東京地方裁判所 平成10年(ワ)28830号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 徳住堅治
同 棗一郎
被告 B
右訴訟代理人弁護士 瑞慶山茂
主文
一 原告が株式会社藤田観光(フォーシーズンズホテル椿山荘東京)に結婚式の費用として予納した金七六四万三二六七円からキャンセル料を差し引いた返還金二二一万三三六五円の受領権限を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを一五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
1 原告及び被告が、株式会社藤田観光(フォーシーズンズホテル椿山荘東京、以下「フォーシーズンズホテル」という。)に予約した結婚式のキャンセルに伴う清算について次のことを確認する。
(一) フォーシーズンズホテルに支払うべき結婚式のキャンセル料三五九万八九六〇円は被告の負担とする。
(二) 原告及び被告がフォーシーズンズホテルに予納した七六四万三二六七円から前項のキャンセル料を差し引いた返還金四〇四万四三〇七円を受領する権限については原告が有する。
2 被告は、原告に対し、二五三一万八一四六円及びこれに対する平成一〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告から不当に婚約を破棄されたと主張して、被告に対し、<1>結婚式場に支払うべき結婚式のキャンセル料が被告の負担であること、<2>原告と被告が結婚式場に払い込んだ金額から右キャンセル料を差し引いた返還金の受領権限を原告が有することの各確認請求と、婚約不当破棄による損害賠償請求をした事案である。
一 争いのない事実
1 原告と被告は、平成一〇年三月に友人の紹介で知り合い、その後の交際期間を経て、同年六月一二日頃、被告が結婚を申し込み、原告がこれを承諾して両名の間に婚約が成立した。当時原告は三一歳でモデル等をしており、被告は三二歳の開業間もない歯科医であった。
2 その後、同年七月一日には結婚式を同年一〇月一〇日にフォーシーズンズホテルで挙げることが決められ、同ホテルに予約した。その後、同年七月一九日には被告の側から結納として二一〇万円が原告に渡された。また、同年七月二〇日、原告は婚約指輪等をデパートの外商から購入し、被告はその代金として一三〇万円を原告に支払った。
3 同年八月中旬から、結婚披露宴の案内状が発送され、原告側の及び被告側の出席予定者はそれぞれ約六〇名と約五〇名であった。フォーシーズンズホテルに対し、結婚式のための費用として、被告は、同年一〇月一日、三四六万〇二六七円を、原告は、同月三日、四一八万三〇〇〇円をそれぞれ払い込んだ。
4 被告は、同年一〇月六日から七日にかけて、原告との結婚を取り止める意思を明らかにし、結婚式場や二次会の会場の予約も取り消した。
二 争点
争点は、以下の原告の主張が認められるか、である。
1 原告の主張
(一) 確認請求
フォーシーズンズホテルはキャンセル料として三五九万八九六〇円を請求しており、原告と被告が払い込んだ結婚式の費用の総額七六四万三二六七円から右のキャンセル料を差し引いた四〇四万四三〇七円を返還するものとしている。被告は正当な理由なく婚約を破棄したものであるから、このキャンセル料は被告の負担であり、右の四〇四万四三〇七円は原告がその受領権限を有するものである。
よって、原告は、右キャンセル料三五九万八九六〇円は被告の負担であることの確認と、フォーシーズンズホテルからの返還金四〇四万四三〇七円の受領権限は原告が有することの確認を求める。
(二) 損害賠償請求
被告の婚約破棄は、正当な理由のないものであり、これにより、原告は次のような損害を被った。
(1) 原告が結婚式の費用としてフォーシーズンズホテルに払い込んだ四一八万三〇〇〇円と右(一)のとおり原告が返還を受けうる四〇四万四三〇七円との差額一三万八六九三円
(2) 原告が結婚の準備のために出費した別紙婚姻費用目録記載の損害額一五一万二〇六七円
