東京地方裁判所 平成10年(ワ)28549号 判決 2001年2月22日
原告
山本信
被告
学校法人東京女子大学
ほか二名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金二二六五万八四四一円及びこれに対する平成八年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金七〇八七万二一六一円及びこれに対する平成八年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告宇江城安史(以下「被告宇江城」という。)が運転する普通乗用自動車(以下「甲車」という。)に同乗中の原告が、甲車と訴外上野幸彦(以下「訴外上野」という。)が運転する普通乗用自動車(以下「乙車」という。)との衝突事故よって傷害を負ったとして、被告宇江城、同人の使用者である被告国際ハイヤー株式会社(以下「被告国際ハイヤー」という。)及び甲車の保有者である被告学校法人東京女子大学(以下「被告東京女子大」という。)に対して損害賠償の請求をした事案である。
一 争いのない事実等(括弧内に証拠を掲げた事実以外は当事者間で争いがない。)
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。
(一) 日時 平成八年二月一六日午前九時一〇分ころ
(二) 場所 東京都港区南青山二丁目一番青山一丁目交差点内
(三) 加害車両(甲車) 普通乗用自動車(練馬三三ふ五六七)
同運転者 被告宇江城
同保有者 被告東京女子大
(四) 加害車両(乙車) 普通乗用自動車(横浜三四す二一六二)
同運転者 訴外上野
(五) 被害者 原告(甲車に同乗中)
(六) 事故態様 甲車が直進して交差点を通過しようとしたところに、乙車が甲車の左側から右折して交差点内に進入し、甲車の右後部フェンダーに乙車の前部が衝突した。
(七) 受傷内容等 本件交通事故により、原告は、右眼外傷性網膜中心静脈血栓症等の傷害を受け、平成九年九月二六日症状固定となり、右眼失明の後遺障害が残ったとして、同後遺障害につき、自動車保険料率算定会のいわゆる事前認定の手続において自動車損害賠償保障法施行令二条別表八級一号(以下、「後遺障害等級八級一号」という。)に該当するとされた(甲二の一ないし二の四、四、乙二ないし五。ただし、被告宇江城及び同国際ハイヤーは、後述のとおり、原告の右眼外傷性網膜中心静脈血栓症の発症には本件交通事故以外の要因も関与していると主張している。)。
2 責任原因
(一) 被告宇江城は、甲車を運転して交差点内に進入するに当たり、右方からの進入車両の有無及びその動静を注視すべき注意義務があるのに、これを怠った過失により、甲車と乙車を衝突させたもので、民法七〇九条により原告に対して損害賠償責任を負う。
(二) 被告国際ハイヤーは、被告宇江城の使用者であり、本件交通事故は、その業務の執行につき生じたものであるので、民法七一五条一項により原告に対して損害賠償責任を負う。
(三) 被告東京女子大は、甲車の保有者として、自動車損害賠償保障法三条により原告に対して損害賠償責任を負う。
3 損害のてん補
原告は、自動車損害賠償責任保険から八三二万二〇九〇円のてん補を受けた。
二 争点
1 寄与度減額の適否
(被告宇江城及び同国際ハイヤーの主張)
<1> 網膜中心静脈血栓症は、一般的に、高齢、動脈硬化、血栓症等を素因とした私病と考えられているところ、受傷時の原告の年齢は七二歳と高齢なので、視神経乳頭内篩状板付近の網膜中心動脈に局所的に動脈硬化が生じていた可能性を否定し難いこと、<2> 本件外傷は、ハンドルに胸を強く打ち付けたり、肋骨骨折を生じるといった、胸部圧迫による静脈圧の著しい上昇を来し、静脈からの漏出性出血を促進するような外傷ではないこと等の事情からすると、原告の網膜中心静脈血栓症の発症に対する本件交通事故の寄与率は、八〇パーセントを超えることはない。
(原告の主張)
被告宇江城及び同国際ハイヤーが主張するような動脈硬化の存在を示す証拠は何ら存在せず、また、原告が高齢であることをもって動脈硬化の存在を推定し、これを素因として寄与度減額を認めるのであれば、本件のように動脈硬化が一因となるような類の受傷をした高齢の被害者はすべて寄与度減額をされかねず、結論において不当である。
