東京地方裁判所 平成10年(ワ)28744号 判決
原告 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 山口広
同 日隅一雄
被告 二穣師女こと
乙川正子
被告 乙川太郎
右両名訴訟代理人弁護士 唐松寛
被告 丁田信子
右訴訟代理人弁護士 柴田敏之
同 澤口秀則
同 小畑英一
同 本山正人
同 柴田祐之
主文
一 被告乙川正子は、原告に対し、一億三四八九万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告乙川正子に対するその余の請求を棄却する。
三 原告の被告乙川太郎に対する請求を棄却する。
四 原告の被告丁田信子に対する請求を棄却する。
五 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の九と被告乙川正子に生じた費用を被告乙川正子の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告乙川太郎及び被告丁田信子に生じた費用を原告の負担とする。
六 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告に対し、各自四四〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告乙川正子は、原告に対し、一億〇〇八九万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一1 被告乙川正子に対する請求
原告は、被告乙川正子(以下「被告正子」という。)が、気学、方位学等の知識を悪用して、不当に金員を交付させることを企図し、原告に対し、社会的相当性を超えた詐欺的かつ脅迫的言辞を弄し、原告をして錯誤若しくは畏怖状態に陥いらせた上、原告から、<1>平成九年七月二四日に三八〇〇万円(以下「金員<1>」という。)、<2>同年八月二七日に四四五〇万円(以下「金員<2>」という。)、<3>同年一二月二六日に三〇〇万円(以下「金員<3>」という。)、<4>平成一〇年四月二日に五六万円(以下「金員<4>」という。)、<5>同年四月二八日に三八〇〇万円(以下「金員<5>」という。)、<6>同年九月一八日に八三万円(以下「金員<6>」という)の交付を受け(以下「本件不法行為」という。)、これにより、原告に対し、合計一億二四八九万円の損害を被らせるとともに、多大な精神的苦痛(一〇〇〇万円相当)を与えたほか、本件訴訟追行に要する弁護士費用相当額(一〇〇〇万円相当)の損害を被らせたとして、同被告に対し、民法七〇九条に基づき、右各損害の賠償を請求した。
2 被告乙川太郎、同丁田信子に対する請求
原告は、被告乙川太郎(以下「被告太郎」という。)及び被告丁田信子(以下「被告丁田」という。)が被告正子の本件不法行為のうち、金員<5>を交付させることをそれぞれ幇助し、三八〇〇万円の損害を原告に被らせるとともに、原告に精神的苦痛(三〇〇万円相当)を与えたほか、本件訴訟追行に要する弁護士費用相当額(三〇〇万円相当)の損害を被らせたとして、右各被告に対し、民法七一九条二項に基づき、右各損害の賠償を請求した。
二 争いのない事実等
1 原告(昭和二七年四月二五日生)は、甲野一郎(昭和二五年三月三〇日生。以下「一郎」という。)と昭和五三年六月二四日に婚姻の届出をし、一郎との間に、昭和五四年五月二五日に長女丙子を、昭和五八年七月六日に次女戊子を、昭和六二年一一月二五日に長男二郎をもうけた。一郎は、平成八年一月九日、すい臓がんで死亡したが、原告は、一郎の死後、三人の子供と一郎の母壬子(大正一〇年三月七日生れ。以下「壬子」という。)とともに、甲府市塩部<番地略>所在の居宅で暮らし、一郎が原告及び三人の子供のために預貯金を約二億五〇〇〇万円を残したことから、右預貯金を管理していた。(甲二六、二七の一及び二、七三)
2(一) 被告正子については、昭和四一年三月二二日にAとの婚姻届が提出され、昭和四八年一〇月一三日に同人との離婚届が提出されている。(争いがない。)なお、Aは、昭和五二年九月三〇日に名古屋地方裁判所において、同地方裁判所昭和四八年(わ)第一三八四・一六一一・一九七七・二一四七号商法違反、横領被告事件により、懲役一年六月、執行猶予三年の有罪判決を受けている。(甲五五)
(二) 被告正子は、二穣会と称する会を創設し、同人が学んだという「気学」及び「方位学」によって人の運勢がわかるとして、毎月、運勢を書いた冊子を発行して二穣会の会員に配布し、会員から月会費を徴収している。もっとも、二穣会では会員が集合することはなく、会員相互間で知り合う機会はあまりない。(争いがない。)
3 被告太郎は、被告正子の甥であり(争いがない。)、平成九年九月一九日、被告正子の肩書住所地を本店所在地とする株式会社○○コンサルティングを設立し、代表取締役に就任している。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲三七)
4(一) 被告丁田は我が国では著名な女優であり、俳優の庚山三郎と婚姻し、その間に二児をもうけたが、昭和五九年に離婚し、それ以来独身である。(争いがない。)
(二) 被告丁田は、昭和五二年九月ころ、初めて被告正子と会い、二穣会の会員となり、特に離婚したころから、被告正子に、子供、仕事、健康、家のことなどについて相談したり、鑑定を依頼するなど被告正子を信頼して交際してきた。また、被告丁田の長男四郎(以下「四郎」という。)も、被告正子と面識があり、「二穣四郎訳」と記載されている二穣会の英文冊子もある。(争いがない。)
なお、被告丁田は、被告正子に対し、昭和五九年ころ、合計四九〇〇万円を念金として預けたことがある。(原告と被告丁田との間では争いがない。甲七〇の三)さらに、被告丁田の家事手伝いをしてきたBも、二穣会の会員である。(争いがない。)
(三) 被告丁田は、Cを原告、被告正子を被告とする民事訴訟(以下「C訴訟」という。)において、証人として証言した。C訴訟においては、被告丁田が当時被告正子の訴訟代理人であった滝口弁護士に宛てた被告丁田自筆の手紙が乙号証として提出された。(争いがない。)
5 原告は、平成八年秋ころ、原被告らの知り合いであり二穣会会員であったD(以下「D」という。)の紹介で、同人方で、被告正子と初めて会い、面識を得た。
原告は、平成九年六月一六日にも、D方で、被告正子と会い、その際二穣会に入会した。その後、原告は、被告正子に対し、入会金として三〇万円を支払ったほか、月会費として、毎月三万円を支払った。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲七三)
6 原告は、被告正子に対し、平成九年七月二四日、D方において、原告のために行う念金浄化のための金員として、現金三八〇〇万円(金員<1>)を交付した。念金浄化とは、被告正子によれば、現金それ自体について祈祷等を行うことによって人の運勢をよくするという行をいう。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲七三)(なお、以下では、念金浄化及びその対象となる現金自体をいずれも「念金」という。)
7 原告は、被告正子及びDとともに、平成九年八月二七日、富士銀行甲府支店に赴き、同支店の原告の口座から四四五〇万円の払戻しを受けてD方までこれを持参し、同日、D方において、被告正子に対し、原告の三人の子供のために行う念金のための金員として、右四四五〇万円(金員<2>)を交付した。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲七三)
8 被告正子は、原告に対し、平成一〇年二月末ころ、五六万円の支払を求め、原告は、被告正子に対し、同年四月二日、五六万円(金員<4>)を支払った。(甲一七の一及び二、七三)
9 被告丁田は、平成一〇年四月九日、被告正子方において、原告と顔を合わせた際、「被告正子のおかげで被告丁田の二人の子供が素直に育った」旨を話した。(原告と被告丁田との間では争いがない。被告丁田)
10 原告は、被告正子に対し、平成一〇年四月二八日、現金三八〇〇万円(金員<5>)を預けた。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲七三)
11 原告は、被告正子に対し、平成一〇九月一八日、八三万円(金員<6>)を支払った。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲七三)
12 原告は、被告正子に対し、平成一〇年一〇月二八日付け通知書により、金員<1>ないし<6>の合計額である一億二四八九万円の返還を求めた。
これに対し、被告正子は、原告に対し、平成一〇年一一月五日付け文書において、金員<1>ないし<6>のうち、金員<3>の受領を否定し、金員<4>及び<6>については、金員受領の趣旨から返還しない旨を述べ、その余の一億二〇五〇万円については、金員を預かっている旨認めた上で、これを同年一一月二九日に直接原告に返還する旨を述べた。さらに、被告正子は、平成一〇年一一月二一日付け文書においても、重ねて、右一億二〇五〇万円を、同月二九日午前一一時に日野法律事務所において原告に返還する旨を通知した。
ところが、被告正子は、原告代理人山口広に対し、一一月二八日午後、電報を送付して、「一一月二九日の受け渡しは、事情が変わったため、とり止めさせていただきます」旨の通告をし、右金員を返還しなかった。(原告と被告正子及び被告太郎間では争いがない。甲四六、四七、五〇、五一)
三 争点
1(一) 被告正子が、原告から金員<1>、<2>、<4>ないし<6>の交付を受けたことは、不法行為に当たるか。
(二) 被告正子は、原告から金員<3>の交付を受けたか。金員<3>の交付を受けたとすると、それは不法行為に当たるか。
2 被告太郎に共同不法行為に基づく責任があるか。
3 被告丁田に共同不法行為に基づく責任があるか。
4 損害額
四 争点1(一)及び(二)についての当事者の主張
1 原告の主張
(一) 被告正子は、次のとおり、詐欺的又は脅迫的な手段で、高額の現金を念金名目で預かるということを専ら行っており、二穣会の会員から民事訴訟を提起され、刑事告訴もされていた。
(1) E(以下「E」という。)の貸金
E及びその親族は被告正子と昭和五七年一〇月ころから交際していたところ、被告正子は、Eから、昭和六三年八月三一日、Aとの離婚裁判のために必要であるとして、三五〇〇万円を、平成元年七月一九日、能登の椎茸栽培の件で必要であるとして八〇〇万円を借り受けたが、八〇〇万円しか返還しなかったため、Eは被告正子を被告として提訴した(以下「E訴訟」という。)。
被告正子は、E訴訟において、金員の借受けの事実を認めた上で、「時価三〇〇〇万円の指輪をEに担保として預け入れたがその返還を受けていない。護念祈祷などの報酬請求権一六二〇万円があるので相殺する。」などとして、三五〇〇万円の支払義務を争った。
E訴訟は、平成六年三月二四日、「正子が四〇〇〇万円の支払義務のあることを認め、同年三月二四日に三〇〇万円、同年九月と翌七年三月と九月に各六〇〇万円の計二一〇〇万円を正子が支払った場合、Eはその余の支払を免除する」旨の和解が成立し、終了している。
(2) F、G及びHの念金及び預け金
Fは、被告正子による念金の勧めに従い、同被告に対し、平成三年一〇月五日、現金一億円を預けた。Fの兄Gは、被告正子に対し、平成四年四月二三日、現金四九〇万円を預け、F及びGの知人Hは、被告正子に対し、右同日、現金一五〇万円を預けた。
Fは、被告正子に対し、平成四年五月五日、右一億円の返還を求めたが、被告正子は、中国の本山で念入中だとか、返還すると命を脅かすなどと言って、その返還を拒み、その代りに、Fに対し、貸金として、平成四年五月九日に四〇〇万円、同年五月二〇日に三六〇〇万円、同年八月二日に五〇〇万円、合計四五〇〇万円を貸し付けた。
F、G及びHは、被告正子に対し、平成四年一〇月九日付内容証明郵便で、右預け金の返還を請求した上、被告正子を被告として、同年一〇月一九日、東京地方裁判所に提訴するとともに(以下「F訴訟」という。)、同月二八日、被告正子を横領罪で東京地方検察庁に刑事告訴した(以下「F告訴事件」という。)。
F訴訟においては、同年一二月二八日、「預け金と貸金を相殺した上で、被告正子が合計六〇〇〇万円(Fに五三七四万五九二八円、Gに四七八万八二七四円、Hに一四六万五七九八円)を支払う」旨の和解が成立し、同月三〇日にその全額がようやく支払われ、平成五年一月八日、右三名はF告訴事件の刑事告訴を取り下げた。
