東京地方裁判所 平成10年(ワ)27581号 判决 2001年2月27日
原告
甲
右訴訟代理人弁護士
香村博正
石井正春
被告
国
右代表者法務大臣
高村正彦
右指定代理人
戸谷博子
赤池昭光
岡村雅彦
横尾輝男
龍崎博之
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金2506万7200円及びこれに対する平成10年2月7日から支払済みに至るまで年7.3パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、平成2年分の所得税について、修正申告を行い、右修正申告に係る新たに納付すべき税額を納付した原告が、右の納付は、同税の納税義務が消滅した後になされたものであるから、納付の時点から既に法律上の原因を欠いていたものであり、誤納金に当たるとして、被告(国)に対し、右誤納金の還付等を求めている事案である。
一 法令の定め
1 国税徴収権の時効
国税の徴収を目的とする権利(以下「国税の徴収権」という。)は、その国税の法定納期限から5年間行使しないことによって、時効により消滅し、国税の徴収権の時効については、その援用を要せず、また、その利益を放棄することができない(国税通則法72条1項、2項)。
しかし、偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ、又はその全部若しくは一部の税額の還付を受けた国税に係るものの時効は、当該国税の法定納期限から2年間は、進行しない(同法73条3項)。
2 還付に係る規定
国税局長、税務署長又は税関長は、還付金又は国税に係る過誤納金(以下「還付金等」という。)があるときは、遅滞なく、金銭で還付しなければならず(国税通則法56条1項)、その際、原則として、同法58条1項各号に定める日の翌日からその還付のための支払決定の日までの期間の日数に応じ、その金額に年7.3パーセントの割合を乗じて計算した金額(以下「還付加算金」という。)を加算しなければならない(同法58条1項)。
源泉徴収の方式により徴収して納付される所得税以外の所得税に係る誤納金については、当該誤納金に係る国税の納付があった日の翌日から起算して1月を経過する日の翌日から、還付加算金が発生する(同法58条1項3号、国税通則法施行令24条2項5号)。
二 前提となる事実(各項末尾掲記の証拠等によって認定した。)
1 原告の平成2年分の所得税の申告の経緯等
(一) 原告は、昭和62年10月1日に、株式会社Aから、川崎市多摩区南生田所在の土地(以下「本件土地」という。)を代金6836万5000円で買い受け、平成2年9月5日、これを株式会社Bに対し、代金1億3000万円で譲渡する旨の売買契約を締結し、同月19日、譲渡代金を受領して本件土地を引き渡した。
(甲12、乙8)
(二) 原告は、平成3年3月3日、税理士丙(以下「丙」という。)に、原告の平成2年分の所得税の確定申告手続を委任し、同年3月6日、丙に対し、現金1805万円を支払った。
(甲1ないし同3、同12、同15、乙6、同7)
(三) 原告の平成2年分の所得税の確定申告書は、平成3年3月16日、渋谷税務署長に提出されたが、同申告書には本件土地に係る譲渡所得については記載がなかった。
(乙8、弁論の全趣旨)
(四) 渋谷税務署の係官が、平成9年12月12日、原告に対し、平成2年分の所得税の修正申告のしょうようをしたところ、原告は、同日、納付すべき税額を2529万3600円とする修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。
本件修正申告においては、当初申告においては申告されていなかった本件土地の譲渡に係る所得などが加えられていた。
原告は、新たに納付すべき税額2528万6500円のうち、原告の平成8年分所得税の還付金により充当された21万9300円を除く2506万7200円については、平成9年12月24日に160万円、平成10年1月23日に400万円、同年2月5日に400万円、同月6日に1546万7200円と、四回に分けて納付した(以下「本件各納付」という。)。
