ調節自在に沿わせて保持され、かつ、主歩廊の枠体内側の開口部の上下幅より長い枠体(21a)を備えているから、被告装置は本件発明(一)の構成要件D及び本件発明(二)の構成要件C′を充足する。

【被告の主張】

被告装置の副歩廊の枠体は、主歩廊の枠体のガイド部の内のりに沿ってスライドする両側ガイド部(64)に加えて水平方向の支持桁(65)を一体化したものであって、その全体が副歩廊の枠体を構成している。また、被告装置において、水平方向の支持桁(65)の厚みは、主歩廊の枠体のガイド部(60)の開口幅より明らかに短い。したがって、被告装置は本件発明(一)の構成要件D及び本件発明(二)の構成要件C′を充足しない。

(三) 被告装置が本件発明(一)の構成要件E及び本件発明(二)の構成要件D′を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の足場板は、いずれも支持桁上に載置され、それに支えられてはじめて足場板の機能を有するものであり、支持桁が足場板の一部として、これらが一体となって足場板を構成している。したがって、主歩廊(10a)の支持桁(61)は足場板の一部というべきであって、被告装置の主歩廊の足場板の一端には傾斜面(e)が形成されているから、被告装置は、本件発明(一)の構成要件E及び本件発明(二)の構成要件D′を充足する。

【被告の主張】

被告装置において 主歩廊の内側に水平に設けられているのは、主歩廊の枠体の構成の一部をなす複数の支持桁(61)であって、足場板ではない。また、被告装置においては、主歩廊の枠体の複数の支持桁(61)のうち両端部に位置する各支持桁の切欠部側面が足場板(12a)の両端部側面と接して足場面と同一高さに形成され、その上面が主歩廊の各端部に向って下方に傾斜するように形成されているのであって、足場板の一端に傾斜面が形成されているわけではないから、被告装置には、一端上面を傾斜させた足場板は存在しない。さらに、本件発明(一)及び(二)において、主歩廊の枠体の上部は、巾木の役目を果たしており、そのためには、足場板の上面は、枠体の上端から一〇センチメートル以上下がった位置に来なくてはならず、主歩廊の内側中間の「中間」はそのような意味に解すべきところ、被告装置では、足場板の上面は、枠体の上端から六・五センチメートル下がった位置にある。したがって、被告装置は本件発明(一)の構成要件E及び本件発明(二)の構成要件D′を充足しない。

(四) 被告装置が本件発明(一)の構成要件F及び本件発明(二)の構成要件E′を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の副歩廊の枠体内側には、主歩廊の枠体内側の開口部を介して水平方向に延長する足場板(22a)が設けられているから、本件発明(一)の構成要件F及び本件発明(二)の構成要件E′を充足する。

【被告の主張】

被告装置において、副歩廊の枠体ガイド部(64)の内側に開口部を介して水平方向に設けられているのは、副歩廊の枠体の一部を構成する支持桁(65)であって、足場板ではないから、被告装置は本件発明(一)の構成要件F及び本件発明(二)の構成要件E′を充足しない。

2  争点2について

【被告の主張】

(一) 本件発明(一)及び(二)は、本件特許(一)の出願前に刊行された英国特許第一三七五九六二号明細書(以下「英国特許明細書」という。)記載の発明と、主歩廊の枠体の内側中間に足場板を設けている点のみが相違する。

しかし、右相違点についても、英国特許明細書にはハンドレール又はフットボードを設けることができると記載されており、これは巾木に相当するものが記載されていると解されるところ、巾木については慣用技術であるから、このような慣用技術を付加したにすぎない本件発明(一)及び(二)に係る本件特許(一)には、無効理由が存する。

(二) 東京高等裁判所は、平成一二年七月四日に言い渡した判決において、本件特許権(一)につき無効審判請求が成り立たないとした特許庁の審決を取り消した。

(三) したがって、本件特許(一)には無効理由が存在することが明らかであるから、原告の本件特許権(一)に基づく差止め、不法行為による損害賠償及び不当利得返還の各請求は、いずれも権利濫用に当たり許されない。

