東京地方裁判所 平成10年(ワ)29917号 判決 2001年9月27日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告B、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同U、同O及び同Pは、京浜急行電鉄株式会社(以下「京急電鉄」という。)に対し、各自114億円及びこれに対する平成10年7月14日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告B、同C及び同Dは、京急電鉄に対し、各自2493万0498円及びこれに対する平成10年7月14日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告Q、同R、同S及び同Tは、京急電鉄に対し、各自114億2493万0498円及びこれに対する平成11年1月13日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、原告が、<1>京急電鉄は、平成4年と平成5年に、株式会社ホテルパシフィック東京(以下「ホテルパシフィック東京」という。なお、同社は、平成7年2月に商号を株式会社ホテル京急と変更した。)に対しホテルパシフィック千葉(以下「本件ホテル」という。)の開業費用として合計114億円を貸し付けたが、上記融資には合理的な理由がなく、京急電鉄の取締役としてこれを承認、実行した被告B、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同U、同O及び同Pは、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反しており、これによって京急電鉄は上記融資額と同額の損害を被ったと主張して、上記被告らに対し、京急電鉄に上記損害を賠償するように求め、<2>京急電鉄は、平成4年から平成8年にかけて、KK工業株式会社(以下「KK」という。)と京急電鉄の子会社である京急建設株式会社(以下「京急建設」という。)の共同事業体(以下「JV」という。)に対し4件の工事(以下「本件工事」という。)を発注し、KKに対し工事代金の一部である合計2493万0498円を支払ったが、京急電鉄の取締役であった被告B、同C及び同Dは、KKが実際には工事を全く担当しないことを知りながら、KKに利益を供与する趣旨で、上記発注及び支払を決定したものであるから、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反しており、これによって京急電鉄は上記支払額と同額の損害を被ったと主張して、上記被告らに対し、京急電鉄に上記損害を賠償するように求め、<3>京急電鉄の監査役である被告Q、同R、同S及び同Tが、上記<1>及び<2>の被告らによる取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反する行為を看過して何らの責任追及もしないことは、監査役の善管注意義務又は忠実義務に違反していると主張して、上記被告らに対し、京急電鉄に114億2493万0498円の損害を賠償するように求めた株主代表訴訟である。
1 争いのない事実
(1)当事者等
ア 原告は、平成7年11月15日に京急電鉄の株主となり、現在、株式1030株を所有する株主である。
イ 被告ら
被告Bは昭和40年11月から平成7年6月までの間、被告Eは昭和60年6月から平成9年6月までの間、被告Hは昭和60年6月から平成7年6月までの間、被告Iは平成元年6月から平成10年6月までの間、京急電鉄の取締役を勤めていた。
被告Cは昭和56年6月から、被告Oは昭和58年6月から、被告D、同F及び同Gは昭和60年6月から、被告Kは平成元年6月から、被告J、同L、同M、同N及び同Uは平成3年6月から、被告Pは平成5年6月から、京急電鉄の取締役を勤めている。
被告Sは平成2年6月から平成9年6月までの間、被告Tは平成7年6月から平成10年6月までの間、京急電鉄の監査役を勤めていた。
被告Qは昭和61年から、被告Rは平成6年6月から、京急電鉄の監査役を勤めている。
ウ 京急電鉄
京急電鉄は、平成10年6月現在、鉄道事業、百貨店経営、観光・レジャー・スポーツ及び文化施設の経営、ホテル・旅館及び飲食店の経営等を目的とし、資本金319億9825万1298円、発行済株式総数5億1277万4239株、額面株式の一株の金額50円の株式会社である。
(2)本件ホテルの開業及び京急電鉄の融資等
ア ホテルパシフィック東京は、京急電鉄の全額出資の子会社である。
同社は、千葉市中央区問屋町の千葉ポートスクエア内に、地上21階建・総客室数270室の本件ホテルを開業すること(以下「本件事業」という。)を計画し、平成3年6月24日、本件ホテルの運営のため、株式会社ホテルパシフィック千葉を設立した。
イ 京急電鉄は、平成4年9月24日に開催した取締役会において、ホテルパシフィック東京に対し本件事業の資金として50億円を融資することを決議し、さらに、平成5年9月24日に開催した取締役会において、同社に対し同資金として64億円を融資することを決議し、各融資を実行した(以下、2件の融資を合わせて「本件融資」という。)。
ウ 本件ホテルは、平成5年10月に開業したが、その後、株式会社ホテルパシフィック千葉は、親会社のホテルパシフィック東京に本件ホテルの営業を譲渡した上、当庁に対し特別清算手続の開始を申し立て、当庁は、平成6年11月18日、特別清算開始決定をし、平成7年4月1日に特別清算終結決定をした。
本件ホテルは、平成10年4月にいったん休業し、同年10月1日より、株式会社ホテル京急(旧ホテルパシフィック東京)から経営の委託を受けた株式会社東横インが新たに営業を開始した。
(3)京急電鉄からKKへの工事の発注