(3) C(以下「C」という。)の念金
Cは、被告正子による念金の勧めに従い、同被告に対し、平成三年四月六日に一〇〇〇万円、平成四年一月二九日に一〇〇〇万円、同年五月九日と二〇日の二回で計四〇〇〇万円、同年六月上旬と一九日の二回で計一四〇〇万円、同年一〇月六日に八〇〇万円、同年一一月一四日に八〇〇万円、同月一七日に一億円、同月二八日に一〇〇〇万円、合計二億円の金員を交付した。被告正子は、Cに対し、右二億円のうち、平成四年六月一日に一〇〇〇万円、同五年二月六日に四五〇〇万円、同年三月三一日に一〇〇〇万円、合計六五〇〇万円を返還するにとどまったため、Cは、被告正子に対し、平成五年六月二一日、内容証明郵便で一億三五〇〇万円の返還を請求した。これに対し、被告正子は、Cに対し、同年七月七日付回答書で、祈祷料や念導料、報謝料の各種名目で、合計三〇五六万円を請求した。
Cは、同年七月六日、被告正子を被告として、東京地方裁判所に一億三五〇〇万円の寄託金返還請求訴訟を提起し(C訴訟)、同月九日、東京地方検察庁に被告正子を横領罪で刑事告訴した(以下「C告訴事件」という。)。被告正子は、C訴訟において、Cに対する祈祷料等の請求根拠について多項目にわたる主張をし、さらに平成六年七月七日付準備書面(四)で報酬請求権金八九一六万円の存在を主張して一億三五〇〇万円との相殺を主張して争った。
C訴訟は、C本人尋問(平成七年六月一四日)や丁田信子証人尋問(同年四月一二日)などの証拠調べを経た後、被告正子が、平成九年三月二六日の口頭弁論期日の当日において、一億一七〇〇万円をCに支払って、裁判上の和解が成立し、Cは、右同日、C告訴事件について告訴を取り下げた。
(二) 原告が被告正子に対し金員<1>ないし<6>を交付した経緯は次のとおりである。
(1) 原告は、平成八年一月に夫である一郎が死亡した後、その精神的ショックや同居する姑に対する気苦労などのためか、その後、健康もすぐれず、失意の日々をすごしていた。
(2) 原告は、平成八年秋ころ、Dの紹介により、D方で、初めて被告正子と会った。その際、Dは、原告に対し、「被告正子のおかげでがんが治った」と話した。被告正子も、原告に対し、「ご主人が亡くなる前に知り合っていれば、ご主人のがんも救ってあげられたかもしれませんね」と話した。
(3) 被告正子は、原告に対し、平成九年六月一六日、D方で、二穣会への入会申込書を示し、「入会させてあげる」と話した。その際、被告正子及びDは、「お採水」(被告正子が指示する日時に、指示する方位から水を取って飲むことをいう。)をすると、健康にも良く、運勢も良くなると話した。原告は、夫を失った精神的ショックから立ち直れず、体調も悪く健康に自信をなくしていたので、わらにもすがる気持で二穣会に入会することにした。
(4) 被告正子は、原告に対し、平成九年六月末日ころ、D方において、同被告自らが書いた「鑑定証」及び中国の西安にいるご高祖師(ご高僧師ともいう。以下単に「高祖師」という。)なる一二〇歳の中国人高僧が被告正子宛に書いたと称する書面を原告に交付して示した上、真実は、高祖師なる高僧が原告のために念金をする事実はなく、被告正子が西安に金員を運ぶ意思もなかったにもかかわらず、「あなたは尅気(こっき。悪い気のことを意味する。)が強すぎて生きているのが不思議なほどで、このままでは、気学において三碧にあたる原告は、平成一四年に死ぬ運命にある」、「死なないためには、念金をして運気を伸ばさないといけない」、「中国の西安にいる一二〇歳になるご高祖師様が九年に一度しかない念金を特別にあなたのためにして下さるという文書をいただいた」、「三八〇〇万円があなたにとって必要な念金です」、「私が八月三日午後三時に成田をたって西安のご高祖師様のもとに運ぶので、それまでに用意しなさい」などと話した。
そのため、原告は、三八〇〇万円を念金しなければ原告は平成一四年に死ぬと誤信するとともに畏怖し、被告正子の言うとおり右金員を交付することにした。そこで、原告は、被告正子及びDとともに、同年七月二四日、山梨中央銀行武田通支店に赴き、同行の原告名義の預金口座から三八〇〇万円を払い戻し、D方において、被告正子に対し、念金名下に右金員(金員<1>)を交付した。
(5) 被告正子は、原告に対し、平成九年七月二四日ころ、D方において、高祖師が被告正子宛てに書いたと称する書面を原告に交付して示しつつ、「お宅は地相、家相が最悪で男が長生きできない家系なので、このままだと長男二郎君もその祖父や父と同じように早死する」、「長女丙子ちゃんも、二女戊子ちゃんも受験や病気に悩むことになる」、「ご高祖師様が三人の子たちのためにも特別に念金してくださることになった」、「丙子ちゃんのため一五〇〇万円、戊子ちゃんのために一四〇〇万円、二郎君のために一五五〇万円を用意しなさい」、「八月二八日午後三時に成田空港に私が持っていって、ご高祖師の使者の方に渡して西安に空輸して届けてもらいます」などと話した。そのため、原告は、合計四四五〇万円を三人の子供達のために念金しないと、長男二郎が早死し、長女と二女は受験や病気に悩むことになると誤信するとともに畏怖し、被告正子の言うとおり金員を交付することにした。原告は、被告正子の指示に従い、富士銀行甲府支店に原告名義で口座を開設した上、同年八月二五日、山梨中央銀行武田通支店に赴き、五四四一万〇五二八円を、富士銀行甲府支店の右口座に送金し、同月二七日、富士銀行甲府支店の右原告口座から金員を払い戻して、同日、被告正子に対し、四四五〇万円(金員<2>)を交付した。
(6) その後、被告正子は、原告と面談あるいは電話による対話を繰り返し、これによって、原告が精神的に被告正子を頼り切り、その悩み事について大小を問わず被告正子の指示を仰ぐようにしむけていった。被告正子は、原告に対し、気学、方位学に基づくものとして、大学受験をする原告の長女の住居を平成九年一一月から東京に決めておいた方がよいと述べた。そこで、原告は、長女のために、二穣会の会員であるJが所有し居住するアパートの近くにマンションを賃借し、平成一〇年二月ころから長女を住まわせた。
(7) 被告正子は、原告に対し、「原告の実母癸子(以下「癸子」という。)が、本来は平成九年一〇月に死ぬ運勢だったが被告正子が救ってあげてきた」、「癸子のためにお採水をしないといけない」と話した。そこで、原告は、同年九月中旬、癸子のため、原告、D及び癸子の三名でお採水をした。
(8) 被告正子は、平成九年一二月七日、原告及びDとともに、山梨県月根町の原告の実父母方を訪問し、懇談した。その際、被告正子は、長野の方にある被告正子が所有する老人ホーム「平和の園」の開設二〇周年記念の式典の帰りに寄った旨の虚偽の事実を述べつつ、「平和の園開設二〇周年記念」と書かれたテレホンカードを原告の実父母に交付し、原告の実父母に自分の経歴や実績について虚偽の自慢話をして帰った。
(9) 被告正子は、原告に対し、平成九年一二月ころ、D方での原告との面談や連日の原告との電話での会話の際、「私の霊示(被告正子は、精神統一をすることによって、いる場所以外の物が見えたり、他人の心の動きが見えるとし、そのことを「霊示」と称していた。)では山梨中央銀行は近くつぶれるのでそこに預けていると危ない。私のおじは八十二銀行の頭取をしているくらいだから私はお金に困っていない。そんな私が代わりに預かってご高祖師に念を入れてもらってあげる。」などと、虚構の事実を話したほか、いずれは、高祖師に預けて念金してもらう旨の話もした。そのため、原告は、被告正子が言うとおり、原告が右銀行から預金の払い戻しを受けないと右銀行がつぶれて預金がなくなるが、被告正子に預けると安心であり、いずれは高祖師に預けて念金してもらえるものと誤信した。
(10) 被告正子は、平成九年一二月二六日、原告とともに山梨中央銀行武田通支店に赴き、原告及び三人の子供の名義の定期預金をすべて解約しようとしたが、同銀行は一度に高額の現金を払い戻すことに応じなかった。そこで、被告正子は、原告に対し、原告名義の三〇〇万円余の定期預金についてのみ払戻しをするよう指示し、原告はそのとおりにした。そして、原告は、被告正子に対し、同日、D方において、右三〇〇万円余のうち三〇〇万円(金員<3>)を、預け金として交付した。
(11) 被告正子は、原告に対し、平成一〇年二月、「特別浄化御念祈祷報謝浄金代」との名目で、五六万円を支払うよう要求した。原告は、これは念金を西安に運ぶための費用を含むものであって、そのほとんどが高祖師にわたされるものであると誤信していたため、同年四月二日、五六万円(金員<4>)を支払った。
(12) さらに、被告正子は、原告が同被告を全面的に信用して、すべてについて同被告の指示を仰いでいたことを奇貨として、原告が原告又は原告の子の名義で山梨中央銀行武田通支店に預けている合計一億三〇〇〇万円余の預金を、預け金名下に不正に領得しようと企て、様々な機会に、原告に対し、次のアないしスのとおり、虚偽の事実を申し向けて原告を錯誤に陥らせ、あるいは畏怖させた。
ア 被告正子は、松本城主の子孫である。
イ 被告正子の父も兄弟も全員医師で、父は大野伴睦の主治医だった。
ウ 被告正子は、小さい時、父の患者に「この子死んでしまう」と言うとそのとおりになり、父が「変な子だ」と言っていた。
エ 八十二銀行の頭取は被告正子の伯父である。
オ 中曽根元首相や盛田ソニー元会長をはじめ多くの財界人が二穣会の会員である。後藤田さんは被告正子のボスである。被告正子は田中角栄からも相談を受けた。田中角栄が藤田こととめを頼ったのであんな病気になった。中尾議員も会員になりたがっている。天野山梨県知事の親族も会員である。
カ 被告正子はいつもグリーン車に乗っていて、JRの切符は橋本龍太郎首相の伝手ですぐ取れる。
キ 被告正子は、宮内庁や議員会館にもフリーパスで入れる。
ク 被告正子は、長野県に、「平和の園」という老人ホームを所有しており、医者である被告正子の伯母に運営してもらっている。
ケ ある弁護士が念金をしたため、がんが治って、仕事も連戦連勝したということがある。
コ 株式会社フジタや山梨中央銀行は近く倒産するので、山梨中央銀行の預金は早く下ろさないと大変である。
サ 被告丁田は、二穣会の古くからの会員であり、被告正子を信頼している。被告丁田は女優で金遣いが荒いので、ご高祖師が金員を預かって、念を入れてあげている。原告も未亡人であるから、無駄遣いしないように、被告丁田のようにご高祖師にお金を預かってもらうとよい。そうしたら、被告正子が原告のため、いつでも浄化したお金を返してあげる。
シ 原告の父や兄が、原告を精神病院に入れて、一郎の相続財産を自由にしようとしている。
ス 原告の父や兄が、自ら、あるいは人を使って、被告正子を尾行させ、嫌がらせ電話をし、被告正子を再三困らせている。
(13) 被告正子は、平成一〇年一月二五日、原告及びDを伴って、被告丁田が出演する公演を観るために帝国劇場に出かけた。被告正子は、その際、同劇場内の楽屋において、原告を初めて被告丁田に引き合わせた。被告丁田は、原告について予め被告正子から聞いており、原告に対し「ご主人を亡くして未亡人なんですってね。私は離婚だけど一人で子供を育てていく同じ立場ですね。私も二穣先生に大変お世話になってきたんですよ。念金、あっ、この念金ということは言っちゃいけなかったのね。ごめんなさいね。」などと話した。
原告は、被告丁田が右のとおり念金に触れた際、原告も被告正子から常々念金については会員間でも他言しないように言われていたため、被告丁田も「念金も頑張りなさいよ」と言おうとしたが念金について他言してはいけないことに気づいて言い淀んだのだと思い込んだ。そして、原告は、被告正子について、有名女優である被告丁田が長年信頼してきた人物であり、被告丁田も念金をしていると確信し、より一層被告正子への帰依心が強められ、また、被告正子に金銭を預けても大丈夫だと思った。
(14) 被告正子と同太郎は、平成一〇年一月二六日、原告に指示して、原告、被告正子及び被告太郎の三名で山梨中央銀行武田通支店に赴き、一億三〇〇〇万円余を引き下ろさせてこれを被告正子が預かろうとした。しかし、原告の実父や実兄夫妻らが、右支店に駆けつけ、原告を説得したため、これを果たせなかった。そこで、被告正子は、原告に対し、右金員を山梨中央銀行湯村支店の原告名義の口座に送金するよう指示し、原告はそのとおりにした。