(甲6、同8の1ないし4、同20、同21)
2(一)(1) 譲渡所得のうち、不動産譲渡に係る所得については、各税務署の資産税担当者があらかじめ事績書等の課税資料を作成し、さらに、譲渡者名簿に譲渡所得を生じた納税義務者の氏名等を登載し、同名簿に基づき各納税義務者に申告書用紙等を郵送して確定申告を促して徴税を図っているところ、納税義務者が所轄税務署の管外に転居すると、それに伴って事績書等の課税資料も、東京国税局内部の集配送システム等を利用して転居先の所轄税務署に送付されることになるが、その際、両税務署間で課税資料の受領の有無を確認する手続はとられていなかった。
(2) そのため、脱税に協力する税務署の職員を確保した上で、納税義務者が右の脱税協力者の勤務する税務署の管内に転居した旨の虚偽の連絡を、当該納税義務者の所轄税務署に行い、納税義務者の課税資料を所轄税務署から脱税協力者の勤務先税務署に送付させ、同資料に基づき納税義務者が「譲渡者名簿」に登載される前に、脱税協力者に同資料を抜き取って隠匿、廃棄させ、譲渡所得の存在を税務署が把握することを事実上不可能にし、無申告のまま譲渡所得に係る所得税の納税を免れるという方法で脱税を図ることが可能となる(以下、右の方法よる脱税工作を「本件脱税工作」という。)。
(甲13、同14、同16、乙3、同5)
(二) 丙は、昭和44年、45年ころから、顧客の依頼を受けて、右の方法による譲渡所得に係る所得税の脱税行為を繰り返していたが、昭和49年ころから、乙(以下「乙」という。)に右の脱税協力行為を依頼するようになった。
(甲14、同17、乙3、同6)
(三) 乙は、平成2年7月10日から平成3年7月9日までは、荻窪税務署の資産税担当特別国税調査官の職務に従事していた。
(甲10、乙1)
3(一) 乙は、平成3年2月中旬ころから同年3月上旬ころにかけて、前後7回にわたり、荻窪税務署において、各所轄税務署から転送されてきた中城孝司ほか6名の平成2年分の譲渡所得に係る課税資料をそれぞれ抜き取って隠匿、廃棄し、右の者らが譲渡所得を税務署長に申告せず、これに係る所得税を免れることが発覚しないよう取り計らい、右一連の課税資料の隠匿、廃棄の謝礼として供与されるものであることを知りながら、平成3年3月4日ころから同年5月8日ころまでの間、前後5回にわたり、丙から、現金合計850万円を受領し、もって、職務上不正な行為をしたことに関して賄賂を収受したとして、平成10年7月3日、加重収賄の罪により懲役3年の有罪判決を受けたが、乙が課税資料を抜き取った7名の中には原告に係る課税資料が含まれていた。
(甲10、同14、乙1、同3、弁論の全趣旨)
(二) 丙は、右の事実について、起訴されてはいないものであるが、右一連の事実が発覚した時点ではこれに関する贈賄罪及び所得税法違反については公訴時効が完成していた。
(弁論の全趣旨)
三 当事者双方の主張
(原告の主張)
1(一) 原告は、節税をすることができるように、信用のできるベテランの税理士を探し、その結果、紹介された丙に平成2年分の所得税の申告を依頼したものであって、丙から本来ならば2300万円余かかるのであるが、法律による節税で1800万円になると聞かされた。
そこで、原告は、平成2年分の譲渡所得に係る所得税の納付に充てる費用として、金1800万円及び手数料5万円を丙に交付した。
(二) しかし、丙は、当時、荻窪税務署に勤務していた乙と共謀のうえ、原告より寄託を受けた譲渡所得に係る所得税に充当すべき金員1800万円を着服するために、まず原告の住所地を渋谷区から乙の勤務する荻窪税務署の管轄する杉並区に変更するため、偽造転入届を作成し、丙の作成した原告の所得税申告書等を渋谷税務署から荻窪税務署に転送させ、乙は無断で右書類の一部を抜き取って破棄し、その上で、丙は原告の預託した金員1800万円を着服した。
そこで、原告は、原告の平成2年分の所得税の申告及び納付について、原告の知らないうちに丙及び乙に妨害されることとなり、原告は、平成2年分の所得税を適正に納付しない結果となった。