ア 京急電鉄は、平成4年6月、KKと京急建設のJVに対し、「能見台プロジェクト(仮称)建設に伴う京急電鉄能見台~金沢文庫駅上り線側市道整備工事」(以下「能見台工事」という。)を発注し、同工事完成後、KKに対し工事代金として1174万0414円を支払った。
イ 京急電鉄は、平成6年7月、KKと京急建設のJVに対し、「〔スピードアップ計画〕八丁畷駅~鶴見市場駅間(13K186M~13K760M)上り線側線路内排水設備その他工事」(以下「八丁畷工事」という。)を発注し、同工事完成後、KKに対し工事代金として368万1287円を支払った。
ウ 京急電鉄は、平成7年4月、KKと京急建設のJVに対し、「〔スピードアップ計画〕曲線改良に伴う子安駅ホーム改修及び砂利止め新設工事」(以下「子安工事」という。)を発注し、同工事完成後、KKに対し工事代金として471万0340円を支払った。
エ 京急電鉄は、平成8年7月、KKと京急建設のJVに対し、「北久里浜駅~京急久里浜駅間上り線法面防護工事」(以下「北久里浜工事」という。)を発注し、同工事完成後、KKに対し工事代金として479万8457円を支払った。
2 争点
(1)京急電鉄のホテルパシフィック東京に対する本件融資の決定及び実行は、京急電鉄の取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反するか。
ア 原告の主張
(ア)本件ホテルに関する合計114億円の融資計画は、内50億円の融資について、平成4年10月に31億円、平成5年2月に5億円、同年5月に4億円の合計40億円を貸し付け、同年9月にそれまでの貸付金全額の40億円の返済を受け、その後同年10月に10億円を貸し付け、平成6年9月に10億円全額の返済を受けることとし、内64億円の融資については、平成5年9月末日に5億円、同年10月末日に59億円を貸し付け、平成6年9月末日に合計64億円の返済を受けるというものであった。
しかし、本件事業は、平成5年10月1日に本件ホテルを開業する以前には、テナントからの敷金4億4000万円以外に収入がなく、開業前の同年9月に本件事業から40億円の返済資金を用意することは不可能であった。また、本件事業は、開業当初は赤字経営が予定されていたのであり、本件事業の開業1年目である平成6年9月末日に74億円の返済資金が用意できると想定すること自体が極めて非現実的であった。しかも、本件融資に対する返済計画は、各年9月末ころに貸付残高がゼロになるように作られており、決算対策としての粉飾であることが十分疑われるものであった。
また、本件融資が実行された当時のホテルパシフィック東京には、品川で開業していたホテル以外に見るべき事業はなく、京急電鉄に対する114億円の返済資金を用意できる能力も計画も存在しなかった。
このように、本件融資は、非現実的な返済計画を前提としたものであったが、被告U以外の本件融資の当時取締役であった被告らは、その出席した常務会に提出された資料によってそのことを容易に認識することができたにもかかわらず、何らの疑義も質問も提起することなく、漫然と本件融資を承認した。また、被告Uを含む本件融資の当時取締役であった被告らは、平成4年9月24日及び平成5年9月24日に開催された各取締役会に出席し、提出された資料によって本件融資の非現実性を容易に認識し得たにもかかわらず、疑義も質問も提起することなく、漫然と本件融資を承認した。
したがって、本件融資の当時取締役であった被告らが行なった本件融資の承認及び実行は、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反する。
(イ)また、本件事業については、ホテル開業以前の平成3年及び平成4年に本件ホテルの収支計画案が京急電鉄の関連事業委員会、常務会及び取締役会で報告されているが、平成4年の計画案は、平成3年の計画案よりも売上の予測を厳しくする一方、経費支出計画は膨張しており、本件事業の赤字はホテルパシフィック東京からの資金注入で填補する内容であった。これは、バブル経済の崩壊を反映して、売上予想を悪化させた一方、これを経費の削減によって補うのではなく、むしろ経費は膨張させつつ、事業主体たるホテルパシフィック東京の会計内部の数字操作によって収支の悪化を糊塗したことを示しており、本件ホテルに関する収支計画の杜撰さを露呈しているといえる。
そして、平成3年の収支計画では開業9年目(平成14年度)までに借入金を完済することとなっていたが、平成4年の収支計画では、平成16年度になっても31億円余の借入金残高が計上され、完済時期も示されておらず、京急電鉄の融資残高は平成16年度以降も存続し、いつ完済されるかの目途もつかない状況であった。
さらに、平成5年段階の収支予想は、前年に立てられた収支計画よりも更に売上予想を厳しくしたにもかかわらず、却って経費は膨張させて予想し、前年の収支計画以上に収支のアンバランスが著しい放漫かつ無謀なものとなっており、京急電鉄の融資残高については予想すらされておらず、本件融資の回収見込みは、更に絶望的となっていることが明らかである。
このように、本件事業の収支計画は極めて放漫で杜撰なものであり、京急電鉄による本件融資の回収可能性も極めて乏しいことが明らかであるが、被告Uを除く本件融資の当時取締役であった被告らは、平成4年9月9日及び平成5年7月14日に開催された各常務会に提出された資料によって、このことを容易に認識することができた。しかし、上記被告らは、平成4年9月9日に開催された常務会においては何らの質問をすることもなく、平成5年7月14日に開催された常務会においても、収支改善に向けて今後検討を続けることを確認したのみで、長期収支計画を提出させることもなく、本件融資を漫然と承認した。
