大判例

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東京地方裁判所 平成10年(ワ)29004号 判決

原告 鳴海玲子

原告 川端学

右両名訴訟代理人弁護士 工藤勇治

被告 国民生活金融公庫

右代表者総裁 尾崎護

右訴訟代理人 紅露雅之

右訴訟代理人弁護士 鹿島恒雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らそれぞれに対し、各一〇五万円及び右各金員に対する平成一〇年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  被告は、自らを債権者とする貸金の連帯保証人から不動産の議渡を受けた原告らに対し、右譲渡が詐害行為であるとして、別紙物件目録一記載の不動産(以下「本件不動産」といい、なお、同目録一1記載の土地を「本件土地」と、同一2記載の建物を「本件建物」という。)につき処分禁止の仮処分の申請をし、更に原告らに対し、詐害行為取消訴訟を提起したことがある。本件は、原告らが被告に対し、右仮処分及び訴訟提起が不法行為であるとして、損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1(一)  被告は、伸栄輸送株式会社(以下「伸栄輸送」という)に対し、平成五年一一月九日、鳴海清稔(以下「清稔」という。)を連帯保証人として、以下の約定で、一五〇〇万円を、貸し付けた。

支払方法 元金は平成五年一二月から毎月二〇日限り一五万円ずつを支払う。利息は右各支払期日限り経過分を支払う。

利息 年四・五パーセント(年三六五日の日割計算)

遅延損害金 年一四・五パーセント(年三六五日の日割計算)

特約 伸栄運送が銀行取引停止処分となったとき、元利金の支払を怠ったときは、当然に期限の利益を失う。

(二)  清稔は、当時別紙物件目録二記載の土地(以下「岩木町の土地」という。)を所有していたところ、被告との間で、平成五年一二月一三日、そのうち同目録二1記載の不動産(以下「本件抵当物件」という。)について、右貸金債務を担保するため抵当権設定契約を締結した。

(三)  伸栄運送は、平成五年一二月一日銀行取引停止処分となり、更に伸栄輸送は平成六年二月分以降の割賦金を支払わなかったので、遅くとも同月二〇日の経過により期限の利益を喪失した。

2(一)  原告玲子は、清稔の妻であり、原告学は、清稔の四女川端英芽の夫である。

(二)  清稔は、原告玲子に対し、平成五年一一月下旬ころ、本件土地の持分一〇〇分の二一を贈与し、同原告のため、東京法務局町田出張所平成五年一二月一日受付第三三二四二号所有権一部移転登記がされた。

(三)  清稔は、原告学に対し、平成五年一一月下旬ころ、本件土地の持分一〇〇分の七九及び本件建物を売り渡す旨の売買予約をし、同原告のため、本件土地の持分一〇〇分の七九について東京法務局町田出張所平成五年一二月六日受付第三三八六七号鳴海清稔持分移転請求権仮登記を、本件建物について東京法務局町田出張所平成五年一二月六日受付第三三八六八号所有権移転請求権仮登記がされた。

3  被告は、東京地方裁判所八王子支部に対し、本件不動産について、処分禁止仮処分の申請をし、平成六年八月八日その決定を得た(以下「本件仮処分」という。)。被告が右事件の疎明資料として提出した被告八王子支店野田隆雄調査役作成の報告書には、本件抵当物件については「現地の当公庫弘前支店にて現地調査したところ、全く買い手が付かない所で殆ど価値が無い状況」であり、岩木町の土地の他の物件も「同様に殆ど価値が無い状況」であると記載されていた。

4  被告は、原告らを被告として、平成六年八月五日、東京地方裁判所八王子支部に、詐害行為取消権に基づき清稔と原告玲子との間の贈与契約及び清稔と原告学との間の売買予約の各取消し、並びに右贈与契約及び売買予約に基づく各登記の抹消登記手続を求める訴えを提起した(以下「別件訴訟」という。)。

原告ら(別件被告ら)は、別件訴訟の審理に際し、株式会社国土鑑定研究所に本件抵当物件の時価の鑑定を依頼した。また、別件訴訟では、原告らの申請により、鑑定人成田哲夫により本件抵当物件の時価の鑑定がされた。

5  東京地方裁判所八王子支部は、平成一〇年三月三一日、別件訴訟について、被告(別件原告)の請求を全部棄却する判決を言い渡した。右判決の理由の要旨は、平成五年一二月六日当時、被告の伸栄輸送及び清稔に対する債権額は元金一五〇〇万円、利息五万一七八〇円の合計一五〇五万一七八〇円であるが、成田鑑定によれば、本件抵当物件の価額は一五一〇万円であったことが認められるところ、右事実によれば被告は自己の債権を満足させるに足る物的担保を有していたと認められるから、詐害行為取消権を行使することはできないというものである。

6  被告は、平成一〇年四月一四日、この判決を不服として東京高等裁判所に控訴した。

他方、被告と清稔は、八王子簡易裁判所平成九年(ハ)第四二七号貸金請求事件において、平成一〇年二月三日、訴訟上の和解をした。右和解の要旨は、清稔は、被告に対し、平成一〇年六月三〇日限り、残元金一三三五万円及び未払遅延損害金の一部を支払い、清稔が期限の利益を失うことなく右支払をしたときは、被告は未払遅延損害金の残額四二三万〇五三四円の支払義務を免除するというものである(乙七)。

