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東京地方裁判所 平成10年(ワ)2742号 判決 1998年10月07日

原告

畦上商事株式会社

右代表者代表取締役

畦上裕次

右訴訟代理人弁護士

海谷利宏

江口正夫

海谷隆彦

被告

中村国臣

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告と被告との間において、原告を賃借人、被告を賃貸人とする別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約の平成九年一〇月一日以降の賃料が月額四二万円(消費税分を含む)であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、二二一万八一二五円(消費税分を含む)及びこれに対する平成一〇年二月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、原・被告間の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約の賃料が、一般的な賃料・保証金の減額傾向からして不相当に高額になったとして賃料の減額を請求し、減額された賃料額の確認及び減額された賃料額と支払賃料との差額(平成九年一〇月分から平成一〇年二月分までの五か月分の差額)の返還を求めるものである。

一  争いのない事実等(証拠を掲げない事実は争いがない。)

1  原告は、被告及び被告の母親である小沢節子(以下「節子」という。)から、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、左記の内容で賃借した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

賃貸借日 昭和五三年三月一日

賃料   月額五〇万円 毎月二五日限り翌月分支払

保証金  六〇〇〇万円

敷金   三〇〇万円

2  その後、平成二年三月一日から節子が単独賃貸人となり、被告は、平成八年四月九日、節子の死亡による相続により、単独賃貸人となった。

3  本件賃貸借契約については、次のとおり契約の更新がなされた。

(一) 昭和五六年三月一日

賃料     月額六〇万円(増額率二〇パーセント)

賃貸借期間  昭和五六年三月一日から三年間

敷金追加分  六〇万円

(二) 昭和五九年三月一日

賃料を月額六六万円に増額(増額率一〇パーセント)した。

(三) 昭和六二年三月一日

賃料を月額七五万九〇〇〇円に増額(増額率一五パーセント)した。

(四) 平成二年三月一日

賃料を月額八九万二五〇〇円(増額率17.6パーセント)とし、これに消費税分三パーセントを付加し、合計九一万九二七〇円とした。

(五) 平成五年三月一日

(四)と同一の条件で更新、期間三年間。

4  原告は、平成六年一二月及び平成七年二月一四日に、節子に対し、賃料・共益費の減額を申し入れ、平成七年三月一日から、賃料を坪当たり二〇〇〇円(総額七万円)減額して八二万二五〇〇円とし、これに消費税分(現在は五パーセント)を付加することが合意されたので、現在は、賃料は、消費税分を含めて合計八六万三六二五円となっている。

5  原告は、本件賃貸借契約における賃料額及び保証金額が近隣の相場に比較して不相当に高額であるとして、平成九年七月一七日付書面により、被告に対し、左記の内容で、契約条件変更の申し入れをした。

(一) 保証金六〇〇〇万円のうち、四〇〇〇万円の返還をすること。

(二) 賃料を月額六〇万円に減額すること。

(三) 速やかな保証金の返還ができないときは、月額賃料をもって相殺させてもらいたい。

6  被告は、5の申し入れに応じなかったので、原告は、平成九年八月二九日、被告を相手方として、東京簡易裁判所に賃料減額等調停の申立てをなし、その申立書の中で、月額賃料を四二万円(消費税分を含む)に減額するよう請求(以下「本件減額請求」という。)し、右申立書は遅くとも同年九月中には被告に到達した(弁論の全趣旨)。

7  原告は、平成九年一〇月分から平成一〇年二月分までの五か月分の賃料については、それぞれ、前月二五日までに八六万三六二五円ずつ被告に支払った(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  信頼関係の破壊を理由とする解除

(被告の主張)

原告は、不当な賃料減額を主張し、調停においても、被告が坪当たり一〇〇〇円の賃料減額を提示してもこれを受け入れなかった。したがって、原・被告間の信頼関係は完全に破壊されており、被告は、既に原告に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(原告の主張)

被告が原告に対し、平成九年七月二二日付書面(甲一八)をもって、原・被告間の信頼関係が修復困難であるとの理由で、本件賃貸借契約を解除してきたことは認めるが、原告からの賃料減額請求及び保証金一部返還請求が信頼関係の破壊を理由とする解除原因とならないことは明らかである。

2  平成九年一〇月一日時点の本件賃貸借契約の相当賃料

(原告の主張)

賃料額及び保証金額は、平成二・三年を境として減額傾向が著しく、保証金六〇〇〇万円、敷金三六〇万円が維持されるのであれば、平成九年一〇月一日時点の賃料月額八六万三六二五円(消費税相当分を含む)は、近隣の賃料相場に比較しても、著しく高額であり、四二万円(消費税相当分を含む)に減額されるべきである。

(被告の主張)

本件賃貸借契約の現在の賃料は、近隣の類似の賃貸物件の相場からみて、ごく平均的な価格である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(信頼関係の破壊を理由とする解除)について