原告の右眼視力が本件交通事故直後から急激に悪化していることからすれば、原告の右眼失明に対する本件交通事故の寄与率は、一〇〇パーセントというべきである。
2 原告の損害額
(原告の主張)
(一) 治療費 九〇万七四七四円
原告は、本件交通事故による受傷に関連して、日産厚生会玉川病院、その他の病院で治療を受け、治療費として九〇万七四七四円を支出した。
(二) 家屋改造費 二六五万五五三五円
ア 手すり取付け、屋上物置工事費等 一四八万三〇九七円
原告は、右眼失明によって歩行に際してバランスを失しやすく、転倒することが多いため、家屋内に手すりの取付けが必要であり、また、書斎に積み上げられた大量の書籍が危険なために、屋上物置を設置して書籍を移動する必要があった。原告は、これらの工事及びこれに伴う追加工事代金として、一四八万三〇九七円を支払った。
イ 浴室改修費 五八万五七五〇円
原告の入浴困難を解消するために浴室の段差をなくし、浴槽を浅くして使用しやすくする必要があり、原告は、浴室改修費として五八万五七五〇円を支払った。
ウ エアコン設備費 五八万六六八八円
本件交通事故前は、原告宅の暖房は、石油ストーブとガスストーブであったところ、そのままでは、前述のとおり右眼失明によって転倒しやすくなった原告にとっては危険であるので、エアコンを設置する必要性が生じ、原告は、エアコン設置代金として五八万六六八八円を支払った。
(三) 休業損害 四〇八四万三六〇〇円
原告は、本件交通事故がなければ、被告東京女子大の学長として、その任期が満了する平成一二年三月三一日まで勤務することができたはずであるところ、本件交通事故のため右眼失明に至ったことにより、その任期を二年間残した平成一〇年三月三一日に退職せざるを得なくなった。
原告の平成九年度分の給与総額は、二〇四二万一八〇〇円であるので、本件交通事故がなかった場合、原告が退職時から任期満了前までに得べかりし利益(休業損害)は、四〇八四万三六〇〇円となる。
(四) 逸失利益 一六七八万七六四二円
原告は、本件交通事故がなければ、被告東京女子大の学長としての任期が満了する平成一二年三月三一日以後も、少なくとも六年間(七六歳の平均余命一二・六歳の半分)は稼働可能であり、その間、少なくとも年間七二六万七〇〇〇円(賃金センサス平成八年第一巻第一表の男子労働者の産業計・企業規模計・大卒の六五歳以上の平均賃金)を下らない収入を得ることができたはずであるところ、本件交通事故により、後遺障害等級八級一号の後遺障害を負い、その労働能力を四五%喪失したのであるから、本件交通事故による逸失利益を下記の計算式により算定すると、一六七八万七六四二円となる。
計算式:726万7000円×0.45×5.1336(6年間の新ホフマン係数)=1678万7642円
(五) 慰謝料
ア 入通院慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円
原告は、本件交通事故後約二年間にわたり入通院治療を受けざるを得なかったものであり、入通院慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。
イ 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
原告は、右眼失明という後遺障害を負ったことにより、学者としての生命である読書が不可能となったばかりでなく、日常生活においても他人の介助が必要となるなど多大な精神的苦痛を受けたことを考えると、後遺障害慰謝料としては、一〇〇〇万円が相当である。
原告が、被告東京女子大加入の保険から、保険金三三七六万円の支払を受け、また、被告東京女子大から見舞金三〇〇万円を受領していることは、慰謝料額算定の事情としてしんしゃくすべきではない。
(六) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円
原告は、本件訴訟の追行を原告代理人らに依頼した。本件交通事故と相当因果関係のある損害としては、三〇〇万円が相当である。
(七) 以上(一)ないし(六)の小計 七九一九万四二五一円
(八) 損害のてん補 八三二万二〇九〇円
(九) 合計 七〇八七万二一六一円
(被告東京女子大の主張)