(三) 原告は、丙に1800万円を預けた後、一度、原告の妻に電話をさせ、丙に納税の結果について、確認させたところ、納税は済んだと伝えられたことから、納税については完了したものと安心していたが、平成9年11月中旬ころ、東京地方検察庁において、脱税の容疑で取調べを受け、その際に、右の事実を初めて聞かされたものである。
(四) そして、原告は、平成9年12月12日、渋谷税務署から右の平成2年分の譲渡所得に係る所得税の納付についての問い合わせがあり、税務署の担当官から納付をしょうようされたことから、やむをえず、修正申告をし、平成9年12月24日から平成10年2月6日までの間に4回にわたり、平成2年分の所得税として、金2506万7200円を納付した。
2(一) 以上のとおり、原告の平成2年分の所得税については、丙及び乙が、共謀して、原告の申告及び納税を妨害したものであり、原告は、丙に預託した右所得税納付費用1800万円を騙し取られた被害者であって、原告には何らの不正行為、隠ぺい行為はなく、原告には、国税通則法73条3項に規定する「偽りその他不正の行為」は存しない。
したがって、平成2年分の所得税の法定納期限である平成3年3月15日の翌日から消滅時効が進行し、平成8年3月15日の経過により、原告の平成2年分の所得税に係る徴収権は時効消滅したものと解すべきである。
そこで、本件各納付時においては、原告には、平成2年分の所得税の納税義務はなかったものであるが、原告は、渋谷税務署の担当官による強権的な命令によって、納付をさせられた。
(二) したがって、時効完成後に、本件各納付によって、納付された金員2506万7200円は誤納金であって、当初から法律上の原因を欠くものというべきである。
3 よって、原告は、被告に対し、右誤納金2506万7200円及び平成10年2月7日から支払済みに至るまで国税通則法58条1項所定の年7.3パーセントの割合による還付加算金の支払いを求める。
(被告の主張)
1 国税の徴収権の消滅時効
国税通則法73条3項は、国税の徴収権で、偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ、又はその全部若しくは一部の税額の還付を受けた国税に係るものの時効は、当該国税の法定納期限から2年間は進行しない旨規定している。
そして、「偽りその他不正の行為」については、税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいうのであって、単なる不申告行為はこれに含まれないものである。そして、右の偽計その他工作を伴う不正行為を行うとは、名義の仮装、二重帳簿を作成する等して、法定の申告期限内に申告せず、税務職員の調査上の質問に対し虚偽の陳述をしたり、申告期限後に作成した虚偽の事実を呈示したりして、正当に納付すべき税額を過少にして、その差額を免れたことは勿論、納税者が真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足額を免れる行為、いわゆる過少申告行為も、それ自体単なる不申告の不作為にとどまるものではなく、偽りの工作的不正行為といえるから、右にいう「偽りその他不正の行為」に該当するものと解すべきである。
2 本件における徴収権の消滅時効
丙は、原告から受け取った1800万円を所得税の納税に充てる意思は当初からなく、乙をして原告の課税資料を廃棄させ、原告の譲渡所得に係る所得税を申告せずにこれを免れるつもりであったものである。そして、原告も、丙に1800万円を渡すことにより、少なくとも、納付すべき税額よりも過少の申告しかせずに、所得税を免れることができることは認識した上で、所得税を免れる目的をもって丙に確定申告手続を委任したものである。そして、原告の委任を受けた丙は、乙の協力のもとに、不正行為を行って原告の所得税を免れたものであるから、原告が「偽りその他不正の行為」によって税額を免れたことは明白である。
したがって、原告の平成2年分の所得税に係る徴収権の時効は、法定納期限から2年間は時効が進行せず、結局、平成10年3月15日まで時効消滅しないから、それ以前になされた本件納付は、原告の適法な修正申告に基づき適法に納付されたものであって、誤納金には当たらない。
四 争点
