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東京地方裁判所 平成10年(ワ)30082号 判決 2002年2月28日

原告

飯島定幸

原告

河野常明

原告ら訴訟代理人弁護士

金久保茂

古本晴英

被告

東京急行電鉄株式会社

同代表者代表取締役

清水仁

同訴訟代理人弁護士

成冨安信

高橋英一

長尾亮

主文

1  被告は,原告飯島定幸に対し1万8895円,原告河野常明に対し1万7782円及び同各金員に対する平成11年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らの請求1にかかるその余の主位的請求及び請求2を棄却する。

3  原告らの請求1にかかる予備的請求のうち,始業時刻前及び終業時刻後に引継を行う義務が存在しないことの確認を求める部分を却下する。

4  訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

5  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1(1)  主位的請求

被告は,原告飯島定幸に対し7万5584円,原告河野常明に対し7万1131円及び同各金員に対する平成11年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  予備的請求

原告らが,被告に対し,始業時刻前に出勤点呼及び引継を行う義務並びに終業時刻後に退社点呼及び引継を行う義務を有しないことをそれぞれ確認する。

2  被告は,原告らそれぞれに対し,50万円及びこれに対する平成11年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告に雇用され,駅務員として勤務する原告らが,被告に対し,始業時刻前に行う出勤点呼,勤務場所への移動及び引継に要する時間並びに終業時刻後に行う退社点呼(以下,出勤点呼と退社点呼を併せて「点呼」という。)に要する時間が,労働基準法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)に当たるとして,主位的に,始業時刻前の5分間及び終業時刻後の20秒間に対応する賃金(平成8年12月分~平成10年11月分)及びこれに対する遅延損害金(起算日は訴状送達の日の翌日)の支払を,予備的に,原告らが始業時刻前及び終業時刻後に点呼及び引継をする義務が存しないことの確認を求めるとともに(請求1),原告らが始業時刻前又は終業時刻後に点呼及び引継を行うことを強制され,精神的苦痛を被ったとして,不法行為に基づく慰謝料各50万円及びこれらに対する年5分の割合による遅延損害金(起算日は前同)の支払を求めた(請求2)事案である。

1  前提となる事実(証拠を掲記しない事実は争いがない。)

(1)  被告は,鉄道事業等を目的とする株式会社である。

原告らは,いずれも被告の交通事業部鉄道部に所属する駅務員であり,平成8年11月以降,原告飯島定幸(以下「原告飯島」という。)は東横線菊名駅(以下「菊名駅」という。),原告河野常明(以下「原告河野」という。)は大井町線大井町駅(以下「大井町駅」という。)において,それぞれ定期券発売業務,改札窓口業務,室内業務等に従事している。

原告らは,出勤日において,始業時刻前に出社し,原告飯島は菊名駅駅務室,原告河野は大井町駅駅長室において,それぞれ出勤点呼を行った後,勤務場所に移動して業務に従事し,終業時刻に業務を終えた後,上記各場所でそれぞれ退社点呼を行い,その後に退社している。

(2)  被告の就業規則37条は,交通事業部鉄道部に所属する駅務員の勤務時間等について,次のとおり定めている(<証拠略>)。

ア 勤務態様 日勤

イ 始業・終業時刻 勤務交番表による。

ウ 休憩時間 1時間

エ 実働時間 1日平均7時間55分

(3)  菊名駅における平成10年12月10日現在の勤務交番表は,別紙1<略>のとおりであり,大井町駅における平成9年12月13日現在の勤務交番表は,別紙2<略>のとおりであった(<証拠略>)。

(4)  平成8年12月分から平成10年11月分までの間の原告らの出勤回数及び基準賃金額(基本給と世帯手当単身者分8000円の合計額)は,次のとおりであった(<証拠略>。なお,各月分は前月16日から当月15日までの期間を指す。)。

ア 原告飯島

<省略>

イ 原告河野

<省略>

(5)  被告の賃金支給規程は,次の定めをおいている(<証拠略>)。

ア 早出残業手当(第38条)

所定勤務時間外に勤務したときは,実働1時間につき時給1.27の割合により早出残業手当を支給する。

イ 日額及び時給(第37条)

第3章「基準外賃金」(35条~51条)でいう時給とは,現業日勤者(乗務員を除く)の場合,所定基本給および世帯手当単身者分を172時間(基準時間)で除した金額をいう。

2  争点

(1)  点呼に要する時間,出勤点呼後勤務場所への移動に要する時間,勤務開始時の引継に要する時間が,それぞれ労基法上の労働時間にあたるか。(請求1(1)関係)