治療費、家屋改造費、休業損害、逸失利益及び慰謝料については、いずれも不知。弁護士費用については、否認する。
(被告宇江城及び同国際ハイヤーの主張)
(一) 治療費
不知。
(二) 家屋改造費
ア 手すり取付け、屋上物置工事費等
原告の請求する家屋改造費一四八万三〇九七円(甲二六の三)には、「屋上物置工事費用六六万〇四〇〇円」「その他工事費用一七万三〇〇〇円」「三階トイレカーテンレール代金六〇〇〇円」及び「二階押入改造費用二万五〇〇〇円」が含まれているが、これらは、本件交通事故と相当因果関係が認められない家屋の改造である。また、これらの費用を差し引けば「仮設・解体費用」等も減額されてしかるべきである。
イ 浴室改修費
原告の後遺障害である右眼失明によって、浴室の段差をなくしたり、浴槽を浅くしたりする等の浴室改修の必要性が生じたとは認められない。
ウ エアコン設備費
原告の後遺障害である右眼失明によって、暖房器具としてエアコンを設備する必要性が生じたとは認められない。
(三) 休業損害
原告は、本件交通事故後平成一〇年三月三一日までの間は、被告東京女子大の学長としての職務をこなしており、任期満了前である同日をもって被告東京女子大を退職したのも、被告東京女子大により学長職を解任されたからではなく、原告が自ら辞意を表明したからである。
したがって、平成一〇年三月三一日から平成一二年三月三一日までの間に原告が被告東京女子大の学長として得べかりし給与は、本件交通事故による休業損害とは認められない。
(四) 逸失利益
原告が、本件交通事故後平成一〇年三月三一日までの間は、被告東京女子大の学長としての職務をこなしてきたことからして、学長としての職責を果たす上では、右眼失明の影響は少ないものと考えられること、また、学者としても、右眼失明により文献の購読が全く不可能になるわけではなく、OA機器を利用すれば、文献の購読、論文の作成は十分可能であること等の事情を勘案すれば、原告の本件交通事故による後遺障害が後遺障害等級八級一号に当たることを前提としても、その労働能力喪失率は、おおむね三〇パーセント程度にとどまるものと考えるのが相当である。
(五) 慰謝料
入通院慰謝料については、本件交通事故日から平成九年九月二六日に症状固定となるまでの間の通院期間と、一二日間の入院期間を前提に算定すべきである。
原告は、被告東京女子大が加入している保険から保険金三三七六万円及び見舞金三〇〇万円を受領している。これらの金員は、損益相殺の対象とまではならないまでも、相当な慰謝料額算定に当たっては、しんしゃくされてしかるべきである。
第三争点に対する判断
一 争点一(寄与度減額の適否)について
東京海上メディカルサービス株式会社医療本部眼科専門医田村友記子作成の意見書(乙五、以下「本件意見書」という。)には、「<1> 網膜中心静脈血栓症は、視神経乳頭内篩状板付近では、動脈と静脈とが共通の血管鞘に包まれているため、網膜中心動脈の動脈硬化により、それと平行して走っている網膜中心静脈が圧迫されて閉塞が進み、心臓に環流できなくなった静脈血が漏出性に出血するもので、六〇歳以上の高齢者の片眼に多く、発生原因として動脈硬化・血流速度の低下(心障害・低血圧)、血液粘稠度の増加(白血病・悪性貧血)などが挙げられ、一般的には私病と考えられている。<2> 原告は、受傷時七二歳と高齢で、視神経乳頭内篩状板付近の網膜中心動脈に局所的に動脈硬化が生じていた可能性は否定できず、素因の関与を否定することは困難である。<3> 本件外傷は、ハンドルに胸を強く打ち付けたり、肋骨骨折を生じるといった、胸部圧迫による静脈圧の著しい上昇を来し、静脈からの漏出性出血を促進するような外傷ではない。」旨の被告宇江城及び同国際ハイヤーの主張に沿う記載が認められる。
他方で、本件意見書には、「<4> 原告が、事故翌朝に、右眼の著明な視力低下に気付き、受傷一〇日後である平成九年二月二六日に古野眼科を初診した際、同眼科にて右眼網膜中心静脈血栓症と診断されたという、発症までの時間的経過から考えれば、原告の右眼網膜中心静脈血栓症の発症に対しては、本件交通事故時やその後の血圧の急激な上昇・変動による循環障害の影響は相当大きく、本件交通事故の寄与の方が大きい。<5> 原告の右眼網膜中心静脈血栓症は、その中でも重症である虚血型病型へと進行していき、その症状の進行に伴って黄斑機能が低下し、高眼圧持続により視神経繊維障害が生じて最終的には右眼失明へと至ったものであって、原告の既往症である緑内障は、右眼網膜中心静脈血栓症の進行には関与していない。<6> 原告が右眼網膜中心静脈血栓症を発症してから、右眼失明に至るまでの治療経過の中では、結果論としてはもう少し強固な光凝固を行うという選択もあり得たかもしれないが、これを治療方法の過誤ととらえることはできない。」旨の記載も認められる。
