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東京地方裁判所 平成10年(ワ)29728号・平12年(ワ)11199号 判決

平成一〇年(ワ)第二九七二八号損害賠償請求事件(甲事件)

平成一二年(ワ)第一一一九九号損害賠償請求事件(乙事件)

甲事件原告 阿部弘之

乙事件原告 株式会社エスペランサ

右代表者代表取締役 阿部弘之

右原告ら訴訟代理人弁護士 錦織淳

同 深山雅也

同 園部裕治

甲事件原告訴訟復代理人・乙事件原告訴訟代理人弁護士 古田雄久

甲事件・乙事件被告 学校法人日本大学

右代表者理事 森田賢治

甲事件・乙事件被告 川野壽

右被告ら訴訟代理人弁護士 加藤済仁

同 松本みどり

同 岡田隆志

甲事件被告訴訟復代理人・乙事件被告訴訟代理人弁護士 桑原博道

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

被告らは、原告阿部弘之に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する被告学校法人日本大学は平成一〇年一二月二九日(訴状送達の日の翌日)から、被告川野壽は平成一〇年一二月二八日(訴状送達の日の翌日)から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

被告らは、原告株式会社エスペランサに対し、各自金五三八一万円及びこれに対する平成一二年六月八日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、乙事件原告株式会社エスペランサ(以下「原告会社」という。)の代表取締役である甲事件原告阿部弘之(以下「原告阿部」という。)が、大腿骨の受傷により甲事件・乙事件被告学校法人日本大学(以下「被告大学」という。)の設置する日本大学医学部附属板橋病院(以下「本件病院」という。)に入院して治療を受けたが、同病院の整形外科医である甲事件・乙事件被告川野壽(以下「被告川野」という。)は、原告阿部に対し、断定的ながん告知をした後、各種検査によってがんが否定されたのであるから、同事実を説明する等の義務があったにもかかわらず、これを怠り、がんの摘出術として人工骨頭置換手術を行った過失があるとして、原告阿部は債務不履行(被告大学)又は不法行為(被告川野)に基づき損害賠償(慰謝料)を、原告会社は不法行為(被告ら)に基づき損害賠償(逸失利益)をそれぞれ被告らに請求した事案である。

二  前提となる争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実は書証番号を記載した。)

1  当事者

(一) 原告阿部は、昭和一八年一月一一日生まれの男性で、原告会社の代表取締役であり、原告会社は、不動産取引及び不動産の賃貸、管理の業務等を目的とする会社である(甲第七、第八、第一七号証)。

(二) 被告大学は、本件病院を開設する学校法人であり、被告川野は、平成五年当時、本件病院に整形外科医師として勤務していた。

2  受傷及び診療契約締結の経緯

(一) 原告阿部は、平成五年三月一九日に自動車追突事故を起こし、その後同月二一日には落馬事故があって、右大腿骨を受傷した(甲第八号証)。

(二) 原告阿部は、同月二一日から翌日にかけて、落馬事故があつた会場に近い埼玉県入間市豊岡一丁目八番三号所在の豊岡整形外科病院(以下「豊岡病院」という。)において入院加療を受けた(甲第一、第八号証)。

(三) 原告阿部は、同月二二日、本件病院の整形外科に転院して入院加療することとし(甲第二、第三号証)、原告阿部と被告大学とは、同日、診療契約を締結した。

3  診療経過

(一) 本件病院の整形外科医師である被告川野及び石倉正義(以下「石倉医師」という。)は、原告阿部の大腿部の受傷につき、右大腿骨頚部骨折と診断した。

(二) 平成五年三月二三日、原告阿部は、本件病院において、レントゲン撮影、血液検査及び尿検査をそれぞれ受けた。

(三) 被告川野と石倉医師は、原告阿部に対し、「骨腫瘍による病的骨折の可能性もある。」「がんに冒されている疑いがある。」などと言った。

(四) 原告阿部は、本件病院において、同月三一日に生検術(以下「本件生検術」という。)を受けた外、本件病院に入院中、各種検査を受けた。

(五) 原告阿部は、本件病院において、同年四月一二日、人工骨頭置換術(以下「本件置換術」という。)を受けた。

(六) 原告阿部は、同年五月二三日、本件病院を退院し、同日、東京都荒川区荒川三丁目七八番二号所在の名倉病院に転院し、同日から同年九月六日までは入院(合計一〇七日)、その後平成九年一月九日まで通院(実通院合計一五三日)し、治療を受けた(甲第四、第五号証)。

4  原告阿部は、平成五年一〇月一二日、東京都から、身体障害者の認定(大腿骨頚部骨折による右股関節機能全廃の障害名により身体障害程度等級四級)を受けた(甲第七号証)。

三  争点

1  過失

2  損害

3  過失と損害との間の因果関係

四  争点1(過失)に対する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 事実経過等

(1)  被告川野は、平成五年三月二二日、原告阿部が本件病院に入院した直後、豊岡病院で撮影されたレントゲン写真を見て、原告阿部ががんに罹患していると強く疑い、確信を抱いた。