【原告の主張】

(一) 英国特許明細書における「プラットフォーム10の一方の側(一側)に沿ってハンドレール又はフットボードを備え付けることも可能」という記載からは、ハンドレールやフットボードがどのようなものか、それらがどのような作用効果を有するものかを理解することはできず、その内容は不明である。

また、英国特許明細書における「foot board」は、「人の体重を乗せるための板・台」と解され、足台、足乗せ台の意味で用いられるから、巾木を意味する「toe board」とは根本的に異なる。

したがって、右記載を根拠として、英国特許明細書に、巾木の役目をし、足場板上の作業者が安全であり、工具等の落下を防止できる技術が記載されていると解することはできない。

(二) 本件発明(一)及び(二)は、主歩廊及び副歩廊の枠体自体に、スムースな伸縮ガイド機能と、作業者や工具の落下を防止する巾木の機能を併せ持たせた他に例をみない独自の発明であるから、進歩性を有する。

3  争点3について

(一) 被告装置が構成要件C″を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の主歩廊と副歩廊は、一対の枠体(11a、21a)と枠体の内側中間に連接された足場板(12a、22a)とからなっているから、被告装置は構成要件C″を充足する。

【被告の主張】

被告装置において、一対の枠体の内側に連設されているのは、被告装置の各枠体の一部を構成する複数の支持桁(61、65)であって、足場板ではないから、被告装置は構成要件C″を充足しない。

(二) 被告装置が構成要件D″を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の係合部(f)は、副歩廊の枠体下端の二重構造の上段外側に形成されているから、右係合部(f)は、「副歩廊の枠体下端外側に形成された」「上向きフック状の係合片」である。

また、ある程度肉厚の係合部を設ければ、物理的にその部分が補強されることになるから、被告装置の係合部(f)は、「補強部」ということもできる。

したがって、被告装置は構成要件D″を充足する。

【被告の主張】

被告装置においては、上向きフック状の係合片(f)は、副歩廊の枠体の一部であるガイド部64の「下端外側」ではなく、その下部を形成する二重構造部分の上段外側に形成されている。

また、右係合片(f)は、特段の補強効果を期待するものではないから、「補強部」とはいえない。

したがって、被告装置は構成要件D″を充足しない。

(三) 被告装置が構成要件E″を充足するか。

【原告の主張】

「門型の手摺」とは、相隣接する二本の支柱と両支柱間に架け渡された横材とで構成されている形態の手摺であればよく、被告が主張するように「塀型の手摺」と「門型の手摺」とを区別する必要はない。

本件発明(三)の明細書並びに図15及び図18には、被告主張の「塀型の手摺」と「門型の手摺」がいずれも本件発明(三)の実施例として記載されている。

被告装置の主歩廊と副歩廊の枠体には、各足場板上側短手方向に折り畳み自在な門型の手摺(30a、40a)が設けられているから、被告装置は構成要件E″を充足する。

【被告の主張】

「門型の手摺」とは、相隣接する二本の支柱と両支柱間に架け渡された横材を「一単位とする」手摺を意味するものと解されるところ、被告装置の主歩廊の手摺の横材は、被告装置(二)の主歩廊の中央部一箇所を除き、隣接の支柱を貫いてその先の支柱にまで連なっており、副歩廊の横材は中空に形成された主歩廊の横材の内部に出入自在に挿入されるから、「門型の手摺」には該当せず、「塀型の手摺」というべきものである。

そうすると、「門型の手摺」は、被告装置(一)では主歩廊にも副歩廊にも設けられておらず、被告装置(二)では主歩廊の中央部に一箇所設けられているのみで、副歩廊には設けられていないことになる。

したがって、被告装置は構成要件E″を充足しない。

(四) 被告装置が構成要件F″を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の足場板は、いずれも支持桁上に載置され、それに支えられてはじめて足場板の機能を有するものであるから、被告装置においては、支持桁と足場板が一体となって本件発明(三)にいう「足場板」を構成している。したがって、被告装置において、主歩廊(10a)の支持桁(61)は足場板の一部というべきであって、その主歩廊の足場板の一端には傾斜面が形成されている。