したがって、以上の本件意見書の記載を総合すれば、本件意見書が原告の素因として指摘するのは、結局、原告の「視神経乳頭内篩状板付近の網膜中心動脈に局所的に動脈硬化が生じていた可能性」のみであって、しかも、それは、高齢者であればこのような局所的な動脈硬化が通常のこととして存在し得るという判断に基づくものと考えられる。
しかし、乙二ないし四の五によれば、かえって、本件においては、原告が本件交通事故以前から緑内障の治療のために通院していた東京大学医学部附属病院においても、本件交通事故後に右眼網膜中心静脈血栓症の治療のために通院した古野眼科においても、また、右硝子体手術のために入院した厚生中央病院においても、原告の右眼視神経乳頭内篩状板付近の網膜中心動脈に、局所的な動脈硬化の存在が指摘されたり、その存在の可能性が示唆されたことは一切なかったこと、ましてや、「疾患」としての動脈硬化は存在していなかったことが認められるのであって、本件意見書にあるように単に高齢であることのみをもって動脈硬化の存在を推定し、素因減額の対象とすることは許されないものというべきである。
以上によれば、被告宇江城及び同国際ハイヤーの寄与度減額の主張は、理由がないので認められない。
二 争点二(原告の損害額)について
1 治療費 四一万三六三七円
甲二の四、三、一七及び乙四の一ないし四の五によれば、原告は、本件交通事故による右眼網膜中心静脈血栓症の症状が進行して右硝子体出血を来し、これに対する右硝子体手術等のために厚生中央病院にて入通院治療を受け、その治療費として四一万三六三七円を支出したことが認められるので、本件交通事故と相当因果関係を有する治療費としては、四一万三六三七円と認めるのが相当である。
なお、原告が主張する九〇万七四七四円の治療費の内訳が、いかなる医療機関でどのような治療に対する治療費なのかは、主張上明確を欠くものであるところ、原告から領収証明書などが提出されている日産厚生会玉川病院での治療費二〇万六四六〇円(甲二一)、赤坂病院での治療費八万四七一四円(甲二二の一、二)、心臓血管研究所付属病院での治療費一三万一一〇〇円(甲二三)、東京警察病院での治療費三〇万八八五〇円(甲二四)は、いずれも本件交通事故と相当因果関係を有する傷病に関する治療費であると認めるには足りない。そして、他に原告が本件交通事故を原因として四一万三六三七円を超える治療費を支出したことを認めるに足りる証拠もない。
2 家屋改造費 七二万〇六三四円
(一) 手すり取付け、屋上物置工事費等 四二万七七五九円
甲一七、二六の一ないし二六の三及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成八年一二月二〇日から同月二五日までの間に、自宅改造工事を行い、同月二七日に一四八万三〇九七円を支払ったことが認められる。
甲一七及び争いのない事実によれば、原告は、本件交通事故の後遺障害である右眼失明のために、歩行に際してバランスを失しやすく、転倒することが多くなり、家屋内に手すりの取付けが必要となったことが認められる。したがって、原告の請求する一四八万三〇九七円のうち、手すり取付工事代金三六万〇五〇〇円と、仮設・解体工事代金四万円及び運搬諸経費一五万円のうちの相当分である五万四八〇〇円との合計四一万五三〇〇円に、その消費税分である一万二四五九円を加えた金額である四二万七七五九円を本件交通事故と相当因果関係を有するものと認める。
(二) 浴室改修費 二九万二八七五円
甲一七、二〇の二及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件交通事故の後遺障害である右眼失明のために生じた入浴困難を解消するために、自宅浴室の段差をなくし、浴槽を浅くして使用しやすくする必要が生じたこと及びその改修費用として五八万五七五〇円を支払ったことが認められる。