(2)  上記(1)にかかる原告らの賃金額(同)

(3)  就業時間外に点呼及び引継をする義務の存否(請求1(2)関係)

(4)  就業時間外に駅務員に点呼及び引継をさせることが不法行為となるか。その場合の慰謝料額。(請求2関係)

3  当事者の主張の骨子

(1)  争点(1)について

ア 点呼に要する時間について

(原告ら)

点呼は,駅務室又は駅長室内において,助役等の上司の面前で,床に足跡が描かれた所定の位置に立ち,挨拶,勤務内容の確認,励行事項の確認等を上司と共同作業で行うもので,拘束性の高いものである。しかも,被告は,業務命令により点呼の実施を命じ,接遇向上マニュアル,作業基準,駅務作業内規等にもこれを実施すべき旨を記載している。現に,被告河野は,点呼を怠ったことを理由に特別昇格とならなかった。これらの点からすれば,点呼は,事務所内で行うことを使用者から義務付けられたものである。

そして,点呼は,駅務員が勤務内容を的確に認識し,健康面の準備を行い,励行事項を把握し,また,被告が駅務員に対して注意・報告・引継に関する事項を連絡し,その心身状態を確認するために必要なものであり,駅務員の業務と不可分に関連し,業務に不可欠な準備行為である。

被告は,乗務員の点呼に要する時間については,労働時間として20分に対応する賃金を支払っているが,駅務員の点呼が業務上不可欠なものであることは,乗務員の点呼の場合と何ら異ならない。

以上によれば,原告らの点呼は,被告の指揮命令下に置かれた時間であり,点呼に要する時間は労基法上の労働時間である。

(被告)

点呼は,交番勤務制の導入に伴い,交代勤務を円滑に実施するために現場において自然に発生し,労働慣行となったものであって,出勤点呼は,挨拶をして駅務員の出勤を確認し,これに伴い駅務員の勤務態勢が整っていることを確認するもの,退社点呼は,次回の勤務内容を確認し,これに伴い挨拶をするものであり,いずれも挨拶の延長・付随の域を出ない。上記実態・内容からすると,点呼は,使用者に条理上当然認められる従業員の出退勤確認手続の一部であり,かつ,本務に就く態勢の確認であって,業務との関連性が極めて薄いから業務の準備行為に当たらず,また,従業員にも信義則上これに協力することが要請される行為であるから,点呼が被告の指揮命令下に置かれたものとはいえない。

さらに,点呼に要する時間は,タイムカードの打刻と同様,分単位にも満たない微少なものであるところ,分にも満たない行為は,余りに微少すぎて測定・把握・管理ができないから,賃金支払の対象にならないというべきである。

これに対し,乗務員の点呼は,業務に必要な準備作業を行うものであって,20分程度の時間を要するものであり,駅務員の点呼と全く異質なものであるから,被告が乗務員の点呼に要する時間を労働時間として扱っていることをもって,駅務員の点呼に要する時間が労働時間であるとはいえない。

以上のとおり,点呼に要する時間は,労基法上の労働時間ではない。

イ 勤務場所までの移動及び引継に要する時間について

(原告ら)

原告らは,遅くとも始業時刻の5分前に出勤点呼を開始し,出勤点呼後直ちに勤務場所に移動し,始業時刻前に勤務を交代する駅務員との間で引継を行っている。

引継は,業務として駅舎内で行うものである上,接遇向上マニュアル及び作業基準にその実施方法が記載され,被告から実施を義務付けられたものであり,長い時で4,5分の時間を要するものである。引継のための就業時間は特に設けられていない上,時間を要する引継事項があるか否かは,その勤務場所に行かないとわからないから,駅務員は,始業時刻前に勤務場所に出向いて引継を受けることを事実上強制されている。

したがって,出勤点呼後に行う勤務場所までの移動及び引継は,いずれも被告の指揮命令下に行われるものであり,これに要する時間は労基法上の労働時間である。

(被告)

勤務場所までの移動は,何ら業務を課されるものではなく,通勤と同様に拘束がなく,自由な時間に行われるものであって,移動距離も少ない。

また,被告は,個別具体的に命じる場合を除き,始業時刻前あるいは終業時刻後に引継業務を行うよう指示したことはない。引継は,特段の引継事項がある場合を除き,就業時間内に,引継簿,ホワイトボード,ノート等の記載により行われ,引継を受ける者は,始業時刻後にこれを一瞥すれば足りることが多いし,そもそも引継自体がない業務もある(原告らの担当業務のうち,室内業務,納金業務及びホーム業務において引継はされず,改札窓口勤務及び定期券発売業務においては,引継は金額の残高を一瞥するものであり,計測できない程度の時間しか要しないものである。)から,始業時刻前に引継に要する時間が存するとはいえない。