原告は、本件賃貸借契約に基づく賃料の支払を怠っておらず(弁論の全趣旨)、賃料の減額や保証金の一部返還を求めたからと言って、信頼関係を破壊したと認めることはできず(賃料の減額請求は、賃借人に認められた法的な権利であるし、保証金の一部返還請求は、賃借人の法的な権利ではないけれども、賃料の減額請求に関連して保証金額について賃貸人に話し合いを求めることが信頼関係を破壊するとまでは言えない。)、被告の解除の主張は理由がない。

二  争点2(平成九年一〇月一日時点の本件賃貸借契約の相当賃料)について

1  第二の一の争いのない事実等、甲一五号証から一八号証まで、乙一号証の一から七まで、鑑定の結果、及び弁論の全趣旨によると、本件賃貸借契約に基づく保証金、敷金合計六三六〇万円という金額は、近年では、近隣の取引事例に比較して相当に高額なものとなっていた(鑑定の結果によれば、本件建物を新規に賃貸する場合の適正な保証金、敷金は、合計一一九〇万円であることが認められる。)こと、そこで、原告は、いわゆるバブル経済崩壊後、本件建物での居酒屋の経営が苦しくなったこともあって、節子や被告に対し、賃料の減額とともに保証金の一部返還を訴え続けてきたこと、しかし、被告は、平成九年七月七日、更新料の支払は免除するが、賃料の減額及び保証金の一部返還は認めないことを明らかにした(甲一六)ことが認められる。

2  本件賃貸借契約の賃料は、平成七年三月一日に、九一万九二七〇円(消費税相当分を含む)から八二万二五〇〇円プラス消費税相当分(現在は消費税が五パーセントなので、合計八六万三六二五円)に減額されたばかりであり、それから約二年半しか経過していない平成九年一〇月一日時点でさらに減額を認めるのが相当かという問題はあるが、右減額は、契約期間の途中であったので、原告も了承したものであり、原告は、翌平成八年三月に到来する更新時期には、再度賃料の見直し、保証金の見直し、更新料の免除等を考慮して欲しいと依頼していたこと(甲一五)や、保証金の返還は被告の認めるところとならなかったことなどを考慮すると、前回の減額からあまり期間が経過していないといっても、平成九年一〇月一日時点の本件賃貸借契約の賃料が、近隣の賃料相場等に比較して著しく高額となっているのであれば、原告の減額請求が認められないとはいえない。

3  甲一、六、一二号証及び鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件建物は、昭和五四年一月に建築された鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建ビルの一階部分であり、その面積は、登記簿上は、96.38平方メートル(29.15坪)であるが、本件賃貸借契約の契約書上は、共有部分を含めて三五坪とされている。原告は、本件建物で居酒屋を経営している。

(二) 鑑定は、次のようにして本件建物を平成九年一〇月一日に新規に賃貸する場合の適正な賃料、保証金、敷金を算定している。

(1) 右賃料を積算法及び賃貸事例比較法によって算出すると、積算法による積算賃料は、月額八二万七〇〇〇円(消費税分を含まないもの。以下同じ。)となり、賃貸事例比較法による批準賃料は月額八三万二〇〇〇円となるので、これをほぼ按分して実質賃料を算出すると、月額八二万九〇〇〇円となる。

(2) この実質賃料には、一時金である保証金、敷金の運用益が考慮されていないので、適正な保証金、敷金の額を、支払賃料(実質賃料から一時金の運用益を控除したもの)の一五か月分、運用益を年三パーセントとして逆算すると、適正な保証金、敷金額は合計一一九九万円となる。

(3) 実質賃料月額八二万九〇〇〇円から保証金、敷金の合計額一一九九万円の一か月分の運用益三万円を控除すると、支払賃料は、月額七九万九〇〇〇円となる。

(三) 次に、鑑定は、次のようにして平成九年一〇月一日時点の本件賃貸借契約に基づく継続賃料を算定している。

(1) 差額配分法による実質賃料の算出

① 正常実質賃料は、(二)(1)の積算法による金額であり、年額にすると九九四万八〇〇〇円になる。

② 実際実質賃料は、実際の支払賃料月額八二万二五〇〇円(年額九八七万円)に保証金、敷金の合計額六三六〇万円の年三パーセントの運用益年額一九〇万八〇〇〇円を合計したものであるから、年額にして一一七七万八〇〇〇円になる。

③ 実際実質賃料と正常実質賃料との差額年額一八三万八〇〇〇円は、賃貸人と賃借人が半分ずつ負担すべきものであるから、半額九一万五〇〇〇円を実際実質賃料からこれを控除すると、差額配分法による実質賃料は、年額一〇八六万三〇〇〇円、月額九〇万五〇〇〇円になる。

(2) 合意利回り法による実質賃料は、月額八七万七〇〇〇円になる。

(3) スライド法による実質賃料の算出

① 総理府統計局発表の消費者物価指数(東京都区部)家賃指数は、直前の賃料減額時点である平成七年三月には100.2であったが、平成九年一〇月には100.6と0.4パーセント増加している。

② しかし、東京ビルディング協会発表の本件建物の所在する中央区日本橋地区基準階新規家賃指数は、平成七年には8.120であったが、平成九年には7.086と12.7パーセント減少している。

