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東京地方裁判所 平成10年(ワ)29423号 判決 2001年7月30日

原告

甲野太郎

右記訴訟代理人弁護士

畔柳達雄

唐澤貴夫

被告

乙山一郎

右記訴訟代理人弁護士

宮原守男

倉科直文

主文

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物から退去してこれを明け渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおりである。

被告は、現在、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を占有し、本件建物で、△△眼科の院長として眼科の診療行為をしている。

原告は、被告が、本件建物を占有して診療行為をしているのは、原告が□□病院院長の職務を終え、再び戻ってくるまでの間、本件建物において、医療開設者兼管理者として医療施設を適切に管理、運営することを内容とする準委任契約が原告と被告との間に成立していたからであると主張している。その上で、原告は、被告が、①医院の診療や経理状態を原告に対し報告する義務を怠った、②原告に無断で原告から引き継いだ職員四人を全員退職させた、③医院の事業主であると称していることにより、前記準委任契約は、継続の前提となる信頼関係が破壊されたとして、前記準委任契約を解除するとの意思表示をし、被告に対し、本件建物から退去して明け渡すことを求めている(請求原因)。

これに対し、被告は、原告が□□病院の院長に就任する際△△甲野眼科を廃業し、新たに被告が事業主になっているから、原告と被告との間には、原告が主張するような準委任契約は存在しないとし、原告と被告との間には、建物に関する転貸借契約が存在するにすぎないと反論している(請求原因の積極否認)。更に、被告は、仮に原告が主張するような準委任契約が存在するとしても、□□病院の院長である原告が別個に診療所を経営することは医療法の根幹にかかわる脱法行為であるから、前記準委任契約は公序良俗に反し無効であるとして、準委任契約が解除されたことを根拠とする原告の本件請求は理由がないと主張している(抗弁)。

1  争いのない事実等(証拠によって認定した事実は末尾に当該証拠を掲記する)

(1)  当事者

ア 原告は、平成九年六月から同一〇年三月三一日まで、本件建物を訴外有限会社中央商事(以下「訴外中央商事」という)から賃借し、△△甲野眼科という名称で眼科の診療所を経営していた医師である。原告は、平成一〇年四月一日から□□病院院長の地位にある。

イ 被告は、平成一〇年四月一日から、本件建物で、眼科の診療所である△△眼科の院長をしている医師である。

(2)  本件訴訟提起に至るまでの事実経過の概略(甲1の2、同2、18ないし20、乙1ないし3、35の1、原告本人)

ア 訴外中央商事は、平成九年二月一五日、原告に対し、本件建物を、期間を同日から平成一〇年八月三一日まで、賃料を七八万六一五〇円として賃貸した。

イ 原告は、平成九年四月、東京大学医学部眼科教授を定年退官し、同年六月から、本件建物において、自らを開設者兼管理者とする△△甲野眼科を開業した。被告は、平成二年九月北里大学医学部を卒業後、同三年六月、東京大学医学部附属病院眼科医局に研修医として入局し、以後原告の指導を受けていた。被告は、原告が△△甲野眼科を開業後は、毎月数日程度、同眼科において、原告の代診を務めていた。

ウ 原告は、平成九年一二月ないし同一〇年一月ころ、東京大学医学部長及び労災事業団理事長から、□□病院の院長になってほしいとの依頼を受け、これを承諾した。

エ 原告は、□□病院の院長に就くに当たって、原告の代わりに、△△甲野眼科の院長として、診察を任せられる者を探した。原告は、東京大学の講師らに話を持っていったが、いずれも断られた。

オ そこで、原告は、平成一〇年一月ころ、被告に対し、年俸一二〇〇万円で、△△甲野眼科の院長にならないかと話を持ちかけ、その後、同年二月ころにも、話合いを行い、被告の報酬を年額一二〇〇万円とするなどの取決めをした。

カ 原告と被告は、平成一〇年三月九日、本件建物の賃貸人である訴外中央商事とともに、本件建物を原告から被告へ転貸借をし、訴外中央商事はこれを承諾するとの内容の、転貸借承諾に関する覚書を作成した。