また、被告Uも出席し平成5年9月24日に開催された取締役会においては、本件事業について、2年間の収支計画、資金計画等を除いて何ら信憑性がある資料が提示されておらず、合計100億円余の巨額の融資の適否を判断するに足りる資料が提示されていないことを認識することが可能であったにもかかわらず、本件融資の当時取締役であった被告らは、何らの疑義も意見も提出することなく本件融資を承認した。
したがって、本件融資の当時取締役であった被告らが行なった本件融資の承認及び実行は、その善管注意義務又は忠実義務に違反する。
(ウ)京急電鉄では、常務会や取締役会に先立ち月曜会と称する会議が開催されているが、本件事業についても、実質的な内容は月曜会において決定されていた。また、京急電鉄に本件事業の打診があったのは昭和63年のことであったが、当時は月曜会にすら本件事業についての報告がされたことはなく、被告Uのほか、ごく一部の取締役のみによって本件事業についての協議が行なわれていた。そして、これらの者によって事業計画が推進され、もはや後戻りのできない状態になってから漸く取締役会で報告され、上記のとおり、何らの質疑応答も許さずに原案どおり満場一致で決議された。
本件融資の当時取締役であった被告らは、一部の幹部によって本件事業が推進されていたにもかかわらずこれを放置し、何らの合理性が認められない本件事業を前提とし、回収可能性が全く認められない本件融資を漫然と承認したのであり、このような被告らの無責任な体質が、本件事業における百数十億円もの莫大な損失及び本件融資金114億円の損害を招いたことは明らかである。
したがって、本件融資の当時取締役であった被告らが行なった本件融資の承認及び実行は、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反する。
(エ)被告Uは、本件融資を決定した平成4年9月24日及び平成5年9月24日の取締役会に出席して決議に参加しているが、同被告は、平成元年7月に京急電鉄の筆頭株主である日本生命相互会社(以下「日本生命」という。)の代表取締役社長に就任し、上記各取締役会の当時は日本生命の取締役会長であった。そして、日本生命は、大株主として京急電鉄に対して圧倒的な影響力を有しているほか、本件ホテルの建物につき10パーセントの共有持分を有しており、本件事業には重大な関心を持っていた。
このような状況の中で、日本生命の取締役会長である被告Uが京急電鉄の取締役会に臨んだ場合、同被告の主張は極めて重要なものと捉えられることは明らかで、京急電鉄の他の取締役が反対の意見を述べることは到底不可能な状況であり、被告U以外の被告らは、取締役会において,筆頭株主である日本生命の意向を汲んで本件融資を決定した。
したがって、被告Uは、日本生命の利益を追求して、京急電鉄の利益を犠牲にする可能性のある立場にあり、京急電鉄による本件融資の決定の議案については、商法260条の2第2項に規定する特別利害関係人に該当すると解すべきであり、そのような人物を取締役会の審議及び決議に参加させたことは商法260条の2第2項に違反する。そして、同規定は、会社の利益の保護を目的とするものであるから、商法266条1項5項に規定する「法令」に該当すると解すべきであり、その規定に違反することにより会社に生じた財産的損害について、取締役に賠償責任が発生すると解すべきである。
したがって、取締役会に出席した特別利害関係人の被告Uだけでなく、その参加を容認した被告U以外の被告らが行なった本件融資の承認及び実行は、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反する。
(オ)上記(ア)ないし(エ)記載のとおり、本件融資の当時取締役であった被告らによる本件融資の承認及び実行は、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反し、京急電鉄に損害を与えたものであるが、京急電鉄の監査役である被告Q、同R、同S及び同Tは、本件融資の当時取締役であった上記被告らの善管注意義務又は忠実義務違反の責任を追及することなくこれを放置している。これは、監査役である被告らの善管注意義務又は忠実義務に違反する行為であり、同被告らは、京急電鉄に対し本件融資相当額114億円を賠償する責任がある。
イ 被告らの主張
(ア)ホテルパシフィック東京は、品川のパシフィックホテルを営業する大規模な会社であり、本件融資が行われた平成4年ないし平成5年ころの規模は、総資産約55億円、売上高約170億円であった。そして、本件事業は、平成4年当時、十分採算のとれるものであったし、景気が急激に悪化した平成5年においても、収支見通しは後退したものの、ホテルパシフィック東京が破綻するようなことは想定できず、本件融資の回収についての懸念はなかった。ホテルパシフィック東京は、その後もきちんと営業を継続し、現在も京急電鉄に対し約定に従って元利金の返済をしている。
以上のとおり、ホテルパシフィック東京には十分な返済能力があったし、現実に返済をしており、本件融資は、何ら取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反していない。
(イ)本件融資に係る意思決定は、担当の関連事業室における検討や関連事業委員会、常務会等における検討を経て、必要かつ十分な情報に基づいて行なわれたものであり、意思決定の過程にも何ら不適切な点はない。さらに、ホテルパシフィック東京は、平成5年においては自力で資金調達をすることが困難な状況であったから、本件融資をしなかった場合には、ホテルパシフィック東京は破綻する可能性があった。万一ホテルパシフィック東京が破綻すれば、京急電鉄グループに多大な損害を与えることとなることは明らかであった。
したがって、本件融資は、意思決定の手続や内容の面からも適切なものであり、何ら取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反していない。