また、被告装置においては、主歩廊と副歩廊の各足場板の上面には滑り止めが設けられている。

よって、被告装置は構成要件F″を充足する。

【被告の主張】

被告装置においては、主歩廊の枠体の複数の支持桁(61)のうち両端部に位置する各支持桁の切欠部側面が足場板(12a)の両端部側面と接して足場面と同一高さに形成し、その上面が主歩廊の各端部に向って下方に傾斜するように形成されているのであって、足場板の一端に傾斜面が形成されているわけではないから、被告装置は構成要件F″を充足しない。

(五) 被告装置が構成要件G″を充足するか。

【原告の主張】

被告装置において、各手摺は、支柱(h)(i)と支柱に保持された横材(j)(k)からなる。

被告装置は、支柱(h)(i)にヒンジ(72)で結合された支柱下端部(71)が枠体ガイド部(60)に固着されたソケット(l)に挿入されて抜け止めピン(73)で保持され、支柱の起立時にはスリーブ(77)により屈折不能に保持され、手摺の折り畳み時はスリーブ(77)を上部に移動させるものであるところ、被告装置は、ソケットに対する支柱の脱着時には、支柱が、抜け止めピン(73)を抜かれた状態でソケット内を上下動する。

したがって、被告装置は、構成要件G″を充足する。

また、被告装置が支柱の折り畳み時にスリーブを上下動させることは、本件発明(三)において支柱を上下動させることと、目的効果において同じであり、単なる設計変更の範囲内のものであるから、実質的に構成要件G″を充足する。

【被告の主張】

被告装置においては、手摺の支柱の下端部分は、枠体に固着されたソケット内に挿入されているが、上下移動自在ではないから、被告装置は構成要件G″を充足しない。

(六) 被告装置が構成要件H″を充足するか。

【原告の主張】

被告装置の副歩廊の各枠体端部には、連結金物(m)がそれぞれ取り付けられ、一方の連結金物の内側と他方の連結金物の外側には中央部より先端側の肉厚をやゝ薄くして段差部(n)を形成しているから、被告装置は構成要件H″を充足する。

【被告の主張】

被告装置においては、連結金物(m)は、その中央部ではなく基端部付近において段差(n)が形成され、先端部の肉厚は基端部付近の肉厚より、「やゝ」ではなく大幅に薄くなっているから、被告装置は構成要件H″を充足しない。

4  争点4について

【原告の主張】

(一) 被告は、昭和六一年九月ころから、仮処分を執行した平成一〇年四月一六日までの間、被告装置(一)につき三二八台、被告装置(二)につき一〇六八台を保有し、これらを賃貸してきた。

(二)(1) 原告における一台当たりの一日の利益額は二二二・七円であるから、平成七年一一月五日から平成一〇年四月一六日までの八九四日間に原告が受けた損害の額は二億七七九三万四九四四円となる(特許法一〇二条一項)。

(2) 被告が被告装置の賃貸によって得た利益は、別紙「損害額一覧」記載のとおりであり、平成四年度から平成一〇年度までで合計八億四六一九万二三八八円となるから、右金額のうち、平成七年一一月五日から平成一〇年四月一六日までに相当する利益額が原告の受けた損害額と推定される(同条二項)。

(3) 実施料相当額である一時金五〇〇万円及び売上高の三パーセントが原告の受けた損害となる(同条三項)。

したがって、原告は、被告による平成七年一一月五日から平成一〇年四月一六日までの間の本件特許権(一)及び(二)の侵害行為により、右(1)ないし(3)のいずれかのうち最も高額となる損害額の損害を被った。

(三) 被告は、平成二年二月一日から平成七年一一月四日までの間、原告から本件特許権(一)及び(二)の実施許諾を受けることなく、被告装置を賃貸し、不当に利得を得た。