しかし、改修内容の詳細は不明であり、また、浴室改修工事によって原告と同居する妻の受ける便益をも考慮すると、本件交通事故と相当因果関係を有する浴室改修費は、原告請求額の五割である二九万二八七五円であると認める。
(三) エアコン設備費 〇円
原告が本件交通事故の後遺障害である右眼失明によって転倒しやすくなったことと、原告宅の暖房器具として新たにエアコンを設置したこととの間には相当因果関係を認めるに足りないので、原告請求に係るエアコン設置代金五八万六六八八円は、本件交通事故による損害とは認められない。
(四) 小計
よって、本件交通事故と相当因果関係を有する家屋改造費は、七二万〇六三四円となる。
3 休業損害 〇円
一般に、休業損害とは、治療期間中の休業あるいは不十分な稼働状況によって、事故がなければ得られたであろう収入を失ったことによる損害をいう。そして、傷害が完全には治癒せずに後遺障害という形で残存する場合には、一般に、受傷時から症状固定時までの得べかりし利益の喪失を休業損害といい、症状固定時以降の得べかりし利益の喪失は、後遺障害によって喪失したと認められる労働能力の割合に応じて算定されるのが普通である。
甲五、一七、二七の一ないし二七の三、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成八年二月一六日に受傷し、平成九年九月二六日症状固定となって右眼失明の後遺障害が残ったところ、その受傷から症状固定に至るまでの間は、治療を受けつつも学長としての職務をこなし、従前どおりの給与を得ていたことが認められるのであるから、原告に、上述の意味での休業損害は生じていないものと認められる。
原告は、平成一〇年四月一日から平成一二年三月三一日までの期間に原告が被告東京女子大の学長として得べかりし給与の全額を休業損害として請求しているが、この期間は、症状固定後である以上、後述する逸失利益として、本件交通事故によって喪失したと認められる労働能力の割合に応じて損害を算定すべきものであるので、かかる原告の請求は認められない。
4 逸失利益 二二三四万六二六〇円
(一) 労働能力喪失率について
原告が本件交通事故により右眼失明の後遺障害を負い、いわゆる事前認定手続で後遺障害等級八級一号の認定を受けたことは当事者間に争いがないところ、原告は、平成一〇年四月一日から平成一二年三月三一日までの期間については一〇〇パーセントの労働能力喪失率(原告のこの間の休業損害の主張が認められないことは前述のとおりであるが、かかる主張を後遺障害逸失利益に関する主張として善解すれば、このような主張になると思われる。)を主張し、被告宇江城及び同国際ハイヤーは、これを争い、平成一〇年四月一日から平成一二年三月三一日までの期間については〇パーセント、同年四月一日からは三〇パーセントの労働能力喪失率を主張している。
甲五、一七、二七の一ないし二七の三、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成四年四月一日に被告東京女子大の学長に就任し、本件交通事故後も治療を続けながら、被告東京女子大の他の職員の補助を受けつつ学長としての職務を果たしてきたが、右眼失明の後遺障害その他の事情によって職務の継続が困難となって、学長としての任期が満了する平成一二年三月三一日までに二年間を残した平成一〇年三月三一日に、被告東京女子大を退職したことが認められる。
原告が本件交通事故後被告東京女子大を退職するまでの間は、原告は、被告東京女子大より従前どおりの給与を得ていたことは前述したとおりであるが、それは、原告自身の努力と被告東京女子大の他の職員の協力によるものであり、学長としてこなすべき事務量を考えれば、右眼失明の影響が他の職種より少ないとは考えられない。いったん原告が被告東京女子大を退職し、被告東京女子大より給与が得られなくなった以上、最終的に退職を決めたのが原告自身の意思であったとしても、被告宇江城及び同国際ハイヤーが主張するように、本来の任期満了までの期間の労働能力喪失率を〇パーセントとすることも、その後の喪失率を三〇パーセントとすることも相当ではない。他方、原告が被告東京女子大を退職するまでの間は、他の職員の補助を受けつつも学長としての職務をこなし、従前どおりの給与を得ていたことにかんがみれば、原告が主張するように本来の任期満了までの期間に限って一〇〇パーセントの労働能力喪失を認めるのも相当ではない。結局、原告が本件交通事故により右眼失明の後遺障害を負ったこと、それが後遺障害等級八級一号に該当すること、及び原告の大学学長という職種と他の職種とを比較して特に原告の労働能力喪失率に変更を加えるべき事情が認められないこと等の事情から、原告は、平成一〇年四月一日から後述する就労可能期間のすべてにわたって、本件交通事故により四五パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