キ 原告は、平成一〇年三月三一日、東京都知事に対し、同日付で、△△甲野眼科を開設管理者退職のため廃止するとの届出をし、同年四月一日、□□病院院長に就任した。

ク 被告は、平成一〇年四月一日、東京都知事に対し、被告を開設者兼管理者とする△△眼科を開設するとの届出をし、本件建物で△△眼科院長として診療行為を開始した。

ケ 原告は、平成一〇年一〇月一九日、被告に対し、原告と被告が締結していた準委任契約を解除する旨の意思表示をし、準委任契約終了に基づき、平成一〇年一一月末日までに、本件建物から退去することを求めた。

コ 被告は、平成一〇年一一月二〇日、原告に対し、前記ケの準委任契約解除の意思表示及び本件建物からの退去請求は筋違いであり、これには応じられないと回答した。

サ 原告は、平成一〇年一二月一八日、被告に対し、本件建物から退去しその明渡しを求める本件訴訟を提起した。

2  争点

(1)  本件建物に対する被告の占有権原は、準委任契約か転貸借契約か。

【原告の主張】

原告は、平成一〇年二月ころ、被告との間で、同年四月一日から原告が□□病院院長の職務を終え、再び本件建物に戻ってくるまでの間、被告が、本件建物において、診療所の開設者兼管理者として本件建物内の医療施設を適切に管理、運営することを内容とする準委任契約を締結した(以下「本件準委任契約」という)。

【被告の主張】

原告と被告は、本件建物についての転貸借契約を締結したのみで、原告と被告との間には、原告が主張するような準委任契約は存在しない。

(2)  本件準委任契約は公序良俗違反に当たり無効か。

【被告の主張】

医療法七条、八条は、医師若しくは医療法人及び専ら公益目的の公私の団体以外のものが医療事業を行うことを禁止し、医療事業を行う場合には、必ず開設の届出若しくは許可を得なければならないと規定している。また、医療法一二条一項、二項は、開設届を提出しない診療所等のオーナーを禁止し、医師が開設者となる場合は、自らが専任の管理者として当該医療施設での医療業務の遂行及び運営に全面的に責任を持たなければならないとし、一人の医師が、二つ以上の診療所や病院を保有し支配することを禁止している。よって、原告が、□□病院以外の病院あるいは診療所を開設し、保有すること及び管理者となることは許されていない。

本件では、原告は、平成一〇年三月三一日、東京都知事に対し、診療所廃止届を提出し、同年四月一日には□□病院院長に就任している。原告が平成一〇年四月一日以降も本件建物で被告名義を借りて診療所事業を続けていたのであれば、それは医療法の根幹にかかわる脱法行為である。

以上によれば、仮に、原告と被告との間に、本件準委任契約が締結されたとしても、当該契約は公序良俗に反し、無効である。

【原告の主張】

医療法が問題としているのは、医療を投資対象として患者の犠牲において経済的利益の追求を最優先とする開設者の介在を排除することにある。診療所の開設者である医師が死亡等により廃業した場合、後継者が育つまでの間、死亡した医師の妻などが開設者となることを許可し、他の医師を管理者として施設を活用することは社会的に意味のあることである。その場合に、非医師である開設者とその施設の管理者である医師との法的関係について医療法は何も規定しておらず、私的自治に委ねられている。本件では、原告は、□□病院院長の地位にある間、診療所の物的人的設備を被告に託したのであるが、医療法との関係では、本件のように原告が廃業し、被告が新たに開業した形にする方法と、原告の妻等が許可を得て開設者となり被告を使用する方法とが考えられる。本件では、前者の方法がとられたが、この方法は世間一般に行われ、社会的に是認されている方法であり、医療法の脱法行為には当たらない。

(3)  本件準委任契約の解除は有効か。

【原告の主張】

ア 原告が本件準委任契約において委任した内容は、原告が□□病院院長での職務を終え、再び戻ってくるまでの間、医療開設者及び管理者として本件医療施設を適切に管理、運営するものであった。原告は、本件準委任契約締結の際、被告との間で、被告が適切に医療行為及び病院の経営を行っているかを明らかにするため、被告は原告に対し、委任事務処理の状況及び内容について毎月報告することを約した。ところが、被告は、平成一〇年六月以降、前記報告業務を一切行わず、原告が報告するよう求めても応じない。また、被告は、原告から引き継いだ四人の職員を、原告に無断で解雇した。更に、被告は、業務報告をするよう求めた原告に対し、自らが診療所の事業主であるとして、本件準委任契約の存在までも否定している。