(1) 被告の不当利得額は、前項(2)記載の被告が得た利益額のうち、平成二年二月一日から平成七年一一月四日までに相当する利益額である。

(2) 被告の不当利得額は、前項(3)記載の実施料相当額である一時金五〇〇万円及び売上高の三パーセントとなる。

したがって、原告は、平成二年二月一日から平成七年一一月四日までの間に被告が被告装置を賃貸することによって得た不当利得として、右(1)又は(2)のいずれか高額となる利得額の返還を求める。

【被告の主張】

原告の主張のうち、(一)の事実は認める。

損害額についての原告の主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  争点2について

1  甲第一号証の二、第七号証の一、二、乙第三、第四、第一〇号証及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 英国特許明細書は、本件特許(一)の出願前に頒布された。本件発明(一)及び(二)は、同明細書記載の発明(以下「英国特許発明」という。)とは、次の三点で相違しているが、その他の点は、一致している。

(1) 本件発明(一)及び(二)においては、「主歩廊の枠体の内側中間に足場板を水平に設け」「副歩廊の枠体内側には開口部を介して水平に延長する足場板を設け」ているのに対し、英国特許発明は、これらの構成を有しない。

これらの点について、本件特許(一)の明細書中には、「主歩廊の足場板は主歩廊の枠体の内側中間に設けられているから、足場板より上方に起立する主歩廊の枠体の上部は巾木の役目をなし、足場板上の作業者が安全であり、工具等の落下を防止できる。同じく副歩廊の枠体は開口部の上下巾より長くその内側に足場板が設けられているから主歩廊から引き出されたとき枠体の上部は巾木の役目をなす。」旨の記載がある。

これに対して、英国特許発明では、荷重受けパネルは、圧延鋼である上側フランジ18の厚み分だけ、本件発明(一)及び(二)の「主歩廊の枠体」に相当する側部フレーム13、14の上端より低くなって段差になっているが(別紙英国特許明細書の図面参照)、右上側フランジ18の厚み分程度の段差では、巾木の役目を果たすことはできないから、英国特許発明は、「主歩廊の枠体の内側中間に足場板を設け」という構成を有するとはいえない。

また、副歩廊についても、英国特許発明では、複数の繊維板パネル29はランナー26の上端内側に取り付けられていて(別紙英国特許明細書の図面参照)、パネル29には巾木の役目を果たすものがないから、英国特許発明は、「副歩廊の枠体内側には開口部を介して水平に延長する足場板を設け」という構成を有するとはいえない。

さらに、本件発明(一)及び(二)においては、「副歩廊は、開口部の上下巾より長い枠体を備え」ているのに対し、英国特許発明はこの構成を有しない。

この点について、本件特許(一)の明細書中には、「副歩廊の枠体は開口部の上下巾より長く、その内側に足場板が設けられているから、主歩廊から引き出されたときに、枠体の上部が巾木の役目をなす」旨の記載がある。

これに対して、英国特許発明では、開口部よりも枠体相当部が長いものの、枠体の頂部に足場板が設けられているために、副歩廊の枠体を開口部の上下巾より上下に延長しているわけではなく、枠体上部が巾木の役目をなさない(別紙英国特許明細書の図面参照)から、その意味において、「副歩廊は、開口部の上下巾より長い枠体を備え」るという構成を有するとはいえない。

(2) 本件発明(一)及び(二)は「足場板の一端上面を傾斜させた」ものであるのに対し、英国特許発明では、主歩廊の枠体間の一端に設けた端部横部材の上面を傾斜させている。

(3) 本件発明(一)の構成要件である「主歩廊および副歩廊の枠体には長手方向又は足場板上側短手方向に折り畳み自在な手摺が附設されてなる」点が、英国特許発明には存しない。

(二) 前項の相違点のうち、相違点(1)について、本件特許権(一)の無効審判請求事件における平成一一年四月一二日付けの審決は、英国特許明細書中にフットボードを装着してという記載はあるが、このフットボードが本件発明(一)及び(二)に記載された巾木の役目のものと同じ機能を奏するものということはできず、他の公知例からも当業者が容易に想到できるものではない旨の判断を示した。

