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東京地方裁判所 平成10年(ワ)30302号 判決 2000年3月24日

原告

【A】

原告

ノーカイ工業株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右両名訴訟代理人弁護士

田中信人

右補佐人弁理士

【C】

被告

株式会社グリーンテック

右代表者代表取締役

【D】

右訴訟代理人弁護士

中田健一

右補佐人弁理士

【E】

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は別紙物件目録記載の温室内走行体移動装置を製造販売してはならない。

二  被告は、原告らに対し、連帯して、金一億四八六三万三一〇〇円及びこれに対する平成一一年一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置に関する特許権の特許権者及び専用実施権者である原告らが、被告に対し、被告による別紙物件目録記載の温室内走行体移動装置の製造販売が右特許権を侵害すると主張して、その製造販売の差止め及び損害賠償を求めているものである。

一  争いのない事実等(括弧内で証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告【A】(以下「原告【A】」という。)は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有し、原告ノーカイ工業株式会社(以下「原告ノーカイ工業」という。)は、本件特許権の専用実施権者である(甲一、弁論の全趣旨)。

特許番号 第一七三六四三〇号

発明の名称 散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置

出願日 昭和六〇年二月一三日

公告日 平成四年四月一〇日

登録日 平成五年二月二六日

特許請求の範囲 本判決の末尾に添付した別紙訂正明細書の該当欄記載のとおり(以下、別紙訂正明細書を「本件明細書」という。なお、本件明細書において説明されている図面は、本判決の末尾に添付した別紙特許公報の図面と同じである。)

2  本件特許権の出願経過は次のとおりである。

(一) 原告【A】は、昭和六〇年二月一三日、「人工照光機構を備えた散布装置」についての特許出願(特願昭六〇─〇二五七三四)をした。右出願における特許請求の範囲は別紙特許請求の範囲(一)のとおりであった。

原告【A】は、同年七月一六日、右出願を分割して、「散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」についての特許出願(特願昭六〇─一五六二二)をした。右分割後の出願における特許請求の範囲は別紙特許請求の範囲(二)のとおりであった。

(二) 原告【A】は、昭和六〇年一一月一一日、右分割出願に係る特許請求の範囲を別紙特許請求の範囲(三)のとおり補正した。

(三) 特許庁審査官は、原告【A】に対し、平成三年四月四日、特許請求の範囲(三)に記載された発明は、その出願前国内において頒布された刊行物(1実公昭五九─六九三三号公報(噴射管をもつ支持体をレールに沿って往復走行可能に架設した構成の点)、2実公昭四二─一一〇〇号公報(移動車をロープ等の牽引によって走行させる構成の点)、3実公昭四八─四二九九〇号公報(太陽灯及び散水器を架台に取付けた構成の点))に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明をすることができたものと認められるとの理由で、拒絶理由通知をした。

(四) 原告【A】は、平成三年七月一五日、右(三)の拒絶理由通知に対し、意見書に代えて手続補正書を提出し、右特許請求の範囲を別紙特許請求の範囲(四)のとおり補正した。

平成四年九月一一日、右補正後の出願について特許査定がされ、平成五年二月二六日登録がされた(本件特許権)。

(五) 原告【A】は、平成七年八月四日、本件特許について、訂正審判の請求をし、これが認められて、特許請求の範囲は別紙特許請求の範囲(五)のとおりになった。

(六) 原告【A】は、平成九年四月一八日、本件特許について、発明の名称を「温室等における散布体等のための走行体移動装置」に、特許請求の範囲を別紙特許請求の範囲(六)のとおりに訂正することを求めて審判請求をした。

(七) 特許庁審判官は、平成九年七月三一日、右(六)の訂正審判請求について、次のような理由で拒絶理由通知をした。

(1) ・・駆動車及び従動車は、いずれも走行レールの「下方」に位置するものであるが、該個所において「下方」を削除し、「走行レールの一端がわには・・・駆動車を配設し」及び「走行レールの他端がわには・・・従動車を配設し」と訂正しようとすることは、駆動車及び従動車の配設位置を走行レールの「下方」のみならず、走行レールの「上方」等をも包含することになり、該訂正は、駆動車及び従動車の配設位置を拡張することになるので、特許請求の範囲の減縮を目的とするものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張するものである。