(3) 原告が嫁入り道具という特定の目的のために購入した別紙家財道具目録記載の各家具の総額の七割に相当する一六六万七三八六円
これらの家具は、嫁入り道具としてその有用性が限定されており、原告は右の額の損害を被った。
(4) 精神的損害に対する慰謝料二〇〇〇万円
結婚式の直前に全く理由も示さないで婚約を破棄するという被告の非常識な行為により、原告は招待客らに結婚取り止めの連絡を行うなど大変辛い思いをしており、原告の精神的損害は大きい。
(5) 弁護士費用二〇〇万円
2 被告の認否、反論
原告の主張を争う。
婚約の破棄には、次のような正当な理由があり、被告には損害賠償の義務はない。
原告は、婚約の成立前は猫をかぶった態度で被告に近づいてきたが、婚約後は態度を変え、非常識な行動をとり、自分の意見を主張するだけで被告の意見を無視し、結婚の準備についても被告の過大な負担を求め、被告の両親に対する配慮も全くなかった。また、原告の父親も原告のわがままを通すために被告を怒鳴り散らしたりすることから、被告は婚約破棄を決断せざるを得なかったものである。
第三争点に対する判断
一 確認請求について
1 証拠(甲三、原告本人)によれば、原告主張のキャンセル料三五九万八九六〇円については既にフォーシーズンズホテルの側で原告及び被告から払い込まれた結婚式の費用総額七六四万三二六七円(原告の払込額は四一八万三〇〇〇円、被告の払込額は三四六万〇二六七円)からの相殺・差引きの手続を終えており、その残額四〇四万四三〇七円を原告及び被告に支払う旨を申し出ていることが認められるから、もはやキャンセル料の支払債務が残存しているものとは認められない。また、結婚式のために払い込んだ費用の返還請求権は、結婚式の取り止めについて原告と被告のいずれに非があるかには関わりなく、払い込んだ者が有するものであり、キャンセル料の控除も払い込まれた結婚式の費用の総額から一定の比率で行われるものと解されるから、結局、原告は二二一万三三六五円の受領権限を有し、被告は一八三万〇九四二円の受領権限を有するものと認められる。
2 そうすると、フォーシーズンズホテルとの債権債務に関する原告の確認請求は、原告がフォーシーズンズホテルからの返還金のうち二二一万三三六五円の受領権限を有することの確認を求める限度で理由があるが、その余は理由がないこととなる。
二 損害賠償請求について
1 損害(1) について
原告がフォーシーズンズホテルとの間で負担したキャンセル料は、被告が婚約を破棄しなければ生じなかったといえる。しかし、後記認定のとおり、婚約の破綻と破棄に至ったことについては全てが被告の責めに帰すべきものではなく、原告の側にも責任の一半があったことに照らすと、右キャンセル料についても全額が被告の行為によって原告に生じた損害といえるものではないうえ、前記のとおり、被告側から原告に対して二一〇万円の結納金が交付されていることに照らすと、原告が被告に対して右キャンセル料相当額の損害賠償請求権を有するとは認められない。
2 損害(2) について
別紙婚姻費用目録に掲げられたもののうち、指輪三個(番号15)については、前記のとおり被告が一三〇万円を指輪代として原告に支払っており、それ以上の額を原告が支出したとしても、証拠(甲一二、乙三)によれば、原告はこの指輪を自己のものとして所持していることが認められるから、右支出をもって原告の損害ということはできない。また、証拠(甲五の21、22、23、25、26、一二、乙一、原告本人)によれば、「お祝い返し(プランタン)」(番号21)は、原告が友人からお祝いをもらったことに対するお祝い返しの費用、「結納(なだ万)」(番号22)は、原告と被告がそれぞれの両親と共に結納に伴う会食をした費用、「式場への支払い」(番号23)は、原告らがフォーシーズンズホテルに行った際の喫茶の費用、「ネクタイ三本」(番号25)及び「シャツ(アルマーニ)」(番号26)は、原告が被告に贈った衣類の費用であるが被告からも衣類を贈られていることが認められ、これらの費用を直ちに婚約破棄による損害と認めることはできない。その他に、結婚がなされなくなったことにより無意味となった費用や結婚の取り止めによって生じた支出が一部含まれているとしても、右の損害(1) と同様の理由で、これらが全て被告の行為によって原告に生じた損害とはいえないうえ、被告側から原告に対して結納金二一〇万円が交付されていることに照らすと、原告が被告に対してこれらの額の損害賠償請求権を有するとは認められない。