したがって,出勤点呼後に行う勤務場所までの移動及び引継に要する時間は,労基法上の労働時間ではない。

(2)  争点(2)について

(原告ら)

上記(1)のとおり,始業時刻前における出勤点呼,勤務場所までの移動及び引継に要する時間(5分間),並びに終業時刻後における退社点呼に要する時間(20秒間)は,労基法上の労働時間であり,これに対応する賃金額(平成8年12月分~平成10年11月分)は,別表賃金額計算表(請求額)のとおり,原告飯島が7万5584円,原告河野が7万1131円である。

(被告)

争う。

(3)  争点(3)について

(原告ら)

仮に点呼や引継に要する時間が労基法上の労働時間でないとすれば,被告が原告らに対して就業時間外に点呼及び引継をする義務を課す法的,合理的な根拠は存しないことになるから,原告らがこれを行う義務がないことの確認を求める。

(被告)

駅務員の点呼は,被告が労働契約上の付随的義務として行うことを命じたものであり,必要性かつ合理性を有し,駅務員に対する身体的拘束や精神的負担も皆無に等しいものである。したがって,原告らは被告に対して就業時間外に点呼を行う義務を有する。

また,被告は駅務員に対し,具体的かつ個別的に命じる場合を除き,就業時間外に引継を行う義務を課していないから,この義務の不存在確認を求める訴えは,訴えの利益を欠き不適法であり,また,同請求は理由がない。

(4)  争点(4)について

(原告ら)

被告は,原告らに対し,労働義務のない就業時間外において,業務命令により点呼及び引継を違法に強制し,精神的苦痛を与えている。

これを慰謝するための相当額は原告らそれぞれ50万円である。

(被告)

争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提となる事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  駅務員の勤務状況

ア 業務内容

原告飯島が勤務する菊名駅,原告河野が勤務する大井町駅における駅務員の担当業務は,各駅又はその管内の駅における定期券発売業務,改札窓口業務,室内業務,納金業務等であり,この他に菊名駅においてはホーム業務がある。

各業務の概要は次のとおりである。

(ア) 定期券発売業務発売窓口において定期券を発売する。

(イ) 改札窓口業務 改札口において自動改札を通らない利用者への改札を行う。

(ウ) 室内業務 駅務室において電話や呼出しへの応対,遺失物に関する応対・管理等の一般業務をする。

(エ) 納金業務 自動券売機等の収受金を集計し,助役に交付する。

(オ) ホーム業務 菊名駅で折り返す電車が入線する際に,ホームに行き,入線,車内及び安全の確認をする。

(以上,<証拠略>)

イ 勤務時間及び勤務態勢

駅務員の勤務時間は,原則として1日に7時間55分であり,その他に休憩時間1時間,睡眠時間4時間(夜勤の場合)がある。

駅務員の勤務日,勤務時間及び担当業務は,別紙1,2のような勤務交番表により定められ,駅務員は,A交番,B交番といった各交番ごとに同表で定められた担当業務を順に短時間ずつ行い,前任者がいる場合はこの者と勤務を交代する(勤務交番制)。

例えば,平成9年12月13日における菊名駅の駅務員のうちBの1交番の者は,拘束時間が13時30分~22時25分(うち休憩時間17時~18時)で,13時30分~15時に納金,15時~16時にホーム,16時~17時に室内と雑務,休憩をはさんで,18時~19時に改札窓口,19時~20時に雑務と清掃,20時~20時55分に雑務と補助,20時55分~22時にホーム,22時~22時25分に室内の各業務を行い,また,Bの2交番の者は,拘束時間が22時25分~翌日11時20分(うち睡眠時間1時~5時,休憩時間6時~7時)であり,出勤後,室内,改札窓口,室内,雑務・清掃,室内,改札窓口,ホーム,室内,定期券発売の各業務を順に短時間ずつ行うことになる。

ちなみに,原告らが過去に担当した交番により,勤務開始時にまず担当した業務の推計回数は,次のとおりである。

(ア) 原告飯島(平成8年12月~平成11年11月)

改札窓口業務(117回),他駅での改札窓口業務及び室内業務以外の業務(103回),納金業務(97回),室内業務(6回),ホーム業務(4回),定期券発売業務(1回)

(イ) 原告河野(平成9年5月16日~平成11年11月)

定期券発売業務(129回),他駅での改札窓口業務及び室内業務以外の業務(93回),室内業務(13回)