(ウ)原告は、本件融資についての返済計画が、平成4年10月の融資につき平成5年9月に返済を受けることとされていることなどについて、1年で全額を返済できるはずはなく、杜撰な返済計画であるとか、決算対策としての粉飾であると主張するが、本件融資のような長期資金を子会社に貸し付けるに当たっては、その資金が長期的に回収されることは当然の前提であって、金銭消費貸借契約書上はチェックの機会を設ける趣旨等から1年ごとに期限を設ける形にするものであり、何ら問題とすべき点はない。
また、原告は、被告Uの取締役会への出席が特別利害関係人の出席に当たると主張するが、本件融資は100パーセント子会社であるホテルパシフィック東京への融資であり、被告Uは、同議案に関して何ら特別な利害関係を有していない。
(エ)ホテルパシフィック東京は、現在も健全に経営を続けていて、本件融資についても約定に従って順次元利金を返済しており、本件融資は回収不能になっていない。したがって、京急電鉄には何ら損害は発生していない。
(2)京急電鉄によるKKと京急建設のJVに対する本件工事の発注は、KKに不当な利益を与える目的で行われたものか。
ア 原告の主張
(ア)KKは、指定暴力団○○○の幹部であり、日本最大の右翼団体連合組織である「△△△△△△△」の名誉議長であるa1が設立した株式会社であり、同人は現在もKKの実権を握っている。
被告Dは、京急電鉄の総務部に20年以上勤務していることから、志賀との付き合いがあった。そして、被告Dは、工事の発注担当者に対し、株主総会をはじめ難しい問題で世話になるからKKに対してこの仕事を発注するようにと具体的な指示を行い、発注担当者は、これを受けて、KKに対して工事の発注をしていた。
被告B及び同Cは、取締役会長又は取締役社長の地位にあって、KKに対する工事の発注が上記の趣旨で行われていることを承知しながら、発注を阻止ないし中止させず、工事代金をKKに支払ってきた。
(イ)京急電鉄は、KKと京急建設のJVに対して、平成4年6月能見台工事を、平成6年7月八丁畷工事を、平成7年4月子安工事を、平成8年7月北久里浜工事をそれぞれ発注し、KKに対し工事代金として合計2493万0498円を支払ったが、実際には、KKは職員を現場に勤務させておらず、同社は上記各工事を行わなかった。
(ウ)上記各工事の発注及び工事代金の支払は、KKの利益を図り、それによって京急電鉄に経済的損失を与える行為であるから、被告B(ただし、同被告は平成8年7月の工事には関与していない。)、同C及び同Dの行為は特別背任罪(商法486条1項)に該当するものであり、同被告らは、これにより、京急電鉄に対し、KKに支払った工事代金の合計2493万0498円相当額の損害を与えた。
(エ)京急電鉄の監査役である被告Q、同R、同S及び同Tは、被告B、同C及び同Dの取締役の善管注意義務又は忠実義務違反の責任を追及することなくこれを放置している。これは、監査役の善管注意義務又は忠実義務に違反するものであり、同被告らは、京急電鉄に対し、KKに支払われた工事代金相当額2493万0498円を賠償する責任がある。
イ 被告らの主張
被告B、同C及び同Dには、KKに不当な利益を提供する目的は存在しなかったし、KKはJVの構成員としての義務を履行した。
また、本件工事はすべて竣工しており、京急電鉄に損害は発生していない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1)原告は、本件融資は非現実的な返済計画を前提とするもので、本件融資の対象となる本件事業も杜撰で実現可能性がなかったにもかかわらず、ごく一部の役員らが本件事業を推進し、その他の取締役もこれを看過して本件融資を承認し、実行したものであり、これは取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反すると主張する。
また、原告は、被告Uは、京急電鉄の筆頭株主で本件ホテル建物の共有持分権者である日本生命の取締役であるから、京急電鉄の取締役会における本件融資の決議について特別の利害関係を有する者であり、同被告を取締役会の審議及び決議に参加させたことは商法260条の2第2項に違反し、商法266条1項5号の法令違反行為に該当すると主張する。
しかし、後記認定のとおり、京急電鉄のホテルパシフィック東京に対する本件融資について、被告らに原告主張の違法な行為が存在することも、また、京急電鉄に損害が発生したことも認めることはできず、原告の主張には理由がない。
(2)すなわち、証拠(乙7、8、18の3、4、85ないし90、109、119並びに被告N本人尋問の結果。枝番号も含む。)に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を合わせると、以下の事実が認められる。
ア ホテルパシフィック東京は、昭和63年夏ころ、千葉市卸売市場跡地を千葉ポートスクエアとして開発する事業主グループから、同地域におけるホテル事業への進出についての打診を受けた。同様の打診は、京急電鉄の関連事業室に対しても行われた。
ホテルパシフィック東京は、昭和45年に設立され、昭和46年に品川においてホテルパシフィック東京を開設し営業してきた会社であり、上記の打診を受けた当時はホテル営業を開始してから17年が経過し、事業も順調であったことから、蓄積したホテル業のノウ・ハウを新たに発揮する場面を求めていた。特に、平成2年3月期には、開業当初からのホテル施設の償却が終了し税務上利益が発生する見込みであったため、新たな投資を考慮すべき時期になっており、また、新たなホテルを開業することで、従業員のポストを確保するとともに、人材やノウ・ハウを活用することも可能となることから、新たにホテルを開業する意義が認められた。
そこで、ホテルパシフィック東京では、上記の打診を受け、このプロジェクトの構想や事業性の有無について検討を開始し、綜合ユニコム株式会社に調査を依頼した。