③ そこで、消費者物価指数の変動率に三割を乗じ、日本橋地区基準階新規家賃指数に七割を乗じてこれらを加えたマイナス8.8パーセントを変動率とする。

④ 平成七年三月一日時点の純賃料(実際支払賃料年額一一七七万八〇〇〇円から、減価償却費、修繕費、維持管理費、公租公課、損害保険料、貸倒準備費などの必要諸経費等合計額三三六万〇五八〇円を控除した年額八四一万七四二〇円)を8.8パーセント減額して平成九年一〇月一日時点の純賃料を年額七六七万六六九〇円と算出する。

⑤ 右純賃料に必要経費等として三一八万四八八〇円を加えると、実質賃料は、年額一〇八六万二〇〇〇円、月額九〇万五〇〇〇円になる。

(4) 継続家賃について賃貸事例比較法によって算出すると、月額八六万円になる。

(5) 右(1)から(4)までによって算出された賃料の平均は、月額八八万七〇〇〇円となり、これを継続実質賃料と算定する。

(6) この実質賃料から保証金、敷金の合計額六三六〇万円の年三パーセントの運用益の月額一五万九〇〇〇円を控除すると七二万八〇〇〇円となり、これを平成九年一〇月一日時点の適正賃料と評価する。

4 右鑑定結果は、継続実質賃料を月額八八万七〇〇〇円と算定した点については、相当性を有する(ただし、スライド法において、日本橋地区新規家賃指数に重点を置いた点については疑問がある。)ものと考えられるが、右継続実質賃料から更に保証金、敷金の運用益をそのまま控除することには合理性が認められないものというべきである。

その理由は次のとおりである。

(一)  本件賃貸借契約においては、賃借人の本件賃貸借契約から生じる債務を担保するための敷金三六〇万円のほかに保証金六〇〇〇万円が原告から被告に交付されている(甲六、甲一二)。右保証金については、賃借人である原告の本件賃貸借契約から生じる債務を担保する趣旨も有する(甲六の一六条ただし書、甲一二の七条一項)が、本件賃貸借契約が期間満了・解約・解除その他の事由により終了した際は、一〇パーセントの償却をして被告から原告に返還する、昭和五三年三月一日から二〇年以上契約し、期間が満了した場合は償却をしない(全額返還する)旨の約束もあり(甲六の一二条、甲一二の七条五項)、右保証金交付の趣旨は、本件賃貸借契約の目的が、本件建物を店舗として使用することであったことも考慮すると、営業ないし営業的利益に対する対価、あるいは、場所的利益に対する対価として交付されたものと認められる。

(二)  このような趣旨で交付された保証金の金額は、営業的利益や場所的利益についての、賃貸人、賃借人双方の考え方、事情を総合して決定されるものであり、必ずしも賃料額に直結するものではなく、本件賃貸借契約においても、保証金の運用益分を本来の賃料額から控除して賃料額が決定されたと認めるに足りる証拠はない。

(三)  賃貸事例比較法で採用された賃貸事例においても、保証金額が決定された事情は、本件賃貸借契約と同様に、一般化できない、個別的な事情があるものと考えられるので、継続賃料を比較するのであれば、実際支払家賃自体を比較するのが相当であり、実際支払家賃自体を比較すると、被告が主張するように、本件賃貸借契約の現在の賃料は、賃貸事例の賃料と同額程度であることが認められる(鑑定の結果)。

(四)  もっとも、相当賃料算定にあたって保証金、敷金の額を考慮することが許されないわけではなく、本件賃貸借契約のように、保証金、敷金の額が、現在においては、相当に高額なものになったような場合、差額配分法によって実質賃料を算定するにあたって、保証金、敷金の運用益を控除し、これによって得られた実質賃料を重視して相当賃料を算定するという方法は合理的なものと考えられるが、右鑑定においては、右運用益を控除して算定した差額配分法による実質賃料(この金額は、本件賃貸借契約の現在の賃料よりも高額となっている。)を算定の基礎とした上で、再び保証金、敷金の運用益を控除しており、このような運用益の控除の仕方には合理性を認めることができない。

5 したがって、鑑定の結果はそのまま採用することはできず、鑑定の結果以外に原告の主張を認めるに足りる証拠は存せず、①鑑定では、保証金、敷金の運用益控除前の継続実質賃料は、月額八八万七〇〇〇円(消費税を含まない)と算定されており、現在の賃料額八二万二五〇〇円(消費税を含まない)よりも高額であること、②本件賃貸借契約の賃料は、平成七年三月一日に改定されており、平成九年一〇月一日までの間に、東京都区部家賃指数(消費者物価指数)は、むしろ、0.4パーセント増加していること、③被告は、原告からの減額請求に対して、更新料(新賃料の一か月相当額、甲一二の二条三項)の免除を申し出るなど、保証金、敷金が高額であることを認めて、一定の譲歩をしていること、などの事情を考慮すると、確かに、六〇〇〇万円の保証金は高額ではあるが、平成九年一〇月一日時点において、本件賃貸借契約の賃料が不相当に高額なものとなったとまで認めることはできず、本件減額請求は理由がない。

三  よって、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官福田剛久)

別紙物件目録<省略>

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