(以上,<証拠・人証略>)

ウ 点呼に関する状況

(ア) 概況

駅務員は,始業時刻の15分前ころ,配属された各駅に出社し,所定場所(菊名駅はロッカー室,大井町駅は休憩室等)で制服に着替えて,休憩等をとった後,始業時刻の5分前ころ,駅舎内の所定場所(菊名駅は駅務室,大井町駅は駅長室)で出勤点呼をし,始業時刻までに各自の勤務場所に移動し,担当業務に就業する。

そして,駅務員は,終業時刻に担当業務を終えた後,出勤点呼をした場所に移動し,退社点呼をした後,退社する。

駅務員が他駅での業務に従事する場合も,出勤点呼及び退社点呼を行う時刻及び場所は上記と同様である。

駅務員の出勤及び退社の確認は,出勤点呼及び退社点呼により行われており,タイムカードの打刻等の他の方法はとられていない。

(以上,<証拠・人証略>)

(イ) 出勤点呼の状況

駅務員の点呼は,原則として各駅に勤務する助役1名との間で,1名ずつ事務机等をはさんで正対した態勢で行われる(駅務員が立つ位置の床上には足形が描かれている。)。助役が不在のときは主任(まれにではあるが,主任も不在のときは同僚の駅務員)が代わりに点呼を受けることがあった。

駅務員は,点呼をする部屋に入室し,所定位置に置かれた各人の駅務員手帳(点呼伝達記録簿)を取り出した後,定位置に立ち,助役等に正対して必要事項を読み上げ,必要に応じて正対した同助役等から注意事項等を言い渡された後,点呼を終了し,部屋を出る(大井町駅で定期券発行業務に従事する場合は,点呼終了の際に助役から駅務員に各人ごとのIDカードが交付される。)。

出勤点呼の際に駅務員が読み上げる内容は,当日の担当交番,始業時刻,本日の励行事項,心身状態のほか,菊名駅では接遇4条件又は接遇行動目標,大井町駅では本日のスローガンであり,年末,夏休み等の運動期間中は,これに各種運動の内容が加わる(ただし,原告飯島は,助役等から尋ねられた際のみ心身状態を述べている。)。担当交番及び始業時刻は勤務交番表に記載され,本日の励行事項,接遇4条件又は接遇行動目標,各種運動は,駅務員の立位置の正面に掲げられたパネル等に記載されている(本日の励行事項は,各駅務員がその駅務員手帳にも記入しており,これを読み上げることもある。)。

例えば,原告飯島が勤務交番表(別紙1)のBの1交番を担当する場合は,「飯島,出勤点呼やります。本日はBの1交番,13時30分から勤務します。本日の励行事項,私は鏡に向かって身だしなみを整えます。接遇4条件,親しまれる態度。以上。」等と読み上げ,助役等から「心身状態に異常ありませんか。」等と尋ねられた場合は,「はい。」などと回答する。

点呼を受ける助役は,駅務員から読上げを受ける間,机上にある交番勤務割表(当日の交番勤務の内容が一覧表になったもの)の当該駅務員の記載箇所をチェックし,読み上げられた内容の正否を確認する(菊名駅の場合は,その後,助役が駅務員手帳の所定箇所に押印する。)。

(ウ) 退社点呼の状況

退社点呼の態勢,手順は,以下の点を除き,出勤点呼と同様である。

駅務員が読み上げる内容は,当日の状況,翌日の担当交番,始業時刻等であり,その後,助役は駅務員手帳を駅務員から受け取る。

例えば,原告飯島は,翌日に勤務交番表(別紙1)のBの1交番を担当する場合は,「飯島,退社点呼やります。本日は異常なく終了しました。明日はBの1交番,13時30分から勤務します。」等と読み上げる。

(以上(イ),(ウ)につき<証拠・人証略>)

エ 各業務の勤務場所等

(ア) 原告飯島の菊名駅における勤務場所は,次のとおりである。

納金業務及び室内業務 駅務室内

改札窓口業務 改札窓口(自動改札口の横。点呼を行う駅務室から約15メートル離れている。)

定期券発売業務 定期券発売所(駅務室から約50メートル離れている。)

ホーム業務 4番線ホーム(駅務室から約100メートル離れている。ただし,特定の電車が入線する時刻にホームに出向いて業務を行う以外は,駅務室内で待機する。)

(イ) 原告河野の大井町駅における勤務場所は,次のとおりである。

室内業務 1階駅務室(点呼を行う2階の駅長室から約15メートル離れている。)