(2)  被告川野は、同日、原告阿部に対し、「骨折部分の周りに影があります。そうなるのはその周辺の骨が溶けているからです。」「七〇歳や八〇歳のおばあちゃんならこの部分を骨折することもあるでしょうが、五〇歳くらいの若い男性だったら、脱臼することはあっても骨折するということはありません。私は、そのような患者さんを診た経験はありません。」「骨腫瘍による病的骨折の可能性もあります。」「がんに冒されている疑いがあります。」「骨折部分に出血が見られ、その出血が全身にめぐることによってがんが全身に転移している可能性があります。大至急更なる検査をして確認しましょう。」などと説明し、レントゲン写真に対する所見としてがんの疑いがある旨を告げた。

原告阿部は、これを聞いて、自分ががんに罹患しているのではないかと不安な気持ちでいっぱいになった。

(3)  原告阿部は、平成五年三月二三日、本件病院において、様々な角度から何枚もレントゲン写真を撮影され、血液検査も受けた。右レントゲン写真ははっきりしていなかったが、被告川野は、初診時に原告阿部はがんに罹患していると確信しており、その診断は変わらなかった。

(4)  被告川野は、数日後、原告阿部に対して家族を呼ぶように告げ、同日、原告阿部の妻である阿部みち子(以下「みち子」という。)に対し、がんという病気の一般的説明をした後、原告阿部ががんに罹患している旨を断定的に告げ、続けて、直ちに人工骨頭置換術をする必要があること、手術がうまくいっても原告阿部は車椅子生活になる旨などを説明した。

被告川野は、みち子からの頼みにより、みち子と一緒に原告阿部の病室に赴き、原告阿部及びみち子に対し、神妙な面持ちで、言葉もとぎれとぎれに、「骨のがんに間違いありません。」「このままでは余命三か月、長くとも六か月でしょう。」「骨頭部分だけでなく、周囲の骨盤までがんに冒されている可能性もあるので、手術後は、自ら歩くことはできず、車椅子の生活になるでしょう。」などと言って、がんの告知をした。

原告阿部は、自分ががんに罹患していると受け入れざるを得ず、死の恐怖に脅かされるようになった。

(5)  医師から余命幾ばくもないとがんの告知をうけた患者は、死と直面する重圧の中で計り知れない精神的な苦痛を受ける。よって、医師は、患者にがんの疑いがあると判断した場合でも、各種の検査方法を尽くして真実がんであるか否か解明し、がん告知のもたらす重大な精神的負担に照らし、診断内容を慎重かつ的確に告げるべきである。しかしながら、被告川野は、レントゲン写真のみによってがんであると誤診し、他の各種の検査方法を尽くして真実がんであるか否かを解明することなく、原告阿部に対し、断定的ながん告知をしたものである。

(6)  原告阿部は、どうしても自分ががんに冒されているとの言葉を受け入れることができず、その翌日ころ、被告川野に対し、「がんかどうか他に確認する方法はないのでしょうか。できる限り検査をして下さい。」などと必死に依頼した。被告川野は、懸命にがんでない可能性に期待を寄せる原告阿部の姿を見て同情した様子で、原告阿部に対し、「阿部さんの気持ちは分からないではないけど・・・。私の診断では、がんに間違いありません。ただ、そこまで言うなら、骨頭の細胞を取り出して、病理検査をしてみますか。」などと提案し、本件生検術等の各種検査をすることとした。

(7)  右各種検査の結果は、原告阿部ががんに罹患していることについて否定的であった。しかし、被告川野は、原告阿部ががんに罹患している可能性はかなり高いと考え、がんの摘出を第一の目的として、本件置換術を施術することとした。

(8)  被告川野は、右各種検査の後、原告阿部に対し、「やはりがんの疑いがあります。」「がんが転移する可能性もあり、このままでは余命三か月程度でしょう。」「がんが進行している可能性もあるので、大至急手術をしましょう。」などと説明し、本件置換術を行うことを提案した。なお、被告川野は、がんの疑いは一応否定された、生検術では一部の組織を取るため、たまたまがんに冒されていない組織を取ってくることがあるなどという説明はせず、がんの摘出術を行うとしか説明をしていない。

原告阿部は、被告川野から、諸検査をした後にがんの疑いがある旨の右説明を受けたことから、間違いなくがんに罹患しているという誤った認識を強め、死に直面する恐怖の中で、がんの摘出手術を受けざるを得ないと考え、がんの摘出手術として本件置換術を受けることに同意した。この際、原告阿部は、骨折の手術である旨の説明は受けておらず、その旨の同意もしていない。本件置換術の同意書は、本件置換術を受ける前に、言われるままに署名押印したものであり、その際、本件置換術についての詳しい説明は受けていない。