(2) ・・「・・・散布体や、・・・照光機構」からなる構成は、散布体と照光機構の両者を兼ね備えたもののみであるのに対し、訂正しようとする「・・・散布体か、・・・照光機構」は、散布体又は照光機構をいずれか一方を設ければよいものであり、該訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的にするものではなく、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(3) ・・「散布及び電照設備に於ける」からなる構成は、散布体と電照設備の両者を兼ね備えたもののみであるのに対し、訂正しようとする「散布体等のための」からなる構成は、両者を兼ね備えたもののみならず、散布体のみ、電照設備のみ、又は、他の設備を設けたものをも包含するものであり、該訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的にするものではなく、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(八) 原告【A】は、平成九年一〇月一五日、右(七)の拒絶理由通知に対する意見書及び本件発明の特許請求の範囲を本件明細書と同じ内容に変更する手続補正書を提出したが、特許庁審判官は、同年一二月二六日、(1)右手続補正書による補正は、訂正明細書の内容を変更して訂正を求めることになり、請求の趣旨の要旨を変更することとなる、(2)右(六)の審判請求書による訂正は、右(七)の拒絶理由通知と同じ理由で認められないとして、訂正審判請求が成り立たない旨の審決をし、平成一〇年二月一三日、右審決は確定した。

(九) 原告【A】は、平成一〇年三月三日、本件特許について、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を、本件明細書のとおり訂正することを求める訂正審判請求をし、同年六月一二日、右訂正を認める旨の審決がされて、審決は同年七月一日に確定した(以下、この訂正を「本件訂正」という。)。

3  本件発明の構成要件は、次のように分説することができる(以下「構成要件(一)」などという。)。

(一) 適宜型材で構成される走行レールを、温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設すると共に、温室の一端から他端まで及ぶように水平に配設したこと

(二) 走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛けたこと

(三) 駆動車の近傍には弛緩防止車を設けて、伝動帯の駆動車への巻き付き量が多くなるように形成したこと

(四) 走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えると共に複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な散布体

(五) 該散布体を固定した走行体が、上記伝動帯に固着され、かつその走行体の上部には、走行レールの両側縁に沿うように配置した少くとも左右二個づつの走行車輪を備え、駆動機構の作動によって、伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるよう構成したこと

(六) 散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置であること

4  被告は、別紙物件目録記載の温室内走行体移動装置(以下「イ号物件」という。)を製造販売している(ただし、別紙物件目録の「二 構造の説明」中で傍線を付した部分については争いがある。)

二  争点

1  イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか

(原告らの主張)

(一) イ号物件の構成を、本件発明の構成要件に対応するように分説すると、次のようになる(以下「構成(1)」などという。)。

(1) 型材である長尺横架体Aを、温室Fの天井中央の梁9から垂下した複数の吊下げ杆10を介して温室Fの長手方向に沿って、その一端から他端に及ぶようにしてかつ水平に横架している。

(2) 長尺横架体Aの走行体装架部aの一端がわと他端がわとには、駆動機構Dにより水平面内で正逆回転する比較的大径の駆動車bと、従動機構Eに同じく水平面内で回転するように軸支した従動車cとを、これら駆動車b及び従動車cの索条巻回部・、・を走行体装架部aの変形凹部3、3と同じ高さになるようにして配設すると共に、その駆動車bと従動車cとの伝動索条eを巻回張架している。

(3) 右駆動車bの近くに二個のワイヤーガイド車dを設置し、それによって伝動索条eの駆動車bへの巻き付き長さが多くなるようにしている。

(4) 走行体Cが、長尺横架体Aに対して直交する方向にしてかつ水平に配置された比較的口径の大きな金属製の送液管体14に多数のノズル15を列設してなる散布体Bを固定している。

(5) 右走行体Cに前記伝動索条eの両端を固着し、かつ、その走行体Cの上部に、走行体装架部aの水平主板1に乗載する左右各二個の走行車輪12を備え、駆動機構Dの作動で伝動索条eが牽引されるのにともない走行体Cが長尺横架体Aに沿って往復移動するようになっている。

(6) 散布及び電照設備における走行体の移動装置である。

(二) 本件発明の構成要件(一)について

イ号物件の構成(1)の長尺横架体A、吊下げ杆10は、それぞれ本件発明の構成要件(一)の走行レール、レール支持杆に相当するから、イ号物件の構成(1)は本件発明の構成要件(一)を充足する。