定期券発売業務 1階定期券発売所(駅長室から約20メートル離れている。)

(以上,<証拠略>)。

オ 引継に関する状況

(ア) 引継の内容,状況

a 定期券発売業務の場合

売上金の保管金残高の確認等を行う。

上記確認は,後任の駅務員が,勤務交代の際に,紙幣については,前任者が勤務時間内に束ねておいた10枚ごとの札束及び10枚未満の端数を数え,硬貨については,コインカウンター(硬貨の種類ごとに重ねておき,その横に硬貨数の目盛りが付されたもの)にある硬貨の数を確認する方法で行う。

その他の引継事項は,菊名駅では定発日誌に,大井町駅ではホワイトボード又は引継ノートにそれぞれ記載されており,後任の駅務員がその内容を確認する。

b 改札窓口業務の場合

利用者が乗り越した際に支払った精算金の収受等を行う。駅務員交代の際に精算金額を確認することはしない。

その他の引継事項については,簡潔に口頭で伝える方法で行う。

c 室内業務の場合

前任の駅務員が,引継事項を駅務日誌に記載し,遺失物に関する事項を遺失物台帳,忘れ物(落とし物台帳)又は遺失物捜索控に記載し,後任の駅務員が,就業時間内に必要に応じてこれらの記載を確認する方法で行う。

d 納金業務の場合

駅務員交代の際,引継は通常行われない。特に引継事項がある場合は書面により引継ぐ。

e ホーム業務の場合

引継は通常行われない。

(イ) 出勤後の引継の状況

駅務員は,出勤点呼の後,直ちに勤務場所に出向くか,又は休憩室等で過ごした後,始業時刻になるのを見計らって勤務場所に出向くかして,勤務場所において前任者と交代し,始業時刻に勤務を開始する。

その際,引継が必要な場合は,主に前任者等が書面に記載した引継事項を確認し,必要があれば口頭で確認することにより行う。

(以上(ア),(イ)につき<証拠略>)

(2)  駅務員の業務に関する定め

ア 鉄道駅務掛作業基準(<証拠略>)

被告の交通事業部鉄道部は,駅務員の教育方針を示し,その資質向上を図る目的で,駅務員が行う各業務の作業順序,作業内容及び注意事項等を具体的に記載した鉄道駅務掛作業基準(改訂第2版,以下「作業基準」という。)を定め,駅務員の監督者及び指導者等に配布している。

点呼及び引継に関する内容は,次<12頁,A―5,A―8,A―9,A―14>のとおりである。

A―5 出勤点呼

<省略>

A―8 作業引継(受)

<省略>

イ 接遇向上マニュアル(<証拠・人証略>)

被告の交通事業部鉄道部は,昭和60年6月以降,駅務員の接遇及び勤務態度の向上を図る目的から,「接遇向上マニュアルと駅務掛としての心得」(以下「接遇向上マニュアル」という。)を定め,関係者に配布している。

これには,勤務中の様々な状況,場面における対応方法(出勤方法,点呼の方法,引継の方法,勤務態度と仕事の進め方,上司・先輩との接し方,指示・命令の受け方及び正しい報告の仕方,チームワークのあり方,公私のけじめ,電話応対のあり方等)が具体的に記載されている。点呼の方法は作成当初から記載されていた。

「日常業務に対する心構え」の項の記載内容は,次のとおりである。

A―9 作業引継(渡)

<省略>

A―14 退社点呼

<省略>

(ア) 余裕のある出勤

出勤時間は,勤務時間の少なくとも15分前に到着するゆとりが必要です。(以下略)

(イ) 正しい点呼の受け方

点呼とは,1日の仕事をスタートさせ,そしてフィニッシュするための大切な区切りです。出勤点呼は,上司に自分自身の健康状態,顔色,服装をもう一度チェックしてもらうためにも,勤務に対する姿勢と職責を明確にする心構えで受けましょう。