ホテルパシフィック東京は、京急電鉄の子会社であるものの、独立した会社であるので、ホテルパシフィック東京が何らかの経営判断をするに当たって、京急電鉄の承認を得る必要はなかった。
(以上、乙119、被告N、弁論の前趣旨)
イ 綜合ユニコム株式会社が昭和63年12月にホテル東京パシフィックに提出した調査報告書によれば、本件ホテルの開設は、千葉市の「新業務地区」の整備計画の一環として行われるもので、千葉市の計画は、当該地域を「新都心地区」として、市役所等を中心に業務機能の集積を図り、土地の高度利用、都市基盤の整備を進めていくというものであり、これにより、京葉線が整備されモノレールが開設されるなど交通条件も飛躍的に向上し、当該地域は高度利用地区として発展することが期待されていた。そして、本件ホテルは、新都心地区の大型複合施設である千葉ポートスクエアの中核ホテルとして位置付けられていたものであるが、上記調査報告書によれば、近隣地区におけるホテルの状況からしても、千葉ポートスクエアにホテルを開業する意義があるとされていた。
当時は、日本経済が拡大・発展していた時期でもあり、綜合ユニコム株式会社から上記報告を受けたホテルパシフィック東京の取締役らは、千葉市が計画している新都心地区構想が実現すれば、千葉ポートスクエアを中心とした新業務地区は、ビジネス、文化、レジャー施設等が融合した高度開発地域となり、本件ホテルはその中核ホテルとなることから、本件事業は、非常に将来性のある事業であると判断した。また、ホテルを既存の街区に新しく建設することは、コストや立地の面で問題が多く、未開発地域の総合的な開発の中で中核的施設として進出できる本件事業は、新たなホテルの建設を検討していたホテルパシフィック東京にとって、非常に魅力的な機会であった。
(以上、乙119、被告N、弁論の前趣旨)
ウ そこで、ホテルパシフィック東京は、本件事業に取り組むため、社長のa2やa3企画室担当常務取締役らを構成員とするプロジェクトチームを設置し、調査及び検討を行った。
その結果、本件ホテルを千葉ポートスクエアという新しい街区の中核ホテルに相応しいものとするため、ビジネスユースにもリゾートユースにも対応できる複合機能を有する「地域一番店」とし、これまで千葉市内のホテル等では吸収できず東京圏に流出していた高級志向の需要を営業の目標とすることにした。この構想は、高級でなければ集客は見込めないという当時の経済情勢や時代感覚にも適合していたし、「ホテルパシフィック」というブランドの高級イメージにも合致するものであった。
ホテルパシフィック東京は、平成元年ころから、上記の構想に適合する建物の設計についての打合わせを建物所有者側との間で開始し、平成2年4月には、プロジェクトチームを解消して、組織上の正式な専門担当部署として「開発事業本部」を設置し、a2社長及びa4開発事業本部長らが本件事業を担当することとなった。
そして、ホテルパシフィック東京は、平成2年8月、所有者の千葉新都心開発株式会社との間で本件ホテル建物についての賃貸借覚書を締結した。
(以上、乙119、被告N)
エ その後も千葉ポートスクエアの開発は継続し、平成2年12月にポートアリーナ(体育館)が竣工し、平成3年3月にはホテル等を含めた民間施設部分の建設工事に着工した。
(以上、乙119)
オ 京急電鉄では、常勤の常務以上の役員が毎週1回出席して協議をする月曜会という会合が設けられているが、ホテルパシフィック東京が推進する本件事業についても、折々に月曜会への報告が行なわれ、千葉市の将来性等について議論が行われた。
(以上、乙119、被告N)
カ また、京急電鉄では、関連事業室が管掌している事業について審議をするために、関連事業室担当役員、経営企画室長及び人事部長等を構成員とする関連事業委員会を設置し、毎月1回開催していたが、平成3年8月23日に開催した関連事業委員会において、本件ホテルの計画概要と共に興業費概算予定は130億円である旨が報告された。なお、わが国において平成4年中に開業したホテルの投資金額は100億円から200億円以上のものがごく普通に認められ、本件ホテルの興業費用は合理的なものと考えられた。
この興業費130億円については、ホテルパシフィック東京の自己資金3億円、増資による調達金6億円、出店テナントからの敷金4億4000万円のほか、他から116億6000万円を借り入れて賄い、本件ホテルの開業直前に京急電鉄が50億円を貸し付けることが予定されていた。また、当時作成されていた本件ホテルの収支表によれば、開業7年目に当たる平成11年度から単年度黒字になることが予想され、初年度稼働率は67パーセントと見込まれていた。昭和63年当時の周辺ホテルの平均客室稼働率は、千葉地区で73パーセント、東京ディズニーランド地区で80パーセント、成田地区で87パーセントとなっており、本件ホテルの収支予想や平均稼働率予想は合理的なものであると判断された。
もっとも、平成3年当時は、いわゆるバブル経済が崩壊し始め、株式や不動産の相場は下降し始めていたが、ホテル業界は未だ好況にあり、ホテルパシフィック東京も平成4年3月期までは順調に売上げを伸ばしていた。ホテルパシフィック東京の平成4年3月期の総資産は約55億円、営業収益は約170億円であった。
ホテルパシフィック東京は、平成4年6月、本件ホテル建物の内装工事を発注し、同年9月には、千葉新都心開発株式会社との間で本件ホテルに係る賃貸借予約契約を締結した。
(以上、乙7、8、18の3、85、109、119、被告N、弁論の前趣旨)
キ しかし、平成4年8月ころ以降消費に陰りが見られるようになり、同年8月18日に開催された京急電鉄の関連事業委員会では、ホテルパシフィック東京に対する50億円の融資の件が付議されるとともに、本件ホテルの固定費等の具体的な数額が明らかにされ、前年の関連事業委員会において示された収支見通しよりも、売上見通しが若干下方修正され、また、経費負担が重くなっていた。このため、平成4年における収支見通しでは、本件ホテルが単年度黒字となるのは平成17年と見通しが後退したものの、ホテルパシフィック東京の営業には全く問題はなく、全体としての資金繰りにも問題がなかったため、本件融資の借入金残高は初年度以降順調に減少することが見込まれていた。