イ 以上のような被告の言動により、原告は、本件準委任契約を継続するための要件である被告に対する信頼を失った。よって、原告の被告に対する本件準委任契約の解除の意思表示には理由がある。

【被告の主張】

原告と被告との間には本件準委任契約は存在しない。よって、原告の解除の主張は、前提を欠き理由がない。

第3  争点に対する判断

1  争点(1) (本件建物に対する被告の占有権原の性質)について

(1)  原告と被告との間で本件準委任契約が締結されたか否かについて検討する。

前記争いのない事実等及び証拠(甲1の1及び2、同5、6、8、20、乙1、3、4、35の1及び2、証人小見山、原告本人、被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 原告は、平成九年二月一五日、訴外中央商事から、本件建物を、期間を同日から平成一〇年八月三一日まで、賃料を月額七八万六一五〇円、保証金を七八六万円として賃借し、本件建物の引渡しを受けた(甲1の1及び2、同20、弁論の全趣旨)。

イ 原告は、東京大学医学部教授を定年退官した後である平成九年六月から、本件建物で、△△甲野眼科の名称で眼科の診療行為を開始した。原告は、△△甲野眼科を開業するに当たって、銀行から四〇〇〇万円を借りた(甲20、原告本人)。

ウ 原告は、平成一〇年一月ころ、東京大学医学部長及び労災事業団理事長から、□□病院の院長になってほしいと強く懇請された。原告は△△甲野眼科の会計顧問をしている小見山公認会計士(以下「小見山」という)に対し、原告が□□病院院長に就任した場合の△△甲野眼科の運営について相談した。小見山は、原告に対し、原告が□□病院院長の地位にある間、△△甲野眼科の運営を他の者に任せ、□□病院院長の職務を終えた後、再び本件建物で診療してはどうかと提案した(甲5、証人小見山、原告本人)。

エ 原告は、小見山の提案に従うことにし、知人等から、講師以上のキャリアがある者を選んで、△△甲野眼科の院長として診察を行ってくれるよう依頼したが、全て断られた。そこで、原告は、平成一〇年一月下旬、△△甲野眼科に週一日アルバイトに来ていた被告に対し、年俸一二〇〇万円で、△△甲野眼科の院長にならないかと声をかけたところ、被告は、これを承諾した(甲20、原告本人、弁論の全趣旨)。

当初、被告の報酬を年額一二〇〇万円とし、収入からその給与を含む診療所経費を控除した残額(利益)があるときは被告が全額を取得するという取決めであったが、平成一〇年二月ころ、原告からの要望により、経費(前記被告の報酬一二〇〇万円を含む)を控除した残余は、原告と被告が折半して取得するとの合意が成立した(甲20、原告本人、弁論の全趣旨)。

オ 原告と被告は、診療所(本件建物)の利用に関し、転貸借の形をとることにし、賃貸人である訴外中央商事もこれを承諾した。そこで、原告、被告、訴外中央商事らは、平成一〇年三月九日、本件賃貸借契約を前提として原告から被告への転貸借を承諾することに関し、訴外中央商事を賃貸人、原告を賃借人兼転貸人、被告を転借人、訴外喜多代泰(以下「訴外喜多代」という)を原告の連帯保証人、原告の知人である訴外加藤栄嗣(以下「訴外加藤」という)を被告の連帯保証人とする旨の覚書(以下「本件覚書」という)を作成した。その際、転借料は、賃料と同額の月額七八万六一五〇円とした(甲1の1及び2、同4、5、20、証人喜多代、同小見山、原告本人)。

カ 原告は、平成一〇年三月三一日、東京都知事に対し、同日付で、△△甲野眼科を開設管理者退職のため廃止するとの届出をし、被告は、同年四月一日、東京都知事に対し、被告を開設者兼管理者とする△△眼科を開設するとの届出をした(乙1、3)。