また,退社点呼は,1日の業務が無事に終えたことを上司に報告・確認して締めくくるとともに,明日の安全作業を期する意味も持っています。

a 出勤点呼のポイント

<1>定位置に立ち「出勤点呼願います」と唱する。

<2>上司の目を見て,正しい姿勢をとる。

<3>「本日,心身ともに異状ありません」

<4>「本日の勤務は○○交番,○時○分より勤務いたします」

<5>「本日の励行事項,(例)今日も1日お客様の身になって応対します」

<6>本日の注意事項,報告事項を上司より受ける。

<7>注意事項,報告事項は必ず復唱する。

<8>「では,勤務いたします。」と正しい姿勢で礼をする。

b 退社点呼のポイント

<1>定位置に立ち「退社点呼願います」と唱する。

<2>上司の目をみて,正しい姿勢をとる。

<3>「本日の勤務,○○交番は異状なく終了しました。」

<4>「明日の勤務は,○○交番○時○分より勤務いたします。」

<5>「では,失礼します。」と正しい姿勢で礼をする。

(ウ) 勤務の引継ぎと退社

自分の勤務時間が終わっても,それで仕事が終了ということにはなりません。仕事の進行状況をみて,区切りがつくところまでやっておくことが必要です。

その上で,次の担当勤務者に対して正確な引継を行います。(中略)この引継を終えてから退社準備を始め,「よろしくお願いします」「お先に失礼します」の挨拶で仕事の終わりとなるのです。

(3)  その他の事情

ア 駅務員点呼が導入された経緯

被告における駅務員の勤務態勢は,従前は一昼夜交代勤務(拘束時間を1回当たり24時間とし,1回に2日分の勤務を隔日に行うもの)であったが,昭和51年に日勤勤務(1回に1日分の勤務を行うもの)に移行し,その後,現行の勤務交番制に移行した。

勤務交番制の採用により各駅務員の始業時刻がまちまちになったため,出勤簿によっては始業時刻に出勤したか否かを確認することができず,駅務員が無断で欠勤又は遅刻した場合に勤務交代が確実,円滑に行われなくなるおそれがあることから,昭和58年ころ以降,被告の各駅において,駅務員の出勤を確認するために出勤点呼が行われるようになった。

そして,出勤点呼において,出勤の確認だけでなく,勤務開始にあたって心身状態を整え,気持ちを引き締める目的から,駅務員が出勤時の心身状況,励行事項等を読み上げるようになり,昭和60年ころ,助役等と正対して行う方法が定着し,接遇向上マニュアルにも盛り込まれ,昭和62年ころ,駅務員手帳が授受されるようになった。

被告は,昭和59年,各駅長に対して駅務員の点呼を実施するよう指示した。

(以上,<証拠・人証略>)

イ 被告の原告河野への対応

原告河野は,昭和57年以降,大井町駅管内に勤務しているが,平成6年3月ころまで点呼を行わなかった。大井町駅において点呼を行わなかった駅務員は原告河野のみであった。

原告河野は,平成5年ころ以降,同駅の助役から,点呼をするように度々注意され,同駅の駅長からも,駅長室に呼び出されて点呼をするように注意されたが,いずれにも応じなかった。

原告河野は,平成5年4月ころ,特別昇格にならなかったことから,その理由を駅長に尋ねたところ,駅長は,点呼をしないことが理由の1つであると答えた。原告河野は,平成6年4月も特別昇格にならず,同年5月ころ,始業時刻ちょうどに出勤点呼をしたところ,助役らからそれは点呼ではないと言われた。

(以上,<証拠・人証略>)

2  争点(1)(点呼等に要する時間の労基法上の労働時間性)について

(1)  労基法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,この労働時間に該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって,労働契約,就業規則,労働協約等の定めいかんにより決定されるものではないと解するのが相当である。そして,労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ,又はこれを余儀なくされたときは,当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても,当該行為は,特段の事情のない限り,使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ,当該行為に要した時間は,それが社会通念上必要と認められるものに限り,労基法上の労働時間に該当すると解される(最高裁判所第一小法廷平成12年3月9日判決・民集54巻3号801頁参照)。

(2)  そこで,上記観点に従い,以下,本件における点呼等に要する時間が労基法上の労働時間に該当するか否かを検討する。

ア 点呼及び出勤点呼後の勤務場所への移動に要する時間について

(ア) 原告らがそれぞれ勤務する菊名駅又は大井町駅においては,原告らを含む駅務員が各自の始業時刻前に所定の点呼場所(駅務室又は駅長室)において出勤点呼を行い,始業時刻までに勤務交番表による当日の勤務場所に移動して,始業時刻に当該勤務場所での勤務を開始し,また終業時刻後に当日の最後の勤務場所から上記点呼場所に赴き,退社点呼を行っていることは前記認定のとおりである。