(三) 本件発明の構成要件(二)について

「下方」は、当該部材の下半部又は下端部を指称するのに使用される言葉でもあるから、本件発明の構成要件(二)の「下方」は、そのような意味を含んでいる。

イ号物件において、長尺横架体Aの走行体装架部aは、吊下支持部・の垂直壁4の下端に水平主板1が連続し、しかも、その水平主板1の長手側縁部2、2より下方に変形凹部3、3が位置しているから、その変形凹部3、3と同じ高さになるように、走行体装架部aの一端がわと他端がわに配設されている駆動車bと従動車cは、走行レールに相当する長尺横架体Aの一端がわと他端がわにあり、かつ、長尺横架体Aの下半部又は下端部、すなわち「下方」に配設されている。

また、イ号物件の駆動車bと従動車cに巻回張架した伝動索条eは、本件発明の構成要件(二)の伝動帯に該当する。

したがって、イ号物件の構成(2)は、本件発明の構成要件(二)を充足する。

(四) 本件発明の構成要件(三)について

イ号物件の構成(3)と本件発明の構成要件(三)は同じである。

(五) 本件発明の構成要件(四)について

イ号物件の構成(4)の散布体Bは、長尺横架体Aに対して直交する方向にしてかつ水平に配置された比較的口径の大きな金属製の送液管体14に多数のノズル15・・・を列設してなるものであり、これに必要に応じて電気配線を装架することにより、本件発明の構成要件(四)の「複数の照光ランプからなる照光機構」を付設することが可能である。このことは、右散布体Bの構造及び形態から当業者であれば容易に理解できるものである。

したがって、イ号物件の構成(4)は、本件発明の構成要件(四)を充足する。

(六) 本件発明の構成要件(五)について

イ号物件の構成(5)の伝動索条e、走行車輪12は、それぞれ本件発明の構成要件(五)の伝動帯、走行車輪に相当するから、イ号物件の構成(5)と本件発明の構成要件(五)は同じである。

(七) 本件発明の構成要件(六)について

イ号物件の構成(6)は本件発明の構成要件(六)と同じである。

(被告の主張)

(一) 本件発明の構成要件(一)について

イ号物件の構成(1)の長尺横架体A、吊下げ杆10は、それぞれ本件発明の構成要件(一)の走行レール、レール支持杆に相当し、イ号物件の構成(1)は本件発明の構成要件(一)を充足することは認める。

(二) 本件発明の構成要件(二)について

原告【A】は、別紙特許請求の範囲(三)から同(四)への補正によって、駆動車と従動車の配設位置を走行レールの「一端がわ」と「他端がわ」から「一端がわ下方」と「他端がわ下方」へと限定する補正をしたのであり、特許公報の第一図ないし第三図では、伝動帯7、駆動車4及び従動車5が走行レールの下方に位置する状態が図示されている。

本件特許の本件訂正前の明細書では、「発明の効果」として、「走行体10の殆どの部分や、伝動帯7や、駆動車4や、従動車5が走行レール1の下方に位置するようになり、走行体10を安定的に且つバランス良く移動せしめることができる」、「伝動帯7を走行レール1に接近させて配置できるようになり、走行体10を走行レール1に沿って牽引するように伝動帯7による力が効率よく走行体10に伝達されるようになる」と説明されており、本件明細書では、実施例の項に同様の記載がある。

以上の事実からすると、本件発明の構成要件(二)にいう「下方」とは、走行レールの下端を基準として、それよりも下側を意味するところ、イ号物件においては、駆動車bと従動車cは、走行レールの下端よりも下側にない。

また、イ号物件の伝動索条eは有端であるから、本件発明の構成要件(二)の無端環状の伝動帯ではない。

したがって、イ号物件は本件発明の構成要件(二)を充足しない。

(三) 本件発明の構成要件(三)について

本件発明の構成要件(三)では「伝動帯の駆動車への巻き付き量が多くなるように形成し」とされ、弛緩防止車の具体的な作用効果が明確にされている。

また、発明の詳細な説明の実施例においては、「弛緩防止車8により、伝動帯7の弛緩を防止すると共に、伝動帯7の駆動車4への巻き付き量(接触量)が多くなるようにして、駆動車4と伝動帯7との間に生じるスリップ等を防止し、駆動車4の回転力を伝動帯7に確実に伝達できるように構成してある」と説明されている。