(9)  人工骨頭置換術は、体内において人工物を機能させる方法であるため、施術を受けた者は、痛みなどの障害を一生負い、また将来いかなる障害、副作用が生じるか分からない。また、人工骨頭の耐久年数は一〇年程度であるため、将来交換手術を受けざるを得ない。よって、人工骨頭置換術は最後の選択であり、特に六〇歳以下の者には骨接合術を優先させるなど、際めて制限的に用いられるべき術式である。

後記被告らの主張(一)(5) は、いずれも、現時点から振り返って被告らが当時すべきであったと考える判断を述べたものである。被告らは、がんであると誤診しているため、かかる診断はしていない。

(10) 被告川野は、本件置換術から約一〇日後、原告阿部に対し、同手術の際に取り出した骨頭の細胞を再検査したことを告げた上で、「申し訳ありません。手術の際摘出した骨頭部分を再度検査したのですが、実はがんではありませんでした。」「あのレントゲン写真等を見れば誰だってがんだと思うはずです。」などと説明し、誤診したことを謝罪した。

(11) もっとも、原告阿部は、がんの告知を受けた際に、死に直面して絶望感に陥っていたため、診断が誤診であると聞かされたときには、命が救われたとの安堵感が先行し、なぜ被告川野が原告阿部に知らせずに再度病理検査を行ったのかを確認したり、誤診に基づいて手術が行われたことについての責任追及をすること等については考えるに至らなかった。

(12) 被告川野は、平成五年一〇月一四日、原告阿部から招待された食事の席で、原告阿部に対し、「阿部さんには大変申し訳ないことをしました。」「もし、裁判にでもなったら、手術の承諾書をもらっているとはいえ、私は負けてしまうでしょう。」などと言い、がんの誤診をしたことについてはっきり認め、謝罪した。

(二) 以上のように、被告川野は、原告阿部のレントゲン写真を診て、原告阿部ががんに罹患していると思い、原告阿部に対し、断定的な表現でがん告知をしたが、その後行ったアイソトープ検査、レントゲン撮影、CT検査、生検術、MRI検査等の各種検査によって、原告阿部ががんに罹患していることについて否定的な結果が出たのであるから、原告阿部に対し、その検査結果を正確に伝えるとともに、がんの疑いが否定されたことを説明し、その上で人工骨頭置換術の目的、性質、方法、これに付随する危険、代替可能な治療行為などを的確かつ十分に説明し、同手術を施術することについて原告阿部の理解を得た上で同意を得る義務があったにもかかわらず、「やはりがんの疑いがあります。」「がんが転移する可能性もあり、このままでは余命三か月程度でしょう。」「がんが進行している可能性もあるので、大至急手術をしましょう。」などと説明し、原告阿部をして、がんに罹患しているものと誤認させ、がんの摘出術として人工骨頭置換術の施術を受けるという同意に基づいて、原告阿部に対し本件置換術を施行した過失がある。

(三) なお、原告阿部は、右被告川野の誤った説明を受けてがんに罹患していると誤解し、原告阿部自身の望む治療行為を選択する機会を実質上奪われて本件置換術を受けたものであり、がんの疑いがない旨の適正な情報を与えられ、骨折治療のための治療方法を選択するならば、本件置換術を受ける決断をしなかったものである。病気の治療に際し、いかなる点を最重要視していかなる治療を受けるかを決定するのは患者自身であること(患者の自己決定権)に照らし、原告阿部の意思は尊重されるべきであり、医師の見解において結果的に人工骨頭置換術をすべきであったか否かによって過失の有無が決せられるわけではない。

また、人工骨頭置換術は、いわば骨頭部分が治癒することをあきらめてその部分を除去するものであるから、そのことをもって治癒であると称し、右除去時点をもって治癒時点として自然治癒するまでの期間と比較することは無意味である。本件においては、原告阿部の骨折部分が自然治癒すれば、右股関節機能が損なわれることはなかった。

2  被告らの主張

(一) 事実経過等

(1)  平成五年三月二二日、被告川野は、原告阿部に対し、病的骨折の可能性がある旨の説明はしたが、がんかも知れないとは言っていない。

(2)  数日後、被告川野は、がんの可能性について、まず原告阿部の妻であるみち子に対し、がんの可能性もある旨を説明して相談したところ、みち子から原告阿部本人に対して告知してほしい旨を希望されたため、原告阿部に対し、がんの可能性がある、もしがんだとすれば血行性の転移の可能性があるので速やかに検査をする必要がある旨を説明した。

(3)  本件生検術の結果は、採取された組織に悪性所見はなく、がんは一応否定されたので、被告川野は、原告阿部に対し、その旨の説明をした。しかし、仮にがんでも生検術で確実にがん組織を採取できるとは限らないので、右結果によってがんの疑いを完全に払拭することはできなかった。よって、がんの疑いを否定するような説明はむしろ誤りであり、余命の話が出るはずもない。

(4)  被告川野は、本件置換術の前、原告阿部に対し、骨折の状態から自然治癒は困難であるし、仮に治癒したとしても時間がかかること、人工骨頭の寿命などについて説明した上、主に骨折に対する治療として人工骨頭置換術が適切であることを勧めるとともに、万一がんである場合にも安心である旨の話はした。