3 損害(3) について
原告は、別紙家財道具目録記載の各家具の総額の七割に相当する一六六万七三八六円の損害を被ったと主張するが、証拠(甲四の1ないし7、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、同目録記載の物品のうちの大半は必ずしも嫁入り道具として有用性が限定されるものではなく一般に家具として使用しうるものであるうえ、既に原告の要求により原告のもとに引き取られていることが認められる。これらのうちに一部有用性が失われたものがあるとしても、右の損害(1) と同様の理由で、これらが全て被告の行為によって原告に生じた損害とはいえないうえ、被告側から原告に対して結納金二一〇万円が交付されていることに照らすと、原告が被告に対してこれらの額の損害賠償請求権を有するとは認められない。
4 損害(4) について
(一) 証拠(甲八、九、一二、一三、乙一ないし四、原告及び被告本人)によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告と被告が平成一〇年三月に初めて会った際、原告がテーブルの上に置いた携帯電話を被告が勝手に手に取り、被告の電話番号を入力した上、自分の名前を「先生」と表示したことから、原告は被告のことを無神経で変な人物と感じた。その後、原告は、被告からの電話やファックスでの誘いを受けて時折会うようになったが、会ってみると被告が無口・無表情で気配りがないことにいらいらしたり、「ヘルスに行ったことがある。」などと無神経なことを言うことにも違和感を感じ、同年五月初旬頃にはこれ以上付き合うべきではないと考えていた。
(2) ところがその後、同年五月中旬に原告が長年飼っていたペット犬が死んで気落ちしていたところ、同年六月一二日頃、被告からの誘いを受けて会った際、被告から結婚の申込みを受け、原告もこれを承諾した。原告としては、男らしい人物が好きで被告は自分の好みとは合わない人物であると感じていたが、結婚を決めたからには被告の足りないところを埋めてやるべきことはきちんとやろうと考えていた。
(3) 婚約成立後も、原告は、被告が原告の父親との挨拶に名刺を持参しなかったことを奇異と感じたり、持ってきた花が安っぽいと感じてがっかりするなど、被告の言動に不満を感じることが続いた。また、従来被告の実家が車屋と聞いていたのに被告の実家に挨拶に行く直前に被告から車の解体業と告げられ、騙されたように感じたが、「もう逃げられない」と思い、被告の両親に挨拶し、結婚式の日取りを決めるなど、結婚の準備を進めた。その後も、原告は、被告が無口で無表情であって気配りをしないとか、煮え切らない態度をとり金銭に細かいとか感じて、強い失望や不満を抱くことが多く、次第に被告に対してこのような不満を露わにしたり被告を非難する態度をとるようになった。
(4) 他方、被告の方では、原告が婚約後は従前と態度を豹変させて、自己主張の強いわがままな態度を取り始めたと感じるようになった。また、被告は原告の父親が被告に対してとる態度が著しく強圧的なものと感じ、結婚後の生活に不安を感じた。また、原告も被告の父親が原告に対してとる態度が無礼で不愉快なものと感じ、このようなことも相俟って、原告と被告の関係は次第にぎくしゃくとしたものとなっていった。
同年九月初旬には、原告がかねて予定していたとおり結婚後に友人らと共にハワイ旅行に行きたいといったのに対して被告が難色を示したところ、駅前で口論となり、原告が興奮して大声を上げるなどのことがあり、被告は原告がわがままで非常識な人間であると強く感じるようになった。また、同年九月中旬には、原告が購入して被告の元に送った食器が紛れていた件で被告を強く非難したことや「結納金が足りない。」と言ったことに被告は強い憤懣を抱いた。