以上によれば、本件の争点は、原告が、国税通則法73条3項の定める「偽りその他不正の行為」を行ったか否かであり、具体的には、原告が、平成2年分の所得税の税額の一部を免れることをも目的として、丙に対して確定申告手続を委任したか否かである。
第三当裁判所の判断
一 各項末尾掲記の証拠によれば、以下の各事実が認められる。
1 平成2年分の譲渡所得に係る所得税の脱税に係る丙の供述
丙は、東京地方検察庁検察官検事に対し、次のとおり供述した。
(一) 丙が原告と知り合ったのは、平成3年2月下旬ころのことであり、丁(以下「丁」という。)の紹介によるものであった。
丙は、丁と一緒に、原告の研究所を訪ね、原告と会い、原告から、本件土地の譲渡に係る所得税の確定申告について、納税額を正規の金額より安くしてほしいという意味の依頼を受けた。その際、丙及び丁が、原告から示された本件土地の購入関係、譲渡関係の書類や、原告から聞かされた購入、譲渡の内容などを基にして本件土地譲渡に係る税額を試算したところ、約2600万円の税金を納めなければならないことが分かったため、丙は、原告に対し、「本当なら2600万円くらいの税金を払わなければいかんが、税金分、手数料などすべて含めて1800万円で手続してあげますよ。」と言った。
なお、丙としては、本件脱税工作を行えば、結局、全く譲渡所得に係る所得税を納付しなくともすむことから、原告から預かった1800万円については、これを自己が取得するつもりであった。
これに対し、原告は、丙に「先生、申告の件ですが、1800万円でお願いします。」などと言って、平成2年分の所得税の不正な申告を依頼した。
(二) 原告は、丙に対し、平成3年3月6日、同人の指示に従い、現金1800万円を支払った。このほかに、原告は、丙に対し、右金員とは別に5万円を交付しているところ、丙は、これをなぜ交付されたかについては思い出せなかったが、金額からみて、相談料、書面の書き料といった名目で支払われたのではないかと思われた。
(三) 丙は、原告のほか、4名の納税義務者から平成2年分の不動産の譲渡所得の脱税を請け負い、そのうち、原告を含む4名から報酬を受け取り、かつ、丙に関係する譲渡所得についても脱税を企図し、乙に対し、原告ほか6名の納税義務者に係る脱税協力行為を行うことを依頼することとした。
乙が、丙からの原告ら7名分の脱税に係る依頼を、前年までと同様、承諾したことから、丙は、各所轄の税務署に対し、原告ら7名が荻窪税務署管内に転居したとの虚偽の通知をするとともに、乙に対しては、平成3年3月から5月にかけて、順次、5回にわたり、脱税協力に対する謝礼として、合計850万円の金員を交付した。
(甲14、同15、乙3、同4)
2 平成2年分の譲渡所得に係る所得税の脱税に係る乙の供述
乙は、東京地方検察庁検察官検事に対し、次のとおり供述した。
(一) 乙は、平成2年分の所得税に関し、丙からの依頼に応じて、原告を含む7名分の事績書を抜き取り、これを破棄しているが、原告に係る事績書の抜取り及び破棄の依頼を受けたのは、平成3年2月24日のことであった。
(二) 丙は、乙に対し、原告を含む7名分の脱税協力行為に対する報酬として、合計850万円を、平成3年3月4日から同年5月8日にかけて、順次5回に分けて交付した。
(甲16ないし同19、乙5ないし同7)
3 平成2年分の譲渡所得に係る所得税の脱税に係る原告の供述
(一) 原告は、東京地方検察庁において、原告の所得税法違反被疑事件の被疑者として取調べを受け、平成3年11月30日、担当の検察官検事が作成した、次のとおりの内容の供述調書に、署名、指印をした。なお、原告は、同月13日から同月30日まで、身柄を拘束されることなく、約6、7回にわたる取調べを受けたものであり、1日当たりの取調時間は、長いときで三、四時間、短いときは二時間程度というものであった。
(1) 原告は、本件土地を売却したことから、平成2年分の譲渡所得に係る所得税の確定申告について、これをどのようにすべきかを考えていたところ、原告の知り合いであった丁から丙を紹介され、代々木に所在する原告の研究所事務所で丙と会った。