(15) その後、被告正子と被告太郎は、原告の財産をすべて領得することを企図し、原告に対し、ことある度に、原告の父や兄のため迷惑を被っている旨を話し、平成一〇年二月二七日には、被告正子は原告に指示して、「今後、父や兄との交際を断絶して、二穣先生のご指導に従いすべてを二穣先生に委任していきます」旨の念書を書かせてその旨誓約させた。原告も、このころから、原告の父や兄が財産をねらっていると誤信するようになり、父や兄らとの会話を一切拒否するようになった。
(16) 被告正子及び同太郎は、原告に五十嵐利之久弁護士(以下「五十嵐弁護士」という。)を紹介した上、被告正子は、原告に指示して、平成一〇年三月二三日、さくら銀行渋谷支店に原告名義で新しい口座を開設させた後、同月二七日、五十嵐弁護士とともに山梨中央銀行湯村支店に赴かせ、合計一億三三〇四万四七九一円を引き下ろさせ、さくら銀行渋谷支店の原告名義口座に送金させた。
(17) 原告は、Dとともに、平成一〇年四月九日、被告正子方を訪問したが、その折に、被告丁田も来訪した。原告は、前回被告正子方を訪問したときにも被告丁田が来ていたことを思い出し、被告正子と被告丁田の関係が非常に緊密なものであると考えた。
被告丁田は、四月九日の懇談の際、原告に対し、「私は二穣先生のおかげで息子や娘も素直に育って本当に良かったと思っているのよ。あなたも先生にお任せすれば大丈夫よ。」などと述べた。そのため、原告の被告正子への帰依心はより一層強まった。
(18) 右のとおり、被告正子は、二度にわたる原告と被告丁田の面会を利用するなどして、原告の被告正子への帰依心を強めさせたうえ、同年四月二〇日ころ、原告に対し、「あなたは未亡人で無駄づかいするでしょう。丁田さんも女優で金づかいが荒いし相続財産も入ったので一億数千万円をご高祖師が預かって念を入れてあげているのよ。あなたの相続財産も私がご高祖師にお願いして預かってもらって念を入れたほうがよい。四月二八日は日がいいので、この日にとりあえず三八〇〇万円預かりましょう。必要な時はいつでもお返しします。ご高祖師もあなたの尅気が強いからもっと念金した方がよいと書かれていたでしょう。」などと話し、原告をして右被告に預ければ、金員を失うこともなく、運勢も良くなると誤信させた。
(19) 原告は、四月二八日、被告正子の指示で、さくら銀行渋谷支店に赴き、三八〇〇万円を払い戻し、被告に対し、預け金名下に、現金三八〇〇万円(金員<5>)を交付した。
(20) 被告正子は、原告に対し、同年九月、「特別浄化御念祈祷報謝浄金代」との名目で八三万円を支払うよう要求した。原告は、被告正子によって、右八三万円について、念金を西安に運ぶための費用を含むもので、ほとんど高祖師に渡すものであると誤信させられていたので、被告正子に対し、同年九月一八日、八三万円(金員<6>)を支払った。
(三)(1) 被告正子は、原告に対し、右(二)のとおり、このままでは平成一四年に原告が死亡すると不安を煽って畏怖させ、西安にいる高祖師の特別の霊力で大金を念じて浄化すれば運勢が良くなる旨の虚偽の事実を信じ込ませ、高祖師に託すると偽って原告に金員<1>を交付させ、その後、このままでは長男が早死にし、長女及び二女も進学や健康に恵まれないと不安を煽って畏怖させ、右と同様、高祖師に託すると偽って原告に金員<2>を交付させているが、右の被告正子の行為は、いずれも、原告の不安につけ込み脅迫的言辞を用いて原告を畏怖させた上、欺罔して不当に高額の金員を交付させるものであって、違法性を有し、不法行為に当たる。
(2) 被告正子が原告に金員<3>ないし<6>を交付させたことも、原告が右(1) のとおり畏怖、誤信状態にあって、原告が被告正子を全面的に信用して被告正子の指示に従うことを利用し、山梨中央銀行の倒産を予言して不安を煽る等して、高祖師に託して念じてもらう等と虚偽の事実を信じ込ませて、金員<3>及び<5>を交付させ、あるいは、高祖師のところへ金員を運ぶ費用又は高祖師に支払う金員として金員<4>及び<6>を交付させたものであって、違法性を有し、不法行為に当たる。
(3) なお、原告は、金員<1>、<2>、<3>及び<5>を、被告正子が原告に後日返還することを前提として被告正子に預けたのであるが、本件における原告の主張は、被告正子が原告を畏怖させ、欺罔して金員の交付を受けること自体が不法行為であるというものであって、金員<1>、<2>、<3>及び<5>を交付する際に、被告正子が原告に対し金員を返還する旨の説明をしたかどうか、原告と被告正子との間で後日金員を返還することを内容とする合意が成立したかどうかは、原告主張の不法行為の成否とは関係ない。
2 被告乙川正子の主張
(一) 被告正子が詐欺的又は脅迫的な手段で高額の現金を念金名目で預かることを専ら行い、過去に二穣会会員との間で紛争を生じてきたとの原告の主張は、被告正子に関する過去の民事紛争が次のとおりのものであることからすると、こじつけに過ぎない。また、刑事告訴については、被告正子は東京地方検察庁で一度事情を聞かれたことがあるものの、民事上の問題とされ、その後取調べを受けることはなかった。
(1) E訴訟は、Eが被告正子に対し、貸金の返還を求めた訴訟に過ぎず、そもそも念金に関する紛争ではない。
(2) F訴訟は、Fらが念金が終了する前に念金の返還を求めたことから紛争が生じたものである。被告正子はFらから金員の交付を受ける際に詐欺的又は脅迫的な手段を用いたことはなく、F訴訟におけるFらの請求も、単純な預託金の返還を求めるものに過ぎず、念金を不法行為であると構成するものではない。
(3) C訴訟も、Cが被告正子に対し、寄託金の返還を求めたものに過ぎず、念金を不法行為であると構成するものではない。
(二) 原告が被告正子に金員<1>、<2>、<4>ないし<6>を交付する経緯についての原告の主張は、次のとおり事実と異なる。また、原告が被告正子に対し金員<3>を交付したことはない。(なお、後記(1) ないし(20)は、それぞれ原告の主張にかかる右1(二)(1) ないし(20)に対応するものであり、後記五ないし七においても、同様に、原告の主張と対比しながら列記することとする。)
(1) 原告が一郎の死亡後健康を害したのは、原告の実父と実兄が、一郎から相続した財産をねらって原告に不当な干渉をしてきたからである。
(2) 被告正子は、平成八年九月二四日、Dの紹介により、D方で、初めて原告と会ったが、原告から、三時間にわたり、原告の実兄に財産をねらわれている等と熱心に話し、親族に対する不信を示したのに対し、被告正子はただ原告の話を聞くだけであった。被告正子が、原告に対し、「ご主人が亡くなる前に知り合っていれば、ご主人のがんも救ってあげられたかもしれませんね」などと話したことはない。
(3) 被告正子は、原告に対し、二穣会に入会するよう勧誘したことはない。
(4) 被告正子は、原告から金員<1>の交付を受ける際、「中国の西安に高僧がいる」、「被告正子が高僧のところへ金員を運ぶ」、「原告が平成一四年に死ぬ運命にある」などと言ったことはなく、原告に念金をするよう勧誘したこともない。金員<1>は、返還時期を平成一三年七月二四日として、念金として預かったものである。なお、高祖師とは念金をする際の被告正子の名称である。
(5) 被告正子は、原告から金員<2>の交付を受ける際、「中国の西安に高僧がいる」、「高僧のところへ金員を運ぶため被告正子が成田空港で高僧の使者に金員を渡す」、「原告の長男が早死にする」などと言ったことはなく、原告に念金を勧誘したこともない。金員<2>は、返還時期を平成一三年八月二七日として、念金として預かったものである。
(6) 原告は、被告正子に対し、原告の実兄らから財産を守りたいとして、何度も電話をかけたりファックスを送ってきたことはある。被告正子が原告に対し、原告の長女の転居を指示したことはない。
(7) 被告正子は、原告が希望したため、癸子のため、お採水をしたことはあるが、癸子が本来平成九年一〇月に死ぬ運勢だったなどと話したことはない。
(8) 被告正子は、原告の実父母に対し、「平和の園開設二〇周年記念」と書かれたテレホンカードを交付したことはある。
(9) 原告が右1(二)(9) で主張する事実はない。
(10) 原告が右1(二)(10)で主張する事実はない。
(11) 金員<4>は、鑑定等の報酬として、原告から被告正子に対し支払われたものである。
(12) 原告が右1(二)(12)で主張する事実はない。
(13) 被告正子が原告、Dとともに被告丁田の楽屋に行ったことはある。
(14) 被告正子と同太郎は、同月二六日、原告に頼まれて山梨中央銀行武田通支店に赴いたことはある。
(15) 原告が被告正子宛てに念書を書いたことはある。
(16) 被告正子が原告にさくら銀行渋谷支店に新しい口座を作るよう指示したことはない。被告太郎は、原告の依頼で、原告と五十嵐弁護士を山梨中央銀行湯村支店に車で送ったことはある。
(17) 原告と被告丁田は、原告が右1(二)(17)で主張するような会話はしていない。
(18) 原告が右1(二)(18)で主張する事実はない。
(19) 金員<5>は、原告が被告正子に相談に乗ってもらい助けてもらってきたお礼及び原告の実父と実兄が被告正子に対して執拗な嫌がらせをしてきたお詫びとして受け取ってほしいとして、被告正子に渡したものであり、被告正子としては、直ちに金員<5>を受け取ることは適当ではないと考え、原告にその旨を話したが、原告の意思が固く、どうしても受け取ってほしいと言うため、とりあえず、被告正子が預かったものである。
(20) 金員<6>は、鑑定等の報酬として、原告から被告正子に対し支払われたものである。
(三) 右(二)のとおり、被告正子が原告から金員<1>、<2>、<4>ないし<6>の交付を受ける際、被告正子が原告を欺罔したり、脅迫的言辞を用いたことはなく、金員<1>及び<2>の交付は、念金のための民事上正当な預り金契約に基づくものであり、金員<4>及び<6>の交付は、鑑定等の報酬として支払われた正当なものであり、金員<5>の交付も原告の要望により預かったものであって、いずれも不法行為に当たらない。
五 争点2についての当事者の主張
1 原告の主張
(一) 被告太郎は、平成一〇年一月から四月にかけて、被告正子が原告に対し、前記四1(二)(12)のアないしスのとおり、虚偽の事実を話し、原告を畏怖、誤信させて金員<5>を交付させようとする際、被告正子と同席し、同旨の説明を繰り返し、被告正子の原告に対する説得行為を補助した。
(二) なお、被告太郎は、原告に対し、前記四1(二)(12)のケの際、三億円ある念金の前に弁護士バッジをした男性が座っているという写真を見せて、「弁護士が念金をしたためがんが治り、仕事も連戦連勝した」との説明をした。
(三) 被告太郎は、被告正子と同席する際、二穣会の後継者であると称し、自らを二穣正道と名乗っていた。
(四) 被告太郎は、司法書士の資格を有していないにもかかわらず、司法書士の資格を有すると称して、原告の被告正子への帰依心を高めさせた。
(五) 被告太郎は、原告が銀行から金員を払い戻す際に同行するなどした。
(六) 被告太郎は、右(一)ないし(五)のとおり、被告正子の原告に対する違法な説得行為に加担するなどして被告正子の不法行為を容易にしており、被告正子が原告から金員<5>の交付を受けることを幇助したものであり、共同不法行為に基づく責任を負う。
2 被告太郎の主張
(一) 被告太郎が、被告正子による原告に対する説得行為に加わったことはない。
(二) 被告太郎が原告に対し、「弁護士が念金をしたためがんが治り、仕事も連戦連勝した」などと説明したことはない。
(三) 被告太郎が二穣会の後継者と称したことはない。「二穣正道」と称したこともない。「正道」とは、被告太郎が曹洞宗総本山総持寺において得度したときに拝命した名であり、二穣会とは関係ない。
(四) 被告太郎が司法書士の資格を有すると称したことはない。
(五) 原告が銀行へ行く際に、被告太郎が同行したことはある。
(六) 被告太郎には共同不法行為に基づく責任はない。
六 争点3についての当事者の主張
1 原告の主張
(一) 前記四1(一)のとおり。
(二) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、次のとおり、被告正子が、右(一)のとおり、詐欺的又は脅迫的な手段で、高額の現金を念金の名目で預かることを専ら行い、二穣会の会員から民事訴訟を提起されたり、刑事告訴をされたりしたことを知り、又は容易に知り得たものである。