当時、本件ホテルの建築は完成に近付いて内装工事に入っており、従業員の採用も開始していたため、本件事業を停止することによる経済的損失や信用の喪失等を考慮すれば、ホテルパシフィック東京に対する50億円の融資を行わないという選択肢を採用する余地はなく、同日開催の関連事業委員会は、この50億円の融資を承認した。
(以上、乙86、119、被告N)
ク 上記の承認を受け、平成4年9月9日、ホテルパシフィック東京に対する50億円の融資の件が京急電鉄の常務会に付議され、承認された。京急電鉄では、常勤の取締役全員で構成される会議を常務会とし、内規上、取締役会決議事項については事前に常務会で審議をすることになっており、当日の付議もこの内規に従って行なわれたものであった。付議された融資案件の内容は、ホテルパシフィック東京に対し、同年10月に31億円、平成5年2月から10月までに19億円の合計50億円を貸し付け、返済時期は同年9月に40億円、平成6年9月に10億円とするものであった。ただし、当該融資は実際には長期の貸付金として予定されており、返済時期が上記のとおり記載されたのは1年に1回融資の状況をチェックするために期間を区切る趣旨であった。
(以上、乙87、119、被告N)
ケ 上記常務会の承認を受け、平成4年9月24日、ホテルパシフィック東京に対する50億円の融資の件が非常勤の取締役も出席した取締役会に付議され、承認された。
当日の添付資料には、本件ホテルの概要以外にも、ホテルパシフィック東京全体の収支計画と資金計画が添付されていた。これは、当該融資はホテルパシフィック東京に対するものである以上、本件ホテルの概要のみならずホテルパシフィック東京自体の返済能力を把握する必要があったからである。収支状況は、平成4年、5年の2年分しか添付されなかったが、これは、当時の景気の悪化が著しく、長期的な見通しを立てることが困難な状況にあったためである。
京急電鉄は、上記取締役会の承認に基づき、ホテルパシフィック東京に対し50億円を貸し付けた
(以上、乙88、119、被告N)
コ その後の平成5年7月14日、京急電鉄常務会にホテルパシフィック東京の増資に伴う120万株の引受けと64億円の融資の件が付議された。
平成4年の50億円の融資の後、ホテルパシフィック東京の平成5年3月期の決算は悪化しており、同年10月1日に開業を控えていた本件ホテルの収支見通しも非常に厳しくなっていた。そのため、常務会に報告された本件ホテル及びホテルパシフィック東京の収支予想は、平成4年における予想よりも下方修正されていた。収支見通しは、平成7年度までのものしか添付されていなかったが、これは、当時ホテル業界の業績が悪化しつつあり、この状態がどの程度で好転するのか明らかでなかったため、信頼性の高い長期収支の見通しを作成することができなかったことによる。ホテルパシフィック東京の平成5年3月期の総資産は約82億円、営業収益は約142億円であった。
そして、当該64億円の融資をしなければ、ホテルパシフィック東京が破綻しかねず、本件事業もすでに開業直前の準備がほぼ終了している段階であったし、そもそもホテル事業は40年から50年という長期のサイクルで考える事業であるため、常務会では、本件事業について収支改善に向けて今後検討を続けることを確認した上で、当該融資は承認された。
当該融資の時期は、平成5年9月末日に5億円、同年10月末日に59億円とされており、また、平成6年9月末日に一括返済とされていたが、当該融資は実際には長期の貸付金として予定されており、返済時期が上記のとおり記載されたのは1年に1回融資の状況をチェックするために期間を区切る趣旨であった。
(以上、乙18の4、89、119、被告N)
サ 上記常務会の承認を受け、平成5年9月24日、ホテルパシフィック東京に対する64億円の融資の件が京急電鉄の取締役会に付議され、常務会における審議の結果が改めて確認された上、承認された。
京急電鉄は、上記取締役会の承認に基づき、ホテルパシフィック東京に対し64億円を貸し付けた。
(以上、乙90、119、被告N、弁論の前趣旨)
シ ホテルパシフィック東京は、平成5年9月、千葉都心開発株式会社との間で、本件ホテルの建物に係る賃貸借契約を締結した。ホテルパシフィック東京は、本件ホテルの運営を株式会社ホテルパシフィック千葉に委託し、本件ホテルは同年10月に開業したが、その後の不景気の影響もあり、予定していた業績を上げることができず、株式会社ホテルパシフィック千葉は、平成6年10月、ホテルパシフィック東京に営業を譲渡した上、当庁に特別清算手続の開始を申し立て、当庁は、平成6年11月18日特別清算開始決定をし、平成7年4月1日に特別清算終結決定をした。
しかし、ホテルパシフィック東京は、京急電鉄に対し、本件融資の返済を継続しており、現在まで、これが滞っている事実は認められない。また、本件ホテルについては、平成10年10月以降、株式会社東横インがホテルパシフィック東京(現商号・株式会社ホテル京急)から経営の委託を受けて、営業を行っている。
(以上、乙119、被告N、弁論の前趣旨)