東京高等裁判所は、同年九月一六日、別件訴訟について控訴棄却の判決をした。その理由の要旨は、右和解により、同年六月末日までに清稔が債務全額を弁済した以上、訴訟の前提が失われたというものである。

三  争点

本件の主要な争点は、<1>本件仮処分及び別件訴訟の訴え提起の違法性、<2>原告らの損害及び因果関係、<3>権利の濫用である。

四  原告らの主張

1  本件仮処分及び別件訴訟提起の違法性

被告は、岩木町の土地を「無価値に等しい」と断じているが、前記地裁判決によれば、本件抵当物件のみ(三一二〇平方メートル)でも当時一五一〇万円の価値を有していたのであるから、この価値から類推しても総面積八一三四平方メートルに及ぶ岩木町の土地の価値は三九三六万円を超え、清稔は無資力の状態であったとはいえず、清稔による処分行為は詐害性を有しない。被告は、当初から訴訟物たる権利のないことを知りながら、又は著しい不注意によりこれを認識しないまま訴えを提起したものであり、本件仮処分及び別件訴訟の提起は違法性を有する行為である。

なお、清稔は、伸栄運送の銀行取引停止処分後、自ら進んで本件抵当物件を担保提供したが、その際、本件不動産の担保提供については話題にさえなっておらず、同人は終始提供を断っていたのであり、右事情によれば、本件不動産に対する不執行の契約又は詐害行為取消権の放棄が約束されていたというべきである。

2  原告らの損害額 合計二一〇万円

(一) 本件訴訟を原告ら代理人に委任したことによる弁護士費用一六〇万円

原告らは、原告ら代理人に対し、着手金三〇万円、中間金三〇万円、中間金の追加金五〇万円並びに報酬及び控訴事件着手金五〇万円を支払った。

(二) 鑑定費用五〇万円

株式会社国土鑑定研究所に依頼した私的鑑定の費用である。

3  権利の濫用の主張に対する反論

被告は金融機関であり、清稔が被告に担保として提供した土地に隣接して、いわゆる開発された土地があるにもかかわらず、それを知りながら、これらの土地を無視し、本件抵当物件を「殆ど無価値である」と断じて仮処分、訴えの提起に及んだのであり、その過失の程度は大きいといえる。

五  被告の主張

1  本件仮処分及び別件訴訟の提起の違法性について

清稔は、岩木町の土地のみでは、平成五年一一月三〇日当時の被告の債権を満足させるに足りないにもかかわらず、原告らに対し、本件不動産を譲渡して無資力状態となり、右行為は詐害性を有するものであった。

この点、成田鑑定は、本件抵当物件の価額につき一五一〇万円と評価しているが、同鑑定は、原告側の私的鑑定書に迎合した可能性が強いなど信用性に問題がある。岩木町の土地は、市街化調整区域にある原野であり、既存宅地証明がないとすると、農業経営者の居住以外には住宅が建築できない土地であり、しかも当時いわゆるバブル経済は崩壊し、青森県下で、このような原野を購入する者はおらず、ほとんど買い手がつかない土地であった。

また、清稔の行為が詐害性を有しないとしても、これがあると判断した被告に過失はない。

2  原告らの損害について

別件訴訟において、成田鑑定がされたことなどの事情に照らし、原告らのした私的鑑定は必要性がなかったといえ、右鑑定費用五〇万円は、被告の訴え提起行為と因果関係がなく、原告の損害額に含まれるべきではない。

また、清稔は、訴訟上の和解により遅延損害金の一部の免除を受ける利益を得たのであるが、原告らと同人の身分関係に照らすと、清稔の右利益について本件訴訟において損益相殺をすべきである。

3  権利の濫用

無資力要件の点を除いて、清稔のした本件不動産の譲渡は、典型的な詐害行為であること、岩木町の物件の評価を誤ったことについての被告の過失は軽微であること、前記損益相殺の主張で言及したとおり、清稔が和解により利益を受けたという事情を総合すると、原告らが、被告に対し、不法行為による損害賠償として、請求の趣旨記載の金員の支払を求めるのは権利の濫用である。

第三争点に対する判断

一  本件仮処分及び別件訴訟提起の違法性(争点<1>)について

1  本件仮処分の違法性について

一般に、仮処分命令後本案訴訟において仮処分申請人敗訴の判決が確定した場合には、他の特段の事情のない限り申請人には少なくとも過失があったものと推認するのが相当である。本件においては、争いのない事実5、6のとおり、仮処分を申請した被告の敗訴の判決が確定しているのであるから、被告の過失が推定される(なお、東京高等裁判所は、情稔が債務を弁済したため訴訟の前提が失われたことを理由に別件訴訟における被告の控訴を棄却したものであり、被保全権利に関して直接判断をしたものではないが、東京地方裁判所八王子支部のした第一審判決の判断を否定したものではないから、右の点は本件仮処分における被告の過失の推認を妨げるものではない。)。