(1) 被告丁田は、昭和五二年九月ころ初めて被告正子と会い、それ以来同被告と交際し、特に被告丁田が離婚するころから、子供、仕事、健康、家のことなどについて、被告正子に相談したり、鑑定を依頼するなど、家族ぐるみで二〇年以上も同人と親しく交際してきた。
(2) 被告丁田は、二穣会を被告正子と一緒に運営していたAに四〇〇〇万円を持ち逃げされるというトラブルに巻き込まれ、その際、右金員を取り戻そうとして塩津努弁護士に依頼したがこれを果たせなかったこと等から、被告正子が資金的に窮していることを知っていた。
(3) 被告丁田は、被告正子に対して、合計四九〇〇万円を念金として預けたことがある。
(4) 被告丁田は、C訴訟において、<1>被告正子の訴訟代理人であった滝口弁護士に対し、「被告丁田はC夫妻によって大変迷惑を被った。被告丁田は被告正子を信頼している。」などと記載した自筆の手紙を手交した(乙号証として提出されている。)ほか、<2>証人として出廷し、「被告丁田が四九〇〇万円を念金として被告正子に預け、その全額を報酬として差し上げた」旨の証言をして、C訴訟に被告正子の意に沿う形で関わった。
(5) さらに、被告丁田は、C訴訟の証人尋問中に、F告訴事件についても尋問されたから、少くともそのころ、Fらの被害についても知り得た。
(6) 被告正子は、かねてから、二穣会の会員に対し、被告正子は被告丁田から深く信頼されていることを告げて、会員が被告正子を信用するようにしむける有力な材料にしており、被告丁田はこれも知っていた。
(三) 右(二)(1) ないし(6) の事情からすると、平成一〇年一月二五日ころには、被告丁田は、自分が二穣会の会員と会って被告正子を推奨する発言をすると、その会員が被告正子をより深く信頼し、ひいては、被告正子の詐欺的又は脅迫的な手段によって、念金の名目で高額の預り金を交付させられる事態になることが予見できたから、被告丁田は、被告正子によって二穣会の会員と面談する機会を設定された場合には、他の会員が高額の資金を被告正子に交付することを促すようなことのないように注意して発言する義務を有していた。
(四) しかるに、被告丁田は、(1) 平成一〇年一月二五日、被告正子が原告及びDをともなって帝国劇場内の楽屋を訪れ、被告丁田に原告を引き合わせた際、原告に対し、「ご主人を亡くして未亡人なんですってね。私は離婚だけど一人で子供を育てていく同じ立場ですね。私も二穣先生に大変お世話になってきたんですよ。念金、あっ、この念金ということは言っちゃいけなかったのね。ごめんなさいね。」などと話し、被告正子を推奨するとともに、暗に念金をするように勧める発言をし、(2) 同年四月九日、被告正子方において、被告正子、原告及びDと懇談した際、原告に対し、「私は二穣先生のおかげで息子や娘も素直に育って本当に良かったと思っているのよ。あなたも先生にお任せすれば大丈夫よ。」などと被告正子を推奨する発言をした。
被告丁田の右(1) 及び(2) の発言は、原告が子供を抱えた未亡人であり、一人で子供を育てていくという点で同じ立場にあり、同被告の発言の影響を強く受けることを認識した上での発言であって、これにより、原告の被告正子に対する念金の名目での金員交付が促されることを十分に予見することができたから、右(三)の注意義務に違反するものである。
(五) 原告は、被告丁田の右(1) 及び(2) の発言によって被告正子をより深く信頼し、金員を預けても大丈夫であると判断して、金員<5>を交付したのであり、被告丁田は、被告正子の前記不法行為を容易にしたのであるから、原告に対し、被告正子の不法行為のうち、金員<5>の交付について、共同不法行為に基づく責任を負う。
2 被告丁田の主張
(一)(1) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、Eと被告正子との間の金銭貸借については、知らなかった。
(2) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、F、G及びHの念金及び預け金については、知らなかった。
(3) 被告丁田は、C事件で証言はしたが、C訴訟の内容までは知らず、被告正子が、Cに対し、詐欺的又は脅迫的手段を用いたかどうかも知らなかった。
(二) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、被告正子が、詐欺的又は脅迫的な手段で、高額の現金を念金の名目で預かることを専ら行っていたことを知らなかった。
(1) 被告丁田が被告正子と親しく交際してきたことは争わない。
(2) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、被告正子が資金的に窮しているとは知らなかった。
(3) 被告丁田が被告正子に念金を依頼したことがあることは争わない。
(4) C訴訟は、Cが被告正子に対して、寄託金の返還を求めた訴訟であり、被告正子がCから金員の交付を受ける際に、詐欺的及び脅迫的手段を用いたかどうかは争点とはなっていない。すなわち、被告丁田の証人尋問の内容は、ほとんど、被告丁田が念金したときの報酬に関するものであって、Cと被告正子との間の紛争の内容を聞かれているわけではなく、証人尋問においても、被告正子がどのような経緯でどれだけの金員をCから預かったものであるかは全く問題とされていない。
(5) 被告丁田は、C訴訟における証人尋問において、F訴訟事件及びF告訴事件について、被告丁田が知っているかどうか尋問されたことはあるが、その尋問がされたからといって、平成一〇年一月ないし四月当時に、被告丁田がF訴訟事件及びF告訴事件について知っていたといえない。
(6) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、被告正子が二穣会の会員に対し、被告丁田から深く信頼されていることを告げて、会員が被告正子を信用するようにしむける有力な材料にしているとは、知らなかった。
(三) 被告丁田は、平成一〇年一月ないし四月当時、被告丁田が二穣会の会員と会って被告正子を推奨する発言をするとその会員が被告正子の詐欺的又は脅迫的な手段によって念金の名目で高額の預り金を交付させられるという事態に至ることは、予見できなかったから、被告丁田に、平成一〇年一月ないし四月当時、被告正子によって二穣会の会員と面談する機会を設定された場合に、他の会員が高額の資金を被告正子に交付することを被告丁田が促すことのないように注意して発言する義務があったとはいえない。
(四)(1) 被告丁田が、平成一〇年一月二五日、原告に対し、「ご主人を亡くして未亡人なんですってね。私は離婚だけど一人で子供を育てていく同じ立場ですね。私も二穣先生に大変お世話になってきたんですよ。念金、あっ、この念金ということは言っちゃいけなかったのね。ごめんなさいね。」と話したことはない。
(2) 被告丁田が、同年四月九日、被告正子方において、原告に対して話したことは、原告が高額の念金をするよう働きかけるものではない。また、金員<5>の交付は、被告丁田が原告と会った四月九日から約一〇日後に、被告正子が原告に勧めたものであって、被告丁田が原告と会った時点では、予見することはできない。
(五) したがって、被告丁田には、共同不法行為に基づく責任はない。
七 争点4についての当事者の主張
1 原告の主張
(一) 原告は、被告正子の不法行為によって、金員<1>ないし<6>を被告正子に交付したものであり右各金員を交付したこと自体が損害であるというべきであるから、右金員<1>ないし<6>の合計金額である一億二四八九万円が損害額である。
また、被告正子の原告に対する不法行為は、原告の不安や家族の不幸等を利用して原告を精神的に追いつめ、畏怖、誤信させ、正常な判断力を減退させ、ひいては原告の全財産を奪い去ろうとしたものであり、原告は著しい不安と精神的苦痛を強いられたものであって、これによって被った原告の精神的苦痛を金銭に評価すると、少なくとも金一〇〇〇万円を下らない。
また、原告は、右損害を回復するために原告訴訟代理人弁護士に委任して本訴を提起することを余儀なくされ、着手金等の支払を約した。このうち、被告正子に負担させるべき弁護士費用は、財産上の損害の約一割弱に相当する金一〇〇〇万円を下らない。
(二) 被告太郎及び被告丁田は、金員<5>を交付させた被告正子の不法行為に加担したから、(一)と同様に、原告に対し、原告が交付させられた金員三八〇〇万円の損害を発生させるとともに、原告に生じた精神的苦痛のうち金銭的には三〇〇万円と評価される部分及び弁護士費用のうち三〇〇万円の損害を発生させた。
2 被告らの主張
(一) 被告正子の主張
被告正子は不法行為をしておらず、原告に損害はない。
(二) 被告太郎の主張
被告太郎は、被告正子の不法行為に加担しておらず、被告太郎との関係で原告が損害を被ったことはない。
(三) 被告丁田の主張
被告丁田は、被告正子の不法行為に加担しておらず、被告丁田との関係で原告が損害を被ったことはない。
第三争点に対する判断
一 被告正子の責任(争点1)について
1 前示第二の二の事実に加えて、証拠(甲一、二、三(甲三は、原告本人尋問の結果により、真正に成立したものと認められる。)、四ないし一〇、一二ないし一六、一七の一及び二、二二の一、二三ないし二六、二七の一、二、二八の一、二、二九ないし三一、三二の一及び二、三七、四六ないし五二、六三の一、六四の一ないし三、六五の一、二、六、六七の二、六八の一ないし三、七〇の二及び三、七一の一及び二、七二の一ないし三、七三ないし七七、七八の一及び二、八二、八三の一及び二、八四の一ないし三、八五、乙イ四、五、七、八、証人D、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告正子は、次のとおり、二穣会の会員との間で、念金等金銭に関して争いを起こし、同人を被告とする民事訴訟を提起されたほか、刑事告訴もされた。
(1) Eは、被告正子に対し、昭和六三年八月三一日、三五〇〇万円を、平成元年七月一九日、八〇〇万円を貸し付けたが、被告正子は八〇〇万円しか返さなかった。そこで、Eは、被告正子を被告として、平成四年九月一八日、貸金の返還等を求めて、東京地方裁判所に提訴した(E訴訟)。E訴訟は、平成六年三月二四日、「被告正子がEに対し四〇〇〇万円の支払義務があることを認め、そのうち二一〇〇万円を支払えば残額を免除する」旨の訴訟上の和解が成立し、終了した。
(2) Fは、平成三年一〇月五日、念金として、一億円を、Fの兄であるGは、平成四年四月二三日、念金として、四九〇万円を、F兄弟の知人であるHは、右同日、念金として、一五〇万円を、それぞれ被告正子に預けた。
被告正子は、Fの念金返還の要求に対し、平成四年五月九日から同年八月二日にかけて三度に分けて合計四五〇〇万円を交付した。
F、G及びHは、被告正子に対し、平成四年一〇月九日付け内容証明郵便で、預け金の返還を請求したが、奏功しなかったので、被告正子を被告として、同年一〇月一九日、寄託金の返還を求めて東京地裁に提訴し(F訴訟)、同月二八日、被告正子を横領罪で東京地方検察庁に刑事告訴した(F告訴事件)。
F訴訟は、同年一二月二八日、念金と被告正子からの交付金とを実質的に相殺することを前提に、「被告正子がFらに計六〇〇〇万円を支払う」旨の訴訟上の和解が成立し、終了し、Fらは、平成五年一月八日、F告訴事件の刑事告訴を取下げた。
(3) Cは、被告正子に対し、平成三年四月六日から平成四年一一月二八日にかけて、前後一〇回にわたり、合計二億円を念金として預けたところ、そのうち一億三五〇〇万円が返されていないとして、被告正子を被告として、その返還を求めて、平成五年七月六日、東京地方裁判所に提訴し(C訴訟)、同年七月九日、東京地方検察庁に被告正子を横領罪で刑事告訴した(C告訴事件)。
C訴訟において、被告正子は、Cに対し八九一六万円の報酬請求権を有するとして、相殺を主張し、その報酬請求権の存否が争点となった。被告丁田は、証人尋問(平成七年四月一二日実施)において、丁田が被告正子に相談をしたり念金をしたときの報酬に関して尋問されたが、Cと被告正子の関わりやCが念金するに至る過程に関する尋問はされず、F訴訟事件及びF告訴事件についてもその内容についてまで尋問されることはなかった。(被告丁田は、F訴訟事件及びF告訴事件については知らないと答えている。)。
C訴訟は、平成九年三月二六日、「被告正子が預託を受けている一億三五〇〇万円のうちCに一億一七〇〇万円を返還し、残額の一八〇〇万円は被告正子の報酬とする」旨の訴訟上の和解が成立し、終了し、同日、Cは刑事告訴を取下げた。