イ号物件は、伝動索条eを駆動車bに二回巻回張架することによって、弛緩防止車が目的とした右作用効果を達成しているのであり、ワイヤーガイド車bは、変形凹部3を走る伝動索条eが走行レールの端部等に接触して摩耗することを防止するためのものであって、駆動車への巻き付き量を多くすることを目的としていないから、弛緩防止車には該当しない。

したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件(三)を充足しない。

(四) 本件発明の構成要件(四)について

本件発明において、「複数の照光ランプからなる照光機構が付設可能な走行体」は、従来技術の欠点を克服し、温室の隅々にまで散布及び照射を行うために不可欠の構成要件である。このことは、右一2(七)の拒絶理由通知において、構成要件(四)が散布体と照光機構を兼ね備えたものであるとされていることからも分かる。

しかるに、イ号物件は「複数の照光ランプからなる照光機構」を付設している装置ではなく、構造上その付設を予定している装置でもない。

また、イ号物件の送液管体は、消毒、細霧冷房、灌水などの用途に応じて、塩化ビニール管、ナイロン管を用いているから、「比較的口径の大きな金属製」ではない。

したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件(四)を充足しない。

(五) 本件発明の構成要件(五)について

イ号物件の伝動索条eは有端環状の伝動帯であり、走行車輪12は走行レールの両側縁ではなく、中央垂直壁4に沿って走行するものであるから、これらは本件発明の構成要件(五)にいう無端環状の伝動帯及び走行車輪に該当せず、イ号物件は本件発明の構成要件(五)を充足しない。

(六) 本件発明の構成要件(六)について

右(四)のとおり、イ号物件は「散布及び電照設備」における走行体の移動装置ではないから、イ号物件は本件発明の構成要件(六)を充足しない。

2  原告らの損害

(原告らの主張)

被告は平成一〇年一〇月までに三〇八レーン以上のイ号物件を製造販売している。

原告ノーカイ工業の一レーン当たりの販売価格は九一万〇五二〇円を下ることはなく、粗利は五三%以上であるから、一レーン当たりの原告らの逸失利益は四八万二五七五円を下らない。

したがって、原告らの得べかりし利益は(四八万二五七五円×三〇八レーン=)一億四八六三万三一〇〇円であり、これが原告らの被った損害である。

(被告の主張)

原告らの主張を争う。

第三争点に対する判断

一  本件明細書には、発明の詳細な説明として、次の各項目について、それぞれ次のように記載されている。

1  産業上の利用分野

「本発明は、主に、大型の温室内に於ける散水、防除、消毒、電照等が効率良く行えるように、水、液肥、薬液等の散布液の散布や電照用の光線の照射が可能な散布体が固定される走行体を、温室の端から端まで確実に且つ安定的に移動させることができるようにした散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置に関するものである。」

2  従来の技術

「従来、大型の温室内に於いて散水や防除や消毒や電照等を行う場合、水や液肥や薬液等の散布液の散布を行ったり、電照用の光線の照射を行ったりできるように形成される適宜散布体を走行体に固定して移動させることで、温室内隅々に散布や照射等が効率良く行えるように構成されたものがある。例えば、特公昭五八─三〇四四号公報に記載されているような電照装置における光源照射方法が開示されている。これは送水管を兼ねるアームが、その一端の送水管センターを中心として温室内で水平に回転するように構成し、散布液の散布及び人工照明の照射が送水管センターを中心とし、且つアームを半径とする円内部分に行えるようにしたものである。」

3  発明が解決しようとする課題

「ところが、前述のような電照装置における光源照射方法にあっては、平面円形に形成された温室に使用した場合であれば、温室内の隅々にまで散布及び照射が行えるが、通常多くの温室は、平面矩形状であるため、これをそのまま使用した場合は、温室内の隅々にまで散布及び照射が行えない欠点があった。」