本件病院勤務の医師である鳥山正人(以下「鳥山医師」という。)は、本件置換術の同意書の署名押印の際、原告阿部及びみち子に対し、本件置換術の目的は早期離床であり、手術の効果として歩行が可能となる、手術の不利益として感染症などの可能性があり、緩みが生じることがある旨を説明しており、原告阿部及びみち子はその説明を理解して右同意書に署名している。

(5)  なお、原告阿部の骨折は、骨折形態、骨頭への血流、骨膜の欠如などの理由から癒合が起こりにくい関節包内骨折であり、自然治癒は困難であること、骨折の転位形態としては、ガーデンの分類でステージIII ないしIVであることが確認されたこと、本件生検術による血液循環の阻害等の可能性があること、病的骨折の可能性があり、その場合はがんを疑う病巣の全切除を行った方が安心であることから、人工骨頭置換術の適応であった。

従来、人工骨頭置換術は六〇歳以上の年齢に対して行うべきであると言われていたが、これは、再置換を避ける意図の年齢制限であり、人工骨頭置換術が安全な手術となり、再置換も比較的多く経験されてきたことから、最近では比較的若年者でも行われる傾向にある。

原告阿部は、その上で、自らも仕事への早期復帰を希望し、納得して、人工骨頭置換術を選んだものである。人工骨頭置換術は、がんだから行ったのではなく、骨折自体の治療のために行ったものである。

(6)  本件置換術の後、がんの疑いがあったため、再度病理検査を行った。

被告川野においては、がんでなくて良かったですねとの趣旨の話はしたが、誤診を謝罪したりはしていない。

原告阿部は、被告川野に対し、感謝している旨の手紙を出しており、両者の会話において裁判などという単語が出たはずはない。

(二) 以上のように、被告川野は、三月二二日には、原告阿部に対しがんの可能性は述べておらず、その数日後、原告阿部及びみち子に対し、がんの可能性があることを説明し、その後の生検術によってがんは一応否定されたので、生検術後に原告阿部に対してがんが一応否定された旨の説明をし、その上で、骨折の程度や態様から人工骨頭置換術を勧めるとともに、万一がんである場合にも安心である旨の話をし、原告阿部に承諾をしてもらい本件置換術を施行したものであり、本件の全経過を通して、一度もがんの確定診断はしておらず、原告ら主張の過失はない。

また、客観的にがんの疑いがあったのであるから、元々全くがんの疑いがないのにがんの疑いがあると誤診したかのような原告らの主張は、前提が誤っている。

(三) 前記(一)(5) 記載の原告阿部の骨折に関する客観的事実は、自己決定権の侵害があったかどうかの判断にあたって前提となる事実である。人工骨頭置換術を行わなかった場合、原告阿部の骨折の治癒は難しいし、仮に治癒したとしても時間がかかるところ、原告阿部は、早期離床を望んでいた。また、仮に骨折部位ががんに罹患していた場合には、人工骨頭置換術はその根治術となるものであり、原告阿部が生命を賭してまで人工骨頭置換術を拒絶したとは考えがたい。したがって、いかなる説明であれ、原告阿部が人工骨頭置換術を拒絶したとは到底いえない。

五  争点2(損害)に対する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 原告阿部の精神的損害

(1)  死の恐怖、絶望感による慰謝料

原告阿部は、被告川野から受けた本件置換術にあたっての説明によって、がんに罹患しているものと強く誤信させられた。そのため、原告阿部は、死の恐怖に脅かされ、絶望感に陥るなどの深刻な精神的な苦痛を被った。

本件置換術から一年後に原告阿部が寄稿した文章は、仕事上の仲間に対して弱みを見せたくないことから、本音と建て前を使い分け、あえて強がった文章を寄稿したにすぎない。

右損害を金銭に算定すれば、二〇〇万円を下らない。

(2)  後遺症慰謝料

原告阿部は、右股関節機能全廃の八級(七号)相当の後遣障害により、歩行困難となり、不自由な生活を日常的に強いられるとともに、患部の痛みを甘受しており、肉体的精神的苦痛に過去将来にわたって悩まされることになった。交通事故による八級相当の後遺症慰謝料は、七七〇万円であるところ、本件においては、被告らは病院、医師として原告阿部に対して適切な診断、説明治療をなす高度の注意義務を負っていたのであるから、その注意義務違反は交通事故における過失よりも重大である。