(2) この際、丙は、原告に対し、概算の税額等につき、用紙に数額等をメモしながら説明し(以下、右のメモを「本件メモ」という。)、本来納めるべき税額は2310万円であると説明した。右の算定に際して、経費に加えられた紹介料356万円、草刈費用600万円については、実際に支払ったことがなかったにもかかわらず、税額の計算に加えられていた。
(3) そして、丙は、「全部で1800万円でやってあげます。」などと言って、概算で算出した税額2310万円よりもさらに安い1800万円の金額で平成2年分の譲渡所得に係る所得税の納税が全て済むようにするとの趣旨の話をし、また、「800万円くらい得をしますよ。」といった話をした。
原告は、具体的にどのようにして税金を安くすることができるのかまでは分からなかったが、税金のプロである税理士だからこそ、何かうまい手を使って税金を安く済ませることができるのだと思った。しかも、もともと支払っていない虚偽の費用を計算に入れて税額を計算したうえ、その税額よりもさらに800万円も安く済ませると言っていたことから、税務署に分からないように虚偽の費用を計算に盛り込むなどして虚偽の申告を行い、不正に税金を安く済ませるのだということは、原告にも理解できた。
原告は、その際、不正に税金を免れたことが税務署に発覚した場合のことを考えて、丙に依頼することに躊躇し、「考えさせて下さい。」と言って返答を留保したが、後日、丙に申告を全て任せようと決意し、電話で丙に対して、「申告の件をよろしくお願いします。」などと言って、申告を丙に依頼した。
(4) そして、原告は、平成3年3月6日、丙から、前記の1800万円に加えて「確定申告の手数料として5万円払って下さい。」と言われたことから、現金1805万円を丙に支払った。
(5) その後、平成3年3月15日をすぎてしばらくたった後、原告は、無事に申告が済んだのかが心配になり、原告の妻に電話をさせて、丙に尋ねたところ、原告の妻は、丙から申告はきちんと済んでいると言われたとのことであった。
(二) 原告は、右の取調期間中である平成3年11月21日に、原告の当時の住所地における東京国税局職員の事情聴取に対し、丙が、私にまかせてもらえれば1800万円に安くしてくれると話したことから、これに乗ってしまったものであり、「丙に税金が安くなるともちかけられそれにのり不正な申告をしたことは私の不徳の致すところで非常に申訳なく思っています」と述べた。
(甲12、同23、乙8、同9、原告本人)
4 本件メモの記載内容
(一) 本件メモの最上部には、「平成2年9月19日」、「売却◎ 130,000」との記載がある。
また、そのすぐ下には「購入 △69,000」との記載があるほか、購入に係る費用として、「登記 300」、「印紙 100」等の記載があり、その合計「△2,470」との記載があり、さらに、売却に係る費用として、「草刈 600」、「印紙 100」などの記載があり、その合計として「△4,660」と記載されている。なお、その上段には、「内紹介料356万・・・C有限会社」と付記されている。
そして、以上の金額の合計として、「76,130」との記載がされ、差引額として、「54,000」と記載されている。
(二) 右差引額の下には、「地方税8%、国税40%」との記載があり、その右には「48%」と記載され、その真下に「25,920」、さらには「18,000」と記載されている。
(三) そして、右の記載の左側には、「54000-780=4620」、「4620×1/2 =2310」との記載があり、「2310」の右には、「正」を丸で囲った記載がある。右の「正」を丸で囲った部分からは矢印が伸びており、その矢印の先は、前記の「18,000」との記載を指している。
(乙8)
二(一) 前記1記載の各証拠の内容に照らすと、原告は、丙に、平成2年分の所得税の納税申告を依頼すれば、正規の納税額に比べて少ない金額である1800万円で済ませることができると言われたことから、正規の納税額との差額については正確な金額を把握してはおらず、また、いかなる方法によるかについても理解してはいなかったものの、自己の納付すべき税額の一部について免れる意図で、丙に平成2年分の所得税の申告及び脱税工作を依頼したものと認められる。