4  課題を解決するための手段

「そこで、本発明は、従来存した如上の如き難点等を解消すると共に、走行体10を確実に且つ安定的に移動できるように・・・すること等を目的として創出された・・・具体的には・・・走行レール1の一端がわ下方には、駆動機構3によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車4を配設し、走行レール1の他端がわ下方には、従動車支持体6に回動自在に軸支される従動車5を配設する。・・・また、走行レール1に対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管31を備えると共に複数の照光ランプ50からなる照光機構を付設することが可能な散布体30を固定した走行体10が、上記伝動帯7に固着され・・・るよう構成する手段を採用した。」

5  実施例

(一) 「走行レール1に対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管31を備えると共に複数の照光ランプ50からなる照光機構を付設することが可能な散布体30を固定した走行体で、それは、上部に左右二個づつの走行車輪11を、横断面略逆V字状をなす走行レール1の傾斜上面夫々に密接するような傾斜角度で軸支している。」

(二) 「ところで、前記散布体30には複数の照光ランプ50からなる照光機構が付設される。51は照光ランプ50のソケットで、52は電源から照光ランプ50に電気を供給するための電線で、この電線52は、送液管31やホース25等に沿うようにして適宜固定されている。尚、照光ランプ50の数や散布体30に於ける配置位置等は、効率の良い照射が行えるようなものであれば、図示例に限定されることなく適宜自由に設定できる。」

(三) 「特に、走行レール1の一端がわ下方に駆動車4を配設し、走行レール1の他端がわ下方に従動車5を配設し、この駆動車4と従動車5に無端環状の伝動帯7を巻き掛け、走行レール1の両側縁に沿うように少くとも左右二個づつの走行車輪11が上部に配置されている走行体10を伝動帯7に固着したので、走行体10の殆どの部分や、伝動帯7や、駆動車4や、従動車5が走行レール1の下方に位置するようになり、走行体10を安定的に且つバランス良く移動せしめることができるようになる。しかも、伝動帯7を走行レール1に接近させて配置できるようになり、走行体10を走行レール1に沿って牽引する伝動帯7による力が効率良く走行体10に伝達されるようになる。すなわち、走行体10の走行レール1に近い部分を伝動帯7で牽引できるようになるので、走行車輪11を支点として走行体10を牽引方向斜め上方に揺動させようとする力を極力低減でき、伝動帯7による牽引力の殆どを、走行体10を走行レール1に沿って牽引する方向の力として発揮させることができるようになる。」

6  発明の効果

「以上説明したように本発明によれば、走行体の移動動作が確実に且つ安定的に行え、大型の温室内等への設置も容易となり、更に、温室内で邪魔にならずに、温室内を無駄なく有効に利用でき、しかも、構成が簡素で、軽量となり、安価に提供でき、経済的となる等の優れた諸効果を奏するものとなる。」

二  イ号物件の本件発明の構成要件(二)該当性について

1  本件発明の構成要件(二)において、駆動車が配設されるのは、走行レールの一端がわ「下方」であり、従動車が配設されるのは他端がわ「下方」であるところ、「下方」を文字どおり解すると「下の方」という意味になる。

2  右一5(三)の実施例の記載に別紙特許公報の図面を総合すると、本件明細書の実施例では、「走行レール」の下端よりも下側に、縦に駆動車及び従動車が配設した装置が示されており、そのような構成を採ったことにより、「走行体10を安定的且つバランス良く移動せしめることができるようになる」、「伝動帯7を走行レール1に接近させて配置できるようになり、走行体10を走行レール1に沿って牽引する伝動帯7による力が効率良く走行体10に伝達されるようになる」と説明されている。

本件明細書では、「発明の効果」について、右一6のとおり記載されているが、ここには、「走行体の移動動作が確実に且つ安定的に行え」という記載がある。この記載と右実施例の記載を総合すると、特許請求の範囲において、走行レールの一端がわ「下方」に駆動車を、他端がわ「下方」に従動車をそれぞれ配設していることによる効果は、「走行体の移動動作が確実に且つ安定的に行え」るということであり、その具体的な意味は、右実施例記載のようなものであると認められ、これ以外に本件明細書中に「下方」に関する効果の記載があるとは認められない。