(二)(1) 原告は、昭和二七年四月二五日、父申谷六郎、母癸子の長女として出生し、兄申谷七郎(以下「七郎」という。)、弟申谷八郎がいる。一郎は、昭和二五年三月三〇日、父甲野九郎(以下「九郎」という。)、母壬子の長男として出生し、弟甲野十郎(以下「十郎」という。)がいる。原告と一郎は、昭和五三年に結婚した。
(2) 九郎は、山梨県下でスーパーのチェーン店である株式会社Kマート(以下「Kマート」という。)を経営していたが、昭和五五年一月一七日、大腸がんのため五六歳で死亡した。一郎は、大学卒業後、Kマートの経営に携わり、九郎の死後は、その跡を継いで社長となり、十郎も役員となった。
(三) 一郎は、平成八年一月九日、すい臓がんのため、四五歳で死亡した。一郎の死亡に関し、死亡退職金が七〇〇〇万円、生命保険金が二億一五〇〇万円支払われたため、相続税を差し引いた後でも、原告と子供三人に預貯金が約二億五〇〇〇万円余り残された。また、一郎は、Kマートの筆頭株主であり、山梨県中巨摩郡昭和町清水新居字宮の上所在の三階建てマンションの所有権(壬子との共有)などを有していたが、それらも原告と子供三人で相続した。その遺産分割等については、壬子、十郎との間に争いはなかった。
一郎の死亡後、原告は、Kマートの子会社である有限会社L商事から月三〇万円の役員報酬の支払を受けるとともに、右マンションからの家賃収入もあったことから、原告と壬子の二人で、毎月四〇万円ほどの可処分所得があり、その収入で日常的な生活は可能であり、経済的には特に問題はなかった。
(四) しかし、原告は、一郎の死亡後、その精神的衝撃と看病疲れに加えて、Kマートの経営に関して役職が与えられなかったこと、一郎の経営能力を批判する風評があったことなど心労が重なり、甲状腺機能亢進病となって体重が一〇キログラムほど減り、体調も不良で、三人の子供を育てることができるか不安になるばかりか、十郎や壬子との人間関係も煩わしく感じるなど、情緒的に不安定な状態に陥っていた。
(五) Dは、有限会社M容器を経営し、Kマートと取引があったことから、一郎や原告とも交流があったが、平成八年九月ころ、原告に対し、被告正子を紹介した。その際、Dは、原告に対し、「被告正子のおかげでがんが治った」旨を話し、被告正子も、原告に対し、「ご主人が亡くなる前に知り合っていれば、ご主人のがんも救ってあげられたかもしれませんね」と話した。そして、被告正子は、原告が体調を崩しやせているのを見て、原告に対し、「お採水をすれば体調が良くなりますよ」と話したほか、中国気学を研究していること、二穣会という会を運営していること、二穣会の会員には多くの有名人がいること、簡単には同会への入会が認められないことなどを話した。
(六) 原告は、平成九年六月一六日、D方で、被告正子と会ったところ、同被告は、原告に対し、二穣会への入会申込書を示した上、「入会させてあげる」と告げ、二穣会への入会が特に許されるかのような様子を示した。原告は、二穣会の月会費が毎月三万円であり、少し高いとは感じたが、Dから、お採水をして元気になったことなどを繰り返し聞かされていたことから、健康には代えられないと考え、入会することとし、入会申込書に住所氏名を記入した上、押印して、被告正子に交付した。被告正子は、原告に対し、甲野家について鑑定するために必要であるとして、甲野家の人のことに関し生年月日等も含めて、いろいろと聞き出した。
(七)(1) 被告正子は、平成九年六月末ころ、D方において、原告と会い、原告に対し、気学に基づく「鑑定結果」と称して、同被告が作成した鑑定証を原告に見せながら、説明した。その内容は、原告の星は「三碧」であること、「三碧」の人は「七赤」の年が最悪の年(死亡する年)であること、平成一四年が「七赤」の年であり、このままでは原告は平成一四年に死ぬこと、甲野家は地相と家相が最悪で、そのために九郎も一郎も早死にしたこと、九郎も一郎も星は「五黄」であり、運勢が強い人であるのに二人とも早死にしたことからすると、よほど地相と家相が悪いという不吉な内容のものであった。
原告は、当時、一郎の死を精神的に受け入れることができない気持ちを抱えていたことや、体調が悪かったことなどから、被告正子の説明を信じ込み、自分がこのまま平成一四年に死亡するのかと不安な気持ちに陥った。被告正子は、原告に対し、「右のような運勢にある原告はお採水をすべきである。お採水とは、人と暦に従い、特定の日の特定の時間帯に、その人にとって良い方角にある場所から水をもらってきてその水を飲むことである。お採水を実践すると、肌が白くなり、健康にも良く、運勢も開けてくる。原告の長女のアトピーもお採水によって治る。」旨説明して、これを勧めたため、原告もお採水を行うこととし、被告正子からお採水用ポリ容器六個を渡された。
(2) 次いで、被告正子は、原告に対し、「原告が平成一四年に死ぬ運命から逃れる方法として、念金という方法がある。念金とは、中国の西安にいる高僧が現金に念じることにより運勢が良くなるというものである。その高僧は『高祖師』といい、被告正子の指導者でもある。」旨説明した上、高祖師の署名がある体裁の「念霊示」と題する和紙に筆書きされた文書(甲一)を渡して、「三八〇〇万円を高祖師に預けて念金してもらうと原告の寿命が延びる。三八〇〇万円という金額は、気学上三と八が原告にとって良い数字であるからである。」旨を説明し、「気学の鑑定に基づき、正子自身が平成九年八月三日午後三時に成田を出発する飛行機で西安に向かうので、それまでに、原告は、三八〇〇万円の現金を用意しなければならない」と告げた。
原告は、用意する金額が多額ではあるが、寿命を延ばすためにはやむを得ないと思い込み、かつ、念金が終わると全額返還されると被告正子が説明したこともあって、被告正子の指示どおり、金員を交付することとした。
(3) 原告は、被告正子及びDとともに、平成九年七月二四日、山梨中央銀行武田通支店に赴き、同支店の原告名義の預金口座から三八〇〇万円を払い戻した上、D方において、念金のためとして右現金三八〇〇万円(金員<1>)を被告正子に交付した。
被告正子は、原告に対し、「念金をする際には高祖師が全身全霊で念を入れるので、念金について他人に口外すると高祖師の寿命が縮まる」などと話し、口止めしたため、原告は、金員<1>を被告正子に交付することについて、家族にも相談しなかった。
しかし、被告正子が述べるような高祖師は実在してはおらず、したがって、同被告が西安に現金を運ぶこともなく、全くの作り話であった。なお、被告正子は、高祖師とは念金をする際の被告自身の名称であると弁解するが、甲一、二によれば、高祖師は被告正子とは別人として表示されていることが明らかである。
(八) 被告正子は、平成九年七月二四日ころ、D方において、高祖師が被告正子宛てに書いたと称して、和紙に筆書きをした書面を持参して、原告に交付したが、これには、長男二郎のために一五五〇万円、長女丙子のために一五〇〇万円、二女戊子のために一四〇〇万円の念金をするよう書かれていた。そして、被告正子は、原告に対し、「原告の三人の子供は運勢が悪く、特に長男の二郎は、地相、家相が悪いことから、祖父九郎、父一郎と同様、早死にし、長女及び二女も、学問や健康の面で不幸が起こる」旨不吉な内容のことを申し向けた。
被告正子は、子供達のために原告に念金することを勧め、「八月二八日午後三時に成田空港に被告正子が現金を持っていき、高祖師の使者に渡して西安に届けてもらう」旨を説明した。原告は、原告の三人の子供の運命にかかわることであれば、何としても念金しなければならないと考え、被告正子に言われるままに、念金することとした。
被告正子は、原告に対し、「山梨中央銀行からたびたび大きなお金を下ろしてしまうと疑われるので別の銀行にあらかじめ移しておいた方がいい」と申し向けた。そこで、原告は、同年八月二五日、山梨中央銀行武田通支店から五四四一万〇五二八円を富士銀行甲府支店に送金し、同月二七日、被告正子及びDとともに、右支店に赴き、口座から金員を払い戻し、D方で、念金のためとして四四五〇万円(金員<2>)を被告正子に交付した。
(九) 被告正子は、原告に対し、良いとする方角を指示し、原告は、平成九年九月以降、被告正子の言を信じ、日常生活の中でお採水をして生活していた。原告は、右指示に従い、初めのうちは、甲府市の西南方向にある西山温泉のそば屋で水を分けてもらい、平成一〇年に入ってからは、西の方向にある双葉町にあるレストランから水を分けてもらっていた。また、原告は、被告正子の指示どおり、平成九年一一月三日、癸子のためにお採水をした上、癸子に対し、三日間で五リットルの水を飲むように強く勧めた。癸子はこの勧めに従ったが、水の飲み過ぎでかえって体調を崩してしまった。
(10) 被告正子は、原告にたびたび電話をし、例えば「交通事故に注意をしなさい」とか、「食べ物に注意をしなさい」などというような日常生活上の事柄についても忠告するようになり、原告も、毎日のように、被告正子に電話をして、その指示を仰ぐようになった。
原告は、長女の大学受験についても被告正子に相談していたが、被告正子は、原告に対し、「方角の関係から、早々に東京に移り住んだ方がよい。気学的によい条件のところを探してあげる。」旨を申し向け、二穣会の会員であるJが居住するアパートの近くである東京都目黒区鷹番にあるマンションを勧め、原告もこれに従って、右マンションを賃借することとし、平成九年一一月一五日分から月一〇万円の家賃を支払った。原告の長女が、実際に生活するようになったのは、平成一〇年二月からであったが、被告正子は、その引っ越しの日時についても、運勢の良い日を指示し、原告はそれにも従った。
(11) 被告正子は、平成九年一二月七日、原告及びDとともに、山梨県月根町の原告の父母方を訪問して懇談した。その際、被告正子は、「長野の方に老人ホーム『平和の園』を所有している。その開設二〇周年記念の式典の帰りに、いったん東京に帰ってからわざわざ山梨に来た。」と述べ、土産として、「祝二十周年平和の園養老院」と記載されたのし紙を付けたカステラ、「平和の園開設二〇周年記念」と書かれたテレホンカードを原告の父らに渡した。しかし、被告正子が所有するという「平和の園」は実在せず、したがって、開設二〇周年記念式典などはあるはずもなく、全くの虚構であった。
(12) 被告正子は、原告に対し、平成九年一二月ころ、D方で原告と面談した際や、連日の原告との電話での会話の際、「被告正子の霊示によれば、日本の経済は危ない状態で、多くの銀行が倒産する。特に山梨中央銀行が危ないから、原告の山梨中央銀行の口座から預金を移した方が良い。」と述べた。その際、被告正子は、原告に対し、「被告正子が松本城主の末裔であり、その関係もあって八十二銀行の頭取は被告正子の叔父である」などと話した。しかし、右の点は全くの虚構であった。
原告は、被告正子の話に感心し、その霊示が正しいと信じ込み、山梨中央銀行にある多額の預金について不安になったところ、被告正子は、原告に対し、「山梨中央銀行からお金を下ろさないと大変なことになる。下ろしたお金は私の方で預かってあげる。そしてご高祖師に預かってもらう。」などと申し向けた。原告は、被告正子の話を鵜呑みにし、原告及び子供名義の山梨中央銀行の定期預金をすべて解約して預金を払い戻して、被告正子に預けることにした。原告は、同年一二月二四日、山梨中央銀行武田通支店に赴き、原告及び原告の三人の子供の名義の定期預金合計一億三八〇〇万円全額の解約を同月二六日に行うことを要請し、同年一二月二六日、被告正子とともに山梨中央銀行武田通支店に赴き、原告及び三人の子供の名義の定期預金を全て解約しようとした。被告正子は、原告に対し、自分ことは「おば」としておくようにと指示をしたので、原告は、同支店長にその旨紹介した。支店長は、「年末でもあり、お金の用意がないので下ろせない」と説明し、原告が定期預金を解約して払い戻すことに応じず、「一か月待ってほしい」旨述べた。これに対し、被告正子は、三〇〇万円でも払い戻すように求めたので、原告は、三七一万六〇〇〇円の定期預金を解約し、その払い戻しを受けた。そして、原告は、被告正子に対し、同日、D方において、右金員のうち三〇〇万円(金員<3>)を、預け金として交付した。
(13) 被告正子は、原告に対し、Dを通じて、平成一〇年二月、「平成九年度後期平成九年八月節至平成十年一月節特別浄化御念祈祷報謝浄金代金三八、一八萬気也」、「右御報謝浄願申し上げます」と記載した書面に振込用紙を添附して交付し、一八万円と三八万円を支払うよう求めた。原告は、被告正子及びDから、一八万円は被告正子が念金を成田から西安に運んだ際の費用であり、三八万円は高祖師への謝礼である旨の説明を受けていたことから、その旨信じて、被告正子に対し、同年四月二日、五六万円(金員<4>)を支払った。しかし、被告正子は西安に赴くことなどなく、同被告が説明したような高祖師が実在せず、全くの作り話であったことは、前記のとおりである。