(二) 就労可能期間
原告は、症状固定時(平成九年九月二六日)において七三歳であり、同時点における就労可能期間は、平成九年簡易生命表による男子七三歳の平均余命一一・五三年の約半分である六年間と認めるのが相当である。
(三) 平成一〇年四月一日から平成一二年三月三一日までの逸失利益
甲五、二七の二及び二七の三によれば、原告の被告東京女子大の学長としての任期は、退職した平成一〇年三月三一日の二年後である平成一二年三月三一日までであったこと、及び被告東京女子大の学長としての年収は平成九年度分で二〇四二万一八〇〇円であったことが認められるので、上記二年間については、二〇四二万一八〇〇円を基礎収入とし、労働能力を四五パーセント喪失したものとして、ライプニッツ方式により年五パーセントの割合による中間利息を控除して下記の計算式により逸失利益を算定すると、一七〇八万七五三二円となる。
計算式:二〇四二万一八〇〇円×〇・四五×一・八五九四(ライプニッツ係数二年)=一七〇八万七五三二円(小数点以下切捨て、以下同じ)
(四) 平成一二年四月一日以降の逸失利益
前述したとおり、原告の症状固定時からの就労可能期間は六年間であるところ、平成一二年四月一日以降の基礎収入については、被告東京女子大退職後の就職先が確実であった等の事情が本件では認められないので、症状固定時七三歳という原告の年齢からみて、原告の主張する六五歳以上の大卒平均賃金である七二六万七〇〇〇円(賃金センサス平成八年第一巻第一表の男子労働者の産業計・企業規模計・大卒の六五歳以上の平均賃金)の半分である三六三万三五〇〇円とするのが相当である。したがって、平成一二年四月一日からの四年間については、三六三万三五〇〇円を基礎収入とし、労働能力を四五パーセント喪失したものとして、ライプニッツ方式により年五パーセントの割合による中間利息を控除して下記の計算式により逸失利益を算定すると、五二五万八七二八円となる。
計算式:三六三万三五〇〇円×〇・四五×{五・〇七五六(ライプニッツ係数六年)-一・八五九四(ライプニッツ係数二年)}=三六三万三五〇〇円×〇・四五×三・二一六二=五二五万八七二八円
(五) 小計
以上より、本件交通事故による原告の逸失利益は、合計二二三四万六二六〇円となる
5 慰謝料 六〇〇万〇〇〇〇円
甲二の一ないし四、一七、乙二ないし四の五によると、原告は、本件交通事故により受傷した後、症状固定に至るまで、約一九か月通院治療を継続し、この間一二日入院したことが認められる。また、原告が、本件交通事故により右眼失明という後遺障害(後遺障害等級八級一号該当)を負ったことは既に判示したとおりである。
以上のような受傷による入通院の経過、残存した後遺障害の程度、原告の現在の生活状況等を考慮するとともに、他方において、原告が被告東京女子大の加入している保険から三三七六万円の保険金の支払を受け、被告東京女子大から三〇〇万円の見舞金を受領していることをもしんしゃくすると、原告に対する慰謝料としては総額六〇〇万円をもって相当と認める。
6 以上1ないし5の小計 二九四八万〇五三一円
7 損害のてん補後の小計 二一一五万八四四一円
前記6の金額から争いのないてん補額である八三二万二〇九〇円を差し引くと、二一一五万八四四一円となる。
8 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円
本件の弁護士費用としては、一五〇万円が相当である。
9 合計 二二六五万八四四一円
三 結論
よって、原告の被告らに対する請求は、各自二二六五万八四四一円及びこれに対する本件交通事故日である平成八年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典 村山浩昭 来司直美)