キ 被告は、診療等に使用する眼科機械について、平成一〇年四月一日、原告が訴外株式会社ヨオクから訴外有限会社ユーキ企画を通じてリースを受けていた関係を引き継ぎ、訴外ユーキ企画とリース契約を締結したが、その支払は、原告名義で行うこととした(乙5、6)。

ク 被告は、平成一〇年四月一日以降、本件建物において、△△眼科院長として眼科の診療行為を行い、他方、原告は、□□病院長として勤務する傍ら、同年九月まで、毎週土曜日、△△眼科で患者を診察し、その際、新たな患者を診察することもあった。原告は、毎週土曜日の診療行為について、被告から格別、報酬をもらっていない(甲20、原告本人、弁論の全趣旨)。

ケ 本件建物には、絵画一〇点を含む原告の私有物が置かれており、被告は、平成一〇年四月一日以降もその使用を継続した(原告本人)。

コ 被告は、平成一〇年五月一五日、小見山に対し、次の内容の文書をファックスで送り、小見山の回答を求めた(甲5、6、証人小見山)。

(ア) △△眼科としての最低必要な経費はどのような物が、いくらかかるのですか。それを正確に把握しないと、院長として毎月いくらぐらいの目標を立てれば良いか等、計画が立てられません。四月の初月分は六〇〇万円でしたが、以後の計画を立てるのに知っておく必要があります。

(イ) 税込み一二〇〇万円というのはどのような計算になるのでしょうか。明細を送ってください。年俸なら「給与制」と考えて良いのでしょうか。

(ウ) 甲野先生は事業主として廃業または休眠、税務署に事業主として乙山を申請するとの事でしたが、事実上どこまで引き継ぐのでしょうか。

(エ) 税務署に私の名前で書類を出すと仰っていましたが、どのような書類を提出するのか事前に見せて下さい。

(オ) 事業主を乙山にしても、甲野先生は、「儲けは出さないから心配しなくても良い。」と仰っていましたが、どのようにするのでしょうか。私は四月は昼休みも、土、日、祭日も休まずに、収益を上げるために努力し、引き継いだときから、収入を落とさず六〇〇万円の収入を得ましたが、来月からはこれ程までの収益を上げる必要はないのでしょうか。

(カ) 経営上の私の「立場」と「責任」の範囲について教えてください。

サ 被告は、平成一〇年五月二一日、小見山に対し、儲けが出た場合は、原告と折半することになっているとし、会計士としてどのような処理を考えているのか教えてほしい等の記載がされた文書をファックスで送り、小見山の回答を求めた(甲5、8、証人小見山)。

(2)  以上の認定事実に、証拠(甲20、原告本人)を併せ考えれば、原告と被告との間で、平成一〇年二月ころ、原告が□□病院の院長を務めている間、被告の報酬を年額一二〇〇万円とし、収入からその給与を含む診療所経費を控除した残額(利益)があるときは原告と被告が折半して取得するとの取決めで、被告において医療開設者兼管理者として医療施設を適切に管理、運営することを内容とする本件準委任契約が成立したと認めるのが相当である。

なお、本件では、原告と被告との間に本件準委任契約に関する契約書が存在しないが、原告は被告の指導教授であったことなどの事情に照らせば、上記認定を妨げるものではない。

(3)  ところで、被告は、平成一〇年二月ころ、本件準委任契約は成立したものの、その後、平成一〇年二月中旬に、原告から、原告が廃業し被告が全て責任を持ってやってほしいという内容に変わり、本件準委任契約の合意は解消された旨主張し、これに沿う供述をする。そこで、被告の前記主張は理由があるのか否かについて検討する。

確かに、本件では、前記認定のとおり、原告が△△甲野眼科の廃止手続をしていること、被告が△△眼科を開設する届出をしていること、本件建物を原告が被告に対し転貸することついて訴外中央商事が承諾する旨の本件覚書が存在すること等被告の主張に沿う証拠も存在するところである。

しかし、前記認定のとおり、本件建物に関する転貸借についての本件覚書の作成経過や、転貸料の額(賃料と同額)など転貸借契約の内容、リース料の支払名義などのリース契約の内容等に照らせば、被告が全て責任を持って行う合意ができたとする被告の供述は採用することができない。