(14) 原告は、平成一〇年一月二六日、再度、被告正子及び被告太郎とともに、山梨中央銀行武田通支店に赴き、原告及び原告の三人の子供の名義の一億三〇〇〇万円余の預金を下ろそうとした。原告は、予め、被告正子に指示されて、この日に右預金を払い戻したい旨山梨中央銀行武田通支店に申入れていたが、同支店はこれを原告の父らに連絡したため、右同日、同人らが原告方を訪れ、原告に対して多額の金員の使い道を問い質し、預金を下ろすことに強く反対した。その後、原告は、被告正子と合流して、山梨中央銀行武田通支店に赴いたが、原告の父らは同支店で原告らを待ち受け、被告正子を身内の者でないとして別室で待機するよう要求した。
そして、原告の父らは、原告に対し、右のような多額の預金を払い戻す目的を尋ねたのに対し、原告は、「私のお金なのだからどうしようと勝手でしょう」などと反発をしたが、兄七郎から、「原告のしていることが本当に正しいのなら、銀行での出金状況を公表してもさしつかえないはずではないか」と言われ、渋々、出金状況を明らかにすることに同意した。そこで、支店長は、取引記録に基づき、原告が平成九年七月二四日に三八〇〇万円を、同年八月二五日に五四四一万〇五二八円を、同年一二月二六日に三〇〇万円余を下ろしたことを明らかにした。原告の父らは、原告に対し、これらの金員を何に使ったのか説明するよう求め、原告は、「三八〇〇万円については、念金という儀式のために使っている」旨答えた。
その際、原告は、被告正子に相談したところ、同被告は、その場を収めるため、同支店関係者も納得しやすいように、右預金を山梨中央銀行湯村支店の原告名義の口座に送金するよう指示し、原告もこれに従ったため、湯村支店の右口座に一億三三〇〇万円余りの金員が送金された。
右同日午後、原告、被告正子、被告太郎と原告の親族は、D方で話し合ったが、親族は、原告が三八〇〇万円を念金として被告正子に預けたことを知り、念金について被告正子に説明を求めた。被告正子は、原告の親族に対し、「被告正子が中国の西安にお金を運び、中国の西安にいる高僧に念金浄化してもらっている」旨説明し、さらに、香で焚きつめて茶色に変色した一万円札を配り、念金をするとこのようになると話し、弁護士が現金を前にした写真を示した上、「この写真に移っている弁護士は念金をしたら担当している裁判で勝てるようになった」旨話した。なお、被告正子は、原告に対し、金員<2>の念金のための交付について隠しておくよう言っていたので、原告は、平成九年八月二五日に下ろした五四四一万〇五二八円は、着物や宝石を買って費消したと嘘をついた。
被告正子は、原告の親族に対し、「自分はがんを直せる。ソニーの盛田会長、山梨県知事の姉、丁田信子が二穣会の会員である。中尾栄一も会員になりたがっている。自分は中曽根元首相も知っていて、宮内庁や議員会館にもフリーパスで出入りできる。」などと話した。
また、被告正子は、被告太郎について、「司法書士の資格を有している」と嘘をつき、被告太郎は、その被告正子の話を訂正しなかった。
被告太郎は、原告の兄七郎に、右話し合いの際、○○コンサルティングという会社を経営していると言って、名刺を渡した。これに対し、七郎が被告太郎に司法書士の名刺でないことを指摘すると、被告太郎は返答に窮した。
(15) 被告正子は、平成一〇年一月二六日以降、原告に対し、その父らから原告を遠ざけようとして、「同人らから盗聴されている等嫌がらせを受けている。霊示によれば原告の父らは原告を精神病院に入れてその財産を管理しようとしていることや、原告に保険金をかけて原告を殺害しようとしていることがわかる。」旨を繰り返し述べた。その結果、原告も次第にそれを信じるようになり、原告の父らとは同年一〇月一五日に至るまで、普通に会話を交わすこともない状況に陥った。さらに被告正子は、原告とその父らの仲を疎遠にさせようと企て、平成一〇年二月二七日、D方において、原告に対し、「原告の親族から多大な迷惑を被っている」旨を力説した上、原告をして、被告太郎が用意した案文に従って、「原告は両親及び兄夫婦と一切交渉を持ちたくない。今後被告正子の指導に従う。」旨等を内容とする念書を作成させて、被告正子に交付させた。その際、被告正子は、原告に対し、「父らに会わないようにし、電話もしない方がよい」と申し向けた。
(16) 被告正子は、平成一〇年三月二三日、原告に対し、さくら銀行渋谷支店に新しい口座を開設するよう指示し、五十嵐弁護士を紹介した上、同月二七日、五十嵐弁護士とともに、原告と山梨中央銀行湯村支店に赴いた。被告正子は、同支店において、原告に合計一億三三〇四万四七九一円を払い戻させ、右さくら銀行渋谷支店の口座に送金させた。
(17) 被告正子は、原告に対し、平成一〇年四月二〇日ころ、「四月二八日は日にちがいいので、この日にとりあえず三八〇〇万円預かりましょう」と申し向けた。そこで、原告は、同月二八日、さくら銀行渋谷支店に赴き、三八〇〇万円を払い戻し、被告正子に対し、現金三八〇〇万円(金員<5>)を交付した。
(18) 被告正子は、平成一〇年五月二五日、原告に対し、Kマートの株の売却等に関して相談しておいた方がよいとして、五十嵐弁護士に、原告がその父らによって、原告の財産の使い方について干渉を受けている旨のことを話し、これ以上原告の父らにつきまとわないように内容証明を出すことを依頼するよう指示し、着手金として一〇〇万円を用意させ、原告は五十嵐弁護士に対し、着手金として、一〇〇万円を交付した。
五十嵐弁護士は、原告の意思を確認の上、平成一〇年七月二八日付で、父六郎及び兄七郎宛てに、「原告の法律問題、経済問題、私生活上の問題、信念や信仰に関する問題など、原告自身が処理すべき個人的問題について一切干渉することのないよう求める」旨の内容証明郵便を送付した。
(19) 被告正子は、その後、原告に対し、その父らから嫌がらせを受けている旨を繰り返し述べて、原告を責め、文案を示して原告の全財産を同被告に管理させる旨の書面を清書させた。また、被告正子は、原告を同被告の住所の近くに転居させることを企図し、平成一〇年春ころから、原告に東の方に転居した方が良い旨を説き、原告も同年三月一九日、J所有の目黒区鷹番所在のマンションを賃借した。もっとも、原告は、早く引っ越しをするよう被告正子から言われていたが、荷物を一部入れたものの、転居まではしていない。
(20) 被告正子は、原告に対し、同年九月、高祖師へのお礼であると説明して、「特別浄化御念祈祷報謝浄金代」との名目で八三万円を支払うよう求めた。そこで、原告は、被告正子に対し、同年九月一八日、八三万円(<1>の金員)を支払った。
(21) 原告が被告正子を信頼し切っていたこともあって、原告の子供達も同被告を信じ、父らとの仲は極めて悪くなっていた。父らは、平成一〇年九月ころ、甲府家庭裁判所に対し、原告を被申立人として、準禁治産者宣告の申立てをするとともに、保全処分の申立てをし、原告の財産が被告正子に渡ることを防止した上、同年一〇月一五日、原告に話し合いを求めた。原告も父らが真摯な態度であったことから、話し合いに応じ、被告正子の言動が事実に反するという話に耳を傾けるうちに、被告正子の言動に疑問を抱くようになった。一〇月二六日、週刊誌に被告正子に関する記事が掲載されるなどし、被告正子自らマスコミに対し、高祖師なる高僧など存在しないこと、成田から金員を運んだこともないこと等、常々原告に話していたことと全く異なる事実を明らかにしたが、原告は、その会見の様子をテレビで見て、被告正子に騙されていたことにようやく気が付いた。
(22) 原告は、平成一〇年一〇月二八日、被告正子に対し、それまでに交付した金員合計一億二四八九万円を直ちに返還するよう要求した。同被告は、同月二六日の記者会見では「原告から三八〇〇万円預かったことはあるが、それ以外の金員のことは知らない」旨述べていたが、同月二九日の記者会見では、「一億二〇五〇万円は預かったが、その他は返す必要がない又は預かっていない」旨を述べた。
被告正子は、同月二九日、代理人の西田育代司弁護士を通じて、原告側と右金員の返還を交渉し、直ちに返還するかのような態度をとっていたにもかかわらず、同月三〇日、西田弁護士を解任して右交渉の進展を遅らせた。そして、被告正子は、同年一一月五日付書面で一億二〇五〇万円を同月二九日に返還する旨の通知を送付し、原告側からの返金の場所、日時等の問い合わせに対し、同月二二日、書面で、同月二九日午前一一時に日野久三郎弁護士の事務所で預金小切手で返還する旨を通知した。しかし、被告正子は、同月二八日、原告代理人に電報で、「同月二九日の受渡しは事情が変わったので取りやめる」旨を通知した。原告代理人が日野弁護士に連絡をとって事情を確認したが、同弁護士も事情がわからず辞任する意向である旨を述べるにとどまった。その後、原告は、本訴を提起した。
以上の事実が認められ、右認定に反する乙イ一二、一九の記載部分及び被告乙川正子本人の供述部分、被告乙川太郎本人の供述部分は、甲六六の四、五、七一の二一、二二、七三、八二、原告本人尋問の結果及び証人Dの証言に照らすと、明らかに虚偽の記載又は供述であって到底信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 右1に認定した事実に照らして、本件をどのようにみるべきかについて評価を加えることにする。
本件の見方については、<1>被告正子が、「気学」、「方位学」の知識をもとにして原告の悩み、心配事について助言をしているもの及びその延長上のものとして捉えることができるか、<2>そのように捉えることはできないとみるかのいずれかに分かれる。
3 そのような観点からすると、右認定事実の中では、次の諸点に意味があると解される。
(一) 被告正子は、二穣会という団体を主宰し、気学に基づく念金なる儀式を行うことにより運勢が良くなるとして、会員から何百万円ないし何千万円単位に及ぶ多額の金員を預かることをしていたこと、そして返還すべき念金を会員に返還しないことがあり、会員との間で紛争が生じ、訴訟の提起や告訴をされてようやく訴訟上の和解により返還するといったことを繰り返していたことは、同被告の行動様式を示すものとして受け止めるべきものである。なお、争いを生じた会員は、金員の返還と引換えに告訴を取り下げたため、被告正子の右行為について捜査が進展せず、同被告のその後の行動を抑止するものとはならなかった。
(二) 平成八年九月ころ、二穣会の会員であるDが原告に被告正子を紹介したところ、被告正子は、「自分は気学に通じており、他人の将来の運勢がわかるだけでなく、その運勢を良くする能力を有する」旨述べ、原告の夫や義父ががんで死亡したこと等を聞き出し、原告に対し、「もう少し早く会っていれば救えてあげたかもしれない」旨申し向けた。これは、あたかも自分ががんを治癒させる特別の能力を有するかのように装ったものとみることができる。また、被告正子は、本件の一連の過程において、その生まれ育ち、係累、かかわっている老人ホームなど全くの虚言をもって自らを飾り立てることにより、また被告丁田をはじめ著名人と知り合いであるとして自らを権威づけるなどして、原告を信用させていた。
(三)(1) 被告正子は、原告に対し、「二穣会の会員には有名人も多く、入会が困難である」旨等を告げてもったいをつけた上、二穣会に入会するよう巧みに勧誘した。そして、同被告は、原告が入会すると鑑定証と称する書面を示した上、「原告は平成一四年に死ぬ運勢にある」旨、真実はそうでないのにもかかわらず、「西安に高祖師と称する高僧がおり、その特別の霊力をもって原告の保有する金員を念ずれば金員が浄化され運勢がよくなる」旨、「原告にとっては気学上三と八が良い数字であるので、念金の額は三八〇〇万円が良い」旨の虚偽の事実を申し向け、原告をして不安な気持ちを抱かせ、被告正子を通じて、念金を右高僧に託してもらえるものと誤信させ、原告から、平成九年七月二四日、金員<1>を交付させた。
(2) 被告正子は、原告に対し、その後も、甲野家の地相、家相が最悪であり、このままでは長男が早死にし、長女及び二女も進学や健康に恵まれない運勢にあると告げて原告の不安を煽った上、右と同様に、西安にいる高僧に念金してもらう旨申し向けて、原告に虚偽の事実を告げ、原告をしてその旨信じ込ませ、原告から金員<2>を交付させた。