(3)以上のとおり、ホテルパシフィック東京が、著しく好況なわが国の経済情勢と同社の好調な営業成績を背景として、新規の事業展開を図るべく、本件事業を開始したことには、合理的な理由と根拠があり、京急電鉄の取締役であった被告らがホテルパシフィック東京に対する50億円の融資を決定した平成4年当時においては、景気が後退期に入っていて、本件ホテルの収支見通しは厳しさを増してはいたものの、本件ホテルの営業は平成17年には収支が均衡することが見込まれ、京急電鉄への返済には初年度から支障がないものと合理的に判断されていたのであり、また、平成5年当時においては、ホテルパシフィック東京の業績は悪化し、同年10月1日に開業を控えていた本件ホテルの収支見通しも非常に厳しくなっていたが、元来ホテル営業については数十年の長期で投資効果を判断すべきものと考えられ、京急電鉄からホテルパシフィック東京への融資も長期の貸付けとして予定されていたところ、ホテルパシフィック東京への融資を拒絶した場合には同社が破綻しかねず、また、本件事業も開業直前の準備がほぼ終了している段階まで進んでいたことから、将来の経済情勢の展開を的確に予測することが極めて困難な状況において、京急電鉄の取締役であった被告らは64億円の融資を承認し、実行したものであり、その後、ホテルパシフィック東京は、京急電鉄に対し、本件融資の返済を滞りなく継続しているのである。
上記の事実によれば、京急電鉄の取締役であった被告らにおいて、本件融資を承認し又は実行したことについて善管注意義又は忠実義務の違反があるということはできず、京急電鉄の監査役であった被告らにおいて取締役の責任を追及しないことについて、監査役の善管注意義又は忠実義務に対する違反があるということはできない。そして、上記のとおり、そもそも、ホテルパシフィック東京は、本件融資に対する返済を滞りなく継続しているのであるから、本件融資により京急電鉄に損害が生じたものとも認められない。
(4)また、京急電鉄の取締役会において本件融資を承認する決議をした当時、被告Uが京急電鉄の筆頭株主である日本生命の取締役会長の地位にあり、同社が本件ホテルの建物につき10パーセントの共有持分を有し、本件事業に重大な関心を寄せていたからといって、そのことの故に、京急電鉄からホテルパシフィック東京に対する融資を承認する京急電鉄の取締役会の決議につき、被告Uが商法260条の2第2項に規定する特別の利害関係を有するものということはできないから、同被告を上記取締役会の審議及び決議に参加させたことは同条項に違反するとの原告の主張は、失当である。
2 争点(2)について
(1)原告は、京急電鉄によるKKと京急建設のJVに対する本件工事の発注は、暴力団等の幹部が設立し現在も実権を掌握しているKKに対して不当な利益を与える目的で行なわれたものであり、KKは実際には全く本件工事に関与せず、JVとしての義務を履行しなかったにもかかわらず、京急電鉄から工事代金の支払を受けたと主張し、これに沿うa5作成の陳述書(甲42及び47)を提出する。
しかし、上記陳述書の内容は、重要な部分において、自ら体験した事実を記載したものではなく、伝聞の域を出ないものであり、また、これを裏付ける客観的な証拠も存在しない以上、たやすく信用することはできない。
そして、後記認定の事実によれば、KKはJV契約に定められた義務を履行していることが認められ、原告の主張には理由がない。
(2)すなわち、証拠(乙22ないし38、44ないし82、93、96ないし106及び証人a6の供述。枝番号を含む。)に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を合わせると、以下の事実が認められる。
ア 京急電鉄は、年間1000件程度の工事を下請業者に発注しているが、そのうち鉄道工事の件数は200件から300件程度である。
鉄道工事は、通常の工事と異なり安全面等からの特殊な制約があるため、請負業者も鉄道工事という特殊工事を遂行する能力を備えた業者でなければならない。また、業者の不手際等によって工事が中断すると、発注者は多大の迷惑を被ることになる。そのため、京急電鉄は、多数の請負業者を確保し、すべての業者の技術力を維持するため、特定の業者に偏ることなく各業者に継続的に工事を発注している。
(以上、乙106、証人a6)
イ KKは、このような多数の業者のうちの一社である。同建設は、京成電鉄株式会社から発注を受けてきた実績があり、鉄道工事の経験が豊富であると認められたことから、京急電鉄も取引を開始したものであり、現在年間数千万円程度の工事を発注している。
京急電鉄は、KKに対し、通常は単独工事を発注しており、JVの形式で発注したのは本件工事のみである。その当時、KKの単独工事として発注すべき適当な数千万円規模の工事がなかったため、KKにJVの経験を積ませる目的も兼ねて、本件工事をKKと京急建設のJVとしたのであった。
(以上、乙106、証人a6)
ウ 京急電鉄では、請負業者の選定は工事発注の担当部署である工事契約課が行うのを原則とするが、鉄道工事の場合は、工事に特殊かつ専門的な技術が必要となるため、工事の発議をする工務部が、工事契約課に対し発注先業者を推薦する方法を採っていた。
本件工事についても、工務部がKKと京急電鉄のJVとするよう工事契約課に推薦したのであり、被告Dの指示によってKKが選定されたものではない。なお、本件程度の工事の場合には、課長補佐級の者が、当該業者に対する年間の発注量を考慮しつつ発注先を決定するのが慣例である。
(以上、乙35ないし38、93、106、証人a6)
エ JVの義務
JVの契約内容については、国土交通省(旧建設省)がひな形を作成しており、実務においては、通常このひな形をそのまま利用している。ひな形には甲、乙の2種類があり、甲型は共同施行の場合に、乙型は分担施行の場合に使用される。本件工事におけるJV契約は、甲型を使用したものであるが、それによれば、JVの共同施行者の義務は、出資をすること、運営委員会を構成すること、請負契約の履行に関し連帯責任を負うこと、欠損金が生じた場合にこれを負担すること等と定められており、工事の現場に現場監督を派遣することは、JV構成員の義務とはされていない。
(以上、乙35、66の1ないし69の2、106、証人a6)
甲型の契約を締結した場合にも、JV構成員が工事現場に自己の作業員を派遣することはあるが、それは、JVから更に作業を請け負ったJV構成員が自らの業務を遂行するために人員を派遣するものであり、JV構成員の義務として派遣しているのではない。そして、その別途請け負った業務についての報酬は、JV構成員としての利益の分配とは別に、請負代金としてJVから支払われることになる。