ところで,駅務員の点呼は,各駅務員が助役等の上司と相対して行うものであること,出勤点呼は,単に出勤したことの報告をするに止まらず,当日の担当交番,始業時刻,心身の状況,励行事項等を読み上げる等して,各駅務員と駅務員を監督する立場にある助役等の上司とが,当日の勤務内容,心身の異常の有無を確認し,勤務に就く心構えを整える(整えさせる)ために行われ,また,退社点呼も,単に退社することの報告に止まらず,当日の就業時の状況を報告し,次回の担当交番,始業時刻等を確認するために行われるものであること,このような点呼は,駅務員の勤務態勢について勤務交番制が導入され,駅務員の就業時間がまちまちとなったことに伴い,勤務の交代に確実を期すため行われるようになったことは,前記1(1)ウ,(3)認定のとおりであり,これらの事実によれば,駅務員の点呼は,就業を命じられた業務の遂行に関連し,その遂行に必要な準備行為であるというべきである。

そして,被告が昭和59年に各駅長に対して駅務員の点呼を実施するように指示し,昭和60年ころ以降被告の各駅において同点呼が実施されていること,被告の交通事業部鉄道部が昭和60年ころ以降,接遇マニュアルを作成,配布して駅務員に対し点呼の方法の周知を図り,また,作業基準を作成,配布して駅務員の監督者に対し一定手順による点呼を駅務員が行うよう教育指導していること,原告河野が,監督者の立場にある助役や駅長から再三点呼を行うよう注意を受け,これに従わずに点呼を行わなかったことが不昇格の理由の1つとされたことは,前記1(2),(3)認定のとおりであり,これらの事実によれば,駅務員の点呼は,被告からこれを行うことを強制され,義務付けられた行為といえる。

以上のとおり,駅務員の点呼は,就業を命じられた業務の準備行為であり,これを事業所内で行うことを使用者から義務付けられた行為であるから,特段の事情のない限り,同点呼及び出勤点呼後点呼場所から勤務開始場所までの移動は,使用者の指揮命令下に置かれたものと評価すべきであり,これに反する被告の主張は,上記の説示に照らして採用することができない(引継については後述する。)。

(イ) 被告は,駅務員の点呼が労使間の信義則に基づいて駅務員の協力により実施されているものであると主張し,また,これに要する時間がごく短時間であるとして,上記特段の事情を主張するようでもあるが,(ア)において説示したところからすると,駅務員の点呼は,その発祥の当初はともかく,昭和60年ころ以降(遅くとも平成5年以降)は,使用者によって駅務員にこれを行うことが強制されていたと認められるのであって,駅務員の任意の協力によって行われていたとはいえず,また,その内容及び態様に照らし,信義則に基づき実施されている行為の域にとどまるものとは評価できないし,点呼等に要する時間が短いことをもって,使用者の指揮命令下に置かれたとの評価は否定されず,他に前記特段の事情は認められない。

(ウ) 以上のとおり,駅務員が行う点呼及び出勤点呼後の勤務場所への移動は,使用者の指揮命令下に置かれたものといえるから,これに要した時間は,それが社会通念上必要と認められるものに限り,労基法上の労働時間に当たるというべきである。

イ 出勤点呼後の引継に要する時間について

駅務員の中には,出勤点呼後直ちに当日勤務を始める場所に赴き,始業時間開始前に前任の駅務員との間で引継を行う者もいるが,出勤点呼後に休憩室等で時間を過ごし,始業時刻になるのを見計らって勤務場所に出向く者も相当数いること,駅務員が交代する際,納金業務のように,特段の事情がなければ前任者との間で引継を要しない業務もあり,引継が必要な業務であっても,多くは所定の書面やホワイトボード等に引継事項を記載するか又は口頭で行われるものであるところ,書面等による引継は,勤務開始時刻後に書面等を確認する方法で行うことができるものであり,口頭による引継は,ごく簡潔なものであることが多く,頻繁に行われるものではないことは,上記1(1)オ認定のとおりである。そして,そもそも,本件において,被告が始業時刻前にこの引継を完了させるよう指示していたことを認めるに足りる証拠はない(なお,原告らは,原告ら駅務員が出勤点呼のため始業時刻の5分前までには出勤し,点呼終了後直ちに前任の駅務員との間で口頭の引継を行う旨供述又は陳述(<証拠略>)するが,(人証略)の証言に照らし採用できない。また,定期券発売業務用の引継ノート(<証拠略>)には「勤務開始前に必ず目を通して下さい。」との記載があるが,これが始業時刻前に引継を行うべきことを指示したものとは必ずしも解されない。)。

そうすると,被告により,始業時刻の一定時間前に引継を行うために勤務場所に出向くことが明示あるいは黙示に義務付けられていたということはできず,原告ら駅務員において,出勤点呼終了後直ちに勤務場所に赴き,引継事項がある場合に,始業時刻前に引継を完了させる者があるとしても,これは任意に行われているものというべきであり,この引継に要した時間を労基法上の労働時間とみることはできない(要するに,駅務員は,始業時刻までに,出勤点呼を済ませ,勤務場所に出向いていることは命じられているものの,引継を完了させておくことまでは求められていないということである。)。