そこで、本件において、過失の推認を覆すべき相当の事由があるかどうかを判断すると、処分行為の相手方である原告らは清稔の近親者であること、特に原告玲子に対する処分行為は対価を伴わない贈与であること、右各処分行為の行われた時期は、主債務者である伸栄運送が銀行取引停止処分となった平成五年一二月一日の直前であることなどの事情に照らせば、清稔のした本件不動産の処分行為は外形的に詐害行為であると判断されても無理からぬものである。しかし、被告弘前支店の担当者は、平成七年九月に本件抵当物件の現地確認を行ったが、その際、右不動産の東方約五〇〇メートルの地点にある別の不動産を本件抵当物件と見誤った(乙三)ところ、この両不動産は接道状況が異なるほか、土地の造成の有無の点でも異なり(甲五の3、二一、乙一)、このことが本件抵当物件をほとんど価値がないものという結論を導く前提となったものと認められる。そうすると、被告のした清稔の資産調査は不十分なものであったといえ、右調査に基づき清稔が無資力であるとした被告の判断には相当な事由があったとはいえない。

したがって、本件仮処分の申請について被告の過失の推認を覆すことはできず、右仮処分申請は違法であったというべきである。

2  別件訴訟提起の違法性について

本来民事訴訟の提起は、私人に認められた訴権の行使であり、その限りでは適法な権利の行使であるから、原則としてなんら不法行為を構成するものではない。したがって、それが不法行為となるためには、特別の事由があることを要するのであって、単に請求が棄却されたというだけでは足りず、起訴当時その実体的理由がないことを知りながら、もっぱら他人に損害を加え又は自己に不当な利得を得んとするなど紛争解決目的以外の不法な目的をもってあえて訴えを提起した場合、または、起訴当時権利の存否についてわずかな調査をしさえすればその理由がないことを容易に知り得たにもかかわらずそれを怠り、軽率にも訴訟という手段に出たなど、自己に権利がないことを知らなかったことにつき、当該訴訟の原告に重大な不注意があると認められる場合などに限られるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件抵当物件の現地調査に誤りがあり、これが無資力要件の判断に影響を与えたことは前記1のとおりである。しかし、前記1で述べたとおり、清稔のした本件不動産の処分行為は、無資力要件の点は別とすると、外形的に詐害性のある行為と判断されても無理からぬものであった上、本件抵当物件を含む岩木町の土地は市街化調整区域内にあり(乙一)、その市場性の評価には困難があるといえることからすると、詐害行為取消権の行使の適否の判断は鑑定を含む別件訴訟の審理の結果によりはじめて容易になったものといえ、右訴訟の提起に当たり被告に重大な不注意があったものとはいえない。また、本件全証拠によっても、被告に不法な目的があったことを認めるに足りない。

なお、原告らは、本件抵当物件の担保提供に至る交渉経緯等から、清稔と被告との間で、本件不動産に対する不執行の契約又は詐害行為取消権の放棄が約束されていたと主張するが、仮に原告らのいうような経緯があったとしても、不執行の契約や詐害行為取消権の放棄の約束があったものと認めることはできない。

以上のとおりであるから、別件訴訟の提起は不法行為には当たらない。

二  原告らの損害及び因果関係(争点<2>)について

原告らは、損害として、別件訴訟の弁護士費用と私的鑑定の費用を主張している。後者については被告の主張にあるとおり、その支払の相当性に疑問の余地があるが、この点を措くとしても、これらの費用は、別件訴訟の追行に当たり必要なものとして支出されたものであり、別件訴訟が提起されれば、本件仮処分の申請の有無にかかわらず、支出が必要となったものといえる。そうすると、本件仮処分の申請とこれらの費用の支出との間には相当因果関係が認められない。

三  そうすると、争点<3>について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判官 太田晃詳)

物件目録一

1 東京都町田市玉川学園三丁目四三三二番一〇四

宅地 三二六・七四平方メートル

2 東京都町田市玉川学園三丁目四三三二番地一〇四

家屋番号 四三三二番一〇四

木造スレート葺二階建居宅

床面積 一階 一一四・六九平方メートル

二階  七〇・六九平方メートル

物件目録二

1 青森県中津軽郡岩木町大字百沢字裾野六四九番二一

原野 三一二〇平方メートル

2 青森県中津軽郡岩木町大字百沢字裾野六三八番一

原野 一四五四平方メートル

3 青森県中津軽郡岩木町大字百沢字裾野六四九番一八

原野 四九八平方メートル

4 青森県中津軽郡岩木町大字百沢字裾野六四九番一九

原野 二六三六平方メートル

5 青森県中津軽郡岩木町大字百沢字裾野六四九番二四

公衆用道路 四二六平方メートル

6 青森県中津軽郡岩木町大字百沢字裾野六三八番地一

家屋番号 六三八番一

木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗・居宅

床面積 一階 五二・九九平方メートル

二階 三二・二九平方メートル

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