本件工事においても、KKは工事現場に人員を派遣しているが、これは上記の趣旨で行われたものである。
(以上、乙106、証人a6)
オ 鉄道工事代金の決定方法
工事代金の決定方法は、工事の内容を細分化し、国土交通省(旧建設省)が定めた各工事の単価基準を参考とし、京急電鉄の社内基準に従って積算する。
実際の作業は、請負業者が上記基準に沿って見積書を作成し、京急電鉄と協議をしながら最終的な金額を決定する。本件工事の程度の規模であれば、協議期間は2、3日程度が必要となる。
(以上、乙22ないし30、106、証人a6)
カ 本件工事についての具体的事実
(ア)京急建設は、平成4年6月、請負工事代金を1億7922万円として、KKと京急建設のJVに対し能見台工事を発注した。このJVは、同月11日に甲型をひな形として締結され、JVの構成員は、出資の義務、運営委員会、施工委員会、監査委員及び安全衛生委員会の各委員を派遣する義務並びに工事の履行の義務等を負っていた。
KKは、同年8月31日に296万0412円の、同年9月29日に87万6625円の、同年10月29日に416万0928円の、同年11月27日に370万1560円の、同年12月24日に260万8597円の、平成5年1月28日に88万3764円の、同年2月25日に118万8496円の、同年3月30日に162万2763円の、同年4月30日に336万7936円の、同年5月31日に373万5136円の、同年6月30日に427万450円の、同年7月30日に326万8123円の、同年8月31日に464万5251円の、同年9月30日に371万9148円の、同年10月29日に710万7312円の、同年11月30日に220万4623円の各出資義務を履行した。また、運営委員として取締役工事部長a7及び営業部次長a8を、施工委員として工事部所長a9を、監査委員として経理部長a10を派遣し、安全衛生委員も派遣した。
能見台工事は、平成5年7月31日に終了し、同年8月9日に引渡しが行われ、KKは1174万0414円の支払を受けた。
(以上、乙31、44の1ないし59の2、66の1、2、96ないし99、106、証人a6)
(イ)京急電鉄は、平成6年7月、請負工事代金を6386万円として、KKと京急建設のJVに対し八丁畷工事を発注した。このJVは、同月25日に甲型をひな形として締結され、JVの構成員は、出資の義務、運営委員会、施工委員会、監査委員及び安全衛生委員会の各委員を派遣する義務並びに工事の履行の義務を負っていた。
KKは、同年11月29日に460万8366円の、平成7年3月30日に1728万8452円の各出資義務を履行した。また、運営委員として営業部長a8及び土木部次長a11を、施工委員及び安全衛生員として土木課長a12を、監査委員として経理部長a10を派遣した。
八丁畷工事は、平成6年12月21日に終了し、平成7年1月12日に引渡しが行われ、KKは368万1287円の支払を受けた。
(以上、乙32、60の1ないし61の2、67の1、2、70、71の1ないし9、72、73、100、101、106、証人a6)
(ウ)京急電鉄は、平成7年4月、請負工事代金を8981万6000円として、KKと京急建設のJVに対し子安工事を発注した。このJVは、甲型をひな形として締結され、JVの構成員は出資の義務、運営委員会、施工委員会、監査委員及び安全衛生委員会の各委員を派遣する義務並びに工事の履行の義務を負っていた。
KKは、同年8月31日に1424万0466円の、同年11月30日に1767万7190円の各出資義務を履行した。また、運営委員として、営業部長a8及び土木部次長a12を、施工委員及び安全衛生委員として土木部課長a13を、監査委員として経理部長a10を派遣した。
子安工事は、平成7年8月14日に終了し、同年9月6日に引渡しが行われ、KKは471万0340円の支払を受けた。
(以上、乙33、62の1ないし63の2、68の1、2、74ないし77の52、102、103、106、証人a6)
(エ)京急電鉄は、平成8年7月、請負工事代金を8621万1000円として、KKと京急建設のJVに対し北久里浜工事を発注した。このJVは、同月15日に甲型をひな形として締結され、JVの構成員は出資の義務、運営委員会、施工委員会、監査委員及び安全衛生委員会の委員を派遣する義務並びに工事の履行の義務を負っていた。
KKは、同年11月29日に814万1971円の、平成9年5月30日に2126万7847円の各出資義務を履行した。また、運営委員として、取締役土木部長a14及び営業部長a8を、施工委員として土木部課長a13及び土木部係長a15を、監査委員として取締役経理部長a10を、安全衛生委員として土木部係長a15を派遣した。
北久里浜工事は、平成9年1月10日に終了し、同月21日に引渡しが行われ、KKは479万8457円の支払を受けた。
(以上、乙34、64の1ないし65の2、69の1、2、78ないし82、104、105、証人a6)
(3)上記認定の事実によれば、KKは本件工事についてJVの構成員としての義務を履行しており、また、何れの工事も完成していて、京急電鉄には損害は発生していないものというべきである。
よって、KKに対する工事代金の支払は、被告B、同C及び同Dの特別背任行為を構成するものとは認められず、同被告らに取締役の善管注意義務又は忠実義務違反の事実は認められず、監査役として同被告らの責任を追及しなかった被告Q、同R、同S及び同Tにも善管注意義務又は忠実義務違反は認められない。
3 よって、原告の請求は何れも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷禎男 裁判官 吉井隆平 裁判官 新田和憲)