被告は、右審決における相違点(1)の認定及び判断を争って審決取消訴訟を提起し、この点について、東京高裁は、平成一二年七月四日に言い渡した判決において、相違点(1)についての判断に誤りがあるとして右審決を取り消した。

2  そこで、各相違点等について順次検討する。

(一) 相違点(1)について

(1) 乙第三号証中の甲第4号証によると、英国特許明細書中には、「プラットフォームの対向両端のブッシュ34に組み込むように調整されたレールまたは板の端に下方向に延びる差込口を設けることにより、プラットフォーム10の一方の側に沿ってハンドレールまたはフットボードを装着することも可能である。好ましくは、プラットフォーム10と共に用いられるハンドレールまたはフットボードも、プラットフォームの長さの調節に適応するように、テレスコープ状に調節可能である。」との記載があること、右の「プラットフォーム10の一方の側に沿ってハンドレールまたはフットボードを装着することも可能である。」という部分の原文は、「It is also possible to mount a handrail or foot board alongone side of the platform 10」というものであること、以上の事実が認められる。

そして、英語における「foot board」は、「足台、踏み板」という意味のみならず、「(寝台などの)足板」という意味も有すること(株式会社研究社発行「新英和中辞典」第六版)、右記載において、フットボードは、「手摺」を意味するハンドレールと並列的に用いられていること、設置位置を表すのに「along」が用いられていることを総合すると、右の「フットボード」の語から、通路脇の足元に設けられた落下防止の役目を果たす板を想起することは、当業者にとっては容易なことというべきである。

そうすると、英国特許明細書には、巾木の役目をし、足場板上の作業者の安全を確保し、工具等の落下を防止できる技術が記載されているものと認められる。

(2) 乙第三号証中の甲第8号証によると、本件特許(一)の出願前に頒布された「墜落防護工安全基準の解説」には、墜落防止のために、床から起立した状態で取り付けられる爪先板についての記載があり、「爪先板の高さは、床の上面より爪先板の上面までの高さが一〇センチメートル以上となるように取り付けるものとする。」と記載されていることが認められる。

また、乙第三号証中の甲第9号証によると、本件特許(一)の出願前に頒布された意匠公報には、足場板に使用する型材の意匠で、中空状の枠体の内側中間位置に通路が設けられ、枠体の上壁部が通路より上方になっているものが存すること、右通路の左右の起立部は、通路から人や物が落下するのを防止する巾木の役目を果たし得ること、以上の事実が認められる。

(3) 以上認定の事実によると、本件特許(一)の出願前に、右の各刊行物に基づき、「足場板の上方に巾木の役目をする枠体相当部を起立させ、作業者や工具の落下を防止する」技術を英国特許発明に適用して、「主歩廊の枠体の内側中間に足場板を水平に設け」「副歩廊の枠体内側には開口部を介して水平に延長する足場板を設け」「副歩廊は、前記開口部の上下巾より長い枠体を備え」ることにより、主歩廊、副歩廊の水平な足場板に相当する各パネルの上方に巾木の役目をする枠体を起立させ、足場板上の作業者や工具の落下の防止を図ることは、当業者にとって容易なことであったというべきである。

したがって、相違点(1)に関する本件発明(一)及び(二)の各点について、当業者は、本件特許(一)の出願前に容易に想到し得たということができる。

(二) 相違点(2)について

乙第三号証中の甲第7号証によると、本件特許(一)の出願前に頒布された実公昭五二ー一四七六号公報に、足場板に相当する足載せ台8aの一端部に巾方向に沿って面取部を設け、足載せ台8a上面を平滑にすることが記載されていることが認められるから、本件発明(一)及び(二)の構成要件のうち「足場板の一端上面を傾斜させた」点は、右記載により当業者が容易に想到し得たということができる。