(3) 被告正子は、原告に対し、高祖師に渡す旨、あるいは、高祖師へのお礼であると称して金員の支払を要求し、その旨誤信した原告をして、金員<4>及び<6>を交付させた。
(4) 被告正子が、原告から念金として金員を取得した方法は、夫を亡くし情緒不安定な心理状態にある原告に対してことさら不吉なことを告げて不安を増大させ、実在することのない西安の高祖師に金員を託するという全くの作り話をし、念金が霊験あらたかであるかのように吹聴しているものである。これは、社会的相当性を逸脱しているばかりか、人の不安心理を巧妙に操るという意味で卑劣極まりないものということができる。
(四)(1) 被告正子は、金員<1>ないし<2>を交付させた以降も、原告に対し、気学上の根拠があるかのように装い、お採水や転居を指示するなどし、原告をして気学上運勢を良くする行為を行わせていると思い込ませ、自らを高祖師と接点を持つ存在であるかのように振る舞い続け、原告及び原告の三人の子供の運勢を良くしてもらえるものとの誤信を強めさせた。さらに平成九年一二月ころ、原告が預金をしている山梨中央銀行が近い将来倒産するという根拠のない話をして原告の不安を煽り、被告正子が預かり、さらに高祖師に預かってもらうと申し向けて、原告をその旨誤信させ、原告から平成九年一二月二六日、金員<3>を、平成一〇年四月二八日、金員<5>を交付させた。
(2) 原告の父や兄らは、平成一〇年一月ころから、原告が多額の預金を払い戻していることを不審に思い、原告や被告正子にその使途や返済予定等を追求したことから、被告正子は原告から原告の父や兄らを遠ざけることを企図し、原告に対し、ことさらに原告の父や兄が同被告に嫌がらせをしている旨、原告の財産を狙っている旨、原告を殺そうとしている旨等と申し向けるなどしたほか、原告が父や兄らと電話するなどして接触することさえも禁じて、原告が被告正子の言動に疑念を差し挟む余地を与えないよう巧みに画策した。
(3) 被告正子が原告から右金員を預かるために用いた方法は、原告をさらに心理的に追い込み、家族との関係を疎遠にさせて自らに取り込み、指示するままにさせるというものであったとみることができる。しかも、原告の家族が被告正子に対し、抗議することは、事柄の性質上当然であるというべきであるところ、これを逆手にとって、原告に家族の悪口を吹き込んでいるものであって、その結果、何の必然性及び必要性もないのに、高額の金員を預かることを画策して、奏功しているのである。これらの行為は、社会的相当性を逸脱しているばかりでなく、悪質にして違法なものというほかないところである。
4 以上を要約すると、被告正子は、<1>二穣会会員から念金として多額の金員を預かるものの民事訴訟、刑事告訴に至るまで返還しないという行動を過去に重ねていたものであり、<2>自ら特別の能力を持つ者の如く装い、数々の作り話で自らを飾り立て、被告丁田など著名人と親しいとして自らを権威づけるという行動様式を有しているところ、<3>本件において、念金等を取得した方法は、早死にするなどことさら不吉なことを告げ、夫を亡くして情緒不安定の心理状態にあった原告の不安に巧妙につけこみ、不安を増大させ、<4>実在することのない西安の高祖師に金員を託するという全くの虚構を告げ、<5>さらには高額の念金をしていることを口外させないようにしているというものであり、<6>原告をさらに心理的に追い込み、家族との仲を疎遠にさせて、精神的に自己のコントロール下に置いて、必要もないのに高額の現金を預かると称してこれを交付させているのである。
そうすると、被告正子の一連の行為は、気学による運勢鑑定の名の下に数々の虚言を用いて巧妙に人の正常な判断を誤らせて高額の金員を交付させたというものであって、被告正子が真に「気学」、「方位学」の知識により原告の悩み、心配事について助言しているというものではあり得ない。すなわち、被告正子の行為は、その手段において卑劣であり、その結果も重大であって、社会的相当性を逸脱することは言うまでもなく、意図的に人を欺罔するという点では詐欺と選ぶところがないと評価するほかないのである。したがって、被告正子の本件行為は不法行為であることは明らかである。
また、原告が、被告正子に対して金員を交付する際に、言葉としては「念金をお願いします」、「金員を預かって欲しい」と告げたことがあったとしても、被告正子は、原告の心理を操り、自己のコントロール下に置いてそのようにし向けているとみるべきであるから、その違法性が減ぜられるものということはできない。
したがって、被告正子は、不法行為に基づき、原告に対し、後記のとおり認められる損害を賠償すべき責任を負う。
二 被告太郎の責任(争点2)について
1 原告は、被告太郎は、被告正子が原告に対し、前記のとおり、虚偽の事実を縷々申し述べて、一連の欺罔行為を行った際、同被告と同席した上、被告太郎自ら、被告正子と同旨の発言又は説明を行い、原告を錯誤に陥らしめ、あるいは原告が錯誤に陥った状態から脱するのを妨げるなどして、被告正子の右欺罔行為に加担した旨を主張する。
2 そこで判断するに、前記認定の事実に加えて、証拠(甲五九、七一の一〇、七三、七四、乙イ七、八、証人D、被告乙川太郎本人(ただし、後記採用しない部分を除く))並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに抵触する被告乙川正子本人、被告乙川太郎本人は採用しない。
(一) 被告太郎は、被告正子の甥であり、昭和六三年に駒沢大学を中退後、司法書士の資格を取るため日本司法学院に平成元年から平成二年ころまで在籍したが、右資格を取得できず、平成二年から四年ころまで都内の小さな商社に勤務した後、平成五年ころ、△△(その後、有限会社△△)の名称で自ら健康器具の販売や人材研修等を目的とする事業を始めた。さらに、被告太郎は、平成九年九月、インターネットによる情報サービスの提供等を目的とする○○コンサルティング株式会社を設立したが、資金的に問題があり、実際には全く営業が行われていない。
(二) 被告太郎は、被告正子が気学又は方位学による運命鑑定をしていることを知っていたが、同被告自身は、気学等については懐疑的であった。なお、被告太郎は、平成元年ころから被告正子方に出入りし、当時は「正康」と名乗っていたが、平成五、六年ころには、横浜市鶴見所在の総持寺において一泊二日で得度し、「正道」という名を得て、これを用いていた。
(三) 被告太郎は、有限会社△△の役員であったが、実際には仕事はほとんどなく、しばしば被告正子方に出入りし、被告正子の運転手代わりに同被告の車を運転するなどして、同被告の手伝いをし、同被告から、日当ないし小遣いを一日につき二万円程度もらっていた。
また、被告太郎は、平成四年から平成五年にかけて、F訴訟又はF告訴事件に関して、被告正子の連絡係となり、被告正子の訴訟代理人であった滝口弁護士や五十嵐弁護士との間で打ち合わせをするなどし、平成五年から平成九年にかけて、C訴訟又はC告訴事件に関して、同様に、被告正子の連絡係となり、被告正子側の証人として被告丁田が出廷する際にはそのボディーガードとして同行するなどした。
(四) 被告太郎は、平成九年から一〇年ころ、被告正子が甲府市を訪れ、原告と面談する際、しばしば同被告の車を運転し、同被告に同行した。その際、被告太郎は、被告正子に代わって食事代を立て替えることもあった。なお、被告正子は、原告やDに対し、被告太郎のことを二穣会における被告正子の後継者であると説明していた。
(五)(1) 被告太郎は、平成一〇年一月二六日、被告正子や原告とともに甲府市内の山梨中央銀行武田通支店に赴き、その後、D方で原告らの親族が原告と話し合いをした際にも、その場に同席した。
(2) その際、被告正子が原告らの親族に対して被告太郎を紹介し、司法書士の資格がある旨を述べたにもかかわらず、被告太郎はこれを訂正せず、原告の親族に名刺を求められ、司法書士の肩書がないことを指摘されて返答に窮した。なお、その際に被告太郎が交付した名刺は、当時稼働していない○○コンサルティング株式会社の代表取締役の肩書のものであり、被告太郎は原告の親族らに同社を経営している旨を述べた。
(3) 右の話し合いの席において、原告の親族らが、原告が預金を払い戻す目的や念金について問い質したところ、原告が念金のことについて説明した。被告正子も、原告の親族に対し、「自分はがんを直せる。西安にいる高祖師が念金をすると浄化されて運勢がよくなる。ソニーの盛田会長、山梨県知事の姉、丁田信子等が二穣会の会員であり、中尾栄一も会員になりたがっている。自分は中曽根元首相も知っていて、宮内庁や議員会館にもフリーパスで出入りできる。」旨話し、弁護士が現金を前にした写真を示した上、「この写真に写っている弁護士は念金をしたら担当している裁判で勝てるようになった」旨等、自分が特殊な能力を有しており、それが珍重されていることを示すため、虚偽の事実を縷々話した。被告太郎は、その場に同席し、被告正子の話が虚偽であって、これを信じていなかったにもかかわらず、特に被告正子の右発言を訂正しないままでいた。
(六) 被告正子は、平成一〇年二月二七日、原告に対し、原告の父らによって被告正子が多大な迷惑を受けている旨、被告正子に念書を差し入れるよう申し向けたが、被告太郎はこれにも同行しており、原告に対し、ワープロで打たれた書面を取り出して示したうえ、その内容を手書きで記載するよう指示した。原告は、右指示に従い、念書を作成したが、右念書には、「原告が山梨中央銀行武田通支店における預金払戻しについての守秘義務違反の件で両親及び兄夫婦に対して非常に不快な不信感を抱いた。この件で被告正子に迷惑をかけた。両親及び兄夫婦とは今後一切交渉を持ちたくない。今後は被告正子の指導に従い、同被告にすべてを委任する。」旨等の記述がある。
(七) 被告正子は、平成一〇年三月ころ、原告に対し、同月二七日に山梨中央銀行湯村支店において預金の払戻しを受けることを指示したほか、被告太郎に弁護士を同行するよう指示し、被告太郎は、被告正子の意を受けて、五十嵐弁護士に連絡を取り、右銀行まで同道してほしい旨を依頼した。
また、被告太郎は、右同日、同弁護士に対し、原告が被告正子の弟子である旨紹介したほか、同銀行湯村支店にも被告正子と同行した。
(八) 被告正子は、平成一〇年五月一一日、原告に対し、その父らによって多大な迷惑を受けている旨、被告正子に念書を差し入れるよう申し向けたが、被告太郎はこれにも同行しており、原告に対し、ワープロで打たれた書面を取り出して示した上、その内容を手書きで記載するよう指示し、原告は、右指示に従い、念書を作成した。右念書には、「原告が両親や兄から再三にわたり不当な干渉を受け、著しく人格を否定され続けてきた。原告が自分の生活を自分の意志で営む権利を有していることは至極当然のことであり、親族といえどもこれを侵害することは許されない。原告は両親らに不信感を抱いている。兄の被告正子に対する非礼な行為により被告正子が受けた実害や精神的苦痛を鑑み、その心情を察し、いたたまれない。兄には憤慨の念を禁じ得ない。原告は、被告正子に知遇を得る機会に恵まれ、人柄と念導のすばらしさに感銘している。今後も被告正子の念導に従っていく所存であり、三人の子も被告正子の念導に従って育てていく所存である。原告の財産のすべてを被告正子に託し、管理してもらう。」旨等の記述がある。
(九) 被告正子は、平成一〇年六月ころ、原告、五十嵐弁護士とともにさくら銀行渋谷支店まで赴いたが、被告太郎は、その際も同行し、被告正子らを乗車させて車を運転したほか、その後も、東京三菱銀行の新宿支店まで被告正子らを乗車させて車を運転した。
(10) 「霊示気学」と題する気学の月報には、二穣正道の名で論文が掲載されたことがあった。
3 右認定の事実によれば、被告太郎が、被告正子の活動に運転手、連絡係等々の形で関わっていたこと、被告正子との身分関係もあり、被告正子の言動や得度したとして異名を有していたこと等ともあいまって、会員からは、被告正子と密接な関係を有しているが如き状況がみられること、被告正子が虚偽の事実を述べているところに同席しても特に訂正しないなど、積極的ではないにしても被告正子の右活動に資する態度を取っていたものといわざるを得ない。