3  争点(2)(賃金額)について

(1)  上記1において認定した点呼の内容及び手順によると,点呼に要するものとして社会通念上認められる時間は,出勤点呼が30秒ないし1分(注意事項等特別事項の有無により時間が異なる。),退社点呼が20秒(いずれも,駅務員が点呼のために駅務員手帳を取り出した時から読上げ後に挨拶を終えるまでの間)というのが相当である。

また,前記1(1)イ認定の事実によれば,原告飯島が勤務する菊名駅では,出勤して最初の勤務場所は,点呼が行われる駅務室から約15メートル離れた改札窓口,同じく約50メートル離れた定期券発売所のいずれかであり(ただし,本件の対象となる期間では定期券発売所での勤務は1回あったかなかったかである。),原告河野が勤務する大井町駅では,この最初の勤務場所は,点呼が行われる2階駅長室の階下にある,駅長室から約15ないし20メートル離れた駅務室又は定期券発売所であり(いずれも他駅で勤務を開始する場合を除く。),これら位置関係からすると,出勤点呼後勤務場所への移動に要する時間は,数秒ないし30秒程度のものと考えられ,そうすると,出勤点呼及び勤務場所への移動に要する時間は,併せて平均1分と認めるのが相当である。

したがって,原告らの就業時間外における労基法上の労働時間は,出勤1回あたり合計80秒(出勤点呼及び就業場所への移動が60秒,退社点呼が20秒)と認められる(終業時刻後に就業場所から退社点呼をする場所までの移動に要する時間についての賃金請求はない。)。

(2)  前提となる事実(4),(5)によれば,これに対応する原告らの賃金額は,下記の算定式により算定することができ,別表賃金額算定表(認容額)のとおり,原告飯島が1万8895円,原告河野が1万7782円(いずれも小数点以下を切り捨てたもの。)となる。

賃金額=(基準賃金額)÷172(時給の算定基準時間)×1.27(早出残業手当の乗数)×80/3600(出勤1回当たりの就業時間外における労基法上の労働時間(時間))

4  予備的請求(請求1(2))について

原告らの予備的請求は,点呼(出勤点呼及び退社点呼)と始業時刻前の引継のそれぞれについて,賃金請求が認められない場合に,個別具体的に指示がある場合を除き,就業時間外にこれらを行う義務がないことの確認を求める趣旨のものと解されるところ,点呼については賃金請求が認められることは2及び3において示したとおりである。

引継については,被告は,具体的かつ個別に命じる場合を除き,駅務員について,始業時刻前に引継業務を行う義務があるとの主張を当初から一切しておらず,訴訟外において,被告が上記義務があるとする態度をとった事実も窺われない。したがって,上記義務が存在しないことの確認を求める訴えは,確認の利益を欠き不適法であるというべきである。

5  争点(4)(就業時間外に点呼等をさせることの不法行為性)について

点呼が駅務員に命じられた業務の準備行為であることや,被告が原告らに就業時間外に事業所内において点呼を行うことを義務付けていること,点呼に要する時間が被告の指揮命令下に置かれた時間として,労基法上の労働時間に当たることは,2において述べたとおりである。

しかしながら,駅務員の点呼に要する時間がごく短時間であること,この点呼が定着した経緯等に照らすと,就業時間外に点呼を行うことを義務付けた被告の行為が,その労働時間に対応する時間外賃金の支払を命じるだけでは足りない程度に,社会通念上許容し得ないような違法性を有する行為であるとまでは評価することができないし,業務準備行為の労基法上の労働時間性に関する被告の判断の誤りについて,故意又は過失を認めることもできない。

そして,そもそも,引継については,被告がこれを就業時間外に行うよう義務付けていたことを認めることができない。

したがって,原告らの不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)請求は,その余を検討するまでもなく理由がない。

6  緒論

よって,原告らの賃金請求は,原告飯島において1万8895円,原告河野において1万7782円及び各金員に対する弁済期後である平成11年1月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の主位的請求及び損害賠償請求は理由がないから棄却し,引継をする義務の不存在確認を求める予備的請求部分は確認の利益を欠くから却下することとし,主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官 三代川三千代 裁判官 龍見昇 裁判官 細川二朗)

別表 賃金額計算表(請求額)

原告飯島

<省略>

原告河野

<省略>

賃金額計算表(認容額)

原告飯島

<省略>

原告河野

<省略>

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