(5) 同年一〇月一日、被告が結婚式の費用について原告側と被告側の出席者数をもとにして人数割りで計算した額三四六万〇二六七円をフォーシーズンズホテルに対して振り込み送金し、このことを同日夜の電話で原告に話したところ、原告は被告がこのように金額を一方的に決めて払い込んでしまったことやそのことを電話の話の途中で告げたことに激怒し、長時間にわたり強い口調で被告を非難したため、被告は原告の人間性を疑うようになった。
また、原告の側では、結婚式の披露宴の出席者の配席表を作ることが当然だと考えていたのに対して、被告の方ではこれを作ることに反対していたが、同年一〇月初め頃には被告もこれを作ることに同意していた。ところが、被告は同月四日の段階で再びこれを作らないと主張したことから、原告は被告に対して信用できない人物であるとの不信感を抱き、他方、被告はこれを非難する原告の言葉から被告の家全体が侮辱されたように感じて憤懣を抱いた。
(6) 被告は、同月五日、原告の父親に呼び出されて、「おれのようになればよい。そうすれば、女はついてくる。」「財産はあるのか。」などと言われ、配席表について意見を言ったところ、「関係ない。」と大声で怒鳴られたことなどから、最終的に婚約を解消することを決意した。そして、翌六日に原告に電話して「僕はあなたのお父さんのようにはなれません。」「あなたのお父さんのような人と結婚してください。」などと述べたが、明確に婚約を破棄することを述べなかったため、原告はこれを婚約破棄を伝える電話とは理解しなかった。
また、被告は、同日夜、婚約を破棄したい旨を伝えるために原告の父親の事務所に出向いて会ったが、父親から「なんだ。止めるのか。それを言いに来たのか。」と聞かれ、その威圧感に押されて、不本意ながら「いいえ、違います。」と答えて別れた。
(7) 被告は、同月七日、結婚式場のフォーシーズンズホテルと結婚式の後の二次会を予約していた原告の知人の経営する店にキャンセルの連絡をした。原告は、知人からの連絡でこのことを知らされ、また、被告からも電話で「お父さんみたいな人を探してください。」などと言われたため、婚約が破棄されたことを確認した。このため、原告は、急きょ披露宴の出席予定者らに結婚の取り止めを連絡することを強いられるなど、多大な精神的苦痛を受けることになった。
(二) 右認定事実に照らすと、被告は原告の人柄が自己の配偶者として適しているかどうかを十分に確認しないまま安易に結婚を申し込んで婚約に至り、その後、必ずしも正当な理由のないまま結婚式の直前に婚約を破棄したこと、しかもこのことを原告に明瞭に伝えなかったことにより、原告に多大の負担と精神的苦痛を与えたものである。他方、原告の方でも、被告と知り合った当初から、無神経で変な人物として違和感を感じたり、自分には合わない人物と感じながら、愛犬の死によって気落ちしていたというような理由から安易に被告からの結婚の申込みを受け入れ、その後、被告に対する不満や非難を露わにしたことによって、被告に原告が態度を豹変させたとの強い不信感を与えたものといえる。また、結婚式の直前に婚約の破棄を申し出たのは被告であったものの、この頃は既に原告と被告の間は円満を欠き、結婚しても夫婦の円満な関係が維持できることは期待しにくい状況にあり、原告の父親が被告と会うなり「なんだ。止めるのか。それを言いに来たのか。」と言ったように、原告の側でも被告が婚約破棄を言い出すのが予想できるような事態に至っていたことにも照らすと、婚約の破棄に至ったことについては、原告の側にも責任の一半があったことを否定できない。その他、被告側から原告に対して結納金二一〇万円と指輪代一三〇万円が支払われている反面、原告の負担する結婚式場のキャンセル料も約二〇〇万円に及ぶことなどの一切の事情を考慮すると、慰謝料は一五〇万円が相当である。
5 損害(5) について
本件事案の内容等に照らすと、被告の負担すべき弁護士費用は三〇万円が相当である。
三 以上によれば、原告の請求は主文認容の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 西村則夫)
別紙<省略>