すなわち、本件覚書には、原告の連帯保証人として訴外喜多代の署名押印が、被告の連帯保証人として訴外加藤の署名押印がみられるが、証拠(証人喜多代)によれば、被告と訴外加藤は、転貸借契約締結時までほとんど面識がなく、したがって、転貸借契約の連帯保証人になるような間柄ではなかったことが認められる。そうだとすると、訴外加藤が、被告の連帯保証人になったのは、将来本件建物で原告が診療所の事業主に復帰するとの合意が原告、被告間に存在していたことを知っていた訴外喜多代が訴外加藤に依頼したからであると認めるのが相当である。

また、原告が廃業し、被告が新たに事業主として診療所を開設するのであれば、原告は、訴外中央商事と原告の間に締結された本件建物賃貸借契約を解除することを望むのが、保証金の返還、被告の賃料不払の危険回避の見地から自然かつ合理的であるが、本件全証拠を検討するも、原告が、訴外中央商事との賃貸借契約を解除しようと試みた形跡は認められない。また、本件覚書で転貸の期間が五年間とされているのは、原告が、□□病院院長から戻ってくる時期を考慮したものと推認することが可能である(弁論の全趣旨)。

加えて、前記(1)コ、サによれば、被告と小見山とのやりとりにおいて、被告は、平成一〇年五月一五日、小見山に対し、原告と被告との間の一二〇〇万円の扱いにつき年俸であれば給与制と考えてよいのかどうか、さらには、来月からは六〇〇万円ほどの収益をあげる必要はないのかという内容の質問をしていることが認められる。当該質問内容は、被告が事業主として△△眼科を経営していたとする被告の主張と矛盾するし、被告が小見山に対し、殊更虚偽の申告をしなければならないというような特段の事情も認められない本件にあっては、被告の主張は、客観的証拠に反し、不自然であり採用することが困難というほかない。

(4)  これに対し、本件準委任契約が締結され、その委任内容はその後変更されていないとする原告の供述は、前記(1)で認定した事実と符合するほか、①被告は、平成一〇年四月一日以降同年六月までは、原告に対して業務内容を報告していたと窺われること(甲20、原告本人、弁論の全趣旨)、②原告は、平成一〇年四月及び同年五月に△△眼科でかかった人件費を負担し、更に、同年七月二五日ころ、未払となっていた△△眼科の職員の給料を被告に代わって支払っていること(甲20、原告本人)、③原告は、毎週土曜日の△△眼科での診療について、被告から報酬を受け取っていないこと(前記(1)ク)、④仮に被告が主張するように原告と被告との間には転貸借契約しか存在しないならば、被告は、通常開業に要する高額の負担を全くせずに開業することができたことになること、⑤被告と訴外ユーキ企画の医療器具のリース契約は、ユーキ企画と原告が締結したリース契約を引き継いだ形になっていること(前記(2)キ)等本件に顕れた諸般の事情と整合しており、十分信用することができる。

(5)  小括

以上によれば、原告と被告との間には、遅くとも本件覚書を締結した平成一〇年三月九日までには、本件準委任契約が締結されたと認めるのが相当であり、他に、この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

2  争点(2)(本件準委任契約は、医療法等に反し、公序良俗違反に当たり無効か)について

(1)  被告は、本件準委任契約は、医療法の潜脱行為に当たるから公序良俗に反し無効であり、本件準委任契約が有効であることを前提とした原告の解除の意思表示は効果がないと主張する。

ところで、医療法は、医療を提供する体制の確保を図りもって国民の健康保持に寄与することを目的とする法律であり(同法一条)、直接私法上の契約を規律する法律であるとは解されないから、医療法に違反する契約が直ちに私法上無効になるとはいえない。したがって、本件準委任契約が公序良俗違反に当たり無効であるというためには、本件準委任契約が医療法に違反することに加え、本件準委任契約を無効と解さなければ著しく正義に反する等の特段の事情が必要であると解するのが相当である。以下、検討する。