(三) 相違点(3)について

右(一)(1)認定のとおり、英国特許明細書には、手摺を設けることが記載されている。また、乙第三号証中の甲第6号証によると、本件特許(一)の出願前に頒布された特公昭五四ー二五〇六号公報には、作業台の基台6に手摺杆9を折り畳み自在に立設することが記載されているものと認められる。したがって、本件発明(一)の構成要件のうち「主歩廊および副歩廊の枠体には長手方向又は足場板上側短手方向に折り畳み自在な手摺が附設されてなる」点は、右の各記載により当業者が容易に想到し得たということができる。

(四) さらに、当業者にとって、本件発明(一)及び(二)の各構成要件を組み合わせることが困難であったというべき事情も認められない。

3  以上述べたところを総合すると、本件発明(一)及び(二)は、本件特許(一)の出願前に、当業者が、右の各刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められる。したがって、本件特許(一)は特許法二九条二項の規定に違反してされたものであるので、右特許に無効理由が存することは明らかであるから、右特許権に基づく差止め、損害賠償、不当利得返還の各請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されない。

そして、右特段の事情に該当すべき事情を認めることができないから、本件特許権(一)に基づく原告の請求は、いずれも権利の濫用に当たり許されない。

二  争点3について

1  被告装置が構成要件G″を充足するか否かについて以下検討する。

(一) 本件発明(三)の構成要件G″は、「各手摺は支柱と支柱に保持された横材とからなると共に各支柱の下端部分は各枠体に固着されたソケットに上下移動自在に挿入され、」というものであり、甲第二号証の一、同号証の二の二によると、本件特許(二)の明細書には、「作用」の項に「手摺はソケットから上方に引き上げた時折り畳み可能となる。」という記載が、「発明の効果」の項に「手摺を構成する支柱の下端部分は各枠体に固着されたソケットに上下移動自在に挿入されているから、手摺は支柱をソケット内に挿入したとき起立し、ソケットから上方に引き上げると折り畳み可能となってコンパクト化が図れる。」という記載がそれぞれあり、実施例としても、支柱をソケット内に挿入したときに起立し、支柱をソケットから上方に引き上げると折り畳み可能な手摺のみが記載されていることが認められる。

以上の事実によると、本件発明(三)の構成要件G″の「上下移動自在に挿入され」とは、手摺を折り畳むに際して、ソケットに挿入された支柱を上下に移動させることを意味するものと解される。

(二) 弁論の全趣旨によると、被告装置は、支柱(h)(i)にヒンジ(72)で結合された支柱下端部(71)が枠体ガイド部(60)に固着されたソケット(l)に挿入されて抜け止めピン(73)で保持され、支柱の起立時にはスリーブ(77)により屈折不能に保持され、手摺の折り畳み時はスリーブ(77)を上部に移動させるものであること(別紙物件目録の第11図及び第12図参照)が認められる。

したがって、被告装置においては、手摺を折り畳むに際して、ソケットに挿入された支柱を上下に移動させることはないものと認められるから、本件発明(三)の構成要件G″の「上下移動自在に挿入され」との要件を充足しないというべきである。

原告は、被告装置においても、ソケットに対する支柱の脱着時には、支柱が、抜け止めピン(73)を抜かれた状態でソケット内を上下動すると主張するが、右(一)で述べたとおり、本件発明(三)の構成要件G″の「上下移動自在に挿入され」とは、手摺を折り畳むに際して、ソケットに挿入された支柱を上下に移動させることをいうものと解されるから、支柱の脱着時に、支柱が、抜け止めピン(73)を抜かれた状態でソケット内を上下動することをもって、被告製品が構成要件G″を充足するということはできない。

また、原告は、被告装置が支柱の折り畳み時にスリーブを上下動させることは、本件発明(三)において支柱を上下動させることと、目的効果において同じであり、単なる設計変更の範囲内のものであるから、実質的に構成要件G″を充足すると主張するが、本件発明(三)では、手摺を折り畳むために、支柱の下端部分が上下移動自在であることが不可欠な構成であると解されるから、この構成を備えない被告製品が実質的に構成要件G″を充足するということはできない。

2  よって、被告装置は、構成要件G″を充足しないから、本件発明(三)の技術的範囲に属さない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 岡口基一 裁判官 男澤聡子)

<以下省略>

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