3  以上述べたところからすると、本件発明にいう「走行レール」の「下方」とは、「走行レールの下端よりも下側」であることを意味するものというべきである。

4  イ号物件において長尺横架体Aが本件発明の「走行レール」に相当すること、長尺横架体Aが少なくとも垂直壁4の上端に角形扁平枠5を形成してなる吊下支持部・、垂直壁4の下端に上面中央を連続させた水平主板1の長手側縁部2、2、長手側縁部2、2の外側に沿って位置する変形凹部3、3、水平主板1の下面中央に連続させた逆T字型部6からなることは当事者間に争いがない。

しかるところ、弁論の全趣旨によると、イ号物件において駆動車b及び従動車cはいずれも走行体装架部aの変形凹部3、3とほぼ同じ高さに配設されているものと認められるから、長尺横架体Aの下端よりも下側には配設されていない。

したがって、イ号物件は本件発明の構成要件(二)を充足しない。

5  なお、前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)2(六)ないし(八)のとおり、原告【A】が、本件特許の特許請求の範囲の記載を、別紙特許請求の範囲(四)から同(五)に訂正することを求めた訂正審判請求は、本件発明の構成要件(二)に相当する部分の「下方」を削除することを求める部分については、「「上方」等」も包含することになり、実質上特許請求の範囲を拡張するものであるとの理由で認められなかったのであるが、イ号物件が本件発明の構成要件(二)を充足することを認めることは、本件発明が右の「「上方」等」を包含することを認めることにほかならず、右訂正審判請求によって認められなかった特許請求の範囲の変更を認めるに等しいというべきである。

三  イ号物件の本件発明の構成要件(四)及び(六)該当性について

1  本件発明の構成要件(四)の散布体は、「走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備え」たものであり、かつ、「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」ものでなければならない。

2  本件発明の名称は「散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」であり、この名称は構成要件の一部になっていること(本件発明の構成要件(六))、前記一1ないし4のとおり、本件発明は、従来技術では、平面矩形状の温室に使用した場合には、温室内の隅々にまで散布及び照射が行えない欠点があったのを解消して、そのような散布及び照射を行うことができるようにしたものであること、前記一5(一)及び(二)のとおり、実施例においても、送液管やホースに沿うように固定された電線、ソケット及び照光ランプを備えたものが示されており、それ以外のものが示されているとは認められないこと、本件発明に係る散布体に照光機構を付設することがおよそ不可能であるという事例は通常想定し難いから、右の「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」という構成要件を照光機構を付設することを妨げないという意味に解すると、前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)2(四)ないし(九)のとおり右の構成要件を追加して設けた意味が失われることを総合すると、右の「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」とは、そのような照光機構を付設することを妨げないことを意味するのではなく、複数の照光ランプからなる照光機構が付設されているか又は付設されていないとしても、そのための何らかの機構が存しなければならないというべきである。

3  イ号物件の散布体Bに、複数の照光ランプからなる照光機構が付設されていること又はそのための何らかの機構が存することを認めるに足りる証拠はないから、イ号物件の散布体Bは、右2のような意味における「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」ものとは認められない。

したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件(四)を充足しない。

4  また、イ号物件の散布体が「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」ものとは認められない以上、イ号物件は「散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」に当たらないから、本件発明の構成要件(六)を充足しない。

5  なお、前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)2(六)ないし(九)のとおり、原告【A】は、本件特許の特許請求の範囲の記載を、別紙特許請求の範囲(五)から同(六)に訂正することを求めて訂正審判請求を行ったところ、特許庁審判官は、特許請求の範囲(五)中の本件発明の構成要件(四)及び同(六)に相当する部分(「走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えた散布体や、複数の照光ランプからなる照光機構が付設可能な走行体」、「散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」)の記載が、散布体と照光機構の両者を兼ね備えたもののみを意味し、別紙特許請求の範囲(六)への変更(「走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えた散布体か、複数の照光ランプからなる照光機構を付設することを可能にした走行体」、「温室における散布体等のための走行体移動装置」)は、実質上特許請求の範囲を変更するものであるとの理由で、右訂正審判請求を認めなかったのであるが、イ号物件が本件発明の構成要件(四)及び(六)を充足することを認めることは、右訂正審判請求によって認められなかった特許請求の範囲の変更を認めるに等しいというべきである。

四  以上の次第で、イ号物件は、本件発明の構成要件(二)、(四)及び(六)を充足しないから、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)

<以下省略>

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