右損害を金銭に算定すれば、八〇〇万円を下らない。

(3)  よって、原告阿部の損害は、一〇〇〇万円を下らない。

(二) 原告会社の財産的損害

(1)  原告会社の株式は、原告阿部、同人の妻みち子及び長男阿部貴之(以下「貴之」という。)が各三分の一ずつ保有し、原告阿部の個入会社であるといえる。原告会社の取締役は、原告阿部、貴之、大橋伸二郎(原告阿部の実弟)及び森近義雄(原告阿部の知人)であり、監査役はみち子である。右大橋及び森近は会社の業務を行っておらず報酬も受けていない名目的な取締役であり、貴之及びみち子も経理や庶務などを若干手伝っているにすぎず、原告会社の権限は原告阿部に集中しており、原告阿部に機関として代替性はない。原告会社は、もっぱら原告阿部が営業活動をして売上利益を上げており、原告会社、原告阿部及びその家族の事情を考慮して、原告阿部、みち子及び貴之の報酬額を決めており、原告らは相互に金銭の融通などをしていたのであり、原告らは経済的に一体の関係にあるものである。

よって、形式的には法人たる原告会社の損害賠償請求であっても、実質的には直接の被害者たる原告阿部の請求そのものと同視できるので、法人格という外形にとらわれることなく、原告会社に請求者たる地位を認めることができる。

(2)  不動産賃貸業においては、通常売上原価がない又は少額であるため、総売上高から販売費及び一般管理費を差し引いた営業利益が純利益となる。原告会社においては、販売費及び一般管理費は、本件置換術前後で増加することはないから、本件置換術後の各期の販売費及び一般管理費は、本件置換術直前の第一一期の金額と同額と考えればよく、各期の総売上高から第一一期の販売費及び一般管理費を差し引いたものが、各期の営業利益すなわち純益(別紙「第一一期の販売費及び一般管理費を基準として計算した営業利益」記載のとおり)となる。

原告会社の売上総利益は、賃料収入、保証償却収入及び仲介収入の合計であり、うち原告会社が所有する賃貸物件の各期における賃料収入は、本件置換術後、別紙「賃料収入の減少額」記載のとおり減少した。そして、原告会社の各期の賃料収入に、利益率(各期の総売上高に占める各期の営業利益の割合、別紙「総売上高に占める営業利益の割合」記載のとおり)を乗じた金額が、各期の賃料収入の減少額(別紙「賃料収入の減少額」記載のとおり)中の営業利益(純利益)に相当する金額となる。そして、右金額から、税金(法人税、法人住民税及び法人事業税の合計)相当額である右金額の五割を差し引いた金額が、原告会社の各期の逸失利益となる。

(3)  第一二期から第一九期までの原告会社の逸失利益は、別紙「各期の逸失利益」記載のとおりとなり、その合計金額は二八四五万円を下らない。

第二〇期以降の各期の逸失利益は、第一五期から第一九期までの逸失利益の平均額である四二八万円と同額と考えられるから、原告阿部が五七歳から六〇歳までの間は、右平均額の逸失利益をライプニッツ係数(四年分の三・五四五九)により減額した一五一七万円を下らず、原告阿部が六一歳から六七歳までの間は、右平均額の半分の逸失利益をライプニッツ係数(一一年分の八・三〇六四から四年分の三・五四五九を差し引いたもの)により減額した一〇一九万円を下らず、合計二五三六万円を下らない。

したがって、原告会社の財産的損害は、五三八一万円を下らない。

(4)  なお、原告会社の税務申告は、みち子が作成して会計事務所に提出した入金伝票に基づいて会計事務所が作成した総勘定元帳(甲第三二、第三四ないし第四一、第四三号証の各枝番)に記載された数字に基づいてなされている。また、各期総勘定元帳の家賃収入(残高)、保証償却収入(残高)及び仲介収入(残高)の合計金額は、同期の損益計算書(甲第一八ないし第二九、第四二号証)上の売上総利益に対応している。

2  被告らの主張

(一) 原告阿部の精神的損害

(1)  原告阿部は、がんの疑いはあったのであるから、それを心配したことは損害とならない。

本件置換術前の原告阿部の心理状態は、本件置換術から一年後に原告阿部が寄稿した文章において客観的に明らかである。原告阿部が、原告ら主張のような理由で、わざわざ事実と全く相反する寄稿をするとは考えがたい。

(2)  人工骨頭置換術を受けている場合、そのことにより、自動的に身体障害者四級は認定される。原告阿部が、本件置換術後、歩行困難になったということはない。

(二) 原告会社の財産的損害

(1)  確定申告書等が証拠として提出されておらず、逸失利益の存在が疑わしい。逸失利益を算出するためには、本件置換術前に得ていた利益(過去数期の利益の平均)から本件置換術以降の各期に得られた利益を差し引けば足りる。将来の逸失利益についてもこれを基礎に算出できる。

(2)  原告阿部は、歩行困難になったということはなく(診断書、入院証明書にその記載がないし、原告阿部が被告川野に対して宛てた手紙にも、外国旅行中などにも歩行に困ることはない旨が記載されている。)、仕事に復帰し、中国やパラグアイに海外旅行に行き、仕事が忙しくて書類を取りに本件病院に来る暇すらないという状況であり、営業活動ができないなどということはあり得ない。