(2) 医療法一二条一項は、診療所の開設者が診療所の管理者となることができる者である場合には、診療所所在地の都道府県知事の許可を得ない限り、自らその診療所を管理しなければならないことを、同条二項は診療所を管理する医師は診療所所在地の都道府県知事の許可を受けた場合を除き、他の病院、診療所を管理しない者でなければならないことを定める。このように、医師が診療所の開設者となる場合、原則として診療所の開設者と管理者を一致させ、また複数の診療所を管理することについて許可制にした理由は、診療所が国民の健康保持に資する高度に公共性の強いものであることから診療所運営の円滑を図り、医療内容の適正を確保する点にあると解される。換言すれば、医療を投資対象として、患者の犠牲において経済的利益の追求を最優先とするような開設者の介在を排除することにある。

(3) これを△△眼科についてみてみるに、前記1で認定のとおり、△△眼科の開設者兼管理者は医師資格を有する被告であること、△△眼科での医療機器は整っていること、被告は年収一二〇〇万円を約束されていることを考慮すると、被告の地位は原告が□□病院院長の職務終了時までと限られてはいるものの、本件準委任契約による合意が、診療所運営の円滑を阻害し医療内容の適正を確保し得ないものであり、合意を無効と解さなければ著しく正義に反するとは到底いえない。そうだとすると、本件準委任契約が公序良俗に違反し無効であるとの被告の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。

3  争点(3)(原告が本件準委任契約を解除するとの意思表示をしたことにより本件建物に対する被告の占有権原は消滅したか)について

(1)  前記1で認定したとおり、本件準委任契約の内容は、原告が□□病院の院長を務めている間、被告において医療開設者兼管理者として医療施設を適切に管理、運営することにある。そうだとすると、本件準委任契約の解除が認められるためには、被告において本件準委任契約の約束に反し、医療施設を適切に管理、運営しないなど、原告、被告間に信頼関係を破壊されたと認めるに足りる事情が認められることが必要である。

(2)  そこで以下、原告が被告に対し解除の意思表示をした平成一〇年一〇月六日当時、本件準委任契約の解除を正当化する事情が存在したか否かにつき検討する。

ア 前記争いのない事実等及び証拠(甲2、甲16ないし甲19)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告は、平成一〇年四月から同年六月ころまでは、原告に対し、△△眼科での患者数、窓口収入、振込収入等の資料を提出し、医院での診療状況を報告していたが、同年六月以降は、原告からの再三の請求にもかかわらず、被告は一切の報告をしないようになった。

(イ) 原告は、被告に対し、△△甲野眼科時代に採用した四人の職員を被告に引き継いだ。被告は、平成一〇年六月始めころ、原告に対し、前記職員のうち技師二名を、勤務態度不良を理由に辞めさせたいと申し出たが、原告はこれに反対した。被告は、平成一〇年六月二七日、原告に対し、再度前記二名の職員を辞めさせたいと申し出たが、原告はこれに反対したが、前記二名の職員は辞表を出して退職した。また、被告は、残る二名の職員も、原告の意見を聞くことなく次々に退職させた。

(ウ) 原告から被告に対する診療状況を報告するようにとの申入れに対し、被告は、平成一〇年九月二二日、原告の妻に対し、週報を送るとの合意は当初から存在しないこと、自らが△△眼科の事業主であるとの内容の文書をファックスで送った(甲16)。

(エ) 被告は、平成九年一〇月五日、原告に対し、日報を送るという約束はない、原告が被告について事実に反したうわさを流したり関係のない第三者に相談している等の内容の文書をファックスで送った(甲17)。

イ 以上によれば、本件準委任契約において、実際に被告が適切に医療行為を行っているのか否か検討するため、被告から原告に対する毎月の業務報告は基本的な義務であるところ、被告は平成一〇年六月以降、これを行っていない。のみならず、被告は、原告が△△甲野眼科時代に雇用した職員全員を原告の意に反し退職させた。そして最後には、被告は本件準委任契約の存在まで否認し、自らが診療所の事業主であると主張し、原告と激しく対立している。そうだとすると、原告と被告との間には、本件準委任契約を継続させる前提である信頼関係が破壊されていたと解するのが相当である。よって、本件準委任契約は、原告の被告に対する解除の意思表示により効力を失い、被告は、同年一一月末日の経過により、本件建物の占有権原を喪失したと認めるのが相当であり、この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

4  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することにする。

(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・足立正佳、裁判官・富澤賢一郎)

別紙物件目録<省略>

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