しかしながら、右諸事実を十分に考慮しても、本件の主体は、その運命鑑定能力ないしは予知力があるとして巧みに金員を交付させた被告正子であって、被告太郎自身についてはそうした能力に関する話題が出たことはないし、本件全証拠を検討しても、被告太郎が原告が被告正子に交付した金員につき分け前にあずかるなど利益を得ているといった事情は認められず、むしろ、右認定の事実によれば、被告太郎は、被告正子の一連の行動についての関与の程度は低いものというべきであって、主として被告正子の運転手、連絡役もしくは使い走りとして関わったにすぎないとみるのが相当と思われる。そのようにみると、被告太郎が、平成一〇年一月二六日、前記のとおり、被告正子の前記虚偽の発言を正さず、また前記念書の作成に関わったことも、その当否は相当に問題とされるべきではあるが、日当又は小遣いを得るために黙していたものといえないことはないと解されるのである。
以上によれば、前記認定の事実のみでは、本件において被告太郎が直ちに被告正子の不法行為を幇助したといえるほどの加担行為を行ったとみることは相当ではないといわざるを得ない。ただし、当裁判所は、被告太郎に対し、本件後においても、本件と同種の行為を繰り返した場合には、別段の判断がされることがあることについて特に注意を喚起しておくことにしたい。
三 被告丁田の責任(争点3)について
1 原告は、被告正子が二穣会の会員の信頼を得るため著名な女優である被告丁田を利用しており、被告丁田もそのこと及び被告正子が詐欺的又は脅迫的な手段で高額の現金を念金の名目で預かることを専ら行い、二穣会の会員から民事訴訟を提起されたり、刑事告訴をされたりしたことを知っていたのであるから、平成一〇年一月二五日ころには、被告丁田は、同人が二穣会の会員と会って被告正子を推奨する発言をすると、被告正子の詐欺的又は脅迫的な手段によって、念金の名目で高額の預り金を交付させられる事態になることが予見することができ、被告正子によって二穣会の会員と面談する機会を設定された場合には、他の会員が高額の現金を被告正子に交付することを被告丁田が促すことのないよう注意して発言する義務があると主張する。
2 そこで判断するに、前示第二の二の事実に加えて、証拠(甲一八、二〇、六三の一、六四の一ないし三、六五の一、二及び六、六七の二、六八の一ないし三、七〇の二及び三、七一の一及び二、七二の一ないし三、七三、原告本人、被告丁田信子本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告正子は、かねてから、原告に対し、著名な女優である被告丁田が二穣会の会員であり、同被告と家族ぐるみで交際している旨を話していたが、平成一〇年一月二五日、原告を、帝国劇場の楽屋で被告丁田に引き合わせた。この日は、被告正子が、原告をして山梨中央銀行武田通支店から預金を引き出させようとしていた前日であった。
(二) その際、被告丁田は、被告正子から原告に関する話を聞かされていたほか、右帝国劇場における公演のお祝いとして、清酒「春鶯囀」を差し入れていたことから、原告に対し、「ご主人を亡くして未亡人なんですってね。私は離婚だけど一人で子供を育てていく同じ立場ですね。私も二穣先生に大変お世話になってきたんですよ。」などと話したほか、サインをしたパンフレットや礼状を手渡した。
(三) 原告は、平成一〇年一月二六日、原告の親族と預金の払い戻しについて対立し、精神的にも動揺していたが、被告正子は、前記のとおり、原告とその親族とを接触させないようにしたうえ、平成一〇年四月九日、原告を同被告方に招いた。被告丁田も同日被告正子方を訪れ、原告らと懇談し、その際、被告丁田は、原告に対し、「二穣先生のおかげで、息子や娘も素直に育って本当に良かったと思っている。あなたも先生にお任せすれば大丈夫よ。」などと話した。
(四) 被告正子は、原告に対し、「TheHandbookof二穣会」と題する一部英文の冊子を渡したが、右冊子の末尾には、「総師 二穣師女編」との記載と並んで、「師範二穣四郎訳」と記載され、四郎が二穣会の師範であり、二穣四郎と称しているかのような記載がある。その際、被告正子は、原告に対し、二穣四郎は被告丁田の長男であり、二穣会のアメリカ支部で活動していると話した。
(五) 被告正子は、平成一〇年一〇月一一日、四郎とともに、甲府市を訪問し、原告、原告の二女及び長男と会食し、被告正子を除く四人でいわゆるプリクラ写真を撮影した。
(六) 被告丁田も、現在では、被告正子が四郎まで利用したことについては許しがたいものと感じている。
3 なお、原告は、右楽屋において被告丁田と会った際、被告丁田が、「念金、あっ、この念金ということは言っちゃいけなかったのね。ごめんなさいね。」と話したと主張し、右主張に沿う証拠(甲七三、八五、原告本人)があるのに対し、被告丁田は、同被告がそのようなことを話したことはないと主張し、それに沿う証拠(乙ロ一、被告丁田本人)もあるところ、この点について判断を加える。
原告の陳述書(甲七三)及び原告本人の供述は、被告丁田の右発言の有無以外の点では、証人Dの証言や書証と合致する点が多く、信用できるものであるが、被告丁田の右発言の有無に関しては、積極認定に供することのできる証拠は原告の陳述書及び原告本人の供述しかないのであって、訴訟当事者本人の陳述である以上、一般的に自己に有利な結果を求める心理が働くことは考慮しなければならない。
一方、被告丁田信子本人の供述は、原告本人の供述の場合と同様に、当事者本人の供述であることからくる一般的信用性の問題がある上に、同人がC訴訟で証言した内容と本件で同人が供述した内容に矛盾する点もあり、その信用性には問題がないわけではない。もっとも、被告丁田としては、楽屋に訪れる客に対してどのようなことを話したか記憶していないとしても、無理からぬところであるようにも思われる。
そうすると、第三者的立場にある証人Dの証言等が重要であることになる。Dは、その陳述書(甲八五)において、「被告丁田が楽屋において念金のことを言いかけたりした」旨記載しているが、証人尋問においては、「被告丁田が念金のことを言いかけたことがあるような気もするが、大女優の前に座って天にも昇る思いであったから、はっきりしない」旨証言している。Dが陳述書で述べているところと同人の証言では、明らかに証言の方が後退した内容となっているばかりか、同人が「被告丁田が楽屋において子供の話をしたことははっきり覚えている」旨証言しているところと比較すると、被告丁田が念金に言及したか否かについての記憶は弱いものとみるべきであるから、結局、Dの陳述書及び証言によって原告主張のやりとりがあったと認定することは難しいというべきである。
そうすると、積極認定に供することのできる原告の陳述書及び原告本人の供述、消極認定に供することのできる被告丁田の陳述書及び供述のいずれもその信用性に問題があるから、結局、被告丁田の発言の有無については真偽不明であるといわざるを得ず、証明責任の分配に従い、原告の主張事実を認めることはできないということになる。
4 右2の認定の事実によれば、被告正子は、著名女優である被告丁田が二穣会の会員であって、同被告と親しく交際していることを自らを権威づけるために利用していたことは明らかであり、被告正子は、原告に被告丁田と親しい特別な関係にあることを見せつけることにより、自己の話の信用性を高め、実際に原告もこれにより、被告正子をより信用するようになったのである。さらに、被告正子は被告丁田本人のみならず、長男の四郎までも利用していたのであって、この点について、被告丁田は現在では許しがたいと感じているが、当時は被告正子を信頼していたこと(第二の二4(二)参照)が認められる。
しかしながら、右事実のみでは、被告丁田が、被告正子の前記不法行為を知りながらこれに加担したとの事実まで認めることは困難である。
5 もっとも、原告は、被告正子を被告とする民事訴訟又は刑事告訴が過去に何件もみられ、被告丁田は、証人として尋問を受けたから、少なくともF訴訟、C訴訟の内容を認識しており、被告正子が詐欺的又は脅迫的な手段で高額の現金を念金の名目で預かることを知っていた旨を主張しているので、この点について判断を加える。
確かに、前記認定の事実によれば、被告丁田はC訴訟において証人として尋問を受けたこと、その際、同被告は、F訴訟に関連した尋問も受けたこと、被告丁田自身、かつて被告正子に四九〇〇万円を念金のため預けたことがあったことが認められ、これによれば、被告丁田は、被告正子が会員から多額の金員を預かることがあり得ることを知り、又は知り得たものというべきである。
しかし、前記認定の事実によれば、被告丁田は、当時、被告正子を信頼していたものであり(第二の二4(二)参照)、C訴訟は、念金について寄託金と構成して、その返還を求めるものであり、不法行為による損害の賠償を請求したものではなく、したがって、被告正子がCに念金を勧誘する過程の詐欺性等は争点とされておらず、被告正子による相殺の可否が争点となったにすぎず、被告丁田の証人尋問においても、被告正子がCに念金を勧誘する過程の詐欺性等は特に尋問の内容とされてはいなかったのである(一1(一)(3) 参照)。これらの事実に照らして考えると、被告丁田は、前記のとおり、被告正子が詐欺的又は脅迫的手段を用いて、念金の名目で会員から高額の現金を預かっていたとの事実を知っていた又は知り得べきであったとまで認めることはできないというほかないのである。
6 そうすると、被告丁田が、同正子の前記不法行為を知りながら、被告正子を推奨する発言をしたということはできないし、会員が被告正子の詐欺的又は脅迫的な手段によって念金の名目で高額の預り金を交付させられる事態になることを予見することができたともいえず、結局、原告が主張する不法行為責任は認められないといわざるを得ない。要するに、被告丁田は、同正子に利用されていたというほかない。この点について付言するに、被告丁田は、我が国では著名な女優であって、好むと好まざるとに関わらず、その言動がファンのみならず、公衆やマスコミの注目を集めることから、良しにつけ悪しきにつけ、その知名度や影響力が利用される可能性があることは否定しがたいところである。したがって、被告丁田においても、今後は、その知名度や影響力が不正な事業や目的のために利用されることのないよう、平素の言動においても、十分に意を用いることが強く望まれるものである。
以上によれば、原告の被告丁田に対する請求は理由がない。
四 損害額(争点4)について
1 原告は、被告正子の前記不法行為に基づき、同被告に交付した金員<1>ないし<6>の合計一億二四八九万円について、これと同額の損害を被ったことは明らかである。したがって、被告正子は、これを賠償する責任がある。
なお、原告は、遅延損害金の起算日に関し、金員<5>の三八〇〇万円については当該不法行為の日である平成一〇年四月二八日、その余の金員については、不法行為の後である同年一〇月一日と主張している。本件における被告正子の不法行為は一連のものとみることが相当であるから、すべての損害について、遅延損害金の起算日を不法行為の後であり原告の主張する平成一〇年一〇月一日と認めることとする。
2 次に、弁論の全趣旨によれば、原告が原告訴訟代理人に対し本件訴訟の提起、追行を委任したことが認められ、原告は被告正子の不法行為により被った損害を回復するために本件訴訟を余儀なくされているものであるところ、本件事案の内容、その経過、認容額その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、被告正子の前記一連の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は一〇〇〇万円をもって相当と認める。
3 原告は、被告正子の不法行為によって精神的苦痛が生じた旨を主張する。原告は、本件において、被告正子が金員<1>ないし<6>を交付させたこと自体を損害として構成するものであるところ、右損害は、財産的損害にほかならないから、特段の事情のない限り、財産的損害が回復されることによって、精神的苦痛は慰謝されるとみるべきであると解される。そうすると、本件は、原告が交付した金員<1>ないし<6>はすべて賠償され、そのために必要であった弁護士費用も賠償されるのであるから、これに加えて、慰謝料を認めることは相当とはいえない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、被告乙川正子に対する請求については、判示してきたとおりの限度で理由があるから一部認容してその余を棄却することとし、被告乙川太郎及び被告丁田信子に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条但書、六一条を、仮執行の宣言につき二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 足立謙三 裁判官 中野琢郎)