六  争点3(過失と損害との間の因果関係)に対する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 原告阿部は、本件置換術前に、がんに罹患していると誤信していなければ、被告川野の提案に応じて本件置換術を受けることはなかった。原告阿部は、被告川野の説明によってがんに罹患していると誤信させられたことにより、本件置換術を受け、右大腿骨を人工骨頭に置換された。その結果、原告阿部は、歩行が困難となった。

そのため、原告阿部は、前記精神的損害を被った。

(二) 本件置換術前には、原告阿部は、不動産賃貸のため、原告会社所有の賃貸物件付近の不動産屋をチラシをもって直接訪問し、各不動産屋に空室を埋めてもらうなどの営業活動を頻繁に行い、原告会社は多大な売上利益を上げていた。しかし、原告阿部は、歩行困難となった結果、右のような営業活動をすることができず、不動産業者に対して電話をするくらいしかできなくなったが、電話による営業効果は相対的に薄いものである。

そのため、原告会社は、前記財産的損害を被った。

2  被告らの主張

(一) 前述のとおり、がんに罹患したと原告阿部が誤信していなくても、原告阿部が人工骨頭置換術に承諾しなかったとは考えられず、当時の病状から、人工骨頭置換術を承諾したはずである。

よって、原告阿部が自分ががんだと誤信したことと本件置換術との間に因果関係はない。

(二) バブル経済崩壊後、不動産関連業種の営業利益が減少していることは公知の事実であって、エスペランサ所有の物件が駅周辺に限られているわけではないし、駅周辺の物件が景気の影響を受けないともいえない。

よって、歩行困難と逸失利益との間に因果関係はない。

(三) 原告阿部は本件病院に来院した時点で大腿骨頚部骨折を起こしており、本件病院で治療を開始する前に右関節機能全廃の状況にあった。そして、自然治癒の可能性は低く、本件置換術を受けなければ、歩行の状態は現在の状態よりも悪くなっていた可能性が高い。仮に一旦手術をしないで様子を見たとしても結局人工骨頭置換術をせざるを得なかった可能性が高い。

よって、仮に逸失利益が存在するとしても、それは大腿骨頚部骨折そのものに基づくものであり、本件置換術と逸失利益との間に因果関係はない。

第三争点に対する判断

一  前記第二の二の前提となる争いのない事実等に加え、甲第八、第一五、第三一号証、乙第三ないし第一二号証、証人みち子の証言、原告阿部及び被告川野の各本人尋問の結果、検証の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告阿部の診療経過について、次の事実が認められる。

1(一)  原告阿部が本件病院に転院した平成五年三月二二日、被告川野は、原告阿部の受傷について、右大腿骨頚部骨折と診断した上で、豊岡病院で撮影されたレントゲン写真に、骨折部分の周りに黒い影(透亮像、骨融解像)があるのを見て、原告阿部の年齢(当時五〇歳)で馬から滑り落ちるという程度の衝撃で簡単に大腿骨頚部骨折を起こすことは極めて稀であることから、骨粗鬆症、内分泌性疾患、良性腫瘍、悪性腫瘍など何らかの原因が骨の脆弱性をもたらしたことによる病的骨折が強く疑われると診断した。

(二)  そこで、被告川野は、原告阿部に対し、右レントゲン写真を示しながら、骨折部分に骨が溶けたような影がある、原告阿部の年齢で大腿骨頚部骨折を起こすことは珍しいので、病的骨折の可能性がある、病的骨折とは、何らかの原因により骨が弱くなったことによる骨折であり、原因としては骨粗鬆症、内分泌性疾患、良性腫瘍、悪性腫瘍などが考えられる旨を話した。被告川野は、大至急検査をする旨を提案し、原告阿部はこれを了承した。

2(一)  平成五年三月二三日、原告阿部は、本件病院において、レントゲン撮影、血液検査及び尿検査をそれぞれ受けた。

(二)  右レントゲン検査においては、豊岡病院で撮影されたレントゲン写真よりもがんの疑いが強く認められる写真ではなかったが、被告川野は、がんの疑いが払拭できなかったことから、がんであると思い、転移の疑われる周囲の骨盤も含めて取ることを前提に、原告阿部にがんの可能性を告知することを決めた。

3(一)  二、三日後、被告川野は、原告阿部の妻であるみち子を別室に呼び、みち子に対し、まず、がんという病気の一般的な説明をした後、原告阿部ががんである疑いがある旨を告げ、直ちに手術をする必要がある、手術がうまくいっても原告阿部は車椅子の生活になる旨を告げた。みち子は、右告知に大きなショックを受けたが、以前から原告阿部ががんの告知を希望していたことを思い出し、被告川野に対し、原告阿部に直接告知をすることを頼んだ。

(二)  被告川野は、みち子とともに、原告阿部の病室に入り、同人に対し、骨のがんの可能性がある旨など、みち子に対する説明と同趣旨の説明をした。原告阿部は、医師から右告知を受けたことから、がんに罹患していると思い、茫然自失となったが、被告川野に対し、がんかどうかを確認するためにできる限りの検査をしてほしい旨依頼し、被告川野はこれを了承した。