(二) これに対し、原告は、丙から本来ならば2300万円余かかるが、法律による節税で所得税が1800万円になると聞かされたことから、丙を信頼して申告を依頼し、現金1800万円を預け、税務代理報酬として5万円を支払ったものであって、原告には脱税の意図はなかったと主張し、これに沿う原告の本人の陳述書(甲20、同21)及び原告本人の供述等がある。
しかし、右は、前記の取調時における原告自身の供述とも全く反するものであるところ、①右取調時における原告の供述には、特段、不合理な点も認められず、右の供述の内容は、前記の丙供述の内容ともおおむね符合するものであること、②原告自身の供述によっても、丙が示した1800万円という金額は、全くの概算であることが前提となったものであるところ、原告の丙に対する依頼の内容が原告主張のとおりであるとすれば、申告期限後において、丙に対しては納税が済んだか否かの確認を原告の妻に電話で尋ねさせたのみで、それ以上の確認をしておらず、実際の納付税額について、1800万円で足りなかったか、あるいは、1800万円では多すぎたのではないかなどの点について、何らの注意を払ったことが認められないことは、不自然かつ不合理であるといわざるを得ないこと、③本件メモによれば、丙が原告に対して述べたとされる所得税額2310万円に係る「二三一〇」の記載の右には「正」を丸で囲った記載が付記されているところ、右は、法律に従って算定した場合の納付すべき税額であることを示すために、記載されたものとみるのが自然であること、④原告は、東京地方検察庁における取調期間中に行われた、原告の居宅における東京国税局職員の事情聴取に対し、「丙に税金が安くなるともちかけられそれにのり不正な申告をしたことは原告の不徳の致すところである」として、原告自身が不正な申告に関与したことを認める旨答えていることなどの各点からして、法律による節税で所得税が1800万円になると聞かされたものであって、脱税をしようとしたものではない旨の原告の供述等は、これをたやすく信用することができない。
(三) 原告は、東京地方検察庁における取調時の供述調書は、原告の供述を歪曲したものであり、原告が取調担当検事に対して訂正を求めても応じなかったものであると主張する。
しかし、当時、原告は、大学教授の地位にあったものであるところ(乙8)、原告に対する取調べは、約二週間余の期間に6、7回行われたもので、1日当たりの取調時間も長いときで三、四時間程度というものであり、身柄を拘束された状態ではなかったことからすれば、原告の主張するように、過酷な取調べが行われたために、虚偽の内容の供述調書に署名、指印をさせられたものとは、容易に認め難く、他にこれを覆すに足る証拠は見出せない。
(四) また、原告は、丙が、検察官に対して、当初から原告の納税預託金を着服するつもりであったことを自白していると主張し、その根拠として、甲15号証を挙げる。
しかし、丙の供述内容については、前記認定のとおりであり、丙が原告に対して、原告の譲渡所得に係る所得税を全く納付しない結果となることまで説明していないと供述していることについては原告の主張するとおりであるが、丙は、原告は、納付すべき税額の一部を脱税することについては、理解した上で、納税申告を丙に依頼したものであると供述しているのであるから、原告の主張は採用できない。
三 右のとおり、原告は、丙に、平成2年分の所得税の申告を委任する際に、同税の納付すべき税額の一部を免れるよう脱税工作を行うことを依頼したものと認められ、その結果、丙が乙に協力を依頼して、前記のとおりの脱税工作を敢行したものであると認められる。
そうすると、原告は、「偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ」たものに当たるというべきであり、原告の平成2年分の所得税に係る徴収権の時効期間は、同税の法定納期限から2年間進行しないこととなる(国税通則法73条3項)。
したがって、右時効期間満了日である平成10年3月15日以前になされた原告の修正申告及びこれに基づく本件各納付の収納は、いずれも適法というべきである。
四 よって、原告の請求は理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)