4(一)  原告阿部は、本件病院において、平成五年三月二九日、がんの転移を検査するためのアイソトープ検査を、同月三〇日には、レントゲン撮影及びCT検査をそれぞれ受けた。

(二)  アイソトープ検査によると、大腿部骨頭以外の部位への転移は認められなかった。

5(一)  平成五年三月三一日、原告阿部は、本件病院において、執刀者鳥山医師、助手被告川野により、本件生検術を受けた。

被告川野は、本件生検術の実施中に、原告阿部から採取した凍結標本についての病理部による検査の結果からは腫瘍細胞は発見されず、悪性の所見はなかった旨の病理報告を電話で受けた。

右凍結標本に関する病理診断報告書は同年四月三日に、永久標本についての同趣旨の病理診断報告書は同月七日に、それぞれ鳥山医師に対して提出された。

(二)  被告川野は、生検術は一部の組織を取って検査をするものであるから、病的骨折が完全に否定されたわけではないと判断し、以前よりは可能性は減ったものの、依然としてがんの可能性はあるものとの診断を維持していた。このころ、被告川野を含めた医局では、症例検討会において、原告阿部の治療について議論をし、人工骨頭置換術を行うこととした。

(三)  同年三月三一日、被告川野は、原告阿部に対し、本件生検術の結果では腫瘍細胞は発見されず、悪性の所見はなく、がんの可能性は減ったが、なおがんの疑いは残っている旨を説明し、骨折に対する治療となると同時にがんに対する治療となる治療法として、骨頭を除去し人工骨頭を挿入する手術を勧めた。

(四)  原告阿部は、被告川野がなおがんの疑いがあると言っており、そのトーンが落ちたことは感じたが、がんの可能性が否定されなかったことから、なおがんに罹患している可能性があると思い、骨頭を除去し人工骨頭を挿入する手術を受けることに同意した。

6(一)  原告阿部は、本件病院において、平成五年四月二日にレントゲン撮影、同月三日にMRI検査、同月一二日にレントゲン撮影をそれぞれ受けた。

(二)  鳥山医師は、原告阿部に対し、骨頭を除去した後は人工骨頭を挿入する、大腿骨頚部骨折の治療としては本件置換術により早期離床が可能になる旨、本件置換術による感染症の可能性がある旨を説明した。原告阿部及びみち子は、同月九日ころ、右説明を踏まえて、同説明内容が記載された本件置換術についての同意書に署名押印をし、これを鳥山医師に対して提出した。

7(一)  原告阿部は、本件病院において、平成五年四月一二日、執刀者石倉医師、助手被告川野により、骨折部位の治療として、早期社会復帰を目的とする本件置換術を受けた。

(二)  被告川野は、同日、本件置換術により摘出した原告阿部の骨頭を病理検査に回した。その結果、同月二一日、腫瘍は認められず、悪性所見はない旨の病理診断報告書が石倉医師に対して提出された。

8  本件置換術前の原告阿部の大腿部の骨折は、右大腿骨頚部骨折であり、ガーデンの分類(骨折の転位の程度による一般的な分類方法)によると、高度な転位が認められるステージIII 又はIVであった。

以上の事実が認められ、甲第八、第一五号証、証人みち子及び原告阿部の各供述部分のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、採用することができない。

二  右認定事実及び前記前提となる争いのない事実等を前提として、争点1(過失)について判断する。

1  原告らは、被告川野には、原告阿部に対し、各種検査によってがんについて否定的な結果が出たこと及びがんの疑いが否定されたことを説明し、人工骨頭置換術について的確かつ十分に説明し、原告阿部の理解を得た上で同手術の同意を得る義務があったにもかかわらず、原告阿部にがんに罹患しているものと誤認させ、がんの摘出術として人工骨頭置換術の施術を受けるという同意に基づいて原告阿部に対し本件置換術を施行した過失がある旨主張する。この点、被告川野は、平成五年三月三一日の本件生検術中に腫瘍細胞が発見されない旨の病理診断の報告を受けた外、本件病院で行われた各種検査の結果からはがんである旨の所見は得られていなかったこと、被告川野は、豊岡病院で撮影されたレントゲン写真等から原告阿部ががんに罹患していると強く疑われると診断し、本件生検術の結果が出た後も、以前よりはがんの可能性は減ったものの未だがんの可能性がある旨の判断をしたこと、本併置換術後の病理検査により、原告阿部が、がんに罹患している可能性が否定されたことは前記認定のとおりである。

2  しかしながら、被告川野は、原告阿部に対し、平成五年三月三一日、本件生検術によっても腫瘍細胞が見つからず、がんについて否定的な結果が出たことを説明したことは前記一5(三)認定のとおりである。

この点について、原告阿部は、本件生検術の結果腫瘍細胞が認められなかった旨の説明は受けていない、諸検査を受けた後にがんの疑いがあるとの説明を受けたので間違いなくがんだと認識した旨供述するが、他方で、本件生検術後、被告川野から、以前よりもがんの可能性についてトーンを落とした説明を受けた旨供述しており、かかる供述に照らせば、原告阿部のがん告知後の精神状態を考慮しても、原告阿部が、トーンが落ちた原因である本件生検術の結果について全く説明を受けることなく、間違いなくがんだと認識したというのは不自然であり、容易には採用することはできない。

3  次に、前記認定事実に加え、甲第八号証、乙第三号証、被告川野の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、生検術は、がんに罹患していると予想される組織の一部のみを取って検査するものであり、標本として適切な場所の組織を採取できるとは限らず、そのため、生検術で悪性所見が得られなかったとしても、がんの可能性が完全に否定されるわけではないこと、他方、原告阿部(当時五〇歳)が本件病院で受診したきっかけとなった落馬事故は、滑り落ちるような態様のもので衝撃もそれほどなかったにもかかわらず、大腿骨頚部に骨折があったこと、大腿骨頚部骨折は、高齢者が転倒した際などに股関節部を強打し、大腿骨頚部に捻れが加わった際に生じ、性別では骨粗鬆症の頻度が高い女性に多く発生し、青壮年者に高度の外力が加わった際にも生ずるが、その頻度は低いこと、豊岡病院で撮影したレントゲン写真には、骨折部分の周囲に黒い影(透亮像、骨融解像)が写っており、骨粗鬆症、内分泌性疾患、良性腫瘍、悪性腫瘍などの病的原因に基づき骨が脆弱化したことによる骨折の疑いが強かったことが認められ、右の事実からすれば、被告川野が、本件置換術の前において、本件生検術等の各種検査にもかかわらず、豊岡病院で撮影されたレントゲン写真の所見等から依然としてがんの可能性がある旨の判断をしたことが、医学上不適切であったということはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、がんの疑いが否定されたことを前提としてこれを説明すべき義務があったものということはできない。

4  さらに、被告川野は、原告阿部に対し、本件置換術を行うより以前に、骨折に対する治療となると同時にがんに対する治療となる骨頭を除去し人工骨頭を挿入する手術をする旨の説明をしたこと、鳥山医師は、原告阿部に対し、骨頭を除去した後は人工骨頭を挿入する、大腿骨頚部骨折の治療としては本件置換術により早期離床が可能になる、本件置換術による感染症の可能性がある旨を説明したこと、原告阿部及びみち子は、その旨の記載のある本件置換術の同意書に署名押印して鳥山医師に渡したことは、前記一5(三)及び6(二)認定のとおりであり、本件病院勤務の医師らが、原告阿部に対し、本件置換術の目的、方法について説明し、原告阿部の理解を得た上でその同意を得ていたものということができる。

この点について、原告阿部及びみち子は、本件置換術についての同意書は、内容を見ずにサインし、本件置換術をがんの手術だと信じていた旨供述する。しかしながら、前記認定事実及び本件置換術が原告阿部にとって重大な手術であることに鑑みれば、原告阿部及びみち子のがん告知後の精神状態を考慮しても、本件置換術についての同意書(乙第五号証)の体裁、鳥山医師の説明内容に関する被告川野の陳述書(乙第七号証)及び供述に照らすと、右原告阿部及びみち子の供述は採用できない。

5  また、原告阿部の右大腿骨頚部骨折の状態は、高度な転位が認められ、ガーデンの分類によるステージIII 又はIVであること、本件置換術当時の原告阿部の年齢は五〇歳であることは前記認定のとおりであり、乙第三、第七号証、被告川野の本人尋問の結果によれば、大腿骨頚部内側骨折の治療方針として、治療は、保存的療法、骨接合術及び人工骨頭置換術(あるいは人工関節置換術)の三つに分けられるが、できるだけ早期に手術を行うべきこと、手術によるリスクが極端に高い場合以外は、数日中(少なくとも一週間以内)に手術治療を行うべきであると指摘されていること、原告阿部の骨折の部位は、本件生検術を実施したことにより接触面積が減少し、骨融合の可能性はより低下していたことが認められるところ、甲第一三、第一四号証によれば、若年者や六〇歳以下の大腿骨頚部骨折新鮮例には万難を排して骨接合術による骨癒合獲得の可能性を追求すべきであるとする見解もあるか、このような見解も、他方で、人工骨頭置換術の適応例として、全身的要素として、悪性腫瘍の転移による病的骨折で局所での生検術を兼ねる場合、局所的要素として、転位度がガーデン分類でステージIII 、IVと大きいもので、かつ整復不良な場合、迅速かつ強固な骨癒合が期待できない高度の骨粗鬆症や病的骨折の場合を挙げており、前記認定のような原告阿部の骨折の状態に鑑みると、被告川野が原告阿部に対して人工骨頭置換術を選択したことが医学上不合理であるとまではいえない。

6  以上を総合考慮すると、原告らの過失についての主張は採用することはできない。

三  以上によれば、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小泉博嗣 裁判官 齋藤憲次 裁判官 上原卓也)

別紙<省略>

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